第三十八話~遺跡探索~
今朝、いつもの冒険酒で優人、アレス、リッシュ、シリアは合流し、噂の遺跡へと向かった。
遺跡は王都を出てすぐそばの森にあるとの事である。
話を聞いた時、優人は一つ疑問があった。
王都周辺にある遺跡が隠れ家になるのだろうか?
森に入り、少しした所で案内をしていたシリアは森道から外れ、獣道に入って行った。
その獣道はやはり歩き辛くはあるが、人が行来した形跡はある。
優人達がシリアの後を付いていく事数十分、やっと少し開けた場所に到着した。
「ここです。」
その開けた所でシリアは立ち止まり、優人達にそう言った。
「えっ!?」
アレスが周りをきょろきょろしながら、建物を探す。
優人も周りを注意深く観察する。
周囲3メートルほどの広場には整えられた芝のような長さの雑草が生い茂っている。
その雑草の中に大きな石のような素材の板が1枚地面にある。
・・・地下遺跡か?
優人はその板に目をやり、当たりを付ける。
「どこにあるんだ?幻術系の魔法か?」
鈍いアレスが天上界ならではのボケを言う。
「いや・・・アレス。シリアの足元だよ。」
優人がツッコミがてら教えてあげる。
「え?」
アレスがキョトンとする。
そんなアレスを見て、シリアが上品に微笑む。
「優人さん、正解です。」
シリアが言いながらしゃがみ込み、石のような板の脇にある隙間に指を入れ、持ち上げる。
すると、その板の下に地下へ続く階段が現れた。
「地下遺跡なのか!?何故こんな所に・・・。」
アレスが疑問を口にする。
遺跡と言う事は過去の産物である。
エルン王都のすぐそばに造られた地下遺跡。
答えを単純に考えれば・・・。
「大昔に犯罪組織があって、そいつらの隠れ家だったとかじゃないのか?
エルンの王都からわざと少し離れた所に造られてるって事はエルン王都建都後、もっと言えばエルオ導師が王都に来た後に造られたのかもな。」
優人が推測を口にする。
「何故そこまで分かる?」
アレスが聞く。
「犯罪を行うならそれ相応の利益が無ければ意味がない。
何をするつもりか分からないけど、効率を考えると人が集まる所でやった方が良い。
しかし、エルン王都はエルオ導師が動物の目を使って防犯するようになったから犯罪者は王都に居づらい。
そこで、俺が犯罪者なら王都周辺で見付かりづらい隠れ家を使う。
それにはこういう拠点が最適だなって思ったんだ。
真相は中に入らないと分からないけどな。」
「成る程・・・。」
アレスが優人の推測に頷く。
「なら、罠もあるかもな。」
と話に入ってきたのはリッシュ。
サリエステールでの優人の戦い方を見た人間らしい意見だと優人も思う。
「罠・・・か。」
アレスが嫌そうな顔をする。
優人は「ふぅ・・・。」と一度ため息を付いてから、遺跡探索の陣形を提案する。
「まず、洞察力の高い俺が先頭に立っていこう。
けど、俺は罠に詳しい訳でも何でも無い。
罠を発動させてしまう事も少なからず有りそうだから、俺の後ろにアレスが付いてくれ。
そうすれば、その後ろにいる2人はアレスが守れるだろ?
・・・出来れば俺も守って貰いたいけど・・・。」
「分かった。しかし、優人ならかわせるだろ?」
優人の提案にアレスが2つ返事をくれた。
「俺は防御が低いから恐いんだよ。」
「俺を何だと思ってる?」
「移動要塞アレス。」
「・・・。」
アレスはまんざらでも無さそうな顔で黙り混む。
「とりあえず、その陣形で良いんだな?」
今度はリッシュがふらふらと歩き、近くに落ちていた木の枝を広いあげ、もう片方の手で枝をかざす。
「等しく降り注ぐ日の光よ、その恩恵を我に与えよ。」
リッシュが言うと、ポゥっと木の枝が光出した。
「優人、明かりに使ってくれ。」
リッシュが光る枝を優人に手渡してくれた。
「ありがとう。エルフって光も扱えるんだな?」
「はぁ?光も自然現象だから風水魔法で扱えるぞ。」
リッシュが優人の発言にツッコミを入れる。
「えっ?そうなの!?」
優人が答える。
「私だってホーリーライトを使えば光を放つ事くらい出来ます。」
優人とリッシュのやり取りにシリアが割ってはいる。
リッシュがわざとらしくため息を吐いて、シリアを睨む。
「ホーリーライトなんて魔力的に効率が悪いだろ?
何で張り合う必要があるんだよ?」
「たがたが光の魔法程度で良い気になってたので教えてあげただけです。
エルフって意外と大したことないんですね?」
シリアは相変わらずリッシュに敵対的である。
さすがにこれはマズイと思い、優人がシリアを嗜める。
「なぁ、シリア。何でそこまでリッシュを嫌うんだよ?
アムステルが嫌いならミルは娘の可能性あるし、精霊亜人ならシノもそうだろ?」
優人の質問にシリアは俯きながら上目使いで優人を見つめる。
元々優しい顔の美人であるシリアのその表情に優人は一瞬ドキッとし、急いで目を反らす。
「ミルちゃんもシノも、ジハドの教えに背くような行いはしてません。
しかし、そこのサリエステールのエルフは恐らくは古の盟約により、森に入っただけの人間を傷付け、または殺めてきたはずです。
これは、ジハドの司祭である私が許してはいけない事です。」
シリアの返事に優人は返す言葉が見つからず、黙ってしまった。
リッシュもそのシリアの言葉には返す言葉が見付からないようで、下を向いていた。
「ま・・・まぁ、シリア司祭。ここで言葉を失うのは反省している証です。
罪は罪ですが、リッシュはリッシュです。
エルフの魔法はかなり広範囲で役に立ちます。力を合わせて行きましょう。」
アレスが2人の間に入る。
シリアは黙って頷く。
それを確認し、優人は光る枝を前方に出しながら地下へ繋がる階段を降りて行った。
地下で生活する以上、明かりは必要なはず。
もしたしたら、左右の壁のどちらかに明かりを付けるスイッチがあるのでは・・・?
