第三話~旅立ち~
翌朝、優人はベッドで目をさます。
昨日の夜、絵里が魔法の練習をしたいからと言い、テーブルの上を水の入ったコップで陣取った為だ。
絵里がコップから水の塊を取り出した時は優人も興奮した。
優人自身は魔法に興味は無かったが、武器の耐久性向上や攻撃力の上昇。
それと自身の防御を上げられるなら、魔法を少しかじってみたいと思い、明日、一緒にエシリアの元に行きたいと絵里に申し出た。
絵里は疑っていたが、決して胸のでかい20歳の娘に興味がある訳では無い。
目的が叶うなら、もう八万出して優人自身の魔腔も開いてもらっておきたい。
絵里は魔法の練習で疲れたのか、片づけもしないでそのまま寝ていた。
優人は部屋が汚れていても気にしない性格なのだが、絵里は自称不良少女の割にその辺もしっかりしている。
やはり、絵里が不良だと言うのは、地上界の大人の評価の仕方に問題があるのだろう。
優人がのそっと起き上がると、絵里が目を覚ました。
「あっ!!また置いて行くつもりだったでしょ!?
そういうの優人さんの悪い所なんですからね!!」
起きてそうそう優人は絵里に説教される。
先日の槍の購入以来、絵里は優人に口うるさくなってきた。
もっとも、優人は自分の気持ちを直接ぶつけられるのを嫌とは思わない。
今日は絵里と行かなきゃいけないんだから置いて行くわけないだろ。
と心の中で思ったが、こういう時の女性は言い返すと倍返しを食らう。
ここは言い返さないのが得策と言うのは優人の人生経験からなる処世術だ。
「はいはい。」と優人は絵里に謝る。
その後、絵里の準備を待って二人で食事を済ませ、エシリアの家へ向かう。
その前にカムイとの戦闘で傷ついた居合刀を鍛冶屋に預ける。
優人は日本刀の研ぎなおしをこの世界の鍛冶職人に頼むのは少し気が引けたが、その鍛冶職人が日本刀の『刃の目』の違いに気が付いたので信用し、預ける事にした。
エシリアの家は村から少し離れている。
なぜ村から距離を置く必要があるのか疑問に思ったが、聞いても恐らく大した理由ではないのであろう。
絵里が扉をどんどん叩くと若い女性が中から出て来た。
「あら、絵里ちゃん。昨日の今日で遊びに来てくれたの?」
言って、優人の存在に気付き、会釈をする。
確かに普通の女性だ。
「はい。優人さんがエシリアさんに興味があるっていうもので。」
絵里がエシリアに答える。
「魔法な。」
優人が間髪を入れずに自分のフォローをする。
エシリアはくすくす上品に笑うと部屋に入れ、紅茶とお菓子を出してくれた。
「俺は見ての通り剣士なので、魔法使いにはなる気はないのですが、もし、魔法を使う事で武器や肉体の強化になるならと思ってお話を伺いに来ました。」
下手に痴話話をしていたら絵里が何を言い出すが分かったものではない。
優人は要件を単刀直入に言う。
エシリアは答える。
「武器強化や肉体強化の魔法は存在します。
風水魔法では無く、元素魔法と言われる種類の魔法です。
風水魔法は自然にあるものの力を引き出す魔法ですが、元素魔法は自己の中にある魔力を使い、一時的に補強する魔法です。」
「なるほど。つまり、元素魔法は元素魔法の先生を探す必要があるのですか?」
と、優人。
「いいえ。元素魔法に師は必要ありません。
元素魔法とは、全ての魔法の元となり素材になる魔法。
つまり、魔腔を開いて、魔力の溜め方、発動の仕方を覚えてしまえば良いだけです。
やはり熟練度によって効果は変わってきますが・・・。」
エシリアは丁寧に優人に答えてくれた。
「なるほど・・・。では、その魔腔を開く儀式を俺にもお願いしても宜しいですか?」
優人はエシリアに依頼をする。
天上界で旅をするならば、今後必ず魔法使いとの戦闘も発生すると予測できる。
ただの剣士で処理しきれる自信は無い。
優人は魔腔を開いた方が良いと判断した。
「よろこんで。絵里ちゃんの時に一度料金を頂いていますので7万ダームに割引きいたしますね。」
エシリアが割引までしてくれた。
「それはありがたい。是非是非。」
優人は手を合わせてお礼を言った。
儀式が終わると、もう昼が近くなってきていた。
「これからお食事の用意をいたしますね。絵里ちゃんも手伝って下さいますか?」
「はーい!」
絵里は立ち上がり、エシリアの元へ小走りしていく。
「優人さんはそちらで本でも読んで待っていてください。」
エシリアが台所から優人に言う。
「はーい。」
優人も絵里のマネをして返事をする。
優人は風水魔法の入門書を見つけ、本棚から取り出す。
この本も翻訳の魔法が掛けられている。
風水魔法とは・・・。
地、水、火、風を始めとする全ての自然物を己の意のままに操る魔法の総称である。
この魔法習得の序盤は物理的に操る事から始まる。
そして、操る事が出来たら、その性格属性を利用する術を覚える。
性格属性とはそのモノが持つ性質。
例えば、『優しく流れる水』は癒しの力。
『停滞している水』には状態異常、腐食の力がある。
『激しく流れる水』には攻撃性。
と言った事だ。
それぞれの性格属性を抜きだし、利用する事が風水魔術の存在意義と言える。
同じ水なのに状況によって効果が変わる。
確かに、流水は気持ちいいし、溜池のように動かない水はカビや藻が発生しやすい。
ホースの口を絞ると水の勢いは強まり、当たると痛いと言うのも分かるが、それが性格属性と言うのだろうか?
