第四十七話~猫の案内人~
ニーナからアリアンスストーンの話を聞いた翌日、優人と綾菜はミルフィーユを連れてエルンの港に来ていた。
グリンクスへの直行船に乗る為であるが、それとは別にグリンクスに良く行くという猫の商人も待っていた。
グリンクスは他の国と違ってルールが細かいらしく、初めて行く人には少し難しいと言う事でニーナがその商人を案内人として手配してくれたのだ。
地上界で外国へ行くときに優人も悩んだ事がある。
それは例えばチップと言う制度。
日本には無いが、海外ではほぼ当たり前のルールである。
どれ位の金額を渡せば良いのか?
渡すタイミングは?
くだらない事だったが、それでも恥をかきたくない優人は皆に細かく聞いて対応した覚えがある。
天上界に来てからはそんな事を考えた事は無かったが、グリンクスは文化も発展しているらしいからやはり多少不安ではある。
「おわっおー!おわっおー!」
ミルフィーユが港の空を飛ぶカモメの鳴き真似をしてはしゃいでいる。
「おわっおー!」
綾菜はミルフィーユの手を繋ぎながらミルフィーユの真似をして、2人でクスクス笑い合っていた。
優人と綾菜はもうじきに結婚をする。
その結婚を目前にし、優人は付き合ったばかりの頃の綾菜を思い出していた。
当時20代後半だった優人にとって、ちょうど20歳になったばかりの綾菜はとても幼く、子どもに見えた。
少しだけ社会と言うモノを知り、そして社会と言う現実に幻滅していた綾菜は会社や上司を少し小馬鹿にしていた。
もっとも優人と出会う前、都内でオフィスレディーをしていた綾菜の上司は大した仕事も出来ない癖にパワハラとセクハラだけは一丁前な男だったらしいので、そのせいもあったとは思うが・・・。
優人と付き合い始めた頃の綾菜のイメージは『狭い世界の常識を全てだと思い込み、勝手に批判する狭い視野の娘』であった。
それでも優人が綾菜に興味を持ったのは『我が儘さの中にある心優しい本質』が見えたからである。
綾菜は本当は優しいのに悪人ぶってみたり、本当は臆病なのに強気に見せたりする。
そんな綾菜を見るたびに可愛らしく思えていたのだった。
その綾菜が自分と結婚して母親になる。
それは優人の望みではあったが、少し恐くもあった。
言っても聞かない子どもに短気を起こすのではないか?
子どもの相手に飽きてほったらかすのではないか?
当然出来る範囲で手伝うつもりだが、家事と子育ての両立は出来るのか?
等々、優人の綾菜に対する懸念事項が多々あった。
しかし、今、結婚を目前に控えた綾菜はどうだろう。
自分の主張をしっかりしながらも優人を上手く支えてくれる良妻であり、ミルフィーユには時に厳しく、そして優しい賢母では無いだろうか?
優人は綾菜を見ながら、綾菜の成長ぶりに心の底から感動している。
『やっぱり綾菜が世界一の嫁だ。』
そう考えるとついつい優人はにやけてしまう。
優人がそんな事を考えながら2人を見つめていると、2人は海鳥の鳴き真似を止めて話し合いをし、そして優人の元へと歩いてきた。
「ねぇ、ゆぅ君。海鳥の鳴き声やって?」
「へっ?」
突然の綾菜の無茶振りに思わず聞き返す優人だったが、空を見上げ、海鳥をじっくりと眺めた。
「オ・・・オーエー、オーエー。」
優人は口をつぼめながら軽く開き、喉を鳴らしながら真似をして見せる。
「あー!パパ上手い!!」
優人の鳴き真似を聞いてミルフィーユが喜び、そして優人と一緒に「おわっおー!」と鳴き真似をし始めた。
「オーエー!!オーエー!!」
それを少し見ていた綾菜は優人のやり方を真似し、鳴き真似を始める。
「オーエー!オーエー!」
「オーエー!オーエー!」
「おわっおー!おわっおー!」
3人は空を見上げながら海鳥の鳴き真似をする。
意味は特にないがこれはこれで中々に面白い。
優人達は時間を忘れて海鳥の鳴き真似をしていた。
「端から見ると中々に声をかけづらい光景ですね?」
鳴き真似に集中していた優人はびっくりして声の主に顔を向ける。
そこには太った猫の亜人が立っていた。
格好は小綺麗で洒落た衣服で、ふっくらとした肉体は良い物を沢山食べている事を予想させる。
しかし、猫は太っているからとは言え油断は出来ない。
柔らかく、しなやかな体は、例え太っていても人間よりも圧倒的に素早く動ける。
視力はさほどでは無いが動体視力も人とは比較にならないのが猫である。
優人と綾菜は恥ずかしい所を見られ、我に返って、照れながら顔をうつ向かせた。
「こんにちわ。猫さん。」
そんな恥ずかしい大人達より先にミルフィーユが猫の亜人にお辞儀をした。
「おやおや?赤竜のミルフィーユちゃんではないですか?
