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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第七章~平和に潜む闇~
58/59

第五十七話~グリンクス~

さっきまでの死闘が嘘のように静まり返った戦場跡、強く吹いていた風もいつの間にか無くなり、登り始めて少したった太陽が爽やかに辺りを照らしていた。

悪魔、フレースヴェルグは本当に強く、今、生きている事すら不思議に感じる。

優人は目を閉じ、優しく頬を撫でる風を感じていた。


ゴソッ。

突然、物音がし、目を開けると、シンが倒れているフレースヴェルグの近くで何かをジッと見ていた。

その近くでラッカスが封印された剣を抱き抱えている。


「どうした、シン?」

優人はシンの所まで近付き、話掛ける。


「ああ、オレイアがな・・・。」

シンはオレイアの遺体を見付けていたのだ。

体の所々が溶けており、見開いた目からは恐怖を感じる。


オレイアは死ぬ直前に何を見ていたのだろうか?


「もう少し早く出会っていたら、道を踏み外さずに済んだかもな・・・。」

シンはオレイアのまぶたを閉じさせ、手を合わせる。


「過去にタラレバは無いって言葉が地上界にある。

過去に戻った所で救えないモノは救えないさ・・・。」

優人はシンを慰める。

実際にもし、過去に戻り、シンがオレイアを叱るなり何なりしたとしても、この結果は変わらないと優人は思う。


優人の育った日本の諺に『年寄りの説教と冷や水は後に効く。』

と言う言葉がある。

過去に苦い経験をした年寄りの目の前で同じ事を繰り返そうとする若者がいたとする。

年寄りはその若者に『それをやってはこうなる。』と自分の苦い経験を元に忠告しようとするが若者はその年寄りの忠告を無視し、結果、その年寄りと同じ結果を起こす。


優人は過去に自分の部下だった若い女の子相手にこれを実感した事があった。

その子はそこそこ可愛く、男にチヤホヤされている子だったがその分男癖が悪く、1ヶ月単位で彼氏が変わり、その人数分肉体関係もあった。

優人はその子に『万が一妊娠でもしたら誰の子だかすら分からなくなる。性病になったらどうする?』と良く言っていた。


それは優人のクラスメートが経験していた道だった。

しかし、その若い女の子は優人を『プライベートまで口を挟むうるさい上司』と認識してしまったのだろう。

優人から距離を置き、男癖の悪さを治そうともしなかった。

結果、妊娠。

その時付き合っていた男は『俺の子じゃないから知らない。』と言ってその女の子と別れ、妊娠の時期から逆算してその時付き合っていた男に話そうにも、その男も『そんなの証拠がない。』と答え、結果的に1人で産んで育てると言い出した。

優人はいい加減にしろとその子を叱ったが『両親と同じ事を言うな!』と泣きながら逆ギレされた。

最終的に無関係の優人も数万円程カンパし、中絶する事になった。

その子が自分の両親に報告する時、なぜか優人も立ち会わされたのには我ながらお人よしが過ぎると思った。


若者は良く『やってみなくては結果は分からない。』と言うが、意外と年寄りがした経験と同じ状況で同じ事をし、同じ結果を出して泣き言を言う若者は多い。

それでも結果が分からないと言い張るならば年寄りの忠告を聞き、その上で年寄りの経験と何が違うか?どこを変えるのかをしっかり考えるべきであると思う。


優人はそんな経験から思う。

例えシンが過去に戻り、オレイアを救おうとしても、そのシンの気持ちをオレイアが理解しなければやはり同じ結果を招くだけであると・・・。


「やはり、悪魔が絡むと後味が悪いな・・・。」

ダレオスが優人とシンの所まで来てぼやく。


「全くです。こんな連中に祈りを捧げるなんて間違っています。」

ラッカスが少し怒りながらダレオスに賛同する。

シリアもそうだが、ジハドの司祭は時々過激な所がある。



「ウエイブ!!」

遠くで叫び声がし、声のした方を見ると、意識を取り戻したミラルダがウエイブに駆け寄っている瞬間だった。

ミラルダはウエイブの顔の横にしゃがみこむと、優しくウエイブの頬を撫で始めた。


「クゥ・・・。」

ウエイブはミラルダに返事をした。


生きているのか!?


優人はあの状況にも関わらず、まだ息のあるウエイブの生命力に驚いた。

「エナ!ラッカス!!