その効果のみを抜き取るのが魔法の効果か?
「ふむ・・・分からん。」
優人は本を読みながら感想を口にする。
「性格属性を利用するときに初歩の物理利用が役に立つのです。」
食事を持って来たエシリアが本を読む優人に説明をする。
「物理利用?」
優人は聞きなれない言葉を聞き返す。
「はい。」
言ってエシリアは食事をテーブルに置き、自分も座る。
それに続き、絵里も来る。
「見てて下さいね。」
言うとエシリアはコップに指を入れ、絵里が昨晩やっていたように水の塊を魔力で作り、水を取り出す。
その水の塊からそっと指を放すと、水の塊はそのままこぼれることなく浮かび続けている。
その水を優しくエシリアがなでると、水が動く。
その動いている水に手を振れ、少しすると触れた手が光り出す。
エシリアの優美な指の動きに、つい優人の目は釘付けになっていた。
「これが、その本に書いてある、『優しく流れる水の癒しの力』です。これを怪我口に当てると傷が治ります。」
エシリアは抜き取った青白い光を優人に見せて、説明をする。
「おお・・・。魔法っぽい。つか、絵里、こんな事まで出来るの?」
優人は魔法の凄さを何となく感じ、この力を絵里が使えたら旅はかなり楽になると思った。
「出来ないよ。エシリアさんだから出来るんだもん。私は練習中。」
絵里は優人をジト目で睨む。
「ですよね?」
優人はちょっと絵里をバカにする。
二人の間で意味不明な火花が飛び散る。
「あっ。そうそう」とエシリアが手をポンっと叩いた。
「優人さん達は神隠し子と言う事でこれから旅に出るんですよね?」
「ああ。はい。」
優人が答える。
「実は私の風水魔法の先生にお届けするはちみつを取りに行きたいのですが、裏山は山賊が出るらしくて、お守りしてくださる冒険者を探していたのです。
お願い出来ますかしら?」
と、エシリア。
「よろこんでお受けします。
今ちょっと武器を手入れに出しているので少し後になりますけど。」
優人は二つ返事で答えた。
「はい。後もう一つ。その先生はこの村を出て、南に十日程歩いた所に住んでいるのですが、そこまでの護衛もお願いします。」
エシリアが優人に追加の依頼もしてくれた。
見知らぬ土地の旅なので、この土地の人間が一緒に来てくれるのはかなり心強い。
むしろ優人がお願いしたい位の申し出だ。
「それもありがたい申し出です。旅をしながら絵里の魔法の練習になりますし。」
優人は素直にエシリアに礼を言うとエシリアもニコリと微笑み返し、話を進める。
「では依頼料として、私が見習い時代に使っていた風水魔法の杖をお渡しいたします。
この杖の先端についている四つの石には地、水、火、風の精霊が封印されています。
石を触って魔力を注入することで、それぞれの属性の物が出ると言うアイテムです。」
「え?それは高価なんじゃないですか?」
マジックアイテムが高価なものだと言う事は流石に魔法経験の無い優人でも想像が付く。
流石に気が引ける優人だが、エシリアは相変わらず微笑みながら答える。
「私の可愛い弟子ですもの。受け取って下さい。」
絵里は喜んで杖を受け取った。
「エシリアさん・・・本当に良い人だったな。」
帰りの道中、優人は絵里に話しかけた。
「でしょ!?なんか優しいお姉さんみたいで、私大好きなんだ。」
絵里はエシリアからもらった杖をいじりながら優人に答えた。
「だな。」
と、嬉しそうな絵里の横顔を見ながら優人は相槌を打つ。
「はちみつ、早く取りに行こうね!!」
絵里は楽しそうに優人に言う。
絵里は遠足のような感覚なのだろうと優人は思った。
裏山にちょくちょく行ってきている優人は、裏山で散々戦闘を行い、身の危険も経験している。
さほど安全な場所ではないのでが・・・。
釘を刺した方が良いかと一瞬考えたが、せっかく楽しそうにしている絵里に水を挿すのも良くないと考え、止めた。
どうせ、降りかかる火の粉は優人が振り払えば良いだけの話である。
「おう。槍の扱いはまだまだだけど元素魔法も利用すればかなり楽かも知れないしな。」
優人は絵里に答える。
ガチャ
優人達が酒場の扉を開けるとマスターがコルクボードに新しい依頼書を貼り付けていた。
「新しい依頼ですか?」
マスターの背中から優人が声を掛けた。
「ああ・・・野菜泥棒退治だ。」
マスターは顔をかしめながら優人に答える。
「野菜泥棒?狼か何かですか?」
と、優人。
「いや・・・手口からして、人だな・・・。」
マスターが言うと、優人は周りを見渡す。
「犯人に心あたりがありそうだな?」
周りを気にする優人を見てマスターが優人に聞く。
「いや・・・田中達の姿が見当たらないと思いまして・・・。」
優人は野菜泥棒の第一容疑者と思った人間の名を上げる。
「俺もそこを怪しんでいる。地上界は仕事して稼ぐと言う文化は無いのか?」
マスターが失礼な事を聞いてくる。
悪気は無いのは分かっているが・・・。
「地上界も生活の中心は仕事ですよ。
それより、退治って殺すんですか?」
優人は一番気がかりになっている事を聞く。
「この依頼を受けた冒険者次第だな。
仕事の内容としては野菜泥棒を無くして欲しいってだけだからな。
お前さんが捕獲してこの村の牢屋にブチ込んでくれるのが一番平和かも知れん。
依頼料は1万ダーム。安いがな。」
マスターは料金の安さを気にしていた。
最近の優人は1日で20万以上稼ぐ。
野菜泥棒なんて、時間は半日近く取られその報酬が1万ダーム。
稼げる冒険者がやるような仕事では無い、とマスターは判断しているのだろう。
「マスター・・・ひきうけるかどうか判断する前に現場に案内していただけますか?
