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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第六章~白と黒の戦い~
38/59

第三十七話~母子の一日~

マダンの突撃押し込み結婚から数時間後、サリエステールの城内も街中も賑わいは止まる事を知らない。

ジョセフはマダンをすぐに受け入れ、2人の結婚は大勢の国民が見守る中で即決で決まった。

世界樹の薬草畑をやる事で国は潤い、病気が治る。

それに協力してくれるこの国の亜人は国民の大切なパートナーになる。

ジョセフがその事をその場で公にすると、国民の大半が盛大な拍手で答えた。

ソールに対する処罰は役職排除。

つまり、国の法機関から外されるだけの処罰で収まった。

ジョセフは本当に甘い男だと思ったが、ソール自身も悪気があった訳では無く、純粋に国の未来を憂いての暴走だったという事だ。

サリエステールに悪意を持つ人間は外国からやってきた亜人狩り組織のライザックのみで、国内には1人もいなかった。

国の平和を祈り、戦争の元を根元から完全否定し続けたジョセフ王。


亜人を捕らえ、販売し、その後は世界樹の薬草を売る事で国を発展させようとしたソール。

古の盟約を守り、自然を愛し続けたエルフ達。

何があってもジョセフを信じ続けたマダン。

ただ、母と父の愛を求めたリッシュ。


全ての歯車が少しずつ噛み合わなかっただけである。

しっかりと噛み合い始めた歯車は周りを巻き込み、幸せな国に見える。

この国には人間と亜人の差別なんて最初からなかったのだ。

優人は城の2階のバルコニーで果汁ジュースを飲み、城の正門ではしゃぎ合う国民を眺めながらそんな事を考えていた。


「こんな所にいたのか?」

後ろから声が聞こえ、優人は声の主を確認する。


「リッシュか・・・。」

優人は声の主の名を呼ぶと、再び正門前に向き直る。


「人間と亜人、何がそんなに違うんだろうな。」

リッシュは優人の横に立ち、一緒に正門ではしゃぐ国民を眺める。


「違いなんて無いだろ。こうやって見てると昔からの友達みたいに人間も亜人も仲良くしてる。

何より、お前の存在が差がない証拠じゃんか。」

優人は人間とエルフの血をひくリッシュに答える。


「嬉しいことを言ってくれるじゃんか。

俺はエルフと人間の血をひいてるからどっちにも疎まれていると思ってたんだがな・・・。」


「変わりもんなんて何処にでもいる。

そして、変わりもんは疎まれるもんだよ。

大切なのは変わりもんの存在意義なんじゃないかな?」

優人は哲学的な事を自分で言って、少し照れる。

しかし、天上界に来て、そんな考えを持つようになった。


フォーランドは元は海賊の国。

世界的に見れば犯罪の国で疎まれる国なのだろうが、スティアナ王妃の魅力は大国、ジールド・ルーンの聖騎士であるエナを惹き付けた。

ジールド・ルーンの五英雄の1人であり、エナの父親であるエアルは国民を沢山殺しはしたが、それでも未だに英雄として敬意をもたれている。

エルン国テトの里のシノは人間に歯向かうことを諦めたノームの中でたった1人、人間に立ち向かい里を守りきった。

サリエステールのマダンはエルフとしては変わり者だが、そのマダンのおかげでこの国は良い方向に向き始めた。


変わり者は疎まれる。

しかし、変わり者の『本気』は誰かの心を動かす力がある。


「なぁ、優人。」とリッシュ。


「うん?」

優人は何気なく相槌を打つように返事をする。


「お前、サリエステールに仕えないか?」


「いいや。俺は一応フォーランドの騎士だから無理だな。それより、お前との決着を着けないとな?」

優人は即答し、いたづらっぽく微笑む。

リッシュは顔をひきつらせ、正門の方を向きながら答える。


「一騎討ちではお前には勝てないよ。」


「おっ?えらく素直じゃねぇか?」

優人がリッシュの顔を覗き込む。


「けど、お前の弱点も知ってる。」


「ほぉ?それは興味あるな?聞かせてくれるか?」

と、優人はリッシュの見解を聞く。


「お前、剣や、槍みたいなメジャーな武器の使い手で一騎討ちと言う条件ではかなり強いが、変則的な武器や複数人との戦闘になると上手く戦えないだろ?」

リッシュの見解を聞いて優人はグサリと来る。

実際、その読みは正解である。

過去の戦闘でも、優人の刀はソードブレーカーと言う見慣れない武器に折られたし、鎖鎌や大鎌との戦闘で致命傷を受けたりもしている。

複数人との戦闘で自分のリズムも良く狂わされている。

リッシュの話は続く。

「しかし、どういう条件で剣技を習えばそんな片寄った戦闘能力になるんだ?」

この世界の人間からしてみれば優人のような剣士は珍しいのだろう。

何故ならば、この世界における剣術は戦闘で使う殺し合いの技術である。

しかし、優人のいた地上界の剣は剣道である。

剣をもって己を高める技である。

剣道も剣術も地上界では一騎討ちが中心なので、優人はどうしても一騎討ちに特化した戦闘力になってしまうのである。


「剣を扱う理由が違うから・・・かな?」

優人は遠い目をしながらリッシュに答えた。


「理由・・・か・・・。」

リッシュは恐らく意味を理解してはいないだろうが、勝手に納得し、優人と共に正門を眺めた。

未だに外では人間と亜人達は何やら楽しそうにしていた。



その翌日、マダンの王妃戴冠式が行われたが優人達は長居し過ぎるのも良くないからと、その日の早朝に船に乗ることにした。

見送りにはジョセフ、マダン、ファゴットと言った国の要人やエルフの里長、ドワーフ達が集まっていた。

ソールも肩身が狭せそうにいる。

綾菜とミルフィーユ、リン、シエラ達女性陣がマダンと楽しそうに別れの話で盛り上がっている。

健はエルフの奴隷になりたいと言い張り、サリエステールに置いていく事になったので今、船の甲板にいるのは優人1人だけである。

甲板でボーっと待つ優人はエルンに戻ってからの事を考え始めていた。


確か、シリアが暗黒魔法使いの組織を追いかけている。

暗黒魔法・・・。

蝙蝠の亜人、カルマのようなやつらが沢山いるのだろうか・・・。



ブオーン!!

