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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第六章~白と黒の戦い~
40/59

第三十九話~悪魔の契約~

「ふむ・・・。

まず本題とは関係無いんだけど、人の踏み込んだ形跡の無い地下3階でゾンビとあったんだよね?」

綾菜は優人達の遺跡探索の話を一通り聞き、リッシュが遭遇したゾンビに食いついた。


「ええ・・・。」

シリアが頷く。


「おかしいわね。必要の無いところに魔力を消費してまでしてゾンビを配置させるなんて・・・。」

綾菜のツッコミに一同がハッとさせられる。


「え・・・。けど本当にいたよ。」とリッシュ。


「うん。ゾンビが現れたのは本当でしょう。

後、スイッチ1つで電気が付いた事も考慮に入れると、恐らくはゾンビは古代時代からいたゾンビね。

電気もゾンビも魔力制御装置みたいなもので管理されてるから今だに動いてたって考えが妥当ね。

そこから察するに、地下3階には魔力の制御装置が保管されていると考えられる。

きっとけっこう大きな魔収石があったな・・・。」

と、綾菜。

その綾菜の発言を聞き、アレスとシリアが萎縮したのを優人は感じた。


「魔収石って何?」

2人の反応を見て優人が綾菜に尋ねた。


「魔収石は魔力を保存できる石だよ。

待機中にある魔力を吸収して、使っても使っても魔力を自然に回復させる事が出来る貴重な石なの。

似たもので魔晶石っていうモノもあるけど、それは1度使ったらもう魔力が無くなるの。」

綾菜の説明を聞き、優人はアレスとシリアの反応の意味を理解した。

要するにお宝を目前に見過ごしたという事だ。


「まぁ、目的はお宝探索ではないからね。ちょっと気になっただけだから気にしないで。」

言うと綾菜は冒険酒場のテーブルで無花果のパイを1口頬張ると、難しそうに1度頷いて見せた。

その視線の先には、先程優人達に手渡されたメモがある。


もう時間が無い。

イフリート様の怒りが落ちる前にスタットの村長の娘を拐え。

私は念のため、代わりの生け贄を確保してくる。


ジャック・オルソン


悩む綾菜の顔を優人達はマジマジと見る。

少しして、綾菜が口を開いた。


「代わりの生贄と時間が無いって所から、過去に誰かがイフリートと契約を結んだって事が分かるわね。

恐らくは願いを叶えて貰う代わりに何年後かに誰かの魂を捧げるって言う形のやつ。」


「なるほど。つまり、その生贄がスタットの村長の娘の魂なのですね?

その娘の魂が奪いづらい状況なので、代わりを念のために確保するって言う意味のメモって事ですか・・・。」

シリアが綾菜に確認する。


「ええ。何れにせよ、迷惑な話ね。

スタットの村長の娘も多分知らないうちに生贄にされてただろうし、その代わりの生贄なんて全く関係ないのに拐われるんだから。」


「相変わらず反吐が出るな・・・。

暗黒魔法使い絡みの案件は・・・。」

優人も怒りを露にする。


「しかし、そうなると俺達は2人の生贄候補を守らなければいけなくなるな・・・。」

とアレス。

2人の生贄。

スタットの村長の娘とその代わりにさせられる娘である。


「スタットの村長の娘はスタットへ行けば良いものの、代わりの生贄なんて検討が付かないだろ?」

リッシュが背伸びをしながらアレスに言う。


「遺跡のシリアの話だと、10代前半の女の子がターゲットなんだろうけど、この国の中だけでもそんなの腐るほどいるだろうしな・・・。

他に条件とか無いのかな?」

と優人。


「こういう契約関係で優先されるのは暗黒魔法に何らかの関係がある女の子なんだけど・・・。」

綾菜が顎に手を当てながら呟く。


ガタンッ!!

