第四十一話~防衛戦前夜~
スタット村からの逃亡戦を経て、無事王都についた綾菜達は冒険酒場でそれぞれの役割を決め、一端解散した。
まず、アレスは対クレイ戦の準備をする為エルン王都にあるジールド・ルーンの国舎に行き、新しいガンドレット、ラージシールド、ロングソードの調達とジールド・ルーン本国に聖騎士団の増援申請を行いに向かった。
綾菜、シリア、絵里はサナとダルカンを連れ、学園にいる三賢者の1人、ニーナを訪れ、事の顛末の報告と王都に何らかの被害を及ぼす可能性を作ってしまった事による詫びを入れに行った。
そして、冒険酒場に待機するメンバー達。
ミルフィーユは綾菜が借りた冒険酒場の部屋でリッシュ、レイナに面倒を見てもらいながらすやすやと眠りに付いていた。
時間的には深夜3時を過ぎた頃合いであった。
「・・・と、言うわけで、暗黒魔法使いの組織から狙われているこの娘を保護してまいりました。」
と、綾菜。
「なるほど・・・、ね。
イフリート信者達が何やらやっているとは思ってたけどサリエル、ジャックが絡んでいて、その上クレイまで雇ってたんですか・・・。
かなりむこうも本気ですね。」
綾菜の説明を受け、ニーナは紅茶を一口飲んで答える。
「どう思いますか?王都に襲撃してくると思いますか?」
綾菜が不安そうに聞くのに対し、ニーナも手を顎に当て、真剣に考えながら答える。
「悪魔は魂の契約。
それを反故にされるケースは実際に多いみたい。
その時は仲介した暗黒魔法使いの魂を代わりに奪うの。
つまり、今回サナちゃんを助ける事で他の暗黒魔法使い達がイフリートに強制的に魂を奪われるわ。
暗黒魔法使いもそれは嫌だろうから必死だろうし、サリエルが絡んでる以上強気だろうから王都にも攻め込む可能性は高いわね。」
ニーナの返答に綾菜は申し訳なく思い、黙る。
「サリエルとは何者なのですか?」
とシリア。
「サリエルはイフリート信仰の最高責任者よ。
私たち3賢者の同期だったから黒魔法無しでも私なみには魔法戦も出来る。
今は黒魔法込みという事を考えると私よりは強いかもね。
ついでにサリエルが動くという事はイフリート信者たちは総力で来ると思うわ。」
「逆に良い機会では無いでしょうか?
暗黒魔法使いを一網打尽に出来ると思います。」
綾菜とは逆に、今回好戦的なシリアがニーナに言う。
そんなシリアにニーナが苦笑いを浮かべる。
「シリアさんはジハドの司祭でしたね?
ジハドの考え方を良く理解していると思うし、ジハドの司祭として立派な人格者だと思います。
でも、その奥様でもある女神エルザの司祭として言わせて貰うと、暗黒魔法使いも人間。迷える子羊なのです。
出来るならば、イフリートの呪縛から解放して差し上げたいわ。」
ニーナが好戦的なシリアを嗜める。
シリアは大きく息を着き、黙る。
「あの・・・。私が魂を差し出せば全て丸く収まるのですか?」
今度はサナがニーナに聞く。
それに対し、ニーナは悲しそうに首を横に振ってみせた。
「サナちゃんと言いましたね?あなたは何も悪く有りません。
知らぬ間に魂の契約をさせられていただけですし、あなたの犠牲の上に成り立つ平和なんてエルザもジハドも望みません。」
「では、ニーナさんはどうするつもりですか?」
とシリア。
「暗黒魔法使いが来るなら迎え撃ちます。
エルンの魔法兵団を率いて。
王都を守るのが先決ですから。
その上で、暗黒魔法使いをイフリートの呪縛から逃します。」
と、ニーナが答える。
「イフリートの呪縛から解放って、具体的にどうするんですか?」
綾菜がニーナに聞く。
「説得してイフリートの契約期日までエルザの結界の中にいてもらいます。
エルザの手中にいる人間には流石のイフリートも手出しはしませんから。」
「大人数で攻めて来るかも知れない暗黒魔法使い達を説得なんて難しくないですか?
