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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第七章~平和に潜む闇~
56/59

第五十五話~侵入作戦~

スティアナとエナが脱走したアンタレスの監視を引き受け、優人達は引き続き他の幹部を尋問する。

作戦の打ち合わせが終わっても、ミラルダが何か腑に落ちない顔をしていた。


「どうかしましたか、ミラルダさん?」

優人は心なしか不満そうなミラルダが心配になり、声を掛けた。


「え・・・なんか、嘘や誤魔化しばかりで、やり方が・・・その・・・汚いな・・・って思いまして・・・。

グリンクスってあまりこういうやり方はしませんから・・・。」

ミラルダが言葉に気を付けようとしながら、恐らくは本音を口にする。

確かにそんなに誉められた手口では無いと優人自身も思う。

多分、お伽話や小説の物語ならば、今優人がやっている事はむしろ悪役がやるような事である。


「大義名分を無理矢理作って、法律上でも人間的にも正義の味方としてフレースヴェルグを潰そうって言うイマイチ陛下の希望を叶えるにはこうするしかないだろう?」

ミラルダの発言に対し、シンが答えた。


「・・・でも、こんなやり方・・・。

追い詰められたフレースヴェルグ教団がむしろ可哀想に感じます。

貴殿方はこんなやり方を毎回やっているのですか?」

ミラルダがシンに言い返す。


「俺達なら、問答無用でフレースヴェルグ教団のアジトに殴り込んでさっさと潰す。

その方が毒を撒かれる恐れも低く済むし、逃げられる可能性も下げられる。

そもそも世論なんか俺達は意識しねぇからな。

面倒くせぇのはこのグリンクスって国なんだよ。」

シンは相変わらず直球の本音をそのままぶつける。

悪くは無いが、地上界ならば確実に炎上させる発言だろうと優人は思う。


「そんな事をしたら、世論がイマイチ陛下を批判するに決まってるじゃないですか!!」

ミラルダがシンの発言に怒り、怒鳴る。


「批判されて問題有るのかよ!!

国が守るべきは国民の安全だろ!?

国民の自分に対する評価がそんなに大事か!?」

怒鳴るミラルダにシンも怒鳴る。


そろそろヤバイかな?


そう思った優人が2人の間に割って入った。

「まぁまぁ・・・。」

2人して優人を睨み付けてきた。

優人は気にせず、話を始める。

「こういう考え方の問題は意外と繊細なんだ。

どっちも悪くは無いし、正解でもない。

このやり取りを感情的になってやったらキリが無い。

グリンクスは如何に国民に好かれるかを考え、ジールド・ルーンは如何に国民を好くかを考える。

だから優先順位は異なるし、主張が噛み合わない。」


「何が言いたいんですか?」

言う優人にミラルダが食って掛かる。


「そんな事で揉める意味は無いと言ってるんだ。」


「意味は無い?

なんだか優人さんの言い分もグリンクスが悪いと言っているように聞こえますが?」

ミラルダの怒りはまだ収まっていない。

優人は1度、深くため息を付いてからミラルダに答えた。


「そう聞こえるならば、ミラルダさん自身がジールド・ルーンの・・・シン達に考え方が近いんじゃないかな?

本当はこんな事をせずにフレースヴェルグをさっさと潰すべきだと思っている。

そうすれば確かに毒の心配も無くなります。

もっとも、俺はあくまで中立です。

国民の人気も犯罪を減らすのには大切な事ですし。」

ここで優人も1つ嘘を付いた。

優人は中立ではなく、ジールド・ルーン派だ。

グリンクスの政治体制や考え方は日本に似ていてまだるっこしくて面倒臭い。

上に立つ人間の自己保身精神は見ていて正直腹が立つ。


「・・・。」

ミラルダは返事を返すこと無く、何か思い詰めていた。



ガチャ。

優人達と別れ、夕食を済ませた後、ミラルダは優人の部屋にやって来た。

しかしそこには優人はおらず、綾菜とミルフィーユがくつろいでいた。


「あっ!ミル!!」

ミルフィーユが扉を開けたミラルダに気付き、何故か自分の名前を呼んでミラルダに駆け寄る。

ミラルダはミルフィーユを抱き上げ、満悦の表情を浮かべていた。


「本当に可愛い。この子欲しいなぁ~・・・。」

ミラルダがミルフィーユを抱きながら言う。


「馬鹿言わないで。ミルは私の子だから。

って、ミルはあなたでしょ?」

言いながら綾菜はミルフィーユの頭を撫でてあげる。

ミラルダはミルフィーユの顔を自分の方を向くように抱き直し、ミルフィーユに顔を近付けながら言う。


「私はミラルダ。言ってみて。」

「ミゥルダ。」

ミルフィーユが舌っ足らずの言葉で答える。


「可愛い・・・。」

ミラルダがミルフィーユに頬擦りをする。


「それより、どうしたの?

私の娘を誘拐しに来た訳じゃ無いでしょ?

聞いたわよ。ゆぅ君のやり方が気に入らないって食って掛かったみたいじゃない?」

綾菜が腰に手を当て、不貞腐れた顔をしながらミラルダに言う。

ミラルダはミルフィーユをゆっくりと下ろすと、綾菜に答えた。


「ええ。でも彼は悪い人では無いみたい。

多分、イマイチ陛下の意思を尊重してくれているだけ。

逆に申し訳ないと思っているわ。」


ミラルダの返事に綾菜は軽くため息を付く。

「お詫びを言いに来たの?」


「そうでも無いの。

力を・・・貸して欲しくて・・・。」


「力?」


バンッ。

突然、浴室の扉が開き、トランクス姿の優人が濡れた髪をフェイスタオルでわしゃわしゃしながら出てきた。


「きゃあ!!」

優人の姿を見て、耳まで真っ赤にしたミラルダが目を覆う。


「んっ?おお、ミラルダさんじゃないか?どうしたの?」

優人は気にせず、ミラルダに話しかけてきた。


「ま、まずは先に服を着てください!!