綾菜の一言で優人が突然立ち上がった。

綾菜、アレス、シリア、リッシュ、ミルフィーユがビックリした表情で優人の方を見る。


「絵里が・・・フォーランドで暗黒魔導士のカルマに彼氏を目の前で殺されてる!!」


「ええっ!?」

優人の言葉にシリアも立ち上がる。


「絵里ちゃんが狙われる可能性が高いわね・・・。」

綾菜が難しい表情を浮かべた。

優人は走って酒場を出ようとする。


「おいっ!優人!!スタットの村長の娘はどうするんだ!?」

アレスが優人の背中に向かって聞く。


優人は一回くるりと身を回転させ、アレスに答える。

「アレス達に任せる!!こっちが落ち着いたらすぐに援軍に行く!」


バタンッ!!

言うと優人は酒場の扉を開き、外へと出ていった。


「援軍って、あいつスタット村の場所知らないだろ・・・。」

アレスが優人の出ていった扉に向かって呟く。


「2手に別れるなら、ジハドの信者がそれぞれいた方が良いだろ?

バランスを考えて、俺とアレスでスタット村へ行こう。

綾菜、シリア、ミルは優人を追ってやってくれ。」

リッシュが椅子から飛びあがりながら言う。


「でも、2人で大丈夫?」

綾菜がリッシュに聞く。


「問題ない。俺とアレスがいれば、前衛、風水魔法、神聖魔法が使える。

戦力的には劣るかも知れないが、そっちは生贄が絵里じゃなかった時の事を考えると多めに置いた方が良いだろ?」


「なるほど。分かったわ。無理はしないでね。

こっちのケリを付けたらゆぅ君とすぐに向かうから。」

綾菜が答えると、リッシュとアレスはスタット村へ向けて出発をした。



絵里がいるとしたらまずは学園の寮だ。

何かそこで情報を得ないと・・・。


夜のエルンの王都を走りながら優人は絵里捜索の段取りを考えていた。

学園に着き、急ぎ寮の絵里の部屋を訪れる。


ガチャガチャ・・・。

しかし、絵里の部屋の玄関の扉の鍵は閉まっているらしく、開けることが出来ない。


この時間に留守してるのか!?

あの不良娘め!!


優人は扉をドンドンと叩き、絵里の名を呼ぶ。


「おいっ!絵里!!居るなら返事しろ!!」

しかし、絵里は出ては来ない。


不意に絵里の隣の部屋の扉がガチャリと開いた。

「あの・・・、うるさいんですけど・・・。」


優人はしめたと思い、絵里の隣に住んでいる女の子に話し掛ける。


「ああ。夜分に申し訳ない。

それより、この部屋の子はどこに行ったか分かりますか?」

優人は夜中に突然現れた見知らぬ男に怯えないよう、出来る限り冷静を装い、優しく話し掛けた。


「絵里ちゃん、ですか?

最近、授業も休みがちですし、夜な夜などこかに行ってますよ。

明け方に戻って来たりもするけど・・・。」

絵里の隣の部屋に住んでいる子は優人を不審がりながらも絵里の情報をくれた。


「ゆぅ君!!」

綾菜とシリア、ミルフィーユと見知らぬ女性が優人の元へ小走りしながらやって来た。


「こんな夜中に音を立てたら迷惑でしよ。」

綾菜が優人を嗜める。

その後ろでシリアが絵里の隣の部屋の子に謝ってくれていた。


「事情は聞きました。絵里ちゃんの部屋の鍵を開けます。」

言うと、綾菜達が連れてきた女性が絵里の部屋の鍵を開けてくれた。


絵里の部屋は真っ暗で、何やら生臭さが鼻に着いた。

綾菜が玄関横の光を付けるスイッチを押してくれ、優人達はゆっくりと部屋の中へ入っていく。

学園の寮は玄関を入ってすぐ右側に風呂、トイレがあり、左側には小さな台所。

奥にはベッドと机が有るだけの小さな部屋になっている。

それでも地上界で清潔な環境に慣れている絵里の部屋は清掃が行き届いており、遺跡の時のような不快感は無かった。

優人は絵里の部屋をマジマジと見渡し、一虎が無いことに違和感を感じた。


昔、虎が絵里に渡した浴衣はまだある。

つまり、絵里の中で虎に対する恋心は消えた訳ではない・・・か。


優人は浴衣を見ながら悲しい気持ちになる。

死んだ恋人への気持ちは切なさ以外無い。

楽しかった思い出も喧嘩した思い出も何もかもが切なく胸を締め付ける。

絵里が虎に未練を持っていると言う事は人として嬉しくもあり、それ以上に苦しく感じる。


「こらっ!」

絵里の浴衣をマジマジと見ていた優人の頭を綾菜が小突く。


「女の子の部屋だよ!

