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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第六章~白と黒の戦い~
46/59

第四十五話~エルン~

サリエルが姿を消してから数分後、綾菜達はエルザや他の教会の神官達の協力を仰ぎサリエル、絵里、サナの捜索に全力を出していた。

エルンの王都内は大騒ぎになり、皆で王都内を探し回る。


それから少しすると、エルザの教会跡地に正門で戦っていたアレス達が怪我人を連れて戻ってきた。

アレス達は教会の崩壊っぷりに驚くが、すぐに気を取り直し怪我人の手当てを依頼する。


「ところで、絵里とサナはまだ見つかってないのか?」

エルザ神殿へ向かう途中で2人が消えたと言う話を耳にしていたアレスが綾菜とシリアに尋ねる。


「・・・うん。ごめん。正門組が頑張ってくれてたのに・・・。」

綾菜が申し訳なさそうにアレスに答える。

アレスの表情は一瞬曇るが、すぐに笑顔を作り綾菜に答える。


「いいや。サリエルの正門突破を許したのは俺達だ。

それより、リッシュは?」


「神官達と王都を駆けずり回ってます。」

シリアがアレスに答える。


「優人さんはまだ戻ってませんが、どうなさいましたか?

彼の知恵をお借りしたいのですが。」

3人の会話にニーナが割って入ってきた。


「ニーナさんはやけに優人さんを頼りますね?」

暗黒魔法使いの説得作戦から続き、また優人を頼ろうとするニーナにシリアが言った。

ニーナは少し口元が緩む。


「それはそうですよ。

彼はエルザの神器に手を出した重罪人ですから。

まぁ、エルザの神獣とやり合って、遠き心の大鐘を鳴らした事は評価に値しますけどね。」

ニーナの話を聞き、綾菜とシリアが『えっ?』と言う顔をする。


「優人さんが遠き心の大鐘を鳴らした事を何故知っているんですか?

しかも、神獣と戦ったなんて私達も知りませんでしたよ?」

シリアが聞くと、ニーナはクスリッと笑いながら答えた。


「私はエルザの最高司祭です。

エルザの声を聞く事が出来ます。

エルザが私にこう言ってました。

『無茶苦茶するなぁ~。麒麟が可哀想。』ですって。」

ニーナがクスクス笑い始めた。

それを聞いてシリアも笑い出す。

「戦闘嫌いで有名な神獣なのに、確かに可哀想です。」


しかし、綾菜は2人の話に参加せず、緊張した面持ちでアレスの暗い顔を見詰めていた。


「・・・で、アレス君、ゆぅ君は?」

返事をしないアレスに綾菜が詰め寄る。

不穏な空気に気付きニーナとシリアも笑うのを止め、アレスの返事を待つ。

アレスは一度深く息を吸うと絞り出すように答えた。

「優人は・・・クレイとジハドの斬撃に落ちたと・・・。」


それを聞き、一同は青ざめた。

ジハドの斬撃は真っ直ぐに底に向かって崖になっている。

落ちたら底に叩き付けられるまで落下の勢いを遮るモノは無い。


「・・・。」

綾菜は手を顎に当て少し考えた後、無言で歩き出す。


「綾菜さん!!」

それをニーナが呼び止める。


「何ですか?ゆぅ君・・・、多分・・・大怪我してます。

早く行ってあげないと・・・。」

綾菜がニーナに答える。


「大怪我じゃ済まない・・・だろ・・・。」

現実逃避しようとする綾菜にアレスが辛辣な現実を突き付ける。


「じゃあ、どうしろって言うの!!

例え瀕死でも生きてればまだ何とかなるかも知れないじゃない!!」


「瀕死じゃなくて即死だろ!現実を受け止めろ!!」

声を荒げる綾菜にアレスも怒鳴る。



「どうやら、荒れているようだな?」

綾菜とアレスが怒鳴り合っていると、エルオがエルザ神殿までやって来た。


「導師・・・。

はい。優人さんがジハドの斬撃に落ちたと言う事で・・・。」

ニーナがエルオに助けを求めるように駆け寄り事情を話す。


「優人が?・・・成る程、そう言う事か・・・。」

ニーナの説明を聞くと、エルオは何やら納得をしていた。


「導師は、何故戦闘に参加しないのですか!?

貴方がいればこんな事にもならないのに!」

綾菜の怒りはエルオに向く。


「全くだな。すまない、綾菜魔導士。」

エルオは動じる事無く、いつものように綾菜に答える。

綾菜は深くため息を付くと、エルオを無視して歩き始めた。


「私は命を掛け、命を失う事を悪い事とは思わん。

その命は自分のモノであり、自分が納得出来る理由ならば後悔も有るまい。」

優人を探しにジハドの斬撃へ向かう綾菜にエルオが呼び掛けた。

エルオの言葉に綾菜は振り向き、答える。


「ならば、私を止める意味も有りませんね?」


「止める前に聞く。

死んでる優人に何をするために命を掛ける?

綾菜魔導士は自分の都合で娘にしたミルフィーユもいるが、その後の事を考えているか?

