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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第七章~平和に潜む闇~
50/59

第四十九話~エルザの試練~

「・・・えっ!?」

突然の突風に吹き飛ばされ、目を覚ました綾菜は予想もしない所で目を覚ました。


綺麗に洗濯されている白いシーツに清潔感溢れる布団。

窓からは優しい日の光が射し込み、暖かい温もりを与えてくれている。

僅かに香る消毒液の匂いがここは何処なのか想像出来る。

地上界の・・・綾菜が死ぬ直前に入院していた病院だ。


そう言えば体がダルく、力が入らない。

綾菜は自分の腕を確認する。

やはり、細くなっている両腕は蒼白で、点滴の後が残っている。

綾菜はベッドの横に置いてある見慣れたケータイを手に取り、今日の日付を確認する。


「最悪・・・。」

ケータイに映っていた今日の日付は十数年前の1月11日。

綾菜が優人と地上界で出会った最後の日だ。

この日、綾菜は優人が帰った後、後悔して1人で大泣きした。


「お姉ちゃん。」

突然、女の子が1人、綾菜の所へやって来た。


「琴葉。」

綾菜の妹の真城琴葉である。

久しぶりに見る妹の顔を懐かしく思いながら綾菜は妹の名を呼ぶ。


「あのね・・・。優人さんの会社の人が来てるんだけど・・・。」

要件は知っている。

これが人生最悪の日に繋がるきっかけだ。

ここまで来て、綾菜は自分が夢を見ていると言う事に気付いた。


「うん。入れて。」

綾菜は気を取り直して、琴葉に言うと、琴葉は女性を病室に案内してきた。

良く知っている人だ。

優人の会社の商品開発部の部長で、会長直属の優人の教育係も兼任している人である。

実績を上げ続けている優人に文句を言える人間は会長とこの人位だと綾菜は思っている。


「どうかしましたか、竹田さん?」

綾菜はこの人とは実はけっこう仲が良い。

本社の人間なのだが、本社は優人のアパートの直ぐ側にあり、優人の帰りを待つ時に良く本社の客室を勝手に使って、この人と雑談をしていたのである。


「実はね・・・。国内大手の食品会社、ヒガシ食品が倒産しちゃったの。」

この業界にいる人間であれば誰でも知っている話である。

倒産の前日まで取引先はおろか、社員にまでその話をせず、当日いきなり倒産をした会社だ。

当日になって突然会社の門が鎖で繋がれていたと大騒ぎになった。

今から1週間前の話でこの日は優人もぶちギレていた。


竹田の要件はこうだ。

そのヒガシ食品が取り扱っていた日配品。

つまり、牛乳や弁当といった小売店のオープンケース冷蔵庫で販売していた商材の提供がストップする。

最近の小売店の販売の中心であるその商材の流通止めは小売店の致命傷になる。

その対策として、取り急ぎ埼玉県の大宮に代わりの日配品の集荷、配送センターを作る。

この社内で1番沢山の取引先と顔見知りで、配送の流れも熟知し、国内500店舗の場所すら把握している優人にそのセンターの立ち上げを任せるという事が役員会で決まった。

しかし、優人はこれを断り続けていて、会長も竹田も手を焼いていた。

そして、優人が断る原因が綾菜だと思い、綾菜に優人を説得するよう頼みに来たのである。

当時の綾菜はこれが優人と最後の別れになるような気はしていたが、優人を行かせた。


その結果。

綾菜の人生最悪の日になったのである。


綾菜はとりあえず当時と同じように竹田に返事を返し、夕方優人が来るのを待った。


当時の優人は仕事人間だ。

優人から重要な仕事を奪うのは優人のパートナーとしてあるまじき行為であると綾菜は思っていた。

しかし、ついさっき優人がデュークに話していた事を思い出す。


優人は綾菜の死で予想以上に傷付き、苦しみ続けていた。

大好きな優人を救う方法。

どうすれば、自分は優人を苦しませずに済むのか?

どんなに頑張っても1ヶ月後には自分は死ぬ。

せめて、何をしてあげられるのだろう?