絵里は今回は留守番な。」
まだ田中達が犯人だとは断定は出来ない。
しかし、今までなかった野菜泥棒事件と自分達の神隠しのタイミングがタイミングだけに万が一を考える。
もしも田中達が犯人だった場合、本当に地上界の大人達に対する信用を絵里は無くしかねないと優人は思った。
最悪優人は田中達を切り殺す可能性がある。
そんな光景を絵里に見せたくない。
そんな優人の気持ちを優人の表情を見て悟ったのか絵里は素直に部屋で魔法の勉強をすると答えてくれた。
いつもならだだをこねるのに・・・やはり賢い子だと優人は改めて絵里を評価した。
優人はマスターに案内されるまま、被害にあった畑についた。
畑は村の入り口の門のすぐそばの畑である。
山賊や狼ならばむしろ村から離れ、山に近い場所を狙うはずである。
近いという事は村の誰かが犯人である。
そして被害にあった場所に付き、土を触ろうと優人がしゃがむと、人口的に作られたフローラルな香りが優人の鼻をついた。
香水・・・。
昨晩の夜の犯行と考え、こんなに長時間匂いって残るものだろうかと一瞬考えたが、ここ数日間風呂に入れてないであろう3人を思うと、自分の体臭を隠す為に多めに香水を使っているという事も考えられる。
「マスター・・・。今日辺り、この畑の仕事を田中達が請け負ったという可能性はありますか?」
天上界の人間は香水など使わない。
というか、この香水は伊藤が付けていた香水と同じ匂い。
となると少なくとも伊藤がここに来たのはほぼ確定である。
ならば仕事であってくれる事を祈るしかない。
「いいや。昨日の夕方過ぎ位からあいつらの姿は見てないな・・・。」
「ふむ・・・。」
優人は立ち上がり被害にあった場所を眺めながら考える。
田中達を裏山の部屋に残す事は出来た。
そうすれば、あいつらはあの部屋で餓死をしたかもしれないし、山で山賊に殺されたかも知れない。
この犯罪は起こらなかったかもしれない。
それを優人は助けてしまった。
例え少量でも責任は優人自身にもある。
自分の巻いた種ならば自分で刈り取るべきか・・・。
優人は深くため息を付くとマスターに話始めた。
「この依頼、田中達の可能性が高いですね・・・。
もし彼らの仕業ならば今回の依頼料は受け取れません。」
優人の言葉にマスターは目を丸くする。
「お前さんは関係ないだろ?」
「一度でも助けたのは俺です。
それより、捕獲の場合、彼らは食事等はどうなるのですか?」
と、優人。
「天上界は罪人の罰はほぼ同じでな・・・。
素っ裸にして顔に罪人の入れ墨を入れて男女関係なく同じ牢獄に入れる。
食事はパン一切れとコップ一杯の水を渡すのみだ。
そこで死ぬ奴はそれまで。
後は村人の代表10人が罪人が反省したかどうかを定期的に確認して、10人が全員許可を出せば解放される。
しかし、顔に付けられた入れ墨は一生取れないからどこにいても罪人扱いから始まる。
まぁ、フォーランドはもともと海賊の国ってのもあるからそんな大した問題じゃないがな。」
なかなかえぐい罰だ・・・。
マスターの話を聞いて優人は少し引く。
「けどな・・・。
罪に対して割りの合う罰じゃあ意味がないと思わねぇか?」
優人の表情を見てマスターが話し出した。
「1個のキャベツを作るのに農家の人間は半年以上かけるんだ。
半年かけて1個300ダームで売るキャベツを作る。
泥棒が無くても病気や虫食いにやられて金にならねぇ事もある。
そんな労力ばっか掛かって実入りの少ない仕事をしてるんだよ。
そんな努力の結晶を何の苦労もしてない奴がたったの一晩で持っていくんだ。
やられた方ははらわた煮えくり返るだろうよ。」
・・・。
マスターの言う通りだと優人も納得をする。
電車でキセル乗車という犯罪が日本でも横行している時代があった。
見つかると罰は倍の運賃で済まされる。
何度捕まっても公共機関の乗車拒否はできないらしいので見つかっも食らう罰則は運賃の倍で済んでしまうのだ。
倍の運賃で済むのなら、キセルは3回成功してしまえば1回分得をしてしまう。
もっと成功回数を重ねればもっと得をしてしまうルールとなっている。
罪に罰の割りが合ってしまうと、それは大した強制力にならないのである。
農家の人の気持ちも考えるとこれくらいの方が寧ろ良いのかもしれない・・・。
そもそもルール違反はしてはいけない。
しないのが鉄則なのだから罰なんてどんなに大きくても真面目に生きているならどうでも良いのだから。
むしろ罰が大きければ大きいほど強制力が増して犯罪の件数も減るのではないだろうか?
