第四十八話~世界の中心~
「うわぁ~・・・モダン~!!」
グリンクスの港に降り、街並みを見て綾菜が歓喜の声を上げた。
「ふむ・・・。」
優人も綾菜の声に賛同する。
グリンクスの港の地面はコンクリートの用な物で作られていた。
建物も木で作った柱に煉瓦で壁を作った造りとなっているのが見てとれる。
煉瓦を繋ぐ材料はコンクリート。
まるで横浜の赤レンガ倉庫を彷彿とさせる港の造りで街灯まで設置されており、おそらく夜景も楽しめそうである。
ジールド・ルーンの真っ白な石造りの街も美しく感動したが、それとは違った味わいのある街並みだ。
街の中心を走る道もアスファルトの用な物で舗装されており、ガラス張りの店に目を引かれる。
時々、緑のベレー帽を被った人間がデッキブラシや雑巾を使い、街の掃除をしていた。
「凄い!ウィンドウショッピングなんて久しぶり!!」
綾菜が目を輝かせながらガラス越しに並ぶ服や装飾品を見ている。
「・・・。」
そう、店頭に並ぶ商品は小洒落た衣服や装飾品、そして、食品だったりする。
どの国でも店を歩くと良く目にする武具店が見当たらない。
そこで優人は一抹の不安を覚え、一緒に歩くミッケに話しかけた。
「なぁ、ミッケ。グリンクスには冒険酒場は無いのかな?」
優人の質問にミッケは微笑みながら答えた。
「武具店が無くて不安になりましたな?
グリンクスでは武器の所持が禁止されていますので、武器店が無いのは当たり前です。
しかし、どの国でも情報を欲しがる者がいる以上、冒険酒場は存在します。
これからそこへご案内しますが、これまた恐らくイメージが違いますよ。」
イメージが違う?
それでも情報が得られるなら何とかなる。
ひとまず優人はホッとした。
カランカラン。
ミッケが洒落た扉を開くと扉の鈴が音を立てる。
中に入ると、その店はカウンター席は有るものの、酒場と言うより喫茶店に近い造りになっていた。
やはり洒落た椅子に洒落たテーブル。
席によってはソファーまである。
「いらっしゃいませ!」
元気な数人の歓迎の言葉がすぐに優人達に掛けられた。
優人は誰となく軽く会釈をすると、遠くに見える依頼板に目をやる。
依頼板はその国ならではの依頼が掲示されている。
それを見るとその国の内情が分かりやすいと優人は気付いていた。
「待ちなさい。」
優人の首根っこを捕まえ、ミッケが止める。
「んっ?」
優人は止まり、振り向く。
「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」
1人の店員が優人達に駆け寄り尋ねてきた。
「大人3人に子ども2人です。
冒険者でお願いします。」
ミッケが慣れた口調で店員に答えると、店員は優人達をテーブル席まで案内して座らせてくれた。
「ただいまお冷と依頼リストをお持ち致します。」
答えると店員は丁寧なお辞儀をし、席を離れた。
優人は赤面し、顔を手でおおう。
「いかがなさいましたか?日本出身の優人さん?」
優人の赤面の理由を察した綾菜が意地悪な笑みを浮かべながら聞いて来た。
「・・・何でもありません・・・。」
優人は顔を覆いながら綾菜に答える。
「へぇ~・・・しかし、日本も変わりましたねぇ~?
お店入ったら店員が席まで案内してくれるなんて当たり前の事だと思ってましたよぉ~・・・。」
「いや・・・。止めて・・・本当に、恥ずかしいから・・・。」
優人がか細い声で綾菜に言う。
日本ではファミレスでもどこでも、サービスを受ける店に入ればすぐに店員が来てもてなしてくれる。
客は店員が来るまで待つのが礼儀だ。
しかし、ここは天上界のグリンクス。
そんなの知らない!!