ゆぅ君は少し女の子に対してガサツ過ぎます!!」

綾菜が優人に説教をする。


「きゃあ。」

絵里の部屋で優人が綾菜に説教されていたその時、シリアが台所で小さな悲鳴を上げた。

優人と綾菜は台所に向かう。


「どうしたの、シリア?」

綾菜がシリアに聞くと、シリアは黙って台所のシンクを指差した。

そこには、数匹の蛇の死体がそのまま置かれている。

生臭さの原因はこれかと思い、優人はシンクに近付き、蛇の死体を観察する。

蛇の死体はぶつ切りにされ、所々が腐っていた。

シンクの中は蛇の血で赤くなっており、絵里は何かを途中で止めたのではないかと優人は予想した。


「蛇の・・・料理をしようとしたけど、気持ち悪くなって止めたのかな。」

優人は少しでも絵里が普通の女の子としてやりそうな事を口にする。


「女子中学生が蛇の料理は無理がない?」

綾菜が優人にツッコミを入れる。


「暗黒魔法の儀式的な事をやろうとしたのだと思います。」

そこにシリアが優人が予感をしたが、あえて反らした考えを言ってきた。

優人は黙ってシリアの意見に頷く。


「絵里ちゃんが、暗黒魔法に手を出してる可能性が高いわね・・・。

他に気になるものはある?」

綾菜が優人に聞く。


「一虎が、無い。

絵里の彼氏の武器だ・・・。」

優人が目を閉じながら綾菜に答える。


暗黒魔法に手を出してる絵里。

虎太郎の刀を持ち出している絵里。


この2つの情報で絵里が何をしようとしているか優人は何となくだが予想が出来た。


死者蘇生。

しかし、過去にカルマから話を聞いたとき、それは不可能だと教わった記憶がある。

暗黒魔法で出来るのはゾンビやリッチを生み出す事位だと。

そして、ゾンビやリッチは魔力の供給が途絶えると崩れると。

では、絵里は何をしようとしているのか?

恐らく、不毛な結果を招く何かをしようとしている・・・。


そんな優人の表情を見て、綾菜が優人に話し掛けてきた。

「思春期の女の子だもの。

恋心は大切だし、見境が無くなる事もあって当然だよ。

それを正すのが大人の役目。

ゆぅ君、認めて。

今、絵里ちゃんは暗黒魔法に手を染めてしてはいけない事をしようとしているって。」

優人は綾菜の言葉に深く頷き、そして答える。


「分かってる、綾菜。

しかし、絵里はどこにいるんだろう?」

絵里の部屋には絵里が暗黒魔法に手を出してる可能性しか見付からない。

では、絵里はどこへ行ったのか?

