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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第六章~白と黒の戦い~
43/59

第四十二話~闇夜の襲撃~

暗黒魔法使いの襲撃は日が落ちて、優人達が冒険酒場で食事を済ませた後から始まった。

いつものように食事を済ませ、軽い雑談をしていると何やら外が騒がしくなり、道行く人に聞いて襲撃を優人達は知る事となった。

その話を聞くと優人、アレス、リッシュは急いで正門へ向い、綾菜、シリア、ミルフィーユは神殿へと向かった。

優人の考えていた陣形とは少し異なるが王都の住人を守る事も大切だからと言われ、リッシュを正門に出す事で手を打った。



優人達が王都の正門に着くと、数人の魔法兵団と王都で雇った傭兵達が遠くをジッと睨んでいた。


「どうしましたか?戦況は?」

アレスが近くにいた魔法兵団に訊ねた。


「ゾンビの集団が此方へ向かってきていますが・・・動きが鈍くてまだ攻撃範囲に入っていないものでどうしたものかと・・・。」

魔法兵団の1人が狼狽した表情でアレスに答える。


「待っていても仕方ないんじゃないか?

向こうが動きが鈍くて来ないならこっちから攻めよう。」

リッシュが提案するが、優人とアレスが首を横に振った。


「陣形を軽々しく崩すもんじゃない。

下手に攻めて罠にでもハマったら敵の思うツボだ。」

アレスがまともな事をリッシュに言う。

優人も心のなかで同じ事を思っていた。

勝手な判断で個人が動くのは団体戦ではマイナスに働く事が多い。

優人はスールム兵の時もサリエステールの時も、敵戦力の『個人の勝手な判断』を利用して戦況をひっくり返して来たと言う実績もある。


「ちっ・・・。ゾンビを前衛に魔力の消耗戦を誘ってきてやがるな。」

遠くに見えるゾンビを見ていた優人達の後ろから声が聞こえた。

振り向くと、そこには右手に持った長いロッドを肩に掛け、めんどくさそうに歩いて来た長髪の男がいた。


「ラウリィ様!いかが致しますか?」

その男に魔法兵団の1人が声を掛ける。


「ここで待っててもつまらんしな・・・。」

ラウリィは答えるとロッドの先端をゾンビに向け、左手をロッドの先端にそっと添えた。


「神の雷!!」

ラウリィが言うと、ロッドの先端から白い光が一直線に伸びていった。

その光は進めば進むほど大きな光になり、ゾンビ達を飲み込む。


ドーン!!

「ぐぁっ!!」

凄まじい爆発音と共に遠くで数人の悲鳴が聞こえる。


ラウリィの放った神の雷は、地面に真っ直ぐと焦げた跡を残した。

所々が燃え、少し明るくもなった。

大量のゾンビは一気に浄化され、後方にいたであろう暗黒魔法使いにも被害を与えたようである。


「神の雷・・・。確か、ジハドの子どもに戦神がいて、その神の得意技だったと聞くがそれを使う人間がいたとは・・・。」

アレスが神の雷の感想を口にする。


「我が主の力を持ってすればこれくらい大した事では無い。

聖なる力でゾンビを浄化し、雷の力で焼き尽くす。

暗黒魔法使い程度にひけを取りはしない。」

ラウリィは自分が放った神の雷の後を見つめながら優人達に話始めた。


「やつらの戦術は面倒臭い。

生者を殺せばゾンビとして甦らせ、戦闘を続けさせる。

恐らく、ゾンビメーカーと言う薬を傭兵達に飲ませている。

死ねば自動でゾンビになる薬だ。

清めの魔法が使えないお前達が出ても苦戦するだけだ。

後方に下がってろ。」

言うとラウリィは魔法兵団を連れ、正門から動き出そうとした。


パチパチパチパチ・・・。

次の瞬間、すぐ側で手を叩く音がし、一同が一斉に音の方に警戒をした。

そこには黒いローブを纏った男が立っていた。

黒いローブを纏った男は不適に笑いながら話始める。


「さすがは三賢者のラウリィ殿。

まさかあのゾンビの大群を一撃で半数まで減らすとは恐れ入ります。」


「貴様は誰だ?」

ラウリィは警戒をしながら黒いローブの男に聞く。


「これはこれは。ご挨拶が遅れました。

私めは、暗黒魔法使いサリエル様の右腕。

ボンネットと申します。」

黒いローブを纏った男は丁寧にお辞儀をして、ラウリィに答える。


ブォン!!

その挨拶が終わるか否かのタイミングでラウリィが長いロッドの先端でボンネットに殴りかかった。

しかし、ボンネットはそれを読んでいたのか、難なく後ろへ跳びそれを回避した。

ボンネットにかわされたラウリィのロッドの先端は白く光っている。


「聖なる力を宿した一撃ですか・・・。

確かにリッチである私には有効な攻撃ですね?」

ボンネットがラウリィに言う。


「・・・。舐めてるのか?」

ラウリィがボンネットに答える。


「いえいえ。貴方を相手に舐めるなんて致しませんよ。」

答えると、ボンネットの瞳が怪しく光る。

ボンネットはローブの裾から何やら白い種のようなモノを一握り取り出し、地面に撒いた。


「クリエイトスケルトン。」

ボンネットが何やら唱えると、地面に撒かれた種のようなモノがみるみると大きくなり、人の骨の形を成し、そして立ち上がった。


「カカカカカカ!!!」

その骨達はラウリィを睨み付け、変な雄叫びを上げる。


「彼らは人の骨から造られたゴーレムです。

暗黒魔法にとって、人は余す所無く使える素材なんですね。

魂は魔力になり、屍体はゾンビに。

骨はこうして持ち歩き、必要なときに使える前衛にもなります。

さぁっ!ラウリィさん、お得意の聖なる魔法をご披露下さいませ。」

ボンネットは興奮ぎみにラウリィを挑発する。

数体のスケルトン達は一斉にラウリィに襲いかかる。


「ピュリフィケーション!!」

ラウリィは襲いかかる骨達を無視し、地面に手を当て、清めの魔法を唱える。

ラウリィを中心に広範囲に白い円のようなモノが表れ、その円に入った骨達はまた変な雄叫びを上げながら崩れていった。


「下衆が・・・。

俺の魔力の消耗を狙うにしてはくだら無さすぎるぞ?