「分かりました。
お引き受けします。
しかし、犯人が田中達だった場合はやはり1万ダームは受け取れません。
農家の人に渡して下さい。」
優人がさっきより強めの口調でマスターに言うとマスター素直に引き下がった。
マスターを村に戻し、優人は一人で畑の周りの探索を始めた。
被害にあった畑の場所は裏山へ向かう道の両脇の畑だ。
この位置からしても田中達の犯行だと言う仮定を肯定していると優人は判断する。
裏山から下りてきた時に嫌でも畑の存在の確認が出来るからだ。
ただでさえも土地勘の無い場所では、無駄に動くのは勇気がいる。
出来る限り知っている範囲で用事を済ませたいと考えるのは当然だ。
昨晩被害にあった野菜はキャベツ。
天上界には見知らぬ野菜が多く栽培されているが、この野菜は地上界でも良く食べられている。
この村で栽培されている野菜で、地上界でも見覚えのある野菜は大根、人参、キャベツの三種。
自分もそうだが、明日どうなるか分からない状況で見た事もない野菜に手が伸びるほど度胸があるとは思えない。
大根は生で食うには辛すぎるし人参の生は、優人の中ではありえない。
結論、今夜も犯人はキャベツを狙う。
優人はキャベツ畑に的を絞った。
次に犯行時刻について。
犯人が田中達とすれば、動機は空腹による犯行で、計画性が無い。
つまりは毎日やるので、今日もやるだろう。
盗みを働く時間は人目の付く日中に堂々とやるのは自分に自信があるタイプの人間か、夜に動くのに不都合がある場合のみ。
特に理由が無い場合、夜にやる。
つまりは『毎晩、日が暮れてから夜明け前の間。』と言う事しか予測が出来ない。
優人はキャベツ畑に的を絞り、さりげなく立っている木の根元に腰を下ろし、田中達を待つことにした。
季節にして今は5月頃だろうか?
昼は過ごしやすいが、夜は若干肌寒い。
先日買っておいたマントがちょうど良い体温を保ってくれていた。
これは飽きるなぁ~・・・。
待ちの仕事が自分には向いていないことは自覚している。
依頼で熊のカムイや山賊の頭討伐を問題外にしたのは一つの目標を探す作業が嫌いだからである。
そういえば今、居合刀は鍛冶屋に預けてて持っていない。
槍での攻撃はカムイの眉間以外にやっておらず、まだ自信はない。
居合刀なら殺さず倒す事も出来るが、慣れていない槍で突き刺せば下手をすれば殺してしまう。
優人は背中に背負っているショートスピアを抜いて槍の作りをじっくり眺める。
先端の刃は突きやすそうに尖っている。
刃は両方とも切れる位のレベルには研がれている。
これは逆を言えば、下手な当て方をすれば刃はかける可能性がある。
居合刀程ではないが、扱う時は気を遣う必要はありそうだ。
ん?
優人は槍の持ち手の所。
剣で言う柄部分に目をやる。
当然だが、剣と比べて圧倒的に長い。
槍のこの部分は金属のような物で出来ていて、中は空洞ではなさそうだ。
頑丈なら柄で殴るのは有りなのか?
ここに昼間教わった元素魔法を掛け、補強したらどうだろうか?
優人はおもむろに立ち上がり槍を振り回す。
柄を使った攻撃は出来そうだ。
柄の中心を両手で持つとかなり扱かいやすい事に気付く。
「ほぅ・・・。」
槍を短く持てば穂の長さだけでも絵里のナイフより長い。
剣みたいに扱えないか?と思い試してみる。
柄が重すぎてバランスが悪いのでこれは無しだ。
・
・・
・・・。
私は田中正義、55歳である。
とある商社の営業として入社したが、私には営業の才能は無かった。
私以外の同僚は営業に赴き、新しい契約を取ってくる。
そんな同僚たちはインセンティブを貰い、私より良い給料を取っていた。
いつまでたっても営業で好成績を出せない私は、社内の上司のご機嫌を取る事で昇進する事が出来る事を知った。
それ以来私は営業そっちのけ上司の機嫌をとり続け、今の地位に至る。
私と一緒に入社した同僚達は営業成績は良くても上司に気を遣う事をしない。
その為あいつらはせいぜい課長や次長程度の地位にしかなっていないのだ。
誰に認められるかが会社人にとっては必要なのだ。
客に嫌われようと上司に気に入られれば評価される。
そんな会社組織の簡単な構造に気づかず、バカ見たいに客と契約をし、会社に金を入れる。
その金が私の高給になっているとも知らずに・・・。
私の部下どももバカばかりだ。
私の機嫌さえとれればさっさと面倒くさい営業の仕事から離れ、楽をして良い給料を取れると言うのにそれをしない。
私の機嫌を損ねれば私の権限で地方へ飛ばされ、戻っても私の采配で一向に昇進なんて出来もしないのに・・・。
そんな私は何故か天上界と言う変な場所に飛ばされた。
一緒に飛ばされてきた面子は本当に最悪である。
伊藤紗季は良い女だが、口答えはするし、ヤらせてもくれない。
所詮はバイト出身のバカ女といった所だろうか?