「綾菜、ただいま。」

綾菜の考えを待たずして、スーツを着た優人が病室にやって来た。


「お帰り、ゆぅ君。」

綾菜は泣き出しそうなのを我慢して無理に優人に微笑んで見せる。

優人は綾菜のベッドの横の椅子に腰掛けると、いつものように優しく頭を撫でてくれた。


「ねぇ、ゆぅ君。今日、竹田部長が来たの。」

綾菜は優人に話を振る。

優人の眉が一瞬ピクリと動いた。


「日配品センターの話だろ?」


「うん・・・。

ゆぅ君に行くよう説得してくれって・・・。」

ここまでは当時の綾菜と同じように話した。

そして続ける。

「でもね、私・・・後、1ヶ月なんだ。

ゆぅ君が行くと、今日が最後になるの。

どうしたら、ゆぅ君が辛くなくなるか分からなくて・・・。」


綾菜は、自分が変な事を口走っていると思いながら優人に言う。

後、1ヶ月の命だなんて当時の綾菜は知ってる訳が無いのだ。

これが最後になるなんて思いもよらないのである。

しかし、優人はその変な発言を聞きながら寂しそうに微笑み、綾菜に答える。


「逆だな。俺は綾菜を最後まで幸せな気持ちにさせてやりたい。

その後、俺がどんな不幸になろうと知った事じゃない。

・・・と言うかここで納得さえ出来れば、俺はどんな地獄からでも這い上がれるよ。」

優人の言葉に綾菜はハッとする。


「ゆぅ君・・・まさか・・・?」

「綾菜もか?これはただの夢じゃないのかもな?」

優人は淡々と言う。


この世界は『あの日』の幻影なのだと2人は気付いた。


「なぁ、綾菜。

この日、お前は俺に行けと言い、俺は行った。

俺は後悔してたんだ。

ずっと・・・。

俺は、仕事が好きなんじゃない。

綾菜が好きで、結婚したら一緒にいる時間が欲しくて、その為に当時必死に働いてた。

綾菜に寂しい思いをさせる位なら会社なんて辞めてやる。

つか、お前の死後、実際に俺はこの会社を辞めてるしな。」

言って優人は苦笑して見せた。


「ゆぅ君・・・。」

綾菜はどうすれば良いのか分からず、笑う優人を見つめる。


「なぁ、綾菜。明日、籍を入れよう。

俺の『彼女』じゃなくて俺の『嫁』として、この世の最後を迎えてくれないか?

そしたらいつか、綾菜の眠る墓に俺も入る。

せめて、綾菜の傷跡をもっと俺に付けて欲しいんだ。」


「でも、それじゃあゆぅ君が・・・。」


「どんな地獄が待っていても良いんだ。

若気の至りだと言われようと馬鹿だと言われようと構わない。

綾菜が俺に付けた傷跡は俺の心のさ支えになる。」

優人の言葉に綾菜はただただ泣くしかなかった。

十数年前の後悔の涙では無く、嬉し涙だ。

これが優人と綾菜の正解なのだと綾菜は理解した。


本当に優人が大好きだ。

ずっと、ずっと一緒にいたい。

綾菜は心の底からそう思っていた。



パチパチパチパチ・・・。

辺りがいきなり花畑に変わり、1人の女性がこちらを見ながら手を叩いていた。

優人も綾菜も天上界の姿に戻っている。


「・・・ミルちゃん?」

綾菜がその女性を見てそう聞く。

その女性の特徴は確かにミルフィーユに似ていた。

赤く長い髪に、上品な赤い翼と赤い尻尾。

頭に付いてる可愛らしい2本の角まで似ている。

ミルフィーユが大人になった姿にも見える美人だが、ミルフィーユの面影は感じられない。


「いいえ。私はミルフィーユちゃんではありません。

名をエルザと申します。」

その女性の名を聞き、優人と綾菜を目を大きく見開く。


エルザ・・・。

ニーナが信仰している慈愛の女神の名である。

至高神ジハドの妻で戦神ブラドの母親である女神。


「優人さん。あなたの事は遠き心の大鐘の時から見ていました。

いつかあなた方に直接祝福をと考えていましたが、2人でこの山に来て下さったおかげて叶いました。

1つ気になる事が有りましたので、お2人に嫌な思いをさせる幻影をお見せした事はお詫び致しますね。」

エルザはニコリと微笑みながら詫びる。


「いいえ。むしろ有りがたかったです。」

綾菜がエルザに言う。


「お2人に、アリアンスストーンをお渡ししますね。

地上界では薬指に着けるみたいですが、指輪が宜しいですか?」

エルザがその場でアリアンスストーンを加工してくれるようである。


「いいえ、指輪だと無くす馬鹿がいるのでネックレスが良いです。」

綾菜が優人を睨みながらエルザに言うと、エルザは微笑みながらネックレスを差し出してくれた。


「シルフの守りも入れときました。

2人とも弓避けのネックレスも着けていたので、こうすれば、アリアンスストーンのネックレスだけで済むでしょ?」

エルザが特集な加工まで施してくれた。

綾菜の表情がパァっと明るくなる。


「凄い!!1つ石に2つの魔力効果が加えられてる!!