こんにちわ。」
赤竜のミルフィーユ?
何故名前まで知っている??
優人は猫の発言を気にしながらも、ゆっくりと立ちあがり、挨拶をする。
「初めまして。ナイトオブフォーランドの水口優人と申します。」
「初めまして。デブ猫のミッケと申します。
『贅肉の中に幸せミッケ』と覚えて頂ければ幸いです。
ニーナ様に頼まれてグリンクスまでご案内させて頂きます。」
「分かりました。宜しく、ミッケ。」
優人はおもむろに手を差し出すと、ミッケも手を出し握手をした。
ミッケの前足・・・と言うか手は猫その物でぷにぷにとした肉球の感触が気持ち良い。
優人はつい、幸悦の表情を浮かべる。
「あっ!肉球!!」
優人の表情に気付いた綾菜が駆け寄って来た。
「初めまして。綾菜です!!宜しく!!」
綾菜も手を差し出し、ミッケの肉球を触ろうとする。
それに気付き、ミッケはパッと手を離し、逃げた。
「なぬ!?」
握手を拒まれた綾菜が眉を潜めた。
「握手と言う人の文化は実は猫は苦手なんですよ。
肉球は敏感なのでね、あまり触られたく無いんです。」
ミッケは綾菜にそう言った。
「あら?やっぱり猫の亜人は猫の習性が残ってるのね?」
言うと綾菜はミッケの喉を撫で始める。
「や・・・これは・・・気持ち良い・・・。」
ミッケは思わず顎を上に上げて綾菜が撫で安い姿勢を取り、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
初対面で喉を鳴らすなんて、かなり人に慣れてるな・・・。
優人はミッケを見ながらそう思っていた。
「そ、それより、船がもう来てます。
急がないと、次は1ヶ月後になります!」
ミッケが優人達に言う。
「はぁ!?定期便じゃないのかよ?」
優人がミッケに聞く。
「定期便ですが、グリンクスから出てるこの船は数ヵ所を巡回して回っているので、滅多にエルンには止まらないんです。」
「それは急がなきゃだ!!」
優人達は走るミッケの後を追い、グリンクス行きの船まで辿り着いた。
ボー・・・!!
グリンクス行きの船は4つの大きな煙突が付いていて、そこから煙を出していた。
「蒸気船・・・だと・・・?」
優人は船を見てすぐにそれが蒸気船だと気が付いた。
「ほぅ?良く分かりましたな?
これは帆の無い船で蒸気とやらで動く鉄の船なんです。
風に左右される事無く、帆船よりも圧倒的に早く目的地に着く、グリンクス国自慢の船です。」
ミッケがどや顔が優人達に説明をする。
「蒸気で船が動くの!?」
何故か平成育ちのはずの綾菜が幕末の初めて黒船を見た志士みたいな事を言い出した。
「八ッハッハ!
凄いでしょ?これがグリンクスの技術力です。
船の中で火を起こし、その力を使うんですよ。」
ミッケがいい加減な説明をして、綾菜が勝手に頷いている。
これには耐えられず、優人が口を挟む。
「その説明じゃあちょっと説明不足だな。
これは蒸気。水を沸騰させて出る蒸気を集めて一気に放出させながら進む船なんだよ。」
優人が説明をする。
「えっ?蒸気であんなにでかい船が動く訳無いじゃん?