こんなもん、何1000体でも浄化してやるわ。」

ラウリィが怒りの表情を浮かべる。

どうやらラウリィはかなり短期な気性だと優人も見ていて感じたが、このボンネットと言う男の戦い方にも違和感を感じる。


気づかないうちに王都の門の目の前に陣取る優人達に近付き、そしてわざわざ挑発をする。

やつらの狙いはエルザの神殿にいるサナなのだから、ここまで来たならバレないように神殿まで行けば良いのに・・・。

何故ここで戦闘を仕掛ける必要があるのか?

何故、ここにサリエルではなく右腕のボンネットなのか・・・。


「リッシュ。」

優人は戦う2人に気付かれないようにリッシュに近付き、話し掛けた。


「どうした?」

リッシュは2人の戦いから目をそらさず優人に返事をする。


「エルザの神殿に行ってくれ。

サリエルがそっちに行ってるかも知れない。」

優人の言葉にリッシュがギョッとした顔を見せる。


「何故、そう思う?」

リッシュが優人に聞く。


「闇にまみれて接近する奴らがここで戦う意味は無い。

ボンネットはラウリィの気を引くための囮と見た。」

優人が答えるとリッシュは頷き、エルザの神殿へと走り出した。


神殿には綾菜とシリアとニーナがいる。

3人とも魔法戦ならばそうそうひけを取らない面子だとは知っている。

しかし、魔法に特化しているので逆に手の打ちようがある面子なのだ。

オプティムを出されると弱すぎる。

そこで、リッシュの存在が要になる。

リッシュは魔法が中心の戦い方ではあるが剣の腕も並の戦士並みにはある。

優人達のパーティーの中で唯一の万能職でもあるのだ。



「カカカカカカ!!!」

リッシュが王都へ走っていった直後にボンネットは少し後ろに下がった場所で第2の骨部隊を作り出した。

ラウリィは前進し、その骨を浄化する。

王都の門からラウリィを遠ざけ始めたのである。

完全に狙いは時間稼ぎだと優人は確信した。


「アレス、どうする?

タイミングを見計らって後ろに待機してる暗黒魔法使いの前衛部隊も出てくると思うけど?」

優人はアレスにお伺いを立てた。


「魔法兵団の魔力が尽きてから攻められるとマズイ。

俺達は俺達で出陣するか・・・。」

アレスが小声でぼやくように優人に返事をする。

暗黒魔法使いの傭兵達はゾンビメーカーを飲んでいる可能性がある。

下手に斬ればゾンビとして蘇り、もう1度倒す必要が生じる。

しかし、そうならば逆に早い段階でゾンビ化させ、魔法兵団にまとめて浄化をしてもらえば比較的労力も少なく済むはずである。

優人はその案を魔法兵団の数人に伝える。

魔法兵団の人間はラウリィが怖いらしく、みな一様に「ラウリィ様に相談を・・・。」と答えるが、ラウリィはボンネットに気をとられそれどころではない。

魔法兵団の人間は少し悩むが、優人の提案を飲み、傭兵部隊に出陣命令を下した。

傭兵達は声を上げると、一斉にラウリィの神の雷から逃れたゾンビ討伐に向かう。

その後ろを魔法兵団が追う。

ラウリィはボンネットと戦いながらその様子をチラとだけ見ていた。



ゾンビ部隊が出てくると魔法兵団がゾンビをまとめて浄化し、敵戦力の前衛陣が出てくると優人達が前に出て一掃する。

エルン王都側に付いている傭兵達の方が暗黒魔法使いの傭兵よりも質が高い。

それは陣形シフトのスムーズさと、個々の戦力を見ても分かる。

前衛同士の斬り合いになっても優人は2、3人位しか斬らずに1つの戦闘がすぐに終わるのである。

怪我をすればすぐに魔法兵団が回復をしてくれるので戦力的にはこちら側が圧倒的に有利である。

しかし、優人の表情は暗かった。


「どうした、優人?」

優人の表情を見て、アレスが優人の心配をしてきた。


「ああ・・・。色々と気になってな。」

優人はアレスに答える。


「神殿の方か?これなら俺だけでも大丈夫だと思うから、優人も行くか?」

アレスが優人に提案をする。


「いいや。何が最善か分からないんだよ。

敵戦力にはクレイがいる。あいつがこの正門にいるのか神殿に向かっているのか?

右腕のボンネットって奴でさえかなりやりそうだったから、それ以上のサリエルはどれくらいやるのか?

まだ、姿を表していないジャック・オルソンは?