これが分からない事には解決のしようが無い。


「夜遅いけど、エルオ導師を訪ねましょう。

エルオ導師の動物の目を借りればすぐに見付かるわ。」

優人は綾菜の指示に従い、エルオ導師に力を貸して貰うべく、学生寮を後にした。



エルオの住み処は絵里達が使っている寮の横にある一軒家だった。

エルオは家の前で優人達が来るのを待っており、優人達の姿を見付けると向こうから声を掛けて来てくれ、すんなりと客間へと案内してくれた。

優人達が客間のソファーに腰を掛けると、先程絵里の部屋の鍵を開けてくれた女性が優人達にお茶を出してくれ、その後その女性はエルオの家を出ていった。

その行動を見て、優人はあの女性がエルオに前もって知らせてくれていたのだろうと察しが着いた。


「ニーナから話は聞きましたよ。

絵里さんが行方不明のようで・・・。」

お茶を一口飲むと、エルオが話を切り出した。


「はい。暗黒魔法にも手を出している可能性もあるので、急いで見付け出したいのです。」

エルオは魔法学園の長にしてエルンの国王でもある。

そのエルオに対し、暗黒魔法に手を出してるなんて言って良いものか一瞬悩んだが、動物の目を借りるエルオを今更欺いても意味が無いと考え優人は思った事を言う。

エルオはグラスをテーブルに置き、目を閉じ、少し間を開けてから答える。


「王都の・・・赤竜神殿跡地の地下にいる。1人・・・ですね。

地下にある祭壇で・・・シェードの召喚をしています。」


「え・・・。」

優人はあまりにも具体的すぎるエルオの回答に呆気に取られた。

地上界でも行方不明者を占い等で探すと言うのは見た事があったが、大抵その情報は曖昧で分かりづらい。

これを天上界でやるとこんなにも明確な物なのかと驚いたのだ。

そこで、過去の綾菜の言葉を思い出す。

『家から出たら、ずっと監視されていると思ってね。』

綾菜は絵里にそう忠告していた。

その意味がこれなのだ。


「シェード・・・ですか・・・。」

シリアの表情が曇る。


「シェードって何?

絵里は暗黒魔法で虎をゾンビにしようとしてるんじゃないのか?

何をしようとしているの???」

優人はシリアに聞く。


「まず・・・死後者は大きく分けてゾンビ、シェード、リッチの3種類に分けられます。

ゾンビとは死んだ遺体に魔力を込めて動かす事です。

その遺体に残った僅かな記憶を頼りに多少の意思は有りますが、ほぼ無いと思って間違いありません。

動きも筋肉の腐り具合によりますが鈍く、暗黒魔法使いは足止め用の兵士として使う程度の目的でしか造りません。

シェードとは逆に肉体を与えず、魂だけを呼び出して留めさせられている存在です。

肉体が滅び無くなったとしても、その人の大切にしていた物が有れば呼び出す事が出来ます。

しかし、意思は有っても、何も見えず、聞こえず、話す事も出来なくその存在は苦しむ事以外出来ません。」

シリアがまず初めにゾンビとシェードの違いについて説明をしてくれた。

優人はその話を必死に理解しようと整理をする。


「つまり、ゾンビは肉体のお化けでシェードは魂のお化けって事かな?

肉体は劣化するほどにその機能を失い、魂は気持ちの塊で話す口も、聞く耳も見る目も無いって事で合ってる?」

優人はシリアにその特性を簡略して聞く。

この特性を理解しておけば、いざというときに対処が取れる。


ゾンビが相手ならば脚を切断すれば逃げる事が出来る。

シェードは近付かなければ問題ない。


シリアは少し考えてから優人の言葉に頷き、そして、リッチについての説明をする。

「そして、リッチは肉体と魂を持った死後者。

既に死んでいるので死ぬことは無く、基本的に自分の魔力を自分に供給しているので倒すのは困難を極めます。

過去に優人さんが倒したカルマは蝙蝠の亜人でリッチ。

つまり、ヴァンパイアだった事になります。」


「カルマはリッチだったのか・・・。

って事は灰を清めれば倒せるんだ?」

優人はカルマの倒し方を思いだし、確認する。


「はい。」

シリアは優人に答える。


「魔力供給を絶てば良いなら古代語魔法のクローズでも倒せるのかな?」

綾菜がシリアに聞く。


「その通りですね。さすが魔法の応用力が高いと言われるだけの事は有りますね。

クローズでリッチ本人の魔力を止める事で供給を失ったリッチはその場で消えてなくなります。」

その質問に答えたのはエルオだった。


「エルオ導師。今、私たちは魔神イフリートの暗黒魔法使い達を追っています。

お力沿いは願えるのでしょうか?」

優人はソファーから立ち上り、エルオに聞くがエルオはここを離れる訳には行かないと首を横に振った。



優人は少しガッカリしながら、エルオの家を後にした。


「考えてみると、エルオ導師ってあまりいざこざに首を突っ込まないよね?