ミルフィーユの未来と、何をするかも決まっていない優人を探す事。

どちらが必要な事だ?」

エルオの問い掛けに綾菜は答える事が出来ない。


優人が死んだなんて考えられない。

優人がいない自分なんて想像が出来ないのだ。

ミルフィーユの子育ても確かに拾って娘にした自分の責任である事も理解している。

しかし、何かをしなければ心が砕けてしまう気がして綾菜はジッとしていられないのだ。


「行かせて・・・下さい。」

綾菜はエルオに答える。


「意味が無いと自分で思っている事に命を掛けるなんて、無責任な事は認められない。

綾菜と言う命を誰よりも愛した優人を裏切り、綾菜と言う命を誰よりも頼りにしているミルフィーユを見捨てる事になるからだ。」

エルオは綾菜に近付き人差し指を綾菜のおでこに当てる。


「少し休め。スリープ。」

エルオの魔法を直で受け、綾菜は突然の強烈な睡魔に襲われ、その場にしゃがみ込む。

エルオもしゃがみ、そして眠りそうな綾菜の耳元で囁いた。


「私は予言者ではない。

本当に起こる未来を見てこれる。

その私が未来を告げるのは本来ご法度だが今回は特別だ。

優人は生きているし戻ってくる。

そして、その時全て解決する。

お前の仕事はここまでだ。

ゆっくり休みなさい。」


ドサッ。

綾菜は地面に倒れ込み、そして熟睡し始めた。


「導師。魔法で眠らせるなんて、少し強引では?」

駆け寄ってきたニーナがエルオに言う。


「今回は特別だ。

イフリート信仰の暗黒魔法使いとバルログを倒した事に敬意を払い、私なりの感謝のつもりだ。

シリア司祭、綾菜魔導士を連れて宿へ行ってあげなさい。

ミルフィーユも小さいのに大変だっただろ?

ゆっくり休みなさい。」

エルオの指示にシリアは素直に従い、綾菜を背負って宿へと向かった。



「ニーナ様!ラウリィ様が!!」

シリア達を見送るエルオ、ニーナ、アレスの元に魔法兵団数人が駆け込んで来た。


「忙しいな・・・。」

エルオが小さい声でぼやく。


「どうかしましましたか?」

ニーナが魔法兵団に聞く。


「ラウリィ様が寝たまま起きません!」

眠るラウリィの腕を肩に担いでいる魔法兵が答える。


ニーナはそれを見て、自分の手を軽く叩く。

「まぁ、ラウリィ君ったらはしゃぎすぎて疲れたのですね!

学院の私のベッドで寝かせてあげますので運んで頂いてもよろしいですか?」

ニーナが明るい声を出して魔法兵に答えた。


「ニーナ。」

そのニーナにエルオが目を合わせる。

ニーナは黙ってエルオに頷いて見せた。



「どっこいしょ。」

ニーナの部屋に着くと魔法兵はラウリィをベッドに寝かせ、寝顔を恨めしそうに見た。


「どうしましたか?」

ニーナが魔法兵に聞く。


「いえ・・・。疲れて寝るとか勝手過ぎるなと思いまして。」

不満そうに言う魔法兵にニーナはクスリと笑って答える。


「ラウリィ君もエドガー君も自由人ですからね。ご苦労お掛けします。」

ニーナが深々と魔法兵にお辞儀をすると、魔法兵は少し照れて見せ急いでニーナの部屋を出ていった。

魔法兵が出ていくのを確認すると、ニーナはラウリィの額に軽く手を添え、自分の魔力を少し分け与えた。


魔欠症。

魔力とは魂の一部であると考えられている。

そして、魔力の役割は魂と肉体を結びつける楔の役割を担っている。

その魔力が最低限度を下回ると魂が体から抜けかかり、昏睡状態に陥る。

地上界でも幽体離脱といった症状は酷く疲れて、魔力が最低限度を下回っていたり、魔力の絶対量が少ない人間に見られる傾向がある。

天上界では駆け出しの魔法使いが自分の限界を知らずに魔法を使いすぎてなる症状である。

ベテラン魔法使いのラウリィがなると言う事は、それほど追い詰められていたと言う事だ。

ニーナはプライドの高いラウリィに気を使い、明るく振る舞って見せたのである。


ニーナはラウリィに魔力を与え、魔欠症の応急手当をすると、部屋の机の上に置いてある水晶の前に座り魔力を込めた。

「エドガー君。聞こえる?返事をして。」


「どうした?ニーナ?」

ニーナの言葉から少しして、エドガーの声が水晶からしてきた。


「エドガー君。今、話出来る?」

「ああ。アムステルとは今、距離置いてる。」

「また殺され損ねたの?」


「ああ。中々聞き分けの無いドラゴンで困ってるよ。

強すぎて、まともに戦えないしな。

そっちは?

ラウリィの馬鹿がニーナのベッドで寝てるのが見えるけど?

もしかして、羨ましいことしてるのか?」


「エドガー君は1回殺されると良いと思うよ。」

「相変わらず、辛辣だなぁ~・・・。」

水晶の奥で笑っているエドガーの声を聞き、ニーナは少しホッとする。


「さっきまで、サリエル達暗黒魔法使いと戦ってたの。

守りたかった2人の女の子が拐われて・・・。

エドガー君は暗黒魔法使いについて詳しく知ってるかなと思って・・・。」


「サリエルか・・・。会った事が無いけど、どんな奴なんだろう?」


「バルログを召喚するレベルの魔法使いよ。

最後はオプティム召喚中に転移系の魔法を使って逃げたのかも・・・。」


「・・・。」

ニーナの説明にエドガーが少し黙る。


「魔力をオプティムの効果圏外で溜めて使うなんてのは次元魔法位しか出ないけど、暗黒魔法使いで次元魔法は有り得ないな・・・。

ニーナ、ちょっと水晶に額を当ててくれるか?」


「うん。」

答えるとニーナは水晶に額を当てて、サリエルとの戦闘を思い出す。

こうすると記憶をそのまま映像として見せる事が出来るのだ。


「ふむ。まず、サリエルってエルモじゃないか?