ゆぅ君もとうとうボケたかぁ~・・・。」
何故か幕末脳の綾菜にコケにされる優人。
まぁ・・・機械に興味を持たない人間なんてこんなものか・・・。
優人は反論をせず、黙って綾菜に頷いた。
「そんな事より早く船に乗りましょう。」
ミッケが促すと、一行は船に乗り込んだ。
「うわ~・・・。」
船の中は赤い絨毯がひかれており、まるで一昔前のホテルのような造りになっていた。
ミルフィーユと綾菜はキョロキョロしながらミッケと優人の後ろを付いて来ていた。
優人は過去に北海道の苫小牧から茨城の大洗までのカーフェリーに乗った事があり、大きな船内は知っていた。
しかし綾菜は優人とデートで乗った千葉の金谷から神奈川の川崎までのカーフェリー位の船しか経験は無い。
もっとも、船の大きさの違いなんて感じた事はないが・・・。
「ここからグリンクスまではどれ位かかるんですか?」
優人はミッケに聞く。
「大体3日ですかな。」
3日・・・。
帆船よりは揺れは少ないがそれでも船旅には不安がある優人。
寝床が気になる。
「俺達の寝床ってどうなのかな?」
優人の質問に満足そうに頷くミッケは立ち止まり、すぐ横の扉を開けてくれた。
「ここが貴殿方の部屋です。風呂付きの個室です。」
「うわ~・・・!」
ミルフィーユと綾菜が目をキラキラさせながら部屋の中に入っていった。
船の個室は入ってすぐ横に脱衣場を経てシャワー室があった。
そこを真っ直ぐ進むと、8畳程の部屋があり、そこには綺麗に洗濯されたシーツの掛けられたダブルサイズのベッド、部屋の中央には品の良いテーブルに椅子が掛けられていた。
海側の壁には船旅を楽しむための工夫か、大きな窓まで取り付けられて、その前にはソファーも設置されていた。
ミルフィーユと綾菜は窓へ駆け寄り、大海原を眺め始めた。
「ミッケの部屋は?」
優人はふと気になり、ミッケに聞く。
「私の部屋は3等部屋。
船の下の方で20人位が寝る部屋です。」
「あー・・・。」
優人も北海道から茨城までの船に乗った時に体験した場所である。
船酔いし、休もうと思ったらそこも揺れるから苦労した記憶がある。
「猫に揺れはキツくないか?」
優人は素朴な疑問をミッケにぶつける。
「私は3等部屋には行きません。
バーにいるか、甲板で風に当たるかしてると思います。」
ミッケの返答に優人は納得した。
「もし、辛いならソファーで休んでも良いからね?」
船酔いの辛さを知っている優人はミッケを気遣って見せたがミッケは首を横に振る。
「気遣ってくれて有難いですが、私も商人の端くれ。
お客様の物には手を出しません。お気持ちだけ、有り難く頂きます。
何か有ったらバーが甲板にいますので、是非声をお掛け下さい。
では、良い船旅を。」
言うと、ミッケは部屋を出、船内の廊下を歩いて行った。
バタンッ。
優人がミッケを見送り、部屋に戻ると綾菜とミルフィーユはソファーに座りながら窓越しに動き始めた大海原の風景を楽しんでいた。
「さて、これから船の探索に行きたいんだけど、2人は外を見てる?」
優人が聞くと、2人は待ってましたと言わんばかりに返事をする。
「行く!!」
・・・。
なんだか綾菜とミルフィーユは親子と言うより姉妹に見える。
それくらい2人とも初めて体験する船旅に、はしゃいでいるようだ。
優人は2人のキラキラした笑顔に満足げに頷くと、先程ミッケからこっそり受け取っていた船内の地図を開いた。
「この船は・・・。
レストランとバーやカジノ、ダンスホールやプールまで有るみたいだな・・・。
金持ちの客目当ての旅客船かな?かなり豪華だ。」
「えっ!?カジノもあるの!?」
綾菜がカジノに食い付く。
綾菜は元々運が強く、賭け事は強そうだと優人は思っている。
地上界ではパチンコもパチスロもやらなかった優人と綾菜なので、その強さは不明だが・・・。
「行ってみる?」
優人が綾菜に聞くと、綾菜は一瞬戸惑って見せた。
「行きたいけど、ミルちゃんに賭け事を教えたくないなぁ~・・・。」