後ろから支援はしてくれるけど・・・。

暗黒魔法使いの話は世界的な問題だろうに・・・。」

赤竜神殿跡へ向かう途中で綾菜が何気無くぼやく。


「そう言われてみれば、そうですね。

大事になっても3賢者様が出て来て治めてますし・・・。」

シリアが綾菜のぼやきに答える。


「3賢者?この国にそんなのがいたんだ?」

優人は新しい用語に反応する。


「ええ。3賢者様。

ニーナ様、ラウリィ様、エドガー様のお3方です。

ニーナ様は、先程、私達にお茶を入れてくださった方で、古代語、風水とエルザの神聖魔法を扱います。

ラウリィ様はジハドの大司教。ジハド教の最高幹部で古代語も扱えます。

エドガー様はエルオ導師に次ぐ魔法使いらしいですが、風来坊性格が強く、滅多に国にいません。

綾菜の師匠です。」


「風来坊か・・・。能力高い癖に残念な人だね。」

と優人が答える。


「それをフォーランドにほとんどいないナイトオブフォーランドが言えるかしらね?」

綾菜がクスクスと笑って見せる。



そうこう話しているうちに赤竜神殿跡に到着する。

神殿は長い間人が使った形跡が無く、痛みが進んでいて壁には数ヶ所ヒビが入り、植物の幹が至る所に延びていて不気味さを引き立たせていた。


「お化け屋敷みたいだな・・・。」

優人が率直な感想を述べる。


「天上界でお化け屋敷とか・・・。

出るのはホンモノなんだろうね・・・。」

綾菜がため息をついて見せる。


「結局、ただの暗黒魔法ですから・・・。」

少し気が引けている2人に苦笑いを返しながらシリアが神殿の扉を開ける。


ギギィ・・・。

神殿の扉は重い音を立てて開く。


「シャイン!」

神殿に入ると、綾菜が月の光から明かりを取り、神聖内を照らす。

50人位は収用出来る位の大きさの礼拝堂が扉を開けるとすぐに広がっていた。

人は当然いなく、埃を被った椅子と机が等間隔で床に固定されて並べられている。


カツン・・・。

カツン・・・。

その静まり返った礼拝堂に優人達の足音だけが響き渡る。

優人は礼拝堂の奥にある祭壇に目をやる。

祭壇の上には一枚の大きな絵が飾られている。

絵は大きな木を大きな赤い竜が守るように大きな人に火を吹いていた。

その周りには小さな島や人の姿が描かれている。


「アムステルとジハドの戦いですね。

人々が世界樹を求め、ジハドが世界樹を奪うためアムステルと戦ったと言う神話の話です。」

シリアが絵を睨みながら優人に説明をしてくれる。


「この戦いの結果はどうなったの?」

優人はシリアに訪ねる。


「強大な力と力がぶつかると弱い人間に被害が出ます。

アムステルの炎の飛び火は街を焼き、ジハドの槍の風圧は近くの街を吹っ飛ばしたと言われています。

その結果、ジハドは世界樹を諦めました。」


「・・・。」

優人はシリアの話を聞きながら、その話の奥深さを感じていた。

恐らく、その後、世界樹を奪いに来た人間を憎み、アムステルは人里を焼き討ちにし、それに手を焼いたジハドは苦肉の策でアムステルをアニマライズに縛り付けた。

天上界の教典にはあまり興味が無い優人ではあるが、神話や歴史が好きな優人はシリアの話からこうやってジハドの話を結び付けるのが少し面白く感じていた。

強大な力と力のぶつかり合いは弱者に被害が及ぶ。

それは神や悪魔が実際に存在するにも関わらず、力を貸す程度しかしない理由の1つなのだろうか?

エルオ導師は過去に1度も表舞台に立った事がない理由もまた、神や悪魔と同じ理由なのではないか?

優人は絵を眺めながら、エルオの存在に1つの仮説が思い浮かんだ。



「地下の祭壇からは少しだけ俺と絵里だけにしてくれないか?」

地下へと降りる階段を見付け、降りる途中で優人は綾菜とシリア、ミルフィーユに言う。

3人は黙って頷き、階段を降りていった。


地下は階段を降りると少しだけ踊り場があり、大きな扉になっている。

その扉を開けると、そこには1階の礼拝堂と同じくらいの大きさの広場があり、その広場の中心には小高くなっている祭壇があった。

祭壇に登る階段が優人のいる入口から見て真正面にある。

その上に絵里の姿があるが優人はとりあえず、部屋の端に目を向ける。

部屋の端の方には見覚えのある大きな野太刀と『ヴヴヴ・・・。』と声だか何だか分からない音を出しながらもがく影のようなモノがある。


あれが・・・虎の魂の成れの果てか?