優人は壁を意識しながら進んだが、スイッチらしきものは見付からなかった。
「ふむ・・・。優人さんの読みはかなり良い線まで来てましたね。」
階段を降り切ると短めの廊下が有り、その廊下の行き止まりにある両開きの扉を見て、シリアが口を開いた。
「何か分かったの?」
優人がシリアに聞く。
優人の問い掛けにシリアは一度頷き、扉の上に掘られている彫刻を指差した。
その彫刻は何とも表現のしにくい獣の顔で、頭には異様に太く、頭の外側に向けて反り返った角が生えている。
体は毛むくじゃらで三ツ又の槍を持っていた。
地上界でも良く悪魔として描かれる彫刻である。
「魔神イフリートです。
ここは魔神イフリートを信仰している暗黒魔法使いの祭壇だったのでしょう。
昔から悪魔信仰はエルンでは禁止されていたので、ある意味犯罪者です。」
シリアが説明をしてくれた。
「イフリート!?」
優人が意外そうに繰り返す。
「どうかしましたか?」
と、シリア。
「いや、イフリートって炎の精霊だと思ってたから・・・。」
優人は地上界で自分が感じていたイメージを話した。
「炎の精霊はサラマンダーだよ。
サリエステールで母上の押し掛け結婚式に参列してたじゃん。」
と、リッシュが笑いながら優人に言う。
「いや・・・炎の上位精霊的な・・・。」
と、優人も負けじと答える。
「精霊に上位も下位も無いよ。精霊達は自由なんだから。」
と、リッシュが答える。
「・・・。」
確かに天上界に来て、けっこう風水魔法についての説明を聞いてきたが、そう言った話は聞いた覚えが無い。
黙る優人を見て、シリアが「クスッ。」と笑う。
「でも、炎はあってますね。
魔神イフリートは常に体に炎を纏い、触れるモノ全てを焼き尽くす魔神とされていますから。
存在的には古代獣のダンクダーテに似てますが、ジハドやエルザと対局の存在です。」
「成る程、神獣の麒麟みたいなのかな?」
過去に1度優人とまみえた麒麟は元は古代獣だったが、愛の女神エルザに仕え、神獣となったと言う話を過去に聞いた覚えがあった。
優人はその例を挙げて確認する。
シリアは少し難しい顔をして悩む仕草を見せる。
それを見て、それとはまた違うのだと優人は理解した。
ギイィ・・・。
話が一段落すると、優人はゆっくりと両開きの扉を開ける。
罠らしきものは無く、一安心しながら扉の奥に目をやるとシリアの言った通り教会の礼拝堂のようなものがあった。
カツン・・・
カツン・・・。
優人達の足音が礼拝堂内に響き渡る。
「本当に礼拝堂だ・・・。やっぱりイフリート?」
優人が聞くと、シリアが頷いた。
「まさか・・・イフリートと戦闘になるとか、無いよね?」
優人がシリアに聞くと、シリアが両手を押さえ、笑いを堪える。
そして、暫くしてから優人の質問に答えてくれた。
「優人さんのその質問は主神ジハドが今日現世に復活するかと言う質問に近いですよ。答えはあり得ません。
もし、魔神イフリートが復活していたらこんな地下神殿に隠れる必要なんてそもそも有りませんから。」
シリアの返事を聞いて、自分が馬鹿な質問をした事に気付き、優人は少し照れる。
「でも、ジハドが復活したら、素敵ですけどね。」
照れる優人にフォローを入れながらシリアは礼拝堂の祭壇を登って行った。
「シリア司祭!危ないですよ。」
アレスがすぐにシリアを追う。
「ありがとうございます、アレス様。でも、この遺跡を調べなくてはいけませんので。」
シリアは祭壇の橋台やイフリートのモチーフ像を丹念に調べ始めた。
「何だよ・・。本当に俺以外には優しいじゃんか・・・。」
リッシュがふて腐れたように呟いた。
優人は良い返しが思い浮かばなかったので聞かなかった事にした。
ちょうど、その時であった。
礼拝堂の脇にあった小さい通路から人の声が聞こえ、その声が徐々に大きくなってきた。
誰かいる!!
優人とアレスは咄嗟にその通路入口付近に移動し、リッシュは躊躇いながらも祭壇にいるシリアの元へ向かった。
道路の奥から人影がハッキリと見え始めた時、向こうの人間もこちらに気付いたのか、剣を抜いたのが分かった。
「ちっ・・・。参ったな。枝を持ちながら戦い辛い。」
優人が愚痴を溢す。
「かと言って真っ暗での戦闘も危険過ぎるな。
優人は侍の特特殊能力の心眼は使えないのか?」
アレスがどこで聞いたのか、無茶な事を言ってきた。
心眼・・・。
目に見えないモノを気配で察知し、斬る。
この要領は分からなくは無いが、出来るわけが無いと言うのが優人の見解である。
多少の風の動きや気配を感じる事は出来る気はするが、やはりどうしても目である程度目星を付けるのが前提だ。
本当に何も見ないでなんか出来る人間がいるなら盲導犬は必要ない。
「ホーリーライト!!」
優人がそんな事を考えていると後ろからシリアの声が聞こえ、礼拝堂全体が明るくなった。
礼拝堂から溢れる光で剣を抜いている人間もハッキリと確認できる。
数は2人。
2人とも鎧を着けている。
鎧の繋ぎ目を狙って素早く切り捨てたいが、確実に狙える程明るくは無い。
ここは鳳凰の力を信じて鎧ごと行くか?
優人が攻め方を考えていると、アレスが先に廊下へと突っ込んでいった。
「えっ?おい!!」優人が焦る。
アレスは敵に接近戦の距離まで走ると、その速度は落とさず、背中に背負っていたスモールシールドを手前に構え、そのまま体当たりをした。
ガンッ!