俺達の同期の?」


「えっ?エルモ?」

エドガー達三賢者は元はエルオの学院の第1期生の中から選抜で選ばれている。

その第1期生の1人にエルモと言う魔法使いがいた。


「そうなると、これは次元魔法じゃないな・・・。

バルログを呼び出してバルログに意識を集中させ、その隙に絵里、サナを自分の異次元ルームにしまい、ミラージュスクリーンで2人の幻影を作り出す。

そして、自分の分身を作り出して、多少の魔力を与えて時間稼ぎをさせ、本人は撤退を済ませていた。

エルモのやる手口だ。」

ラウリィが起きあがり、ニーナに説明をする。


ミラージュスクリーンと言う魔法はスクリーンから写し出される光景は本体にも見える。

その場に既にいなくても、目の前でダルカンを殺され、母親のゾンビを作られたのはサナの瞳にもしっかりこびりついている。

そして、全てが魔法の産物なのでオプティム召喚と共に消えてしまったのだ。


「逃走の時間稼ぎと精神的な追い詰めの2つの意味がある作戦だな。

エルモは昔から小賢しい手口を考えるのが上手い奴だったしな。」

エドガーが答える。


「同期の犯罪ならば尚更俺達で何とかしなきゃいけないな・・・。」

ラウリィがフラフラな体でベッドから降りようとする。


「おい、待て、魔欠症。」

それをエドガーが止める。


「うるせぇ、放浪人。」

ラウリィがエドガーに答える。


「エルモ相手に瀕死のお前が行ってどうするんだ?

大したこと無い奴だが、それでも一流の魔法使いだ。

小細工は通じないぞ?」

エドガーがラウリィに言う。


「神の雷で一発だ。」

ラウリィが答える。


「エルモがそれを出来る場所にいる訳ないだろ?

神聖魔法の使えない地下神殿辺りに逃げ込んでるに決まってる。

俺達の手の内もあいつは知ってるんだ。」

エドガーがラウリィに言う。


「なら、お前ならどうする?」

ラウリィがエドガーに聞く。


「あいつの計算外の駒を打つ。

いるんだろ?ジールド・ルーンの聖騎士やら綾菜ちゃんの彼氏やらサリエステールの王子やらが?」

エドガーの提案にラウリィが少し黙る。


「申し訳無いけど、私も彼らを頼りたいわ。」

ニーナもラウリィに言う。


「ちっ・・・。分かったよ!!」

ラウリィは諦めてニーナのベッドに戻り、横になる。


「おまっ!ふざけんなよ!!自分のベッドに戻れや!!」

エドガーが何やらどうでも良い事でラウリィに怒鳴っているがラウリィはそれを無視してニーナのベッドでもう1度眠りについた。



ガチャガチャ!

ガチャガチャ!!

その頃、サリエルに拐われた絵里とサナはどこかの神殿の大聖堂の壁に手錠で吊るされていた。

大聖堂にはイフリートの像が祭られている。

どこだか分からないが、大々的にイフリートに祈りを捧げる悪魔の神殿のようである。


「離せ!!馬鹿!!

痩せすぎの骸骨みたいな顔しやがって!!」

先程から絵里は手錠をガチャガチャ鳴らし、サリエルに罵声を浴びせ続けていた。

それをサリエルはニヤニヤとしながら無視し、椅子に座り何か本を読んでいた。

絵里の横ではサナが声を押し殺しながらすすり泣いている。


「本当にうるさい娘ですね?

今、私はイフリートの魔典を読みながらいかに貴女の心を壊すかを考えているんですから、少し黙っていて下さい。」

サリエルが本をパタリと閉じ、立ち上がって絵里に言う。


「私の心を壊す?馬鹿じゃないの?

私の両親は地上界にいるし、親代わりの優人さんはあんたなんかに負けないわ!

そもそもこれ以上あんた達を喜ばせてやるもんか!!

最後まで罵声を浴びせてやる!!」

絵里がサリエルに怒鳴り、威嚇しながら答える。

そんな絵里を見て、サリエルは「ククク。」と笑って見せた。


「簡単なんですよ?貴女の心を壊すなんて。

今、名前を挙げてない男の子がいるでしょ?」

サリエルの言葉を聞き、絵里の顔が強張る。

虎太郎の事だと悟ったのである。


「そうだ。これから私が虎太郎君をまた呼び出して、絵里さんを女にさせてあげましょうか?」

サリエルがいやらしい顔をして絵里に言う。


「ここに来て強姦?くだらないわね?

どうせ、3日後に殺されるのにそんな事で傷付くとでも思ってるの?」

絵里が声を低めにしサリエルに答える。


「ほぅ?効きませんか?試してみましょうか?」

サリエルが言うと、絵里は俯いた。


どうせ犯されるなら知りもしないゾンビとかよりは虎太郎の方が全然良い。

最も、出来れば心の準備ともう少しマシな形が良かったが・・・。

しかし、それ以上に絵里はもう虎太郎を無理矢理呼び出すのを止めて欲しいと思っている。


「・・・だから、女心が分からない奴は面倒臭いのよ・・・。」

絵里が震えながらサリエルに言う。


「何ですか?」

サリエルが絵里に聞く。


「大好きな虎に犯されて傷付く訳ないじゃない。

むしろ願ったり叶ったりよ・・・。」


「ほぅ?なら、他のゾンビの方が良いと言う事ですか?」

サリエルがニヤニヤしながら絵里に尋ねる。


「やるなら虎にして!!」

暗黒魔法使いは嫌な事をあえてする。

ここで虎太郎が良いと懇願すればサリエルは虎太郎ではなく、他のゾンビを使うはずである。

嫌だけど、虎太郎の魂をこれ以上汚さないようにするにはこれしか思い付かなかった。


「分かりました。そこまで言うなら虎太郎君を呼び出しましょう。」

サリエルが明るく答えた。

それを聞いて絵里が愕然とする。

「ちょ!ちょっと待って!!