優人はその影を見て、虎太郎を不憫に思った。

そして、視線を祭壇の上に送る。

そこには黒いローブを身に纏い、紫色の口紅を付けた絵里の姿がある。


「やっぱり、ここに来たのは優人さんか・・・。

カルマの時もだけど、カンが鋭いよね?」

いつも感情豊かな絵里だが、今回は話し方が淡々となっている。

これから叱られると分かっていながら、親と会った時に取る思春期の娘の態度その物だと優人は思い、少しホッとした。


「学校はどうした?

魔法の勉強をしたいと言い出したのはお前だろ?」

優人は返事の分かりきった質問を絵里にする。


「これだって勉強だよ?暗黒魔法の・・・。」

絵里は優人から目を反らしながら答える。

その仕草に優人は苛立つ。

それがやましくない無いと本気で思っているなら目を反らす必要は無いのだから。

目を反らし、言い返すのは悪いと知っていながら開き直ろうとする人間が取る態度だ。


「暗黒魔法は魂を媒体にする魔法なんだろ?

自分が何をやってるか分かっているのか?」

優人は絵里に詰める。

絵里は下を向きながら手を後ろに組ながら床をカツンと蹴り、呟く。

「優人さんはいつも正しいよね・・・。だから嫌い。」


正しい?


優人は天上界に来て、自分が正しいなんて思った事は1度も無い。

人を殺し、嘘を付き、騙してここまで生きて来ているのである。

思いもよらない絵里の呟きに優人は言葉を失っていた。


「正しいから何なの!?正しいから幸せになれるの!?だったら虎を返してよ!!!

私は正しくなくても、虎の影は呼び出せたの!!このまま生き返せればそれで良いの!!

邪魔しないでよ!!!!」

黙る優人に絵里の感情が爆発する。

その言葉に優人は再び腹を立てる。


「その影が虎だと?ふざけるんじゃねぇ!!

幕末の誇り高き武士が人前であんなにもがいて見せるものか!!

あれが死ぬ直前ですらお前に微笑みかけて見せた誇り高き男の姿か!!

虎がお前をカルマと同類にしてまで生き返りたいと言ったか!?」


「そんなの・・・知らないよ!!生き返った後に虎に謝るもん!!」

言うと絵里は自分の周りに半透明の黒い球体を5つ産み出した。

優人も一端抜刀する。


「この球体ね、カースボールって言って触れても当たった感触が無いんだって。

怪我もしないけど、後で当たった所が破裂するみたいだよ。」

目に涙を浮かべた絵里が優人に魔法の説明をする。

その意図は恐らく、魔法を使えると言う自慢である。

絵里は風水魔法を覚えたときも優人に自慢気に見せてきた。

覚えて、成長した事を優人に伝え誉めて貰いたい。

それが絵里と言う女の子の性格なのである。

犯罪には向かない性格。

憎むことも恨むことも出来ない、根っからの明るい性格。

出来るものならば苦しめたくたいし、いつまでも馬鹿みたいに笑っていて貰いたいと優人は思う。


カースボール。

絵里の説明だけだと痛みも何も与えずに敵を倒す魔法。

確かに触った感触が無いと言うのは組しづらい。

カースと言う魔法の名前からして、あれは呪いの球体と言う意味合いなのだろう。


パチンッ!

