第四十話~青の脅威~
「えっ?ジャック・オルソン?知らないよ。」
優人達は絵里を冒険酒場まで連れて来て食事を取りながら、暗黒魔法の組織についての情報を聞き出していた。
「うん?」
優人は絵里の言葉に一瞬混乱する。
優人の考えは代理の生け贄は絵里で、絵里を逃がさないようにするために暗黒魔法の世界におとしめたと言う物であった。
しかし、その絵里はジャックと言う男を知らない。
つまり絵里以外の誰かが代理の生け贄なのだろうか?
「じゃあ、絵里に暗黒魔法を勧めた人は誰?」
と、優人。
「サリエルって言う男の人。
そう言えばいつも横に強そうな黒い鎧を来た男の人がいたなぁ・・・。」
絵里は宙を見て相手を思い出しながら優人の質問に答える。
「サリエル・・・。イフリート信仰の暗黒魔法使いとして有名な人ですね。
ヴァンパイアのカルマとも繋がりがあったと思います。」
と、シリア。
「そのサリエルさんに、スタットって村から戻るまで、あそこの神殿から出ないように言われてた。
魔神イフリートをなだめるのに私の力が必要になるかも知れないって。
イフリートを怒らせるような事がこの後起こるのかな?
シリアさん達がエルンに来てるのと関係ある?」
また、重要な情報が絵里の口からポロポロ出てきた。
「これでハッキリしましたね。」
シリアが目を閉じながら言う。
「うん?」
シリアの意図するものが何か分からず、聞き返す絵里。
その絵里に優人が説明をする。
「スタット村の村長の娘がイフリートの生け贄になりそうなんだ。
しかし、スタット村の村長の娘が上手く拐えないで困っているみたいでな。
その代わりに絵里の魂をイフリートに捧げる腹だったんだろう。」
「はぁ!?」
優人の説明を聞き、絵里が立ち上り声を粗げる。
「私関係無いじゃん!!
なんでそんな事になってるの!?」
「関係無くは無いわよ。暗黒魔法を利用したんだから。
悪事に手を出すと理不尽なしっぺ返しを食らうモノなの。
暗黒魔法使いは結局の所楽して良い思いをしたい連中なんだから。
あんな連中とつるんじゃダメって事。」
綾菜が少しキツめに絵里に言う。
絵里はうつ向いてゆっくりと椅子に座る。
「私・・・。死ぬの・・・かな?」
絵里が泣き出しそうな顔で優人に聞いてくる。
「そんな事はさせない。」
優人はハッキリと絵里に答える。
綾菜もシリアも絵里に対して強く頷いて見せる。
ミルフィーユだけはシリアの膝の上で気持ち良さそうに寝ていた。
「代理の生け贄が絵里だと分かった以上、もう王都に止まる理由はないな。
今スタット村に敵戦力が集まってる。急いでスタット村に行こう。」
優人がみんなに言うとみんなも黙って頷く。
「私も行くからね!
やられっぱなしなんて性じゃないもん!!」
今回のターゲットにされている絵里も立ち上がるが、誰も絵里を止めない。
優人は自分の側にいた方が間違いが無いと考え、綾菜は自分に似た性格の絵里が黙っていられる訳がないと知っていたからである。
そして、シリアは少しでも敵の幹部と面識がある絵里の情報に期待をし、ミルフィーユは寝ていた。
優人達が王都を出た頃、アレスとリッシュはスタットの村に着いていた。
時間は地上界の時間にして午前1時。
夜も深まり、外に出る人影すら見られない。
「さすがにこんな時間じゃ、人は外には出てないな。
冒険酒場も閉まってるかもな。」
リッシュが今まで乗っていた馬から飛び降りながらアレスに言う。
アレスも馬から降りながら、リッシュに答える。
「それでも、休む場所は確保したいところだがな・・・。
イフリートの生贄期限もまだ時間が有るらしいし、やつらは何処かに潜んで拐うタイミングを見計らってる所だろうかな?」
「どうだろう?間に合わないとイフリートの怒りに触れるなら、俺なら早めに誘拐して安心したいと思うが・・・。」
と、リッシュ。
リッシュの意見にアレスは少し考え込み、そして、意見をする。
「ならば早めに村長の娘と合流したいな。
しかし、こんな時間に会えるだろうか?」
「とりあえず、村長の屋敷を探しておこう。
暗黒魔法の組織が拐うのに苦労してるって事は傭兵とかを雇って、休みなく屋敷を守っているからだと予想が付く。
その傭兵辺りに間を取り持ってもらえば何とかなるだろう。」
リッシュの意見に納得したアレスは一度リッシュに頷くと馬の手綱を引き、歩き始めた。
エルンと言う大国であっても、少し王都から離れれば町は田舎である。
人並みの全く無い寂しげな道には2頭の馬の蹄の音しか聞こえない。
・・・はずだった。
2人が少し村のなかを探索した所で、冒険酒場らしき所からドンドン人が飛び出し、皆一様に同じ方向に走って行っていた。
「何事だ?」と、アレス。
酒場から飛び出す冒険者らしき人間達は武装をし、血相を変えていた。
リッシュは馬の手綱を離し、けつをペシッと叩く。
すると馬は雄叫びをあげ、今歩いてきた道を逆に走り出した。
「リッシュ。馬を今返したら帰りはどうする?」
アレスやリッシュが借りていた馬は尻を叩くと自分で馬屋に勝手に戻るよう調教されている。
普通は往復で馬を使うのだが、途中でこうやって戻す事も出来るのだ。
・・・もっとも馬の料金は変わらないので普通は往復で使うが・・・。
「悪い予感しかしないからな。馬がいたら邪魔になりかねない。」
と、リッシュ。
「なるほど。」
答えると、アレスも馬の尻を叩き、馬を王都へ返す。
ギィ・・・。
アレスとリッシュは騒がしくなっている酒場の扉を開けて、中に入る。
酒場のマスターも忙しそうに冒険者達を送り出していた。
「何があった?」
アレスはカウンターからマスターに事情を聞く。
しかし、忙しそうにしているマスターはアレスに気付く事なく急いで冒険者達を送り出していた。