人間のエンチャンターじゃ絶対に出来ない芸当です!!」

エルザの気遣いに尚更興奮する綾菜。

しかし、魔法に付いて良く知らない優人はその凄さも良く分からない。

そして、それ以上に優人は気になる事がある。


「慈愛の女神エルザ。

あなたに聞きたい事が有ります。」

優人が真顔になり、エルザに話し掛けた。


「何ですか?」

エルザが優人に聞く。


「天上界と地上界は今後どうなるべきなんでしょうか?

分裂し続ける事に限界が来ている以上、元の姿に戻るべきなのでしょうか?」

優人の質問にエルザの顔がひきつる。


「あー・・・。それは、あれです。

神のお告げ的な物ですかね?

私は小難しい言葉使いとか苦手なので、お告げはしない派なのですが・・・。」

エルザが口ごもりながら優人に答える。


お告げしない派ってなんだ?


優人は心の中で突っ込みを入れながらエルザに詰める。

「では、地上界と天上界が一つだった時の世界の話を聞かせてください。

どんな生物がいて、どんな環境でどんな問題があったか?」


「えと・・・。広くて、戦争とかはありましたが・・・。

生物とかは、まぁ、普通です。」


「・・・。」

あまりにも分かりきったエルザの返答に優人は少しガッカリする。

しかし、せっかく女神と会話が出来るチャンスなので優人の質問攻めはまだ終わらない。

「今後、起きている異常とは何ですか?

赤竜王アムステルは何を知っているんですか?」


「ちょ・・・ちょっと待って下さい!!

私はお2人を祝福しに来ただけなのです。

そういう話はオ・・・エルちゃん、エルオ導師に聞いて下さい!!」

エルザが詰め寄る優人を必死になだめる。

優人はニヤリと笑って見せる。


「・・・つまり、エルオ導師と神々は繋がっているんですね?

そして、今エルオ導師をオから始まる何かと言い間違えそうになってましたが、エルオ導師は何か別の名前が有るのですか?

アムステルのグリムハーツのように?」

優人が聞くとエルザはハッとした顔をし優人に背を向けた。


「ニーナ、ニーナぁ~・・・。」

エルザは突然泣きながらニーナの名を呼ぶ。


「どうしました?エルザ?」

どこからともかく、ニーナの声が聞こえる。


「優人さんやっぱり恐いよぉ~・・・。」


「何をやってるんですか!

祝福だけしたらさっさと神界に戻りなさいって言ったでしょ!

余計な事言ってませんよね!?

神の言葉は世界をひっくり返す事もあるので本当に気を付けて下さいよ!!」

何故か大司教に叱られる女神。

優人と綾菜は目を合わせ、クスリと笑い合う。


そして気付くと、元の洞窟に戻っていた。



「いった~・・・。」

突然の突風に吹っ飛ばされたミルフィーユは何故か建物の中で気が付いた。


「ん~・・・。」

ミルフィーユは周りをキョロキョロと見渡し、優人や綾菜を探そうとするが見付からない。


「パパ?ママ?」

ミルフィーユは優人と綾菜を呼ぶ。

しかし、返事は無い。

段々と不安が募り出し、それが涙となって表に出る。


「パァ~パァ~!!マァ~マァ~!!」

ミルフィーユは泣きながら2人を探して歩き出した。


「うるさいにゃ~・・・。

ドラゴンがそんなに泣くにゃ!!」

歩くミルフィーユの後ろから声が聞こえた。


「んっ?」

ミルフィーユは泣くのを止め、声のした方を見る。

そこには小さな祭壇のようなものがあり、そのてっぺんにはフワフワな布団のようなものが敷かれていた。

その上にちょこんと1匹、フワフワな白と黒の虎縞の毛をした猫のような動物がいた。

・・・と言っても完全な虎ではない。

顔の鼻までや背中が縞になっているがそれ以外は白い。

見た目は猫なのだが、頭に2本の角と黒い翼が生えている。

ミルフィーユはその猫っぽい動物に近付く。

「・・・猫さん?」


「違うにゃ!!良く見ろ!!白竜だにゃ!!」

その猫っぽい動物がミルフィーユに怒る。


「猫の白竜さん?でも、黒いしましまがあるよ?」


「そんなの知るかにゃ。

黒いしましまがあっても白竜だにゃ。

つか、猫の白竜じゃないにゃ!!