優人は心の中でそう叫んだ。
「お待たせしました。お冷やと依頼リストになります。
その他、情報や食事のご要望がございましたらお呼び下さいませ。」
言うと、店員はお辞儀をする。
「・・・。」
優人は礼儀正しい店員に会釈し、依頼リストを確認する。
1、大型キャラバンの護衛
グリトルンからテンボスまで。(約7日) 5000ダーム。
2、グリトルン道路の清掃員
グリトルン中心街の掃除。(約8時間) 8000ダーム。
・
・・
・・・。
依頼リストに載っている仕事は掃除や店番、工場系や保守メンテナンス系の仕事が中心になっていた。
冒険者らしい仕事は大型キャラバンの護衛の仕事があるが、7日拘束で50ダームなんて割に合わない。
まだ掃除の方が理解出来る。
「ミッケ、護衛がなんでこんなに安いんだ?」
優人は思った事をそのままミッケに聞く。
「グリンクスは平和ですからね。
そもそも護衛なんていらないんです。」
ミッケは出された水を飲みながら優人に答える。
「いらないなら、頼まなきゃ良いじゃん?
それこそ経費の無駄使いじゃない?」
優人の素朴な疑問にミッケは苦笑いをしながら答える。
「グリンクスは平和ですが、ごく少数の犯罪組織が有ります。
万に一つの可能性が有るので、国の法律で一定以上の規模のキャラバンでの移動には護衛を付けるよう義務付けられているんです。」
「武器を持てないから丸腰での護衛?
なんかやっぱり割に合わないな・・・。」
「ですな。
しかし、金を出す側も正直な話、保険にもならないモノに対する経費は出し渋ります。
結果、護衛任務は依頼主も冒険者も旨味の無い仕事になってるんです。
そのせいで、中々キャラバンを動かせなくて、商品の流通が遅れたりもするんです。」
「成る程ね。なんか悪政だな。
ミッケも商人なんだろ?
キャラバンとか動かさないの?」
「私は異次元ルームを使って荷物を運びますので、キャラバンは必要ありませんから。」
ミッケの返事に優人はその手があったかと納得する。
つまり、大抵の商人はミッケのように異次元ルームに商品を入れて荷物を運ぶ。
キャラバンを使うのは異次元ルームを嫌う人種やこだわりだろう。
・・・とすると、護衛はなおさら、先つぼみの仕事である。
「・・・。」
優人はミッケの話を聞きながら1人の男に思いを馳せる。
フォーランドで山賊組織の頭領をしていた大剣使いのデュークである。
元々はグリンクスの騎士を勤めていたが、嫁であるマゼンダと言う人の病気治療の費用を稼ぐために騎士を止め冒険者になり、そして山賊になった男である。
「なぁ、ミッケ。グリンクスに騎士とかいるのかな?」
優人はふと思った。
日本にも警察や自衛隊は存在する。
平和と言うグリンクスにも犯罪組織は存在する。
ならば、騎士も存在する。
「有りますよ。
国内警備隊と言われる治安維持組織が。
みな、お揃いの制服にショートソードとボウガンの所持が認められています。」
「ふむ・・・。給料は安いのかな?」
「変な事を聞きますな?
給料は月、20万ダーム程だと聞いた事が有りますよ。
あまり出動が無くて、基本的な仕事は巡回位ですしね。」
と、ミッケ。
月、20万。
確か、マゼンダさんの治療には毎月100万単位で金が掛かると言っていた。
それでデュークは国内警備隊を止めて冒険者になるが、平和なグリンクスでは冒険者でも稼げず、海外に出て山賊になっていったのか・・・。
不毛だが、何かをやっていないと心が持たない。
その心境は手に取るように分かる。
そう言えばデュークは今、グリンクスに戻ると言っていた。
「人を探したいんだけど、そう言う情報収集もここで出来るのかな?」
優人の質問にミッケはニコリと微笑むと、店員を呼んでくれた。
「ご注文ですか?」
ミッケが呼ぶと店員はすぐに駆け付け、聞いて来てくれた。
「えっ?えとぉ~・・・。」
優人はついつい口ごもる。
「人の情報を知りたいんですが。」
そんな優人をフォローするようにミッケが代りに要件を言ってくれた。
「人、とは冒険者ですか?有名人ですか?