それを見ていたリッシュは、店内でまだ椅子に座っている女性冒険者を見付け近寄る。
「突然声掛けてごめん。俺は旅の冒険者のリッシュ。
今、何が起こっているのか、分かる範囲で教えてくれないかな?」
「私は、レイナ。同じく旅の冒険者だよ。」
そのレイナと名乗った冒険者は一瞬リッシュを警戒したがすぐに名乗り返してきてくれた。
「何の騒ぎなんだ?これは?」
リッシュはもう1度本題をレイナに聞く。
「この村の村長の娘が暗黒魔法使いに拐われるとかで騒いでるんだよ。
前々から村長のフレで、暗黒魔法使いと暗黒騎士の討伐に多額の褒賞金が出てて、ここには冒険者が集まってたからね。
今回の撃退でまた高額が出るってんでみんな、はしゃいでるんだ。」
と、レイナ。
「なるほど・・・。
それで暗黒魔法使いの組織は村長の娘を拐えないで苦戦してるわけか。
レイナもこれから行くのかい?」
と、リッシュ。
「私は今回はパスだ。
ここ最近、暗黒魔法使いの組織絡みで稼がせて貰ってるけど、今回は嫌な噂も聞いてるからね。
あんたも命が惜しければ今回は止めときな。」
「嫌な噂?」
リッシュはレイナに聞き返す。
「ああ。村長の娘を拐う期限とやらが近いらしくてね、暗黒魔法使いの連中がヤバい奴を雇ったらしいんだ。」
と、レイナ。
「やけに詳しいね?」
ここまで話を聞き、リッシュは素朴に思った事をレイナに言う。
「当たり前だろ?こちとら一つ一つの仕事に命掛けてるんだ。
下調べ位はしておくもんさ。」
レイナは口調を変える事なくリッシュに答えた。
「なるほど。最後にもう1つ良い?」
「今更だね?別にあんたみたいな色男に話掛けられてむしろ気分は上々だ。聞いてくれ。」
レイナはエールを1杯飲んで、リッシュに答える。
「ヤバい奴って誰?どんな奴?」
と、リッシュは少し照れたのを誤魔化しながら聞く。
「クレイ・レノンって男だよ。
戦場で産まれて、3歳の時に初めて人を殺めたって言う化け物だ。
バスタードソードを片手で振り回す筋力と、戦場で育ってきた奴らしいよ。
もし行くなら、そいつには近付かない事をお薦めする。」
「クレイ・レノン・・・。
分かった。ありがとう。」
リッシュは答えると、レイナの座るテーブルの上に3000ダームを置いてカウンターでもたついているアレスの肩を叩く。
「アレス、行こう。
冒険者達の行き先が村長の屋敷だ。」
「えっ?あ、ああ。」
アレスは何が何だか分からずにリッシュに従った。
冒険者達を追いながら進むと、その先で金属のぶつかり合う音や爆発音が田舎の夜に鳴り響いているのが分かった。
「かなりの激戦だぞ!?
村のなかで戦争でもしてるのか!?」
少し離れた場所まで漂う血の臭いと地面に倒れている人を見てアレスが言った。
「気を付けろ。クレイ・レノンって奴がいるらしい!」
リッシュはアレスにレイナから聞いた情報を伝える。
「クレイ!?青の殺し屋がここにいるのか!?」
アレスがクレイと言う名に反応する。
「っ!?知ってるのか?」
アレスがクレイを知っている事にリッシュは逆に驚いた。
「知っている。戦場に置いて、奴のいる軍は負け知らずらしい。
青い髪と青い瞳と言う珍しい風貌で、バスタードソードを片手で振り回す怪力と、俊足の攻撃を繰り出すらしい。」
「・・・失敗した・・・。
ミドルシールドとショートソードだと手に余るかも知れん・・・。」
アレスが下を向きながら頼りない事を言う。
「もし、ヤバいなら俺が戦う。」
そんなアレスを慰めるようにリッシュが言う。
「いや。ミドルシールドでも俺の方がまだ攻撃を捌けるはずだ。
俺がクレイの気を引き付ける隙に目眩ましでも使って撤退しよう。」
戦術に置いてはリッシュよりアレスの方が上である。
リッシュはアレスの提案に賛成した。
「問題は村長の娘を助けなきゃいけない。
村長の娘をどうするかだが・・・。」
リッシュはこの状況での立ち回りについて必死に作戦を練るが、良い案が思い浮かばない。
こういう時、優人ならば小賢しい手を考え付くのだろうが・・・。
「悩んでる時間も無さそうだ。撤退先は王都だ。
王都まで行けばエルオ導師の目に止まる。
そうすれば、王都を戦場にする訳にいかないはずだから三賢者やエルン魔法兵団が迎え撃ってくれる!!」
悩むリッシュにアレスが言う。
「了解!!」
言うと、リッシュとアレスは戦火の真っ只中に飛び込んでいった。
スタット村の村長の屋敷は門を入った直後からそこら中で戦闘が行われていた。
門から建物までの距離もそこそこあり、芝生に覆われた庭は広くて、戦闘に向いている。
「どっちが敵でどっちが味方なんだ・・・。」
暗黒魔法使いの組織の人間と村長の雇った傭兵達が入り乱れている光景を目の当たりにして、アレスが呟いた。
「敵の持ってる道具に付いてる僅かな魔力カスで見分けがつかないか?
暗黒魔法使いの組織の連中はイフリートの魔力を僅かに放ってるんだが・・・。」
リッシュが呆然としているアレスに答える。
「俺はセンスオーラは使えない。」
言うリッシュにアレスが答えた。
センスオーラとは魔力を見分ける魔法である。
魔法使いは当たり前のように初期段階で覚えておく魔法である。
魔法としては取得難易度はかなり低く、産まれながらにして使える者すらいる。
魔法のスペシャリストであるエルフはむしろセンスオーラが使えない事が有り得ないと言う位、当たり前の能力だ。
「使えない・・・?そんな事あるのか!?」
リッシュはビックリしてアレスに聞く。
「人間とエルフでは基礎能力に差があるんだよ。」
アレスはどうするか悩みながらリッシュに答える。
「くたばれ!!」
そんなアレスに1人、剣士が襲いかかる。
カァン!!
