表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第七章~平和に潜む闇~
55/59

第五十四話~大義名分~

「ぎゃああああ!!」

優人とシャルロットが森の入口へと移動を開始してから少しすると遠くから何者かの悲鳴が聞こえてきた。

優人は立ち止まり、耳を研ぎ澄ます。


「・・・何の・・・悲鳴?」

散々怖い思いをしてきたシャルロットが優人の袴の裾を握りしめながら聞いてきた。


「ぎゃああああ!!」

優人は悲鳴を聞きながら違和感を感じていた。


かなり大きな悲鳴。

元来、悲鳴と言うのは突発的に発生されるものである。

断末魔の雄叫びと言われる悲鳴は当然1回上げた後、事切れる。

不意な物事に対する悲鳴も1回上げた後、不意な物事の正体に気付き、落ち着く。

拷問等で断続的に苦痛を与えられているならば途中で気を失うか、声を出す体力が無くなる。

そうで無ければ痛みに慣れる可能性もある。

いずれにせよ悲鳴というのは同じテンションで上げないモノなのである。

しかし、この悲鳴は定期的に同じテンションでひたすら聞こえるのだ。


何かの魔法だろうか?

それとも、誰かが故意に声を上げているのか?

もし、故意にやるとしたら目的は?

この悲鳴に目的があるとしたら優人を呼び寄せる為だろうと察しが付く。

しかし、追われている人間を呼び寄せるのにこんなにわざとらしい悲鳴とはなんだろうか?

逆に警戒をして距離を取る可能性の方が高い。

では、誰がこんな大胆な事を考える?

グリンクスの国内警備隊の下っ端が勝手にこんな事はしないだろう。

こんなあからさまに怪しい作戦を取ったら逆に獲物は遠くに逃げる可能性が高いからだ。

では、フレースヴェルグ教団か?

フレースヴェルグ教団はいまいち行動パターンが読めない。

国内警備隊の格好までしてくる輩だし、毒薬による国家転覆も企む連中だからである。

その場の判断で何をしてくるか分からないのだ。

フレースヴェルグ教団なら近付かない方が良い。

下手に戦闘になれば勢い余って殺しかねないからである。


「気にはなるが、迂回するか・・・。」

優人はシャルロットを連れている事を考え、迂回をする事にした。

・・

・・・



「ぎゃああああ!!」

相変わらず、フレースヴェルグの男達に悲鳴を上げさせ続けるシン達。

かなりの時間が経つが優人の姿は見えない。

ミルフィーユも飽きて綾菜に抱っこされて寝てしまっていた。


「シン義父さま、そろそろ他の手を考えた方が良く無いですか?」

エナがシンに作戦変更を提案する。


「ふむ・・・。名案だと思ったんだがな・・・。」

シンがぼやく。


「ちょっとやり方が強引ですよ。

むしろこのやり方は警戒心を煽る気がします。」

綾菜もシンに言う。


「そうだな。」

シンも諦め、2人に賛同する。


「では、次は手分けでもするかの?

シン、綾菜チームとわらわ、エナ、ミラルダ、ミルじゃ。」

スティアナが提案する。


「まぁ、戦力的かつ優人釣りの餌を考えるとそれがベストか・・・。」

シンが渋々答える。


餌って言い方が一々引っ掛かるんだよなぁ~・・・。


綾菜がムスッとする。


「こいつらから目を放すのも良くねぇし、俺達は森の探索をするからスティル達はここに待機しててくれ。」

シンがスティアナに言うと、スティアナはコクリと頷く。

シンはスティアナの反応を確認すると、綾菜を連れて、森の中へと進んで行った。


「なかなか1人の人間を狙って探し当てるのは難しいもんだな・・・。」

シンは歩きながらぼやく。


「ゆぅ君は尚更、頭キレますしねぇ~・・・。

でも、ゆぅ君の目的は逃げ回る事じゃなくてバルバルトさんに会う事だと言うのは確かだと思うんです。

つまり、目の付け所はバルバルトさんと会うためにゆぅ君がどう動くか?

だと思うんですよね・・・。」

と、綾菜。


「バルバルト氏か・・・。

考えてみたら優人捜索のキーマンなのに1度も会ってねぇな・・・。」

シンが今更ながら今回の作戦の落ち度に気付く。


「・・・バルバルトさんと会う・・・。

もしかしたらゆぅ君、もう森を出てグリトルンの正門で張ってたり・・・しないですよね?」

綾菜がふと思った疑問を口にする。


「それはねぇな。

あのフレースヴェルグの連中がつい1時間位前に優人と遭遇してるみたいだしな。」

シンが綾菜に答える。


この男は・・・。

何故そういう事を先に言わない・・・。


綾菜は心の中でシンを叱る。


「おっ!?」

突然、シンは綾菜の腕を引っ張り、太めの木の影に身を隠した。


「えっ?えっ?」

何が起こったか分からず綾菜が混乱する。


「しっ!人影だ・・・。

1人は手練れ。歩き方に隙が無い。

もう1人は素人だ。」

シンが綾菜に言う。


「えっ?何で分かるんですか?」

と、綾菜。


「歩く音だ。1人はキシリ、キシリと草を狙って歩いている。

もう1人は小枝を関係なく踏んで歩いてる。

そろそろ見えるぞ。」

シンが答える。

綾菜も気を付けながらそっと木の脇から顔を出す。


そして、2人の人影を発見した。

1人は和装の男で腰に刀を差している。

周りを警戒しながらゆっくりと歩いていた。

もう1人は所々破れたドレスを着た女。

男に歩幅を合わせ、ゆっくりと歩いているが歩き方に警戒心は無く、小枝を踏みポキポキポキと枝をおる音を出していた。

女は遠くから聞こえる男達の悲鳴にイチイチ驚き、悲鳴が聞こえる度に体をビク付かせていた。


「敵は2人だな。」

シンがニヤケながら言う。


「へっ?」

綾菜はシンの予想しなかった発言につい聞き返した。

しかし、シンは綾菜の反応を無視し、勢い良く木の影から身を乗り出した。


「ぐおぉぉぉおおおお!」

シンは雄叫びをあげながら和装の男に突進していく。


不意討ちなのに雄叫びって・・・意味無いじゃん!!