虎は止めて!!これ以上彼の魂を汚さないで!!!」


「おやおや?

貴女がおっしゃったじゃないですか?

いけない子ですね・・・。

では、虎太郎君の魂を呼び出し、虎太郎君の見てる目の前でゾンビ達に犯されてみるというのはどうでしょう?」

サリエルが最悪な提案をしてきた。

それでは虎太郎の魂もまた弄ばれ、虎太郎の前でゾンビに犯される。


「・・・優人さん・・・。」

絵里は絞り出すように優人の名を呼ぶ。

自分ではもうどうにもならない。

虎太郎を守る事も、心を壊さないようにする事も・・・。

このままイフリートに魂も持ってかれ、暗黒魔法使い達の大勝利に終わる・・・。


「まだ、助けが来ると思っているのですか?」

絵里の呟きを聞いたサリエルは再び椅子に腰かけた。


「エルオに始まり、エドガー、ラウリィ、ニーナ・・・。

それ以外にもエルンには優秀な魔法使いが沢山います。

それなのに何故、暗黒魔法使い達を見つけ出して殲滅しきれないのでしょうか?」


「え・・・?」

絵里は顔を上げ、突然語りだしたサリエルの顔を見た。


「元素魔法のセンスオーラ、神聖魔法のイビルセンス等を使って暗黒魔法使いを探しだして殲滅すれば良いだけですから。

しかし、それをしない。

何故か?出来ないからです。」


「出来ない?」

絵里はサリエルの言葉を力なく繰り返す。


「地上は神の領域で地下は悪魔の領域なのです。

なので、地下には魔界の障気が漂っていて探しても判別が出来ないのが理由なのです。

しかも、この障気は有難いモノで神聖魔法を封印までしてくれます。

暗黒魔法使いは地下に潜んで彼らの監視から逃れているんです。」

サリエルは自慢気に説明をする。


「・・・。」

絵里は返事が思い浮かばず、サリエルの説明を黙って聞くしかなかった。


「それに付け加え、彼らは神聖な場所だと決め付けた所には足も踏み入れない。

ここはね、彼らが神聖な場所だと思っている場所の地下にあるんですよ!!」

サリエルは興奮しながら立ち上がり、大きな声を出して笑い始めた。


「彼らは本当に馬鹿だ!!

神話の時代にジハドがガイアと戦った時に生じたただの戦闘跡を『ジハドの斬撃』等と勝手に崇め奉り、それが宿敵イフリートの信者を守る形になってしまっているんですからね!!」

サリエルが絵里に顔を近付けながらここの説明をした。


「馬鹿みたい・・・。」

絵里は力無く微笑み、再び俯く。


「ここには邪魔物は来ません。

さて、貴女の精神崩壊ショーを始めますか!?」


ガチャリ

ちょうどその瞬間であった。

大聖堂の脇にあった小さな扉が突然開き、外から人が入って来た。


「・・・クレイですか・・・。

びっくりするじゃないですか?

何故ここにいるんですか?」

一瞬固まったサリエルがゆっくり振り向き、そして扉を開けた人物に話し掛けた。


「戦闘中に落ちてな。」

クレイは答えると、扉を開けたまま絵里とサナの方へゆっくりと歩いてきた。


「ドジですね・・・。

まぁ、作戦は成功したので構いませんが・・・。」

サリエルは「フンッ!」鼻で笑う。

クレイはそんなサリエルを気にも止めず、絵里とサナの手錠に手をそっと添える。


「これからこの2人の精神をめちゃくちゃにしようと思っていたのですが、貴方も参加しますか?」

サリエルがクレイに聞く。


「ガキに興味は無い。」

クレイは絵里と目を合わせながらサリエルに素っ気なく答えた。



「ミッションドライヴ、5速発進!」

外から聞き覚えのある声が聞こえ、次の瞬間、ドゴォと言う鈍い音が大聖堂内に響き渡るとサリエルの顔が歪む。


バキバキバキ!

ブシュー!

骨が折れる音、そして骨が皮膚を破り血を吹き出す音がし、サリエルは吹っ飛び、床に腰を付けた。

サリエルを力一杯殴り付けたのは・・・。


「優人さん・・・。」

絵里は泣き出しそうな声で待ちに待った英雄の名を呼んだ。

優人は絵里の呼び掛けに答えず、そのまま血で真っ赤になった拳をサリエルに真っ直ぐ向ける。

「人の娘にちょっかい出すんじゃねぇ!!!」


「馬鹿が・・・。」

クレイが2人の手錠に手を添えたまま呟く。

クレイの触れている手錠が徐々に冷たくなってくるのを感じ、絵里は焦り出す。


ポタリ・・・。

ポタリ・・・。

サリエルを殴った優人の右腕から血が滴り落ちる。


「えっ?えっ?優人さんの血???」

絵里は状況が読み込めない。

サリエルは頬に付いた血を拭き取り、立ち上がる。

「クレイ!お前の不手際だ!!そいつを殺せ!!」

サリエルがクレイに大声で命令をする。

クレイは手錠から手を離すと優人の方へ歩いて行き、優人の肩をポンッと叩いた。


「あふん。」

クレイに肩を叩かれた優人は変な声を出し、床に崩れ落ちる。


「俺の血を少し分け与え、竜の超回復をしてるとは言え所詮お前は脆弱な人間だ。

全身骨折が治る訳がないだろ?」

クレイは床に手を付いている優人を見下しながら言い捨てた。

優人はサリエルを殴った衝撃に右腕が耐えきれず、骨が折れ、自分の皮膚を突き破り出血していたのだ。


「う・・・うるさい!

あいつは俺がぶっ飛ばす!!」

優人がクレイに言い返し、必死に立ち上がろうとする。


ポンッ!