神殿に意識を回しすぎて、この正門を突破されても厄介だし・・・。

今、本当に追い詰められているのはどっちなんだろうかと思ってな・・・。」

優人は自分が思っている事をアレスに話す。


そんな優人にアレスは深くため息を付いて見せた。

「まぁ、優人は軍師。

戦略担当の要素が強いからそういう風に考えちゃうんだろうな。

だからあえて言わせて貰うが、もう少し仲間を信じたらどうだ?」


「仲間を?」

アレスの変な発言に優人は眉をひそめた。


「ああ。サリエルの右腕のボンネットはラウリィが時間を掛けてでも倒してくれる。

そうしたら、ラウリィと俺にここを任せて優人は神殿に行けば良い。

もし、クレイが出てきても、ジャックが何者であろうともこっちは俺とラウリィなら何とかする。

神殿には我がジールド・ルーンが誇る宮廷魔術師の綾菜と宮廷神官のシリア、そして、エルンの三賢者の1人、ニーナ様が待機していて、リッシュも向かってる。

そう簡単には落とせない面子だよ。」

アレスは本当にそう思っているのだろう。

優人に言った言葉は自信に満ち溢れているのを取って感じられる。

そのアレスの自信に満ちた表情は自然と優人の不安を取り除いてくれた。


アレスは優人やリッシュと比べると余り深く物事を考える人間では無い。

しかし、戦闘においては状況判断は人並みに出来るし個人の戦闘技術も高い。

このおおらかな性格も含めてアレスは聖騎士達を束ねるリーダーとしては申し分無い人材だと優人は改めて実感した。

父親のシンは圧倒的な力と豪傑過ぎる性格で軍を纏めてきたが、息子のアレスはその出来た人格で人望を集めるのだろうとジールド・ルーン聖騎士団の未来が予測できる。


「そうだな。綾菜は頭も切れるし、何とかする。

分からない事を考えることより、今できる事を全力でやろう。」

優人が答えると、アレスは満足そうに微笑んだ。

ちょうどその時だった。

ゾンビの軍団討伐で前に出ていた魔法兵団の悲鳴が聞こえてきた。

優人は『来た!』と思い、最前線まで走った。



そして、その惨劇を目にする。

30人近くいた魔法兵団が半分以上地面に血を出ながら横たわっている。

確認しなくてもその倒れている人間は既にこの世にいない事がその出血量で分かる。

立っていた人間も瀕死に近い状態で自分の傷の手当てをしていた。

その視線の先には見覚えのある青い髪。

その男の持つ大剣には血が滴り落ちていた。

鋭く光る目は優人に気付き、視点が止まる。


「手を引けと言ったはずだが?」

クレイは優人に話し掛けてきた。


「手を引くとは答えてないはずだが?」

優人も刀に手を掛け、抜刀の体勢で答える。


「死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」

クレイは淡々と話を進める。


「それができない奴に戦場に立つ資格はあるのか?」

優人はクレイから目をそらさず答える。

クレイが攻撃を仕掛けてきたら、反応しきる自信が無い。

警戒をどんなにしてもし過ぎる事は無い相手である。


「優人!」

後ろから遅れてアレスが到着し、クレイに気付いて動きが止まる。


「クレイ・・・か。」

アレスは言いながらラージシールドとロングソードを構え直し、優人に頬笑んで見せた。


「良かったな。

お前の悩みの種の一つはここにいたみたいだ。」


アレスの言葉に優人も苦笑して返す。

「まぁ、不幸中の幸いだな。神殿の綾菜達の負担が減った。」

「最高の幸いはなんだ?」

「クレイの事故死。」

優人が答えるとアレスが「くっ!」と笑いを堪えた。


「そこまで都合通りには行かないだろ?」

「・・・だな。」

優人もアレスに笑って返す。


「聖騎士と侍か・・・。

中々見ない組み合わせだが、鉄壁と速攻の組み合わせは厄介だな・・・。」

クレイが大剣を構える。

優人、アレスとクレイが睨み合うと魔法兵団と周りにいた敵達はそっとその場を離れた。

空気で気付いたのだろう。

ここは危険だと。


「アレス、行くぞ!!」


ダンッ!!

優人は言うと、ダッシュでクレイとの間合いを詰める。


「ミッションドライヴ!1速、3速・・・。」

徐々に速度を高める優人。

「5速!!」


ガキィン!!

最高速度でクレイに最速の抜刀術をぶつけるがクレイはそれを大剣で防ぎ、優人の刀を左側に弾いて攻撃に転じる。


右上段の構え。

左への斬り降ろし!!


優人はクレイの構えを見て、次の攻撃を予測してクレイに弾かれた勢いをそのまま、大きく左へと回避する。

大剣の欠点。

重さとは関係なく、広すぎる間合いは攻撃のパターンを限定させる。

しかし、優人の動きに気付いたクレイは振り下ろす大剣の軌道を強引に横一文字に切り替た。

優人は右足を上げる。


キィン!!

刀と右足を使い、クレイの大剣を止めるが左足1本で踏ん張りきれずに優人は吹っ飛ばされる。


ズサァ!!

地面を滑り、体勢を整える優人にクレイは追撃を仕掛ける。


ガンッ!!

そのクレイの右半身にアレスのラージシールドが直撃する。


「くっ!」

クレイはバランスを崩す事は無かったが一瞬動きが止まり痛みに顔を歪めた。

アレスはラージシールドをどかしロングソードで斬りかかる。


ブォン!!

クレイはそれを後ろへ飛び、回避。

攻撃対象がアレスに変わり、クレイは下段からの斬り上げの姿勢に入る。


そこに体勢を整えた優人の斬撃がクレイを襲う。

クレイはその一撃をまた後ろに下がって回避する。


「くそっ!当たらねぇ!!」

焦れた優人が言う。

クレイは一撃必殺の優人の斬撃を警戒している。

日本刀は打つ剣ではなく、斬る剣。

斬ることに特化している。

普通の剣は斬ることも出来るが、『叩き斬る』と言う言葉の通り力で押し斬る。

つまりダメージを与えるには充分だが、鍛え上げているクレイにはあまり脅威が無い。

しかし、優人の日本刀による攻撃は斬る一撃である。

これには一瞬でも刃が入れば問答無用でやられるのだ。

クレイは優人とアレスから距離を開け、大きく息を吸い込む。


来た!