そうこう考えていると、出港準備が整った合図が鳴る。

その音に綾菜達が気付いて、話を打ち切り、急ぎ足で船に乗り込んでいた。


「じやあねぇ~!!マダン!!しっかり王妃様やりなさいよ」

綾菜が船に船の甲板まで走って来て、優人の横からマダン達に手を振りながら言うと、港に見送りに来ていた全員がドッと笑う。


良い国だな・・・。


そんな国民達を見ながら改めて優人は思っていた。



帆船は風に吹かれどんどん進む。

手を振る港の人影は少しずつ小さくなり、最後には黒い点になって見えなくなる。

綾菜を始めとする女性陣はいつまでもサリエステールの港のあるであろう陸を眺めていた。


「さてっ!船酔いするゆぅ君の体を浮かせてあげないと!」

綾菜が背伸びをしながら優人に言う。


「お願いします。」

優人は軽く会釈しながら綾菜に答えると、綾菜は優人に触れ、魔法を唱える。

そして、優人達は船の自分達の部屋へ向かう。

部屋の扉を空けた綾菜の動きが止まる。


「何故、あなたが・・・いるの!?」

綾菜が部屋の中にいる誰かに話し掛けた。


あー・・・やっぱり、この展開か・・・。


優人は甲板を眺めている時からいるはずの人間がいない事に気が付いていた。

優人はのそっと部屋の扉を持った綾菜の持つ扉を持ち、大きく開く。

優人達の部屋には長くて柔らかそうな髪を1本の三編みに束ねているハーフエルフの男がいた。


「これからサリエステールは大変な時期なんじゃないのか、リッシュ?」

優人がハーフエルフの男に話し掛けると、そのリッシュと呼ばれた男はいたづらっぽく笑って返す。


「母上が世界を見てこいってさ。

優人と綾菜を見て、見識を広げる大切さを実感したらしいよ。」


「いや・・・口実だな。マダンはジョセフとイチャイチャしたいとみた!!」

リッシュの返事に綾菜が下世話な深読みをする。

優人を乗せた船は風を受け、順調にエルンへと続く航路を進む。



エルンに到着したのはサリエステールの港を出てから20日もたった後であった。

優人と綾菜はまず始めに、リンとクラウスをエルオ導師に会わせた。

天上界でまだ生活の術を知らない2人にエルオはアパートのような部屋と、その近くにあるパン屋での仕事を紹介してくれた。

家具等は最低限のものであったが、生活に不自由しない程度のモノを揃えてくれていたので、優人と綾菜も一安心した。

その後、シエラと別れると、優人達は綾菜行き付けの冒険酒場へと向かう。



酒場のマスターのダムは綾菜の顔を見ると嬉しそうに出迎えてくれた。


「お帰り、綾菜。案内係の手伝いをしてたんだって?彼氏と揃って面倒事が好きな2人だな。」

ダムは優人達がカウンター席に座るとすぐに紅茶と、ミルフィーユにオレンジシュースを出してくれた。


「でも楽しい仕事よ?色んな人と知り合えるし。」

綾菜は紅茶を一口飲んで、ダムに答えた。


「その新しい知り合いがそちらさんかな?紅茶で良いかな?」

ダムは優人の横に座ったリッシュに視線をやる。


「リッシュと言います。紅茶でお願いします。」

リッシュは丁寧に挨拶をする。


「腹は減ってないか?」

ダムは仕事をしながら雑談をする。

時々話が噛み合って無いのではないかと不安にもなるが、そこはやはりプロ、人の話はしっかり聞いている。