アレスは難なくその攻撃をミドルシールドで受け止め、盾で剣士を押し返す。
そして、バランスを崩した剣士にショートソードを突き刺して仕留める。
「こいつは、どっちだ?」
地面に倒れた剣士を見ながらアレスはリッシュに聞く。
「暗黒魔法使いの側だよ。」
「そうか・・・。なんでこいつは俺が敵だと分かったんだろう?」
アレスはリッシュに呟くように聞く。
その時、リッシュにも傭兵が2人、襲いかかる。
リッシュは1歩後ろに飛び下がり、バクームをぶつけ、傭兵2人を吹っ飛ばす。
「とりあえず、こっちは俺が何とかする!
アレスは屋敷に入って村長の娘を連れ出して来てくれ!!」
吹っ飛ばした傭兵の1人にショートソードを突き刺し、振り払いながらリッシュはアレスに指示を出した。
「しかし、屋敷内に行っても敵の判別もつかないし、この状況で俺を味方だと分かって貰えるか分からんぞ?」
アレスがリッシュに素朴な疑問を投げ掛ける。
リッシュはもう1人の傭兵をかまいたちで切り裂き、アレスに声を粗げ気味に答えた。
「てめぇの鎧はどこの鎧だ!!
右胸に付いてる国章は悪魔の天敵であるジハドを国政にしてるジールド・ルーンのモノだろうが!!!
そんなかっこうをした暗黒魔法使いがいる訳がないだろ!?
お前に襲い掛かってくる奴を返り討ちにしろ!
お前を見れば村長の娘も1目で助けだと分かるわ!!!」
「あ・・・。なるほど!!」
リッシュに言われ、アレスはポンッと手を叩き、納得し、屋敷へと走って行った。
屋敷の中にも暗黒魔法使いの勢力は入り込んでいて、所々に血を流し倒れている人間がいた。
もしかしたら手遅れか?
アレスは一抹の不安を抱えながら屋敷内を走り回る。
「近付かないで!!
私はイフリートなんか知りません!
出てって下さい!!!」
不意に戦場に似つかわしくない少女の怒鳴り声がアレスの耳に入った。
アレスは走るのを止め、その声の方へ歩きながら向かう。
そこにはナイフを両手で持ち、ドレスを着た少女と、その後で頭を抱えてしゃがみこんでいる中年の姿があった。
その少女の視線の先には剣を持った男が3人いる。
「もしかして、村長の娘さんですか?」
アレスは歩きながらその修羅場に近づき、少女に話し掛けた。
少女はアレスの姿を見ると、少しホッとしたような表情を浮かべ、アレスに助けを求めた。
「騎士様!お助け下さい!!
この暴漢達をこらしめて下さいませ。」
少女の懇願する眼差しにアレスは少し気分が高揚する。
うん。これが騎士らしいシチュエーションだな。
「お任せ下さい。お嬢様。」
アレスは1度立ち止まり、丁寧に挨拶をする。
「ジールド・ルーンの聖騎士か!
ふざけんじゃねぇ!!!」
アレスの空気を読まない対応に暗黒魔法使いの男達は一斉にアレスに襲いかかる。
アレスの瞳が一瞬険しく男達を睨み付ける。
ガンッ!!
アレスは襲いかかってきた男の剣を盾で受け止め、そのまま一気に室内の壁まで押し込む。
ボコンッ!!
アレスに押し付けられた壁は音を立てて穴が開き、男はそのまま外へと投げ出される。
コンクリートのような壁に穴が空くほどの力で押し込まれた男は全身複雑骨折と臓器破損によりすぐに絶命する。
アレスは外に飛び出された男に目を向ける事なく、身構えている別の男にショートソードで突きを放つ。
キンッ!
しかし、その男はアレスの突きを剣で弾き、後ろへ飛ぶ、その動きに合わせアレスは盾を持った左手で殴りかかる。
ガンッ!!
盾で頭を力いっぱい殴られた男も頭蓋骨陥没ですぐに息絶える。
最後の1人はアレスの手際の良さと破壊力の高さに怯えていた。
「撤退するなら追いはしない。
殺すのが聖騎士の仕事ではないからな。
しかし、向かってくるなら全力で迎え撃とう。」
アレスに睨まれ男は一瞬戸惑うが、すぐに奇声をあげながらアレスに剣を振り上げて向かってきた。
「イフリートがそんなに恐いか?」
アレスは男の一撃を盾で受け止め、間髪を入れずにショートソードを突き立て、倒した。
ドサッ!
声を立てず、そのまま仰向けに倒れた男をアレスは見下しながら、一言、「悲しいな。」と呟いた。
「ありがとうございます!騎士様!」
そんなアレスの元に少女が駆け寄ってきた。
「お安い御用でございます。お嬢様。
私はジールド・ルーン聖騎士団団長を任されております、アレス・シュレグナーと申します。
これより、お嬢様を王都までお守りさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「まぁ、アレス様!!」
アレスの紹介を受け、少女の表情が明るくなるが、その後少女は俯いた。
「?」
アレスはその少女の反応の意味が分からず、黙って少女の次の言葉を待った。
「母が・・・。
病床に付いている母がこの屋敷におります。
王都へ私が行ってしまうと・・・。」
少女がアレスに事情を説明する。
「母上様が!?」
そうすると、はやりこの屋敷を守る必要が出てくる。
しかし、クレイ・レノンが今回いる可能性が高い。
アレスはクレイと戦った事は無いが、噂は色々と聞いていた。
たった1人で100人を無傷で切り捨てたと言う話は戦士として鳥肌が立つ。
優人も8000人斬りと呼ばれているか、優人の8000人斬りは策略込みで、実際は8000人も斬っていない。
しかし、クレイは正面から戦って全滅させたらしい。
それは体力も技もかなりの次元で洗練されていなければ出来るモノではない。
無理をしてクレイと戦闘をするリスクは守りを信条とする聖騎士の本懐ではないが、母親を助けたい娘の気持ちを無下にしたくない。
アレスは返答に悩む。
「騎士様、娘が王都へ逃げればここは戦場では無くなります!!