優人は急いで背中に差してあるラインボルトを構え、魔力を込めて投げる。

クレイの氷のブレスはかなりの広範囲に及ぶ。

そのブレスを吐き出すには異常な肺活量と空気が必要である。

異常な肺活量で周囲の空気を吸い込み、異常な肺活量で吐き出す。

空気が吸い込まれると言う事はクレイの周囲から口にかけての空気の量が少なくなるはずである。

雷は空気の少ない場所。

真空を通る。

つまり、雷を帯びた優人の槍はこの状況だとクレイの口目掛けて飛ぶ。


バチィイイイイン!!

優人の狙い通り、雷を帯びたラインボルトはクレイの顔に直撃した。


「よしっ!!」

思わず優人はガッツポーズを取る。


しかし次の瞬間、優人の顔は青ざめた。

クレイは左手でラインボルトを止めていたのである。

クレイは優人を睨みながら槍を地面に投げた。

クレイの左手からかすり傷程度の血が流れていて、口の周りに軽い火傷を負っているのが分かる。

しかし、ただそれだけであった。


プスプス・・・。

クレイは火傷した顔の違和感を気にしているのか自分の顔を手で触っている。

しかし、恐ろしいのはそのクレイの堅さだけではない。

雷のスピードに反応しきれたその反射能力も並外れている。

いつも戦況をひっくり返すラインボルトの一撃でもクレイに致命傷を与えるには至らなかった・・・。


「ど、どうやって倒せって言うんだよ・・・。」

アレスが思わず愚痴を溢す。

クレイは全てにおいて人間離れしているのだ。

まさしく『ヤバい』と言う表現以外表せない戦闘力なのである。

優人はアレスの愚痴に答えず、一度納刀をし、抜刀のかまえをした。



ヒュウウウウ・・・。

日が落ち、風が強く吹き始める。

すぐそばにあるジハドの斬撃と呼ばれる絶壁の崖から風が抜ける音が戦場に響き渡る。

暗黒魔法使い達も魔法兵団も沈黙し、優人、アレスとクレイの戦闘に釘付けになっていた。

ゾンビ達もここには近付こうとしない。


優人は必死にクレイの弱点を考えていた。

クレイは戦闘経験が豊富で筋力や素早さも常人離れしている。

反射能力も高く、雷ですらかすり傷程度のダメージしか与えられない。

他にクレイに効いた攻撃は・・・。


そう考えていた優人に一つ心当たりが見付かった。

クレイはスタット村逃走時の戦闘で優人の肘目掛けての柄当てが効いていた。

皮膚は堅いが、その中身は常人なのだろうか?

最悪でも、皮膚と筋肉より深い場所は普通だと推測出来る。

筋や神経、骨に近い部分。

関節の打撃は有効性がある?


ガチャガチャ・・・。

アレスが優人の所へ歩いて来た。


「こうなったら時間を稼いでラウリィの合流を待とう。」

アレスが優人に提案をする。


「なるほど。その手もあったか・・・。」

アレスの発言に優人は少し感心する。

しかし、時間稼ぎは最終手段である。

その理由はまだジャック・オルソンとサリエルの所在がハッキリしていないから。

ボンネット以外にも強い暗黒魔法使いも恐らく数人いて、ラウリィの足止めを皆でやるならばラウリィは恐らく当分身動きが取れなくなるはずだからである。


敵戦力はラウリィとニーナの存在を最も警戒している。

その理由は2人とも魔法大国エルンの三賢者に数えられている実力者だからだ。

魔法の国の最上級の魔法使い。

それはもはや世界的に見てもかなり次元の高い魔法使いであるからである。

ニーナにサリエルが行くなら、ラウリィにはその他の暗黒魔法使いをぶつける。

そして、その他の戦力にゾンビや傭兵、暗黒騎士を当てる。

傭兵には化け物のクレイがいるのでそれで充分である。

優人が暗黒魔法使い側の策士であればそういう作戦を立てる。

そして、現状を考えると敵としての優人の狙い通りの展開になっている。

どこかに計算違いを作らせなければこのままズルズルと負けていく。

それが優人の焦りの理由でもある。


ここでクレイを無力化させたい。


それが優人がやらねばならない仕事だと考えている。



「クレイ。手間取っているな。」

優人を睨み付け、ジッと動かずにいたクレイの元に漆黒の鎧を身に纏った金髪の男が近寄ってきた。

顔は色白で青い瞳には光を感じない。

不気味な感じのする男だ。

あれが暗黒騎士だろうか?


