第四話~関所の山賊~
目前に広がる広大な草原にはところどころに木が生い茂り、小鳥の鳴き声がまるで歌のように聞こえてくる。
そんな草原を二つに割るかのように一本の街道が走っている。
太陽の日差しはまぶしく照らし、ときどき吹き抜けるそよ風に心地よさを感じさせられる。
村を出て、優人達は綺麗に舗装されている街道を歩く。
綺麗と言っても、山道よりはマシなレベルで、土を歩きやすいように固めた程度の道だ。
絵里はエシリアに良く懐き、優人の後ろでガールズトークに花を咲かせている。
街道に出て、一時間程歩いたが街道なのに人通りが自分たち以外いないことに優人は違和感を感じ始めていた。
誰ともすれ違わないのである。
「街道ってこんなに利用者がいないものなの?」
優人は留まることを知らないガールズトークの間に割って入った。
勇気ある行動だ。
「いいえ。本当は行商人や冒険者の往来でもう少しは賑やかです。」
エシリアが答える。
「何か良からぬ事が起こってるのかな?」
と、優人。
「はい。このフォーランドはもともと奴隷商人と王政の間で内乱が起こっています。
この混乱に乗じて、山賊が関所を陣取ってしまっているんです。」
エシリアが困った顔をしながら優人に国の状況を話す。
「関所?」
関所を山賊に陣取られるなんて聞いた事が無い。
元来、関所は山賊のような罪人の出入りを取り締まる機関だ。
そこが山賊に陣取られると言うのは尋常ではない。
それを放置している国もよっぽどの状況だと伺える。
「はい。この国は四つの地域に分かれていまして、その地域ごとの境にそれぞれ関所があるんです。
今、ここ、山岳地帯は山賊により関所を占拠され、孤立状態にあります。」
と、エシリアの説明は続いた。
「え?つまり取った山の幸を売りに行けないし、海の幸の買い出しも出来ないって事?」
絵里が話に入る。
「はい。なので行商人は稼げなくなってしまっていますし、冒険者も山賊狩りや獣狩りの仕事しかない状態ですね。
優人さん達の旅も、その関所までで当分は止まると思います。」
エシリアが申し訳なさそうに優人に伝える。
「関所の山賊を追い払うとか考えないの?」
優人はそれでも旅を諦める気はない。
エシリアに関所の山賊討伐の案を提示するつもりだ。
「一人、ものすごく強い人が山賊の中にいるみたいです。
確か・・・デュークとかと言う名前の大剣使いみたいです。
賞金額が500万ダームと昔、出てました。」
と、エシリア。
「500万!?」
破格の賞金額に優人もビビる。
今まで倒してきたカムイや名もなき山賊たちとは比較にならない額だ。
「はい。過去に名だたる冒険者が挑戦し、全員返り討ちにあったみたいです。」
エシリアはそう言い、優人に無理をさせないように促す。
大剣・・・。
グレートソードか、ファルシオンか・・・。
日本刀なら斬馬刀って言うのがある。
優人は斬馬刀については知っている。
戦国時代に馬ごとぶった斬る為に、豊臣秀吉が朝鮮出兵の折に作らせたと聞いた事がある大剣である。
当時の日本の刀は太刀とか大太刀と呼ばれ、基本的に大きな物が多いが斬馬刀という呼び名は朝鮮出兵の時に初めて呼ばれた。
恐らくは朝鮮側が日本の大太刀をそう呼んだのが始まりではないかと優人は思っている。
間合い勝負の居合剣士である優人としてもやっかいな相手だ。
相手の間合いが広すぎて自分の間合いに詰めるリスクが高い。
槍は広い間合いの割に先端の刃さえクリアすれば当てられてもただの棒だが、斬馬刀は先端以外も刃なので多少打撃点をずらすだけでは致命傷になりかねない。
もっとも、大きすぎる武器と言うのは、扱いづらいという最大の欠点はあるのだが・・・。
問題はデュークという人間がどれほどの技術を持って、扱えているかである。
優人が散々倒してきた山賊のように、ただ単に武器を脅しの道具程度にしか使えないレベルであれば、優人にとってはただの巨大な的でしかない。
しかし、500万の賞金額と冒険者全員を返り討ちにしたと言う事は、そんなに甘くはないはずだ。
今の優人レベルには武器が扱える可能性がある。
武器の性能の差を埋める戦術を考える必要があると優人は考えていた。
そんな優人の横顔を見て、「まさか、戦いませんよね?」とエシリアが優人に聞く。
「倒さなきゃ進めないんでしょ?」
答える優人にエシリアの顔がこわばる。
その表情は『止めろ』と口で言わなくても優人には伝わった。
「日本にも大太刀って言う、バカでかい刀があってね・・・。
昔、大太刀を扱う居合剣士がいたら最強じゃないかと思って、試そうと思った事があるんです。
でも、腕の骨が折れるから、と止められた事があるんだ。」
優人は昔の自分の話をする。
「え?」
エシリアがきょとんとする。
「得物がでかいと攻撃のパターンは狭まる。
斬り返しすらかなりの負担がかかるだろう。
俺と同じ剣速で武器を振ればどんなに体を鍛えていても、重たい剣を思い通りに扱う事は出来ない。
一気に間合いを詰めて、利き腕の筋を斬れればもう大剣は振れなくなる。
狙い目はそこだな。」
優人は対デューク用の作戦を告げる。
単調な攻撃と斬り返しの遅さが欠点としてあるなら、優人なら何度か攻撃をかわせば見切れるようになる自信がある。
もっとも、攻撃をかわし続けるのは相手を斬るより難しい事なのだが・・・。
「山賊の関所はここから10日ほど離れた目的地の街から、また半日歩いたところにありますので、それまでに作戦を練りましょう。
優人さんが戦うとおっしゃるなら私が後衛を務めます。
優人さんが少しデュークの気を引いて下さいましたら、私の魔法で隙を作ります。」
言っても聞かない優人の性格に諦めたのか、エシリアが協力を申し出てくれた。
なるほど、これがファンタジーでの戦い方だと優人はポンッと頭の中で手を叩く。
そうこうしているうちに日が暮れだす。
一行はキャンプの用意を始めた。
エシリアは荷物から鍋を取り出すと、杖に手を振れ、水の塊を出して中に入れた。
その後、もう一度杖に手を振れ、火を起こし、鍋を火にかける。
その間に、野菜やら肉の保存食を取りだし包丁で小さく切り、順序良く鍋に入れていく。
最後に麺のようなものを鍋に入れ、塩と胡椒で味付けをして、お椀に取り出す。
「はい。どうぞ。」
優人はお椀を受け取りエシリアの作った物を口に入れる。
うまい!!