個人情報保護の問題が御座いますので、お教え出来ない事も有りますので前もってご了承下さいませ。」
店員が丁寧に答える。
「デュークって言う冒険者です。
少し前までフォーランドに行っていて、最近グリンクスに戻ってきたと思います。」
優人が店員に答える。
「畏まりました。では、少々お待ちください。」
答えると、店員はお辞儀をしてまた席を離れた。
そして、少しすると今まで対応してくれていた店員とは別の店員が優人の元にやって来た。
「失礼致します。ただいまグリンクスに滞在しているデュークと言う名の冒険者は30人程おります。
内、1年以内に海外に出ていたのは10人程。
もう少し絞れる情報は御座いますでしょうか?」
やって来た店員が手に持った紙を見ながら優人に聞いて来た。
「冒険者になる前、グリンクスで国内警備隊に勤めていました。」
優人が答える。
「そうすると8人に絞れます。」
・・・。
元、国内警備隊で冒険者になる人間は多いのか?
「じゃあ、右腕を無くしてます。」
と、優人はデュークの情報を伝える。
「1人、いますね。
義腕のデューク。外国ではグレートソードを扱い、その腕はそこそこの冒険者です。
冒険者でしたら、現在地までお教え出来ます。」
「それで充分です。」
優人が答えると、店員は優人に紙を1枚手渡してくれた。
「義腕のデュークは今、温泉の町テンボスで暮らしています。」
「テンボス・・・。
そう言えば、グリトルンからテンボスまでのキャラバンの護衛って依頼が有りましたね?」
優人が聞くと、店員の表情が明るくなる。
「はいっ!ここ、港街グリトルンからテンボスまでの護衛が御座います!!」
「ちょっと待って!」
そこで、会話の間に入ってきたのは綾菜である。
「んっ?」
優人は綾菜の方を向く。
「私たちがグリンクスに来た目的は、白竜山のアリアンスストーンでしょ?」
「あ・・・。」
言われて思い出す駄目男優人。
さすがに綾菜も少しムッとしている。
「ご安心下さい。テンボスは白竜山の麓にある町です。
白竜の持つ癒しの力により、高い治癒力を持つ温泉で有名になった町ですから。」
店員は完全に浮かれている。
よっぽど、護衛の依頼の受け手がいなくて困っていたのだろうと思う。
「なら、良いけど・・・。」
綾菜は店員の圧力に気圧される。
「じゃあ、決定だな!次の行き先は温泉の町テンボスだ!
ついでに護衛任務も引き受けよう!!」
こうして優人達は翌朝、テンボスに向けてグリトルンを出立する事になった。
その夜は冒険酒場で泊まらさせて貰う事になり、そこでミッケ達と別れる事になった。
「ミッケ。色々と有り難う。」
優人は冒険酒場の前まで出てミッケを見送る。
「ミィちゃんも一緒に旅しようよぉ~・・・。」
「ミルも一緒にうちに来ようよぉ~・・・。」
別れをする優人とミッケの横でちっちゃい2人がお互いに抱き締め合いながら勝手な事を言い合っている。
それを何故か綾菜まで泣き出しそうになりながら見ている。
「なんか、うちの娘とミルちゃんも仲良くなったみたいですな・・・。」
ミッケが少し困った顔で2人を見る。
「船で鬼ゴッコしかしてないのに何であんなに仲良くなれるんだろ?」
優人もミッケに賛同する。
「鬼ごっこで出来た友情・・・略して鬼友なんだよぉおおおお!!」
綾菜が意味不明な説明を優人達にする。
優人とミッケは2人が落ち着くまで待ち、疲れて寝てからの別れとなった。
ミッケは寝ているミィを抱っこしてグリトルンの大通りを我が家に向けて歩き出し、優人と綾菜は寝てるミルフィーユを抱っこして冒険酒場の部屋へと向かった。
翌朝、優人、綾菜、ミルフィーユの3人は渡された依頼書に書いてあった場所で依頼主を待つ。
グリンクスでの依頼の受け方はこうだ。
酒場で仕事の依頼を受けると受付番号の記された依頼書を渡される。
その後、同じ受付番号を持つ依頼主と会い、番号を確認しあってから仕事が始まる。
地上界ではごく普通の流れだが天上界では基本的に依頼を受けたら酒場のマスターが直接依頼主まで案内してくれる流れなので、これもグリンクスならではの流れである。
待っている間、ミルフィーユは道端にひっそりと生えている菜の花を見つけ、花を愛でている。
ミルフィーユは子猫の亜人であるミィの運動量に付いていく体力や、やんちゃさもあると思えば、動物や花を愛でる感性も持ち合わせている。
優しい性格でいつも人を傷付けまいと考える。
まだ子ども・・・と言うか幼児で今後どう成長していくか分からないが、それでも優人はミルフィーユは絶対に素晴らしい女性になると思っている。
「こんにちわ。冒険者の方ですか?」
少しすると、メイド服を着た女性が優人に話し掛けてきた。
「ああっ、はい。テンボス行きのキャラバンの依頼主ですか?