ってそれ以上に問題がある。

「シンさん!待って!それゆぅ君だから!!」


ドゴォ!!

綾菜の制止は虚しく、シンの拳は優人の右頬を貫く。

しかし、そんなあからさまな不意討ちに反応しきれない優人ではない。

シンの腹を蹴り、その反動を使って後ろへ飛んだ。


バキバキバキ・・・。

その為、大袈裟に吹っ飛んだ優人はそのまま後ろにあった木の枝にぶつかり、木の枝が折れ、優人自身も尻餅を付く形となった。


「シンさん、ゆぅ君だよ!」

シンの後ろから小走りしながら綾菜がシンに文句を言う。


「ガハハハハッ!間違えちまった!!」

シンは大声を出して笑う。


「もう・・・。」

綾菜が半呆れ顔でため息を付く。

シンの近くでシャルロットが腰を抜かしている。


「悪いな嬢ちゃん。驚かした。」

シンはシャルロットに手を差し出す。

シャルロットは何が起こったかまだ理解出来ない様子でシンの手を見詰めていた。


「ぺっ!」

優人はシンの一撃で口の中を切ったようで、血の塊を吐き出しながら立ち上がる。

「嘘を付け。昨日今日現場入りした素人じゃあるまいし、仲間と敵を見違えるなんてミス犯すか?」

優人がシンに文句を言う。


「シンさん!!!」

優人の言葉を聞き、綾菜がシンを睨み付ける。


「ハッハッ・・・それに気付きながらかわすんじゃなく、俺の腹に蹴りを入れた奴もいるしな。」

シンが優人に言い返す。


優人、お前もか!!!