優人は、保存食の肉はそのまま噛り付くしか知らなかった。
これから10日間、ずっと、あの堅い肉を食い続けるのかと思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。
肉はお湯でふやけたのか、柔らかくなっていて食べやすい。
「保存食ってこうやって食べるんですね。俺、そのままかじってました。」と優人。
「え?いつ食べたの?ずるい!」絵里が優人に的外れな抗議をする。
「お前が寝てた時だよ。田中達を助けに行ったとき。
それにそのままかじってもしょっぱいだけで美味くないし。
こっちを食ってる方がずるいわ。」
優人が絵里に言い返す。
「ぶー!」
絵里はふて腐れながらお代わりする。
「普通はそのまま食べる方が多いみたいです。
でも、私はやっぱり少しでも美味しく食べたかったので色々工夫してるんです。」
エシリアは上品に笑いながら優人に答えた。
「それはこれから10日間楽しみですね。」と優人が言うと、「恐縮です。」エシリアが答えた。
もし、絵里が10日間ずっと同じ堅い保存食を食っていたらどうしたであろうか?
考えて見れば絵里は今回、神隠しにあった5人の中で一番優遇されていると言う事に優人は今気づいた。
優人と絵里以外の4人は食事すら取れない日々を送った後、牢獄行き。
これは自行自得だが・・・。
別に絵里に対して不満がある訳では無いが、その状況でどんな顔をするのかだけちょっと興味を持った。
食事が終わり、これから睡眠を取る事に当然なる。
野宿の場合、問題になるのは見張りである。
2人いるので1人づつ交代しようと優人が提案したが、絵里が断固拒否。
理由は2人寝て、1人で起きてるのは寂しいかららしい。
結果。
絵里とエシリアがまず2人で見張りにつき、その後優人が交代で1人で見張る事になった。
優人はそそくさと2人から離れ、マントを布団にして眠りに着く。
気候は5月半ば位の気温である。
昼間は暖かいが夜は少し肌寒い。
夜はマントを重宝する。
遠くでガールズトークが聞こえる。
少しスケベ心で気にはなるが、体力が持たないので優人は速やかに眠ることにした。
「優人さん、交代。」
絵里が優人の体を揺さぶり優人を起こす。
「お?おう。」
優人は一度背伸びをして起き上がる。
「2人はここで寝るのか?」と言う優人に「うん。男子はあっち行って!!」と絵里が答えた。
優人は絵里に追い出されるようにさっきまで2人がいたであろう場所に追いやられる。
鍋の中にさっき夕食で食べたモノが残っていた。
横には紅茶も・・・。
まだ温かい。
エシリアが温め直して置いてくれたのだ。
優人はズズズッと紅茶を飲み、麺をお椀に入れる。
こういう女性的な気遣いって滅茶苦茶萌えるよなぁ~・・・。
結局この日は何者にも襲われる事なく朝を迎えた。
その後も旅を続けるが2日目の晩と7日目の昼に10人単位の山賊に襲われる程度で済んだ。
山賊のレベルは山の山賊と差も無く、エシリアの援護もあってか恐ろしいほどあっさり返り討ちに出来た。
特筆すべきは絵里の成長であろう。
四大風水。
地、水、火、風の物理操作が出来るようになり、流れる水の癒しの力を使える所まで成長した。
優人も元素魔法を使い透明な膜を体中に張り、防御力を上げる魔法を覚えたが、物理操作を覚えた絵里からすれば、基本らしい。
魔法に関して言えば優人は絵里に全然敵わない。
必死さも違うが、これが若さなのだろうと優人は自分に言い訳をしている。
街に着くと、山の村よりは人が多い分、活気があるものの、道行く人それぞれに活気が無い。
「やはり・・・ここは山賊の被害が一番多いですからね・・・。」
エシリアが呟く。
「何とかしてやりたいな。とりあえず、今日は酒場で一休みして、旅の疲れを取ってから、関所の攻略をしよう。」
優人は2人と酒場に行き、シルフの瞳をマスターに預ける。
報酬は山賊15人で45万ダームだ。
酒場のマスターも報酬を渡しながらデュークじゃないんだよなと呟いていた。
その後、エシリアは自分の先生の所に泊まると言う事で優人達と別れた。
旅費に余裕も出来たと言う事で、今回は初めて2つの部屋を借りて絵里と別々に寝ることにした。
翌朝、エシリアは優人達よりも早く起き、酒場にいた。
いつものローブ姿では無く、皮製の鎧を身に付けている。
やる気充分のかっこうである。
優人達は三人で朝食を取り、酒場を後にする。
山賊の関所から少し離れた所に小さな休憩が出来る程度の村がある。
そこで少し移動の疲れを癒し、関所に向かう。
関所は高い塀に囲まれ、手前約100メートル近い範囲は見渡せるようになっていた。
門の手前には門番が二人立っている。
エシリアが優人に双眼鏡のようなものを渡してくれ、優人はその二人の門番を観察する。
得物は槍。
山賊なのに武器の手入れが出来ている。
今まで相手にしてきた、チンピラまがいの山賊とはその時点で格が違うのが分かった。
「とりあえず、門兵2人を片づけてくる。待ってて。」
言うと優人は門兵目掛けて走り出す。
優人はもともと陸上部にいた。
居合を始めとする剣術は刀を華麗に操るしなやかな腕の筋肉と、強靭な下半身を持っているのが理想である。
しかし優人は実は手首がさほど強くは無かった。
たかだか1キロも無い居合刀の抜刀の練習だけで何度も手首をひねり、稽古を禁止されるほどに弱い。
その代わり、下半身の強さには自信がある。
100メートルは11秒を切り、優人の通っていた高校の校内記録を塗り替えた事もある。
瞬発力もある。
夢想神伝流の初伝、六の技の踏込みだけで遠くにある師匠の湯呑をひっくり返した事もある。
下半身の強さは折り紙つきだ。
本来、居合は暗殺用の剣術なので大きな音を出す事は御法度なのだが、優人の初伝六技に限り、踏込による大きな音は威嚇になると言う理由で力いっぱい踏み込めと言われている。
そして、優人の専門技『茶返し』と言われる技が生まれた。
100メートルダッシュ直後の抜刀。
初体験だが不可能ではない。
優人は門兵に真っすぐ全速力で走った。
ドスッ!