「ああ。軽食を頼みます。」

優人がダムに答える。


「あいよ。」

ダムは答えると台所へと歩いていく。


「あ、後、今夜の寝床なんだけど・・・。」

優人は台所へ向かうダムの背中に話し掛ける。


「綾菜、優人、ミルで1部屋とリッシュで1部屋だろ?了解だ!!」

ダムは後ろを振り向かず優人に答えて行った。


ガチャ

ダムが台所に入ったタイミングで酒場の扉が開く。

入口を見ると、シリアとアレスであった。


「綾菜、お帰りなさい。」

シリアは綾菜を見付けると綾菜の元へ小走りで寄って来た。


「あら?シリア、暗黒魔法使いの組織はどうなったの?」

綾菜がシリアに聞く。


「そう、それが、少しヤバい事になってきてるんです・・・。」

シリアの表情が少し曇った。


「それで、アレスもエルンに来てる訳か。」

優人がアレスに目をやる。


「ああ。暗黒騎士が組織に絡んでいるみたいでな・・・。

それより、そちらのエルフ・・・ぽい人は・・・?」

アレスがリッシュに気付き、聞いてきた。


「ああ、こちらはサリエステールの王子、リッシュだ。

風水魔法のスペシャリストだよ。」

優人はリッシュの紹介をする。


「ジールド・ルーンの聖騎士団長を務めています、アレスと言います。

・・・で、綾菜の方に座っている女性がジハドの司祭、シリアです。」

今度はアレスが紹介をする。


「どうも。」

紹介されたシリアはリッシュと目を合わせる事なく、軽く会釈をして挨拶を済ませた。


んっ?


いつもは綾菜よりも礼儀正しいシリアの素っ気ない挨拶に優人は違和感を感じた。


「なぁ、アレス。シリアは機嫌悪いの?」

優人は疑問をアレスに聞く。


「ああ・・・俺もだけど、シリアはジハドの司祭だからね。

教本の神話でサリエステールのエルフはジハドの敵として出ているからだろうな。」


「敵!?古代獣って中立じゃないの!?」

優人はここに来るまで神話は神と悪魔の戦いの話で、古代獣はその戦いに参加しなかった獣の事だと思っていた。


「古代獣は戦いに参加しなかったと言うよりは神話の時代に好き放題やって戦いを混乱させた獣達です。

教本では、無差別に人里を焼き付くすアニマライズのアムステルを討伐するジハドの前に立ちはだかったエルフが今のサリエステールのエルフの先祖とされてます。

その力は強力で、鋼鉄のように堅い木々の枝が一斉に襲い掛かり、大地は激しく震え、複数の竜巻が巻き起こり、山を飲み込む程の津波が押し寄せたらしいですわ。」

優人とアレスの話を聞いていたシリアが2人の話に割って入って来た。


「違うよ。アムステル様は力の均衡を保つ為に数を増やす人間を減らしていたんだ。

それを危険視したジハドはアムステル様を一つの大陸に縛り付け、力の均衡は失ったんだ。

その結果が今の亜人差別に繋がってる。」

シリアの話にリッシュが異を唱える。


「それはサリエステールのエルフ側の見解ですね。

ジハド様がアムステルをアニマライズに縛り付けたから世界は発展し、人々が平和に暮らせているのです!」

シリアが立ち上がり、リッシュに言い返す。


「その発展の犠牲に俺達がなってるって事はどうでも良いのか!?