彼らは攻撃してくるだろうし・・・。」
綾菜がニーナの作戦に異を唱える。
ニーナは不敵に微笑みながら綾菜の顔をジッと見つめ返した。
「私は1人、そういうのに向いている人を知っています。
あなた方の良く知っている人ですが、思い当たりませんか?」
「あっ・・・。」
ニーナに言われ、綾菜は誰の事がすぐに察しが付いた。
絵里もシリアも誰の事かすぐに理解をする。
「皆さんも気付いたみたいですね?
ジールド・ルーンの砦防衛戦で、彼はその能力を使って奇跡を起こしたとまで聞いています。」
ニーナの言う通りである。
その男はたった1人で8000人のスールム兵の中に飛び込んでスールム兵を言葉巧みに混乱させ、遂には全滅まで追い込んでみせた。
8000人の大人数を相手にやってのけたのだ。
彼ならば、何とかするかも知れない。
ニーナは綾菜、シリア、絵里の納得した表情を見るとニコリと頬笑み、紅茶を一口飲み、ゆっくりと立ち上がった。
「さてっ!方向性が決まったら行動しましょう。
私はこれからラウリィに頼んで魔法兵団を借りて王都前の防御体制を整えるわ。
後、サナちゃんとダルカンさんは夜明けを待ってエルザの神殿で保護を受けて下さい。
綾菜、シリア、絵里ちゃんは仲間に状況を伝えて下さい。
出来れば、ジールド・ルーン聖騎士団の派遣もアレス君に頼めないかしら?」
「ジールド・ルーン聖騎士団の派遣依頼はもう行ってると思います。」
綾菜がニーナに答えるとニーナはまた綾菜に笑顔を返した。
「私は急ぎ、ラウリィの所へ行きますが、せっかく皆さんの為に紅茶を入れたのでゆっくり飲んで行って下さい。」
言うと、ニーナは部屋を出ていった。
綾菜達ははニーナの言葉に甘え、紅茶を飲んでから冒険酒場へ戻る事にした。
「スー・・・。スー・・・。」
冒険酒場の個室のベッドではミルフィーユが小さい体の癖にベッドの真ん中を陣取って気持ち良さそうに寝息を立てていた。
そのミルフィーユのお腹を優しくポンポン叩きながら、レイナがミルフィーユを見つめていた。
「可愛い娘ね。
顔立ちは整ってて美人になるわよ、この子。
赤い髪や羽も艶があって品があるし・・・。
正直、羨ましいわね。」
レイナが椅子に座り、ウトウトしているリッシュに話し掛けてきた。
リッシュはレイナの声に反応して目を開ける。
「ああ。アムステル様の血を引いてる子だ。
もしかしたらアニマライズのお姫様なのかもな。」
リッシュがレイナに答える。
「ねぇ、この後クレイと戦うの?」
レイナはミルフィーユから目をそらさずにリッシュに聞いてきた。
リッシュは腕を組み、大きく一息付くと、レイナに答える。
「分からない。けど、俺はこれ以上深入りもしたいとは思わないがな・・・。」
「それが賢いわね。
クレイと本気で戦うなんて馬鹿げてるわ。
あの、水口優人とか言うクレイの足止めをした男も多分、今頃殺されてるだろうし。」
と、残酷な事をレイナがリッシュに言い捨てる。
実際にクレイと戦ったリッシュも、優人には勝ち目が無い事は分かっている。
しかし、理由は分からないが優人がやられるとも思えない自分が確かにいる。
リッシュは愛想笑いを返した。
「ねぇ、手を引くなら私と組まない?
あなたとなら良い稼ぎが出来そうだし。」
レイナがリッシュの方を向き提案をする。
リッシュは少し返事に悩んだ。
自分はサリエステールの王子で世界を見て回る為に旅をしている。
金に困っている訳でも無いし冒険者をやりたい訳でも無い。
ただ、各国の要人と顔見知りになるのは悪くないと思い、今は優人達と行動を共にしている。
そう考えると、レイナの誘いは本末転倒である。
ただの冒険者ならば、優人達みたいに各国の要人と顔見知りになんてならないからだ。
しかし、レイナの返事を無下に断るのも気が引ける。
「駄目だ。下賎な傭兵主体の冒険者なんかにリッシュを誘うな。」
リッシュの代わりに返事をしたのは、たった今ジールド・ルーンの国舎から帰ってきたアレスだった。
レイナは不満そうにアレスを睨み付ける。
「ジールド・ルーン聖騎士団だって、殺し屋集団じゃない?