純粋な白竜だにゃ!!」

ミルフィーユに異様に強気な態度を取るその自称白竜は子猫程の大きさしかない。

フワフワの毛なので、少し子猫よりは大きいが・・・。


「私、ミルフィーユ!!猫さんはなんてお名前なの?」

ミルフィーユはしゃべる猫に興味を持ち、話しかける。


「お、俺・・・我輩はシブースト。

由緒正しい白竜の子どもだにゃ。

この山を守ってるにゃ。」

そのシブーストと名乗った自称白竜は自慢げにミルフィーユに紹介する。


「シブースト?じゃあブー君だね?

パパとママはいないの?」

ミルフィーユはシブーストに聞く。


「俺の両親はこの山の頂上にいるにゃ。

でもドラゴンはすぐに1人立ちしなきゃいけないから、俺は1人でここにいるにゃ。

お前みたいにパパとママがいないからって泣かないにゃ!!」

シブーストはミルフィーユに説教だか自慢だか分からない事を言う。


「へぇ~・・・。ブー君は偉いね?何歳なの?」と、ミルフィーユ。


「俺はもう6年も生きてるにゃ。」

「6年かぁ~・・・。でも私の方が大きいからお姉ちゃんは私だね?」

ミルフィーユは5歳になりたてでシブーストより1年下が正解だが、まだミルフィーユは数字を良く理解していない。


「いやいや。時々失礼なやつだにゃ?我輩が兄であるにゃ。」

さっきから自分の事を俺と言ったり我輩と言ったり、中々キャラが定まらない白竜である。

しかし、ミルフィーユはシブーストの言葉を聞かず、シブーストの喉元を優しく撫でる。

シブーストはゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らす。


「こ・・・こら!止めるにゃ!!喉を撫でるにゃ!!」

シブーストはミルフィーユの手を噛む。


「痛っ!!」

ミルフィーユはシブーストから手を離して、勢いでシブーストの頭を叩いた。

シブーストは一瞬キョトンとした顔をするが、すぐ我に返った。


「やったにゃ~・・・。そこに直れにゃ!!」

シブーストはミルフィーユに飛びかかる。

ミルフィーユは飛び付いてきたシブーストを両手で受け止めた。

手足の届かないシブーストは宙で手足をばたつかせた。

暴れるシブーストを止めるのに限界を感じたミルフィーユはシブーストを遠くに投げる。

シブーストは空中で翼を広げ、ゆっくりと地面に着地した。

そして白竜シブーストと赤竜ミルフィーユは睨み合う。


「なかなかやるな?赤竜?

我を投げるとはさすがはアムステルの子孫だと言う事か・・・。」

シブーストがカッコつけながらミルフィーユに言う。


「ブー君こそ、ちっこい癖に生意気だよ!」

ミルフィーユもシブーストに言い返す。

元来、竜族同士の争いは天変地異を引き起こす程の規模になる。

しかし、まさかこんな所で赤竜と白竜が争いを起こしているなんて誰も予想はしないだろう。

・・・しかも、人間の幼児と子猫の喧嘩レベル程度の規模の・・・。

2人は5分程、戦闘と言う名の喧嘩をしていたが、その後疲れて一緒に寝てしまっていた。



「うん?」

2人して少し休んでいると、ミルフィーユに抱っこされていたシブーストがムクッと顔を上げた。


「ブー君、どうしたの?」

ミルフィーユはシブーストを離すと、寝てる状態から座る姿勢になり、眠そうに目を擦る。


「ネズミが数匹、神殿に潜り込んだにゃ・・・。」

シブーストが答えた。


ネズミ・・・。

悪い人が侵入者を例えて言う表現である。

ミルフィーユはそれが優人と綾菜だとすぐに察する。

「ブー君!!パパとママだよ!!」


「あん?ネズミが親なのかにゃ?変なやつだにゃ?

いずれにせよ、侵入者は排除するにゃ。」

言うとシブーストは祭壇にあるベッドからヒョイと飛び降り、歩き出した。

ミルフィーユも焦って追い掛ける。


「ブー君!パパとママに酷い事しないで!」


「ふんっ!ネズミなんてぶっ飛ばして追い返すのが1番早いにゃ!!」

シブーストは強気にミルフィーユに答える。


「でも、ママは強いよ!