「ああ・・・。」

立ち上がった優人の肩を今度は絵里が叩いた。

先程、クレイは絵里達の手錠を凍り付かせ、力を入れて壊してくれていたのだ。


「絵里・・・裏切りか!?」

優人が絵里に言う。


そんな優人を見ながら絵里は赤竜神殿跡地での優人の言葉を思い出した。

『俺はお前の親代わりとして、正しさを教えてやるなんておこがましい事は出来ないんだ。』

それは間違いだらけの優人が絵里に正しさを教えられないと言う意味である。


「本当に・・・間違ってばっかり・・・。」

絵里は愛しいモノを見るような優しい眼差しで優人の背中を眺め、そして、しゃがみ込み、優人の背中から脇の下に向けて頭を突っ込んで優人に肩を貸し、一緒に立ち上がる。


「優人さんが私に愛を教えてくれる代わりに、私は優人さんに正しさを教えてあげる。

ここは撤退よ。」

絵里が優人に言う。


「お前!!サリエルはどうするんだ!?」

優人が絵里に聞く。


「クレイさんに任せて!!

サナちゃん、優人さん運ぶの手伝って!!」

絵里に言われ、サナも優人に駆け寄り肩を貸してくれた。


「クレイさん・・・?」

絵里はクレイに視線を移し、クレイに任せて良いか確認をする。


「さっさと馬鹿親父連れて消えろ。」

クレイは淡々とした口調でサリエルから目をそらさずに絵里に答えた。

絵里は頷き、神殿の外へと歩き出した。


「させるか!!」

優人を抱えイフリートの神殿の外へ向かう絵里とサナにサリエルが怒鳴り、両手に魔力を溜め始めた。


ズバァ!!

その次の瞬間、サリエルの上半身と下半身は真っ二つに切り裂かれる。


ドサッ。

サリエルの上半身が床に落ちると、サリエルはクレイを睨み付けながら灰になる。

その灰はすぐに宙を舞うと、一ヶ所に集まり再びサリエルの体を作り出した。


「おいおい。クレイ?依頼主を裏切る気か?」

サリエルは自分を斬ったクレイに話し掛けてきた。


「裏切る?なんの事だ?

お前とは契約書もかわしていなければ、前金も報酬も受け取っていない。

成功報酬と言う依頼方法は仕事が成功して初めて契約が成立するもんだ。」

クレイは冷淡な口調でサリエルに言い返す。


「イフリート信仰の尊さも知らぬ、金にがめつい傭兵風情が・・・。

金か?金が欲しいなら好きなだけくれやる。今すぐに優人を消せ!!」

サリエルがクレイに怒鳴るがクレイは深くため息を付いて見せた。


「残念ながらそれは出来ない話だ。それこそ優人を裏切る形になる。

俺はあいつから『俺の命』と言う報酬を既に支払らわれている。」



ジハドの斬撃からの落下戦。

その結果、クレイも優人も全身粉砕骨折と全身打撲により、身動きが取れなくなった。

先に気を失い、瀕死になったのは優人だったが、クレイは産まれて初めて戦闘で負けたと感じ、優人に命を奪われる覚悟までした。

しかし、気を失っている優人はクレイに止めを刺す事は出来ず、クレイは自分の持つ超回復能力で一命を取止め、立ち上がった。

それを優人に命を救われたと思い、その恩返しに優人に自分の血を少し分け与え、優人も瀕死の重症から立ち直らせた。


優人はクレイに『それはおかしい!』と問い正そうとしたが途中で『クレイを問い正そうとする事』は『わざわざ自分を殺してくれ。』と言っているみたいで馬鹿馬鹿しくなり、『まっ、いっか。』と言う結論で話がまとまった。

何かクレイは少しズレているが、そもそも戦闘でまともに怪我すらした事が無い人間が、瀕死の重症を負わされた時点で負けと勝手に悟ってしまったのは何となく分かる気がしてしまったのである。

そして、それがクレイの言う『俺の命』と言う報酬にもなったのだ。



「訳の分からん事を言いやがって・・・。

剣士がリッチである私を倒せると思っているのか!?」

サリエルが何やら魔力を溜めながらクレイに言う。


「倒す必要はない。」

クレイは答えると一気にサリエルとの距離を詰め、もう一度大剣を振るう。


スバッ!

超一流のクレイの一撃は歴戦の戦士でも回避が難しい。

当然、接近戦の苦手なサリエルがかわせる訳も無く、やはり体は真っ二つに斬り裂かれる。

サリエルは先程と同じように灰になり、一ヶ所に再び集まる。


ドンッ!!

クレイは一度大きく息を吸い込むと、その灰が集まる場所にダッシュで近付き、真上から真下へ力一杯切り下ろした。

クレイの大剣は灰を切り裂き、床を破壊する。

その風圧で集まり始めた灰は散り散りに舞う。

クレイはその灰を目掛けて一気に氷のブレスを吐き出した。

クレイの吐き出した氷のブレスは灰を宙で凍らせ、そのまま壁にへばり付いていく。

それでもクレイは氷のブレスを止めず、大聖堂全体を氷漬けにした。


「アイスエイジ。

俺の先祖、青竜フリークスの良くやる技で、この技は数千年氷の世界になるようだな・・・。

しかし、安心しろ。俺の氷は1年位で解ける。

もっとも、日の射さぬここでは1年は越すかも知れんが・・・。」


カツン、カツン。

言うと、クレイはゆっくりと歩き出した。


ま・・・まて!

クレイ!!!


体を作る灰を氷漬けにされ、復活する事が出来なくなったサリエルがテレパシーを使い、クレイを止める。


「どうした?1年の辛抱だろう?」

クレイは立ち止まり、うっすらと微笑みながらサリエルに言う。


分かっているだろう!!