綾菜が言葉にならない声で優人にツッコミを入れる。


「それより、ありがとう。

思ったより早く助けに来てくれて助かった。

綾菜も、シンも。」

優人が歩いて近付きながら2人に礼を言う。


「これで、スールム戦争の時の砦の借りは返したからな。

次やったらぶっ飛ばす。」

シンが優人に右手を差し出す。

優人も右手を差し出し、握手をした。


「シャルロットも大丈夫だよ。

この大男は人間の皮を被った巨熊で、今ちょっと野生が目覚めただけだから。

根は悪い奴じゃないし人は食わないから。」

優人がシャルロットに笑いながら言う。


「ひでぇ言われようだな。」

シンが優人にぼやく。


「そんな事より、フレースヴェルグの重要事項をゆぅ君が持ってるって聞いたんだけど?」

綾菜が話を本題に戻す。


「ああ。」

優人は答えると、懐から白い粉の入った袋と紙を手渡した。

それを綾菜とシンは目を丸くして黙読した。


「グリンクス転覆計画・・・水を飲めなくさせる・・・か。

ライフラインを潰すとは中々面倒な事を考えるな。」

シンが紙を読みながら言った。


「でも・・・、この作戦を実行させるなら毒の量が圧倒的に少なくない?」

綾菜が優人に聞く。


「そうだな。何処か工場のようなものをフレースヴェルグ教団が隠し持っている可能性もある。」

優人が綾菜の質問に答える。


「工場・・・かぁ・・・ある程度の規模は必要なのかな?」

と、綾菜。


「どうだろう?毒をしまう倉庫の問題はあるだろうけど、それも異次元ルームを使えば解決しちゃうし・・・。

一軒家位の大きさでやれちゃうのかも。

その毒を作ってた奴は多分俺が殺しちゃったし・・・。

とりあえず、グリンクスの行政機関にこれを渡したいんだけど。」

と、優人。


「それなら、この奥に宮廷魔術師のミラルダがいるわ。

一旦そこに戻りましょう。」

言うと綾菜はシャルロットを立たせて歩き出した。

優人はそんな綾菜の後ろ姿を見て、安心したのか不意に抱き締めたくなる衝動に駆られたが多分やったら怒られると思い、我慢した。



「優人さん!!」

シンと綾菜と共に戻ってきた優人に気付き、エナが声を出した。


「パァパァ~!!」

優人に気付き、ミラルダに抱っこされて寝ていたミルフィーユがミラルダから飛び降りて優人の元へ走っていき、飛び付く。


優人はミルフィーユを抱き締める。

「ミル~!!」

ミルフィーユの流行りの『再会ゴッコ』である。


「子どもは良いなぁ~・・・。」

綾菜がポツリと愚痴を溢した。

優人はミルフィーユを抱き抱えると、左腕の上に乗せ、目を伏せてる綾菜の横に立った。


「どうしたの?」

聞く綾菜の肩を右腕で抱き寄せ、頬に軽くキスをした。


「なっ!」

綾菜は顔を赤くして声を上げるが、優人は1度綾菜にウィンクをし、ミラルダらしき人物の所へ歩いて行く。


「初めまして。水口優人と申します。

この度は色々とご迷惑をお掛けしました。」

優人はミルフィーユを抱っこしたままミラルダに挨拶をする。


「い、いえ、こちらこそ。

私はグリンクス国宮廷魔術師のミラルダと申します。」

優人に声を掛けられ、ミラルダは少し動揺しながら答えた。

優人はニコリとミラルダに笑顔を見せると、ミルフィーユを降ろし、シンと綾菜に見せた、毒の粉の入った袋と紙を手渡した。


「フレースヴェルグのテンボスアジトで入手した物です。」

優人が一言説明をすると、ミラルダは優人に渡された紙をジッと読む。



「やはり、人工的に作られた毒・・・なんですね。

人が故意に毒薬を作るなんて、本当に有り得るのでしょうか・・・。」

ミラルダが紙を読みながら感想を述べる。


「地上界では魔法は存在しません。

そんな魔法を使って殺人予告をしても相手にされないでしょう。

逆に想像して下さい。

貴女が地上界に来て、暗黒魔法による殺人計画書を目にしたとして、それを事前に止めるにはどうするかを。」

優人はゆっくりとした口調でミラルダに聞く。


ミラルダは少し考え込み、そして答える。

「私なら魔法の存在を信じてくれないなら目の前で魔法を披露してみせます。」


ミラルダの返答に優人は1度頷き、そしてまた口を開く。

「魔法ならばそれは出来ます。

しかし、これは毒薬です。

今、貴女が言ったやり方で信じて貰うならば、私はこれを誰かに飲ませなければなりませんね。

その誰かが死ぬと分かっていながら・・・。

そのやり方は人道的とは言えません。

どうすれば宜しいでしょうか?」


「・・・。」

優人の質問にミラルダが黙る。


「国が人工的毒物を認めない。

だからそれによる殺人は無罪になる。

その法の抜け道を逆手に取ったフレースヴェルグ教団の作戦にまんまとはまり、被害を拡大させるだけの法機関に存在する価値は有りますか?」

優人は黙るミラルダに畳み掛けるように話をする。


「でも、逆に分かって下さい!!

人工的毒物なんて不明確なモノを理由に法として裁く難しさを!!」

ミラルダが優人に言い返す。


「ならば、フレースヴェルグの幹部を1人呼び出し、そいつにこの毒物を飲ませましょう。

奴らが作った粉を奴らが飲む。

結果的にその幹部が死ねばこれが毒物だと言う証明になります。

逆に飲むのを拒めば、それもまた毒物と言う証明になります。」

優人がミラルダに提案をするがミラルダは優人の提案に対してまた俯く。


理由は分かる。

死ぬと分かってるモノを飲ますのは非人道的である。

しかし、それだとミラルダの発言に矛盾が生じる。

この粉は毒物で無いから罪として裁けない。

そう主張しているのに、飲むと死ぬと分かってるから飲ませられない。

言っている事が真逆過ぎて意味不明である。


「・・・とりあえず、城に戻ってイマイチ陛下に報告させて下さい。」

ミラルダはそう答え、優人達を連れ、城へと向かった。



「ふぅ~・・・。」

ミラルダは優人達をグリンクス城の客室へ案内すると『イマイチ陛下に報告する。』と言って別れた。

客室に残された優人はとりあえず風呂に入りたいと言い、シャワーを浴びて来た。


久しぶりに体を洗え、気分もかなり楽になった優人は髪をタオルでワシャワシャしながら客室に戻った。

客室のソファーの上で綾菜がミルフィーユを押し倒してキスをしまくっていた。

ミルフィーユは「キャッキャッ」言いながら喜んでいる。


「・・・何してんの?」

思わず優人は綾菜に聞く。

綾菜は「はっ!」と我に戻り、顔を赤らめながらミルフィーユから離れた。


「・・・ゆぅ君が・・・またミルちゃんの前で私にキスしちゃうから・・・。」

綾菜が途中まで言いかけ、自分がシャワー浴びている間に何が起こったか察しが付く。

ミルフィーユは今度は『ほっぺにキスゴッコ』をおそらく覚えてしまったのだろう・・・。

その仕返しを綾菜がしてたところで優人が風呂から出て来たのだ。

子どもは良く見ていて油断出来ない。

ミルフィーユの前で下手な事をするのは自重しようと優人も少し反省した。


「・・・み、みんなは?」

話を変えようと思い、優人は綾菜に質問をする。


「シャルロットちゃんはバルバルトさんに引き取られてグリトルンの自宅に一旦戻ったよ。

他のみんなは今、別室で休んでるみたい。

イマイチ陛下との話し合いは明日やるんだって。」

綾菜はミルフィーユを抱っこしながら優人に答える。


「そっか・・・じゃあ、俺達もみんなと合流しようか。」

優人が言うと、綾菜は頷いて立ち上がった。



シン達が休んでいる客室は隣の部屋で、優人達は軽くノックをしてから部屋に入った。

客室ではダレオスとシンがそれぞれ、3人掛けのソファーを独り占めして休憩しており、その奥の窓際でクレインが立ったまま外を眺めていた。

その手前にある1人掛けの椅子にラッカスが座り、本を読んでいる。

スティアナはベッドで横になっていて、エナはその横の椅子に腰掛けている。


「みんな、まず初めに一言詫びと礼を言わせて下さい。

勝手な事をして本当に済みませんでした。

そして、助けに来てくれて有り難うございました。」

優人は休んでいるみんなに部屋に入る前にまずは詫びと礼を言った。


「気にはしていませんよ。

とりあえず部屋に入ってください。」

ラッカスが本を読むのを止め、優人に答えた。

優人は客室に入り、扉を閉めた。


ダレオスが姿勢を正し、優人に話し掛けてきた。

「シンから話は聞いた。

その・・・デュークと言うお前の友達はどうなった?」


「デュークは俺が着いた時には既に・・・。」

優人は俯きながらダレオスに答える。


「そうか・・・。」

答えるとダレオスはソファーから立ち上り、優人の所まで歩いてきた。

優人はダレオスの次の言葉を待つ。


ドゴォッ!!