こないだも猫のミィちゃんやっつけて、お仕置きに揉みくちゃに撫でて頬擦りされてたんだから!!」

ミルフィーユは聞き分けの無い子に対する綾菜のお仕置きの説明をする。


「なんだそれ?意味不過ぎて逆に恐いにゃ。」

シブーストはミルフィーユの忠告を小バカにしながら聞き流す。



神殿のシブーストがいた礼拝堂を出て通路を少し歩き、台所らしき所に入るとシブーストは足を止めた。


「おい、ミル。どれがお前のパパとママだにゃ?」

シブーストが顎で指し示した先には10匹程のネズミがいた。


「パパとママはネズミさんじゃないよ?」

ミルフィーユはシブーストに答える。


「お前がネズミが親だとか言ってたんじゃないかにゃ!?」

「ん~・・・それはブー君が悪い子だからだよ。」

「意味が分からないにゃ!!馬鹿ミル!!」

シブーストはミルフィーユに罵声を浴びせるとズカズカとネズミに近付いて行った。


「やいやい、馬鹿ネズミども!!ここはエルザ様の神殿だにゃ!!

お前達みたいな不浄なやつらがいて良い場所じゃないにゃ!!

出ていけにゃ!!!」

シブーストは相変わらずの強気な態度でネズミ達を威圧する。


「チュッ!チュッチュッ!!」

ネズミ達が何やらシブーストに言っているが、ミルフィーユはその言葉の意味が理解出来ない。

しかし、シブーストには伝わったようで、シブーストは怒り出した。


「分かったにゃ!お前達がそうなら、本気で行かせてもらうにゃ!!」

言うとシブーストは大きく息を吸い込み、そしてネズミたち目掛けて白く輝く息を吐き出した。


ゴゥウウ!!

激しい音とともにシブーストの口から白く輝くブレスがネズミ達に吹きかかる。

そして、シブーストのブレスが消えると、直撃したネズミ達は何故か平気な顔をしている。

・・・というかむしろ毛の艶が良くなった気もする・・・。

そして、今度はネズミ達がシブースト達に襲い掛かってきた。


「ヤバイにゃ!こいつら強いにゃ!ここは退くぞ、ミル!!」

シブーストが走ってミルフィーユの元までやって来て走りさる。


「えええええっ!?」

ミルフィーユも釣られてシブーストと一緒に逃げ出した。


「ブー君、何をやったの?」

逃げからミルフィーユはシブーストに吐き出したブレスに付いて質問をする。


「俺たち白竜は2種類のブレスが吐けるにゃ!

1つはホーリーブレス!死後者どもを強制的に成仏させる無敵のブレスにゃ。

しかし、やつらネズミは生きてるから効かないにゃ。」

シブーストは逃げながらミルフィーユにホーリーブレスの説明をしてくれた。


「でも、効かないなら意味無いじゃん!」

ミルフィーユは逃げながら精一杯の突っ込みを入れる。

それを聞いて、シブーストはニヤリと笑う。


「そうだにゃ。だからもう1つの効く方のブレス。

ヒールブレスをぶつけてやったにゃ!!」

シブーストはどや顔でミルフィーユに答えた。

つまり・・・。

言うことを聞かないネズミ達をむしろ回復させたと言う事だ。


「それ、意味無いじゃん!馬鹿!!」

ミルフィーユがシブーストに言う。


「何だと!?癒すぞ、コラッ!!」

ともあれ、エルザの神殿内にて最小の哺乳類相手に敗走をする最強種ドラゴン2体の姿が、そこにはあった。


「くっ!調子に乗るにゃ!!」

逃げていたシブーストが突然身を翻し追い掛けてくるネズミに向かって走って行く。

野鼠の大きさはシブーストの4分の1程。


ガブッ!!

シブーストの牙がネズミの腹に突き刺さる。


「チュー!!」

シブーストに噛まれたネズミが悲鳴をあげる。

しかし、他のネズミ達が一斉にシブーストに襲い掛かる。

シブーストは噛み付いたネズミから牙を抜くと、襲い掛かかって来たネズミの1匹を右手で叩く。

しかし他の8匹のネズミに身体中を噛み付かれる。


「ブー君!!」

ミルフィーユがシブーストを心配して声をあげるが、シブーストはミルフィーユに返事をしない。


「ネズミ風情の牙が祐竜の皮膚を傷つけられるか!!全員、ぶっ飛ばすにゃ!!」

シブーストもかなり怒っている。


バシッ!

バシッ!!

ネズミ達は必死にシブーストに立ち向かうが、シブーストの一撃に吹っ飛ばされる。

数匹ネズミを倒すと、シブーストは翼を広げ、少し高い所に移動し、息を大きく吸い込む。


ゴゥウウ!!