ウエイブに治癒の魔法を!!」

生きているなら可能性はあるはず!

優人はすかさずエナとラッカスに呼び掛けた。

2人は急いでウエイブに駆け寄り、残った魔力を使って治癒の魔法を施す。

しかし、2人の苦労は項をなさず、ウエイブの呼吸は徐々に弱くなっていく・・・。


「クゥン・・・。」

ウエイブは何かをミラルダに必死に伝えようと声を出す。


「ウエイブ・・・。ごめんね・・・ありがとう。」

ミラルダはウイングの頬を撫でながら答える。


「クゥ・・・。」


「もう・・・良いよ。」

少しして、ミラルダが言うと、ウエイブはクグッと背伸びをするような仕草をし、そしてそのまま動かなくなった。

ミラルダは地面に両手を付き、声を殺しながら大粒の涙を溢していた。

綾菜がそんなミラルダを後ろから抱き締めている。


やはり、救う事は出来なかった。


幼少の頃より動物を沢山飼ってきた優人はミラルダの気持ちは良く分かる。

優人はミラルダを慰めようとミラルダに近付こうと歩き始めた。

ピチャッ。


ピチャッ?

優人は足元に血にしては粘着する水がある事に気が付き、不思議に思った。


ここは戦場跡。

確かに戦闘で命を落としたものは沢山いる。

人が死ぬのだから血液や尿と言った液体はそこら中にあって不思議は無いのだが、優人が踏んだ液体はそう言った類いのモノではない。


汗のような液体か?

何故こんなに大量に??


優人がその液体の出所を確認すると、ウイングの局部にたどり着いた。

「・・・。」


まさか!?


優人は1つの可能性が頭に浮かび、ミラルダを抱き締める綾菜の所へ行く。

「綾菜、ウイングは鳥類・・・だよな?」

優人は綾菜に聞く。


「そんなの、見たら分かるでしょ?」

綾菜がこんな時に何を言ってるんだと言わんばかりの表情で優人に答える。


「見て分からないから聞いてるんだ。」

優人は綾菜に言い返す。


動物の種類と見た目は常に一致する訳ではない。

地上界の動物に例えるならば、鯨がその代表だ。

鯨はその見た目や住み処のせいで魚類だと思われがちだが実はその特徴は魚類ではなく、哺乳類に類似する。

魚類と言えばエラ呼吸をして卵を産卵するが、鯨は肺で呼吸をして子どもを産む。

その特徴は人間と同じ哺乳類なのである。


綾菜はいぶかしげな表情で優人の顔を見る。


「質問を変える。ウイングの種類の鳥は卵を産むのか?」


「そんなの・・・分からないけど・・・。」

優人が珍しくしつこく聞いてくるので綾菜が少し怯みながら優人に答える。

そこで泣いていたミラルダがはっと顔を上げた。

「オウムヶ鳥は卵を産みません!

子どもを産みます!!」

ミラルダが優人に答える。


死ぬ間際に必死に何かと伝えようとしていたウエイブ。

この粘着質の水。

そのミラルダの返事を聞き、優人の予感は確信に変わった。


「ミラルダ!ウエイブの腹をかっ捌くが許してくれ!!」

言うと、優人は刀を抜き、ウエイブの局部に刀の刃を入れる。


局部から産道を通り、子宮に子どもはいる。

その長さが体の大きなオウムヶ鳥の場合は検討が付かない。

もっとも、人間でもどの深さまで切れば良いかなんて優人には分からないが・・・。

しかし、母体のウエイブの命が無くなってしまった今は時間も無い。

酸素の供給が途絶えるからだ。


「シン!力を貸してくれ!!

ウイングの肉を引き裂いて欲しい!!」

力付くだが、これが1番手っ取り早い。

シンは状況をすぐに悟り、刀を入れている優人の後ろからウエイブの局部を強引に開く。


ブチブチブチッ!

肉の引きちぎれる音と共にウエイブの腹が開かれる。


ドピュッ!

ウエイブの血が優人の顔に掛かるが優人は気にせず、ウエイブの腹の中に顔を突っ込む。


「ピィ・・・。」

一瞬、何となく鳥の声が聞こえる。

ウエイブの子どもはまだ生きている。


「綾菜!ミラルダ!!

産湯の用意と光をくれ!!