敵は持っていたショートソードでアレスの盾に攻撃をして突進を止めようとしたが、アレスは問答無用で体当たりを決行する。
そして、敵の鎧にスモールシールドを当てると、その勢いのまま弾き飛ばした。
「ぐわっ!」
弾かれた敵が尻餅を付き、アレスを見上げると、アレスはショートソードを振り上げ、顔面目掛けて突き刺す。
「あ・・・。」
優人はその手際の良さにアレスと言う聖騎士を思い出した。
スールムの将軍クラスの敵すらをも一騎討ちで負かした手練れの重戦士である。
今回は狭い所での探索と言う事で、ショートソードとスモールシールドを持っているが、ロングソードとミドルシールドを軽々扱う並外れた筋力は父親シン譲りである。
そんなアレスがそう簡単に倒される訳がないのだ。
「くそっ!」
もう1人の男が少し離れた所で剣を捨て、何やらスイッチのような物を押すと、遺跡全体が突然激しく揺れだした。
ヤバい!
ここは地下だ!!
優人は遺跡の揺れを心配するが、その揺れはすぐに治まる。
ドカンッ!!
揺れの最後に大きな音がし、優人が後ろを振り向くと、礼拝堂がすっぽり無くなっていた。
「えっ?」
優人とアレスと敵が一斉に唖然とする。
しかし、優人はすぐに事情を理解し、刀を抜いてスイッチを押した男の喉元に突き刺し、横に振った。
今、敵の男が押したスイッチは恐らく、この遺跡全てを破壊するスイッチだった。
しかし、老朽化していて、そのスイッチは上手く作動せず、礼拝堂だけを崩して終わったのである。
礼拝堂にいたシリアが落ちた事で通路は暗くなったが、敵の居場所を覚えていた優人はそのまま敵を討ち取ったのである。
パチン!
優人は腰を回し、片手で納刀をすると、落ちた礼拝堂の所まで歩いて戻る。
落ちた礼拝堂はどれ程落ちたのか分からないくらい深く、光る枝をかざしてもシリア達の姿はみえない。
シリアのホーリーライトが消えてしまっていると言う事はシリアに何かあったかも知れない。
「リッシュ!シリア!!無事か!?」
優人は大声を真っ暗になった穴に向けて放つ。
「俺は大丈夫だ!」
暗闇からリッシュの声がする。
「シリア司祭は!?」
状況を理解したアレスが優人の後ろからリッシュに聞く。
少し、沈黙があり、そして再びリッシュが返事をした。
「気を失ってるが大事は無い。それより、俺はどうすれば良い?」
暗闇からリッシュの声が聞こえる。
優人は少し考える。
シリアを抱えて魔法で上がって来れるか?
しかし、気を失ってると言う事は脳震盪を起こしてる可能性がある。
意識が戻るまで体を動かすのは避けた方が良い。
「リッシュ、シリアの回復は出来るか?
マダンがやったあの樹でぐるぐるして治るやつ!!」
優人がリッシュにまずはシリアの回復の不可を確認する。
「出来る訳ないだろ!!母上は特別だ!!
シリアを担いでシルフの力で飛んでいこうか?
アレスなら治癒魔法あるだろ?」
リッシュが聞く。
「いやっ!脳震盪起こしてる可能性があるから、シリアを動かしたら危ない!!
そのまま俺達が合流するまでそこで待機しててくれ!!」
優人がリッシュに指示を出す。
「了解!」
リッシュが返事をしたのを確認すると、優人とアレスは2人で暗い道路を歩き始めた。
声が届く深さの場所で落下は押さえられていると言う事は恐らく、地下遺跡の最下層辺りで落下は止まっているはずである。
つまりそれはリッシュ達の所まで行く道があると言う事である。
もっとも、今の揺れで道が塞がれている可能性があるが・・・。
そもそも仲の悪い2人を2人っきりにさせておくと言う不安もある。
優人の歩みは知らず知らず早足になっていた。
真っ暗な部屋。
静まり返った部屋の中では時折、落ちた瓦礫の崩れる音がサラサラと耳に入る。
リッシュは気を失ったままのシリアの横に座り、その寝顔をマジマジと見つめていた。
シリアの顔立ちは上品で整っていて美しい。
テトのエルフ達もみな美形でリッシュは美人は見慣れているがシリアが他人に見せる笑顔には優しさが溢れ出ていて不思議と癒される。
俺にもあの笑顔を向けてくれれば良いのに・・・。
リッシュはシリアの寝顔を見ながら自分だけを毛嫌いするシリアに苛立ちを感じていた。
シリアの言う通り、自分はサリエステールの森を守るために侵入者を殺し続けてきた。
当時のリッシュはその事を真剣に考えた事は無かった。
しかも、リッシュは古からの盟約と言うより母親の愛情欲しさにやっていただけである。
シリアからしてみればもっと下世話な理由だと思われるかも知れない。
どれ程時間がたったか?
闇の中では時間の感覚もはっきりしない。
リッシュはひたすらシリアを動かさないように気を使い、その場にいた。
ガタッ!!
突然、奥からの物音でリッシュの気が張った。
ゾンビか!?
突然、どこからともなく、数体のゾンビがノロノロとこちらに向かって来た。
「風よ!切り裂け!!」
リッシュは風水魔法を使い、かまいたちを複数発生させ、ゾンビ目掛けて放つ。
バシュッ!
バシュッ!!