綾菜がまともな母親らしい事を言う。
優人は意外だと驚いたが、少しホッともした。
「じゃあ、ダンスホールだね。
社交ダンス的なのをやってるのかな?」
優人が言うと綾菜も微笑み、答える。
「社交ダンスとか経験ないけど、見てみたい!!」
「よし。じゃあダンスホールへ行こう!!」
「おー!!」
2人は元気良く返事をする。
この時すでに3人の頭からアリアンスストーンの事は抜けていた。
気分は完全に旅行である。
ダンスホールは優人達の寝床である2等部屋を出て、廊下の突き当たりにある扉を開けた先にあるレストランの右手にある。
ホールはドラマやアニメで良く見るダンスホールのようにきらびやかな装飾で飾られ、クラシックの様な音楽が流れていた。
ホールの端には飲食店のようなカウンターや立ち食い用の背の高いテーブルが所々に設置されている。
ホール内にいる人々の殆どは綺麗にドレスアップしており、紺色の居合袴を来ている優人や、軽装の女性服を身に纏っている綾菜は少し浮いて感じた。
ダンスホール内の人々は端のテーブルで酒やつまみを口にしながら休憩してみたり、男女2人でホールの中央で音楽に合わせてゆったりした社交ダンスをしている。
「なんか、貴族の立食パーティーみたいだねぇ~・・・。」
綾菜が目をキラキラさせながらダンスホールの光景の感想を言う。
ミルフィーユも目をキラキラかせながらダンスホールの光景を見ている。
優人は一歩踏み出すと、くるりと体を翻し、片膝を付いてミルフィーユに手を差し出した。
「姫様、私めと踊っては頂けませんか?」
「んっ?」
ミルフィーユは優人のやってる事の意味を理解しておらず、首をかしめた。
「姫様、この者に手をお預け下さいませ。」
綾菜が空気を読んでミルフィーユに言うと、ミルフィーユは嬉しそうに優人の手に自分の手を置いた。
優人はミルフィーユの手を優しく握るとゆっくりと立ち上り、ダンスホールの中央へ誘導すると、中腰てミルフィーユと踊り始めた。
・・・と言っても躍りなんて知らない優人である。
見よう見まねでミルフィーユの腰に手を添え、手を伸ばして握り、軽くステップを踏むだけだが・・・。
「ニャハハハハ!」
優人とミルフィーユの躍りを見て、大笑いする声が聞こえた。
優人は踊りを止め、声がした方を見る。
そこには小さい女の子の猫の亜人の姿があった。
同じ猫の亜人でもミッケとは異なり人間よりの風体である。
耳や毛並みは子猫のものだが、人間の髪の毛のように頭部の毛が多く、手や足の形も人間に似ている。
「私ミルフィーユ。こんにちわ。」
ミルフィーユはその子猫の亜人に挨拶をする。
するとその子猫の亜人はミルフィーユに近づいて挨拶を返す。
「にゃたしはミィ。猫よ。
ダンスするなら身長差が有りすぎだにゃ。
にゃたしと踊ろうよ。」
そのミィと名乗った女の子はミルフィーユに手を差し出した。
ミルフィーユは優人を気にする素振りを見せるが、優人が1度頷いてミルフィーユの背中を押すとミルフィーユは嬉しそうにミィの手を握った。
ミィは満足げに頷くと、ミルフィーユとゆっくりと踊り始めた。
優人は1度ため息を付くと、綾菜の所へ戻る。
「あら、失恋したの、ゆぅ君?」
綾菜はカウンターでカクテルを飲みながら優人に話し掛けてきた。
「ああ。失恋した。やっぱり君を1番愛してるよ。
エールお願いします。」
優人は綾菜に返事をするとカウンターにいる店員に注文をする。
「あら?都合良いわね。
私はそんなに安い女じゃなくてよ?」
意地悪を言う綾菜の顔は嬉しそうである。
こういうやり取りを優人とするのが好きなのだ。
「それより、あの子猫は何者だろうな?
ミッケの関係者かな?」
優人がミルフィーユと楽しそうに踊るミィを見ながら綾菜に聞く。
「猫の亜人なんて珍しいし、ミッケの娘辺りじゃないかな?
なんかミルちゃんのエスコートも上手みたい。場馴れしてるね。」
「・・・だね。
少し、ミル達を見てて貰っても良いかな?