なんて格好してるんですか!!」

ミラルダが優人を叱る。


「え~・・・体の水分が完全に取れるまで服は着ない派なんだけど・・・。」

優人がミラルダに文句を言う。


「ゆぅ君、着てあげて。私も何か恥ずかしいから。」

綾菜が優人に言うと優人はしぶしぶ脱衣所に戻り、服を着る。


あいつ・・・絶対処女だ・・・。


その後、優人が服を着て出てくると、ミラルダと綾菜はソファーに腰掛けて、紅茶を飲んでいた。

ミルフィーユは綾菜の横で寝ている。


「んで、こんな時間にどうしたの?俺の裸見に来たの?」

強引に服を着されられた優人はわざとミラルダに意地悪な事を言って仕返しをする。

案の定、ミラルダは顔を真っ赤にしてうつ向きながら「そんな事しません!」と優人に答える。

そんなミラルダを見て、優人は少し気が晴れる。


「ゆぅ君、セクハラは止めてあげて。

ミラルダは巨乳の癖に男性とあまり会話をした事が無いんだから。

シリア同様、巨乳はお堅すぎて残念な子が多いの。」

綾菜の巨乳敵視発言も健在だ。


「もう・・・。」

ミラルダが綾菜を恨めしそうに見るが綾菜は「クスリ。」と笑って返す。


「さっきのゆぅ君とシンさんとのやり取りからずっと考えてる事があったんだって。」

綾菜が優人に言う。


「考えてた事?こんな所じゃなくて会議で言った方が良いんじゃないの?」

優人は言いながら、寝ているミルフィーユを抱き上げる。


「ううん・・・。」

ミルフィーユは寝ながら文句を言い、優人の胸に顔を付け、そのまま寝続ける。

そして、優人は綾菜の横に座る。


「最近、ミルちゃんを起こさずに移動させる技術をモノにしたわね?」

綾菜が横に座る優人に言う。

「パパですから。」

優人はどや顔で綾菜に答える。


ミラルダは一度微笑むが、すぐに真顔に戻り、話を始める。

「会議で言えない内容なんです。」


「まぁ、だから来たんだろうけど。どうしたの?」

優人はミルフィーユの背中をポンポンと叩きながら、ミラルダに話を返す。


「優人さんは・・・。どうすれば良いと思いますか?」

ミラルダが優人に聞いてくる。


不躾な質問の仕方だ。

いきなり『どうすれば?』と言われても答えられる訳が無い。

しかし、恐らく、フレースヴェルグのアジトにいきなり殴り込むかどうか辺りを悩んでいるのだと思う。

しかし、下手な事は返せない。


「なんの事かな?」

優人はわざと惚けて聞き返した。


「今のやり方は、グリンクスの政治に乗っ取った非人道的なやり方だと思います。

多分、優人さんが警戒している通りフレースヴェルグ教団は川に毒を撒き散らせ、混乱に乗じて挙兵をしてくる可能性が高いと思います。

挙兵してきたフレースヴェルグ教団を返り討ちにすれば私達は確かに国民を守った誇り高き戦士だと国民の目には映ります。

しかしこのやり方は、前もって止める事ができるはずの毒を撒かせ、国民の命も多少奪われるリスクのあるやり方です。

国を守るはずの私たちが自己評価を上げるためにこんな事をしていいのでしょうか・・・だったら・・・。」

そこまで言い、ミラルダは言葉を止める。


ミラルダは真面目な性格なのだろう。

立場上はイマイチの考えに沿い、優人達を監視するのが本分のはずだ。

しかし、国民の安全を考え、毒を流される前に打って出たいと言う本音を押さえきれなくなってきている。

多分、一見好き放題やっているが実は色々考えているシンの姿を目の当たりにすればそう考えてしまうのかも知れないが・・・。


「ミラルダさん。作戦はもう始まっています。

アンタレスは留置所を脱走し、エナとスティルがそれを追ってる。

ジールド・ルーンの聖騎士も明日にはグリステイルの港に着くらしいです。

ここで殴り込むと言う選択肢は、賢いとは言えません。

その上で、貴女はどうお考えですか?」

優人はミラルダに聞く。


「でも、今夜乗り込むならまだ毒は撒かれないし、相手に逃げられる可能性も落とせるわね。」

綾菜がミラルダを後押しする。

優人と綾菜は黙ってミラルダの顔を見る。


「私は・・・国民の安全を優先させたいと思います・・・。」

ミラルダは弱々しい声で、絞り出すように答えた。


「そっか・・・。」

答えると、優人はゆっくりと立ち上がった。


「ゆぅ君?」

綾菜が優人の顔を見る。


「行くんだろ?ただ、筋としてシンやダレオスには一声掛けときたい。

ラッカスとクレインにミルのお守りも頼みたいしな。」

優人が言うと、ミラルダの表情が明るくなった。



「・・・で?結局殴り込む事にした訳か・・・?」

ソファーの上であからさまに不機嫌そうにダレオスが優人達に聞き直す。


「はい。フレースヴェルグに先手を取らせては国民に被害が及ぶかと思い至りまして・・・。」

ミラルダが怯えながらも頑張ってダレオスに言う。


・・・ミラルダが怯えているのは、ミラルダが臆病だからでは無い。

実際、ダレオスが真面目に怖いのだ。

特に怒鳴る訳でも無く、静かに話を聞いているのだけなのだが、物凄い威圧感を感じる。

ダレオスもかなりのやり手なのだろうとこの気迫だけで分かる。


「別に良いじゃねぇか?うちの国じゃこっちが先手を打つなんて当たり前だし。」

話を聞き、すぐに装備を着けたシンが部屋の出口で腕を組ながらダレオスに言う。

そんなシンを見て、ダレオスはわざとらしく深いため息を付く。


「世論は大事だ。

毎回、止めてもお前がさっさと聖騎士を連れて乗り込むから、俺とラッカスが後始末をしてるんだよ!」

ダレオスがシンに言うが、シンはそれを聞いて大笑いする。


「それがお前の仕事じゃねぇか。

俺は犯罪が大きくなる前に被害を最小限に抑える。

騎士の勤めを果たしてるだけだ。

その後始末は王であるダレオスや宮廷魔術師のクレイン、ラッカスの仕事だ。

皆が皆、仕事をするから国は回る。間違ってるか?」


「・・・。」

シンの質問に誰も返事をしない。


「イマイチ陛下に今日の尋問の話と、今後どう動くか説明しちまった。

明日、どう申し開けば良い?」

ダレオスがシンに聞く。


「俺達が勝手にやったとでも言えば良いだろ?」


「お前は楽観過ぎるんだよ!これは国際問題に成りかねない話なんだ!」

シンにダレオスがまた怒る。


「では、私が1人で行きます。」

シンとダレオスのやり取りの間に割って入ったのはミラルダ。


「そんな勝手、許すわけ無いでしょ。

助けを求める同輩をほっとくなんて出来る訳無いじゃない?」

綾菜がミラルダに言う。


「ダレオス。こんな問答は時間の無駄ですよ。

最終的に貴方はシンを行かせるのは分かっています。

文句が言いたい気持ちは分かりますが、アンタレスを解放した以上時間が有りません。

この問答は後回しにして、行かせるべきです。」

ラッカスがダレオスを嗜める。

ダレオスは自分を嗜めるラッカスを黙って睨むも、すぐに諦め、またため息を付いた。


「聖騎士は明日、到着する。

やつらが前線に来るまで持ち堪えさせろよ。」

ダレオスがシンに言い捨てるが、その発言にシンが絡む。


「ふざけんな、俺を誰だと思ってやがる?」


「ふざけんなはこっちの台詞だ。

シンは常習犯で優人は前科2犯。綾菜は前科1犯だ。

信用出来るか?」


んっ?

俺達が前科持ち??