リッシュの放ったかまいたちはゾンビに上手く直撃し、その体を引き裂いた。
しかし、ゾンビの動きは止まらない。
腕を斬っても、首を斬っても、ゆっくりとジワジワこちらへ向かってくる。
上半身と下半身を切断しても、その動きは止まらない。
「くそっ!どうやったらこいつら止まるんだ!!」
リッシュはシリアを守る為、逃げる事も出来ない。
「バクーム!!」
斬っても駄目なら風圧で吹き飛ばす。
他に方法が見付からず、咄嗟に強風を起こすとゾンビ達は後ろへと後退する。
しかし、下がった場所から何事も無かったかのようにまた進軍を始めてきた。
俺の魔力が尽きるか、シリアが目覚めるか・・・。
リッシュはいくら攻撃をしても効かないゾンビ相手に根比べをする覚悟をした。
しかし、ゾンビとの決着は思いの外早めに付いた。
何度も何度もバクームで強風をゾンビにぶつけ続けていたらゾンビが動かなくなったのである。
リッシュはチラリとシリアを見てから、ゾンビがぶっ飛んだ所まで近寄ってゾンビを確認する。
ゾンビはリッシュの起こした強風を受け、体が引き裂かれ、身動きが取れなくなっていたのだ。
それでも部分部分は活動を止めておらず、指先がピクピク動いていたり、目がキョロキョロしていたりした。
「気持ち悪わりぃ・・・。」
リッシュはつい本音を口にした。
「ううん・・・。」
ちょうどその時、リッシュの後ろの方で女性の声が聞こえた。
リッシュは一瞬ビクリとするが、その声の主がシリアだとすぐに理解し、シリアの元へ駆け寄った。
「シリア!シリア!!」
リッシュは優人に体を動かさないよう言われていたので、体を揺らしたりせず、近くでシリアに声を掛ける。
「きゃあっ!」
シリアは小さい悲鳴を上げながら目を覚ますと身を起こしながら後退りした。
「ここはどこ!?そこにいる人は・・・誰ですか!?」
シリアがリッシュに言う。
記憶喪失か?
「俺はサリエステールの王子、リッシュだ。」
リッシュはあえてエルフだとは言わずに紹介する。
「リッシュ・・・。サリエステールのエルフの・・・。」
しかし、シリアはすぐにリッシュだと認識した。
どうやら記憶喪失では無いようである。
「ここは?」
シリアはまた真顔のままリッシュに話を進める。
「ここは魔神イフリートの神殿だよ。俺達がいた礼拝堂が突然崩れたんだ。」
リッシュが説明をすると、シリアは思い出したような顔をし、周りをキョロキョロし始めた。
「血の・・・臭い・・・。何かと戦ったんですか?」
シリアの表情が今度は険しくなる。
「ああ・・・。ゾンビが数体現れたから倒した。」
シリアの表情にリッシュはまた叱られると思い、怯えながら答える。
「そう・・・。
ごめんなさい。大事な時に気を失っていて・・・。
そして、守ってれてありがとうございます。」
しかし、シリアは叱るのではなくお礼を言ってくれた。
そのシリアにリッシュはホッと一安心する。
「い、いや、それより体は大丈夫?優人が頭を打ってるとか気にしてたけど・・・。」
リッシュは鼻の頭をポリポリかきながら答えた。
「体は、少しふらつきますが、大丈夫です。
それより、早く優人さんとアレス団長と合流しないと・・・。
きっと心配してくれてます。」
「そうだね。」
リッシュが答えると、シリアは立ち上がろうとする。
ジャリ。
「あっ。」
しかし、立ち上がろうとしたシリアはジャリに足を取られ、前のめりにふらつく。
ガシッ!
それにいち早く気付いたリッシュがシリアを支え、助ける。
「大丈夫!?やっぱりここで休んでた方が良くない?」
リッシュはシリアを支えながら聞く。
「いいえ。体は大丈夫です。
でも、光一つ差し込まない暗闇でバランスが取りづらいみたいです。」
言って、シリアは少し何かを考え始めた。
・
・・
・・・。
「リッシュさん、何で見えてるんですか?」
「えっ?」
シリアの質問にリッシュはきょとんとする。
確かにここには光の風水は全くいないので色彩は分からない。
しかし、リッシュにしてみれば、闇の風水が強いだけの空間なのである。
逆に暗いからと言って何も見えないのが不思議なのだ。
「シリアは・・・見えないの?」
「ええ・・・。」
「そっか。じゃあ、仕方ないな。」
言うと、リッシュはシリアを立たせ、手を繋ぐ。
「えっ?」
シリアがリッシュの手をほどく。
「お、おい。暗くて見えないんしゃないの?」
「み、見えなくても歩けます!!
あなたの服を掴んでも良いですか?」
シリアがうつ向きながら聞く。
リッシュは一度ため息を付くと、シリアに服を掴ませ、ゾンビ達が現れた通路へと歩き出した。
暗い地下の通路は通常よりも肌寒く、孤独感を感じさせる。
物音も聞こえず、リッシュ達の足音のみが通路には響き渡る。
「さっき、ゾンビ達がいたけどゾンビを造った術師が近くにいるのかな?」
リッシュは1人で動けないシリアを庇いながらの戦闘の難しさを考えながら専門家であるシリアに聞いてみた。
「術師がいる可能性はあります。
しかし、見えないので状況は分かりませんが、最近人が来た形跡が感じられません。
私の考えでは、術師は生きてはいますが、この地下遺跡にはいないと思います。」
「なるほど。」
シリアの返答を聞いて、リッシュは少し安心する。
カツン・・・。
カツン・・・。
鳴り響く足音は一層寂しさを強める。
リッシュはシリアとの話題を考えるが、シリアとは考え方が根本的に違う。
下手なことを言うと、怒られると考えると良い話題が見付からない。
「色々と・・・すみません。」
不意にシリアが口を開く。
「んっ?」
リッシュはなんの事か分からず、聞き返した。
「あなたが、サリエステールのエルフと言うだけで酷い事を言ってしまいました。
優人さんや綾菜と一緒にいるから、悪い人では無いとは思っているのですが・・・。」
リッシュは歩く足を止め、シリアを見る。
シリアは何やら思い詰めたような顔をしていた。
「シリアの言った通り、俺も森に侵入する人間を襲い、殺めて来た。
そこは事実だから責められても仕方無いと思ってるよ。