陸戦最強ってのは、言い返すと世界で1番沢山人を殺した部隊だって事でしょ?
傭兵と何が違うのさ?」
レイナがアレスに食って掛かる。
「聖騎士団も傭兵も戦争で人を殺す。
しかし、傭兵は殺した人数で稼ぎを数えるのに対し、我ら聖騎士は戦った数で助けた命を数える。
戦争で至福を肥やすお前達と一緒にするな。」
アレスが凛とした態度で答えると、レイナが怯んだ。
ガチャッ
その直後に綾菜達も戻ってきた。
綾菜は皆に一通り挨拶をすると、寝ているミルフィーユの所へ行きミルフィーユの頭を優しくなで始め、そしてニーナと話した内容を皆に伝える。
それに対し、まずアレスが返答がてら情報を綾菜達に伝え始めた。
「聖騎士団の派遣は50人。
偶然、ジールド・ルーンに居合わせたフォーランドの船で1週間程で到着予定だ。」
「50人?少ないですね・・・。」
シリアが感想を言う。
「はい。敵戦力が不明な為、本体の派遣はないとの事です。」
アレスがシリアに答える。
「でも1週間って逆に早くない?」
綾菜がアレスに言う。
「ああ。フォーランドの船は海賊船。
移動速度や機動性を重視した船らしくてな。
普段、俺達が使っているような安全性重視の定期便の旅客船より早いらしい。」
アレスが綾菜に答える。
「それより、暗黒魔法使いの説得・・・。
優人が生きて戻ったらの話だろ?
クレイ相手じゃ期待は薄いと思うけど・・・。」
リッシュが綾菜に言う。
「んっ?ゆぅ君は問題無いよ?
暗黒魔法使いの襲撃に間に合うかどうかが問題だけど・・・。」
綾菜がケロッとした顔でリッシュに答える。
それにアレスとリッシュの表情が曇った。
「綾菜・・・。気持ちは分かるが、クレイ相手じゃ・・・。」
アレスが、綾菜に優しく話し掛ける。
それに対し、綾菜も深くため息を付く。
「ゆぅ君は生きて帰るって約束してたでしょ?
彼が当てにならないのはデートの約束位で、それ以外は約束を破らないから大丈夫だよ。
本当に馬鹿にしてるんだから・・・。デートを守れっての。」
綾菜はブツブツと優人に文句を呟きながらミルフィーユの寝顔に癒される。
「綾菜、その根拠は何だ?
俺達はクレイと戦ったと言う根拠を持って言ってるんだ。」
アレスが綾菜に言う。
「ジールド・ルーンの砦の時にゆぅ君がスールム兵8000人を全滅させるなんて分かってた?
サリエステールのライザックを追い返す展開を予想出来た?
アレス君もリッシュ君もゆぅ君の作る予想だにしない展開で命を取り止めたんじゃないの?」
綾菜が2人に言い返す。
「し、しかし・・・。」
それでもアレスは不安が有るようで綾菜に言い返す言葉を探し始める。
リッシュは綾菜の言葉に素直に賛同し椅子に座って目を閉じた。
その後、昼前に優人も冒険酒場に到着する。
クレイの足止めの後、休まず歩いて帰ってきた為、優人もかなり疲弊をしていて部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。
「無傷かよ・・・。」
ベッドに倒れ、グッタリしている優人を見てアレスが言う。
「だから言ったでしょ?