ミッケと話がしたいんだ。」
「うん。あっ、ミッケさんと会うなら良いもの渡しとくよ。」
言うと綾菜は異次元ルームから茶色い粉の入った袋を取り出して優人にくれた。
「・・・。」
優人はその袋をじっくりと観察する。
「マタタビ。」
袋を見る優人に粉の正体を綾菜が教えてくれた。
それを聞くと、優人はニヤリと頬笑む。
「有り難う。良い話が聞けそうだ。」
言うと、優人は綾菜にミルフィーユとミィを任せ、ミッケがいると思われるバーへと歩いて行った。
バーは船の最上階にある。
壁がガラス張りで作られており、昼間は光を押さえるため、厚での黒いカーテンのようなものが壁を囲んでいる。
夜は星を眺めながらロマンチックにゆっくりと飲めるように考えられている構造が見て取れる。
優人はバーに入ると周辺を見渡し、カウンターに座っているミッケを見付けると、ミッケの元へ進んだ。
「横、良いですか?」
優人はミッケに声を掛ける。
「むっ?どうぞ。」
ミッケは優人に気付くと、座ったまま自分の横にある椅子をひいてくれた。
優人は礼を言うと、椅子に座り、上品なマスターに紅茶とぬるま湯を注文する。
「そう言えば、ダンスホールでミィと言う子猫の亜人と会いましたよ。」
注文を済ませると優人がミッケに話を切り出す。
ミッケはばつが悪そうに頭を掻きながら優人に反応する。
「いやぁ~、お恥ずかしい。
あのじゃじゃ馬がご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「いいや。うちのミルと仲良くしてくれてましたよ。
今頃、一緒に踊ってます。娘さんですか?」
「はい。グリンクスにいる人間の妻ではミィのじゃじゃ馬っぷりについていけなくなったみたいで、最近は私と一緒にいるんです。」
ミッケはカクテルを一口飲むと答える。
「子猫の運動量は半端無いですからね。
じきに落ち着くんじゃないですか?」
優人がそう答えるタイミングでマスターがぬるま湯と紅茶を出してくれた。
「ふむ?
地上界では猫をペットとして飼うとは聞いていましたが、流石に詳しいですね?」
と、ミッケ。
優人はぬるま湯に綾菜からもらったマタタビを少し入れ、カウンターに置いてあったかき混ぜ棒で混ぜて馴染ませ、ミッケの前に置いた。
「はい。猫が何を喜ぶかも知ってるんですよ。」
優人はミッケの前に置いたコップから手を離す。
「ふにゃ!?
な・・・なんですか?
この・・・凄く惹かれる飲み物は・・・。」
ミッケは優人の作ったマタタビ茶に関心を示す。
「お近づきにどうぞ。」
優人が答えると、ミッケはコップに手をかけ、口に運ぼうとする。
そのタイミングで優人はコップの縁の上に手のひらを置き、お預けをさせた。
「ふに?」
マタタビ茶に集中していたミッケはビックリしながら優人を見た。
「1つ、聞きたいのですが・・・。」
と、優人。
「何ですかにゃ?」
マタタビ茶に視線を移し、ミッケはマタタビ茶を見ながら優人に答える。
今まで標準語を喋っていたのに語尾に『にゃ』が付き始めている。
かなり動揺している事が伺える。
「初めて会った時に貴方は何故かミルの名前を知っていましたね?
過去に会った事があるのですか?」
優人の質問を聞いたミッケは真顔になり、コップから手を離した。
「なるほど。ラウリィ様の仰ってたとおりですな。」
「ラウリィ?あいつが何か言ってたんですか?」
「はい。優人と言う男は何気ない一言で10の仮説を立てる男だから気を付けて話をしろと仰っていました。」
ミッケが優人に答えた。
その返答に優人は思わず苦笑いを浮かべる。
「そいつは買いかぶり過ぎだ。
そこまで俺は厄介では無いよ。」
「本当はクライアントの情報は流さないのですが、相手が幼児と保護者なら話は別ですな・・・。」
ミッケが少し呟き、気を取り直して話を続ける。
「1年ほど前ですかな。
ミルフィーユちゃんは狼の亜人とエルンを出て、ジールド・ルーンへと行こうとしていたんです。
新聞では亜人奴隷の逃走とされてて、亜人が港を使う事への取り締まりが強化されてましたが、王都で狼とミルちゃんを見た瞬間にミルちゃん達の主人がわざと逃がしたのだと察しが付きまして、お手伝いをさせて頂きました。」
「色々聞きたい事があるけど、とりあえず、何故、主人がわざと逃がしたのだと察しが付いたの?」
と、優人。
「亜人奴隷には首輪が付けられます。
その首輪の鍵は主人が亜人の手の届かない場所に保管します。
鍵以外で首輪を外す事は不可能。
鍵は主人の協力が無ければ外せませんからね。
無傷で首輪を外しているのは主人の協力無くては無理ですから。」
「なるほど・・・。
それで、その狼はどうなったのですか?