番号の確認させて頂いても宜しいですか?」
油断していた優人はドギマギしながらメイドに答えるとメイドは依頼書を優人に見せる。
優人は番号を確認する。
「私は今回の依頼主、バルバルト・ラファエル様のメイドを勤めています、ラーラと申します。
これから、バルバルト様のキャラバンまでご案内致します。」
言うと、ラーラと名乗ったメイドは優人達をキャラバンまで案内してくれた。
「うわぁ~・・・。大きいねぇ~・・・。」
綾菜がキャラバンを見てミルフィーユと一緒に感動を声にした。
そこには3頭の馬で4トントラック位の大きさの箱ような荷台を引く馬車が5台程並んでいた。
ラーラはその馬車の先頭にいる初老の老人の所へと優人達を案内した。
「バルバルト様、冒険者をお連れ致しました。」
ラーラが言うと、バルバルトと呼ばれた男は馬車の御者台からおり、優人に手を差し出す。
「初めまして。今回のキャラバンのオーナーのバルバルトです。
7日間の旅になりますが宜しくお願い致します。」
「初めまして。冒険者の優人です。宜しくお願い致します。」
優人はバルバルトの手を握り、挨拶をする。
「優人殿は、フォーランドでナイトオブフォーランドの称号を得て、ジールド・ルーンでは8000人斬りと言う偉業までこなしているそうですな?」
バルバルトは優人と握手しながら優人に聞く。
「はい。もっとも、8000人斬りはかなり話が盛られていますけど・・・。」
優人はしつこく8000人斬りは否定する。
バルバルトは声を出して笑い、優人の否定にフォローを入れる。
「過去にジールド・ルーンのシン団長が1000人斬りをやってますからな。
シン団長ですら1000人斬りなのに8000人斬りはさすがに信用はしていませんよ。
それでも、名の売れた冒険者の護衛は安心です。」
バルバルトの発言を聞いて、優人も少し気が軽くなる。
「それではラーラ。
彼らにキャラバンの案内をしてあげて下さい。」
言うと、バルバルトは御者台に再び乗ると、馬車をゆっくりと動かし始めた。
ラーラは優人達とキャラバンの横を歩きながらキャラバンの説明をしてくれた。
ラーラの説明によると、先頭の馬車はバルバルトの個室。
2台目、3台目は荷物用の馬車。
4台目はラーラや冒険者達の休憩場兼旅の道具置き場用の馬車。
1番最後は代え馬用らしい。
馬が3頭程5台目の馬車に乗り、休憩しているとの事である。
キャラバンの旅路は順調で、山賊や獣と言ったモノとの遭遇もなく、平和であった。
夜のキャンプは毎晩豪華で、バルバルトの計らいでキャンプファイヤーなども楽しめた。
しかし、4日目に到着した村で、バルバルトのキャラバンは突然御者台に座るバルバルトに話し掛けてきた村人により、立ち止まった。
「ラファエルさん!!力を貸して下さい!!」
突然やって来た村人はそう言ってバルバルトを止めた。
「どうしましたか?」
バルバルトはキャラバンを止め、村人に尋ねた。
「実は、この村は狼に畑を荒らされているんです!!