そうすれば、隠れているメイド達が世話をしてくれます。
どうか、私と娘だけでも王都までお守り下さいませ!!」
少女の後で震えていた中年の男が突然、考え込んでいるアレスの足にしがみつき、懇願してきた。
「あなたは?」
と、アレス。
「失礼しました。
私はスタット村の村長のダルカン。
こちらは娘のサナでございます。
娘は状況を理解していないのです。
どうか、私たちだけでも・・・。」
「ふむ・・・。」
アレスは少し悩んだが、ダルカンの必死な訴えを聞き入れる事にした。
「分かりました。
では、ちょうど先程私が開けた穴から外に出ましょう。
外で仲間のエルフが敵の足止めをしてくれているので、合流して脱出します!」
ダルカンとサナは頷く。
アレスはそれを確認すると穴から外へと出ていった。
時を少し戻して、リッシュサイド。
リッシュはアレスが走る後ろ姿を目で確認する。
アレスに数人の敵戦力が襲いかかるが、アレスの進行を止めることが出来ず、アレスに弾き飛ばされていた。
「馬鹿力・・・。」
リッシュはアレスの突進力の凄さに頼もしさを感じ、誉め言葉として呟いた。
「さて・・・。」
屋敷はアレスに任せられると思ったリッシュは改めて戦況を確認する。
未だに正門の方から冒険者や傭兵がドンドン援軍に来ている。
それに対し、敵の戦力はかなり削られている。
後、30人程度だろうか?
この程度の戦闘技術の敵ならば30人なんて楽勝である。
リッシュはとりあえずホッとし、早く敵を殲滅してしまおうと手近な敵剣士に襲いかかる。
ドシュッ!!
背後から突然のリッシュの突きに敵は無抵抗のまま倒れる。
それを見た別の剣士2人がリッシュに気付き、向かってきた。
「アローシュート!!」
リッシュはシュートソードを持っていない左手で風の矢を作り出し、それを剣士の1人に飛ばす。
その矢は剣士の喉に突き刺さり、剣士は倒れる。
そのすきにもう1人の剣士が間合いまで近付き、リッシュに斬りかかる。
リッシュはそれを横にかわし、相手の頸動脈にショートソードの切っ先をかすらせる。
頸動脈は切断され、そこから血が吹き出す。
剣士は首から大量の出血をしながら倒れた。
「ふぅ。」
リッシュはため息を付く。
暗黒魔法使いの組織と聞いていたが、実際は三流剣士ばかりだ。
暗黒魔法使いの組織とは暗黒魔法を駆使して来る連中だと思い少し緊張していたので拍子抜けの気分なのである。
「こんなんじゃ、ジャックやらクレイやらもたかが知れてるな・・・。
撤退しないで全滅させた方が早いんじゃないか?」
「ぐわっ!」
「うわっ!!」
リッシュがそんな事を呟くと、遠くから悲鳴が聞こえ始めた。
「なんだ?」
リッシュは悲鳴が聞こえ始めた方向に目を向ける。
「ク・・・クレイだ!!クレイ・レノンが来たぞ!!」
傭兵の1人が声をあげる。
リッシュはそのクレイらしき男に目をやる。
青い髪と青い瞳・・・。
その眼光は鋭く、その威圧的な風格に周りにいる傭兵達は怯んでいた。
確かにあれはレベルが違うが・・・。
あいつ、もしかして・・・。
リッシュはその男を見て、何か違和感を感じた。
その男は右手にもつ巨大な剣を軽々しく振るう。
バシュバシュバシュ!!
その剣の間合いにいた傭兵を3人、まとめて切り捨てる。
そして、斬り終わりを狙い、別の傭兵がクレイに襲いかかるがクレイはその傭兵に合わせ、巨大な剣を戻すように振る。
バシュッ!!
その一撃に傭兵が真っ二つに斬られていた。
「なんだ、あいつ!?」
リッシュはクレイの剣に戦慄が走った。
巨大な剣は破壊力があるが、重い分切り返しがどうしても遅れる。
しかし、クレイは巨大な剣をまるでショートソードを振るように振るっているのだ。
キラリッ!
遠くで戦っているクレイの青い瞳が一瞬光ったようにリッシュは見えた。
来る!
クレイの目の光を見て、リッシュはそう悟りショートソードを鞘に納めた。
優人のような抜刀の為では無い。
魔法で応戦するつもりなのである。
ダンッ!
クレイはリッシュ目掛けて走り出してきた。
足の踏み込む音が離れているリッシュにまで聞こえる。
踏み込み一つでも強さの桁が違う。
リッシュは地面に生えている芝生に手を付ける。
「草よ、足を縛れ!!」
リッシュが言うと芝生はクレイの足にしがみつく。
ブチブチ。
しかし、クレイは何事もなかったのように真っ直ぐとリッシュ目掛けて走ってきた。
「くそっ!何者だよ!!」
普通は芝生でも足に絡まればつまづく。
それにも関わらず何事も無かったように突進してくるクレイについリッシュの愚痴がこぼれた。
クレイはもうすぐ目の前まで来ている。
「バクーム!!」
今度は左手を使い、全力で強風をクレイにぶつける。
それでもクレイの動きは止まらない。
「大人5人は吹き飛ばす強風だぞ!?」
リッシュはクレイの異常性に焦る。
クレイは既にリッシュを自分の間合いに入れ、大剣を振り上げた。
「バクーム!!」
リッシュは地面に右手をかざし斜めに強風を放ち、自分を後ろへ吹き飛ばしクレイの間合いから逃れた。
クレイの大剣が空を切る風圧が3メートルほど離れたリッシュの体全身まで届く。
「こんなの食らったら一発で終わるわ!
ヴァルキリーランス!!!」
リッシュが言うと、リッシュの背中に9本の槍が現れた。
1日1回しか使えないリッシュの最終手段、ヴァルキリーランス。
これは1本1本の槍が各々の意思でリッシュを守り、または攻撃をしてくれる槍である。
1本の槍につき1つの仕事しかできないと言う弱点があるが、普通はそれでも充分敵を倒せる。
クレイは言葉を発さず、黙って大剣を身構えると問答無用で突進を始めた。
リッシュは両手で1本ずつ風の矢を作り出した。
「アローシュート!!」
9本の槍の内、3本の槍がクレイに同時に襲い掛かり、そこに風の矢を2本合わせての5段攻撃である。
カキンッ!