高橋純一という男はどこだか良い寿司屋の板前をしていたようだが、魚も米もないここではそんな技能なんの役にも立たない。
おどおどしていて自分を持っていないという所もあり、心の底から使えない男だ。
星崎絵里というクソガキはまだ子どもの癖に大人の言う事を聞かず、人を見下した目で見るのが腹立たしい。
1回強めにひっぱたいて教育をする必要があると思う。
その中でも一番ひどいのが水口優人という男だ。
私が商社で部長をしているというのに、私のいう事を全く聞かず、私に一切協力をしようとしない。
今私に恩を売れば地上界に戻った時に良いポストでも用意してやっても構わないというのに、そういう野心を全く感じない。
あの手のタイプを見ていると営業成績を上げているが上司への態度のせいで昇進ができなかったバカな同僚達を思い出す。
水口と星崎は今のところ天上界で上手くやっているようだが、上司への気遣いが出来ないので近い未来痛い目に合うだろう。
それはそれとして、今私に付いてきている役立たずと無能にも腹が立つ。
ここ数日ろくに飯も食わず、腹をすかして困っているという時にどうすればいいのか自分で考える事すら出来ない。
高橋は酒場に張り出されてた「畑仕事」をやるつもりでいた。
大の大人が1日働いてたったの5000ダーム。
「バカにしているのか?」とすら思える安い日当だ。
伊藤は優人に上手く取り入って金を工面してもらうとか言っていたが、優人にろくに相手にされてすらいない。
この状況を顧みて、私が『夜中に畑の野菜を盗む事』を提案した。
1日5000ダームで大の大人を使おうとした畑の農家への仕返しという意味も込めての私の作戦である。
この天上界の人間はみんなお気楽で村の外で夜になると人にみつかりづらいにもかかわらず、こんな所に畑を作っているのだ。
初日は大成功し、久しぶりに腹いっぱいキャベツを食べまくった。
伊藤も高橋も文句を言いながら私の案を喜んでいる。
これが部長まで昇進した私の実力だとあいつらもそのうち分かるであろう。
今夜もこれから野菜祭りである。
・
・・
・・・。
ガサガサ
優人が木陰でうとうとし始めた時、不意に物音がした。
きたか!?
優人は身をひそめて物音の方を見る。
夜目で顔までははっきりしないが3人組の人間だ。
香水の匂いが風に揺られて優人の鼻を突く。
この距離で匂うって付けすぎだろ!?
優人は女性からほのかに香る香水交じりの香りには滅茶苦茶弱い。
綾菜が良く匂うか匂わないか位の香水を時々使っていたからだ。
しかし強すぎる香水の香りは吐き気する位嫌いである。
香水は今のところ天上界ではこの匂い以外嗅いだことがない。
伊藤の香水だと確認する。
伊藤達と思われる人影は静かにしゃがみ、キャベツをむしりだす。
優人は静かに近づく。
「窃盗は地上界でも犯罪だろ?」
キャベツに夢中になっていた3人は優人の突然の声でビクッとなる。
やはり田中達だった。
絵里に見られないで良かったと思う。
ただでさえ大人嫌いの絵里に、ここまでみっともない大人の姿は見せたくはない。
「な・・・優人さん・・・。」
力なく田中が声を出す。
「お前ら・・・1万ダームで討伐依頼が出てるぞ?
素直にお縄に付いとけ。」
優人は出来る限り感情を抑え、冷淡に言う。
「え?殺されるんですか?」
高橋が顔を真っ青にして優人に聞いてくる。
「依頼を受けた冒険者次第だな。
ここで黙って捕まるなら、村の牢獄で済むように頼んである。」
と、優人。
「優人さんが悪いんじゃないですか!!」
伊藤がヒステリックに怒鳴る。
「ん?」
まさかの逆切れに優人は呆気に取られる。
「優人さんが中途半端に助けるからこうなったんでしょ?
どうせ助けるなら、絵里って子みたいに手厚く面倒見てくれても良いじゃないですか!?」
伊藤の主張に優人はがっかりする。
優人はこういう考え方が大嫌いである。
助けてやったのに、今度は逆恨みだ。
しかし、これが優人の知っている人間の根底にある本性だと言う事も知っている。
だから優人は大半の人間が嫌いなのだから・・・。
「そいつは悪かったな・・・。
お前らはあそこでみんな仲良く餓死したかったんだな?」
優人は手に持っていた槍を持ちかえる。
田中が青ざめる。
「ちょっ!ちょちょちょ!!どうするつもりですか!?」
「ん?助けた俺が悪いんだろ?