後、3日で生贄をイフリートに出さねば私が食われるのだ!!


それを聞いてクレイはまたうっすらと微笑む。

「悪魔を頼った代償だな。

そこでイフリートの罰が来るのを待つことだ。」


カツン。カツン・・・。

言うとクレイは大聖堂から外へは出ず、個室のある廊下へと歩いて行った。


クレイィイイイイイイ!!!!



イフリートの神殿を出ると、絵里は優人を地面に座らせ右腕の治療を始めた。


「ここに水は無いから、土の癒しと風の癒ししか使えないけど、大丈夫かなぁ~・・・。」

ブツブツ呟きながら、絵里は優人の右腕に手を添え風水魔法を使い始めた。


ここに来てそろそろ1年。

エシリアの元で初めて魔法を覚えた絵里が自慢気にコップの水の物理操作を優人に見せていた頃が懐かしい。

そんな絵里が性格属性を利用した風水魔法を使うまでに成長した事が嬉しくも感じる。

優人は絵里の成長を実感しようと思い、瞳を閉じて、絵里の魔法を受ける事にした。

性格属性を扱った風水魔法は難易度が少し高く、絵里はおぼつかない感じで、それでも一生懸命優人の治療をしてくれる。


「・・・。」

まだ神殿の中では戦闘が繰り広げられているだろう。

クレイの心配をしなければいけないのは分かってはいるが、この静けさにどうしても精神が落ち着いてしまう。


「クスッ!」

不意に絵里が声を出し、優人は瞳を開け、絵里を見る。

絵里は何故か笑いを堪えていた。


「どうした?」

優人は再び瞳を閉じ、ゆっくりと絵里に聞く。


「いやね、ジールド・ルーンで宴会してた時に綾菜さんとシリアさんが、砦での綾菜さんの発言について話してたのを思い出して・・・。」


「砦での?籠城中か?なんかあったんだ?」

綾菜の名を聞き、絵里の話につい興味を持つ優人。


「砦で優人さんの話が出た時に、綾菜さんが優人さんを『泥臭い山賊だから白馬の王子様より好き』って言ったらしいの。

白馬の王子様だったら8000人のスールム兵がいても、1億の大群で攻め立ててすぐに助けてくれる。

でも泥臭い山賊の優人さんは自分をボロボロにしてでも助けに来てくれるんだって。」

絵里が嬉しそうに綾菜の主張を優人に話した。

優人は目を閉じ、微笑みながら絵里の話に相づちを打つ。


「私ね、ボロボロになってまでして助けられる位なら、1億の大群で一気に助けてくれた方が楽だし良いじゃんって思ってたんだけど・・・。

今、優人さんが来てくれた時、嬉しかったの。

怪我した体で力一杯サリエルを殴り付けてくれたのはもっと嬉しかった。

確かに頭の悪い選択だと思うけど、カッコいいって思った私もいたんだ。」


「それは・・・、誉められてるのか?反省するべきなのか?」

優人は絵里が何を言いたいのか理解できずに聞く。

絵里は嬉しそうに優人に答える。


「ううん。どっちでもない。

私も綾菜さんと同じで、白馬の王子様より泥臭い山賊派だって気付いたって話!」


「なんだ、そりゃ?」

優人は目を瞑りながら少し照れてるのを隠して微笑んで見せた。


「じゃあ、今度は俺から・・・。」

絵里が何も言ってこないのを少し待ち、今度は優人から話し掛けた。


「うん?」

絵里は何気なく相づちを打つ。


「俺は天上界に来てから沢山戦闘をして、その分だけ怪我をして、その度に色んな人に怪我の手当てをして貰って来たんだが・・・。」


「うん。」

絵里はあまり興味が無さそうに相づちを打つ。


「絵里の手当てが一番雑だな。」


バシィッ!!

優人が言った直後に右腕に激痛が走る。


「ぐはぁっ!!」

優人は右腕を押さえて転げる。


「お、お前!怪我人になんて事を!?」

優人が絵里に文句を言う。


「うっさい!!せっかく治療してあげてるのになんて事を言うのよ!!

そもそもね、シリアさんやラッカスさんは治療のスペシャリストだし、エナさんだって神聖魔法の使い手なの!

綾菜さんは世界的権威ある称号のルーンマスターを持ってる実力だし、エシリアさんだって独立して先生やるレベルの魔法使いなんだからね!!

魔法学生の私と比べるな!バカ!!」


「バカ!?バカって言う方がバカなんだぞ!!」

優人の返しも子どもっぽくなる。

それを見ていたサナがクスクスと笑い出した。



「やけに楽しそうだな?」

ほのぼのした風景に物騒な男がやってきた。


クレイ・レノンである。

高過ぎる筋力と敏捷性。

皮膚も固く、防御力もずば抜けて高い。

それに加え、氷のブレスと超回復能力まで持っているチート戦士。


その正体は予想通り青竜フリークスの末裔であると言う事を優人は戦闘の後に聞かされた。

その物騒な男は手に大きな荷物の運搬用の台車を持って現れた。


「サリエルは?もう倒したんですか?」

絵里が緊張の面持ちでクレイに訪ねる。

サリエルの強さはエルザの神殿で思い知らされている。

あれを簡単に討ち取れるとは思えない。


「ああ。ほとんど魔力を使い果たしていんだろう。」

クレイは淡々と絵里の質問に答えた。


「それより、この崖をどう登るか・・・。

それを考えて欲しかったがな。」

クレイが残念そうに言う。

絵里も申し訳なさそうに俯いた。


「この崖はジハドの斬撃だろ?