クレイは襲い掛かる槍の攻撃を1つは剣で弾き、2つは身を翻してかわした。
そして、リッシュの矢は2本ともクレイに直撃するがクレイを貫通する事は無く、消えた。
クレイは弾いた1本の槍はパリンと言う音を立てて消えるのに対し、かわした2本の槍がまだ消えずにいる事を確認していた。
アローシュートの直撃を弾きやがった・・・。
鎧の類いは着けていない。
やはりあいつは・・・。
リッシュがクレイの無敵さの理由に検討が着いたその時、クレイが息を大きく吸い込んだ。
ヤバい!ブレスだ!!
リッシュはクレイの次の攻撃を予測する。
「ランス!守れ!!!」
リッシュはクレイに攻撃をしようとしているヴァルキリーランス達に指示をだす。
ヒュオォォォォ!!!
クレイは吸い込んだ息を吐き出すと周りの空気が一瞬で凍り付いた。
そのブレスに反応し、リッシュのヴァルキリーランスが一斉にクレイのブレスに迎い、そして音を立てて消えていった。
「はぁはぁ・・・。」
リッシュはヴァルキリーランスが稼いでくれた一瞬の時間を使って左手でバクームを打ち、ブレスの範囲外へと飛んで逃げ直撃は避けた。
しかし、バクームを放った左腕が一瞬で凍り付き動かなくなっていた。
「お前・・・。竜族だな?」
リッシュがクレイに質問をする。
「ああ。血がかなり薄いが、青竜の亜人の血を引いているらしいな。」
クレイが初めて言葉を出した。
「道理でめちゃくちゃな強さな訳だ・・・。」
リッシュはクレイの強さの理由に納得する。
それと同時に知り合いの赤竜の亜人を思い出していた。
ミルフィーユは赤竜の亜人・・・。
血脈としてはクレイよりミルフィーユの方が上だ。
クレイと違い、角や尻尾や羽が生えている分竜の力もなかり色濃く受け継いでいる。
しかし戦場で生きてきたクレイとは違い、綾菜と優人に大事にされながら甘えて生きている分クレイのような傭兵にはならないだろうが・・・。
あいつも成長したら手に負えなくなるな・・・。
「しかし、俺が竜族だから何かあるのか?」
クレイは大剣を持ち直し、リッシュに向かって歩き出してきた。
ヤバい・・・。
この腕じゃあ上手く体を動かせない。
リッシュは凍り付いた左腕を見る。
「氷よ!我が壁になれ!!」
リッシュは左腕の氷に右手を添え、氷の精霊に呼び掛けて、氷の壁を作り出した。
パリンッ!
しかし、厚さ1メートル程の氷の壁もクレイは軽々と砕く。
勝てないか・・・。
リッシュは地面に膝を付き、止めを刺される覚悟を決めた。
ガンッ!!
しかしその直後、鈍い音がしてリッシュは我に返った。
目を開いたリッシュの視線に飛び込んできたのはアレスである。
アレスはシールドを前に出し、クレイに体当たりをしたのだ。
クレイはアレスの盾を大剣で受け止め、踏ん張っている。
「くっ・・・。全力のシールドアタックだったんだが、これで吹っ飛ばないか!」
アレスの一撃を受け止めてもクレイの体の軸はズレず、どっしりとしていた。
リッシュは一端後ろに飛んで、体制を戻すと、凍り付いた左手に右手を添え、氷の槍を作り出す。
「これならどうだ!!アイスランス!!!」
リッシュが言うと、作られた氷の槍がクレイに襲い掛かる。
しかし、クレイはアレスの盾を押込み、その反動を使い後ろへ飛んでリッシュの槍をかわす。
盾を戻し、体制を戻すアレスにクレイが大剣の一撃を放つ。
ガンッ!!
アレスは盾を身構え、クレイの一撃を止める。
「ぐあぁぁ・・・。」
しかし、小さな悲鳴をあげたのはアレスだった。
クレイの剣を止めたアレスの盾が砕かれ、アレスのガンドレットがベコリと凹んでいる。
恐らく、左腕の骨がガンドレットと同じようにへし折られ、その状態で圧迫されているのだろう。
しかし、アレスはクレイの大剣から左腕を離さないようグイッと押し込み続けている。
武器の鍔迫り合いと同じで、力比べは負けた方はバランスを崩し、不利になる。
骨を砕かれようと何だろうと後ろに下がればクレイの一撃が来るのをアレスは知っているのだ。
バタンッ!
パカラッ!パカラ!!!
その直後にどこかの扉が強く開かれ、馬の蹄の音が聞こえてきた。
「リッシュ!!逃げるよ!!」
屋敷の裏側から馬車に乗ったレイナがリッシュに声を掛けてきた。
馬車の荷台には中年の男と少女が乗っていた。
あれが、村長と娘か!?
馬車に乗っている2人を見て、リッシュはすぐに状況を察した。
「レイナ!!門まで走れ!!!」
リッシュはレイナに指示を出す。
「ん?」
レイナは意味も分からずリッシュの指示に従い、門まで馬車を走らせる。
「闇を司る聖霊、シェード!!
この場を闇で埋め尽くせ!!!」
レイナが門に到達すると、リッシュがもう1度魔法を唱える。
すると、リッシュやクレイ、アレスを巻き込んで回りが光一つ差さない暗闇と化した。
リッシュは走ってアレスの背中に周り、アレスの鎧を後ろから引っ張る。
「抵抗するな。俺の引っ張る方向に走れ。」
リッシュがアレスに言うと、アレスはリッシュごと後ろへ飛んで、クレイから距離を取る。
「後ろ走りはきつい。手を引いてくれ。」
と、アレス。
「わがままなやつめ。」
言うと、リッシュは暗闇の中アレスの右腕を引きながら馬車の待つ門へと走っていき、飛び乗った。
「レイナ、ありがとう。出してくれ。」
門の外はリッシュの魔法の効果が無くなっており、普通の夜の街並みになっていた。
レイナが御者をする馬車はリッシュ、アレス、サナ、ダルカンを乗せてひたすら走り、村を後にした。
一行は未だクレイの追撃を警戒し、一様に言葉を発っさず、真剣な面持ちを続けていた。
馬の蹄の音と馬車の車輪の音だけが鳴り響く中、リッシュは凍り付いた左腕にお湯を掛け続け、アレスは左腕のガンドレットを外し、折れた腕につたない神聖魔法を施していた。
「ぷっ!!きゃははははは!!」
その沈黙を破り、すっとんきょうな声で笑い出したのはレイナ。
その他4名は突然笑い出したレイナに驚き、視線を向けた。
「どうした?何がおかしい?」
リッシュは何か良い発見が有ったのか期待を込めてレイナに尋ねた。
「可笑しいと言うより最高の気分なのよ!!