人間は人間が平和なら他は犠牲になっても良いと考えているのか!?」

怒るシリアにリッシュも声を荒げる。


「良い訳無いじゃないですか!!

ですから、我々は今、亜人狩りを取り締まったりして貴殿方も平和に暮らせるように動き始めてるんじゃないですか!!」


「なんで上から目線でモノを言ってんだよ!

お前ら人間は結局、ジハドのおかげで堂々と世界を牛耳ってるだけのくせに!!

個人能力で俺達には敵わないんだから、偉そうにしてんなよ!!」

2人は珍しく興奮気に怒鳴り合う。

2人とも温厚な性格なのに珍しいと思いながら2人のやり取りを間で見てる優人の肘を綾菜がつつく。


「何?」

優人は綾菜に顔を近付け、小さな声で答える。


「何じゃなくて・・・。止めて。」

綾菜が優人に言う。


「ふむ。地上界の有名な小説にこんな話がある。」

優人はにらみ合う2人の間に割って入る。

「とある竹林で殺人事件があってね。

その真相を確かめようと思って色んな人の証言を集めたんだけど、証言は見る人の立場や状況によって違ってるもんで、収集が付かないって話だ。

俺は、シリアの話もリッシュの話も良く解る。第三者だからな。

その結論を言わせて貰うなら、シリアが謝るべきだ。

実際の強弱はともかく、結果として奪った側が詫びるのが1番平和的解決なんだから。」

優人がそう言うと、シリアがふて腐れたように椅子に座り、紅茶を一口飲んだ。


「シリア。ジハドは悪い事はしてない。ジハドに救われた人は少なからずいるんだから。

だけど、だからこそ、救われた人間は亜人達に対して謙虚になるべきだと思うわ。」

綾菜がシリアと宥めるように言う。


「分かりました。私も感情的になりすぎました。すみませんでした。」

シリアは素直にリッシュに謝る。

しかし顔は正面を向き、リッシュの顔を見ていない。


「うん。まぁ・・・俺も言い過ぎたよ。」

リッシュも答え、その場は納まった。

リッシュも詫びにも心はこもっていない。

ジハドの司祭とエルフはこんなに中が悪いのかと優人は内心びっくりした。


「それより、シリア達は私達に用事があったんじゃないの?」

綾菜がタイミングをみはからつて話を変えた。


「あ、そうなんです。実は暗黒騎士率いる数人が王都付近の遺跡にいるみたいで・・・探索の協力を頼みたかったのです。」


「遺跡?なるほどね。分かった。明日で良いんだよね?」

シリアの頼みに優人が2つ返事で答える。


「あ~・・・。」

綾菜が珍しく口どもる。


「どうしたの?綾菜?」

珍しい綾菜の反応にシリアが反応する。


「ごめん・・・。私は今回はパスさせてくれない?」

綾菜がバツが悪そうに言った。


「それは構わないけど・・・どうしたの?急に?」と優人。


綾菜は少し考えた後、ゆっくりと話し始めた。

「私・・・最近毎回ミルちゃんを置いて行っちゃってて・・・さ。

母親としてこの子の側にいようと思ったのに、なんかやってる事が中途半端すぎるかな・・・て。」


綾菜の言葉に優人はかなり思い詰めていると感じた。

綾菜は一見自分勝手で好き放題しているように見えるが、本当はいつも相手の事を考えている女性だという事を知っている。

本来ならばシリアの手助けをするのが綾菜である。

それを断ってまでミルフィーユの側にいたいと言い出したのはきっとミルフィーユの母親として、ミルフィーユにしっかり愛情を届け切れていないとでも思っているのだろうと思う。

気苦労の多い性格だ・・・。


「分かった。綾菜は綾菜が納得するまでミルフィーユに愛情表現をしてあげてくれ。」

優人が綾菜に答えると綾菜は深く頭を下げて「ごめん!」と答えた。

綾菜の有能さや綾菜不在の戦力の落ち具合はサリエステールで実感はしている。

しかし、優人の男としてのプライドと、やはりミルフィーユをほったらかすのは気が進まない。


「気にするな。俺の分も頼むよ。」

優人は答えた。


そして、今夜は各々の床に付いた。



翌朝、綾菜は目を覚ました。

ゆっくりと体を起こし、今まで枕代わりに使っていた優人の右腕の付け根を確認する。


よし・・・。ヨダレを垂らしてない!!