優人はダレオスの発言にクエスチョンが付く。

分かって無いシン達の発言にダレオスが焦れた。


「あー!!

聖騎士の到着前にフレースヴェルグ教団を全滅させるなって言ってるんだよ!!

優人はフォーランドでカルマをシン、ラッカスが来る前に討伐しちまったので1つ。

優人、綾菜はエルンのイフリート軍を聖騎士到着前に片付けちまってるだろうが!!」


あっ、そういう事か!

せっかく遠征してきた聖騎士達に仕事をさせろっていう意味だ!!


優人は納得し、ダレオスの言ってる事の難易度の高さに気付く。

「あっ、でも、明日グリトルン到着ですよね?

つまり、俺達は半日以上戦い続けなきゃいけない事になりませんか?」


「その前に全滅させちまうだろ?」とシン。


「ちくしょーーー!!!」

ダレオスが叫ぶ。


「まぁまぁ・・・イマイチ陛下に申し開きをしたついでに聖騎士達にも謝りましょう。

少し、下げる頭が増えただけですから・・・。」

クレインがダレオスを宥めようとするが、ダレオスはクレインに飛び掛かり、首を絞めていた。


「ち、ちょっと・・・、ダレオス・・・苦しい・・・。」


これ・・・日常茶飯事なんだろうな・・・。

ダレオス陛下はかなり大変そうだ・・・。


優人はダレオスに少し同情した。



「風向きは・・・向かい風か・・・。」

ミラルダにフレースヴェルグ教団グリトルン本部の場所まで案内してもらい、今優人、シン、綾菜、ミラルダの4人がフレースヴェルグ本部の正門から少し離れた場所に潜んでいた。

時間にして深夜の零時。

奇襲をかけるには適した時間であるが、優人は向かい風である事が気になっていた。


「向かい風ならむしろ望む所じゃねぇか?

俺達の臭いも、音も奴等には届かねぇ。」

シンが基本戦術を言う。


基本的にはシンの言う通りである。

もっとも、臭いで警戒するような嗅覚は獣のレベルである。

音の伝達を少し遅らせ、気配もバレづらくさせるのが向かい風のメリットである。

しかし、その効果はそんなに気にする程だとは優人は思っていない。

それ以上に、フレースヴェルグの毒薬の警戒をしている。

今回、フレースヴェルグ組織が使っている毒は粉上の青酸カリ。

細かい粉は風に煽られ、広がる。

つまり、フレースヴェルグが襲撃に気付き、毒の散布をしてきたら風下にいる優人達は毒の被害をモロに食らう事になる。


「・・・いや、毒の粉は風に吹かれて飛ぶ。

やっぱり風上に回ろう。

ミラルダ、この本部の裏に入り口はあるかな?」

優人は皆に提案をする。


「確か無いと思います。

ウエイブに乗って乗り込む事は出来ますが、夜はオウムヶ鳥は目が見えませんし・・・。」

ミラルダが優人に答える。


「そんなの、ぶち壊せば良い。

そこまで優人が毒を警戒するなら地上界の毒はヤバいんだろう。

魔法でも俺のシールドアタックでも、どうとでもなるだろ?」

シンが過激な事を言う。


「せっかくの奇襲だぞ?」

優人がシンに突っ込む。


「問題ねぇ。むしろ奴等の逃げ道を塞ぐためにこの正門も潰して貰いてぇな。」

シンが頼もしい事を言ってくれる。

優人は奇襲と言う考えを取り止め、フレースヴェルグ教団の退路を断つ方向で少し作戦を練り直す。


「そうしたら、ミラルダとシンで裏側に回って壁を破壊してくれ。

破壊音を聞いたら、俺と綾菜で正門を封鎖してから裏手に回る。

各々の行動としては、シン、ミラルダ班は敵の殲滅、フレースヴェルグの最高責任者討伐。

俺と綾菜班は毒を探して処分する事を優先に動く。

途中でスティルとエナを見付けたら殲滅組に参加してもらう形でどうかな?」


「分かった。それで行こう。」

シンが賛成してくれた。


「戦力を分散させて大丈夫かしら?」

ミラルダが不安を口にする。


「世界最強軍隊の顧問と8000人斬りがいて不安か?

修羅場の数が全然ちげぇよ。」

シンがミラルダに言うとミラルダは少しホッとした表情になる。


シンは普段から強気発言をするが、最近優人はシンの行動や発言はただの虚勢では無いと思っている。

シンは見た目や発言、行動以上に周りを気遣う男だ。

実は尋問の時、シンが焦れてアンタレスに詰め寄ったのも意味がある。

あれは優人1人を悪人にしない為の気遣いだ。

あのままだと優人がフレースヴェルグ教団の目の敵に成りかねないと思ったシンがわざと詰め寄り、自分がアンタレスに恨まれる役を買って出た。


今回の件もそうである。

実践経験は多ければ多いほど生死の境目を見る。

怪我は痛いし、殺された相手の憎しみに満ちたその瞳は気分の良いモノでは無い。

つまる所、経験を積めば積むほど前線に出る怖さと危険を思い知らされるのだ。

シンのミラルダに対する発言はミラルダを安心させる為についた優しい嘘でもである。

本当に自信がある訳では無い。

満身が無いのもシンの強さの1つだと優人は思っている。


「・・・つー訳で行ってくる。気を付けろよ。」

言うと、シンとミラルダは門の右側へと走っていった。



「・・・久しぶりに2人っきりになったね。」

シン達の姿が見えなくなると、優人は綾菜に話し掛ける。


「本当だねぇ~・・・どうせならもう少しロマンチックな状況で2人になりたかったけど。」

綾菜がちょこんと座りながら優人に答える。


「確かに。」

優人も答えながら綾菜の横に座る。

綾菜は優人の肩に頭を置き、寄り掛かる。


「少しだけ・・・。戦闘が始まるまで・・・。」

綾菜が目を瞑り、優人に言う。


「喜んで。」

優人は優しく、少し冗談っぽく綾菜に答えた。

綾菜はクスッと微笑んで見せると、少し黙って優人と2人きりの空間を満喫した。


「ゆぅ君怒ってる?」

突然、綾菜が口を開いた。


「えっ?何を?」

優人は綾菜を怒る心当たりが無く、少し困惑する。

綾菜の事だから優人の知らない所で変ないたづらをしている可能性がある。

優人は綾菜の顔を見る。

綾菜は満足げに瞳を綴じていた。


「今回の強引な殴り込みの事だよ。

ゆぅ君、今回頑張って憎まれ役やってたのに、結果的に台無しにしちゃったから・・・。」

綾菜の言葉を聞き、優人は安心した。


気にするような事でもない。

むしろ、優人自信も望む結果だ。


優人は綾菜に優しく答える。

「いいや。怒って無いよ。

むしろこの方が俺達らしくて安心してる。」


「そっか。」

綾菜は目を瞑ったまま答えると、また静かにしている。

しかし、そんな幸せな時間はすぐに終わる。

遠くの方から大きな破壊音が聞こえてきた。


「もぅ~・・・。」

綾菜が怨めしそうに声をあげ、そしてゆっくり立ち上がった。


「戦争、開始だな。」

優人も立ち上がりながら言う。


「壁は私が作るよ。地面を盛り上げる。」

言うと、綾菜は地面に手を当て、魔力を注ぐ。


「少し、待っててな。」

言うと優人は刀に手を添え、正門にいる2人の門兵に斬りかかった。


「おばんでやんす。」

一気に門兵の1人の目の前に駆け込み、優人は門兵に挨拶をする。


「んっ?あ?」

優人の意図が理解できず、門兵が困った表情を浮かべる。


バシュッ!