けど、言い訳をさせて貰えるならば、俺達エルフは森を守る義務がある。
それは、自分達の棲みかを守ると言う事と、世界樹の薬草を守ると言う事だ。」
リッシュが答えると、シリアはまた黙りこんだ。
少し間を空け、リッシュはまた歩き始めようと進行方向に振り向く。
「私は・・・裕福な家で育ちました。」
歩き出そうとするリッシュにシリアが話を始めた。
リッシュは時々相づちを打ちながらシリアの話を聞く。
「私の両親は2人とも高名なジハドの司祭で、2人揃って毎日のように私を置いて、色んな所に布教や救済に出掛けていました。
いつも家で留守番をしていた私は、いつの頃からか、家に置いてあったジハドの聖書を読むようになったのです。」
「両親と一緒にいれなかった幼小期は俺に似てるね。」
リッシュが軽くシリアに賛同する。
シリアはニコリと微笑み、そして話を続ける。
「ジハドの聖書は3つの章から作られています。
1つ目の章はジハドの教え。
2つ目の章は司祭の心得。
3つ目の章はジハドの神話の話です。
私はジハドの神話の話が大好きで、彼の戦いの話をまるで小説を読むかのように楽しく読んでました。
そして、いつの間にか私は神話の話に出てくるジハドに恋をしていたのです。」
「・・・。」
リッシュはシリアの話を黙って聞く。
聖書の、神に恋をするって・・・。
シリアは話を続ける。
「ジハドはいつも勇敢で、勇ましく、弱き民の為に戦います。
そんなジハドがアニマライズの赤竜王、アムステル討伐に向かう時にサリエステールの・・・、旧アニマライズのエルフ達と戦闘がありました。
エルフ達は船に乗るジハドに逆向きの波や風を起こし、アニマライズに到着したら大地震を起こし、そして、植物を使って襲い掛かります。
ジハドが堂々と戦えと言っても姿を表さず、遠巻きにしつこくジハドに攻撃を繰り返して来たのです。」
「それは当たり前だ。
大人10人でも持ち上げられない大きな槍を片手で振り回し、その斬撃は山すらをも真っ二つにするとか言われていたジハド相手に正面から戦う馬鹿はいない。」
リッシュはエルフとしての本音を言う。
シリアはクスッと頬笑む。
「それでも小さかった頃の私はエルフは卑怯ものだって凄く怒ってたんです。
エルフの元だと言われていた古代獣オウレもジハドの前には姿を表さなかったので、オウレやエルフ程嫌いなものは無かった。
まだ堂々とジハドと戦ったグリムハーツ。アムステルの方が立派だと思ってました。」
シリアの話をリッシュも楽しそうに聞く。
リッシュのいたテトでも似たようなジハドの話は聞いてきた。
視点がエルフとジハドで真逆なので多少違うが・・・。
「アムステル様はジハドの一撃を食らっても血を流さなかったらしいしね。」
リッシュはテトで聞いた話をシリアにすると、シリアがいたづらっぽくムスッとした顔を見せる。
「アムステルが異常なんです。
ジハドと真っ向から戦って無事なんて・・・、どんな化け物かと思います。」
リッシュはふっとシリアに微笑み返す。
「リッシュさん。」
突然、シリアがリッシュの服から手を離し、呼び止めた。
「んっ?何?」
リッシュは立ち止まり、シリアの方を振り向く。
「服を掴むのが疲れちゃいました。手を繋いで頂けますか?」
シリアは手を差し出しながらリッシュに言う。
「かしこまりました。」
リッシュは答えると、シリアの手を繋ぐ。
そして、登りの階段を見付け、シリアに気を使いながら登っていった・・・。
カツン・・・。
カツン・・・。
暗闇の中、優人とアレスは下へ降りる階段を探しながら通路を歩いていた。
優人は歩きながらこの地下遺跡について色々と予測を立てる。
この遺跡は過去にあったであろう魔神イフリートを祭る神殿である。
そこを暗黒騎士らしき連中が隠れ家として使用している。
そして、先ほど戦った剣士2人。
その内の1人がこの遺跡の自爆スイッチらしきものを使った。
以上の情報から読み取れる事は・・・。
恐らく、この遺跡内に仲間はもういない可能性が高い。
仲間がいるならば自爆スイッチなど押す必要が無い。
何故ならばあの2人の剣士以外に誰かいるならばそいつに隠れ家の守りを任せれば良いからである。
自爆スイッチを押すタイミングは最後の1人がやられる時で良いはずである。
もっとも、あれが自爆スイッチで、本来ならば遺跡全体を破壊する目的だったとしたらであるが・・・。
それに関しても優人は少し自信がある。
何故ならばあの剣士達にとって直接命の危険性を持っていたのは優人とアレスである。
ならば、自爆スイッチで倒したかった相手は優人とアレスであったはず。
しかし、優人とアレスのいた通路は破壊されず、何故か礼拝堂のみが崩れた。
ここから推測するに、あのスイッチはこの遺跡全体を破壊するスイッチであったが、劣化により、礼拝堂のみ崩れたと考えられる。
そこで考えられる事がもう1つある。
この犯罪組織はこの遺跡について知っていた連中により結成、または知っている人間が組織内に確実にいる。
つまり、魔神イフリートの暗黒魔法使いがいると言う事だ。
そうでなければ王都に近い所にも関わらず気付かれないような遺跡を知っている訳が無い。
しかも、自爆スイッチまで持っているなんて辻褄が合わない。
そういう観点から見て十中八九、暗黒魔法使いの組織だ。
そして、自爆スイッチを押したところから、見付かると組織が困る何かを隠している。
優人はシリア達と合流したら、その組織が困る何かを見付ける事が探索の目的だと伝えようと思っていた。
まずはシリアの回復を最優先にし、その後から探索をする。
とりあえず、通路の左右にある扉等は無視して階段を探した。
階段は通路の突き当たりにあり、容易に発見出来た。
階段を降りると、また同じような通路が続いていて、地下3階に続く階段は見付からなかった。
「ちっ・・・。こっちのパターンか。」
優人は思わず愚痴を溢した。
「こっちのパターン?優人は何を想像していたんだ?」
優人の愚痴にアレスがすぐに反応をした。
「んっ?