突然ダレオスは優人の頬に拳を力いっぱいぶつけた。

シン程では無いがダレオスもかなり力がある。

優人は吹っ飛んで壁にぶつかる。


「ゆぅ君!!」

綾菜が心配して声を上げる。

優人は黙ってダレオスを見る。


「お前のやった事を悪いとは言わん!

しかし、もしお前をこんな事で死なせたら俺達は・・・もう、立ち直れないぞ・・・。

今の1発はそう言う1発だ。勘弁しろ。」

ダレオスが優人に言う。

シンもラッカスもクレインも優人を見ながら深く頷く。


殴られた頬がズキンと痛む。

しかし、頬よりも心に重たく痛みが走る。

ジールド・ルーンの幹部はこういう人達だと改めて思い知らされる。

偶然旅先で知り合った。

偶然意気投合した。

しかし、偶然仲間になったこの4人は誰よりも仲間を失う事を恐れる人達である。

誰よりも強く、誰よりも厳しい。

そして、誰よりも優しい仲間達だ。

心の底から優人は自分のやった事を後悔し、黙って頷いた。


その優人を見てダレオスは振り向き、ソファーに腰掛けた。

優人はゆっくりと立ち上がる。


「さて、明日、お前のグリンクスとしての罪状を決める話し合いがある訳だが、俺としてはそんなものどうでも良い。

お前を罪人とするならば俺はグリンクスを許さないからだ。

それよりも今、俺に取って大事なのはフレースヴェルグの連中だ。

大した覚悟もしねぇ癖に、安易に人の命を奪う奴らを野放しにする気は無い。」

ダレオスが言うと、シン、ラッカス、クレインも黙って頷く。

「そこでだ。今、アレスに言霊を飛ばし、聖騎士団100人の派遣を指示した。

それをフォーランド海軍が連れてグリンクスの港に付けるよう手配をした。

到着予定は15日前後。

それまでの間にお前とシン、ラッカスの3人でフレースヴェルグの幹部を呼び出して全て吐かせろ。

やり方は好きにして構わん。

明日、俺はイマイチ陛下にフレースヴェルグの幹部の召集命令を出させるように話を付ける。」

ダレオスが指示を出す。

シンが素直に「承知した。」と答えた。


優先順位の最上位はフレースヴェルグの教団の殲滅。

それをグリンクスが拒むならばグリンクスごと叩き潰すと言う意味である。

かなり過激な判断だと思うが・・・。

それをシンならともかく、ラッカスやクレインも止めないと言う事実に今回の件に関してジールド・ルーン国家がよっぽと腹を立てている事が分かる。


「仲間を殺されたのを黙って見過ごすなんて我々のルールでは有り得ません。

ましてや、その理由もただの実験だなんて許して良い訳が有りませんからね。」

クレインが優人に言う。


「ジハドの教えを国政にしている我がジールド・ルーンがフレースヴェルグの暴挙を黙って見過ごすと言うのも考えられませんしね。」

ラッカスもクレインに続いて答える。


「では、一旦話を終わろう。

明日、イマイチ陛下の出方を待とう。」

ダレオスが締めくくった。



そして翌日、優人達はイマイチの待つ会議室へと向かった。

会議室には大きなテーブルの真ん中にイマイチが座り、その左右にはミラルダとシュワルツが座っている。

イマイチから見て左手にはグリンクスの幹部達が座っていた。

ダレオス達はイマイチに軽く一礼をするとイマイチから見て、右側の席に順に席に着いた。

優人はイマイチの真向かいに座る。


「まずは優人殿、色々とご迷惑をお掛けしました。

さぞ、辛い思いをされた事でしょう。

貴方が持ってきてくれた証拠品にはかなりショックを受けましたが、これがフレースヴェルグのやり口なのでしょう。

我が国としては貴方を無罪としたい。

しかし、それでは世論が黙ってはいないでしょう。

そこで、これはお願いなのですが、フレースヴェルグ教団の悪事を現行犯で知らしめたいと考えております。

それにご協力をお願いしたいと言うのが私からの提案です。」

イマイチはゆっくりと、一言一言噛み締めながら会議室の全員に伝えた。


「それは交換条件・・・と言う意味ですか?