シブーストの口から白く輝くブレスが吐き出された。

ブレスの直撃を受けたネズミ達の傷はみるみる消え、ネズミ達は再び立ち上がった。


えっ?何をしてるの?ブー君??


せっかく倒したのに、また元気にさせるシブースト。

ミルフィーユはシブーストの行動が不思議だったが、シブーストはブレスを吐きたいから吐いているだけである。

興奮していて自分で何をしているのか理解していないのだ。


「くそ・・・。こいつらしぶといにゃ・・・。」

それに自覚していないシブーストがぼやく。

そして、再び地面に降りてネズミ達と再戦をする。

また傷付き倒れていくネズミ達。

それを見て、ミルフィーユは段々と悲しい気持ちになっていった。


パパなら、こんなに相手を傷付けない。

ママなら今頃お説教タイムだ・・・。

いつまで傷付け合うの?


ミルフィーユの悲しい気持ちが表に出るのに、そんなに時間は掛からなかった。

「やめてー!!!!」

いつまでも戦うシブースト達にミルフィーユは思わず叫び声をあげる。

その叫び声と同時に火の玉がミルフィーユの口から飛び出した。


ボンッ!!

ミルフィーユが出した火の玉は神殿の天井に当たり、天井の一部を破壊する。

砕かれた天井の一部はボロボロと地面に落ち、それに驚く形でシブースト達の戦闘は終結した。


「みんな集合!!」

ミルフィーユが言うと、シブーストとネズミ達は横一列に並び、座る。

ミルフィーユは腰に手を当て、綾菜がミルフィーユを叱る時のマネをする。

「喧嘩しちゃ、メッなんだよ!痛いからね!!」


「けどよぉ~・・・。こいつら何度言っても入ってくるしよぉ~・・・。」

シブーストが叱るミルフィーユに文句を言う。


「何でネズミさん達はブー君の嫌がる事をするの?」

ミルフィーユはネズミ達に聞く。


「チュチュッ!」

ネズミがミルフィーユに答える。

しかし、何を言っているのか分からない。

ミルフィーユはシブーストの方を見る。


「外にある何かを食って仲間が死んだみたいだにゃ。

その何かが分からなくて恐いから神殿内に隠れてるみたいだにゃ。

迷惑な話だにゃ。」

シブーストがふて腐れながらミルフィーユに教えてくれた。


「ふむ・・・。」

ミルフィーユは手を顎に当て、狼に畑を荒らされていた村人達に優人が言ってた言葉を思い出す。


共存と言う選択肢があります。

俺は排除よりも賢いと思ってます。

お互いがお互いを譲り合い、お互いが生きる道を見付けるのはきっといつかお互いを救います。


「ブー君、ネズミさん達は恐いんだから神殿のどこかにいさせてあげられないのかな?」


「ああん?そんなんダメだにゃ!!」

シブーストが答える。


「どっか1ヶ所位良いじゃん!!意地悪言うのもメッだよ!!」

ミルフィーユがシブーストを叱る。


「チッ!じゃあ1部屋だけだぞ!

そこら中にうんこしたら追い出すからな!!」

シブーストは怒りながらネズミ達に言った。

こうして、白竜とネズミの因縁は終結を迎えた。



「そう言えば、パパとママはどこだろ?」

ミルフィーユは優人達の事を思い出す。


「あ~・・・。誰の事だか分からないけど、神殿の前でエルザ様と話してる人間が2人いるにゃ。そいつらかにゃ?」

シブーストがミルフィーユに教えてあげる。


「そうかも!私、神殿の外に行くね!!」

言うと、ミルフィーユは外に向かって走り出した。


「待つにゃ!」

それをシブーストが止めた。


「なぁに?」

ミルフィーユはまたシブーストの方へと歩いていく。


「右手を出すにゃ。」

「こお?」

ミルフィーユは言われるままに右手を出す。

シブーストは目を閉じ、頭の角を光らせた。

すると、ミルフィーユの右手も光りだし、アンクレットがはめられた。


「わぁ!」

ミルフィーユは綺麗な白いアンクレットを感動しながら見る。


「困ったら俺を呼ぶにゃ。助けてやるにゃ。」

シブーストが言うと、ミルフィーユは力強く頷き、優人と綾菜がいる神殿へと走り出した。



「パパァ~!ママァ~!!」

優人と綾菜が同時に目を覚まし、起き上がると、ちょうど神殿の中から出てきたミルフィーユが2人の元に駆け寄ってきた。

綾菜は両腕を開き、ミルフィーユを抱き止めてあげる。


「ミルちゃん、神殿に入ってたの?