ほらっ、ゆぅ君。ご飯は食べときなよ。
後、上半身だけでも体を拭くから脱いで!」
綾菜が動きたがらない優人の体を横に転がしながら服を脱がし、濡れたタオルで体を拭き始める。
「ん~・・・とりあえず、寝たい・・・。」
優人は目を閉じたまま綾菜に文句を言う。
しかし、綾菜は優人を無視して上半身を起こして拭き続ける。
「ママ、ご飯持ってきた。」
ミルフィーユが酒場の1階に降り、優人のスープを持ってきてくれた。
「ミルちゃんありがとう。」
綾菜がミルフィーユにお礼を言うと、ミルフィーユはどや顔をしながらスープを優人の横に置く。
綾菜がスープをスプーンですくい、優人の口に運ぶ。
優人は目を閉じたまま口を開け、スープを口に含む。
「旨い、旨い。」
優人はスープを飲み込むと感想を述べ、また口を開く。
「皆の前で甘えない!」
綾菜は優人に説教をしながらもスープをすくい優人の口に運ぶ。
そして、ミルフィーユはベッドに登ってきて優人の上に横たわる。
「ミルちゃんも寝ないの!!」
綾菜がミルフィーユに言う。
「え~・・・。」
不満そうな声を上げながらミルフィーユは掛け布団の中に潜っていった。
「ミルめぇ・・・。」
綾菜が小さい声で呟く。
「フフフ。なんか平和な家庭みたいですね。」
そんな3人を見ながらシリアが笑う。
「確かに緊張感がないな。」
リッシュもシリアに会話を合わせる。
「全員揃った所で聞きたいのだが、ダルカンさんはイフリートに何を願ったんですか?」
アレスがダルカンに娘の魂を報酬にしてまで何を悪魔に頼んだのかを聞き出した。
ダルカンは気まずそうな顔をする。
「言えないなら代わりに答えようか?」
リッシュがダルカンに声を掛ける。
ダルカンがギョッとした顔でリッシュを見た。
「恐らくだが、奥さんとサナちゃんの命を助けてくれとでも願ったんだろ?
だからイフリートは命は助けたんだ。
恐らくイフリートに頼むときに五体満足でって頼み方をしなかったんだろ?
だから元から体の弱かった奥さんはいつまでも寝たきりになっている。」
リッシュがダルカンに言う。
ダルカンは少し俯くと声を荒げながらリッシュに答える。
「そうですよ!
娘のサナは難産だったんです。
だからイフリートに願いました。
娘を無事に産ませてくれと・・・。」
「サナちゃんを産むためにサナちゃんの魂を生贄にしたんですか!?」
願いの矛盾にシリアが声を上げる。
「サナを無事に産むと言う事は妻の命も助かると言う意味合いがあるじゃないですか!!
『無事に』なんですから!!
・・・けど、イフリートは出産に対しての問題を全て取り除いただけで、サナの乳離れと同時に妻を寝たきりにさせたんです。」
ダルカンは憎しみを込めて説明をする。
「それが、悪魔のやり口です。
願いだけを叶え、願いの抜けを見つけて人を苦しめる。
人の苦悩や感情の荒ぶりを魂の味付けにしますから。」
シリアが怒りを抑えながらダルカンに言う。
「だからと言って契約を反故にするのは話が違うんじゃないか?」
リッシュが冷たい眼差しをダルカンに送る。
「こんな酷い仕打ちをするイフリートに契約を果たす必要なんて有りませんよ!!」
ダルカンがリッシュに言い返す。
リッシュとダルカンは少しにらみ合う。
「これではっきりしたな。
サナちゃんには悪いが、相手が悪魔でも契約は契約だ。
それを破り暗黒魔法使いに手間をかけさせているのはこっちだ。
戦う意味が無い。俺は降りさせてもらうよ。」
リッシュは部屋から出ようと扉に手をかける。
「ちょっと待ってくれ。」
そんなリッシュを優人が呼び止めた。
「何だ、優人?」
リッシュが優人の方を向く。
「まぁ、リッシュの言う通りだと思う。
俺も契約の件に関してはこっちが悪いだろうと思う。
けどな、俺は戦う理由が2つあるんだ。」
優人は目を擦りながらリッシュに話す。
「戦う理由?」
リッシュが優人に聞く。
「1つは絵里に手を出したサリエルを許さないって事。
もう1つは神は魔力を取るのに対して悪魔は魂を奪うんだろ?
そんな奴が復活したら世界的に困るんじゃないのか?