責任持って俺が終わらせてやるよ。」
優人は極めて冷淡に答える。
「そうやって沢山の山賊を殺してきたんですよね?人殺し!!」
伊藤は優人に対する罵倒を止めない。
「ちょ、伊藤さん!挑発しないでください!!」
それを田中が必死に止める。
「ここはそういう世界だよ。
天上界は・・・少なくとも、この国では罪人を裁くのに法が無さそうだ。
その代わり、罪人を止める手段も指定は無い。
殺すでも、監禁でもなんでも良いわけだ。」
優人は伊藤に対し、槍を振り上げる。
「待って下さい!死にたくないです!許して下さい!!牢屋にでも何にでも入りますから!!」
田中が必死に命乞いをする。
「田中は逮捕だな?
他の二人はここで俺に殺されるのと捕獲されるのはどちらがいい?」
「わ・・・私も捕獲でお願いします!」
高橋が急いで答える。
「・・・。」
伊藤だけが涙目になりながら優人を睨み続けている。
「女だからって甘くすると思うなよ?
品性の無い奴は男も女も関係なく見苦しい。
そのくせ自分が可愛いなどと調子に乗ってる奴はもっと始末が悪い。」
優人は伊藤ののど元に槍の切っ先を当てる。
すると伊藤は「私も・・・捕獲で・・・。」とかすれた声で答えてきた。
優人は深くため息を着き、槍を下ろす。
「俺はいつもお前らにも選択をさせてやっているつもりだ。
裏山の遺跡にしろ、ここにしろ。
そして、これはお前たちが自分の判断で臨んだ結果だ。
他人のせいにするな。」
優人が3人に冷たく言う。
優人は3人を連れて酒場へと戻る。
道中、伊藤が優人に必死に見逃すよう頼んでくるが優人は何も答えず、黙って歩いた。
酒場にはマスターと、カウンターに絵里が座っていた。
「優人さん・・・。お帰りなさい。」
絵里は後ろの3人に気付き、ホッとした表情で優人を迎えてくれる。
「まだ起きてたのか?もう遅いぞ。」
優人は絵里に答える。
「お帰りなさい!」
絵里は強めにもう一度言ってくる。
「ただいま。」
優人は一度ため息を付き、微笑みながら返事をした。
「やっぱり犯人はそいつらだったんだな?」
マスターが優人に聞いてきた。
「ああ。本当に申し訳ありませんでした。
牢屋に入れて下さい。」
優人がマスターに言う。
「分かった。自警団を呼ぶよ。」
マスターは言うと、酒場で働いている別の人に自警団を呼んでくるよう指示をする。
その後、マスターが田中達にこの国、フォーランドでの監獄生活についての説明を始めた。
捕まった人間は、牢屋の投獄時に、顔に天上界の言語で『罪人』と言う意味の入れ墨を入れられる。
その入れ墨がある限り、脱走をしても普通に生活は出来なくなる。
その後は、決められた時間に起こされ、仕事をし、仕事が終わったら冷えた飯を食って寝る。
仕事以外は常に裸での生活を強要され、六人部屋でトイレは丸見え。
風呂は二日に一度しか入れないとの事だ。
夢も希望も無い地獄の毎日が田中達を待ち受けている事に、流石に絵里も少し引いていた。
もっとも、だからこそこの国は罪を犯すにもそれなりに腹をくくる必要がある。
田中達のように軽い気持ちで窃盗をして捕まるなんてパターンはかなり少ないらしい。
伊藤は自警団たちが来てからまた少し暴れ出したが、自警団に一回叩かれたら静かになった。
「監獄生活が嫌なら殺されろ!!」
と、日本の警察では考えられない自警団の態度と発言にビビったらしい。
優人と絵里は黙って部屋に戻る。
優人の機嫌が少し悪いのを絵里は察してくれ、何があったかを聞いてこない。
本当に優しい娘だと感心する。
最近優人は絵里と地上界で死別した彼女をダブらせる時がある。
見た目は当然全然違うのだが、絵里と綾菜の性格が何となく似ている。
もし、今、綾菜が優人の側にいたら、絵里と同じような行動をするような気がするのだ。
もっとも綾菜の方が優人の事を理解した上での行動と言う意味で、少し異なるとは思うが・・・。
「明日、エシリアのはちみつ取り、頑張ろうね。」
絵里は優人に明日の楽しげな依頼の話だけをし、ベッドに潜り込んだ。
ベッドはもう絵里の物なんだな・・・。
「どーん!!」
「ぐびゃら!!」
椅子で寝ている優人に絵里が飛び込んできて今日の朝を迎えた。
優人はけほけほ言いながら起きる。
最悪の寝覚めだ。
「優人さん。早く行こうよ!エシリアさんの家!!」
椅子の上で眠そうにしている優人の体を揺らしながら絵里が急かす。
「気が早い!!今日の昼からだろ?山行くの?」
優人は絵里を少し黙らせようと強めに言う。
「もう目が覚めた!!」
「知るか!!」
結局優人は絵里に急かれ、酒場に降りて食事を取る。
「今日の午前中なんだけど、鍛冶屋に行って刀を取りに行くからね。」
優人は食事を取りながら、絵里に午前中の予定を言う。
「私も行く。」
絵里はすぐに答えた。
優人達は食事を済ませ、鍛冶屋へ行く。
「おう!来たか、優人!!」
鍛冶屋に入ると威勢の良い声で鍛冶のおじさんが優人に声を掛ける。
「おはようございます。どうですか刀は?」
優人は挨拶をするとすぐに刀の心配を口にした。
地上界の刀鍛冶の技術力の高さは理解している。
その刀を技術力の分からない相手に預けるのだ。
やはり、心配だ。
「ばっちりだ。しかし・・・見れば見るほど良い武器だな?見とれちまうよ。」
鍛冶のおじさんは優人の刀を鞘から抜き、刀身を見ながら答える。
「盗まないでくださいよ?」と、優人。
「へっへっへ。盗んでやりたいが、武器は使ってこその武器だ。
使いこなせねぇ俺が持っても刀が可哀想だよ。」
この言葉で分かる通りこの鍛冶のおっさんは武器を愛してしまっている。
理想の死にざまは世界最高の武器で殺される事らしい。
優人も武器は好きだがそこまでは狂えない。
おっさんの武器愛にはちょっと引く。
「この剣を打った人間は凄いよなぁ~・・・。
地上界の人間なんだろ?