「ジャックか。

問題ない。さっさと誘拐して来てくれた方が助かる。」

クレイがジャックと呼んだ男に答える。


ジャック・・・。

あいつがジャック・オルソンだと確信する。

暗黒騎士達の隊長だ・・・。


「それも良いのだが、天敵ジハドの騎士を見掛けたら殺したくなってな。

あいつを俺にくれないか?」

ジャックはアレスを指差してクレイに言う。


「依頼主はお前達だ。命の保証はしないが欲しいならくれてやる。」

クレイがジャックに答えると、ジャックは腰に指していたロングソードとミドルシールドをかまえた。


アレスと2人掛かりで押さえていたクレイと一騎討ち・・・。

益々状況が悪化する。


「分かりやすい展開でありがたい。」

アレスがジャックに言う。


アレスとしてはクレイ、ジャックが目の前にいるので厄介な奴はサリエルだけだと判断したのだろうと思う。

少しお気楽過ぎる気もするが・・・。


「アレス、ジャックを連れて少し離れた所でやってもらっても良いかな?」

優人がアレスに言う。


「んっ?どうしてだ?」

アレスが優人に聞く。


「クレイの飛び攻撃の範囲が広いからお前達の邪魔になりかねないからだ。」

優人が答えるとアレスは了解してくれた。


良くこんな理由で納得したなと優人は思ったが、恐らくアレスは理由なんてどうでも良かったのだろうと思った。

本当の理由はクレイに勝ち目が無いのでせめてアレスの気が散らないようにしたいだけであった。


「おい、ジャックとやら。少し場所を移そう。」

言うと、アレスは歩きだす。

ジャックもアレスの後を追い、歩いて行った。



「良いのか?一騎討ちになるとお前の生きる未来は完全に無くなると思うが?」

アレスとジャックを見送りながらクレイが優人に聞いてきた。


「心配してくれるなら戦線離脱してくれ。

お前さえいなければかなり気が楽になる。」

優人はクレイに返す。


「確かに。しかし、俺もお前が1番の目障りだからこの一騎討ちからは逃れられないな。」

クレイは真面目な顔をしながら優人に答える。

クレイの表情から今のクレイの精神状態が全く見えてこない。

どれを取ってもやはり一級品の戦士である。

精神状態の把握が出来ないと言うのは『読み』がしづらくなる。


ジリジリ・・・。

優人は柄を握り、鯉口を切る。


カチャリ。

ある程度の距離まで近付くとクレイも剣を青眼に構える。

優人はクレイの剣の間合いギリギリだと思われるところまで摺り足で近付き、止まる。


ここから先は生死の境い目。


優人は1度大きく息を吸い込み、一気にクレイに飛び込む。

横一文字に抜刀を繰り広げるがクレイは後ろへ飛び、それを回避。

優人はそのまま切っ先をクレイに向けたまま前進し、片手突きを放つ。


キンッ!

クレイはそれを弾きその勢いのまま優人のみぞおちに肩を当て、下からえぐるように上に弾く。


「かはっ!」

優人は空気を吐き、後ろへ吹っ飛ばされる。


その隙にクレイは大剣を持ち直し、体勢を崩した優人に襲いかかる。

優人は身を翻し、スレスレの所でクレイの一撃をかわすと、しゃがんだまま切っ先をクレイの喉元に合わせ、全身で突きを打つ。

それをクレイは無表情でかわす。

優人は地面に落ちていた槍を拾い、クレイから一気に距離を取って身構えた。


「氷は吐かないのか?」

クレイは大幅に距離を取ると氷のブレスを吐くパターンが多い。

優人はそこに合わせてラインボルトをぶちかますのだが・・・。


「タイミングと対処を知られてる技を出すなんて自殺行為だろ?」

クレイは淡々と優人に答える。


とことん厄介な相手である。

その癖、油断もしない。


「恐らく、そろそろ決着するだろうから先に一つ言っておこう。

お前は過去最高の剣士だった・・・と。」

言うと、クレイは大剣の刃を自分の右肩の上におき、左手を柄から離した。


嬉しくない評価だ。

勝手に格下だと思い、油断してくれる方が有りがたい。

そして、クレイのあの構え・・・。

優人の抜刀術に近い考え方の技だと推測が付く。

抜刀は鞘に刀を納める事で安定させ、速度と攻撃力を高める。

クレイのあの構えは大剣を肩に置き、安定させて速度と攻撃力を高めるのだろう。

抜刀術より体が開く分、隙は生まれるが、その代償により生まれるクレイの一撃を想像するとゾッとする。


「悪いが、その一撃は打たせない。」

優人は刀を納刀し、槍を背中にしまいながらクレイに言う。


「ほぅ、どうやって打たせない。」

クレイが優人の考えに興味を持ったのか、聞いてくる。


「逃げるからな!」

優人の返答にクレイが少しムッとした表情を浮かべた。


「結局、それか・・・。

芸が無いな。次は無いと言ったはずだが?」

クレイの返答に優人はニヤリと笑って見せる。


「じゃあ、どう無いのか教えてもらおうか!?」

言うと、優人はジハドの斬撃に向かって一目散に走り出した。


「逃がさんと言ったはずだ!!」

クレイが優人を追う。



躊躇う余裕はない。一気に飛び込む!!!


優人はジハドの斬撃まで来るとそのまま崖を飛び降りた。


下は、底が見えない程深い。

優人が上を振り向くとクレイも崖から降り、平な壁を蹴りながら優人を追いかけてきていた。


全てにおいて俺を上回るクレイ。

それでも一つだけ俺がクレイに勝るもの・・・。


優人は体を地面から真横にし、全身を上に向け背中の槍を構える。

クレイはその優人の動作に気付き、警戒をする。


普通なら上に向けて槍を投げるだろう・・・。

そして、それは確実にクレイに避けられる。


ズンッ!!