鈍い音と共に優人の目前に地面が広がる。
何っ!?
突然の出来事に何が起こったか理解出来ず、優人は両手で体を起こす。
この動作で自分が倒れた事に優人は気付いた。
右足の太ももが熱い。
見ると、太ももに矢が刺さっていた。
矢・・・だと?どこから??
優人は関所の門を見渡す。
3名ほどの山賊が塀の右の物見やぐらから弓を構えていた。
もう一発弓が来る!
飛んでくる3本の弓を刀と槍で弾く。
ドスッ!!
1本、矢が優人の右肩に刺さる。
痛みで槍が地面に落ちた。
弓の第3派が来る!!!
ヤバイ!詰んだ!!
優人は死を覚悟し、目を瞑った。
足の痛み、肩の痛みで優人の頭は朦朧とする。
一瞬の判断ミスで人は死ぬ。
俺に殺されてきた人間も志半ばだったのだろうか?
わずかな意識の中で自分に殺された人の事を考え、そして、綾菜に再び会う事の出来なかった自分を呪う。
綾菜に会いたい・・・。
大地がゴゴゴと響き、揺れ、瞼の外の光が暗くなる。
これが死の感覚かと納得し、優人は目を開ける。
っ!?
起き上がっているはずの優人の前に土の壁が立っていた。
優人の体がふわっと少し浮かぶ。
「絵里ちゃん!矢を刺したまま、優人さんと槍を引っ張って!!右腕は引っ張っちゃダメ!!左腕を引っ張って!!」
声の主はエシリアだ。
弓の襲撃に気付き、急いで風水魔法の物理操作で土の壁を作り、矢をはじく。
そして今度は風の物理操作を使い優人を浮かせて絵里が運びやすくしたのだ。
絵里は黙って歯を食いしばりながら優人に駆け寄り、優人の左腕を引っ張ってエシリアの元へ駆ける。
「エシリアさん、この後は?私、どうすれば良い??」
泣き声で必死にエシリアに指示を仰ぐ絵里。
「このまま、村まで逃げるわよ!!落ち着ける場所で優人さんの治療をしなきゃ!!」
いつもの優しく、穏やかで、丁寧なエシリアの口調ではない。
かなりの動揺の色が見える。
村まではそんなに距離はないが、ダッシュして戻れる程の距離でもない。
しかし、2人は息を切らせながらも必死に村の酒場まで走った。
酒場で優人を下ろすと、エシリアは風水魔法で『流れる水』の癒しと『恵む大地』の癒しの力を合わせる。
「絵里ちゃん。まずは右足の矢から少しづつ抜いて。」
エシリアはそっと右足の矢の刺さった場所の横に手を当てる。
絵里は言われた通りゆっくりと矢を抜く。
矢が少しづつ引き抜かれる感覚が優人には分かった。
矢が浅くなるごとに痛みが取れてきている。
少しするとポンッと矢が抜け、同時に皮膚が元に戻る。
傷口さえ残っていない。
「おお!!」
優人と絵里は同時に歓声をあげた。
「次に右肩ね。同じように抜きます。」
エシリアだけはまだ余裕を見せず、優人の治療を続けようとした。
「はい。」
即座に絵里の表情も真剣に戻る。
「どうして流れる水だけじゃなくて大地の癒しも使う必要があるんですか?」
右足の回復を見て、絵里の探究心の虫が活動を始めた。
「性格属性と、物理属性っていうのは複雑な関係性があるんです。
流れる水も恵みの大地も癒しと言う性格属性を持っていますが、厳密に言うと違うのです。
流れる水の性格属性は解毒の力があります。恵みの大地には細胞の活性化の力があります。
今回、殺菌と傷の治癒も合わせて行っているのです。」
エシリアが絵里の質問に治療をしながら答えた。
うむ・・・分かりづらい・・・。
優人と絵里は顔をしかめるとエシリアはくすっと笑い。説明を加える。
「傷口を洗う時って水で流すでしょ?
あの効果が流れ水の殺菌で、畑で食物を育てるのと同じように細胞を育てる力があると考えてみてはいかがでしょうか?」
エシリアが丁寧に説明をし直す。
「なるほどねぇ~・・・。」
絵里には何となく感覚は伝わったようだ。
「なおったぁあああああ!!」
矢が抜かれると優人は元気に立ち上がった。
2人はビクッとし仰け反る。
「優人さん。少し遠回りになるのですが、あそこの関所は諦めて、亜人地帯経由で海隣地帯へ行きませんか?」
エシリアが遠回りを勧めてきた。
「ん?なんで?」
と、優人。
「え?だって、あの関所は危険過ぎます。
デュークだけでもかなり難易度が高いのに、部下も戦い方を知っています。
亜人地帯の入口までご一緒しますので。」
エシリアが優人に説明をする。
「亜人地帯でも何かに巻き込まれたらどうする?」と、優人。
「そうしたら、戻ってきてください。
今は国が落ち着いていないので何ともなりませんので。」とエシリア。
「無理だな。
俺は絵里を地上界に戻したら、死に別れた彼女を探す旅をするつもりなんだ。
この世界で彼女に会えるかどうかは分からないし、会えても彼女は別の幸せを掴んでるかもしれない。
それでも、一目会って、俺の心に決着を付ける必要があるんだ。
その為には、この世界で生き抜く力が欲しい。
今より、強くなる必要が俺にはある。」
優人は真剣な表情でエシリアに答えた。
「あそこに、彼女さんは絶対にいません。
力が必要なら徐々に強くなれば良いと思います。
関所の山賊は今のレベルでは無理です。」
エシリアが優人に答える。
「だからと言って、この村の人を見捨てるのか?
海隣地帯との行き来が出来ないと仕事が減る一方なんだろ?
なんとか出来るかも知れないなら、するべきだ。」
と優人。
「出来ないから今逃げて来たんです。」
優人とエシリアが少し睨みあう。
エシリアの判断が恐らく正しい。
優人の事を本気で心配しているからこそ、きつめの事まで言ってくれている。
美人で優しくて賢い。
ついでに信念までしっかり持っている。
地上界で長い事暮らしてきたが、エシリアのような女性を優人は今までに見たことがあっただろうか?