ミルと俺が会った時はすでにミルは綾菜の娘になってたけど?」
優人の質問にミッケは表情を曇らせ、首を横に振った。
「狼は恐らくジールド・ルーンにて何者かに殺されたでしょう。
2人をジールド・ルーンに送り出した数日後、ジールド・ルーン王都付近の森で狼の亜人の遺体があったと言う記事が小さく載ってましたから。
私は送り出すまでしか出来ませんでしたからね。」
「なるほど・・・。
とりあえず、ミルと貴方の事は分かりました。
どうぞ。」
言うと優人はコップから手を離す。
ミッケは待ってましたと言わんかのようにマタタビ茶に手を伸ばし、口に含んだ。
旅客船、ダンスホールの中央ではミルフィーユとミィの2人は笑いながら踊っていた。
その踊りは、始めはゆったりとしたモノであったが、徐々に激しくなっていく。
周りで踊っていた人達は可愛い2人の踊りに癒されようと、踊りを止め、端のテーブルで飲み物や軽食を口に運び、微笑みながら見始めた。
綾菜も予想以上に可愛い2人に見とれながらカウンターでカクテルを飲んでいた。
「う、うわ!うわっ!!」
しかし、段々激しくなる踊りにミルフィーユもついて行けなくなり、声を上げ始める。
それでもミィは踊りの速度を上げ続ける。
ドタッ!
そして、とうとうミルフィーユは足がもつれて転んだ。
「シャァァアアア!!」
ミィは突然転んだミルフィーユに猫パンチを放ち、次の瞬間にはかなり離れた後ろへジャンプしていた。
「痛ぁ~・・・。」
ミルフィーユは起き上がろうとし、四つん這いになる。
ダンッ!
そのミルフィーユにミィは再び飛び掛かり猫パンチを2、3発繰り出し、また遠くへ逃げる。
「うん?」
ミィの猫パンチは爪を出しておらず、ミルフィーユには全く効かない。
「ミル、大丈夫?」
綾菜が駆け寄り、ミルフィーユの心配をする。
「うん。転んじゃった。
でもミィちゃん、どうしたんだろ?」
ミルフィーユは突然暴れ始めたミィの心配をしていた。
綾菜はニコリと微笑みながらミルフィーユの頭を撫でてあげる。
「心配しないで大丈夫。
ミィちゃん、楽しくなりすぎて訳分からなくなってるだけだから。
後はママに任せてね。」
言うと綾菜は立ち上り、ミィを見て、ニヤリと笑う。
実家で猫を飼っていた綾菜は良く子猫と遊んでいた事がある。
子猫はじゃれるのが好きで、その遊びは徐々に激しくなり、最後には自分が何をしているのかすら忘れてはしゃぐ。
今のミィの反応はまさしく、実家の子猫と同じである。
爪を出して無い所を見るとまだ興奮はマックスでは無いだろう。
「生きの良い可愛い子は私の大好物だよぉ~・・・。
めちゃくちゃにお仕置きしてやるからねぇ~・・・。」
綾菜は不敵に微笑みながら、ミィを見る。
「ふぅー!!」
ミィも綾菜の異様な雰囲気に気付いて威嚇を始める。
「コール、インプウィング!!
コール、インプテール!!」
綾菜が魔法を唱えると綾菜の背中に黒い翼と尻に黒い尻尾が現れた。
ここは高めの天井のある室内。
素早さと瞬発力ではミィに追い付けない。
それでも子猫なら力は無い。
一度捕まえてしまえばこっちのモノである。
綾菜はミィに見えるようにインプの尻尾を素早く動かす。
猫は実は視力は弱い。
猫が優れているのは動体視力に限られている。
だから、見えづらく、なかなか動かないものには反応せず、それが突然動き出すと極端にびっくりするのだ。
逆に言うと、激しく振る尻尾はミィには良く見えている。
そして、興奮状態のミィからすればこれはかっこうのおもちゃである。
タンッ!
ミィは綾菜の尻尾に向かって一直線に飛び付いて来た。
えっ!?早い!!