それを止める為の戦いだとしたらお前の戦う理由になると思うんだけどどうだろう、サリエステールの王子?」
優人がリッシュに聞く。
優人はリッシュの性格を何となく分かっている。
リッシュは戦死することや戦闘をする事を嫌がっているわけではない。
恐らく、悪いと思っているこちら側に力を貸したくないのである。
しかし、状況的には暗黒魔法使いを討伐したい。
その葛藤の狭間で割り切れないのだ。
だから、リッシュに大義名分、戦う理由を教えてやれば良いと優人は思ったのだ。
「・・・。なるほど、神の復活前にイフリートが復活したら厄介だな。
分かった。協力する。」
リッシュはあっさりと優人の言い分を飲む。
「ええっ!?」
それに驚いたのはレイナだった。
「そういう訳だ。クレイとも戦う。
レイナは付き合ってくれるか?」
リッシュは憑き物が取れたかのようなスッキリした表情でレイナに聞く。
「無理!!付き合いきれない!!
バッカじゃないの!?勝手に死ねば!!」
言うと、レイナは部屋を出て言った。
優人は話がまとまるのを確認するとそのまま綾菜に寄りかかり熟睡し始める。
「もう・・・。」
綾菜は優人をそっとベッドに寝かすと掛け布団をかけ直した。
優人が目を覚ましたのはその日の夕方近くであった。
目を覚ました優人は両腕が弱冠痺れていて、上手く動かない事に焦り腕の痺れている所に視線をやる。
優人の右腕は綾菜が枕に使っており、左腕にはミルフィーユの頭があった。
2人とも狭いシングルのベッドで気持ち良さそうに寝ていた。
部屋の外からは王都の賑わう声が聞こえる。
戦いはまだ始まっていない。
優人は体の力を抜き、2人が起きるまで待つことにした。
考えて見れば、今の状態は優人が憧れていた状況である。
愛する妻と可愛い娘に囲まれてゆっくりとした時間を過ごす。
シングルベッドで体が密着していて、正直言うと暑いがこれ位は我慢出来る。
横を向いて寝てる綾菜とうつ伏せで寝ているミルフィーユの垂らした涎が優人の腕に直撃しているが、これも・・・まぁ、幸せの代償だ。
むしろ、2人の愛嬌である。
・・・所で綾菜は今、優人の妻なのだろうか?
優人は不意に素朴な疑問を抱いた。
地上界で言う『結婚』は婚姻届を役所に出して正式に結婚となる。
事務的に言うと、籍の移動が結婚だと優人は認識していたが天上界にはそもそも戸籍と言う概念が無い。
サリエステールでマダンはジョセフに嫁いでいたが、あれで結婚が成り立っているのならば優人と綾菜はツアイアル山でのプロポーズの時点で成立したと言う事なのだろうか?
「ううん・・・。」
優人がとりとめの無い事を考えていると綾菜が目を覚まし、そして涎に気付き、急いで優人の腕を手で擦り、涎を拭き取っていた。
「ぷっ・・・。あははははっ!!!」
優人は綾菜の焦りを見て、我慢しきれずについ笑い出してしまった。
綾菜が頬を膨らませながら優人を睨む。
「みぃ~たぁ~なぁ~・・・?」
「そりゃ、見るだろ?」
お化けのマネをする綾菜に優人が答えると、綾菜も一言優人に謝り、笑い出す。
突然笑い出す2人に起こされたミルフィーユも何故か一緒にキャッキャッ笑い始めた。
『ミルはとりあえず涎を拭け。』と心の中でツッコんだ。
起きると3人は部屋を出て、1階にある冒険酒場で食事をしながら皆の動向や決まった事を話始めた。
サナとダルカンはエルザの神殿で待機、アレスは王都前の魔法兵団の所へ行き、ラウリィと言う三賢者と打ち合わせに行っている。
シリアはジハドの神殿で祈りをした後、王都前のアレスと合流する予定らしい。
リッシュは王都から出て暗黒魔法使いの動向を調べに行っているようだ。
「あ・・・後、ニーナさんからの頼みで暗黒魔法使いを説得してエルザ神殿で待機させるようにしたいんだけど・・・。」
「暗黒魔法使いをエルザの神殿に?」
綾菜の提案に優人は眉を潜めた。
「うん。契約を破ったらイフリートは暗黒魔法使いの魂を奪うから、それをさせないようにするためにエルザ神殿にかくまいたいんだって。」
眉を潜める優人に綾菜が事情を細かく説明する。
「それは出来ない相談だな。」
優人は両腕を組んで綾菜に答えた。
「うん・・・。戦闘中に敵の説得なんて難しいよねぇ~・・・。」
綾菜も優人に賛同する。
「いや。説得するならしても良いんだけど・・・。
根本的にリスクが高過ぎるんだよ。」
優人が悩んでる綾菜に優人の考えを説明し始める。
「もし、俺が暗黒魔法使いだとしたら説得に応じたフリをしてエルザの神殿に案内してもらって、サナちゃんを連れ出す。
正門から出るのが危険なら港から王都を脱出すればそれで目的達成だろ?