突き技には向いてねぇが、切れ味と、美しさがたまらねぇ。
よだれが出ちまうよ。」
鍛冶屋のおじさんは優人の刀に見惚れている。
「まぁ、銘は入ってるけど、数打ちの一本だよ。
地上界の武器屋で三十万位で買ったかな。」
優人は鍛冶屋のおじさんに刀の情報を与える。
「すげぇよなぁ~・・・この完成度で数打ちかぁ~・・・。
地上界の日本って国に行ってみてぇ!!」
鍛冶屋のおじさんは悔しそうに言う。
「おっさん行ったら逆に怒るんじゃないか?
名刀ほど厳重に保管されてて、触る事すら出来ないぞ?
当然使われてない。」
そんなおじさんが可愛く見え、優人は話に付き合う。
「全部俺が救い出してやる!!」
「犯罪だ。」
無茶を言う鍛冶屋のおじさんに間髪を入れずに突っ込む。
「つか優人よ!この刃文なんだが、なんでこんなにくねくねしてんだ?」
流石、鍛冶の職人だ。
刀の刃文の違いにも気付いている。
「ああ・・・それは『互の目』って刃文だな。
刀に焼きを入れる時の技術でワザとそうやるんだよ。
直刃が多いけど、面白みがないから俺は互の目が好みなんだ。」
と、優人が説明をする。
「やっぱりワザとやってるんだな?
いや・・・見事だ!
こいつを使ったお前の戦い方を見てみてぇ!!」
武器愛が異常なおじさんが無茶を言う。
「戦闘は危険だから諦めてくれ。」
優人は即答する。
「舞を踊ってるみたいで綺麗ですよ。
優人さんが刀を振りながら舞って、その切っ先から真っ赤な花弁が飛び散るみたいな!」
絵里が話に参加してきた。
え?
優人は絵里の感想にびっくりした。
だから山賊や狼の戦闘を目の当たりにしてもおびえる事がなかったのかと納得する。
「でも・・・そこまで綺麗なら周りの装飾なんかも綺麗にすれば良いのに・・・。」
絵里が今度は刀の拵えに関して文句を言い始めた。
「いや?この実用的な美しさが刀の魅力だろ?
じゃらじゃら付けてたら逆にかっこ悪いと思うが?」
鍛冶屋のおじさんの好みは優人に近いらしい。
優人も色々つけるのは好きではない。
「えー・・・真っ黒じゃん。」
分かっていない絵里が人の刀についてまだ何かを言おうとする。
「いやいや!!まずは柄から説明するぞ!!」
そこで我慢ならずに優人が話を割って入った。
「柄頭はあえての銀色の鋼で四角くしてあるんだ!!
ここは柄当て等で当てることがあるからあえての無地。
柄の内側には鮫の皮を使ってて、柄巻の合成樹皮は手のフィット感がタコ糸と比べると半端ない!!
目貫に使ってるのは火の鳥。
鍔の模様も火の鳥が一匹、刀身を囲むように舞ってるんだ!!
しかも!!!
火の鳥以外の部分をわざと錆させて、火の鳥の存在感をいっそう浮き出せてるんだよ!
鞘は上品な黒漆一色で光沢がたまらないし、下げ緒は色落ちした黒紫を使う事で日本のわびさびを表してるんだよ!!」
興奮気味に説明する優人に、二人とも黙り込む。
「う・・・うん。スゴイネー・・・。」
絵里が全くこの良さを理解してない癖にいい加減に返事をする。
「いやいや、もう一度説明するね?」
そんな絵里に優人は理解できるようにもう一度説明しようとする。
「いや!分かったから!!興味ないから、もう大丈夫!!」
絵里がとうとう本音を言う。
優人はへこむ。
おっさんは優人に気を使う。
微妙な空気が流れたので、絵里がそそくさと優人を外に連れ出した。
酒場に戻るとエシリアがもうカウンターで待っていた。
まだ昼までは早い。
エシリアも絵里同様楽しみで待ちきれなかったのか?