優人は納刀をし、鯉口をしめる。

まずはカースボールの動きを見定め、完璧に回避をしてから絵里に接近するつもりである。


「知ってるよ。

普通なら刀を納めたらみんな油断するかも知れないけど、私は優人さんの得意技は抜刀術だって。

だから刀を納めても安心はしないから。」

絵里は的外れな推測を立て、それを口にすると右手を前に出す。

すると、絵里の後ろに浮いていたカースボールがフワフワと前へ動き始めた。


優人は絵里の右手の動きを見ながら絵里のいる祭壇を回り込むように右側へゆっくりと移動する。

すると、絵里は右手の平を左に向け、指を左方向に少し折った。

するとカースボールは優人のいる右方向。

絵里から見ると左方向にゆっくりと進路を変えた。


優人は立ち止まり、今度は左へと移動を始める。

すると絵里は右腕を捻り、手の平を右に向けて指を曲げる。

カースボールは優人のいる左へと進路を変える。

それで優人は絵里のカースボールのパターンを見極めた。


あのボールは絵里の手の平を中心にし、その中心と指の位置関係で動きを変える。

操作系の魔法である。

自動追尾系の魔法では無くてとりあえずは安心した。

優人は絵里の右腕に負荷の掛かる左回りに走り出した。

絵里は無理な姿勢でカースボールを右方向に移動させて、優人を追いかけさせる。

この部屋は祭壇を中心にぐるりと一周回ることが出来る。

優人はカースボールを離しすぎないよう、ゆっくりと右方向に移動しながら、祭壇の後ろまでカースボールを誘導させる。

そして、真後ろまで来た時点で優人はカースボールを引き離すようにいきなりダッシュをした。


「えっ!?」

絵里が焦りながらカースボールを操作する。

しかし、地上界の普通の女の子をやっていた絵里にこういう操作が上手く出来る訳がない。

もし、ラジコン操作の経験があればカースボールの軌道修正をもっとスムーズに出来たかも知れないが・・・。

ラジコンの操作は実は意外と難しい。

左右が案外こんがらがって思い通りに走らせる事が出来なかったりもするものである。

それが女の子であれば顕著にその苦手っぷりが分かる。

優人はぐるりと祭壇を1周し、階段前まで来ると、今度は祭壇目掛けて一気に詰め寄る。


「ミッションドライヴ!!2速!!」

「3速!!」

直線ダッシュになると同時に優人は移動速度をドンドン上げ、階段をかけ登る。

絵里は突然の優人の速度に着いてこれず、ビックリした表情のまま、後ろへ倒れ込んだ。

優人は左腕を絵里の腰に回し、右腕で絵里の首の後ろの付け根に手を添え、倒れる絵里を抱き止めた。

絵里は斬られたと思ったのか口をパクパクとしている。

優人はその姿勢のまま絵里の耳元でゆっくりと囁く。


「策略と称して人を騙し、襲いかかる人を殺してきた。

日本の法律では人を騙すことは詐欺罪で人を殺す事は殺人罪だ。

例え襲われたとしても、殺してしまったら正当防衛は適用されず、過剰防衛と言う罪が問われる。」

絵里は目を大きく見開きながら優人を見ている。

恐らく、まだ自分の状況が理解出来ていないのだろう。


優人は話を続ける。

「俺は絵里の親代わりとして、『正しさ』を教えてやるなんておこがましい事は出来ないんだ。

いや、むしろ例えそれが悪であっても絵里が本当に幸せだと思うならば、お前と一緒に悪に堕ちてやる。

お前を悪だと言って成敗しに来る奴がいるなら俺がそいつをぶった斬ってやる!!」

優人の口調が徐々に強くなり始める。

絵里は優人の話を聞き入りはじめて来ていた。


「けどな・・・。そんな俺でも教えてやれることが1つだけある。」

優人は息を飲んで呼吸を整え、力を込める。


「何があっても自分が大切だと思った人を傷付けるな!!!」

優人の声は礼拝堂中に響き渡り、外で待っていた綾菜達の耳にも入り込んだ。

綾菜達は驚いて祭壇に入って来て、状況をすぐに把握する。


「あそこでもがいている虎が幸せか!?

虎は絵里がカルマと同じ暗黒魔法使いになることを望むか!?

虎が死後者として蘇ることを望むと思うか!?