今回のやつらの狙いは王都襲撃じゃなくてサナちゃんの誘拐なんだから。」
「あ・・・。」
優人の説明で綾菜もハッとした顔をした。
その綾菜の表情を見て食事を終えた優人は立ち上がった。
「ちょっと正門を見てくる。
戦場がどこになるか分かってるなら地形の下見をしておきたいから。」
「うん。分かった。
私もミルちゃんが食べ終わったら、1度ニーナさんにゆぅ君の意見を伝えに行く。
確かにリスクが高過ぎる提案だから。」
「うん。もし、暗黒魔法使いが撤退するなら深追いをしないでくれって話程度なら引き受けるとも伝えておいて。
もっとも、クレイが出るならそっちで手一杯かも知れないけど・・・。」
「クレイに・・・勝てそう?」
綾菜が不安そうに優人に聞く。
「分からない。」
優人は真剣な面持ちで綾菜に答えた。
エルンの王都は高い塀に囲まれていて、門は1つしかない。
城から王都を出るまでけっこう距離はあるがこういう時は門を守れば事足りるので戦力を分散させる手間が省ける。
もっとも優人がこの王都を襲撃するならば目立つだろうがあえて空から攻撃し、魔法兵団を撹乱。
その隙に別働隊を港から侵入させる作戦を提案する。
暗黒魔法使いがどんな作戦を立てて来るか分からないが優人個人としては門と神殿に戦力を裂く必要があると考えている。
優人のパーティーならば、優人、アレスを正門の前線に。
綾菜、シリア、リッシュを神殿に配置したい。
優人とアレスは純粋な戦闘員。
綾菜、シリア、リッシュは万が一神殿に侵入された時に臨機応変に動けるからである。
そもそも優人は魔法使いに苦手意識がある。
前線を越えて神殿まで来るやつは恐らく魔法使いであるケースが高い。
そして、魔法使いは行動の幅が戦士より圧倒的に広いのである。
それに対応出来るメンツはと言えばやはり頭の回転が早い綾菜、抜け目なく周囲を警戒するリッシュ、そして暗黒魔法に相対する神聖魔法のスペシャリストであるシリアがベストである。
とは言え、正門には恐らくあの、クレイ・レノンが出てくるのは確実と思う。
クレイと優人を比較して、冷静に分析をすると、絶望的な戦闘力の差を痛感させられている。
筋力、体力、速度、魔力は話にならない。
優人の強みである技術や経験ですらクレイには勝てない。
クレイに勝つには、クレイの無い物をぶつけていくしかない。
クレイに無くて自分にある物。
地上界の知識。
広範囲で言う所の理科学である。
優人は理科、物理や地層学は赤点を取るレベルの知識しかない。
その知識を使い如何にクレイを追い詰めるか?
それが今回の勝敗の鍵を握る。
王都の正門を出ると、少し野原が広がり道が東西南北に分岐している。
道を西に進み、海岸線に出る前にもう1度西へ真っ直ぐ進むとスタット村に到着する。
そして海岸線まで出て西へと進むと、途中から森の道になりツアイアル山に着く。
ツアイアル山は天上界でもっとも面積の広い山でエルン南方からスールム国を両断し、ジールド・ルーン国の中心まで伸びているらしい。
この山を渡れば簡単にエルンに来れるのではないか?