ウエイブの赤ちゃんがいる!!!」

優人はウエイブの赤ちゃんを両手で捕まえると、2人に指示をする。


嘴のようなものが優人の手に当たる。

つまり逆子にはなっていない。

かと言って首を引っ張る訳にはいかない。

もう少し奥まで腕を突っ込んで胴体を捕まえて引っ張り出さなければいけないだろう・・・。


しかし、ウエイブの肉と血と骨が邪魔をして上手く手を回せない。


「シン!もっと広げてくれ!!

綾菜!!光を!!」

優人は2人に指示を出す。

2人もウエイブの血を被りながら必死に優人の手伝いをする。


「綾菜!私の魔腔を開いて!!」

ミラルダが綾菜に言うと、綾菜は即座にミラルダの魔腔を開く。

魔腔が開くと、ミラルダは異次元ルームを開き、大きな器を取り出した。


「綾菜!ここにお湯をお願い!!

優人さんの援護は私が入る!!」

言うとミラルダが身を乗り出して優人に光を当てる。


綾菜は急いで大気中の空気から水を作り出して器を水で満たす。

「ディバインヒート!」

綾菜は器の水に手を当て、水温を上げる。


「人肌より少し高めでお願い!

優人さん、赤ちゃんの周りに魔力の膜を張ります!

その膜を引っ張れば赤ちゃんが抜けるはずです!」

魔法を唱えながら指示を出す。



「ぐっ・・・。らぁ~!!」

優人はウエイブの赤ちゃんを一気に引き出す。

その赤ちゃんをエナと綾菜が作った産湯に入れた。

ミラルダはすぐに布でウエイブの赤ちゃんを拭いて洗い始めた。


「呼吸・・・してない・・・!」

少しして、ミラルダが叫びに近い声を上げる。

優人はすぐさま、ウエイブの赤ちゃんの嘴を掴み、大きく息を吸い込み、そして、人口呼吸をする。

2回程人口呼吸をすると、子どもは口から血の塊のようなモノを吐き出し、呼吸を始めた。


ミラルダはホッとした表情をし、優しくウエイブの子どもを洗い始めた。

大きめの器の水はすぐに真っ赤になるが、そのつど綾菜が新たに水を作り出して対応する。



「そっちは落ち着いたか?」

ウエイブの赤ちゃんを眺めていた優人の元に今度はダレオスがやって来た。

優人達はダレオスの顔を見上げる。

「後1つ、終結させなきゃいけねぇ仕事が残っている。

イマイチ陛下の所へ行くから、悪いがお前は付き合え。」

ダレオスに言われ、優人とシンは立ち上がった。


「後は頼むぞ。」

優人は大人並みに大きい雛の世話をしている綾菜、ミラルダ、エナに言う。


「ゆぅ君、ありがとう。」

綾菜が優人に礼を言う。

優人は笑顔を綾菜に手を振ると、ダレオスの元へ歩いて行った。



ダレオスの元にはラッカス、クレイン、シン、スティアナが待っており、優人の到着に合わせて皆で歩き始めた。


「スティルは雛、見なくて良いのか?」

優人がスティアナに聞くと、スティアナは半笑いをしながら優人に答える。


「あんな生れたてで血まみれ・・・羽毛も生え揃って無くて惨めな姿の巨大な雛鳥のどこが可愛いんじゃ?