それに付いては提案があるんだが・・・。

クレイ、ちょっとお前の大剣を貸してくれないか?」

優人はよろよろの体で立ち上りクレイから大剣を借りる。


「どうした?その大剣で何が分かる?」

クレイが優人に聞く。


「この崖は真上から真下へ垂直に落ちてる。

斬撃でこの形になるなら・・・。」

言いながら優人は大剣を地面に突き刺した。


「クレイ、この状態から切り上げてくれないか?」


「むっ?」

クレイは言われるままに大剣の柄を握り、そこから切り上げた。


ズシャアッ!!

クレイが切り上げると土が音を立てて飛ぶ。

優人が出来た穴を指差して説明を始めた。


「ジハドは王都の少し前で剣を地面に突き刺し、そこから剣を少し引きずってから切り上げた。

すると、どうだろう?

剣を切り上げた方向は少しずつ穴が浅くなってる。」


「ふむ・・・。

それがジハドの斬撃跡の出来た理由か・・・。

しかし、なぜこんな事をジハドはする必要があったんだ?」

クレイやリッシュは知的探求心が強くて良い。

その質問は優人が答えたかった質問た。


「俺の使う抜刀術と同じ理由だよ。

鞘の代わりに地面の摩擦を利用したんだ。

地面から切っ先が離れた瞬間に剣速が爆発的に上がる。

もっとも、刃を痛めるし、剣の軌道が読まれやすいからこんな技滅多に使わないけどね。」

優人が答えると、クレイは納得した。


「えっ?で、どうするの?」

今度は絵里が聞いてきた。


「切り上げた先まで歩いて行くって事だ。

この崖は登り坂になっていると優人は予想している。

怪我人と女どもは台車に乗れ。俺が引っ張る。」

クレイが優人達に言う。

優人は相変わらず嫌がったがまた絵里に怒られ、渋々と台車に乗り、クレイに引かれながらジハドの斬撃の底を進み始めた。



ガタガタ・・・。

クレイの引く台車の荷台は良く揺れ、けっして快適では無いが、それでも体の痛みが取れない優人にとってはとても有難い。

絵里は優人の横で治癒の魔法を施しては休み、休んでは魔法を施してくれていた。

サナは少し気が晴れたのか、絵里と雑談を時々しては笑顔を見せてくれていた。

目の前で父親が殺され、母親のゾンビを見せ付けられたと絵里から話を聞き、優人の胸は痛む。

絵里は彼氏を、サナは母親と父親が暗黒魔法使いの手により殺された。

まだ子どもである2人の心に深い傷を負わせてしまった事を優人は深く反省する。


「ねぇ、優人さん?クレイって人をよく倒せたね?

サリエルが弱ってたとは言え、簡単に倒せる相手じゃないはずだよ?

それをあんな短時間で倒すなんて、あの人かなりヤバいと思うんだけど・・・。」

おしゃべりな絵里が台車で横になってる優人の耳元で話し掛けてきた。


「んー?倒すと言うか、俺の惨敗だよ?」

優人はダルそうに絵里に答えた。


「惨敗?じゃあなんであの人仲間になったの?」

絵里が普通の人なら誰もが気になる質問を今更ながら優人に聞いてきた。

優人は少し考えながら今の状況を絵里に説明する。


「まず、仲間になったかと聞かれれば何とも言えないとしか言えない。

今はどういう状況かと言うと・・・。

例えば、何故か分からないが襲って来ない野生の熊がいて、その熊と丸腰で旅をしてる感じかな?」


「えっ?なにそれ?恐くない?」

絵里が優人に答える。


「恐いよ?つか、クレイが今暴れだしたら誰にも止められないからね。」

優人が絵里に釘を刺すと絵里とサナが怯えながらクレイの方を見る。


「お前ら・・・。」

するとクレイは台車を引っ張りながら振り向くことなく、口を開く。

絵里とサナはビクッとし、緊張する。

「内緒話をするならもう少し小さな声でしろ。」


「クスッ。」

クレイのツッコミに絵里が笑いそうになる。


ジハドの斬撃は長く続き、クレイは8時間近くひたすら歩き続け、優人の予想した登り坂に到着した。

そこからは台車に乗っての移動はさすがに出来ず、絵里、サナ、優人は気を付けながら崖を登る。

クレイはいざと言う時の為に3人の後ろを着いて来る形で急な登り坂を登っていた。

崖を登りきるのには8時間を要し、まだ子どもの絵里やサナ、怪我を負っている優人は崖を登りきった所でしゃがみ込み、息を切らしていたが、クレイは3人が休んでいる間に馬車と食料の調達をしてきてくれた。

サリエルを倒したのが明け方であったのだが、この時点でもう日が暮れ始めていた。

優人達は馬車に乗り、クレイが馬車を調達してきた町まで移動して、今夜はこの町の宿で休む事にした。

ここまで、文句を一言も言わずに動き続けていたクレイもさすがにキツかったのか、部屋のベッドに横たわるとすぐに熟睡した。



サリエルとの激闘の翌日、綾菜は目が覚めると再びエルオの元に訪れていた。

昨日、綾菜が魔法で寝かされる直前にエルオが綾菜に言った言葉の真相を確認するためである。


『優人は生きているし、戻ってくる。

そして、その時全てが解決する。』

それがどういう事なのか?

真相を知りたいのだ。


ジハドの斬撃から落下すれば大怪我は間逃れない。

その後、助けもなく身動きを取るなんて不可能だし、その状態から絵里、サナを救いだす事なんて想像すら出来ない。


「ふぅ・・・。」

エルオの元に乗り込んで来た綾菜にエルオは困った顔を見せた。


「逃がしませんよ。導師が何を見たのか?