綾菜にはいくつかのルールがある。

その1つが優人よりも早く起きる事であった。

これは優人にヨダレを掛けたかどうかの確認をする為だけでは無い。

大和撫子は目指してはいないのだが、優人に対しては『尽くしたい』と言う願望が実はある。

恋愛経験は沢山してきてはいるがこんな気持ちにさせられるのは綾菜にも初めての事で何がそうさせているのかは自分でも分からない。

しかし、この願望は優人が年を取ってオムツが必要になっても下の世話を普通に出来ると言う自信にも繋がっている。

つまり、この人が運命の人だ確信しているのだ。

とは言え、負けん気の強い綾菜は黙って優人に尽くす事がちょっと悔しいとも思っている。

綾菜は寝ている優人の頬に軽く唇を当て、小さな声で「大好き。」と囁くと言う憂さ晴らしを優人にしている。

これは、優人であれば必ず喜ぶ事なのだが、これを敢えて優人の知らない所でやると言う嫌がらせであった。


そして、視線を優人の左腕脇の下に送る。

そこには愛娘のミルフィーユが顔を突っ込んでうつ伏せで寝ていた。


息苦しくないか?


といつも思うのだが、ミルフィーユは優人の脇の下に顔を突っ込んで寝るのが落ち着くらしい。

油断をして広げっぱなしのミルフィーユの翼は優人の腹部の上に掛け布団のように被さっている。

お腹が弱く、良く寝冷えをする優人には有難い翼である。

綾菜はミルフィーユの頭を軽く撫でると、準備を整え、静かに部屋を出て、1階の酒場へ向かう。

酒場はまだ人気が無く、薄暗い部屋にマスターのダムが仕込みをしていた。


「ダム、おはよう。」

綾菜はダムを見掛けると、すぐに声を掛けた。


「おう、綾菜。おはよう。朝飯か?」

ダムは眠たそうな目を擦りながら答える。


「ええ。3人分お願い。」


「あいよ。」

ダムはカウンター席に腰掛けながら注文する綾菜にコップ一杯の水を渡すと、台所へと入っていった。


これが家なら、私が作るんだけどな・・・。


綾菜は朝食を作るダムを眺めながらそんな事を考える。


ダムから朝食を受け取ると、綾菜はまた部屋に戻る。


「おはよう、綾菜。」

綾菜が部屋に戻ると優人とミルフィーユも起た。


「ママ、おはよう。」

起きて、ミルフィーユの着替えと自分の着替えをしながら2人は挨拶をしてくれる。


「ゆぅ君、ミルちゃん、おはよう。」

綾菜は2人の挨拶に答えると、ダムの朝食を部屋のテーブルに置き、たわいもない会話をしながら3人で朝食を食べ始める。


食事が終ると、優人は昨日の約束通り、アレス、リッシュ、シリアの4人で暗黒魔法組織の隠れ家の捜索へと向かった。

ジールド・ルーン聖騎士団長とサリエステールのエルフ、ジハドの高司祭と8000人斬りの侍・・・。

考えてみればとんでもない面子だなと思いながら見送った後、綾菜はおもむろに洗濯や武器の手入れを始めた。


「ふぅ・・・。もうお昼か・・・。」

綾菜は優人を見送り、片付けに集中していた事に今さらながら気が付いた。

そろそろ、ミルフィーユとお昼にしようと思い、ベッドに視線を送る。


「え・・・。」

綾菜が視線を送ったベッドの上で寝てるはずのミルフィーユの姿が無い。

綾菜は焦りベッドまで近付く。

「ミルちゃん!」

しかし、呼んでもミルフィーユは返事も無ければ姿を表す事も無かった。

ふと、窓を見ると、窓が開いている。


外に行ったの?