綾菜はミィの予想をはるかに越えた敏捷性に着いて行けず、一発で尻尾を捕まえられた。
しかし、それでも構わない。
尻尾にじゃれてる隙に捕まえれば綾菜の勝ちである。
しかし、綾菜がミィを捕まえようとすると、それにいち早く気付いたミィは綾菜の顔を蹴ってパッと綾菜から離れた。
おのれ・・・。
ミィの蹴りは全く痛くは無い。
しかし、このすばしっこさは確かに厄介であると綾菜は認識をした。
「コール、あにゃ!ゆーにゃ!!」
「参上つかまりましたわ。」
「ブラック企業の従僕デシ!!」
「相変わらず可愛くない登場ね、ゆーにゃ。」
綾菜は相変わらずのゆーにゃに冷たい視線を送る。
「ふっ・・・。
異次元ルームから見てたデシよ。
今度は子守りデシか・・・。」
ゆーにゃが綾菜に嫌みっぽく言う。
「ええ。すばしっこい貴方の得意分野でしょ?
ミィと全力で遊んであげて。
相手は子どもなんだから攻撃は無しよ。
あなたがミィの気を引いてる隙に私がミィを捕まえる作戦で。」
「ふぅ・・・。分かったデシ。任せるデシ!!」
言うとゆーにゃはジグザグに宙を移動しながらミィに近付いて行った。
それを見ながら綾菜は天井スレスレのところまでインプの羽で飛び、そしてそこに待機する。
スカッ!
スカッ!!
ゆーにゃはミィを挑発するように接近し、ミィの攻撃をギリギリで上手くかわす。
時々、ミィの死角に潜りこんでは軽い蹴りをミィに入れる。
「あいつ・・・。こういうのは上手いな・・・。」
綾菜はゆーにゃの嫌な動き方を見ながら一応聞こえないように誉めた。
ガブッ!!
なかなか捕らえる事が出来ないゆーにゃに苛立ったのか、ミィは突然ゆーにゃに噛み付いた。
この動きを予想してなかったゆーにゃは呆気なくミィの牙に捕まる。
「なんだと!?」
ミィに噛み付かれ、ゆーにゃがびっくりして声をあげる。
ミィは噛み付いたまま寝転び、ゆーにゃを両手で押えて猫キックを繰り出す。
しかし、ゆーにゃの体は小さく、猫キックは全く当たらない。
可愛い・・・。
綾菜が狙ってたチャンスなのだが、綾菜はミィの可愛らしさに見とれて空からの強襲を忘れた。
「綾菜さん!!今ですわよ!!」
そんなポンコツ綾菜にあにゃが近付いて来て叱る。
「をを。こりゃ失敬。」
綾菜はあにゃに詫びを入れると天井を蹴り、床に向かって急降下する。
それに気付いたミィがゆーにゃを投げ飛ばし、上に振り向く。
ガシッ!!
しかし、重力と綾菜の蹴りが合わさった速度には流石について行けず、ミィは綾菜に腹を抱えこまれる。
「バクーム!!」
そして、綾菜とミィが怪我をしないようにあにゃが床に投げられたゆーにゃを中心に、上に向けての強風を放ち、即席のクッションを作り出す。
綾菜はそのまま床を少し転がると、すぐに体勢を整え、ミィの両手を右手で、両足を左手で押さえ付けた。
「マジックリング。」
綾菜は古代語魔法を唱える。
すると綾菜が押さえていたミィの両手と両足を輪っかが留めた。
両手両足を封じられたミィが床の上でジタバタしている。
綾菜は不敵にニヤけて見せる。
「ふっふっふ・・・。
お仕置きターイム!!」
言うと綾菜は寝転がっているミィのお腹に顔を埋め、スリスリを始めた。
ミィの体は子猫のような産毛で柔くて気持ちが良い。
「ふぎゃあああああ!!」
ミィは今にでも殺されるような声で喚く。
それに驚いたミルフィーユが綾菜に駆け寄ってきた。
「ママ!」
「あら、ミルちゃん?」
綾菜はミルフィーユに気付く。
「ミィちゃんいじめちゃめっ!!」
綾菜を叱るミルフィーユ。
「あっ、ミル!今がチャンスよ!!
さっき転ばされた仕返ししなきゃ!!