それを教えてください。」

綾菜はエルオをしっかり見つめながら聞く。

エルオは俯きながら苦笑いを浮かべ、綾菜にぼやく。


「昨日言ったように、私のは予言では無い。

実際に見てきてしまった未来の話なのだよ・・・。

本来ならば、それを伝える事すらご法度なんだが・・・理解してはくれぬか?」


綾菜は首を横に振る。


「まぁ、まずは座って下さい、綾菜さん。」

ニーナが綾菜を座らせ、紅茶とケーキを差し出してくれた。


タイムパラドックス。

地上界でも過去に戻り、未来を変える事はご法度だと言われている。

未来を知り、その上で過去を変える事で変わるのはその人の運命だけでなく、その他色んな人の運命までをも変えてしまうからだと言う。

たった石ころ1つ動かす事すらも大事に繋がり兼ねない。


エルオが今困っているのはこれを恐れての事なのだろう。

しかし、綾菜も何もせずに優人の帰りを待つなんて事が出来る程出来た人間では無い。

綾菜に根負けしたエルオは少し悩みながら言葉を選ぶようにゆっくりと話始める。


「私が見たのは・・・。

馬車に乗った優人、絵里、サナと、御者をしているクレイだ。」


「クレイ!?」

意外な名前を聞いて綾菜の表情が曇る。


「・・・。」

エルオは『しまった。』と言う表情をし、両手で顔を擦り誤魔化した。


「導師!クレイも生きているんですか!?

再戦の可能性もありますか?

サリエルはどうなったのですか!?」

綾菜の質問は止まる事を知らない。

エルオはこれ以上下手な事は言えないと思い、頭を抱える。


「あ・・・綾菜さん、未来の話はご法度なのです。

簡単な一言でもそれだけ疑問が産まれるんですから。

これ以上導師を困らせないで下さい。」

ニーナが間に割って入ってきた。


優人は生きている。

クレイは御者をしていると言う事は生きている。

絵里とサナは?

姿を見ただけならば・・・まさか、遺体だったりしないだろうか?


綾菜の不安は膨らむ。


「・・・。」

黙って考えて込む綾菜をエルオはジッと見つめ、話を始める。


「今更優人の怪我が早めに治った所で問題は無かろう・・・。

恐らく今夜辺り、やつらはベルガモの町で休み、明日街道を通って戻ってくる。

シリア、アレス、リッシュ、ミルを連れて迎えに行ってやると良い。

翌朝、ベルガモの町の前辺りで再会出来るだろう。」

エルオが言うと綾菜は立ち上り、部屋を立ち去ろうとするが、出入口付近で礼をしていない事を思い出し一度振り返り、エルオに会釈をした。


「ふぅ・・・。

これはまたジハドに叱られるな・・・。」

綾菜が姿を消すと、エルオは苦笑いをしながらぼやいた。


「きっと、エルザがフォローしてくれますよ。」

ニーナがエルオにクスクスと笑いながら答えた。



優人と綾菜達が再会を果たしたのは翌朝、ベルガモの町の門の出口であった。

馬車の荷台に横になっていた優人は急いで起きあがり、馬車から飛び降りた。

昔、地上界の工場で火事が起きたとき、優人は無茶をしたと綾菜に力いっぱいビンタをされた。

今回も一発食らうだろうと思い、優人の方へ駆け寄る綾菜相手に目を瞑り、歯を食い縛った。


ドスッ・・・

しかし、今回は頬に痛みが走らず、優人の胸辺りに優しい温もりが伝わってきた。

優人はそっと目を開けると、綾菜は優人の胸に顔を埋めていた。


「恐かった・・・。もう、無茶しないで・・・。」

綾菜は震える声で優人にか細く言う。


「綾菜・・・。」

優人はごめんと謝るつもだったが、綾菜を抱きしめて頭を優しく撫でた。

綾菜の後ろにはミルフィーユが突然走り出した綾菜にびっくりし、ポカーンとしていた。

優人はそれも可笑しく感じ、ついにやける。


「ミル。おいで。」

優人が呼ぶとミルフィーユは嬉しそうに羽を広げ、パタパタと飛んできた。

それを優人は抱き込むように捕まえ、綾菜もろとも腕の中にしまい込む。


2人とも本当に大切な存在である。

多分自分の心配をしてくれていたのだと思う。

心配してくれる人の存在がいる事に優人は心の底から感謝をした。


「さて、再会のご挨拶はこれくらいにして、優人さんの治療をさせて下さい。

今の優人さんの体の状態は致死レベル6です。

けっこうな重症ですね。

しかも、骨の折れ方と付き方にも問題がありそうなので今回の治療は少し時間が掛かります。」

シリアが優人と綾菜に言うと綾菜は優人から離れ、絵里、サナに挨拶し、優人のベッドにクッション等を用意して優人が楽に寝られるようにしてくれた。

そして、そのベッドに優人が横になると、ミルフィーユも優人のベッドに当たり前のように潜り込もうとするが今回は犯行前に綾菜に捕まった。


「はい。ミルちゃんは今回はダメ。

パパ大怪我してるからね。」


「あーん・・・。」

綾菜に言われ、ミルフィーユは綾菜に不満げな声を上げるが、今回はすぐに諦めてくれた。

シリアはクスクスと笑いながら優人のベッドの横に座り、治癒を始める。

絵里とサナは御者をしているクレイの横に座り、アレスとリッシュは馬車には乗らず、横を歩く配置に立ち、一行は王都に向かい始めた。



王都に着くと日は暮れ、人気も殆ど無くなっていた。

エルザの神殿は破壊され、死傷者もそこそこ出たと言う。

その爪痕もあって、優人達の凱旋はいささか寂しいモノになっていた。

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