無罪にする代わりにフレースヴェルグを潰せって言ってるように受け取れますが?」

ダレオスがイマイチに食って掛かる。

そのダレオスにイマイチは苦笑いを見せる。


「いいや。ダレオス陛下。

優人殿を無罪にするのは決定事項です。

その上で、フレースヴェルグの陰謀を止めて欲しいと頼んでいると受け取って下さい。」

イマイチがダレオスに答える。


「なら、構いません。

我々としてもフレースヴェルグ教団を黙って見過ごすつもりは有りません。

やり方は我が国のやり方で宜しいですかな?」

ダレオスがイマイチに聞く。


「ふむ。お恥ずかしい話ですが、我が国、グリンクスの法律ではフレースヴェルグ教団を弾圧する術が有りません。

しかし、あまりにも強引なやり方はご遠慮頂きたいのですが・・・。」

イマイチがダレオスに答える。

イマイチの一々歯に絹を着せた言い回しが優人は気になるが、要するにフレースヴェルグ教団の本性を国民が分かるように仕向け、その上で叩き潰してくれと言う事だろう。


「つまり、イマイチ陛下が言いたいのはフレースヴェルグの組織を上手く挑発し、奴等に挙兵をさせて迎え打てと言う事ですか?」

優人がイマイチの言いたい事を単刀直入に言い直す。

優人の発言にグリンクスメンバーだけでなくジールド・ルーンの面々もキョトンとしていた。


「そんな事が出来るのか?」

ダレオスが優人に聞いてきた。


優人は内心『えっ?違うのか?』と焦りながら説明をする。

「私の出身国の日本の過去の歴史では、戦の大義名分作りと言います。

理由も無く、気に入らない敵を攻めては此方が悪役になる。

だから敵に攻める理由を作らせると言うやり方ですが・・・。」


「まさしく、それです!

その大義名分作りをして頂きたいのですが、案が有るのですか?」

イマイチが優人に聞く。


「はい。グリンクス転覆計画を企み、その準備をしているフレースヴェルグの組織ならば簡単かと思います。」

優人が答える。


「具体的には?」

ダレオスが優人に聞く。


「まずは、イマイチ陛下にテンボスアジト襲撃事件について聞きたい旨があると、フレースヴェルグ教団の幹部数人を呼び出して監禁して頂きたい。」

優人は第1の作戦を伝える。


「監禁?」

イマイチが優人に聞く。


「はい。監禁です。そして、フレースヴェルグ教団の幹部全員にグリンクス転覆計画書を見せ、毒の入った粉を目の前で混ぜた水を飲むよう差し向けます。

そして、その毒を飲むことを拒んだ事を確認して、拒んだ人間をまずは1人、解放します。」


「もし、その毒を飲んで死なせてしまったらどうします?」

イマイチが優人に聞く。


優人はすぐにその質問に答えた。

「入れる粉は塩でも構いません。

大切なのは、フレースヴェルグ教団の作戦がグリンクス国家に駄々漏れだと言う事を知らせるんです。

毒の粉も毒として既に認めていると思わせます。

その上で幹部を解放するのです。」


「けど、そんな事をしたらフレースヴェルグ教団は逆に警戒するんじゃねぇか?」

シンが優人に聞く。


「はい。では、逆に聞きます。

グリンクス転覆を目論み、毒の実験を行い、効果測定は上々。

弱った国を武力制圧するつもりだと言う事は戦う準備もしているでしょう。

さて、その最中にフレースヴェルグの目論見がグリンクスにバレてしまった時、そして幹部数人がまだ監禁されてるとしたらどうしますか?」

優人がシンに聞く。


「これ以上の情報漏洩を避ける為に強引に作戦を実行する・・・か?」

シンが答える。


「フレースヴェルグ教団が持ってる毒を処分して作戦を変更する可能性もあるな・・・。」

と、ダレオス。


「私ならその前に残った幹部の解放を提案しますね・・・。」

と、クレイン。


「はい。皆さん、何れにせよ、何かしらの行動を・・・しかも大掛かりな事をするでしょう。

話が大きくなればもう隠しきれない。

世論にフレースヴェルグ教団の悪事が露呈しませんか?」

と、優人。


「しかし、監禁すると言う仕打ちを先に仕掛けたのは私達になります。」

ミラルダが優人に言う。


「テンボスのアジトにいる仲間を大量に殺され、その犯人の俺を捕まえたは良いが事実が分からない。

事実を確認するために話を聞こうとするのは悪い事ですか?