優人としてはエシリアとの対立は避けたい所だが、納得が出来ない。
「理屈じゃないんだ。
ここから逃げたくない。
これはもしかしたら俺のわがままなのかも知れない。
だから・・・俺1人で良い。
2人とも、一旦街まで戻って吉報を待っててくれ。」
優人が折り合いの付きそうな案をエシリアに提示する。
優人は綾菜に会えるなら、死んでもかまわないとすら思って生きてきた。
しかし、どんなに努力をしても、生きている人間は死んだ人間と会える訳がない。
10年近く、そのジレンマに苦しめられ続けている。
例え、この天上界が生と死の狭間の世界で綾菜と再会できる可能性があると言われても、魔法と言う非現実的な物を見せつけられても、本心では綾菜と再び会える奇跡が自分に起こるとは思っていない。
恐らく、綾菜と再会なんて出来ずに自分は死ぬ。
それでも、可能性があると言われているこの世界で、奇跡を信じて生きるのは、地上界で絶望しながら生きるよりマシだと考えている。
もはや、何も期待してなどいないのが事実。
つまり・・・優人はまだ本音では自分の死に場所を探している。
「はい。優人さんの悪い癖でました!」
今度は絵里が立ち上がり、優人の顔を睨んだ。
「なんだよ?」
優人は絵里に聞く。
「自分が死ぬ可能性がある時、すぐ1人で行こうとしますよね?
前回、田中さん達を迎えに山に登る時も同じパターンでしたよ?」
絵里が優人に言う。
「絵里・・・お前の命の責任まで俺は取れないから。」
優人は絵里から視線を逸らし、言い返す。
「責任を取ってくれとは頼んでません。
助けてとは言った事があったかも知れませんけど・・・。
今回は優人さん、気にしなくて良いです。
私はあなたについて行くって私が決めたんですから。
もし殺されても、恨むのは山賊だけで、優人さんは許してあげます。」
絵里が冗談っぽく優人に言う。
「なんで上から目線なんだよ?」
と優人。
「デュークも山賊もぶっ飛ばしちゃいましょ?
ついでにフォーランド救って王様になって、私は食っちゃ寝、食っちゃ寝しながら地上界に戻る方法を考える人生プランでオッケーです。」
と、絵里がとてつもない提案をしてきた。
「なんか凄い事考えてるな・・・。」
優人がぼやく。
エシリアもクスッと笑い立ち上がる。
「じゃあ、私も国王様からおこづかいもらいながら、風水魔術の研究に没頭させていただきますかね?
はちみつ採集もしたいので海隣地域に森を増やして下さい。」
「お気楽な事を・・・。」
優人は絵里とエシリアは優しくて、とても強いと感心している。
綾菜も2人に似た性格だ。
いや、2人は優人に振り回されているが、綾菜はどちらかと言えば優人を振り回す。
じゃじゃ馬の代名詞みたいな娘であった。
しかし、誰よりも感受性が強く、自分勝手に見える行動は常に誰かを思いやっての行動であった。
自分が悪人に思われても、誰かを守る。
そういう優しさを綾菜は持っている。
「おいおい!ふざんじゃねぇぞ!!」
3人の話を聞いていた全身金属鎧の大男が話に入って来た。
優人はムッとして相手を睨む。
「おい!この酒場でちんたら酒をかっくらってる野郎ども!!
聞きやがれ!!」
全身金属鎧の大男が今度は酒場の男たちの方を振り向き、大きな声を出す。
「ヘストス!うっせぇぞ!!」
「酔ってんじゃねぇ!」
その大男に野次が飛ぶ。
「ここにいる女子供が関所を奪還して海隣地区へ行くんだとよ!」
ヘストスが酒場の客に大声で山賊討伐の事を伝える。
ヘストスと言う男の発言で酒場が静まり返った。
静まり返った酒場でヘストスの演説は続く。
「良いのか?こんな事させて!!
海隣地区の連中に山の男どもは女子供の背中に隠れて、山賊におびえてたって言いふらされっぞ!!」
「っざけんな!!」
「海でぷかぷか浮いてるだけの連中に舐められてたまっか!!」
「山の男の根性見せてやるわ!!」
ヘストスの言葉に酒場にいた全員の男衆が野次をとばす。
「山の男の軟弱っぷりにはガッカリだわ!!
シティっ子の優人さんと私でとっちめてやるからガタガタ震えてろー!!」
そこに絵里が参加する。
「シティっ子ってなんだ?」と、優人。
「あ~ん?させっかよ!!」
「俺らもやってやんよ!!」
絵里とヘストスの挑発に乗った頭の悪そうな男達は優人のツッコミをスルーし、絵里とヘストスに野次を飛ばす。
酒場の男衆が各々の武器を床に叩きつけ、ガッチャンガッチャンさせながら士気を高めている。
うるさいし、ガラ悪いし、ツッコミは無視されるし・・・。
優人はいじけながら静かに酒場の端に移動し、槍と刀の傷のチェックを始める。
エシリアが優人の背中を撫でながら、慰めてくれるのが、それが尚更悲しい。
「おい!そこの侍!!」
そんな優人に目を付けたヘストスが指名してきた。
「ん?」
優人はヘストスに返事をする。
「おめぇ賢そうだな?なんか良い作戦あるのか?」
ヘストスが優人に振る。
「ん~・・・あの弓が邪魔だけど、遠距離攻撃は明るくないと攻撃の精度は一気に落ちるから、夜襲・・・いや、日が昇る直前に一気に攻め込むか。」
優人は奇襲の定番である、早朝の日が昇る前の襲撃をとりあえず提案する。
「それには・・・。」
「おし!それだ!!お前性格悪いな!!!」
優人の説明を待たずに話が進む。
「え?」
説明が済んでない優人はきょとんとする。
「夜明け前の一番眠たくて、寝てると気持ち良い時間を狙うんだとよ!!」
「うわっ!えげつねぇが・・・ありだな!!」
「寝ぼけてる連中ぶっ飛ばすとか余裕じゃねぇか!!」
「あの侍かなりタチ悪いぞ!!」
「友達になりたくなぁ~い!!」
奇襲の基本中の基本を言っただけなのに酷い言われようだ。
そもそもこの作戦に賛同してるんだからお前らも似た穴の貉じゃないかと優人は心の中でツッコム。
話は最後まで聞いてくれないし・・・。
「・・・ておい!!最後の野次!!絵里だろ!?」
優人が絵里に怒る。
「しらなぁ~い。とりあえず、早朝奇襲だし寝ましょ?」
絵里が言うとみんな解散する。
これ以上グチグチ言っても始まらない。
優人は明日、戦闘中にその都度指示を出すことにし、食事を取って部屋に入る事にした。
早朝、朝早いにも関わらず集まった人数はざっと50人位。
山の男の意地は本物だと優人は感心した。
「戦闘に行く前に一つ。奇襲が成功するまで、昨日みたいに大声を上げるのは禁止な。」
と全員に忠告し、優人達は関所へ向かう。
優人は歩きながら全員の得物を確認する。
剣と弓が多い。
剣は関所に乗り込む組だな。
狭い場所での戦闘が出来るだろうか?