綾菜は急いで、部屋を出て、酒場から外へ向かう。


「おお、綾菜。どうした?」

血相を変えて走る綾菜をダムが呼び止める。


「ミルが・・・私と一緒にいた女の子がいないの!!」

綾菜はダムに答える。


「ああ。あの可愛い子か。

さっきまで店の外の道路でお絵かきしてたぞ。」


「えっ?お絵かき?その後は!?」


「さぁな・・・。少し店が混んでたから見てねぇや。その辺をうろうろしてると思うぞ。」

ダムが呑気な事を言う。

綾菜は一言、礼を言うと酒場の外へと走り出た。



「ミルちゃーん!!」

出来る限りの声を出し、綾菜はミルフィーユを呼ぶ。

どうすれば良いか綾菜は必死に考える。

しかし、考えると思考は悪い方へと行く。

ミルフィーユは珍しい赤竜の亜人である。

亜人狩りに連れ去れたていたら・・・。

ここはエルンの王都。

犯罪に対する監視の目は日本より厳しい。

エルオ導師が王都周辺にいる野良犬、野良猫、カラスや鳩、スズメに至るまでを飼い慣らし、その視界を使って王都を見張っているからである。


エルオ導師に聞きに行くべきか・・・。


綾菜は必死に考える。


「ママー!!」

すると不意にミルフィーユの声がした。

振り向くとミルフィーユが綾菜に向かってパタパタと飛んで来ている。


「ミル・・・。」

綾菜はホッとする。

ミルフィーユはパタパタと飛んできて、綾菜の足下に着地する。


「はい。これね、甘いんだよ。」

ミルフィーユはちょっとムッとした表情をしている綾菜に食べ掛けの無花果を差し出した。


「あら、無花果をじゃない?ありがとう。」

綾菜はミルフィーユから食べ掛けの無花果を受け取り、一口食べる。


「うん。甘い!!」

綾菜が感想を口にするとミルフィーユは満足そうな顔を見せる。


「これね、甘いのと苦いのがあるから、食べてみないと分からないんだよ。」

ミルフィーユが自慢気に綾菜に説明をする。


成る程。ミルは無花果の見分け方を知らないな。


ミルフィーユの説明を聞いて、綾菜はそう推測した。

綾菜はミルフィーユに突然片膝を付き、王子様がお姫様を躍りに誘うように、上品なお辞儀をしてみせた。


「うん?」

ミルフィーユはお辞儀をする綾菜をじっと見る。


「ミル姫、どうか貴女の宝物庫まで私めをご案内いただけませんか?

きっと、貴女を満足させてご覧に見せましょう。」

綾菜が言うと、ミルフィーユは嬉しそうに遠くに見える崖を指差す。


「あそこだよ!ママ行こう!!」

言って、ミルフィーユがハッとした顔で綾菜を見る。

ミルフィーユは当たり前のように最近は空を飛ぶが、普通の人間は空は飛べない。

それに気づいたようだ。


「私は貴方のママだよ。」

心配そうに綾菜を見るミルフィーユに綾菜はドヤ顔で答え、魔法を唱える。


「コール、インプウィング!インプテール!インプホーン!!」

綾菜が唱えると綾菜の背中にインプの禍禍しい翼と頭にインプの禍禍しい角、そしてお尻にインプの禍禍しい尻尾が現れた。

それを見て、ミルフィーユの顔がパァと明るくなる。


「私と一緒!!」

ミルフィーユが嬉しそうに言う。


綾菜は心の中であなたの翼や尻尾みたいに上品じゃないし、角も可愛くないけどね。とぼやく。

ミルフィーユはそんな綾菜を気にすること無く、パタパタと可愛らしく崖に向かって飛び始め、綾菜もそれを追うように飛んでいく。


崖にの上には沢山の無花果がなっていた。

ミルフィーユは自慢気に無花果を取り、綾菜に持っていく。


「これ、甘い?」

「ううん。それは苦いよ。」

綾菜はすぐに答え、お腹を壊すから食べちゃ駄目って言おうとしたが、ミルフィーユは言葉を待たず口にし、そしてしかめっ面をする。

綾菜は「ふふ。」と笑いながら無花果を選び、そして、一つ取ってミルフィーユに渡す。

「これは甘いよ。」

ミルフィーユは綾菜に渡された無花果を口に運び、そして「甘い~!!」と嬉しそうに食べ始めた。


「ママは何で分かるの?」

何個か綾菜が甘い無花果を選んでミルフィーユに渡しているとミルフィーユがそんな質問を綾菜にしてきた。

綾菜は『来た!』と思いながら、ミルフィーユに説明をする。


まず始めに無花果の色を見る。

全体的に赤褐色になっていれば、第1審査は合格。

次に実のお尻の部分を見る。

裂けかけていれば第2審査も合格。

第3審査は香り。

甘い香りがすれば合格。

そして、最後に触ってみる。

人の皮膚みたいな柔らかさになってたら合格。

そうしたら、取って、食べよう。

と教える。


何故、こうするか?