狼狩りをあなたの冒険者にお願い出来ないでしょうか?」
グリンクスは平和な国で冒険者は少ない。
理由は稼げないからである。
また、グリンクスにおける冒険者の位置付けも低い。
その理由は冒険酒場で単発の仕事を受け、それが終わると金が無くなるまで仕事をしない者が多いからである。
中にはまた仕事を受けるのが面倒臭くなり、強盗や窃盗に走る者もいる。
その結果、グリンクスにおける冒険者は犯罪予備軍とすら言われる事があるらしい。
そう言う理由もあり、バルバルトの雇う冒険者は外国の誇り高い冒険者や名の有る人間だけに絞っているらしい。
その話をグリンクスの国民は知っており、冒険者の力を借りる時、出来るならバルバルトに頼むらしいのだ。
「ふむ。私は構いませんが、優人さんはどうですか?
依頼料は狼1匹につき3000ダームでどうでしょう?」
バルバルトは優人に提案をしてきた。
優人は手を顎に当て、少し考える。
狼退治。
こんな仕事は優人が天上界に来て初めてやったような仕事である。
今さらやるならば至極簡単・・・のはずだが、この国では刀や槍が使えない。
難易度が法律により高くなっているのだ。
しかし、人の良いバルバルトのイメージを壊したく無いと言う優人の思いもある。
後、今さらながらに動物保護を訴える日本の現状も・・・。
少し、考え、優人はバルバルトに口を開く。
「狼1匹につき3000ダームと言う仕事の受け方はしたく有りません。」
「そうか・・・。」
優人の返事に残念そうに俯くバルバルト。
「しかし、狼の被害で苦しむ村人を救うお手伝いならいたしましょう。」
と、優人は続けた。
「むっ?」
バルバルトは眉を潜め、優人を見る。
「狼が畑を荒らさないように出来れば良いんですよね?」
優人は村人に聞く。
「はい・・・。」
村人は優人に答える。
「地上界でも動物による畑の被害に悩まされる事は有ります。
やむなく、殺処分する事は当然ありますが地上界ではこういう考え方が有ります。
人間が森を切り崩し、動物の生活を脅かした・・・と。
つまり、人間のせいで動物達は充分な餌を食えず、畑を狙う。」
「ふむ。ならば、狼の畑荒らしは我慢しろと?」
バルバルトが優人に聞く。
「いいえ。畑には近付かないようにさせ、代わりに狼達用に余った食物を与えるようにするのです。
そうすれば、ゴミ処理の問題も軽減出来ませんか?」
優人はバルバルトと村人に提案する。
「ふむ・・・。確かに畑をやってれば、収穫時期を逃して駄目になった作物や虫にやられたのは出てきますが・・・。
そんな事が出来るんですか?」
村人が優人に聞く。
「一気には出来ませんが、徐々にならいけると思いますよ。」
優人が村人に答えた。
「どうやって?」と、バルバルト。
そのバルバルトの質問に優人はすぐに答えた。
「糞です。」
「糞!?」
優人の予想だにしない一言にバルバルトや村人だけでなく、綾菜まで声をあげた。
「肉食動物の習性でマーキングと言うものがあります。
これは臭いによる敷地証明みたいなものなのですが、肉食動物にとっては絶対ルールとなっています。
鼻が利く狼や犬には尚更効果的だと思います。
大型の肉食動物、例えは熊や虎、獅子なんかの糞を畑の周りに置きます。」
「そんな大型の肉食動物なんて、グリンクスには存在すらしてないぞ?」
バルバルトが優人に言う。
「それをどこかで仕入れてこの村に安く売ると考えるのが商人じゃないですか?」
優人はバルバルトを挑発するように口元を緩めて見せた。
「く・・・はははっ!
天晴れ!!冒険者で無くても狼退治が出来るとは!!