いや、人が住むなら住みやすい建物の造りにするでしょ?
複数階ある建物なら階段を一ヶ所にまとめて好きな階に行きやすくしない?」
優人はアレスの質問にそう答えた。
「ああ・・・。言われてみれば、その方が移動しやすいな。
しかし、それは攻め込まれやすくもなる。」
正しくアレスの言った通りである。
一々階段を別の所に設置する事で敵の進行を妨げる事が出来る。
そこで考えられるのは、この地下遺跡は生活の利便性より敵の進行に対応しようと造られた遺跡だと言う事である。
つまり、それはトラップもある可能性があると言う事でもある。
そうこう考えていると、地下2階の通路に入ったすぐそばの壁にスイッチのような物が見付かった。
そのスイッチの横には扉がある。
「スイッチか・・・。」
優人はそのスイッチに光を当て、念入りに確認した。
「基本的にスイッチなんて罠じゃないのか?」
スイッチを見る優人にアレスが声を掛ける。
「罠なら足元や気付かれにくい所に付けないか?
こんな分かるところに罠を仕掛ける意味が分からない。」
地上界の電気のスイッチに何となく雰囲気が似ている。
優人はスイッチから目を離さずにアレスに答えた。
そんな優人にアレスが呆れた顔をする。
「お前、そんな1つ1つの事に色々考えていたら疲れないか?」
アレスのその一言に優人も思わず苦笑する。
確かに正直、疲れる。
疲れてどうでも良くなる事すら優人にはあるのだから。
しかし、知らない世界を旅している優人である。
一瞬の判断ミスが死を招く事もある。
嫌でも警戒してしまうのは仕方無い事だと思っていた。
カチッ。
そのスイッチをずっと見ている優人に痺れを切らしたのか、アレスがそっとスイッチに近付き、押した。
「あっ。」
思わず声を出す優人。
「何か有るなら対処する。これでお前も満足だろ?」
アレスが周りを気にしながら優人に言った。
ブオーン。
少しすると、1回、モーター音のような音がし、通路と階段全体が明るくなった。
優人が直感した通り、このスイッチは明かりを付けるスイッチだったのである。
「・・・。」
明るくなった通路は埃で床が真っ白になっていた。
人が来た形跡は全く見受けられない。
優人は少し考え込むと、今降りてきた階段をかけ上がっていった。
「おい!どうした!?」
アレスが優人の後を追う。
地下1階は通路の端に埃が貯まっているものの、通路の中心部には埃が無かった。
「地下2階からは人が出入りしていないな。
ここに隠れている組織の連中は地下1階だけを使っていたみたいだな。」
優人がアレスに言う。
「それが何かあるのか?」
アレスは優人に不機嫌そうに聞いてきた。
「一つ気になる事がある。さっきのスイッチの横の扉だけ調べてみよう。」
言うと、優人は返事を待たずにまた階段を降りていった。
「はぁ・・・。」
後ろからアレスの溜め息が聞こえてきた。
アレスはシリアを心配しているのだろう。
いつもはこんなに不満を露にする人間では無い。
ガチャ。
優人は地下2階のスイッチの横にあった扉を開ける。
部屋は3メートル四方の正方形の部屋になっていた。
中央に魔方陣が描かれていて、壁には魔神イフリートの壁画が全面に彫られており、少し異様な光景になっていた。
優人は魔方陣に近付き、今度は魔方陣は注意深く観察する。
「これは・・・イフリートを呼び出す魔方陣か?」
アレスが優人に近付きながら聞いてきた。
「いや。俺はここがこの遺跡の玄関じゃないかと思ってる。」
優人がアレスの質問に自分の仮説を言う。
「玄関!?ここは地下2階だぞ?」
アレスが優人の仮説に呆れたように答えてきた。
「まず、俺達が入ってきた入り口。
あそこの存在が見付かったのは、あそこを暗黒騎士らしき連中が出入りしていたのを誰かが見たからだったよな?」
優人はアレスに自分の仮説の理由を理解しやすいように誘導する事にした。
「ああ、そうだ。」
アレスは答える。
「では、逆に何故、今まで気付かれなかったか?」
「使われて無かったからだろ?」
「そう。今回はそういう理由だけど、この遺跡を初めに使っていた魔神イフリートの暗黒魔法使い達は何故、見付からなかったのか?」
「・・・。」
優人の質問にアレスは考え込み始めた。
「けっこう大きめの礼拝堂があったんだから利用者はそこそこいたはずだ。
しかも昔から魔神イフリートは悪魔として神や人間の敵とされていたならここは遥か昔に襲撃されて、自爆スイッチも押されていて当たり前の場所じゃないのか?