優人は槍を自分の体の下に置き槍を崖の壁に突き刺して、その上に乗り、刀に手を掛ける。

落下を急に止めた状態で、落下しながら追い掛けてくる相手に間合いを合わす。

こんな経験、普通なら無い。

優人も無いが、クレイにも無いならば状況ならば、条件は同じだ。

これで経験値の差は無い。

それに止まりたくても止まれない状況など、剣士にとっては恐怖でしかない。

そして優人は新しく覚えた炎の斬撃をまだクレイには見せていない。

炎を纏ったかまいたちならば多少間合いがズレても当たる。


「鳳凰!!!」

優人が魔力を込めて全力で抜刀すると、優人の切っ先から赤く燃える空気の圧縮体がクレイ目掛けて飛んでいく。

クレイは虚を付かれ、一瞬反応が遅れたが大剣でかまいたちを弾く。

しかし、いつもと違う状況下での無理な回避は流石にバランスが崩れる。


優人は落ちてくるクレイに合わせ、槍を引き抜いて崖底に落とすと、クレイの胸ぐらをグイッと掴み、体を入れ換える。

クレイが下で上を向き、優人が上で下を向く。

落下しているならこのポジションが唯一生き残れる可能性のあるポジションである。

地面に激突した時、クレイには優人の分の体重もかかり、普通に落ちるよりもダメージがでかい。

それに対し、優人はクレイをクッションにするので衝撃は和らぐ算段だ。

しかし、このポジション取りを続けられたの話だが・・・。


ギュッ!!

そして、優人はすかさず両手を交差させ、クレイの胸ぐらを掴むとそのまま腕を外側にひっぱり、クレイの首を締めた。

これは柔道の絞め技。

手で直接首を閉めるよりも布等で締めた方が効果的に気管を塞げる。

そして、酸欠状態になった人間の筋力は極端に落ちる。


「くっ・・・。」

クレイが苦しそうに優人の手を振りほどこうともがきはじめる。

酸欠とは言え、クレイは基本的な腕力が高い。

しかし、優人も必死である。

例え腕がもがれようと、締める手は離せない。


クレイが大きく息を吸おうとする。

そのタイミングでクレイの腹の上に両ひざを当て、逆に空気を抜かせる。

気管を塞げは氷のブレスも満足に吐けない。


徐々に地面が見え、勝負の終わりが近付いてくる。


「決まれぇええええええ!!!」

優人は声を出し自分を奮い立たせる。


ドォオオオオオオオン!!!

凄まじい轟音と共に優人達の落下は止まった。


バキバキバキバキ!!!

勝ちを悟った瞬間、優人は全身に激痛が走る。

落下の衝撃で全身の骨が砕けたのだ。

何処が砕けたのか自分でも分からない程、全身に激痛が走る。


「か、かはっ・・・。」

優人の口から血の塊のような物が吐き出される。

予想以上の衝撃に優人は痙攣する体を引きずりながらクレイの体の上から移動し、クレイを見る。

クレイは大の字で仰向けに倒れている。


「殺せ・・・。」

クレイが仰向けに上を見ながら優人に言う。


死んでないのか!?

優人はあれでも生きているクレイに戦慄が走った。


「流石にこれは無理だ。

もはや体が動かない。止めを刺せ。」

クレイは淡々と優人に言う。

優人は地面に手をつきながら「くっ。」と笑って見せる。


「残念ながら、俺も・・・。

体が動かない・・・。」


ドサッ!

言うと、優人も辛うじて上半身を支えていた腕が力尽き、地面に倒れる。

全身の痛みが痺れにかわり、呼吸が苦しくなる。

骨だけでなく、臓器もやられているのだろう。

助かる見込みはどこにも無い。

優人はそっと瞳を閉じた。


綾菜・・・。

済まない・・・。

優人は最後の意識で綾菜に詫びを入れた。



ガキィン!!


「くっ!」

突然のジャックの一撃をアレスはラージシールドで受け止めた。

優人に頼まれ、少し移動した所で「ここらで良いか?」とアレスが振り向くや否やの不意打ちである。


「ほぅ?反応したか?」

ジャックは弾かれる前にアレスから距離を置き、何事も無かったかのようにアレスに言う。


「暗黒騎士とか名乗る時点でこれ位の不意打ちは覚悟してたからな。

思った通り、騎士は騎士でも堕ちた騎士なんだな?」

アレスの瞳が怒りで光る。


「聖騎士なぞ、己に課す縛りでやりたいことすらも出来ない悲しい存在だろ?」

ジャックがアレスを挑発する。


「聖騎士が己に課す規則は、己を高める為の試練だ。

それから逃げた貴様らはもはや騎士ですらない!!

怠惰な騎士の末路、その身をもって思い知れ!!」

言うと、アレスはラージシールドを前面に突き出し、ジャックに突進をする。


ガンッ!!

アレスのシールドアタックをジャックも持っているラージシールドで受け止める。

アレスは力比べをせず、すぐに後ろへ下がりもう一度ジャックのラージシールドに体当たりをする。


ガンッ!

ガンッ!!

それを何度も何度も繰り返す。

金属製の盾と盾が激しくぶつかり合う度に摩擦で火花が飛ぶ。

アレスのシールドアタックの衝撃は一発で木を薙ぎ倒す程の威力がある。

それを盾で何度も受け止めると言うのはそれだけでも並大抵の事ではない。

受ける度に盾を通じて全身に響く振動。

弾かれないように足は踏ん張り続け、腕はラージシールドの重みと威力を受け止め続ける事により疲弊する。

ジールド・ルーンの聖騎士達はこのシールドアタック防御を1時間やり続けると言う苦行を新米の時にやらされる。


「うわぁあああああ!!」

十数回、アレスのシールドアタックを受け止めた後、ジャックは焦れて盾を大きく払う。


ドシュッ!!