エナ達女衆の目か脳味噌が腐っとるとしか思えんわ。」


「おいっ、止めろ。」

優人はスティアナの暴言を止める。


「女衆は目が腐ってるかもしれんが、お前は人間が腐ってるな。」

ダレオスがスティアナに言う。


それに対し、スティアナは一笑し、答える。

「そりゃ、仕方ないの。

思春期の真っ盛りに父親を公開処刑された日にゃ、人間の1つや2つも腐るじゃろ?」


「・・・済まなかった。」

ダレオスは気まずそうにスティアナに詫びる。


元フォーランドの王であり、海賊の筆頭頭だったスティアナの父はジールド・ルーンとの戦闘に敗れ、処刑されている。

つまり、ダレオスは父親の敵なのである。


「ダレオスはスティルに口喧嘩を吹っ掛けても勝てないのですから、止めておけば良いのに・・・。」

クレインがダレオスを嗜める。


「優人捜索の時にグリンクス王宮に置き去りにされた恨みを晴らしたいのですよ。」

ラッカスがクレインに言う。


「まぁ、それでも口じゃ勝てなくてストレスはたまる一方だがな。」

シンが大笑いしながら言う。


グリンクスでのやることも残すはイマイチ陛下とのやり取りで終わる。

ただ、綾菜との結婚指輪を取りに来ただけなのにかなりの大事になったものだと、優人は自分で呆れていた。



グリンクス国。

王都グリトルン。

王宮前。


そこではアレスと到着したジールド・ルーン聖騎士団員がグリトルン王都の住民を王宮に避難させている最中だった。

グリンクス自警団も協力しているが、まとまりがなくむしろ王宮前を混雑させている。

シリアは王宮から少し離れた所でホーリーウォールと言う薄く白い壁を張っている。

ホーリーウォールとはラッカスの使ったホーリーフィールドを壁状にしたモノである。

効果としては悪魔の侵入を抑える。

ミルフィーユがそのシリアの足にしがみついている。

住民の避難により生じている張り付いた空気で、何が起こっているのか分からないが、とにかく『怖い』と感じているのだろう。

しかし、ミルフィーユの潜在魔力は人間の比ではない。

しがみつくミルフィーユからシリアに送られる強大な魔力は、シリアのホーリーウォールの強化にもなっていた。

そして、その横には似合わない鎧を身に纏い、震えながらフレースヴェルグと優人達が戦闘をしている方向を見つめているイマイチ陛下の姿があった。



「これである程度住民を王宮に避難させる事は出来ましたね。」

住民避難が一段落し、アレスがイマイチに近寄って来て、話し掛けた。


「ふむ。アレス団長には心より感謝すると共に、ジールド・ルーン聖騎士団の統率力には感服した。

流石五英雄の統治する国だけの事はある・・・。」

イマイチはアレスに答えた。


「ありがとうございます。」

アレスは礼を言うと、フレースヴェルグのいるであろう方向をジッと見つめた。


「アレス団長、行きたいのでしたら、こちらはお任せしていただいても構いませんよ。

シン顧問の事もご心配でしょうし・・・。」

シリアが父親の心配をするアレスを気遣うが、アレスは無理に笑顔を作る。


「今は公務の最中。私の私情で陛下より承った持ち場を離れる訳にはいかない。

それに、私が心配しているなんて事が父上に知れたら、父上は逆に怒るだろうしね。

気遣ってくれて有り難いが、今は持ち場を守らせてくれ。」

アレスがシリアに答えた。



「あっ!パパだ!!」

少しすると、ミルフィーユが遠くを見て、声をあげるとシリアから離れて走り始めた。


「ちょっと、ミルちゃん!」

突然走り出したミルフィーユを追うようにシリア、アレスが走り出した。

遠くから数人の人影が見え、それが徐々にハッキリとした形に変わっていく。

そして、人影がくっきり見える距離になると、アレスとシリアは一度足を止めた。

初めて見る、予想だにもしない光景だったのである。


いつ見ても、背筋を伸ばし、胸を張っていたダレオスが疲弊し、足を引きずっている。

常に冷静で、怪我をしてもすぐに治してしまうラッカスが痛そうに砕かれた腕を守りながら歩いている。

そして、戦闘で有効攻撃を食らった事を見たことすら無い父、シンが鎧を砕かれ、ボロボロになり、優人とクレインの肩に寄りかかりながら歩いているのである。

優人とシンは返り血を浴びたのか全身が真っ赤になっているのも珍しい。


「あの五英雄がここまで・・・。」

シリアは見た光景に驚愕し、悲鳴に近い声を上げると小走りしてラッカスの手を握り、治癒の魔法を施し始めた。


「パァパァ~!」

ミルフィーユは優人の腰に飛び付こうとしてきた。


「ミル、血が付く!」

優人が思わずシンから手を離し、血まみれの体に抱き付こうとするミルフィーユをキャッチした。


「パパ、痛いの?」

ミルフィーユは血塗れの優人の心配をする。

そんなミルフィーユに優人はクスリと微笑み、答える。


「パパは痛くないよ。この血は・・・。」