何故、今の今まで無事だったか?」
「それは・・・。」
「それと、もう一つ。
電気のスイッチの場所。
遺跡全体の明かりを付けるスイッチがこの部屋の真横に付いていた事。
俺達が入ってきた所が入り口なら、こんな所にスイッチを付ける意味があるのか?」
「・・・無いが、ここを玄関とするには無理がある。
どうやっていきなり地下2階から入るんだ?」
アレスが重要な事をやっと聞いてきた。
「次元移動だよ。」
アレスの後ろから、突然姿を現したリッシュが優人の仮説を伝えてきた。
「リッシュ!?シリア司祭は?」
後ろを振り向き、アレスがリッシュに聞く。
「ここにいます。ご心配をお掛けしました。」
リッシュの後ろからシリアがヒョコと顔を出した。
「シリア司祭!!」
アレスはシリアに小走りで近付き、致死判定の魔法を掛けようとする。
「えっ?」
しかし、アレスの魔法は発動しない。
「やはりあなたもですか。」
神聖魔法が発動せず固まるアレスにシリアが言う。
「これは・・・。どういう事ですか?」
アレスがシリアに聞く。
「分かりません。しかし、この遺跡では地下1階より下は神聖魔法が使えないみたいです。」
「だから、意識が戻った後も、ホーリーライトを使わなかったのか。」
シリアの説明にリッシュが納得をする。
「すみません。あの時はまだ、あなたに弱味を見せたくなくて・・・。」
シリアがリッシュに詫びを入れる。
「いや、かまわないさ。今、俺を仲間だと思ってくれているのならそれで良い。」
リッシュがシリアに答えると、シリアの表情が少し明るくなった。
「それでリッシュ。話を戻すが、次元移動。
つまり、次元魔法を使っていたと言うのはどうして分かった?」
優人がリッシュに聞く。
優人の仮説は次元魔法を使っていた事である。
それをリッシュがはっきりと言ってくれた理由が優人は気になった。
リッシュは黙って魔方陣に入り、魔方陣に描かれている文字を指差した。
「ここにオウレと書かれている。
次元魔法の力の根元は古代獣オウレ様だ。
俺は次元魔法については分からないし、ここに書かれている古代文字も解読出来ないが、オウレと言う文字だけはテトで見たことがあるから分かった。」
リッシュが答えた。
「なるほど。」
優人は改めて魔方陣を眺めながら納得をする。
「次元魔法を使って、この遺跡を出入りしていた。それが今回の探索で何か意味が有るのか?」
アレスがキョトンとした顔で優人に聞いてきた。
優人は申し訳無さそうに頭を掻きながらアレスに答える。
「実は関係無い。次元魔法について知りたいのは神隠し子の俺達の都合なんだ。
探索について言える事は、地下1階の部屋を徹底的に調べる必要があると言う事かな。」
優人の返答にアレスは笑顔を返し、コクリと頷いて見せた。
「分かりました。では、地下1階に昇りましょう。」
シリアが言うと一行は地下1階へ昇る階段を登っていった。
優人達は地下1階に戻ると、改めて通路を眺めた。
「あ、ここなら神聖魔法が使えます。」
横でシリアが何かを確認し、自分に致死判定をかけ、容態の確認をし、そしてホッとした表情を浮かべていた。
真っ直ぐ伸びた通路の先には礼拝堂があった所に大きな穴が出来ている。
その穴の上からは先程のスイッチにより照らされている光が何事も無かったかのように降り注いでいる。
通路の左右にはそれぞれ2つずつの扉があり、その1つは半開きになっていた。
「あそこに・・・誰かいるのですかね?」
シリアが半開きの扉に気付き、優人に小声で訊ねてきた。
「恐らく、誰もいないよ。さっき倒した連中があそこの部屋から出てきたんだと思う。」
シリアに答えると、優人はスタスタと歩いていき、その扉を開ける。
「おいっ!トラップは!?」
リッシュが血相を変えて優人の所へ駆け寄ってきた。
「有るわけない。」
優人は笑いながらリッシュに答えた。
そう。
ある訳が無いのである。
少なくとも地下1階には。
元暗黒魔法使いの神殿だったここは今は暗黒魔法使いのいる犯罪組織の隠れ家である。
そして、今、この隠れ家を使っている連中はここを神殿としては使っていない。
純粋な隠れ家として使っている。
明かりを灯す方法すら知らずにここを使っていた彼らが下手に罠を仕掛ければ自分達が隠れて生活することすら出来なくなる。
優人は扉を開け、中を見渡した。
そこは10畳程の大きさの部屋で、真ん中には大きなテーブルが2つ並べられ、椅子が10脚程乱雑に置かれていた。
テーブルの上には何かを食べた形跡のある、空の皿と、使い終わった蝋燭が大量に放置されていた。
「敵は10人いるのかもな。」
リッシュが推理をする。
「それは分からない。
椅子は1人1つ使うとは限らない。
使い回す事もあれば、1人で何脚も使う事もある。」
優人は言いながらテーブルに近付き、テーブルの上を丹念に調べた。
テーブル自体は汚れてはいるものの、さほど古くはない。
最近持ち込まれた物なのだろうと察しが付く。
使ったままの皿にも汁気が残っているのでここ2、3日の物。
これ位日の置いた食べかすは臭いがキツい。
優人はツンと鼻に付く臭いが嫌で不意に鼻を手で塞いだ。
「これ・・・なんだろ?」
不意にアレスが1枚の紙切れをテーブルで見付け、優人に持ってきた。
優人はその紙切れを見る。
「・・・。」
そこには天上界の文字か何かすらも検討が付かない、初めて見る文字が書かれている。
地上界の文字だと恐らく、象形文字が1番近いだろうか?
「どうだ?意味わかるか?」
アレスがマジマジと優人に聞いてきた。
「ふむ・・・。そもそも何て書いてあるか分からん。」
優人が答えると、アレスが『はぁ?』と言う顔をする。
シリアがクスクスと笑いながら優人から紙切れを受け取りに来て、アレスに言う。
「優人さんは地上界の神隠し子ですよ。天上界の文字が読めるはずが無いじゃないですか?」
シリアが言うと、アレスは少し顔を赤らめ、頭を掻いた。
もう時間が無い。
イフリート様の怒りが落ちる前にスタットの村長の娘を拐え。
私は念のため、代わりの生け贄を確保してくる。
ジャック・オルソン
「こう書かれていますわ。」
シリアが優人にメモの内容をそのまま読み上げてくれた。
「スタットの村長の娘・・・。
スタットって村がどこかにあるのかな?」
と、優人が答える。
「スタットなら王都から半日程馬を飛ばした所に有ります。
でも、なんでスタットの村長の娘なんですかね?」
シリアが疑問を誰となく投げ掛ける。
「身代金か?」
アレスがまた的外れな事を言う。
「生け贄だよ。代わりでも通用するらしいってのが気になるが。」
リッシュが間髪を入れずにアレスにツッコミを入れる。
「代わりを出せるが、スタットの村長の娘である事がベストな生け贄なんだろうな。
逆にシリアは何か分からないかな?
イフリートは悪魔だから、イフリートのルールとか、悪魔のルールから推測出来る事は?