フレースヴェルグに犯罪の可能性があり、それを追及する事は酷いでしょうか?」

優人がミラルダに聞く。


「まぁ・・・、やむを得ないと言えばやむを得ない・・・ですか・・・。」

ミラルダが答えた。


「それも大義名分ですね。

幹部に尋問するのは情報収集も出来ますし、一石二鳥ですしね。

やってみる価値はある気がしますが、ダレオス陛下はどうお考えですか?」

イマイチがダレオスに聞く。

ダレオスはニヤケながら優人を見る。

先日優人に説明した作戦通りに事が進んだ事に満足しているのだ。


「尋問のやり口は我が国のやり方で宜しいですか?」

ダレオスがイマイチに質問で返す。

イマイチはミラルダを付けると言う条件でそれを飲んだ。



翌朝、優人は再びイマイチの元を訪ね、グリンクスの有力者を集めるよう依頼し、グリトルンの街へ買い出しに出た。

その日の夕方過ぎに今度は優人がイマイチに呼ばれ、城の会議室に行く。


そこには、グリンクスからはイマイチ、バルバルト、シャルロット、シュワルツ、ミラルダが。

ジールド・ルーンからはダレオス、シン、ラッカス、クレイン、綾菜、ミルフィーユが。

フォーランドからはスティアナ、エナがそれぞれ集まっていた。


優人は昼間に街で用意したモノを会議室に広げる。


「なんだ?それは?」

シンが優人が持ってきたモノを見て聞いてきた。


「これは、フレースヴェルグの組織の奥の手を封じる道具です。」

優人は答えると、用意した物をみんなに見せた。


耐熱性のある入れ物。

平らな撥水性の高い板。

鉄の支え。

二つのコップと塩。


「そんなもんで何が出来るのですか?」

バルバルトが優人に聞いてきた。


「1つ1つ説明をしていきます。」

答えると優人はコップを1つ取り、そのコップに水と塩を入れてかき混ぜる。

塩は水に溶け、透明になる。

優人はその塩水をバルバルトに渡した。

「これは食塩水と言います。少しで良いのでなめて見てください。」


優人に促されるまま、バルバルトはコップに指を入れ、それを一なめした。

「うん。しょっぱいですね。」

バルバルトは当たり前の事を言う。


「はい。塩の入った水ですからね。

では、他にこの水の味を試したい人はなめて見て下さい。」

優人が言うとシンがなめた。

他の人は分かりきっているので遠慮する。


それを確認した後、優人はその食塩水を耐熱性のある入れ物に入れ、食塩水の入った耐熱性のある入れ物を鉄の支えの上に置く。

そして、撥水性の高い板を蓋にして鉄の支えの下から火で炙った。


少しすると、食塩水は沸騰し始め、蓋には水蒸気が冷えて出来た水滴が付き始める。

優人は撥水性の高い板を斜めにし、その水滴を別のコップに垂らす。


少しすると、耐熱性のある入れ物の中の食塩水は蒸発して無くなって白い粉が残っており、蓋から垂れた水滴を受けたコップに水がたまった。

優人はそのコップをバルバルトとシンに手渡してもう1度なめてもらい、味を聞く。


「味が・・・無いです。」

「ただの水だな。」

バルバルトとシンは優人が何を言いたいのか分からず感想を答えた。

優人は満足そうに頷き、次に耐熱性のある入れ物に残った白い粉をなめるよう言う。


「しょっぺぇ!!」

シンがすぐに感想を言う。


「これは・・・塩・・・ですか?」

バルバルトが優人に聞いてきた。


「はい。塩です。

今、食塩水を塩と水に分離したんです。」

優人が答えるとみんなが驚いた顔をする。

この意味に気付いた人は何人いるか不明だが、優人はとりあえず今の仕組みに付いて説明を始める。


「今、やって見せたのは地上界では蒸留と言われている分離方法です。

水はある程度熱を持つと蒸発して水蒸気となります。

その水蒸気は少し冷えると水に戻ると言う性質が有ります。

なので、撥水性の高い板で水蒸気を捕まえて、冷やし、水滴をコップに集めました。

それに対し、塩は固体なので、熱すると焦げる事は有りますが入れ物に残る性質が有ります。

だから塩だけが入れ物に残ったんです。」

優人の説明を聞きながらバルバルトは入れ物に残った塩を見ていた。


「これはもしかして、海水を干して塩を作るのと同じ理屈ですか?

もしかしたら、海水は干さなくても熱すれば塩になる?」

バルバルトが優人に良い質問をしてきた。


「はい。但し、海水の場合は不純物も多いでしょう。

その為に砂利や木炭を1度通してからやった方がより精度の高い塩が出来ます。」

優人がバルバルトに答える。


「はーい!それはろ過って言う分離方法ですね!優人先生!!」

ここで綾菜がどや顔で答える。

ろ過も蒸留も小学生の理科でやる方法だから綾菜はどっちも知っときなさい。

と、ツッコミを入れたかったが、綾菜のどや顔がちょっと可愛かったので優人は綾菜のどや顔に付き合って「正解。」と答えた。


「これを何故私達に?」

イマイチが優人に聞く。


「フレースヴェルグ教団の幹部の尋問と解放をした時、追い詰められたフレースヴェルグ教団が残った毒薬をグリトルンの川に流す恐れが有るからです。

今見せた蒸留装置の巨大な物を作れば海水から真水が作れます。

その装置にろ過も合わせて使えば塩も沢山作れます。

水は無料提供したとして、塩は販売出来るから商売にもなりませんか、バルバルトさん?」

優人がバルバルトに聞く。


「ふむ・・・。こんなに効率的に塩が作れるなら確かに悪い話では有りませんな。

海水が有る限りいくらでも塩が作れますから販路もいくらでも広げられる。」

バルバルトが答える。


「水は国民に無料提供して戴けるならば、装置の製造代は国と折半しましょう。」

イマイチがバルバルトに提案する。


「それでは、この装置の製造はバルバルトさんにお任せして、国民には国から提供する水以外は口にしないようフレを出して下さい。

それで、フレースヴェルグは武力行使以外の選択肢が一気に減りますから。」

優人がイマイチとバルバルトに言う。


「成る程。確かに追い詰められた連中が毒薬をばら蒔いたら厄介だったな。」

シンがやっと今回優人が何を提案したかったのか、その意味を理解した。



そして、その翌日、イマイチはフレースヴェルグの幹部を数人呼び出し、バルバルトとシャルロットはろ過装置、分離装置の作成に着手し始めた。

優人達尋問班はジールド・ルーン聖騎士団の到着とタイミングを合わせたいと考え、釈放を少し遅らせる事を打ち合わせで決め、最初の尋問は蒸留装置の提案から3日後に行う事にした。


尋問初日。

小さな部屋にフレースヴェルグ教団の幹部が1人座らされていた。

そこに優人、シン、ミラルダの3人が入った。


小さな木の椅子に優人は腰掛けると、フレースヴェルグの幹部の顔をジッと見て話始めた。

「初めまして。私はサガと言う者です。

横にいる大男はシンで、女性はミラルダと言います。

まず、貴方のお名前を教えて頂いても宜しいですか?」

優人は自分の正体がバレると話がこじれると考え、敢えて偽名を使った。


「フレースヴェルグ教団グリトルン教会司教のアンタレスと申します。」

そのアンタレスと名乗った男は落ち着いた面持ちで名を名乗った。


「実は先日、テンボスアジトを襲った優人と言う男を捕縛致しました。」

優人がそう話してもアンタレスは表情を変ず、平常心のように見えた。


「その優人は、処刑されたのでしょうか?