説明をしようとした優人だが、まさか、子どもを抱き上げる為にウエイブの腹をかっ捌いたなんて言える訳が無い。

少し考え、優人はミルフィーユに答える。

「もう少ししたら、ママがミルより大きな赤ちゃんを連れて来るからね。

赤ちゃんだから苛めちゃダメで、体がでかいから気を付けるんだよ。」

ミルフィーユは『赤ちゃん』と言うフレーズを聞き、表情を明るくさせた。


「父上が、ここまで・・・。大丈夫ですか!?」

アレスがシンに駆け寄り、治癒の魔法をかけはじめる。


「おいおい。戦場で戦ってたんだ。

無傷で戻る方が本来奇跡なんだよ。

そんな心配すんな。」

シンは恥ずかしそうにアレスの手をどける。


「し、しかし、父上・・・ 」

アレスは心配そうにシンの顔を見る。


無傷伝説を築き上げ、その防御力の高さを世界にまで知らしめているシン。

そんなシンが『無傷で戻る方が本来奇跡』だと言ってのける。

築き上げた栄光に全く執着せず、謙虚であり続けるなんて果たして自分に出来るだろうか?


優人はシンと言う男の器の大きさや、その強さの秘訣を今回の戦いで目の当たりにしたと感じていた。


「ダレオス陛下・・・。」

少し時を起き、イマイチもダレオス達の元へやって来た。

ダレオス達の表情が強張るのが分かる。

しかし、この状況でどういう性格ならダレオス達に文句が言えるのだろうか?

優人もイマイチの次の言葉を待った。


「此度の件は、剣士オレイアの件を含み我が国が至らなかった。

心より詫びと感謝を述べる。」

イマイチの言葉を聞き、優人はホッとした。


「へっ、なんだ?その鎧?

着こなせてねぇじゃんか、みっともねぇ。

玉座に座ってねぇで少しは体も鍛えろや。」

シンがイマイチに暴言を吐く。


「こらっ、シン!状況は分かるが相手はこの国の王だぞ!!」

ダレオスがシンを怒鳴る。


「関係ねぇな。

王として扱って欲しいならこんな所で声掛けてくるんじゃねぇ。

王宮で来賓客として迎えたら、ジールド・ルーン国大使とグリンクス国王として話してやらぁ。」

シンが半笑いしながらダレオスとイマイチに答える。


「もっとも、大使と王との関係だとしても、この男に礼儀を期待するだけ無駄じゃがの。」

スティアナが余計な補足を加える。


「もっともだ。私も体を鍛えるとするかな。

肩を貸させて貰っても?」

イマイチは笑いながらシンに聞く。


「友人がやりてぇってんなら有り難く貸して貰うよ。」

シンが答えるとイマイチはシンの懐に潜り込み、シンを支えて歩き出した。


「今回の報酬と、今後の対策について後でお主達の意見を聞きたい。」

歩きながらイマイチがダレオスに話をふる。


「悪魔対策の法改正ならば、ラッカス。

報酬は・・・いるのか?」

ダレオスが答える。


「悪魔退治は我ら司祭の望む所。

そこに報酬など・・・。」

ラッカスが答える。


「ちょっと待って下さい。

聖騎士の派遣に、武具の破損。

陛下の留守を預かってくれている兵達の報酬もございます。

ここは、受け取って下さい。」

と、1人、妙に現実的な事を言うクレイン。


なるほど、ジールド・ルーンの経済はクレインが守ってるのだと、優人は理解した。

そして、この面子でクレインはクレインで苦労している事も伺える。



その後、王宮に入ると、優人達はそれぞれの部屋に案内された。

優人は風呂に入り、返り血まみれの胴着を洗濯してから改めてダレオスの部屋向かった。


ダレオスの部屋では、シンがトランクス一丁でベッドで大イビキをかいており、ダレオス、アレス、シリア、スティアナが4人で紅茶を飲んでいた。

ラッカスは封印された魔剣の封印を強める為に、クレインと追加の魔力を送っている。


「みんな、もう体は大丈夫なんですか?」

優人は寝ているシン以外の人間に話し掛けた。


「ああ。何だかんだ言ってもまともにフレースヴェルグと対峙していたのはお前とシンだけだからな。

お前の方こそ大丈夫なのか?」

ダレオスが優人に聞き返してきた。


「ああ・・・。

俺も今回はさほど役に立ってなかったし・・・。

しかし・・・五英雄とは聞いていたが、ここまで桁違いの実力だとは思いもしなかったよ。」

優人は純粋な感想をダレオスに述べる。


「ふむ・・・。」

ダレオスは渋い表情で頷いた。


「何か問題でも?」

優人はダレオスの表情が気になり、聞く。


「俺達は、もう60だ。

隠居したい年頃なのだよ。

アレスや優人、それとサリエステールの王子リッシュと言った優れた中堅も育ってきてはいるが、それでも不安があってな。

結局、聖騎士団長をアレスに譲ったシンが今だに前線に出ているしな。」

ダレオスが本音を漏らす。

アレスが申し訳無さそうに俯く。


ダレオスの今の発言をしっかり聞いていない証拠だと優人は思う。

ダレオスは『育ってきている』と評価をしているのだ。

俯く所ではない。


「層の薄さが問題・・・ですね?