あなた達、何をしたか分かってる?
あのクレイよ?あのクレイ・レノンを出し抜いたのよ?
これ程、爽快な話が他にあるかい?」
レイナが興奮気味にリッシュに質問を返す。
「クレイがヤバいと言うのは知っている。
しかし、些か不謹慎ではないか?」
はしゃぐレイナに答えたのはアレス。
アレスは屋敷に置き去りにしたダルカンの妻を気に病んでいた。
自分に力が有れば、クレイをあそこで倒す事が出来たのに・・・。
病気に伏せる人間を自分が見棄てたと言う後悔の念がアレスには残っていた。
そんなアレスの心境を知らないレイナはアレスの言葉に耳を貸さず、話を続ける。
「私達傭兵はね、金と命が大切なんだよ。
だから、敵陣営にクレイがいると知ると困るのさ。
依頼を反故にすれば今後の仕事に関わるし、あいつと戦えば死ぬ。
結局、クレイの動向を見て仕事を選ばないといけないのさ。
他にも、ジールド・ルーンのシン、グリンクスのオレイア・・・ああいうバケモノはある意味商売の天敵なんだよ。」
「だから、今回のは降りるって最初言ってたんだよね?
何故助けに来てくれたの?」
リッシュが聞く。
「初め、こんな所にエルフなんて珍しいと思っただけだったんだ。
そのエルフが偶然、村の村長に用事があるんだな程度に思った。
珍しいエルフとの会話が終わり、そのエルフを目で追っていたらジールド・ルーンの国章を胸に付けた聖騎士の所に行くじゃないか!
それを見て、ワクワクし始めたんだよ。
陸戦最強の軍隊ジールド・ルーンの聖騎士と風水魔法のスペシャリストのコンビがクレイと戦うってね。」
「結局、クレイには惨敗だったがな。」
レイナの話にアレスが口を挟む。
「惨敗?違うわ。どちらかと言えば勝利よ。
あなた方の狙いは村長の娘を王都へ連れていく事でしょ?
確かにそれをやられると奴らは困るわ。
その作戦を聞いた時に現実味を感じたの。
聖騎士とエルフが手を組んでクレイの手から村長の娘を連れ出すだけなんて、やって出来ない事は無いってね。」
レイナがアレスに答える。
「だとしたら、まだ結果は分からないな。」
リッシュがレイナの話に水を挿した。
「?どういう事だい?」
レイナがリッシュに聞く。
「前後から馬の蹄の音が聞こえる。」
リッシュが答えた。
馬車に再び緊張が走る。
「・・・俺には聞こえないが?」
アレスがリッシュに言う。
「エルフは暗闇でも目は見えるし、耳も人間の数十倍は良い。
後ろから1頭。前から2頭来ている。」
リッシュが情報を詳しく話す。
「後ろからの1頭は、ほぼクレイだと思って間違いないな。
前方の2頭は誰だ?」
アレスがリッシュに聞くがリッシュは首を横に振り、そこまで分からないと言う素振りを見せ、もう1つ答える。
「前方の2頭の方が先に俺達と遭遇する。」と。
全員の意識はまず、前方に向く。
暫く進むと、遠く離れた所に何やら森道をこちらに向かって走るモノが見え始める。
「おっ?前方の馬は当たりだな。」
リッシュが前方の遠くを見て言葉を発した。
「当たり?」
アレスが目を凝らせながらリッシュに聞く。
「ああ。シリアと綾菜だよ。
綾菜の後ろには優人と・・・、シリアの後ろには女の子が乗ってる。
ミルフィーユも馬に並走して飛んでる。」
リッシュが言うとアレスはホッとした表情を浮かべた。
「シリア?綾菜?
もしかして、ジハドの高司祭のシリア様と、ルーンマスターの綾菜様ですか?」
サナがリッシュに聞いてきた。
リッシュは黙って頷いて見せる。
「しかし、あいつらと合流して、クレイを倒せるか?」
アレスがリッシュに聞く。
「分からない。しかし、優人なら変な作戦を出してくれる気がする。」
と、リッシュ。
遠くに見える影は徐々に近づき、遂にリッシュ達と優人達は無事合流した。
到着するや否や、優人がリッシュ達が来た方向に視線を送り始めた。
「リッシュ!状況を教えてくれ!!