我が同胞を数多く抹殺した彼を許してはいけません。」

アンタレスは淡々と答える。


「その優人を今、尋問している最中なのですが・・・。

そう言えば、アンタレスさんは、小林太一と言う男をご存知でしょうか?

地上界出身でフレースヴェルグ教団に入団した珍しい人だと思いますが・・・。」


「小林太一もテンボスアジトで被害にあった人間の1人です。」

アンタレスはすぐに答えた。

やはり、アジトで優人が斬った男が小林太一だと優人は確信した。


「他に被害者のお名前を聞かせて頂いても宜しいですか?」

優人はグイグイ本題に入るのは警戒心を煽って良くないと考え、少し話を逸らす。

あくまでフレースヴェルグのテンボスアジトが被害者で有るように話を進めた方が色々聞き出せると判断したからである。

アンタレスは3、4人、テンボスアジトで亡くなった仲間の名前をあげる。

優人はそこにはあまり興味は無いので、適当に聞き流しながら1人1人の思い出や性格を聞いていった。


「それは、お辛いですね・・・小林さんともお話はされていたのですか?」

そして、小林についての話を振る。


「太一は、神隠し子だったのです。

突然見も知らぬ、天上界に行き着いてしまい心細かったと思います。

良く、同じ地上界出身で名を馳せていた人間を羨ましそうに話しておりました。

中々彼も優秀な人でしてね、彼の話す地上界の技術はとても興味深いモノでした。」

アンタレスは小林の事を話す。


この口振りだとアンタレスは小林とそこそこ話す間柄だったと推測出来る。

優人はもう少し深く掘り下げようと思い、質問をする。

「地上界の技術で興味深いモノとはどんなモノだったんですか?」


「・・・。」

アンタレスは今まで優人の質問にすぐに答えていたのだが、ここで黙った。


地上界の技術については流石に口を閉ざすか・・・。

毒の話を無理やり聞くと情報収集がしづらくなる。

そう思った優人はアンタレスの警戒心を解くために話題を代える。


「私も優人から地上界の話を色々伺ったんですけどね・・・。

地上界にはインターネットと言って専門知識すら簡単に手に入る手段があるみたいなんですよ。

地上界の技術がここにあれば今頃大魔法使いだらけの世界にだってなったかもしれませんね。」

そんな話をし、優人はチラリとアンタレスを見る。


「・・・そうみたいですね。

せっかくの知識を持つ太一が殺されたのは本当に残念な事です。」

アンタレスが答えた。


パサリッ。

シンはアンタレスの目のテーブルにグリンクス転覆計画書を無造作に投げた。

その計画書を見て、アンタレスが硬直する。


「その技術ってのはこいつの事なんだろ?」

シンが冷たい視線をアンタレスに送る。

アンタレスは体を震わせ、目をキョロキョロさせ、あからさまに動揺を見せた。


「サガ。もう充分だ。

こいつらに駆引きをしながら尋問してても面倒くせぇだけだ。

担当直入に聞く。これは本当か?」

シンがアンタレスに詰め寄る。


「し、知らん。なんだそれは!?」

アンタレスは惚けたフリをするが、もはやその反応は手遅れだ。

知らない訳が無いのは態度で一目瞭然である。


「はぁ・・・。」

優人は深くため息を付く。

もう少し喋らせ、話の矛盾からアンタレスに罪を暴露させるつもりだったのだが、シンが待ちきれずにいきなり核心に触れてしまったのだ。


「アンタレスさん。あんた、小林太一の地上界の知識がどうとか言ってましたね?

まさしくこの計画書の毒がそれなんじゃないですか?」

こうなったらやむを得ない。

優人は今までのアンタレスの話だけで追い詰める事にした。


バンッ!!

「だから、私は知らないと言ってる!!」

アンタレスは机を叩き、立ち上りながら優人達に怒鳴る。


この状況で声を出したら・・・。


優人が気にするより早くシンがアンタレスの胸ぐらを掴み上げた。


「知らねぇ訳ねぇだろ!!