まだ甘くない実はもう少し待てば甘くなる。

それまで待った方がお得だから。

そして完熟していない無花果はお腹を壊す恐れがあるから。

そう言った事を綾菜はミルフィーユと一緒に無花果を取りながらゆっくりと教えてあげた。


ミルフィーユは綾菜の言う事を一生懸命聞いて、覚えようとする。

2人は夕方になるまで必死に無花果を選び、取っては食べ、取っては食べを繰り返した。


「ミルちゃん、これからは何処かに行きたい時はママに言ってね。

少し待つかも知れないけど、もっと素敵な事を教えてあげられるかも知れないから。」

綾菜は夕焼けを崖の上から眺めながらミルフィーユに言う。


本当は綾菜自身が心配するからなのだが、それは綾菜の母親としての都合である。

ミルフィーユを守るのは自分の役目。

それを全うする為にミルフィーユにも都合が良いと感じて貰う為の綾菜の提案である。


「うん!もっと色々知りたい!!」

ミルフィーユは綾菜に元気に答える。

綾菜はニコリとミルフィーユに微笑み返す。


遠くに見える王都の入口に4つの人影が見える。


「あれ、パパ達かな?」

綾菜は人影を指差し、ミルフィーユに聞く。


「かな?」

ミルフィーユも答える。


「行ってみようか?」

「うん!」

答えると2人は一斉に入口目掛けて飛び立った。



「ママ、待って!」

飛ぶ速度はミルフィーユより綾菜の方が速い。

・・・と言うかミルフィーユはまだ翼の使い方を良くは理解していないのだろうと綾菜は思った。

インプの翼とミルフィーユの翼では造りが違うかも知れない。

しかし、それでも綾菜はミルフィーユに飛び方を教え始める。

飛んで前進しながら徐々に高度を上げ、ある程度まで行ったら翼をピンと伸ばし、パラグライダーのように少しずつ落ちていく。

それを繰り返す事でパタパタ飛ぶより、楽で速く飛べると言うコツを綾菜はミルフィーユにやはり実演しながら教えて上げる。

ミルフィーユはそれをマネしながら必死に翼を使う。


「パパだ!!」

ある程度の所まで近付くと、ミルフィーユが優人を見分けた。

視力が良いのは流石は赤竜である。

綾菜も飛ぶ速度を上げ、優人達の元へと向かった。



「おお、綾菜、ミル!!」

降りてきた2人に気が付き、優人が2人の名前を呼ぶ。


「みんな、お帰り。成果はどうだった?」

綾菜が4人に尋ねる。


「ああ、それについては酒場で話そう。」

アレスが綾菜に答え、綾菜は頷いた。


「あ、後、途中で無花果を取ったんだ。綾菜好きだろ?酒場で食おう!!」

優人が沢山の無花果を綾菜に見せてきた。

昼間に散々無花果を食べていた綾菜とミルフィーユの顔がひきつる。


「うん?」

何も分からない優人は首を傾げる。


「よし・・・。今夜はパイにしてみよう!!」

綾菜が言う。


「パイ!!」

ミルフィーユがはしゃぎながら答える。


「えっ?綾菜は無花果とかプラムは生が好きじゃなかったっけ?」

「パイ!」

「パイ!!」

そんな優人の質問を無視して、綾菜とミルフィーユは交互に叫びながら酒場までの帰路を共にした。


母親道を目指した綾菜の戦いはまだ始まったばかりである。

まだ素直で良い子なミルフィーユだが、この後反抗期を迎え、大人になっていく・・・。

きっと毎回悩み、苦しみながらその道を歩んでいくのだろう。

しかし、綾菜はミルフィーユの母親と言う道は諦める気はない。

大切に、愛情を沢山注ぎ込んで行くつもりだ。

かつて、自分の母親がそうしてくれたように。

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