ミルが遠くから馬が来てるって言ってるんだ!!」
挨拶もろくにせず、優人が後ろから追ってくる1頭を気にしていた事にリッシュは少し安心するが、それと同時に状況がひっぱくしている事も実感する。
「暗黒魔法使いの組織に追われている。」
リッシュは単直に優人に説明をすると、優人がおもむろに綾菜の後ろから降りた。
「優人?」
リッシュが優人を呼ぶ。
「1つだけ確認したい。
その馬車に乗っている女の子と親父さんは、村長と娘か?」
「ああ。」
リッシュが答えると、優人は1度目を閉じて下を向き、1度大きく息を吸うと、再び目を開け遠くに見える馬を睨み付けた。
「しんがりは俺が務める。行け。」
「おいっ!相手はクレイだぞ!?」
言う優人にアレスが突っ込んできた。
しかし、優人はクレイと言う男なんて知らない。
しかし、綾菜の顔色が変わるのに優人は気付き、クレイと言う男の強さを想像した。
「大丈夫だよ。時間を稼ぐだけだから。」
優人は答える。
そうすると綾菜も馬から降りてきた。
「ゆぅ君・・・。」
綾菜は微笑みながら優人の頬を両手で軽く撫でてきた。
「綾菜。お前もアレス達と逃げて、王都に援軍を頼んでくれ。」
優人は自分も戦うと言い出しそうな綾菜に先手を打つ。
綾菜は黙って首を横に振ると自分のおでこを優人のおでこに当て、目を瞑る。
「生きて、帰ってきて。」
「ああ。」
優人は答える。
すると、綾菜は吹っ切れたように目を開け、再び馬に乗った。
「みんな!!王都に戻るよ!!」
いつもの元気な声で綾菜が言う。
「おいっ!」
アレスが綾菜に怒鳴る。
「行くの!」
綾菜が真顔でアレスに言う。
その剣幕に負けたのか、アレスが黙る。
「い、行って良いのかい?」
レイナが空気を読みながら聞いてくる。
「お願い。」
綾菜が答えると馬車が走り出し、それを追うように綾菜とシリアの乗る馬も走り出した。
それを見送ると優人はクレイと言う男が向かってくる方を向きながら色んな事を思い出していた。
おでこを合わせながらやる約束。
これは地上界の時から事ある毎に良くやっていた約束だ。
いつもの約束と違い、綾菜が優人は約束を守ると信じていると伝える時の約束の仕方である。
信じている綾菜は裏切れない。
これは優人にとってはかなり重たい約束である。
こういうタイミングでこういう事やって来るんだよなぁ~・・・、綾菜は。
優人は綾菜の温もりの残るおでこを撫でながら余韻にひたり、そして、もう目前まで来ているクレイであろう人間について考える。
綾菜の顔色が変わる程、戦闘能力が高いクレイ。
先程、アレスを見たときに左腕のガンドレットを外し、何やら回復の魔法を使っていた。
そして、無惨にへし折られていたガンドレットが馬車の端に置いてあった。
アレスの仕事道具である盾がどこにも置いていなかった。
そこから予想できる事は、ジールドやガンドレットを物理攻撃で破壊させる攻撃力を持っていると言う事。
そして、リッシュは左腕が凍っていた。
風水魔法のスペシャリストであるリッシュの腕を凍らせると言う事ははやりリッシュより強い風水魔法の使い手なのだろう。
少なくとも氷系の風水魔法はヤバいと思って間違いが無い。
普通に考えて1人の人間がアレスを越える腕力とリッシュを越える魔法を持つとは考え難いが相手が強いと思って対した方が失敗は無い。
今、向かってきているクレイと言う男は腕力と風水魔法を駆使して戦うファイターだと考える。
そして、それが人間に可能だとは思えない。
恐らくは何かの亜人。
力と氷に搾れば北極熊とかアザラシの類いだろうか?
力と魔法ならば、猫科のライオンやヒョウが思い浮かぶ。
北極熊やアザラシならば熱に弱いはず。
猫科ならば、動体視力が強いが静体視力は弱い。
無駄な動きをせず、機を狙った攻撃は有効なはずである。
さて、どう出るか・・・。
優人が悩んでいると青い髪をした男が乗った馬が速度を変えずこちらへと走ってきた。
青い髪の男は優人に気付くと、チラリと優人を一瞬見るがすぐに視線を優人のはるか遠くに戻した。
こいつ・・・無視する気か!?
馬は走る速度を落とさず、優人の横を通りすぎる。
バシュッ!!
その馬の前足を優人は居合抜きで切断した。
ズサァーーーー!!
馬は前のめりに倒れ、青い髪の男は馬から飛び降りて難を逃れた。
ブルッ!
ブルルッ!!
地面に倒れた馬は立ち上がることが出来ず、手足をばたつかせていた。
その馬を気にすることなく、優人と青い髪の男は睨み合っていた。
「わざわざ待ってたのに、無視するなんて酷いじゃねぇか・・・?」
優人がクレイに話し掛ける。
「悪いが急ぎの用があってな。」
クレイは優人に答えた。
クレイの背中には大きな剣が差してある。
それを見て、優人は少なくともアレスの盾とガンドレットを破壊したのはこの男だと確信する。
「狙いは、スタット村の村長の娘か?」
優人が聞く。
「わざわざ言うまでも無い。」
クレイは素っ気なく答え背中の剣を抜く。
急いでリッシュ達を追い、スタットの村長の娘を拐いたいのだろう。
クレイも王都に入られると面倒臭くなると言うのは知っているようである。
本当は話でもして時間を稼ぎたいが、そうはさせてくれなさそうだ。
優人も刀に手をかけ、クレイの攻撃に備える。
タンッ。
クレイが一瞬跳ねるような素振りを見せる。
ガキィン!!
次の瞬間、クレイは一気に間合いを詰め、優人に横振りの一撃を放ってきた。
優人は不意の攻撃に反応し、抜刀してクレイの一撃を受け止める。
そして、優人の刀とクレイの剣が当たった瞬間、優人は悟った。
この一撃はまともに受け止めたら腕の骨が持っていかれる。
優人は即座に右足の裏ををクレイの剣の刃に当て、蹴り飛ばす。
しかし、クレイの腕力の方が勝り、優人の体が後ろへ飛ぶように弾かれた。
ズサァ!
優人は身を屈め上手く着地をするが、クレイはそれを読んでいたのか大剣を右腕一本で振り上げ、優人に追撃をしてきた。
嘘だろ!?
とてつもない腕力。
いや、全身の筋力とバランス感覚が無ければ、大人1人吹き飛ばす一撃の直後に間髪を入れずに追撃なんて出来ない。
体制を整えるだけで手一杯の優人はこの一撃を受け止める事も、かわす事も出来ない。
優人は咄嗟に鞘を左手で押出し、クレイの右腕の肘に鯉口を当てた。
「くっ!」
クレイの顔が歪む。
肘にある関節に打撃を加えると一瞬だが痺る。
優人はその一瞬の隙にクレイから離れ、体制を整えて身構えた。
「・・・。」
クレイは追撃を止め、右手に持つ大剣を下に下ろし優人を斜に見詰めていた。
「なるほど、確かにまともにやり合える剣士じゃねぇな。」
優人がクレイに話し掛ける。
「今、何をした?」
クレイが優人に聞いてくる。
「地上界の知恵だよ。」
と、優人。
「地上界・・・。
なるほど。侍とは何度かやり合った事が有るが、何か動きが違うと思ったら神隠し子か・・・。」
と、クレイ。
「ほぅ?どう違う?」
優人は作戦とは別に、天上界の侍に興味を持った。
「天上界の侍は些か攻撃が強引だ。
無理をしてでも一撃を入れに来る。
そして、勝てないと思ったら捨て身の戦法を取る。」
と、クレイが答える。
捨て身の戦法。
日本人特有の戦術。
特攻の事だろうと優人は思った。
つまり、天上界の侍は虎太郎のように天上界に来た侍がいて、そいつが広めたのだろうと結論付く。
「捨て身の戦法・・・。そいつは日本の誇りだ!!」
優人は言うと刀を隠し下段に構え、クレイに突進する。
ミッションドライヴ・・・。
2速、3速・・・。
徐々に速度を上げクレイに接近する。
キィン!