暗黒魔法って魂を使って悪魔の力を借りるんだろ?」
優人がリッシュの説明に補足を入れ、そしてシリアに聞き返す。
シリアは少し考え、そして答える。
「悪魔は12歳から15歳位の女の子の魂を好むとされていますが・・・。」
シリアはひねり出すように自分の知っている情報を優人に伝えようとするが、これが限界のようである。
思春期の娘の魂・・・。
言われてみればカルマもフォーランドで絵里を見た時にそんなような事を言っていた記憶がある。
「まぁ、その辺については王都に戻ってから綾菜魔術師に聞いてみても良いんじゃないか?
ルーンマスターの見解も気になる。」
アレスがメモの話をまとめる。
まぁ、確かにもっともな意見である。
ここで悩んでいても時間がいたづらに経つだけである。
優人達は部屋を出、次はその向にあった部屋に入った。
この部屋は一目見て分かる。
台所である。
しかし、優人とシリアは思わず顔をひきつらずにはいられなかった。
台所と風呂とトイレが一つの部屋の中にあるのだ。
地上界にもユニットバスはある。
しかし、ユニットバスはアイボリーやプラスチックを使い、水捌けが良くて掃除もしやすいので清潔感があるし、さすがに台所は別に設置してある。
しかし、ここは木造で、所々が痛んでいる。
恐らく、腐った木の上に木を重ねるだけの修理を繰り返して使われているのだろう。
木は臭いを吸い、その場に残す。
この便の臭いが漂う中で体を洗い、そして食事を作る。
考えただけでも気持ち悪い。
「こ・・・ここは止めとくか?」
優人が皆に聞く。
そもそもここに欲しい情報があるとも思えない。
不快な思いをするだけである。
しかし、シリアが1度自分の顔をはたき、気合いを入れ直し、中に入っていった。
それをリッシュが追う。
優人は2人を見て、深くため息を付くと、アレスに廊下で警戒しておくよう頼み、トボトボと中に入っていった。
ここまでの探索でアレスは探索には向いていないと言う事がはっきりと分かった。
アレスはシン譲りの化け物じみた筋力と幼い頃から鍛えた剣と盾の技術で、戦闘においては凄く頼れる男である。
神聖魔法が扱え、努力家でもあるので学もあるだろう。
しかし、賢くは無い。
何かを見て、推測を立てるのがアレスは苦手なのだ。
それがアレスが探索に向いていない理由である。
そして、1つ懸念事項ができた。
ジャック・オルソンと言う人間である。
あのメモは何かの司令書らしき物であると推測出来る。
司令を出す人間は司令を出される人間の上司である事が多い。
そうすると、ジャックと言う男はここにいた2人の上司的な存在である。
恐らくは戦闘においても上であると考えて間違いが無い。
万が一、ジャックが戻ってきた時、こんな所で戦闘はしたくない。
そこで、戦闘に置いて一番頼れるアレスを通路で見張りに付けたかったのである。
「堕落とは何なのでしょう。
こんな劣悪な環境で生活出来ると言うのは、逆に辛い精神修行にも思えます。」
シリアが台所を顔をひきつらせながら変な事を口走っていた。
優人は思わず苦笑いを浮かべる。
普段から清潔な環境で暮らしている人間がいきなり汚い所へ来るとキツいと思うが、そこにずっといて、徐々に部屋が汚くなると慣れてしまうのだ。
臭いすら慣れて何とも思わなくなる。
実は優人はその経験がある。
「泥沼で産まれた魚は、そこが泥沼で汚いと知らずに一生を終える。
しかし、綺麗な湖で産まれた魚を泥沼に移すと死ぬことすらある。
人それぞれ、適した環境があるんだよ。」
リッシュがもっともな事を言う。
「なるほど・・・。」
シリアはリッシュの説明に返事をする。
「そして、森で育った俺達もやはり人間とは価値観は違うが・・・。」
リッシュは話を続け、そしてここで少し間が空き、鼻の頭を掻きながら話を続け始めた。
「シリアの笑顔には俺でも癒される。」
「ありがとうございます。」
シリアが微笑みながらリッシュに答えた。
それを偶然目の当たりにした優人の動きが一瞬止まる。
リッシュ・・・まさかシリアに・・・!?
サリエステール・・・。
人間と亜人の垣根だけではなく、神と古代獣の垣根までも越えるか!?
優人は思わずにやけてしまっていた。
やはり、台所には対したものは見付からず優人達は部屋を後にする。
そして、次に入った部屋とその向かいにあった部屋はそれぞれ2段ベッドが10台ずつ並べられていた。
ベッドは木製。
かなり痛みが進んでいて、上のベッドは危なくて使えない。
そして、ベッドの下の段には6台だけ、比較的新しいシーツがひかれていた。
これを見て、優人が予測した事は以下の通りである。
この神殿は神話の時代に造られたが、2、300年以内の間に誰かが使っていたと言う事である。
それはベッドの痛み具合で分かる。
数千年も木製の家具が持つとは考えられない。
しかし、今回使っていた連中が持ち込んだにしては古すぎる。
過去に誰かが使っていた。
しかし、その時はここは見付からなかったと言う事である。
そして、ここにいた連中の人数は6人。
椅子とは違い、ベッドは1人1つを使うと考えられる。
1つのベッドを複数人で使う可能性も有るが、ここの場合空きのベッドが14台もあるのでその可能性は低い。
しかし、この遺跡で遭遇した人数は2人。
他の4人はどこへ行ったか?
それは恐らく、スタットの村である。
4人がまだここに戻っていないと言う事は村にいるのだろうか?
優人達がこの遺跡に入った時間から逆算すると、4人はもうスタットに着いて村長の娘を拐ってしまった後かも知れない。
優人は以上の推測をシリアとアレスに告げたが、シリアもアレスも焦る素振りを見せなかった。
シリア曰く『生け贄の受け渡しは月の無い日。』
つまりは日食の夜らしい。
地上界と同じ周期ならば後、2週間はある。
優人達は焦らず、一旦王都に戻り、綾菜に相談する事にした。