弓は絵里やエシリアと後衛で外でのフォロー組だな。
ヘストスは大木槌か・・・門破壊担当決定。
優人は装備を確認しながら作戦を構築していた。
そして、関所に到着。
空はまだ薄暗い。
遠距離の弓は役に立たないだろう。
門には2人の門番。
横にかがり火を焚いているので2人の立ち位置もしっかり把握できる。
「ヘストス。あの門、お前の大木槌で叩いて何発で壊せる?」
前回と同様、塀から100メートル程離れた場所から様子を見ながら優人がヘストスに聞く。
「あんな薄っぺらい扉なんざ一発よ。
しかし、奇襲なのに音が出るぞ?」
頭は悪いが真面目な性格のヘストスは優人の忠告を気にしている。
「それは構わない。
エシリア。俺が門番2人を瞬殺したら、あの忌まわしい物見やぐらを爆発出来ないかな?
馬鹿でかい音で出来る限りド派手にやってもらいたい。」
ヘストスに返事をし、優人はエシリアにも指示をだす。
「え?奇襲なのに、音を出すんですか?」
エシリアも優人の提案に矛盾を感じ、聞いてきた。
「うん。今回、奇襲の一番の狙いは遠距離の弓避けだ。
関所内に乗り込めれば後はどうとでもなる。
いかに安全に関所の扉を破壊して乗り込むかがキモだ。
門番がこの時間でもいると言う事は、ある程度関所の山賊どもは襲撃を警戒している。
戦闘音で山賊の目が覚めれば、山賊はすぐに戦闘の準備を整えるだろう。
その時、複数箇所から大きな音がすれば、戦闘場所の把握に時間が掛かるはずだ。
その混乱に乗じて少しでも敵戦力を削る。」
優人は全員が作戦の本質を理解するよう、しっかり説明をした。
「なるほど。」
ヘストスが納得する。
「寝間着姿で武器だけ持って向かってくる山賊なら、しっかり準備してるこっちの方に分があるでしょ?
中にはわざわざ鎧を着こんで出てくるやつもいるかも知れないけど、そういうやつは着替え中に斬ってしまえ。」
地上界のヒーロー物はヒーローの変身を悪役は待ってくれる。
そう考えると優人の考えは悪役よりもタチが悪いと自分でも笑える。
そもそも着替え中にパンツ一丁で斬り捨てられる山賊って言うのも間抜けすぎる。
そして、作戦が始まる。
優人は誰よりも素早く門番の懐に潜り込み、喉元に刀を突き刺す。
そして抜く刀でそのままもう一人の首を斬り落とす。
初伝八の技の動きに近い。
複数人相手取る時にこの体捌きは実に効率的だ。
しかし、実は優人はこの技はさほど得意ではない。
むしろ、この動きを覚えるのにもっとも時間を掛けている。
道場の館長が唯一優人を叱った技だ。
「だから、そうやったら突きの威力が落ちるだろ!
刀の抜きざまの時に腰を落としすぎるな!!
手元が狂うし、刺された相手の体がぶれたら喉抜刀の意味が無くなる!!」
あの時の館長の怒鳴り声がこの技を使うと未だに思い出される。
優人は倒れた二人を確認しながらさっさと納刀する。
まだヘストスが来ない。
振り向くとドスドスと音を立てながらヘストスが到着する。
「遅いぞ、鉄だるま。
そんなんだったら転がった方が早いんじゃないか?」
優人がヘストスを挑発する。
「お前が早すぎるんだよ。人間か?」
はぁはぁと息を切らせながら優人に言い返す。
「さっさとやってくれ。エシリアに合図を送る。」
優人はヘストスを冷たくあしらう。
「おう。」
ヘストスの返事を確認すると優人はエシリアに向かい手を上げる。
ドドンッ!!
凄い音と同時に物見やぐらが爆発する。
門も打ち破った。
一気に前衛組が関所内に侵入を始める。
「優人。俺の大木槌はこの中じゃ役に立たん。外で後衛組を守ることに専念するが問題は?」
聞いてくるヘストスに優人は「問題ない。」と答え、外をヘストスに任せ、中に侵入する。
初めて会った時からヘストスは勢いだけのバカかと思っていたが、実践経験はあるようだ。
ここで中に入ればヘストスはまともに武器を振るう事も出来ずにただの邪魔者に成り下がっていたはずだ。
大木槌のような大きな武器は外で力いっぱい振るえば無類の火力を出すが、逆に狭い室内で扱うには不利が生じる。
自分の武器の得手不得手を考える事。
それは仲間も自分も守る最良策につながる。
ヘストスを見直すと共に優人の中で原因不明のもやもやが生まれた。
何か分からないが、何かを見落としている。
それが何か分からないまま、優人は関所の中の敵と戦闘を始めていた。
優人達が関所に入り、数分経つ。
中からは悲鳴じみた声が何度か聞こえる。
絵里たちは関所の門から出てくる残党を弓で遠巻きに攻撃していた。
残党は戦意喪失状態で難なく倒せる。
ヘストスもかなり楽そうに残党を狩っていた。
「中はどうなってるんだろ?」
絵里は優人の心配をしていた。
昨日の弓の一件で優人は無敵ではないと絵里は悟った。
そもそも無敵の人間なんて存在しないが、それでも絵里にとって優人は百戦錬磨の無敵の剣士と言う印象だったのだ。
しかし、そんな優人でも弓の攻撃を食らえば出血はする。
ダメージが大きければ死ぬことだってある。
当然の事だが、それを思い知らせたのだ。
「物を透しする魔法は風水魔法にはありませんからね。」
エシリアが答える。
「いつも楽な役回りしてますね・・・私。」
絵里がつぶやく。
「魔導師の仕事は常に安全でいる事よ。
冷静に周りを見れるようにしとかないと・・・。」
ドスッ!