くすぐってやって!!」
「んー?」
綾菜に言われ、ミルフィーユもミィをくすぐり始める。
「にぎゃああああ!!」
身を捩りながら喚く、ミィ。
「綾菜!!」
そのタイミングでバーに行っていた優人とミッケが騒ぎを聞き付け、ダンスホールに駆け込んで来た。
「あっ、ゆぅ君。」
綾菜はくすぐるのをやめ、立ち上がる。
「あー・・・。すみませんね。
うちの娘が悪さをしたみたいですな・・・。」
状況を察したミッケが優人の前に出て、綾菜に詫びを入れる。
「ああ、気にしないで下さい。
私は私で癒されてましたから。」
言うと、綾菜はまだミルフィーユにくすぐられているミィを持ち上げ、抱き締める。
「そう言って頂けると助かります。」
ミッケは綾菜に抱かれているミィの頭を撫でながら、綾菜に会釈をする。
「これだから亜人は・・・。」
「なんで亜人なんかが船に乗ってるのよ。」
不意にダンスホールにいた人間達の言葉が優人の耳に入った。
「おい・・・!!」
優人はその人間達に文句を言おうとするが、それをミッケが優人の腕を引き、止める。
「良いんです。
我々亜人は人間と比べるとどうしても身体能力が高過ぎます。
そして、我々の習性を知らない人間達からすれば訳の分からない存在。
そんなもの、脅威であり、存在しているだけで不快でも有りましょう。
これは仕方の無い事なのです。」
ミッケは無理矢理に笑顔を優人に見せる。
「ミッケ・・・。」
人間を理解しようとする亜人と、亜人を理解しようとしない人間。
どっちが正しいのか?
どっちが卑しい存在なのか?
優人はミッケの無理矢理作った笑顔を見ながら考えさせられていた。
「あら、寝顔は可愛らしいわね。
触っても宜しいかしら?」
いつの間にか綾菜の腕の中で寝ているミィに1人の女性が近付いて来て、ミィの頭を撫で始めた。
「シャルロットお嬢様!!
危険でごさいます!!お離れ下さい!!」
その女性に執事らしき男が駆け寄り、静止しようとする。
「みっともない!!
恐いなら貴方こそここからお離れなさい!!」
シャルロットが執事らしき男に怒鳴り付けた。
「ここにいる皆様も、お恥ずかしく御座いませんの?
たかだか亜人の子どもに怯えて。
亜人が恐い?
馬鹿馬鹿しい。
今見たじゃないですか?
人間の魔法使いが亜人をやっつける所を。
亜人が怖いならそれを凌駕する力を付ければ良いだけじゃないのかしら?
人間でもそれが出来るのを今の今、ここで私達は見ているのですから。
亜人より人間が上で、亜人を見下すなら最後までその誇りを持ち続けて下さいませ。」
シャルロットと言う女性が言うと、ダンスホールは静まり返る。
成る程。
あくまでも人間は亜人より上なのだから、亜人に怯えるなと言う考え方である。
極端すぎるが、どうせならここまで人間至高主義を通してくれた方が気分が良い。
優人もシャルロットの言葉を黙って受け止めた。
シャルロットは綾菜に一度会釈をするとダンスホールを後にした。
それを追うように執事らしき男も出ていく。
「なかなかに骨のある女性だな。
ミッケは何者か知ってるかな?
あの、シャルロットって人?」
優人はシャルロットの出ていった入口を眺めながらミッケに聞く。
「シャルロット・ラファエルお嬢様ですね。
グリンクスにある大商人、クラーク・ラファエル様のご息女です。
見ての通りの気の強さで、中々嫁の貰い手が見付からないのがクラーク様の悩みの種だとか・・・。」
ミッケが優人に説明をする。
「シャルロット・・・ラファエル・・・。」
優人は何となく、聞いた名前を呟いた。
「そんな事より、ミッケさん!
こんな事があったんだから、やっぱりミィちゃんを3等部屋でなんか寝かせられないわ。
私達の部屋を使って下さい。」
綾菜がミッケに詰め寄る。
3等部屋は船の底にある大部屋である。
色んな旅客がまとめてそこで寝る。
そんな所にミィを置いておけないと言うのが今の綾菜の主張である。
「う・・・。しかし、クライアントに迷惑をお掛けするなんて事は・・・。」
「クライアントの好意を有り難く頂くのも出来た商人の条件だと思うがな。」
断ろうとするミッケに優人が釘を刺す。
ミッケは少し悩む仕草を見せるが、結局2等部屋で寝泊まりする事を決めてくれた。
その後、ミルフィーユとミィは船内で甲板に出ないと言う約束で鬼ゴッコをしたり、一緒に寝たりしながら船での生活を送った。
綾菜は2人の元気で可愛い亜人の子どもに癒されていた。
そして、4日後、優人達はグリンクスに到着した。