今回みたいに王宮待機と戦闘部隊に別れ切れないと言う・・・?」

優人の質問にダレオスは黙って頷く。


「優人の肩書きはフォーランドの騎士。

リッシュはサリテステールの王子。

アレスはジールド・ルーンの聖騎士だ。

出来ればそういう垣根を越えて各国の主力が力を合わせられるシステムでも出来れば良いのだが・・・。」


「それは無理でしょう。

国には国の都合が有ります。

システム内の国同士で戦争でも起きれば嫌でも敵対しますし・・・。」

クレインがダレオスの考えに非を唱える。

地上界でも、経済的視点でヨーロッパ国々の連合組織があるが、そう上手くは行ってない。

脱退する国もある。

クレインの意見には優人も同意見である。

武力締結なんてなおさら難しい話である。


「育てるしか有りませんね。

戦闘技術だけでなく、座学も教え、判断力のある若手を。

地上界では『義務教育』と呼んでます。」

優人がダレオスに提案する。


「やはり、そこに到達するわな。

エルンの魔法学院のようなモノを我が国にも導入するか要検討だな。」

ダレオスが言う。


「それは素敵ですわ。陛下。

ジハドの教典の授業は是非私を教壇に立たせて下さい。」

シリアが目をキラキラさせながらダレオスに懇願する。


聖女と呼ばれているシリア。

しかし、その実態は優人から見ればただのオタ女と同じである。

聖書と言うラノベにはまり、その主役であるジハドに恋をする。

エルン王都前にある『ジハドの斬撃』と呼ばれる巨大な崖に赴いて、ジハドに思いを馳せるのは『聖地巡回』。

地上界のオタクと呼ばれる人間も同じ事をやる。

当然、教典を読みとくなんてシリアにしてみれば『ラノベについて仲間と語り合う』みたいな感覚なのだと思う。


もっとも優人はオタクとは、何かを好きになりすぎて、その道を極めようとしている人種だと思っている。

好きすぎて極めるのだから妥協をしない。

徹底主義程尊くてめんどくさい主義は無い。

しかし、それが万が一仕事に転じてしまったらこれ程凄い能力は無い。

これが優人のオタクに対する評価だ。

そういう意味では司祭とオタクは同意義だとすら思えてくる。


ガチャッ。

突然扉が開き、綾菜とミルフィーユが部屋に入って来た。


「あれ?綾菜、戻ってきてたんだ?」

優人は綾菜に話し掛ける。


「うん。さっきね。」

綾菜が優人に答える。


「ムルエナ可愛いんだよ!