エシリアが絵里の発言に応えている途中で、後ろから鈍い音がした。
振り向くと大剣を持った大男が剣を肩に掛け立っていた。
肌は浅黒く、筋肉質。目に力があり、目を合わせるだけで心臓が握りつぶされるかと思う位怖い。
こいつが間違いなくデュークだと本能的に絵里は感じた。
「騒がしいと思ったら人の家の前で祭りか?礼儀知らずがいたもんだ。」
デュークは倒れた人の頭を踏みつけた。
「ぐ・・・。」
デュークに踏みつけられた男が苦痛に声を上げる。
「神輿はガキか?」
デュークがギロリと絵里を睨む。
絵里は優人に買ってもらったダガーを抜く。
直刀は突き。
全身の体重を乗せて一気に刺す。
優人の教えを頭の中で繰り返しながら絵里は答える。
「神輿は今、関所内でお仲間を斬り捨ててるんじゃないかしら?」
「ほう?威勢のいいことだ。」
デュークは絵里に一歩近づく。絵里は一歩後ろへ下がる。
「あ・・・。」
エシリアの体が硬直しているのか、デュークに反応出来ていない。
「エシリアさん!!」
絵里の言葉で我に返ったのか、エシリアがそそくさと絵里の後ろに隠れた。
絵里自身も一応後衛なのだが・・・。
優人さんは私に前衛はやるなって言ってたけど、前衛なんて出来ないよ。
こんなん怖すぎて無理!!
絵里も気を張っているがデュークの圧力に震えが止まらない。
「むんっ!!」
ドカッ!!
ヘストスがデュークの死角から大木槌を振り回してきた。
デュークは門を一撃で破壊するヘストスの一撃を片手で持った大剣で受け止める。
「動きが遅いな?」
デュークは身を翻し、ヘストスの開いた脇腹に大剣を叩きこむ。
ドスッ
鈍い音がし、巨体のヘストスが横に吹っ飛ぶ。
鉄の鎧がへこんでいる。
アバラ骨が折れているだろう。
ヘストスは呻き声を必死にこらえ、立ち上がる。
ドスッ
立ち上がるヘストスにもう一発大剣を叩きこむ。
大剣が当たった場所の鎧にひびが入る。
ヘストスはそれでも立ち上がる。
そのたびにデュークの非情な一撃が入る。
ヘストスは血まみれになっていた。
はぁはぁと息を切らし、ボコボコになった鎧はそのまま折れた骨を圧迫しつづけている。
痛みも半端じゃないはずだ。
強い・・・。
けど、優人のような綺麗な強さじゃない。
獰猛で残酷で、人を痛めつける為だけの強さだ。
優人の剣は綺麗に相手を斬り、相手はおそらく苦しむ間も無く倒れる。
魅せて倒す技。
その華麗さには優しさすら感じる。
しかしデュークの剣は違う。
一発ごとに相手を苦しめる。
技術とか細かいのは感じられず、力で相手を圧倒する剣。
絵里はデュークの強さに恐怖を感じていた。
「止めて!ヘストスさんが死んじゃう!!」
絵里がデュークを静止する。
「お前らは俺を殺しに来たんだろう?」
デュークの冷徹な言葉が絵里に戻る。
絵里は怖くてどうしたら良いか分からなくなっていた。
他の後衛冒険者達も完全に怯えきっている。
デュークの存在感がそれほどなのだ。
デュークはヘストスに向き直る。
「お前はそろそろ死んどくか?」
言って剣を振り上げる。
ビュン!
いきなり、風が吹いたような音がする。
デュークは何かを回避した。
「優人さん・・・。」
力なく絵里が声を出し、へとへとと腰を落とした。
「ふぅ・・・ヘストス悪かった。
お前の一言をもっと良く考えるべきだったよ。」
優人は納刀をしながらヘストスに詫びる。
『俺の大木槌はこの中じゃ役に立たん。
外で後衛組を守ることに専念するが問題は?』
さっきのヘストスの言葉はデュークにも当てはまる。
大剣で戦うデュークがわざわざ戦闘で不利な関所内で休んでいると言う保証はない。
逆に警戒心を持っているはずのデュークが関所の中にいるはずがないのだ。
関所の外のどこか安全な場所がデュークの休憩所と考えるのが妥当と考えるべきだったのだ。
「お前が神輿か?」
デュークが優人に問いかける。
「ああ。お前がデュークだな?」
「そうだ。」
その後二人は無言で構え、睨みあう。
優人は納刀した刀を抜刀する構え。
デュークは大剣を両手で持ち青眼に構えた。
2人の睨みあいは数分に及ぶ。
デュークの『青眼の構え』は現代剣術の剣道の立ち合いで、もっとも基本的で、かつ当たり前の構えだが、実は隙の少ない厄介な構えである。
どの攻撃にも転じ安く、突き技に関しては、ほぼモーション無しで発動できる。
間合いも図りやすく攻めづらい。
へその前辺りで柄を握りしめ、脇を占められているので懐にももぐりづらい。
「お前、どこかで剣術を学んでいたのか?」
優人はデュークに話しかけてみる。
「ん?変な事を聞くやつだな?そんな事に興味があるのか?」
デュークは気を緩めることなく、優人に答える。
「あるな。今まで天上界で剣をまともに扱う人間にあった事が無いからな。」
優人も警戒を緩めないように気を付けながら答える。
隙の無い構えをするなら、作れば良い。
しかし、隙を作るには危険を承知で動かねばならない。
そこで優人はその隙を作る為、露出しているデュークの肩に注目しながら話をする。
「お前は、地上界の人間なのか?」とデューク。
「そうだな。地上界の日本刀の道場に通っていた。」
優人はデュークの肩の動きを見ながら答える。
「なるほど。俺は山賊に下る前はグリンクスと言う、天上界で一番でかい国の騎士をしていた。」とデューク。
「なぜ、山賊に?」
騎士から山賊に堕ちる。
恐らく、この世界の騎士とは公務員に近い立場だろう。
その騎士が山賊なんかになるメリットが優人には想像が付かない。
優人は純粋に理由が気になった。
「俺を改心させるのが目的か?月並みな真似はよすんだな。おしゃべりは止めよう。」
デュークは優人の何かを警戒し、会話を止める。
「そうか。」
しかし、優人はしめたと思い、デュークとの会話と打ち切った。
優人が見ていたのは会話時のデュークの肩の動き。
呼吸である。
人は大きな動きをする直前に息を吸う。
逆に息を吐きだした直後は反応が遅れるのだ。
会話で肩を見ていたのは言葉を話し、息が抜け始める状態の肩の位置を把握するためである。
幕末に存在していた北辰一刀流という流派は、この青眼の構えをする時、切っ先をわざとゆらゆら揺らすと言う教えをしていたそうだ。
これは攻撃の初動を分からなくするためであると言われているが、もしかしたら呼吸も分かりづらくすると言う意味も有ったのかも知れないと優人は思っている。
デュークの肩が下が始めると同時に優人は一気に自分の間合いまで詰め、刀の柄に手を掛ける。
狙いは左足首。
隙の少ない青眼の構えだが、そこが死角になりやすいのだ。
土佐の岡田以蔵と言う人斬りが得意としていた戦術でもある。
『取った!!』と思うや否や、デュークが大剣の切っ先を下に落としてきた。
動いたのではない。
剣を握る手を緩め、剣の重さで切っ先が落ちたのだ。
とっさに優人はその切っ先に反応し、足首を狙うためにかがめていた体を上げる。
ザシュッ!!