盾を大きく払う動作は上手く行けば相手のバランスを崩し、攻撃に転じる事が出来る。

しかし、焦れてやってそれが上手く行くわけが無く、逆に体が開き隙だらけになる行為であった。

アレスはジャックの体が開いた隙を突き、防具を着けていない右腕の上腕部を突きを刺した。

ジャックは痛みのあまり持っていたロングソードを地面に落とし、地面に片ひざを着いた。

アレスはジャックから距離を取る。


「・・・。どうした?止めを刺さないのか?」

距離を置いたアレスにジャックが聞く。


「本来ならこのままお前の頭を突いて終わるのだがな・・・。

堕ちた騎士がここまで弱くなるとは想定外で拍子抜けしている。

新米騎士の方がまだ耐えるぞ?」

アレスがジャックに言うと、ジャックは下を向いて「ククク。」と笑い始めた。


「何がおかしい?」

アレスがジャックに聞く。


「暗黒騎士が強いとでも思っていたのか?

暗黒騎士には暗黒騎士の戦い方がある。

今はお前達に合わせていただけだ。」

言うと、ジャックはロングソードを持ち、立ち上がった。


盾を地面に刺し、左手を右腕上腕部にかざす。

黒い光が右腕上腕部に当たると傷がすぐに癒えていった。

そして、盾を引き抜く。


「では、真面目に戦闘をしよう。」

言うと、ジャックは右腕を高く振り上げた。


ジャリ・・・。

すると10人の暗黒騎士達がアレスを取り囲むように現れた。

皆、黒い鎧にショートソードとミドルシールドを持っている。


「・・・。なるほど。」

アレスは暗黒騎士に囲まれ、ジャックの言う暗黒騎士の戦い方を理解した。

要するに複数人で1人の人間を倒すと言う戦法である。


「卑怯とか言うなよ?これは殺し合いだ。」

ジャックが不適に笑う。

それにアレスも釣られて笑って見せた。


「多対一が卑怯とかとは思わない。

複数で1人の人間を倒すのも技術がいる。

その鍛練をしっかりしているならば認めよう。」

アレスは構えて戦闘準備をした。


グサッ!!

次の瞬間のジャックの行動にアレスは驚愕した。

ジャックは仲間の暗黒騎士を1人、後ろから刺し殺したのだ。


「お前!?」

アレスが言う前に仲間の暗黒騎士がジャックに文句を言おうとする。

ジャックはそれを無視して刺し殺した暗黒騎士を振り払う。

そして、ジャックの持つ剣を黒い炎が覆う。


「暗黒魔法、地獄の火炎。

地獄の炎は焼く者の魂を強制的に奪いながらその身を焦がす。

触れれば助かる道はないぞ。」

ジャックがアレスに言う。


「ジャック!!それは最終手段のはずだろ!!」

暗黒騎士がジャックに言う。


「死者はゾンビにして戦わせる事が出来る。

気に入らないなら俺を止めるか?この炎に焼かれたいならな?」

ジャックが仲間の暗黒騎士に不適に笑って見せる。

ジャックの一言に暗黒騎士は黙った。

つまり、刺し殺した仲間の魂を生け贄にイフリートの力を借りて地獄の火炎を己の剣に宿し、自己の攻撃力を格段に伸ばす。

そして、それに反抗する仲間はこの炎を使い、脅して自分の都合の良いように使う。

今のジャックに歯向かう事の危険さはイフリート信仰している暗黒騎士ならばアレス以上に理解しているのだろう。


「人はどこまで腐れるのだろうな!!」

アレスはジャックに地獄の炎に構うこと無く突進する。


ガキィン!!

ジャックはアレスのシールドアタックを自分のシールドで止め、アレスの勢いを殺すと同時に剣を当てようとする。

しかし、アレスはそれをさせる前にジャックの首に手を伸ばし正面から掴み、そのまま持ち上げて地面に叩きつけようとする。


シュパ!

しかし、暗黒騎士の1人がアレスに突きを打ち、遮る。


ブォン!!

アレスが突きをかわした隙にジャックがアレスに剣を当てようとしてきた。

アレスはジャックから手を離し、剣をかわし距離を取る。


「くそ・・・。

お前達!!ジャックに与する意味があるのか?」

アレスが暗黒騎士達に聞く。


「ジャックがどうとかじゃなく、ガキの誘拐が出来なきゃ俺達の魂がイフリートに食われるんだよ!!」

暗黒騎士の1人がアレスに追撃をしながら答える。


ガキィン!

アレスは暗黒騎士の攻撃を盾で受け止める。


そうだった。

それが暗黒魔法使い達が王都を襲撃する一番の理由だったのである。


アレスは盾を振り払い、暗黒騎士を吹き飛ばし暗くなった空を見上げる。

「救いが・・・。無いな・・・。」


悪魔は人に絶大な力を与えてくれる。

その力は神の貸してくれる力より多く、多大な力を瞬間的に持たされる。

しかし、それで力を借りた人は楽することを覚え、堕落の一途を辿る。

そして、堕落しきった人間の魂を悪魔は食し、己の力にする。

そんな悪魔に仕える彼らの行く末が逃げ場の無いこの戦場なのだ。


ならばせめて、ジハドの手によりその魂を終わらせてやるのが聖騎士の役目・・・。


アレスは出来れば暗黒騎士達が撤退する事を望んでいたが、改めてこの場で仕留める覚悟をした。


ズサッ。

アレスはラージシールドとロングソードを地面に刺し、しゃがみこんで地面に手を添える。


「どうした?神官お得意のお祈りか?」

ジャックがアレスを小馬鹿にしながらアレスに向かって走り出す。


「聖なる衝撃。」

アレスはジャックに構うこと無くポツリと呟く。

すると、アレスを中心に白いオーラが一気に広がる。


「ぐわっ!」

そのオーラに当たった者は後ろへ吹っ飛ばされる。

聖なる衝撃は元来、広範囲に攻撃を行い、自分を敵の攻撃対象になりやすくするために使う、聖騎士の仲間を守る手段の一つである。


ガチャ。

アレスは敵を吹っ飛ばすと急いでシールドと剣を持ち、吹っ飛ばした暗黒騎士の1人の所まで走っていき、力一杯突きを放ち止めをさした。

アレスは敵同士の距離を離し、出来る限り1対1で勝負が付けられる状況を強引に作ったのである。


「このっ!」

アレスに突き刺された暗黒騎士のすぐそばにいた別の暗黒騎士が体制を整え、アレスに攻撃を仕掛けようとする。


ガンッ!!