次の瞬間、門兵1人の首と胴が切り離された。


「なっ!」

不意打ちをされ、もう1人が身構えようとするが、それより先に優人の刀は門兵の左脇下から右肩上へ斜に切り上げられた。

もう、このパターンの不意打ちは優人の得意パターンだ。

倒れる2人を確認し、門から離れながら優人は綾菜に声を掛ける。


「今だ!」

「オッケー!」

綾菜が答えると、地面がえぐられ、えぐられた土が正門にどんどん溜まっていき、大きな壁になった。


「よし。」

土の壁が出来上がるのを確認し、優人は綾菜の元へ走って戻った。


「シン達は右回りで行ったから、俺達ら左回りで裏へ行こう。

シン達がスティルとエナと会ってなかったらこっち周りにいると思うから。」


「了解。」

優人の指示に綾菜は答え、2人で左回りで裏へ走り出した。



「おっ?優人じゃないか?」

フレースヴェルグ本部の外側を左周りに進んでいる途中でスティアナの声が聞こえ、優人は足を止めた。


「おお、スティル。エナは?」

優人はすぐにエナがいない事に気付き、スティアナに聞く。


「エナはさっきでかい音が裏で聞こえたのでな。見に行っとる。

わらわはアンタレスをここから監視中じゃ。」


「アンタレスは今どこに?」


「アンタレスはこの建物の2階じゃ。

後、アンタレスと一緒にオレイアも中に入っておる。

剣をお主に折られとる以上、オレイアなんぞ役に立たぬだろうに・・・。」

さすがスティアナだと優人は思いながらスティアナの報告を受ける。


アンタレスは仮留置所を脱走した後、グリンクス国内最強と言われるオレイアと接触し、本部に招き入れた。

今までグリンクス国家お抱えの傭兵だったオレイアとの接触。

ここから予想出来るアンタレスの狙いはやはり挙兵。

敵戦力で強力だが金次第で手の平を返すオレイアを味方に付ける事で、国家の戦力と戦意を落とし、逆に自陣の戦力と戦意は向上する。


しかし、気になるのは魔剣を失ったオレイアである。

かまいたちを自在に操れるオレイアの剣は先の戦闘で優人がへし折った。

つまり、今のオレイアは突き技だけが並み以上なだけの大した事ない戦士である。

そんなオレイアが国家の敵戦力、勝ち目の低い側に付くだろうか?

そんな冒険をするような人間だとも思えない。

何かあると思った方が良いと優人は考える事にした。


「分かった。ありがとう、スティル。

それから、作戦が変わったんだ。

今から本部を襲撃する。裏の破壊音はシン達だ。」

優人はスティアナに簡単に作戦変更を伝える。

スティアナは優人と会った瞬間にその事に気付いたらしく、すんなり受け入れた。


「では、エナに追い付くとしようかの。

わらわとエナはシンと合流して殲滅部隊に加わろう。

主達は別に毒でも探すつもりか?」

スティアナは中々カンが良い。

優人はスティアナに頷いて見せると、裏に向けて走り出した。



「スティル!今、シンお義父様とミラルダさんらしき人が入って行ってました!

・・・て、優人さんと綾菜さん!?」

正門の裏側へ行くと、すぐにエナと遭遇した。

エナはショートソードを抜いており、戦闘の準備をしている。


「ああ。シンとミラルダさんが本部に乗り込んだ。援護に行くぞ!」

優人は走りながらエナに指示をする。


「えっ!?作戦は!?」

エナは混乱していたが、スティアナがエナに一言「状況じゃ。」と言うとすぐにエナは理解し、優人達を追い掛けて来た。


「敵戦力にオレイアさんがいます。

優人さんに怨みを持ってると思いますので気を付けて下さい。」

エナが優人に情報をくれる。


「ああ。スティルから聞いた。ありがとう。」

優人はエナに答え、シンが開けた壁の穴からゆっくりとフレースヴェルグ本部の敷地に入った。


敷地の壁を潜ると、すぐ目の前に建物が建っていた。

その建物の壁にも穴が空いて、その奥から金属のぶつかる音が聞こえる。

シン達が中で戦闘を始めているのだろう。


優人達もシンが開けた穴から建物の中に入る。

入ると、そこは廊下になっており、左右に道が別れていた。

左へ行くと少し進んだ所で右に入る別れ道があり、右手は行き止まりになっていた。


「んっ?」

優人はこの建物の造りに違和感を感じた。


普通、建物で行き止まりに続く廊下を造るだろうか?