優人が体を上げた瞬間にデュークは力を入れ、大剣を横に振る。
大剣の切っ先が優人の右肩をかすめる。
その一撃は重く、優人の体が吹っ飛びそうになる。
しかし、優人はその勢いを利用して上袈裟の抜刀をする。
その刃はデュークの右肩をかすめる。
浅い!!
優人は攻撃直後、デュークから一気に距離を取る。
また両者が睨みあう。
「お前・・・何か魔術を使うのか?
瞬間的に力が入らないから抜いてみた。」
デュークは呼吸を読まれた事には気付いていないようである。
それで、あの反応である。
実戦経験が半端じゃない事が分かった。
うぜぇ・・・。
優人はいらだっていた。
相手は自分と同じように剣術を学んでいる。
間合いは相手の方が広く、実戦経験も上だ。
素早さでかく乱しようにも限界がある。
・・・と言うか危険すぎる。
ふと、優人の目が背中に背負っている槍に目が行く。
ショートスピアならあの大剣と同じ間合いか?
しかし、同じ間合いならば大剣の方が有利か・・・。
そこで優人は新たな作戦が思い浮かぶ。
優人はさっと背中の槍を抜いた。
「次の攻撃は避けきれるかな?」
優人がにやりと笑ってデュークを睨む。
「どうかな?」
デュークもにやりと笑う。
優人は左手に槍を持ち、右手に刀を持つ。
一度は諦めた槍剣二刀流だ。
優人は槍を短く持ちかえると、デュークに近づき左手に持つ槍の柄を滑らせ、間合いを伸ばしながら攻撃をする。
その突きをデュークは横にかわす。
しかし、その攻撃直後の間合いは刀の間合いだ。
優人は右手に持つ刀を左下から上袈裟に切り上げる。
槍の突きより速度が圧倒的に早い。
急な高速斬撃について行けず、刃はデュークのほほをかすめる。
「ちっ!!」
デュークは刀の切っ先を睨みつけている。
その隙に優人は左手の槍を短く持ちかえ、振り上げた刀の死角からデュークの左腹部を突く。
それには反応され、かわされる。
しかし、さっきとは違い、今度はデュークが優人から距離を置いて来た。
今度は打ち勝った。
優人はほっとする。
「ふむ・・・。
槍を使う事で、遠距離、中距離、近距離を制するか。
やっかいだな。」
デュークは落ち着いて優人の攻撃を解説する。
「だろ?」優人は自慢げに答える。
「なかなかに面白いが最大の欠点があるな?
その欠点に気付かないなら次で死ぬぞ?」
デュークが前もって優人に忠告をする。
理由は分からないが、優人もデュークも高揚している。
持っている物は凶器。
お互いがやっているのは殺し合いだ。
しかし、わくわくしている。
今の忠告はデュークも楽しくなっている為のモノだと優人は分かる。
ただの殺し合いならば、忠告などしない。
「やってみろよ。」
優人は弱点も分かっている。
柄部分が鉄で出来ていて、片手で持つには槍が重い。
槍を安定させることが出来ないのだ。
優人がデュークならばまずは優人の槍をはじく。
そしてバランスを崩した優人に止めを刺す。
今の自分が相手なら、優人もそうするので百も承知である。
知っていながら優人は同じ攻撃パターンを繰り返す。
「バカめ!!」
デュークは予想通り優人の槍をはじく。
優人はバランスを崩したそぶりをし、デュークを誘う。
そこが弱点だと思っているデュークは斬りかかる。
釣れた!
優人は瞬時に身をかがませ、デュークの攻撃を受け止める準備をした。
ダッ!
デュークの一撃を刀で受け止める。
ダッ!!
受け止めると見せかけ、受け流し、刀を背に背負い、デュークの背中に回り込む。
ダンッ!!!
背中から力いっぱい切り込む。
夢想神伝流奥義外伝。
『茶返し』である。
デュークは優人の予想外の動きに焦るが、優人の一撃を無理やり体を翻し回避する。
そこが欲しかった!!
優人の目前にはデュークの隙だらけの図太い右腕があった。
「終わりだ!!」
優人は隙だらけのデュークの右腕を斬り飛ばす。
デュークの右腕は、大剣を握ったまま本体から勢い良く吹っ飛んだ。
ドスッ
デュークから切り離された右腕は鈍い音を立てて地面に落ちた。
「・・・。」
デュークは黙って立ち、地に落ちた自分の右腕を眺めていた。
優人は知っている。
大剣といった重量のある武器の片手持ちはどうしても利き手でしか出来ない事を。
そもそも優人は大剣の片手持ちなんて出来ないが・・・。
優人自身は本来左利きだったが、日本の着物は右側がはだけると抜刀をする時に刀がひっかかり危険である事。
かと言って逆に着付けるのは死に装束であり、左手抜刀を禁止されていたので、強引に右手抜刀で剣術を覚えた。
この左利き不利な文化を生き抜いて来た優人だからこそ、利き手損失は戦士としての死を意味する事を良く知っている。
「殺せ。」
デュークは一言優人に言う。
「負けを認めた者から命まで奪うつもりは無い。」
優人は高揚する自分を抑えながら答える。
「俺が山賊に堕ちた理由。
それは嫁の病気が原因だ。」
デュークは目を細め、何かを考えながら話を進める。
「一見、元気だった・・・。
しかし、日に日に痩せて行くようになった。
魔法医にみせた所、細胞分裂が止まらない病気らしい。
人の成長は程よく細胞分裂を繰り返し、程よく細胞が死んでいく事で成り立つらしいが、マゼンダは・・・嫁は異常に細胞が増え続け、それが体中に広がっていた。
大金をはたき、色々試したが思いは叶わず、病気は治らない。
俺は体細胞時間停止と言う魔法に出会った。
毎月100万ダームを支払い、細胞の分裂を止めている。
しかし、その魔法は全ての細胞の分裂を止める。
嫁は今もグリンクスの家で寝たまま闘病生活を送っている。」
デュークは一言一言、確認するようにゆっくりと、噛みしめるように説明をする。
「ならば、お前を殺すと誰が嫁さんの医療費を出す?