考える優人を置いて、絵里がエシリアに飛びつく。
こいつは前世は犬だな。
優人は心の中でそう思う。
「お弁当を用意したんです。今日は天気もいいですし、山の頂上でお食事なんていかがですか?」
なるほど、そういう事かと優人は納得し、すぐに酒場を後に、山への道を三人で進む。
道中、狼や山賊が数回姿を現すが、優人の姿を見て、みんな逃げ出していった。
山賊は、先日脅した連中が本当に仲間に言いふらしたのであろう。
狼のような獣の類はカムイの血の匂いにでも反応したのかも知れない。
当然洗濯はしているし、風呂にも入っているが、こびりついた人にも気づかないような臭いでも、嗅覚の強い獣には嗅ぎ取れる。
実質、山のヌシみたいになってしまった・・・。
優人はちょっとガッカリするが、エシリアと絵里が安全に山を登れるだけでもありがたいと優人は思う。
山頂につくと、エシリアは程よい所に御座を引き、弁当を広げる。
サンドイッチとつまみだ。
三人は輪になって食事をする。
「そういえば、酒場の依頼で山頂のエリク草採取ってのがありましたけど、この辺に生えているんですか?」
優人は見渡しの良い山頂で、御座に座り、サンドイッチを一個取り上げてから、エシリアに聞く。
エシリアは周りを少し見渡し、優人に答えた。
「あ~・・・最近はあまり見かけなくなりましたねぇ~・・・。
昔は白い綿のような花を咲かせた植物が辺り一面にあったのですが・・・。
乱獲されて少なくなったようです・・・。」
言うエシリアの瞳は少し悲しそうだった。
エシリアは生活の仕方からして、乱獲みたいに余計に消費するような事を嫌いそうだ。
優人も無意味に命を奪うような事はしたくないので、エシリアの考えに近い。
乱獲したのは恐らく冒険者だ。
優人は酒場のマスターの話を思い出す。
戦闘技術の無い冒険者が安全に金を稼ぐ手段として、エリク草を大量に回収してきたと。
優人は山頂に来たついでに少し回収して帰ろうかと考えていたが、止めることにした。
「優人さんはここで座ってて下さい。
この山は優人さんがいるだけで敵に抑止力が働いているみたいですから。」
ある程度食事が終わると、エシリアが優人にそう言い、絵里と共に立ち上がった。
エシリアは山道を登る途中の山賊や獣の反応でこの山での優人の立ち位置に気づいたのだろう。
優人は頷き、残ったつまみをほおばりながら待つことにした。
エシリアと絵里は二人でハチの巣に近づく。
『危なくないか?』と思いながら優人が二人を見ていると、エシリアが何かの風水魔法を使い、ハチの巣に放つ。
その後、エシリアがハチの巣の下に入れ物を置き、別の風水魔法を放つ。
すると数匹のハチとはちみつが入れ物に落ちてきた。
何をしたのか分からないが魔法って凄いなと優人は改めて感心する。
しばらくするとエシリアと絵里がかなりの量のはちみつを取って帰って来た。
一緒に落ちたハチはその都度、取り除いていたようだ。
「これをお師匠様に届けると、美味しいはちみつに変えて下さるんです。」
エシリアがご機嫌な感じで優人に話しかけてきた。
「それで良い訳じゃないんだ?」
と、優人。
「はい。この蜜をもうひと手間かけるんです。
そうすると甘くなって、紅茶に入れると美味しいんですよ。」
エシリアは頬に手を当て、嬉しそうに答える。
帰りの道中。
優人はそろそろ旅立つつもりだとエシリアに伝える。
エシリアも一緒に街まで行きたいと行っていたので、日にちの調整の相談を持ちかけたのだ。
話合った結果。
明朝に旅立つ事が決まった。
絵里はマスターや鍛冶屋のおっさんとの別れが寂しそうであったが、地上界の両親や片思いの彼に会うために我慢する。
それでも別れたくないエシリアに関しては一緒に地上界に行こうと無茶なお誘いをかけていた。
夕食を食べながらマスターに旅立ちの事を話す。
マスターは残念がっていたが、そういうもんだと納得をしてくれた。
翌朝、約束の時間にエシリアが酒場にやってきた。
優人達は三人で朝食を取り、出立の挨拶をマスターにする。
「おい、優人よ。これは餞別だ。持ってけ。」
マスターは優人に3万ダームをくれた。
こんなに受け取れないと一度は断ったが、最終的に受け取ることにした。
ラルフ、チェダ、ナフィも見送りに来てくれている。
「お前ら、気を付けて戦闘しろよ?
山賊の頭はまだ残ってるから、お前らで何とかしてくれ。」
優人は3人を激励し、3人は元気良く返事をした。
この村に来てちょうど1週間。
たったの1週間だがかなり濃厚な時間であった。
村の人達はみな気持ち良い人ばかりで、大変な事もあったがやはりなごりおしい。
優人は村人の1人1人に感謝の気持ちを胸に村を後にした。
これから、どれだけの街を、国を渡るだろうか。
絵里を無事に地上界へ戻す事が出来るだろうか。
綾菜との再会は・・・。
期待と不安に胸膨らむ旅立ちの朝であった。