もし仮に設計ミスがあり、出来てしまったとして、そこは確実にデットスペースになる。

そうなれば、この通路は物置き代わりに使われるだろう。

しかし、この通路は物置き代わりに使われる事はおろか、埃すらない。


優人はしゃがみこみ、注意深く通路の床を観察してみた。

すると、床には引きずったような細かい傷がそこら中にあり、その隙間に土や埃が詰まっていた。


「どうしたの、ゆぅ君?探索に行かないと・・・。」

綾菜が優人に話し掛けて来た。


「綾菜は・・・と言うかスティルもエナも考えて貰いたいんだけど、建物を造るときに行き止まりしかない通路を造るか?」

優人は3人に尋ねる。


「言われてみれば・・・確かに何のための通路ですかね?」

エナが質問に質問で答える。


「余ったなら通路にしないで部屋を大きくしちゃうけどなぁ~・・・。」

と、綾菜。


「わらわなら、宝物庫のような見付けづらい部屋を造りたい時にこういう造りにするやも知れぬな。

もっとも、こんなあからさまに怪しい造りにはせぬが・・・。」

スティアナが優人の考えに近い返事をしてくれた。


「緊急時にすぐに使える隠し倉庫、もしくは頻繁に使う隠し部屋を追加で造るとしたらスティルならどうする?」

優人はスティアナに突っ込んで聞く。


「建物の最深部に・・・こうする。」

スティアナが答えた。


優人と同じ意見だ。

建物を増設して隠し部屋を造るならば、やはり建物の端に壁を増やし、通路を造って隠し部屋を増設する。

だから、外弊のすぐ近くに建物が建っていたのだ。


優人は深く頷くと、通路の行き止まりまで歩いて行き、行き止まりの壁をじっくり観察した。


壁には鳥の頭と翼を持った大きな人間が、だらりとした人間を左右のてで1人ずつ持っている絵が飾られていた。

背景は荒野のような場所で、沢山の人間が横たわっている。


「・・・なんだこの絵・・・。」

優人はその絵が何故かとてもおぞましいモノに見えた。


「神話の時代、フレースヴェルグは神と悪魔の戦いに参加せず、戦死者の肉を食らっていたと言う話がジハドの教典にあります。

この鳥の巨人が恐らくフレースヴェルグだと思います。」

エナが優人に絵の説明をしてくれた。


「なんか、似たような話が地上界の北欧神話に有ったような・・・。」

優人は手を頭に当てて思い出そうとするが、神話の脇役の事なんてそんなに意識して覚えているわけも無く、思い出す事は出来なかった。


「ゆぅ君、足元に魔力の反応がある!」

綾菜が優人に言う。

優人は急いで後ろに下がり、綾菜に場を譲る。


綾菜はしゃがみこみ、床に手を当てる。

「幻覚の魔法が床に掛けて有るわね・・・。」

言うと、綾菜は床に何か魔法を唱えた。


すると、コンクリートのような物で出来ていた床の突き当たり部分が薄汚れた木材の姿になった。

その木材には所々、血を吸ったような形跡が見受けられる。


戦死者を食らうフレースヴェルグ・・・。

血を吸ったような形跡のある木材の床・・・。

隠したいモノ・・・。

その3つのキーワードからこの木材の下に有る物が何なのか優人は何となく予想が付いた。


「綾菜、エナはここで見張っててくれないか?

スティルは・・・悪いが付き合ってくれ。」

優人が言うとスティアナは『やれやれ』と言う表情をしながら頷いてくれた。

スティアナも検討が付いているのだろうと思い、優人は少し安心し、床の木材をどかした。

木材の下には地下へ降りる階段があった。

優人は綾菜に松明を出してもらい、スティアナと地下へ降りていった。



地下は暗く、そして真っ直ぐに道が伸びていた。

鼻を突く何かの腐敗臭が進むにつれ強くなる事に優人の嫌な予感は確信へと変わっていく。


「綾菜とエナを残し、わらわを連れてきたのは2人が可愛いからか?

それとも、わらわならお主の予想通りのモノを見ても大丈夫だと思っての事か?」

暗い通路を歩きながらスティアナが優人に聞いてきた。


「女性の魅力の話をするならスティルも2人に負けちゃいないよ。

答えは後者だ。スティルは経験してる修羅場の数が違う。」

優人はスティアナに答える。


「ふん。なら良かろう。

しかし、この臭いのきつさは予想以上の光景やも知れぬ。

見ずに燃やすと言う選択肢は無いかの?」

スティアナが優人に聞く。


「悪いが、そいつは出来ない相談だ。

燃やすなら燃やすで構わないが、嫌でも現状の部屋の様子を凝視して、何か隠していないか確認して欲しい。」

優人は苦笑いをしながらスティアナに答えた。


「何か?何かを隠している可能性が有るのか?」

スティアナの質問に優人は黙って頷いた。


勿論、何も無い可能性は有る。

しかし、どうしても見付かるとヤバいモノを隠すとき、二重三重に隠す可能性も否定は出来ない。



ギィ・・・。

優人達は地下通路の行き止まりにあった扉をゆっくり開ける。

中を見ないでも臭いだけでこの部屋に何が有るのかはっきり分かる。

血の傷んだ臭い。

白血球の臭い。

腐った肉の臭いは強烈で鼻を刺激し、吐き気すらする。

スティアナもあまりの臭いに顔をしかめながら部屋の中に視線を送る。


部屋の中は予想通りだった。

沢山の死体が乱雑に山積みにされていた。

その保管の仕方に死者への敬意すら感じられない。


「優人、これはさすがのわらわもちとキツい。」

スティアナが珍しく弱音を吐いた。

しかし、優人も気持ち悪すぎて口を開けない。

ここの空気を吸いたく無いとすら思える程、空気が淀んでいる。


死体を保管するならば、血抜きを行い、防腐処置位は普通やる。

防腐処置が出来なくても、血を抜く位ならば出来るはずである。

そして、血だけでも抜いておけば、ここまでの惨状にはなってないはずだ。


昔、卸売り問屋で働いているときに『濃縮還元』に付いて優人は説明を受けた事を思い出していた。

濃縮還元とは、取れた農産物を濃くする技術では無い。

海外で取れた農産物はそのまま船輸すると痛みやすい。

そこで腐りの原因である水分を極限まで抜き、粉状にすると言う技術が編み出された。

この技術を『濃縮』と呼んでいる。

その粉を輸入後、水に入れて元の成分に戻して販売するから『濃縮還元』なのである。

だから濃縮還元は飲料でしか出来ない。

最近はフリーズドライ製法と言い、肉等を中の水分まで完全に凍り付かせ、液体の無い状態にし、鮮度を保つと言う方法まで編み出されている。

この方法は細菌の繁殖まで抑えられるので、単純だが有効な方法である。


ここに山積みされている死体達はそういう気遣いもされずに、ただここに放置されているだけなのである。


「・・・何も、変わった所は無さそうだな?

スティルは何か見付かったか?」

優人は手で口を押さえながらスティアナに尋ねる。


「無いのぉ~・・・。もう、焼いてくれ。」

スティアナが優人に答えると、優人は松明を投げつけ、急いで地下から戻った。



地下の階段を登ると、綾菜とエナは退屈そうに戦闘音のする方向を眺めていた。


「お待たせ。」

優人が2人に声をかけると、2人はホッとした表情を浮かべた。


「暇だった。」

綾菜が不満そうに優人に言う。


「敵は1人も来なかったんだ?」

優人が綾菜に聞く。


「そりゃ、無理じゃろ。

シンが乗り込んで来たら逃げる事すら難しいわい。」

スティアナが優人に言うが、優人はシンの本気の実力をまだ知らない。

過去に1度やり合った事はあるが、あの時のシンは完全に遊んでいた。

息子のアレスはかなり強いのは知っていて、それ以上だと言うのは周りの話で聞いてはいる。

アレスの戦闘能力は自分と比べて少し上か、互角位だと見積もっている。

そのアレス以上という事は必然的に優人よりは確実に強い。


優人達は廊下を戻り、右手に曲がる。

すると、そこはちょっとした広場になっており、その広場の奥の方に扉が付いていた。

この広場でシン達が戦闘をした形跡があり、壁に埋もれて事切れている男が1人、心臓を一突きされ、息絶えている男が1人いた。

心臓を突かれている男は腰のショートソードを途中まで抜いており、壁の男はショートソードを床に落としている。

床に落ちているショートソードは無惨にへし折れていた。

シンのシールドアタックをショートソードで止めようとして潰され、もう1人は反応しきる前に心臓をやられたと想像出来る。

心臓の傷はさほど大きくは無い事から正確に真っ直ぐ突き刺している事が分かる。

つまり、シンはアレス並の筋力と優人並の技があると言う事がこの状況だけで理解出来た。


「本当に、こりゃ化け物だな・・・。」

優人はシンの戦闘能力の高さを実感する。


「優人さん。

私とスティルでシンお義父様の援護に行っても良いですか?