白竜とかいなかった?大丈夫?」

綾菜が顔を真っ青にして、ミルフィーユに聞く。


「あのねぇ~・・・白竜は子猫ちゃんでブー君なの。

痛い事するけど、治るんだよ。」

ミルフィーユは自慢気に神殿内で起こった事を綾菜に話す。

それを聞いた優人は、ミルフィーユはハクビシンかイタチあたりと神殿内で遭遇したのだろうと思った。


「そっか、大冒険だったね?」

優人はミルフィーユの頭を撫でながら話を合わせてあげる。


「ゆぅ君、ミルちゃん・・・本当に白竜と会ったのかも・・・。

もしくは神獣レベルの何かと・・・。」

綾菜がミルフィーユの腕に着いているアンクレットを見ながら優人に言う。


「えっ!?」

それを聞いた優人の表情が青ざめる。


「ミルちゃんの右腕に着いてるアンクレットは神獣や魔獣が認めた相手にだけ渡す、モチーフアイテムって言うの。

ミルちゃんは、神殿内で会った何かと特殊召喚契約を結んでるわ。羨ましい・・・。」

綾菜が優人に説明をする。


「特殊召喚?綾菜も何体かの召喚獣持ってるじゃん?

ミルが羨ましい事なんて無くないか?」

優人はミルフィーユのアンクレットを物欲しそうに眺める綾菜を宥める。


「私が持ってる召喚獣は下級悪魔のインプと魔界に生えてる雑草のオプティム。

後、私が作ったパペットゴーレムのあにゃとゆーにゃだけだもん。

神獣や魔獣レベルの召喚は出来ないの。

つか、ゆぅ君も麒麟の魔力提供を受けてる槍持ってるし・・・。

2人ともずるいなぁ~・・・。」

綾菜がミルフィーユを撫でながら愚痴るとミルフィーユは照れ笑いを見せた。



「くっ・・・。」

そんな話をしていると、優人達と一緒に吹っ飛ばされたデュークも目を覚ました。


「おっ?お目覚めか?デューク?」

優人がデュークに話掛ける。


「不覚を取った。すまない。」

デュークが答える。


「いいや。俺達もついさっきまで気を失っていたんだ。」


「そうか・・・。アリアンスストーンもまだ見付かってないか?」

聞くデュークに優人と綾菜はネックレスを見せる。


「おおっ!?いつの間に!?」

デュークがびっくりして2人に聞いてきた。


「えとね、夢の中でエルザと会って・・・。」

聞くデュークに綾菜が答え始める。

優人は何となく、神殿の横に湧き出ていた温泉の源泉に視線をやる。


「・・・。」

優人は原泉を見ながら何かに引っ掛かっていた。

理由は無いが違和感を感じるのだ。

優人はおもむろに源泉に近付く。


この洞窟は茶色い土の地面なのだが、源泉の周りが1ヶ所だけ白くなっている。

その白い部分に近付くと違和感の原因に気付く。

白くなっていた地面の正体は、こぼしたらしき白い粉を誰かが片付けようとした形跡なのである。

何かの理由でここで白い粉をこぼし、それをホウキのようなモノで掃いている。


「・・・。」

優人はしゃがみこみ、その粉の正体を突き止めようとするが検討が付かない。


「ゆぅ君、どうしたの?」

デュークに説明をしていた綾菜が優人に気付き、近付いて来た。

その時に優人は粉と土の混ざった所で死んでいるネズミに気付いた。


「来るな!!」

思わず優人は大声で綾菜を止めた。

綾菜はビックリして立ち止まる。


「どうしたの?」

綾菜が優人に聞く。


「毒だ。」

優人は腐りかけたネズミの死体に近付き、確認しながら綾菜に答える。


「毒?何の?」

綾菜が優人に聞く。


「分からない。けど、この白い粉は何かしらの毒だと思う・・・。」

優人が綾菜に答える。


「毒?毒って液状なんじゃないのか?」

デュークが優人に尋ねてきた。


確かに、植物や動物から抽出される毒は液状の物が多い。

粉状の毒は科学薬品であり、天上界には作る技術は恐らく存在しない。

優人は白い粉を少しだけ手に取り、小学校の理科の実験で塩酸の臭いを嗅ぐ時と同じ要領でもう片方の手で扇ぎ、臭いを確認する。

白い粉はアーモンドのような臭いがする。

白い粉末状の毒でアーモンドの用な臭い・・・。

日本の工場で作られる科学薬品で心当たりがある。


「シアン化カリウム・・・。」

優人は心当たりのある薬品の名を口にした。

工場で使う時は、厳重な注意が必要な薬品である。

大量に吸い込むと、胃酸に反応し、毒が発生する。