しかし、急変化序破急の一撃でさえクレイは正確に間合いを読み優人の一撃を受け止めた。
くっ!何だ、こいつ!!
受け止められた瞬間、優人は速度を落とさず後ろへ飛び、お互いの間合いから外れる。
鍔迫り合いになれば優人に勝目は無い。
バランスを崩され、その隙に容赦ない一撃を食らい事切れる。
攻撃以外、クレイの攻撃範囲にいるのは危険極まりない。
少し、過剰過ぎるほど優人はクレイから距離を置く。
すると、クレイが大きく息を吸い始めた。
ん?
優人はクレイが別の攻撃を仕掛けてると予想したが、次の瞬間クレイの口から冷気が吹き出され、たちまちに氷のブレスとなって優人に向かってきた。
リッシュの腕を凍らせた技か!?
予想だにしなかった氷のブレスに一瞬反応が遅れ、つい優人は持っていた刀でブレスを払おうとした。
ピキィィィィン!!
すると、空気の張り詰める音が鳴り響き、クレイの氷のブレスが粉々に散った。
気が付くと、優人の刀、鳳凰の刀身が熱い炎をまとっているだ。
その刀身を見て、優人自身も驚く。
燃える刀!?
この刀は日之内源内さんの技術と綾菜とミルの魔力が込められている。
ミルは赤竜の子だから・・・、俺の魔力に反応して炎を纏ったのか!?
麒麟の魔力のこもった槍、『ラインボルト』は優人の魔力に反応して雷を帯びる。
赤竜のミルフィーユの魔力のこもった刀『日之内源内鳳凰』は優人の魔力に反応し、炎を帯びる。
あり得ない事では無い。
「俺のブレスを溶かすとは・・・。
その刀は竜の力を帯びているのか?」
クレイが優人に聞く。
「ああ。俺の愛しい2人の力を帯びてる。」
優人は刀を納刀しながらクレイの質問に答えた。
「そうか。思った以上に厄介だな、お前達は。
聖騎士にエルフに名刀を持つ侍。何者だ、貴様らは?」
クレイの質問は続く。
「神隠し子と旅先で知り合った仲間だよ。
それよりお前は俺を殺した後どうするつもりだ?」
今度は優人がクレイに質問を返した。
「殺した後?俺に勝てないと言う事は納得してるのか?」
と、クレイ。
「ああ。むしろどうやってお前を倒せば良いか分からん。
力も素早さも技も経験も、どれを取っても勝てないのはここまでの打ち合いで納得した。」
優人は半ば呆れ顔でクレイに答える。
「お前を倒した後は逃げた村長の娘を拐う。」
と、クレイ。
「どうやって?」
優人は両手を組み、顎で先程優人が斬った馬を差す。
「・・・。」
クレイは地面に倒れ、息をしていない馬を見て言葉を失う。
「お前の任務は失敗だ。
もう、俺を殺しても何ともならないと思うが?」
ここは王都とスタット村の中間地点である。
今から村へ帰り馬を用立てるにしても、走って馬車を追うにしても無理がある。
優人は万が一を考え、馬車が見えなくなるまでの時間稼ぎをしたのだ。
優人の作戦勝ちである。
カチャリ。
すると、クレイは大剣を身構え、優人に正対した。
「お前を八裂きにする。」
状況を理解したクレイは優人を殺すと言う選択をした。
思考回路は人間離れした化け物ではなく、普通だと優人は少しホッとする。
「無意味だな。
お前が俺を殺すと言うなら俺は全力で逃げるだけだ。
より時間を稼げれば今度は王都で兵の手配も完了する。」
優人は不敵に笑ってみせた。
すると、構えるクレイの切っ先に悩みの色が見え始めた。
優人は畳み掛けるように一つ提案を出す。
「ここでの俺との戦闘は終わりにして、少しでも早く依頼主に作戦失敗を伝えるのが今のお前の責任じゃないのか?
憂さ晴らしで俺を打ち取る事にプロ意識は感じられないが?」
「・・・。」
クレイは黙って剣を構え考え始める。
「ここで戦闘終了すれば、俺も死のリスクは無くなり、俺お前もプロとしての仕事は出来る。
それでもやるならやってやる。俺の全力回避を思い知らせてやる。」
言うと優人は柄に手を置いて抜刀の構えをする。
しかし今度はクレイが構えを解き、声を上げて大笑いを始めた。
「斬新な命乞いだな!!
気に入った。お前の口車に乗ってやる。
俺は村へ戻るからお前は王都の愛しい2人に会いに行けば良い。」
クレイは大剣を背中にしまうと村へ向かって歩き始め、そしてすぐに立ち止まり、険しい目付きで優人を睨んだ。
「しかし、今回だけだ。次会うとしたらそこは戦場。
殺し、殺される場だ。お前はこの件から手を引け。」
言うと、クレイは村へ再び歩き出した。
「ふぅ~・・・。」
クレイの姿が見えなくなると、優人は息を吐き、地面に腰から落ちた。
正直に言うと優人自身、怖かったのだ。
並の戦士ではないとかと言う次元では無い。
優人の剣士としての常識を覆す化け物との戦闘はこれで2度目だ。
しかし、初めてやり合った化け物であるシンは本気で優人を殺す気は無かった。
本気の殺気を持った化け物との戦いはこれが初めてだ。
「手を引けるもんなら引きたいさ・・・。」
優人は呟き、何事も無かったように空に輝く星達を見上げる。
空の星達はその輝きを薄れさせ、東の空からはまるで生まれたてのような大きな光が登り始めていた。
真っ赤に燃え盛るように光輝く日の出を眺めながら、優人はクレイを思い気が滅入っていた。