この感じでしたら1階はほぼ制圧してそうですし・・・。」

エナが優人に聞いてきた。


「ああ、そうだね。頼むよ。

俺と綾菜は1階の探索をしてから向かう。

後、シンが強すぎるからと言って油断はしないでね。

地上界の言葉で『勝って兜の緒を締める』って言葉がある。

勝ち戦だからって油断すると痛い目合うから。」

優人は真面目で傲慢から程遠いと分かってはいるが、つい、老婆心からエナに注意をした。

エナはクスッと微笑み、優人に「かしこまりました。」と答えると、スティアナと供に広場の奥の扉の先へと向かった。



「エナちゃん、綺麗だもんね?心配?」

綾菜が意地悪そうににやけながら優人に言ってきた。


「んっ?綺麗だけどね。

けど、言うまでも無くそう言うのじゃなくて、シンやスティルと比べると圧倒的に戦闘能力が落ちるから心配なんだよ。

真面目な性格が仇になって無理しないか・・・。」

優人が真面目に綾菜に答えると綾菜は軽く一息付いて、優人に答えた。


「大丈夫よ。あの子、昔ゆぅ君と打ち合った時に自分の剣術のレベルの低さは実感してるみたいだから。

あの子の強みはジハドの神聖魔法を使える前衛だって分かってる。

もっとも、ゆぅ君相手に勝てないからって剣士として無能って訳では無いけどね。」

綾菜も優人に真面目に答えてくれた。


「だな。ありがとう綾菜。

さて、さっさと1階の探索を済ませて上に行こう。」

言うと、優人達も広場の奥の扉を入っていった。



広場の奥の扉を潜ると、そこは大きな礼拝堂だった。

けっこうな数の木の机と椅子が設置されており、この本部の規模の大きさが分かる。

優人達が出て来た扉は礼拝堂の神座の脇の扉だったらしく、真横が神座で、正面に此方側を向く形でテーブルと椅子が並べられている。

礼拝堂の奥に大きな両開きの扉が開いている。

これはシン達が開けたのだろう。

ここでもシン達の戦闘の跡があり、十数体の戦死者の遺体が転がっている。

優人はおもむろに神座に飾られている不思議な絵画に目を奪われた。


場所は、荒野の戦場だろうか?

沢山の倒れた兵士達の遺体の上に1人、自らの心臓を剣で突き刺している兵士が描かれている。

その兵士の上には1羽の鳥が飛んでおり、その全てを黒い霧の用な物が包み込んでいる絵だ。

優人はその絵を見て、何故か地上界にあるタロットカードを連想した。


タロットカードは占いに良く使われるカードで大アルカナカードと小アルカナカードと呼ばれる合計78枚のカードが存在する。

それぞれのカードにはそれぞれの物語があり、その物語の解釈が正位置と逆位置でほぼ正反対の意味になる。

優人はこの絵を見て、小アルカナカードにある『剣の九』と言うカードを連想した。

剣の九は、うつ伏せに倒れた男の背中に鳥が乗り9本の剣が雲の様に空に浮かんでいるカードである。

占いとしての意味は正位置の場合は不安、良くならない状況を表す。

逆位置の場合も疑念や誤解を意味している。

人によって解釈は異なるが、優人はどう転んでもあまり良い結果にはならない事を示唆しているカードだと認識している。


「ダウロ・エシの『生け贄の代償』だね。」

絵を見ている優人に綾菜が説明をしてくれた。


「生け贄の代償?ってか有名な絵なの?」

優人は綾菜に質問をする。


「うん。ダウロ・エシは宗教画専門の画伯だったみたい。

私もジールド・ルーンの宮廷魔術師になるなら読んでおけって渡された教典にあった内容しか知らないけどね。

この生け贄の代償は『悪魔に生け贄を捧げても裏切られる』みたいな事を表してたような気がした。」

綾菜がいい加減な説明を優人にする。


しかし、『生け贄の代償』とは変だと優人は思った。

何故ならばこの絵に描かれているモノは戦死者と自らの命を断つ男と鳥しかいない。

生け贄と言うからには生きていなければならない。

では、この自らの命を断つ男が生け贄だろうか?

自分の命を絶って悪魔に祈ってもそれが叶うかは分からないのでは?

では鳥が生け贄だろうか?

しかし、鳥から黒い霧が出ているようにも見える・・・。


どうにも腑に落ちない。

代償と言う言葉はやった事に対する償いを意味する。

生け贄をした事に対し、生け贄になった人に何か償いをしているのだろうか?

戦死者が生け贄の末路を表し、生き残った兵士がその代償を支払っているのだろうか?

では、空を飛ぶ鳥は何を意味しているのだろう?

黒い霧で全てを包み込み、鳥が一人勝ちしている事を示唆しているだろうか?


この鳥をフレースヴェルグに例えているのなら、生け贄はフレースヴェルグに捧げられ、フレースヴェルグを使った兵士の命も最後にフレースヴェルグに捧げている形になる。

それならば、綾菜が言った通り、悪魔に尽くしても裏切られると言う解釈と一致する。

この絵とフレースヴェルグが何らかの関連が有るのなら、意味を知りたい所だが・・・。


「ふむ・・・。」

優人は手を顎に当て、じっくりと絵を見ていた。



バリバリバリ!!

突然、礼拝堂中心部の天井が崩れ、上からシンが落ちて来た。


「きゃっ!」

綾菜が小さく悲鳴を上げ、優人の後ろに隠れた。


「いてててて・・・。」

シンは尻餅を付いたまま、一緒に落ちて来た瓦礫をどかし、上を見上げる。


「ちょっとシンさん、はしゃぎすぎ!!」

シンの姿に気付いた綾菜が優人の背後から前に身を出し、シンに文句を言う。


「おっ?優人と綾菜じゃねぇか?」

シンは綾菜の声に気付き、軽い感じで声を出し、立ち上がった。

「ちょうど良かった。ちと力と知恵を貸してくれ。」


「知恵?」

優人がシンの言葉を繰り返す。


「ああ。」

シンが答えるタイミングで、上から人影が降りてきて、そのまま斬りかかる。


キィン!

シンはその攻撃に反応し、ラージシールドを頭の上で構えてその攻撃を受け止めた。


ボコッ!