気に入った!!私がどこかで仕入れよう!」
バルバルトが高笑いをし、優人に答える。
「糞だけでダメならば、日本古来からの罠、鳴子も耳の良い獣には有効ですし、夜行性動物対策で強めの光を当てるのも良いですよ。」
優人は言うと、村人に鳴子の作り方を教えた。
そして、翌日、優人達は再びテンボスへの旅路に戻る。
村人達はバルバルトのキャラバンを見えなくなるまで見送り、バルバルトは優人の機転をいたく気に入り、テンボスに着くまでの残りの3日間、事ある毎に優人に色んな質問を投げ掛けてきた。
7日間のキャラバンでの移動を経て、優人達はテンボスに到着した。
テンボスは白竜山で入手出来るアリアンスストーンだけでなく、温泉でも有名な町だったのだが、半年程前から温泉を飲んだものが死に、温泉に入ると皮膚がただれると言う事件が多発していた。
原因は不明。
この町には昔から悪魔『フレースヴェルグ』を信仰している暗黒魔法使いの組織が存在している。
暗黒魔法使いが何かの呪いを掛けたと思った政府は司祭を呼び、温泉を清めたが状況は改善されず、政府もお手上げとなっていた。
とりあえずの対応として、バルバルトのような商人に水を運ばせてテンボスの生活用水としている。
とはいえテンボスは一見すると、日本で良く見る温泉街その物だ。
港町グリトルンと比べるとやはり田舎なのだが、町の真ん中を通る川からは湯気が出ており、それなりに風情がある。
優人はバルバルトと別れると、冒険酒場で聞いたデュークの家へと向かった。
デュークの家は町から少し外れた小さな一軒家である。
デュークは優人達を歓迎し、家に入れ、茶を出してくれた。
「噂は新聞で聞いていたぞ。
ジールド・ルーンの8000人斬りはさすがに鳥肌がたった。
俺の砦攻略の時みたいに色々と策は練ったんだろうが、本当に凄いな。
一緒にいる女性が地上界で死に別れた彼女か?」
デュークが一瞬綾菜に視線を移すと、綾菜はペコリとお辞儀をする。
「ああ。そっちはどうだ?
フォーランドを出る時、ゆっくり挨拶も出来なかったから気にしてたんだ。
マゼンダさんの容態は?」
優人も懐かしい旅の仲間に嬉しそうに尋ねた。
デュークの表情は曇り、そして優人は触れてはいけない事を聞いた事に気付く。
「マゼンダは半年前に・・・。
病気じゃない。この町の水を飲んで・・・。」
「水を?テンボスの水質汚染は聞いていたが、マゼンダさんも・・・か。すまない。」
優人はデュークに詫びを入れる。
デュークは笑って優人を許し、話を続ける。
「しかし、どうやっても割りきれないもんだな。
マゼンダとの別れは覚悟してたが、いざ別れるとどうしたら良いのか分からなくなる。
お前は綾菜さんと地上界で死別した時、どうした?」
デュークも綾菜の前でデリカシーの無い質問をしてくる。
しかし、経験者の優人は分かる。
デリカシーなんて気に出来る精神状態ではないと言う事を。
優人は深くため息を付き、綾菜と別れた半年後辺りの自分の心境を語る。
「触れるもの全てに傷付く時期だな・・・。
見える風景、触れる空気、香る臭い。
全てが綾菜を思い出させて息が詰まってた。
仲の良い夫婦を見れば妬ましく思い、仲の悪い夫婦を見れば俺と綾菜に変わってくれと思ってた。
闇と言う病みが全身を支配していたな・・・。」
優人の話を綾菜もうつむきながら聞いている。
「けど・・・、その苦しみが軽くなる瞬間もあった。
綾菜との思い出を思い出している時だ。
そして、気付く。
これだけ苦しむのは綾菜と出会い、満たされる事を知ってしまったからだと。
考え直せば、綾菜と知り合う前までの俺は満たされるなんて気持ちを知らなかったんだ。
寝る直前まで綾菜を抱きしめ、綾菜の温もりを感じながら眠りに付き、起きると同時に綾菜と目が合う。
起きている間ずっと幸せだった毎日がただなくなるだけ。