とも思ったが、この山を登り、意味不明の死を遂げた者が少なからずいるため、山の高い所には行かない決まりになっているらしい。
スールムとの国境の砦もこの山の中腹にあったと言う事を優人は後になって知らされた。
そして、もう1つ。
ツアイアル山のスールム国領にはエルザの神獣、『カーバンクル』も住み着いていると言う噂もある。
カーバンクルは自身から攻撃をしてこないが、全ての攻撃を反射させる能力があるらしい。
この反射の能力は魔法や飛道具だけでなく接近戦の物理攻撃も反射させる。
この能力は地形にも反映させる事ができる為、カーバンクルに見付かると歩いても前に進めず、歩く時の地面を蹴る衝撃をひたすら食らい続けるらしい。
麒麟もそうだったが、神獣は存在が既に反則レベルに強い。
そういう理由でツアイアル山を移動に使う人間は1人もいないらしい。
王都の正門前は広い野原となっている。
その野原の真中を石で舗装し、馬車の走れる街道にしていた。
「・・・。」
優人はその野原の遠くでしゃがみ込んでいる司祭の服を着た女性に気が付いた。
ゆっくりと歩きながらその女性に近付き、優人は声をかけた。
「シリア?」
声に気付くと、シリアは後ろを振り向き、優人に気付いた。
「優人さん。目覚めたんですね?」
シリアは相変わらず上品な雰囲気を漂わせながら返事をしてきた。
「ああ。」
優人はシリアに近付き、シリアが眺めていたものに視線をやる。
そこには底の見えない、深い絶壁の崖が不自然にあった。
横の幅は20メートルと言った所か?
長さはかなり長く、西に向かうときに橋を渡った記憶がある。
「崖?こんなものに興味があるんだ?」
優人は崖に近付き、見下ろす。
地盤沈下だろうか?
こんな長細く地盤沈下は起こるのだろうか?
大陸のプレート?
それも違う気がする。
優人はこの崖の正体が気になり崖の周囲の石や土の質を手で触りながら確認し始めた。
そんな優人を見て、シリアがクスッと笑って見せた。
「これは、神話の時代に大地神ガイアとジハドが戦った時に生じたジハドの斬撃の後らしいです。」
「ガイア?」
優人はガイアと言う名をどこかで聞いた記憶があった。
確か・・・大地母神の名である。
認識の幅が広く大地その物だったような曖昧な記憶が地上界で聞いたガイアのイメージである。
ジハドと戦った?
ガイアは悪い奴なのだろうか?
「はい。大地神ガイアは天上界と地上界を分けると言う意見の不一致でジハドと戦闘になった神です。」
シリアが優人に説明をしてくれた。
「天上界と地上界を分ける?
元々、この世界は1つだったの!?」
聞きたい事が沢山あったが、優人はまずそこに食い付いた。
何度か地上界と天上界の話を聞くたびにその可能性は高いと思っていたがハッキリと『分ける』と言う話を聞いたのはこれが初めてだったのである。
「はい。天上界と地上界は元は1つの世界でした。
しかし、進化を続ける猿の亜人を危惧したガイアが天上界と地上界を分ける事を提案しました。
しかし、それは空間を強引に歪め、世界に多大な負担を与えるとジハドは反対をします。
その結果、ジハドとガイアの戦争が始まったと神話にはあります。」
「空間を強引に歪める。
だから地上界の死者がここに来るとか変な現象まで起きてるのかな?」と、優人。
「真相は分かりません。
私自身、聖書に書かれている神話の話は物語としてしか信じていませんから。
この、ジハドの斬撃跡もこんなに強い人がいたなんて実際想像も付きませんし・・・。」
シリアは寂しそうに崖を眺め始めた。
「あんなにジハド、ジハド言ってる割りに意外とドライなんだな?」
優人はシリアの意外な一面に思わず感想を述べた。
シリアは優人に愛想笑いを返す。
「ええ。ジハドに憧れていますし、ジハドの功績を誇りにすら思っていますが、それとは別に神話の話は物語だと私は思うようにしています。