シンが攻撃を受け止めた衝撃でシンの周りにあった瓦礫がふっとんだ。


「だりゃあ!!」

そして、シン掛け声を上げ、ラージシールドで天井から攻撃してきた男を弾き飛ばす。


スタッ。

天井から降りてきた男は難なく床に着地し、優人を見て不敵に笑って見せた。


男はオレイアである。

しかし様子が少しおかしい。

白目が無く、真っ黒になっている。


「祈るべきは神なぞでは無く悪魔だな。

会いたいと思っていたらすぐに会えた。」

オレイアがもし女性に言われるならばロマンチックな事を優人に言ってきた。


「・・・。」

優人は黙ってオレイアの様子を確認する。

今のシンとの戦いで見せたオレイアの体捌きは、前回のオレイアでは考えられない動きだ。

この短期間で何がオレイアに起きたのか?


しかし、その答えはすぐに分かった。

オレイアの右手に持つ、毒々しい剣が原因である。

その剣は真っ黒な刀身から黒いオーラのようなモノを出している。

そして、柄からは触手のような物が出ていて、その触手は柄を握るオレイアの右手に絡み付き、その先端はオレイアの右手に突き刺さっていた。


「また魔剣に手を出したのか?」

優人がオレイアに聞くとオレイアは高笑いを上げ、優人に答えた。


「また?お前に破壊された風の剣はこいつに比べればおもちゃみたいなものだ!

ちょっと魔力がこもった程度の剣とこの『魔剣フレースヴェルグ』を一緒にしてもらいたくはないな!!」


「魔剣・・・フレースヴェルグ?」

優人はオレイアの返答を聞き、青ざめながら後ろに飾られている絵画『生け贄の代償』をもう1度確認した。


自らを剣で突き刺している兵士・・・。

剣がフレースヴェルグならば・・・。

生け贄は兵士自身。

兵士の下で倒れている戦死者達は自らを突き刺す兵士により殺された。

この兵士は力を得るためにフレースヴェルグに手を出し、その結末が自らの死で終わったのだ。


「その剣の意味を知っているのか?」

優人がオレイアに尋ねるとオレイアは鼻で笑い、返答をする。


「悪魔の武器だ。神の力を宿した道具を神器と言うなら、これは魔器。

絶大な力を持つ武器に俺は認められた。」


「違う!お前はフレースヴェルグの餌だ。

お前は肉を食うときにその肉の個性を意識するか?

フレースヴェルグはただ餌を食うだけだ。

お前はフレースヴェルグに認められた訳では無い。

フレースヴェルグに狩られようとしてるだけだ。」

優人がオレイアに説明をする。


「ふん。分かるぞ、勝ち目が無いと悟り、俺の力を奪おうとしているのだろう?

しかしそうはいかん。

俺はここで世界最強の戦士の1人、シン・シュレグナーを打ち取り、俺に唯一の黒星を付けた優人を殺す。

これで俺の名誉は再び確固たるものとなる。

本当の魔剣のオレイアの最強伝説が始まるのだ!!!」


「けっ、手に負えねぇな・・・。

フレースヴェルグに食われるかも知れねぇと思い、気を使ってやってたがお前自身がそんなんなら無理して救う必要も無いな。」

シンが剣を持ち直し、オレイアを睨む。


「シン?」

闘志を剥き出しにし、挑発するシンの名を優人が呼ぶ。


「気にするな、優人。

こいつと剣を離す術をお前らに聞きたかっただけだが気が変わった。

力の信望者はそれ以上の力で叩き伏せるのが1番手っ取り早い。」

シンが優人に言う。


優人は少しだけシンの心配をする。

シンは過去に親友のエアルを自分の手で殺している。

原因は魔剣ミスティルティン。

国を救う力を得る代わりに人の血を吸い続けなければならないと言う魔剣である。

その剣に手を出した親友エアルをシンは殺す形で救った。


事情は違うが展開は恐らく似ている。

また魔剣に取り付かれた人間を殺す事にシンは内心、また魔剣に負けたと思っているのではないかと優人は思ったのだ。

優人はどうするべきか悩みながら、睨み合う2人を見ていた。


「ぐおおおっ!」

シンとオレイア、睨み合う時間はさほど長くは無く、シンが先に動いた。


正体不明の魔剣相手に臆しないシンは勇敢なのか、無謀なのか・・・。


そんなシンの攻撃にオレイアの反応は確かに遅れた。

しかし、オレイアが反応出来なくても、剣の周りに漂う黒い霧が突進するシンの前に壁のように立ち塞がり、シンを止めた。

動きが止まるシンにオレイアは漆黒の剣を構えて、シン目掛けて突きを放つ。


カンッ!

オレイア得意の突きを黒い霧に阻まれているシンがシールドで難なく回避する。

はやり実力は歴然。

シンは感覚や経験だけでも並外れている。


突きを止められ、後ろへ下がろうとするオレイア相手にシンはそのままシールドアタックを行う。

後ろへ下がろうとしたオレイアは簡単にシンのシールドアタックに吹っ飛ばされ、壁に激突して、ぐったりとしながら座りこんだ。


「魔剣を使い、強くなったつもりになっても所詮はつもり。

てめぇがやってるのがままごとなのは変わりねぇよ。

剣士は人生を掛けて力を研ぎ澄まし、命を掛けて戦うから崇高なんだ。

右腕1本で極められる程浅くはねぇんだよ。」

シンが項垂れているオレイアに言う。


「ふ、ふざけるな・・・。

俺はお前達と違ってフレースヴェルグに認められた英雄だ!!」

シンに言われ、言い返しながらオレイアはフラフラと立ち上がる。


「例え貴様が俺や優人を討ち取った所で歴史に名を刻むのは悪魔フレースヴェルグだけだと何故分からん?

餌は所詮、餌だ。」

シンがオレイアに冷たく言う。


やはり、シンは諦めてはいない。

仕留めるだけならばこんな説教をする必要は無い。

正体不明の魔剣相手なのだ。

さっさと止めを刺すのがセオリーである。


「・・・。」

優人はジッとオレイアを見る。

魔剣フレースヴェルグから溢れる黒いオーラと触手はオレイアの右手だけに絡み付いている。

つまり、今なら右手・・・いや、右腕ごと切断すればフレースヴェルグの餌食にならないだろうか?

オレイアを魔剣から救い出すとするならば、魔剣とオレイアを離す必要がある。

ならば、救えるとしたら、まずはあの腕の切断だ。


カチャ。

優人はオレイアに気付かれないよう自分の刀に手をかけ、ミッションドライヴを掛けながらタイミングを見計らい始めた。


2速・・・。

立ち上がるオレイアにシンが追撃を開始した。

オレイアは魔剣を手前に出し、黒い霧でシンの攻撃を止めようとする。


3速・・・。

シンの攻撃を黒いオーラが受け流し、オレイアは体を反らして体制を整え始める。


4速・・・。

オレイアは突きを放つがシンが反応し、ロングソードでオレイアの魔剣を打ち上げた。

剣はオレイアから離れる事は無いが、右腕全体が上に打ち上げられた。


「今だ、5速!!」


ダンッ!!