その毒が肺に至ると死ぬ薬品である。


「シアン化カリウム?何それ?」

綾菜が優人に質問をする。


「シアン化カリウムは日本では金や銀を治す時や金属をより硬くする為に使われる薬品だよ。

水に溶けやすいって性質がある。

別名、青酸カリって言えば分かるかな?」

優人が言うと綾菜が青ざめる。


「青酸カリって・・・猛毒の・・・あれ?」

「ああ。天上界に生成する技術はあるのかな・・・。」

優人が呟く。


「何だ?その青酸カリってのは?

そんな毒、聞いた事が無いが?」

デュークが優人に聞く。

そのデュークの反応を見て、優人は深くため息を付いた。


科学薬品を使っての殺人。

科学薬品は天上界には存在しないモノ。

つまり、これを犯罪だと認められないと言う現実に優人はデュークの反応を見て気付いたのである。

犯人は恐らく、フレースヴェルグを信仰している地上界出身の誰かである。

そいつを見つけ出し退治したいが、ここは法治国家グリンクス。

証拠と認められない科学薬品を理由に下手な事をすれば犯罪者になるのはこちら側だ。


「ねぇ、国内警備隊に通報してフレースヴェルグの暗黒魔法使い達を調べて貰おうよ。」

綾菜が優人に言うが優人は首を横にふる。


「綾菜、例えば日本で殺人事件が起きて、その手口が魔法だとする。

通報して警察が動くと思うか?」

優人の質問に綾菜が黙る。


日本には魔法という存在が認められていない。

つまり、魔法の痕跡があった所でそれは証拠にならないのである。

魔法の痕跡を理由に犯人を捕まえるなんて絶対にあり得ないと断言できる。

逆に天上界には科学薬品なんて存在しない。

科学薬品が証拠にならないと予測出来るのである。


「優人、良く分からんが、マゼンダを殺したのは・・・この源泉に毒を流したのはフレースヴェルグの連中なのか?」


「確証は無いが何者かがここに毒を流した可能性は高い。」

優人の反応を見て、デュークが少し黙る。


「ゆぅ君、何とかならないの!?

そこに青酸カリはあるんだよ!?

・・・何とか・・・これじゃあ、マゼンダさんもデュークさんも報われないよ!!」

綾菜が怒りを優人にぶつけてくる。

優人も必死に考えるが答えが見付からない。


「パパ?」

綾菜の言葉が終わるのを待って、今度はミルフィーユが話し掛けてきた。


「ん?どうしたの?ミル?」

優人はミルフィーユに笑顔を見せる。


「急に死んじゃうからネズミさんが恐くて、ブー君の家に来るから、ブー怒ってるの。

悪い砂やっつけられないの?」

ミルフィーユの言ってる事は良く分からないが、恐らく、青酸カリを処分したいと言う事だろう。

しかし、中和剤の作り方など優人は知らない。


「ふむ・・・。」

優人は手を顎に付けて、どうするか考えて込む。


ゴゴゴゴ・・・。

すると、突然地面が揺れ始めた。

ふと見ると、綾菜が地面に手を当てて、何やら風水魔法を使っていた。

少しすると地面に深い穴が開く。


ゴボッ

そして、次の瞬間、白い粉の混ざっている土が地面ごと浮き上がる。


「おっと!」

青酸カリの所にいた優人は驚いて、その場を離れた。

そして、浮かび上がった地面はそのまま穴に向かってくるりと回転をした。


「あ・・・埋めちゃうのダメだった?」

綾菜が優人に聞く。


証拠隠滅に協力してしまった・・・。

もっとも証拠として認められないか・・・。


「いや、埋めちゃうのが正解だったかもな。」

優人は綾菜に答える。

それを聞いて、ミルフィーユの表情が明るくなった。


「さて・・・、用も済んだし、そろそろ戻ろう。」

デュークはいつもの感じで優人達に言った。



こうして、優人達は白竜山を降りた。

帰りの道中、綾菜は機嫌が悪く、ずっとムスッとしていた。

その綾菜を心配して「ママ?またパパがメッしたの?」とミルフィーユがちょくちょく聞いていたのが優人の耳に残った。


俺はそんなにしょっちゅう綾菜を怒らせていたか?


デュークも特に言葉は発してはいなかったが元々口数の多い男では無い。

優人達は気まずい空気のままテンボスに戻り、デュークと別れて冒険酒場の宿へと向かった。

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