命乞いをむしろする所じゃないのか?」
優人の質問にデュークはうつむく。
「不毛なんだよ。
俺が金を払うと嫁が苦しみ続ける。
それを見てられない。」
デュークは優人に振り向き突然声を荒げだす。
「しかし、俺が支払いを止めるなんて出来るか!?
愛してるんだ!
見殺しになんて出来ない!!
あいつを俺の判断で殺すなんて・・・。
だから止めて欲しかった。
俺を殺せる奴に会いたかったんだ。
必死に戦い、やぶれれば・・・もう・・・仕方ないとあきらめがつく。」
優人はデュークの話を聞きながら綾菜の事を思う今の自分とダブらせる。
自分も、この天上界で綾菜を探す旅をしながら死に場所を探している。
優人とデューク・・・。
考えている事は同じではないのか?
もし自分がデュークの立場だったら・・・この世の全てを恨むであろう。
実際、地上界で綾菜を失った時の自分がそうであった。
元気にはしゃぐ子ども。
それを笑顔で見守る母親。
2人を家族に持ち、幸せな父親。
そいつらを照らす太陽。
綾菜の一大事にトラブルに見舞われる会社。
大変な仕事から逃げる同僚。
そして、全てを請け負ってしまったお人よしな自分。
全てを恨んだ。
この世が無くなれば良いと本気で思っていた。
山賊に身を堕とし、目につく人間を苦しめ、金をむしり取る。
医療費も稼げるし、気晴らしにもなる。
選択肢としてはあるのかも知れない。
おそらくデュークには良心の呵責もあるだろう。
悪さをして稼いだ金で嫁を生かす事。
生かす事で無駄に苦しめているであろう事。
優人は右手に持つ刀に力を入れる。
「もう・・・良いんだな?」
「ああ・・・。」とデュークは目を閉じ、静かに答えた。
優人は刀を振り上げ、デュークに刀を斬りつけようしたちょうどその瞬間であった。
ドン
優人の背中を抱きしめる感触がする。
絵里だ。
デュークの話を聞いていたのだろう。
優人の背中に顔をうずめている。
絵里は絵里を見つめる優人を見上げる。
絵里の目には涙がこぼれんばかりに溢れていた。
「殺さないで・・・優人さん・・・殺さないで・・・。」
消え去りそうなか細い声で絵里は優人を必死に止める。
「話を聞いていたんだろ?もう手遅れだ。」
似た痛みを知っている優人だからこそ、デュークの思いは良く分かる。
「手遅れじゃない!!
まだ・・・まだ諦めちゃダメだよ!!」
絵里が優人に訴える。
「無責任な事を言うな!!
その場の感情じゃないんだ!!
苦しんだ結果なんだよ!!!」
優人は絵里に怒鳴った。
ここでデュークを助けるのは優しさではない。
エゴだ。
デュークに勝手に同情し、守ろうとしている。
助けても、苦しみ以外無いのに関わらず・・・。
「デュークさん!!答えて!!
次元魔法について調べましたか?」
絵里は優人では無くデュークに質問をする。
「次元・・・魔法?病気と何の関係が?」
デュークが聞き返す。
「地上界は・・・私たちの国は医学が発達しています!!」
絵里がデュークに訴える。
「医学・・・?」
デュークは聞きなれない言葉を聞き返す。
「はいっ!人の体の構造から、作りとか、役割まで・・・。
ある程度かも知れませんが、分かってるんです!!」
「あ・・・。」
絵里の話を聞いて優人は絵里が何を言おうとしているのか理解し、そして、デュークの奥さんの病気が何なのか、思い当たる節があった。
異常細胞分裂・・・。
体中に・・・転移?
体がやせ細る・・・。
「癌・・・末期か・・・。」
優人はデュークの奥さんの可能性のある病名を口にし、刀をしまう。
「おい!!止めを刺せ!!」
納刀する優人に焦れるデュークが怒鳴る。
「お前はまだ死んではいけないらしい。」
優人は淡々とデュークに答える。
「なんだと!?」
デュークが優人に聞き返す。
「もし、癌なら治る病気だからですよ!!」
絵里が無責任な事を言う。
「癌でも末期なら助かる可能性は低いかも知れない。
リンパ転移してたらお手上げだ。
それでも、希望なら持てる。
天上界の魔法医療と地上界の科学医療を掛け合わせるなら新しい可能性も生まれるかも知れない。
だから、まだ苦しめ。あがけ。
俺はここでお前を生きる事から逃がしてはやれない。」
優人は言いながら、きつい事を言っている自覚がある。
次元魔法がどんなものかは分からないが、魔法の勉強をしている絵里の発言からして、天上界と地上界を行き来出来る魔法なんだろうと思う。
もし、地上界と天上界の行き来が出来るとして、まず、医学と魔法の融合がどこまで出来るかが不明である。
融合治療をするとして、それぞれの領分の把握が必須条件だ。
しかし、その前に、地上界の漢方すら認めようとしない医者が魔法治療を認めてくれだろうか?
絵里の理想を可能にするにはかなりの時間を要すると想像できる。
それまで、デュークの奥さんの体力が持つと言う保証も無い。
「可能性が・・・あるのか?」
すがるようにデュークが聞いてくる。
「極めて低いがな・・・。」
優人の言葉にデュークが膝から崩れ落ちる。
地面に左腕を置き肩を震わせる。
顔はうつむき、見えないが恐らく泣いているのであろう。
気持ちは痛いほどわかる。
今の優人以上に絶望に近い希望ではある。
それでも希望は希望だ・・・。
優人はデュークに弾かれた槍を広い、関所にいる全員に聞こえるよう、大きな声で勝ち名乗りを上げた。