その暗黒騎士にアレスはシールドアタックを行い、後ろに弾く。

そして、バランスを崩させて剣でトドメをさした。


そして、一端剣を離して地面に落とす。

その直後にアレスに襲い掛かる暗黒騎士の首を掴み、一瞬持ち上げて地面に叩き付ける。

アレスの力で地面に叩き付けられた暗黒騎士はそれで絶命する。

そして、地面に落ちた剣をそのまま拾い、身構えた。


「つ・・・つえぇ・・・。」

遠くで見てた暗黒騎士がアレスの手際の良さに怯む。


「馬鹿が。

お前達は俺の剣があいつに当たるようにすれば良いだけだ!!

俺の剣さえ当たればあいつは地獄の炎に巻かれ、苦しみ、のたうち回って死ぬんだぞ!!」

ジャックが残った暗黒騎士6人に怒鳴る。


「それが出来るのか?」

アレスがジャックに言う。


「何?」

ジャックがアレスに聞く。


「全身に纏う甲冑は子どもほどの重さがあり、左に持つ盾と右に持つ剣は成人女性程度の重量だ。

俺はそれを物心付く前から己の体を鍛え、扱えるようになった。

度重なる稽古でその効率的な扱いを学び、死ぬ覚悟をした上でここに立っている。

怠惰に生き、扱えもせぬ見せかけだけの装備に身を包み、我が身可愛さに死ぬ覚悟もせず俺の前に立つお前達が束になった所で俺に勝てるのかと聞いている。」


「それを補うのがイフリートの力だ!!

努力なぞ生きる上で最も無駄な事だと知れ!!」

ジャックは答えると剣をアレスに向け、仲間の暗黒騎士達に号令を出す。

一斉ににアレスに襲い掛かる暗黒騎士達。


「主よ。あなたのお力を今一度お借りする事をお許し下さい。」

アレスはロングソードの切っ先を上に鍔を額に付け、ジハドに祈りを捧げると隠し下段に構える。

アレスの剣が白く光り出す。


「悪いが、大技を出させてもらうぞ。」

向かってくる暗黒騎士達にポツリと呟く。


「聖なる斬撃、ホーリーブレード!!」

アレスが隠し下段から斜に剣を振り上げると光の斬撃が暗黒騎士達目掛けて伸びる。

その斬撃に当たった暗黒騎士達の体は真っ二つに切り裂かれる。

しかし、ジャックの前に突如現れた黒い炎の壁に遮られ、聖なる斬撃は止められた。


「貴様、また・・・!!」

アレスが怒りを露にする。

ジャックは仲間の暗黒騎士の1人を刺し殺し、その魂を依り代にイフリートの力を使って、アレスの一撃を止めたのだ。


「俺が殺さなくてもお前の一撃で死んだ命だ。気にするな。

しかし、暗黒騎士10人が全滅か・・・。」

ジャックはあまり気にする様子がない。


「今度はゾンビ化させるのか?」

アレスがジャックに聞く。

そのアレスにジャックが鼻で笑って見せる。


「今ので死んだ奴らは体が切断されているので使い道が無いな。

ゾンビ化させて使えるのは5人分だな。」

命を何とも思わないジャックにアレスは再び苛立つ。


ガチャガチャ・・・。

今度はジャックは自分の鎧を外し出した。


「?」

ジャックの変な行動にアレスは少し困惑する。


「貴様の言う通りだ。

鎧が重すぎて思うように動けなくてな。

俺はお前に剣を当てれば良いだけなのでな。

動きやすくしてみた。」

アレスはこのジャックの行動に思わず笑いだしそうになった。


相手が優人だったら自殺行為だと思ったのである。

鎧を脱いだ瞬間、ジャックは優人に真っ二つにされるだろうと思ったのだ。

しかし、鎧を脱いだ所で剣さばきは素人に毛が生えた程度のレベルである。

アレスに触れられる訳がない。

アレスはそれでも鎧を脱いだジャックに策が有るのだろうと思い、念のためにシールドアタックを放つ。


ジャックはそれを回避できず、直撃。

全身の骨が砕ける感触を盾を通じてアレスは感じる。

盾をどかしジャックを確認すると、吹っ飛ばされて地面に仰向けのまま事切れているジャックの姿があった。


最後は呆気ないな・・・。


ジャックの剣に纏っていた地獄の火炎も消えている。


人は理想と現実の食い違いに悩み、苦しむ。

しかし、その悩みや苦しみは人を成長させる為に避けて通る事の出来ない物なのである。

それから逃げ出した人間の末路をアレスは見た気がした。


こんだけ努力しても、父上に追い付けない俺はまだ苦しみ続けるのだろう。


アレスはそんな事を不意に考え、苦笑いを浮かべるとジャックと暗黒騎士達に祈りを捧げた。

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