だから、元の俺に戻るだけだと自分に言い聞かせるようになった。」
デュークは今の自分と重ね合わせているのだろう。
神妙な表情で優人の話を黙って聞いている。
「しかしな。そんな俺に綾菜の友達だった女の子が言ってくれたんだ。
『あなたはあなたが世界で1番愛した女が人生の最後に選んだ男』だって。
綾菜の彼氏だった事に誇りを持てってな。
だから、俺は決めた。
死ぬ直前までカッコつけてやろうって。
綾菜がいなくても全力で綾菜の彼氏だった俺らしくいようって。
そして、未婚のままいつか老死してあの世で綾菜にこの世の自慢話を延々としてやって、最後にこう言ってやろう。
『俺はお前だけを愛し続けてやった。文句あるか?』ってな。
そう言ってやった時の綾菜の悔しそうな顔を思い浮かべるのが俺の楽しみになってたよ。」
優人はデュークに笑顔を見せながらそう話した。
「むー・・・。それは確かにちょっと悔しいなぁ~・・・。」
綾菜が感想を言う。
デュークは瞳を閉じ、噛み締めるように優人の話を聞き、そして1度頷いた。
「なるほどな。俺も早くその段階に行けるようにしないとな。」
「まぁ、そこまで行くのにはまだまだ時間が掛かる。
心をゆっくりと休ませた方が良いと思うよ。」と、優人。
「それより、アリアンスストーンを取りに来たんだろ?
白竜山に住む白竜は攻撃的な性格じゃないし危険は少ないが、もしかしたらフレースヴェルグの信者どもと遭遇する可能性はある。
俺も付き合うよ。」
言うと、デュークが立ち上がる。
「そいつは有難い。」
優人も立ち上り、デュークに答える。
「宜しくお願いします。」
言うと、綾菜が寝てるミルフィーユを抱き抱えながら立ち上がった。
そして、優人、綾菜、ミルフィーユ、デュークは白竜山へと登る。
アリアンスストーンは白竜山の中腹にある洞窟内に出来る無色透明な石らしい。
白竜の持つ癒しの力を長年吸い続け、力を蓄えた石で遠く離れていても1つの石を割った欠片を持つもの同士の心を繋ぐ力を持つ。
山では飢えた獣も山賊もフレースヴェルグの信者とも会わず、安全に登れた。
時々、山の枝から枝へ移動するリスや野生の鹿、可愛らしい小鳥達を見かけると、ミルフィーユが喜び、綾菜が説明をしている。
グリンクスの旅は本当に平和で、今回もついついピクニック気分にさせられる。
白竜山の洞窟も入口は気の柱で補強されており、安全さを感じる。
グリンクスは本当に地上界の日本を連想させる国だと優人は実感しながら洞窟内に入っていった。
洞窟内はさほど暗くは無く、明かりを付けなくても何故か通路が見渡せるが、綾菜がミルフィーユが何するか分からないからと明かりを灯している。
歩くとカツン、カツンと足音が鳴り響くのがまた心地よい。
この洞窟は人工的に造られた物ではない。
それは不規則な通路を見れば分かる。
しかし、自然に出来たとも思えない。
それは綺麗な壁や床で分かる。
まるで山が作られた時に最初からあったかのように洞窟が山の一部のように存在していた。
洞窟内は不規則に曲がってはいるものの、ほぼ一本道で敵との遭遇も無い。
洞窟に入り、少し進むと優人達は油断を始めていた。
そして、洞窟の最深部らしき所に到達する。
何故最深部だと分かるかと言うと、洞窟が広くなっており、何かの神殿らしき物が建てられていたからである。
神殿の横にある小さな湖からはポコポコと音を立てながらお湯が湧き出ており、そのお湯が村を流れる川へと繋がっているのだろう。
「源泉か?」
優人はその源泉が気になり、近付こうとする。
その時であった。
何処からともなく吹いてきた突風が優人達を吹き飛ばした。
なに!?
吹き飛ばされた優人達は何が起こったか理解出来ないまま壁に激突し、スゥーっと眠るように意識を失った。
 