てめぇらの毒で何人死んだと思ってんだ!!!」

案の定スイッチが入ったシンがアンタレスを怒鳴り返す。


シンは体がでかくて声もでかい。

こんな奴に胸ぐら掴まれて怒鳴られれば誰でも萎縮する。

アンタレスも例外ではなく、体を強張らせる。


優人は立ち上り、アンタレスの胸ぐらを掴むシンの腕を軽く叩きながら、シンに注意をする。

「シン、怯えすぎてて、これじゃあまともに会話すら出来ないよ。」


「何だよ?まだ何か小細工やるのか?」

シンが優人を睨む。


「いいや。もう充分でしょ。

人は極度の緊張をすると口が乾いて喉が乾きます。

アンタレスさんも飲み物が欲しくないですか?」

優人が聞くと、アンタレスは頷く。


「ミラルダさん。水を持ってきて下さい。」

優人に言われるとミラルダは直ぐに水を持ってきてくれた。


「ここにその作戦書と一緒に置いてあった白い粉が有ります。

この白い粉は何だと思いますか?」

優人は袋に入っている粉をアンタレスに見せる。


「し、塩じゃないですか?」

アンタレスはまだしらを切る。

そのアンタレスを見て、優人はニヤリと笑う。


「では、ちょうど良かった。

水分補給なら塩水はもってこいですね。」

答えると優人は水に白い粉を少し入れ、混ぜる。

それを見て、アンタレスは青ざめる。


「そ、それは・・・。」

アンタレスが口ごもる。

優人はアンタレスの反応を見てホッとする。

中には無罪を主張するために敢えて毒水でも飲んで、死んででも知らなかった事にしようとする人間もいる。

それをやられると、この毒水が実は本当に塩水だった事がバレてしまうからだ。

しかも、本部の人間が知らなかったと押し通してしまえばテンボス支部の勝手な作戦で、テンボス支部全滅で解決にされる可能性もある。


「どうぞ。お飲み下さい。」

優人はゆっくりと、優しくアンタレスにコップを近付けた。


「待ってくれ!!」

優人にコップを差し出され、アンタレスは尚更動揺を露にし始めた。

アンタレスは罪を隠す為に命を掛ける人間では無いと言う事を優人はこの反応で確信する。


「どうしたのですか?」

優人は敢えて惚けたフリをする。


「そ、それは毒である可能性が有るんですよね?」

アンタレスは凄く必死な表情だ。

もしかしたらテンボスの川に流す前に別の誰かに飲ませた可能性もあるなと優人は思い始めた。


「では聞きますが白い粉の毒なんて存在するのでしょうか?

そんな非常識な事を言わないで下さいよ。

それとも、これは何かの時間稼ぎですか?」

優人はアンタレスをひたすら挑発する。


「時間稼ぎなら付き合ってやる必要ねぇな。

無理矢理にでも飲ませて次の話を聞かせてもらおうじゃねぇか。」

焦れたシンが良いタイミングで追い討ちをかけてくれる。


「そうですね。ではシン、押さえて下さい。」

優人がシンに言うと、シンは一歩前へ歩き出す。


「ままままっ!待ってください!!

それは本当に毒なんです!!

テンボスの川に流して実験をしました!

テンボスの村民数人にも飲ませてその効果は測定済みなんです!

即効性も高く、危険な毒なんですよ!!」

アンタレスが自白し始めた。

優人はコップを持つ手を止め、マゼンダの方に向き返り、今度はマゼンダに言う。


「テンボスでの毒殺を自供しました。

内容はグリンクス転覆計画書と一致。

後はこの粉末状の毒をいかに国に認めさせるか・・・。

ですが、グリンクスとしてはいかがいたしますか?」


優人の質問にマゼンダは少し考える仕草を見せ、答えた。

「明日、フレースヴェルグ組織の総責任者を呼びましょう。

そこで、最終の決断を下します。」

ミラルダの返事を聞くと、優人達は今日の尋問は一先ず終わりにし、アンタレスを仮留置所に案内する事にした。


その途中、エナが優人の所へ何も言わず、駆け寄って来た。

「どうしましたか?レンスターさん?」

優人はエナの目を見ながら敢えてエナを名字で呼ぶ。


「優人さん、フレースヴェルグの強制家宅捜査の執行が許可されました。」

優人は「分かった。」とだけ答え、アンタレスを仮留置所に入れ、その場を去った。



「おい、最後のエナの発言は何なんだ?

結局最後に本名明かしてたじゃねぇか?

しかも強制家宅捜査なんてこの国で許されてるのか?」

シンが立て続けに優人に質問をしてきた。


「フレースヴェルグ挙兵を促す為に、徹底的に追い詰めときたいんだよ。

まず、偽名を使って尋問に参加しといて、後でフレースヴェルグ教団の天敵である俺の本名を教える事で『国に裏切られた感』を与える。

強制家宅捜査をすると言う事で、国のフレースヴェルグに対する疑いは確信であると臭わせ、しかも『毒が見付かったら・・・』って追い詰める事になる。

転覆計画通り武装準備をしているなら、『もはやこれまで!』と挙兵させるに至ると思ったんだ。」

優人がシンに答える。


「でも、強制家宅捜査なんて国に許可は取ってるんですか?」

ミラルダが優人に聞いてきた。


「やらなくて構わない。挙兵させたいだけだから。

後、今回奴等はグリトルンの川に毒を流す可能性があります。

飲料用の水を扱う所には魚を入れて下さい。」

優人がミラルダの質問に答えると同時に指示をだす。


「魚?」

ミラルダが優人に聞き返す。

優人は頷き、そして答える。


「はい。テンボスに流れる川は温泉だった為、元から魚もいなかったから分からなかっただろうけど、ここを流れる川には魚がいます。

今後は魚の死骸が見付かったら警戒するよう、国内警備隊に指示を出して下さい。」


「なるほどな。

お前の狙いと毒対策は分かった。

しかし、アンタレスは仮留置所にいる。

どうやって、今回の事をフレースヴェルグのアジトの連中に伝えさせる気だ?」

シンが優人に質問をする。


「釈放させるしか無いと思いますが・・・。」

ミラルダがシンに答えるが優人が首を横に振る。


「ここで釈放させたら今回の尋問の事を伝えろと言ってるようなもんでしょ?

脱走させるんだよ。今晩の食事を渡した後、留置所の鍵を閉め忘れさせてくれ。」


「つまり、アンタレスを泳がすんだな?」

シンが優人に聞く。

優人は頷き、話を続ける。


「ああ、アンタレスは俺が見張るようにする。」

優人が言うが、そこにはシンが反対の意思を見せた。


「作戦を立てたのはお前だ。

お前がいないと何かあった時の判断を見誤る可能性がある。

ここは、スティルとエナに任せるべきだな。」

シンが優人に言う。

優人は黙ってエナの顔を見る。

エナは優人と目が会うと、黙って頷いた。


「分かった。じゃあ、アンタレスの監視はエナとスティルに任せるよ。」

優人はシンに答えた。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