ピヨピヨ言って私の後付いてくるの!」

ミルフィーユが嬉しそうな顔をしながら優人に報告をしてきた。


ムルエナ・・・。

ミルフィーユの口ぶりからして、ウエイブの子どもの事だと思うが・・・。


「ミラルダ達も戻って来てるのかな?」


「うん。ミラルダ・・・ゆぅ君に凄く感謝してたよ。

私も、ムルエナを助けてくれた事に救われた。

あのままだったらミラルダになんて声を掛けたらいいか分からなかったもん。」


「良かった。

ムルエナって・・・もう名前も決まったんだ?」

優人はホッとした顔を綾菜に見せた。


「うん。『ムル』は精霊語で『愛する』って意味で『エナ』は『風』を意味してるの。

『風を愛する』っていう意味でムルエナって名前にしたんだよ。」


ガチャッ。

そんな会話をしていると、今度はイマイチとシュワルツ、ミラルダが部屋に入って来た。

「失礼とは思ったが、会議室と言う職務に囚われた空間ではなく、友としてお主達の案を聞きたくてな。

お邪魔させていただいても宜しいかな?」

と、イマイチ。


『友』・・・シンの余計な一言を上手く利用されたな・・・。

おそらく優人だけでなく、ダレオスも同じ事を思っただろう。

しかも、余計な一言を放った本人だけ爆睡中である。


「案・・・とは何ですか?」

ダレオスがイマイチに聞く。


「新しい我が国の法律だ。

我が国は国民の自主性や権限を尊重し、思想の自由を認めている。

その中で悪魔信仰のみ禁止すると言うのは如何なモノかと思ってな。」

イマイチがそう切り出してきた。


「悪魔信仰による被害の大きさは今回の一件でご理解頂けたと思います。

悪魔信仰の禁止は必須だと思います!」

間髪を入れずにイマイチに異を唱えたのはやはりシリア。


「しかし、それではあまりにも一方的だと思います。

悪魔に自分の命を捧げてでも何かを成し遂げたいと言う純粋な人間もいるやも知れませんし。」

シリアにシュワルツが言い返す。


「悪魔に命を捧げる!?

その時点で純粋では有りません!

禁止するべきです!!」

ジハドの敵である悪魔に全くの理解を示さないシリア。


「悪魔とは、人を堕落させ、絶望させるのが生業です。

その信仰を許すと言う考えがすでに間違っていると私も思います。」

ラッカスもシリアに続き、イマイチとシュワルツに異を唱える。


優人は神も悪魔も興味は無い。

しかし、確かに悪魔絡みの事件程胸くそ悪い結果ばかり起こすモノも無い。

悪魔信仰は抑えるべきだとは思うが・・・。

「では、こうしたらどうでしょう?」

意見が噛み合わないジハド司祭と自由思想のグリンクス派の間に優人が割って入った。

全員の視線が優人に集中する。

「許可の無い集団行動の禁止です。」


主義、主張の自由は認めても、行動の自由は認めない。

これは日本の法律では当たり前の事である。

窃盗や殺人と言った行動を制限しているのと同じく、無許可の集団を禁止する。


「そんな事を禁止して何になると言うんですか!?」

シリアが優人に食って掛かる。


「集団活動の禁止とはどういう事ですか?

集まって商売が出来なくなると言う事にはなりませんか!?」

シュワルツも優人に食って掛かって来た。


「まとめて言ってくるなし。」

優人が2人にツッコミを入れる。

「1つ1つ答えるよ。

まず、集団行動の禁止。

『数は暴力と言う言葉』が地上界にはあるが、集団で組織的な犯罪を犯されるとその規模は必ず大きくなる。

逆にこれがもし個人ならば鎮圧も楽になるしね。

全ての犯罪を無くす事はそもそも不可能だとして、その被害を小さくすると言うのが今回の提案の意義だよ。」

優人はシリアにまず答える。

「そして、商売について。

俺は集団行動の『完全禁止』とは言っていない。

『無許可の』ってのが肝なんだよ。

集団で何かをやりたいなら、国や自治体に届け出を出す。

これにより国で集団行動の管理が出来るし、無定期に監査に入って、犯罪が行われていないかのチェックも入りやすくなるでしょ?

届け出を出していない、もしくは無許可の集団は無条件で潰せば良いから被害を小さく出来る。

これが狙いだ。」


「・・・。」

優人の説明を聞き、イマイチもシュワルツも黙って考え始めた。

シリアとラッカスは気に入らないという顔で優人を睨んではいたが・・・。


「ゆぅ君良くそんな事に気付いたね!!」

と、この中で1番言って欲しく無かった人物がまた変な事を言ってきた。

綾菜だ。


日本の法律と同じだろ・・・。


優人は心の中で綾菜にツッコミを入れる。


「ふむ。その視点は確かに・・・有りだな。」

イマイチが優人の意見に賛同した。


「では、その案を基礎に考え直しましょう!」

シュワルツがイマイチに言うと、イマイチは深く頷き、礼を言うと部屋を出ていった。


「今夜、ゆっくり休んだら国に帰るぞ。」

ダレオスが皆にそう告げた。


世界一の経済力と治安を誇る国グリンクス。

その実態は無責任な正義感と嘘の蔓延る国だと感じた。

しかし、この国は王であるイマイチやその取り巻きは純粋に国を憂い、国の為に必死に考えて動いていた。

トップが自分の権益に拘わらず、より良い国にする事を優先させている。

この国はきっと今より良い国になるだろうと優人は思っていた。

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