そんな虎と一緒になって絵里は幸せか!?」

優人の質問に絵里は声を出して泣き始めた。

細く、弱々しい両腕で優人の背中を必死に抱き返し、少しでも自分の苦しみを和らげようとしながら絵里は泣きじゃくる。



「地上界の大人はこうやって子をしつけるんですね。何だか素敵です。

もしかしたら、地上界の人間の方が立派だとすら感じます。」

優人と絵里を眺めながらシリアが綾菜に言う。


「地上界には魔法が無いからね。

出来ない事が多いから、何処かで折り合いを着けないとやってられないのよ。」

綾菜がシリアに答える。


「それが、立派だと思います。

優人さんも、あなたも・・・やっぱり大人ですね。」

言うとシリアは部屋の端へと歩き始め、虎太郎の影に近付いた。


「あ・・・。シリアさん・・・。」

虎太郎の影に近付くシリアに気付き、優人から離れ、申し訳なさそうに絵里がシリアを呼んだ。

シリアは虎太郎の影の前に立つと、絵里の方を向いた。


「絵里さん。涙を拭いて下さい。お別れは笑顔で見送って安心させるものです。」


「えっ?」

シリアの言葉の意味を理解出来ず、絵里は聞き返すが、シリアは返事をせず、影に手をかざし祈りの言葉を虎太郎に捧げる。

すると、虎太郎の影は少しだけ苦しんで見せるが、その後、影の色が消え、虎太郎の姿が現れた。


「虎!!!」

虎太郎の姿に気付いた絵里が祭壇を飛び降りシリアの共へ駆けていく。

虎太郎の周りには光が浮かび、その光は空へ向かって伸び始め、虎太郎は空へ向かって浮かび始める。


「虎!」

絵里が必死に虎太郎に呼び掛ける。

虎太郎も絵里をジッを見詰めていた。


それを見たシリアがボソッと口を開く。

「高等魔法なので少しだけですからね。」

シリアが苦しそうな顔をすると、虎太郎の周りの光が一層強く光だした。


「えっ?何が起こってるがか!?」

突如懐かしい土佐訛りが聞こえてきた。

「虎!!聞こえるの!!」

絵里が光の真下へと行き、虎太郎を呼ぶ。


「おお。絵里じゃないかが?無事じゃったんだな?

なんで黒いローブと変な口紅を付けてるがか?」

虎太郎が絵里に何気無く聞く。

その質問に絵里の顔が強張る。


暗黒魔法を使っていた。


そんな事を絵里が虎太郎に伝えるなんて酷な事だろう。

優人は祭壇の上で立ち上り、気を取り直そうと息を吸う。


「黒は女を引き立たせるの。

そんな彼女に掛けてやる彼氏の言葉は決まってるでしょ?」

優人より先に虎太郎に言ったのは綾菜である。

綾菜に言われ、虎太郎は少し顔を赤らめた。


「なぁに?綺麗だよとかも言えないの?虎は成長しないなぁ~・・・。」

絵里は綾菜に乗っかり調子に乗る。


「ぶ・・・武士はそういう事、言わんきに!!」

虎太郎はじゃじゃ馬2匹相手に必死の抵抗を見せる。

優人は祭壇の上でまた腰を掛けて虎太郎に心の中でツッコミを入れる。


そいつらにその反論は火に油だ。虎はまだまだ若いな・・・。


案の定、じゃじゃ馬2匹の反論は始まる。

「はぁ?それじゃあうちのゆぅ君と一緒じゃない!?

日本人の男どもはほんっとに欠陥品ばっかなんだから!!」

と、綾菜。


思わぬ所で飛び火が来た。

強者の飛び火の被害は弱者にはきつい・・・。


優人はさっきの絵を思い出しながら、身を小さくして隠れる。


「みんな・・・。この魔法は・・・ちょっと辛いから、バカ話はそれくらいにして・・・。」

シリアが盛り上がる2人を嗜める。

絵里は1度息を吸って、虎太郎をしっかりを見詰めて言葉を放つ。


「虎、大好き。」

それに対し、虎太郎も答える。


「わしもじゃき。幸せになれよ。」

答えると、虎太郎は空へ向かって登り始めた。

絵里は虎太郎の昇っていった天井ををずっと眺めていた。

シリアの魔法の効果が消えても暗く戻った天井をずっと・・・。

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