優人は打ち上げられたオレイアの右腕目掛けて突進をし、オレイアの右腕を抜刀しながら切断した。

手応えは有り。

オレイアの右腕とオレイアの体は引き離された!

優人はオレイアの腕を切断後、そのまま直進し、安全な距離を取って、目視する。


「よしっ!フレースヴェルグとオレイアが離れた!!」

オレイアの右腕が吹っ飛んでいる事を確認し、優人が言った。


「まだだ!!」

しかし、シンもオレイアから距離を取り、シールドを身構えながら優人に言う。

確かに、切断されたオレイアの右腕からは血が出ていない。

その代わりにオレイアの切断された右腕から触手がオレイアの胴体へ伸びて行き、やがて、オレイアの胴体と腕を結び付けた。


ブォンッ!!

オレイアの切断されたはずの腕は、オレイアと触手で結びつけられると、そのまま優人に向かって剣を振り下ろして来た。


「なっ!?」


ドカンッ!!

振り下ろされたオレイアの一撃を優人は間一髪で回避、納刀をしながら優人はまた距離を取る。

オレイアの右腕は、触手の分長くなっていた。

左右の腕の長さがチグハグになり、バランスが取りづらそうである。


「もう、手遅れか・・・。」

シンは長く伸びたオレイアの腕を見ながら呟いた。


「奴は罪人だ。助かる術もない。

オレイアを討ち取り後、あの剣を破壊するか封印するかして、2度と人の手に渡らないようにするしか無い。」

優人がシンに言うと、シンは黙って頷いた。


「優人!一撃だ!!」

シンは優人に言うと、オレイアに向かってまた突進を始めた。


「馬鹿の一つ覚えだな!!

お前の馬鹿力でもフレースヴェルグの前では無力だ!!」

オレイアはシンの突進に備え、右腕を手前に出す。

シンは懲りずにフレースヴェルグの出す黒い霧に突進を止められた。


「くっ・・・ウゼぇ・・・。」

動きを止められたシンにオレイアは近付き左腕を叩きつける。


ガンッ!!

シンはオレイアの左腕の攻撃を受け止めた。


ズズン。

フレースヴェルグと一体化し始めているオレイアの一撃はかなり重いようで、踏ん張るシンの足元の床がえぐられ、シンが少し後ろに押された。

優人はその隙にオレイアの左側へと大きく回り込み、刀を抜いた。


シンが優人の動きに気付き、優人の方をチラ見して、一瞬口元を緩めた。

そのシンを見て優人も一瞬にやける。

優人の狙いをシンが理解したのが分かったのである。

今、シンの口元が一瞬緩んだのは、心の中で『無茶振りしやがって。』と優人に文句を言ってきたのである。


そして、シンは今度は踏ん張り始めた。

「ぐ・・・ぐおぁあああああ!!」

シンは顔を真っ赤にして踏ん張り、オレイアの左腕を上に向けて振り払った。


『そう。そこだ。』


オレイアの左腕はシンに振り上げられ、オレイアの肩まで上がり、左脇の下が露になる。

その脇の下から真っ直ぐ刀を突き刺すと、そこにあるのは心臓。

日本刀の1番切れる切っ先5センチに心臓が突き刺さる場所である。


ダンッ!

優人は黙ってオレイアに突進し、突きを放つ。

しかし、フレースヴェルグが優人に気付き、シンを吹き飛ばし、黒い霧を優人の方へ向けてくる。


それも予測済みだ。


本来、心臓を突き刺すならば後ろからでも狙える。

しかし、フレースヴェルグの黒い霧が反応し、優人の邪魔をする可能性があった。

その邪魔が間に合わなくなるようにわざわざ右から1番遠い左脇下からの心臓抜きを狙ったのである。

オレイア自身の戦士としてのスペックは大したことが無い。

左からの優人に対応は出来ない。


ドスッ。

優人の刀は予定通り、オレイアの左脇下から心臓を貫いた。


「かはっ。」

オレイアは血を吐き、フレースヴェルグの黒い霧や触手も動きを止めた。

優人は刀を右へ振り払い、オレイアの背中を切って刀を抜いた。


ドサッ。

オレイアは前のめりに倒れ、そのまま息を引き取った。

優人はオレイアを見ながら刀を鞘に納める。


「無茶振りしやがって・・・失敗したらオレイアの次はお前を殺してやる所だったぞ。」

ホッとした表情のシンが優人の元へ歩いて来た。

顔が、いや、身体中がやけに黒ずんでいる。

かなり踏ん張って毛細血管がはち切れまくったのだろう。


「一撃で仕留めろとか・・・。

先に無茶言ってきたのはシンだろ?

お互い様だ。」

優人はシンに言い返す。

シンは苦笑いを優人に返す。


「綾菜、シンの毛細血管が大変な事になってる。

もうシンはフラフラだろうから普段の仕返しをしつつ、治癒してあげてくれ。」

優人は綾菜に言う。


「はぁい。」

綾菜が此方へ小走りしてきた。

いつの間にかやって来たミラルダ、エナ、スティアナも一緒だ。


「俺はオレイアから魔剣を取り除くから、少し離れた場所に行っててくれ。」

優人は5人が離れた所に行くのを確認し、オレイアの遺体に近付いた。


足りない・・・。


「んっ!?」

不意に聞こえて来た声に優人はゾッと背筋が氷りつく感覚を覚えた。

よく見ると、優人が切り裂いたはずの背中から一切の出血が無く、触手がニョロニョロとそこら中に伸びていた。


優人は不意にダウロ・エシの『生け贄の代償』を思い出した。

沢山の倒れた兵士達の遺体の上に1人、自らの心臓を剣で突き刺している兵士が描かれていた。

また、エナが優人に解説した内容に『フレースヴェルグは神と悪魔の戦いに参加せず、戦死者の肉を食らっていた。』とあった。

持ち主のオレイアの死と剣を突き刺していた兵士がダブる。

保管してあった沢山の死体は燃やしたが、今回の襲撃で出た戦死者がいる。


フレースヴェルグの信者達は毒を使って無差別大量殺人を企てていた・・・。

まさか・・・。

フレースヴェルグの復活には大量の屍体と、魔剣使用者の死が必要なのか?

・・・しかし、今、足りないと聞こえた。

屍体を燃やしたから足りないのか?


「シン!!まだだ!!!」

優人はオレイアの死体から離れ、刀に手をかけた。


オレイアから伸びる触手は敷地内にある無数の死体から栄養を取っているのだろう。

オレイアの体がどんどんと大きくなり、そして巨大化したオレイアが立ち上がった。

大きさにして10メートルと言ったところだろうか?

その巨人は神殿の天井をぶち破って起き上がった。


しかし、まだ絵で見たフレースヴェルグの姿では無い。

巨大化したオレイアの体には首と翼が無く、首の辺りに魔剣フレースヴェルグの切っ先が出ていた。

図らずも、フレースヴェルグの復活に加担してしまった事に優人は後悔しながら首の無い巨人を睨み付けた。

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