存在しないヒーローに憧れている夢見がちな女・・・なのかも知れませんね。」
そういう事を言うシリアははやり寂しそうに見えた。
優人はおもむろに野原をキョロキョロと見渡し、片手サイズの石を拾ってシリアに渡した。
「えっ?石?」
優人に石を手渡されたシリアはキョトンとする。
「ああ。石だ。
石ってゴツゴツしてて角が尖ってて危ないよね?」と、優人はシリアに聞く。
「ん・・・。」
シリアは返答に困った様子で優人に手渡された石をジッと見ていた。
シリアの手にある石は丸くでさほど角が無いからである。
それを見て、優人はニヤリと笑い、シリアに聞く。
「なんでこの石は丸いか悩んでるのかな?」と、優人。
「え、ええ。石ってゴツゴツしたものもあれば丸いのも有りますから。」と、シリアが答える。
「じゃあ、なんでだと思う?」
優人の質問にシリアは困惑をする。
少し、時間を起き、優人はその答えをシリアに話し出した。
「石は最初はゴツゴツしてるんだ。
だけど、長い年月の間雨や風に打たれ、少しずつ角がとれて丸くなる。」
「そうなんですね・・・。」
シリアは優人の話を聞きながらホッとした表情を見せる。
「じゃあ上級問題だ。」
言うと優人は今度は崖の壁に埋まっている石を1つ元素魔法を使って切り出してシリアに渡す。
その石は土に入っていた部分はゴツゴツとしているが、崖部分はまっ平らになっていた。
優人はその石を見るシリアに聞く。
「どうして崖部分だけ綺麗に平らなのか?」と。
優人の質問にシリアは再び困惑する。
「おかしいんだよ。この崖は。
元来ここに崖が出来る事もその石の形も。
違和感だらけだ。」
悩むシリアに優人が言う。
「どうして・・・違和感が産まれたんですか?」
シリアが優人に聞く。
「分からない。石が自然にそんなに綺麗に割れるなんて・・・誰かが故意にやったとしか思えない。
もしやった奴がいるならバケモン染みた力を持つ誰かだろうね?
こんな広範囲にこんな崖を作り出しちゃうんだから。」
優人がシリアに言う。
「ジ・・・ジハド・・・ですか?」
シリアは恐る恐る優人に聞く。
優人は手を顎に当て、悩む仕草をしながらシリアに答える。
「そう言えば、そんな神話があるとかさっき言ってたね?
他に心当たりが無ければその可能性が1番高いと考えるのが道理じゃないか?」
優人がシレッとした顔でシリアに答える。
シリアが目をキラキラさせながら優人が手渡した石を見詰めていた。
「地上界の学者。
誰も知らない何かを見付け出す凄い人達は何気無い矛盾から仮説と言う名の、自分にとって都合の良い妄想を堂々と口にしてその妄想を新しい発見と結び着けさせて真実に辿り着く。
だから、もう1度聞く。この崖は何故出来たんだろ?」
「ジハドの斬撃です。」
シリアは嬉しそうに優人に答えた。
その返答に優人は満足そうに頬笑む。
「なるほど。
こんな力があるなら赤竜王アムステルを抑え込む事も可能かもね。
ここは近いうちに戦場になる。
危ないから魔法兵団の所に戻った方が良い。」
言うと優人は正門に向かって歩き出した。
シリアも優人が渡した石を大事に持ちながら小走りして追い付く。
「この石、戴いても宜しいですか?」
歩く優人にシリアが聞いてきた。
「そんなもん、どこにでもあると思うけど・・・。」と、優人は答える。
「この石が良いんです。
斬撃の証を知った始まりの石ですから。」
嬉しそうに言うシリアに優人は黙って頷く。
「綾菜もいつもこうして優人さんに元気付けて貰ってたんですかね?」
シリアがいたづらっぽく優人に聞く。
優人は少し照れてそっぽを向く。
地上界と同じように西へと沈む太陽は赤みを帯び、広い野原に生える草木を照らしいた。
シリア・・・意外と素直じゃねぇな・・・。
赤く染まる草が風に吹かれ、サラサラと心地良い音を奏でる中、優人はふとそんな事を考えていた。




