第三十六話~サリエステール~
ドス・・・
ドスドス・・・
優人はひたすら無抵抗に背中を蹴られ続けていた。
振り向けば大鎌の餌食になる。
しかし、このままではジリ貧だ。
幸いなのは大鎌使いの足装備が金属製のグリーヴ出はなくブーツであった事だ。
金属製のグリーヴならば一撃で背骨が砕けかねない。
それでも、背中を蹴られ続け、その反動で唇を切り、血の滲む味が優人の口の中を充満させていた。
蹴られ続けている背中は痛みを通り越して痺れ始めている。
恐らく酷く腫れ上がり、後で触れるだけでも激痛が走る事が予想される。
戦斧使いはリッシュのレイピアの突きをうまくかわし、近距離になる間合いで斧使いが斧を振る。
それをリッシュが後ろに飛んでかわし、また突きを打つ。
その繰り返しを続けていた。
時おり、リッシュはチラチラと優人の方を見る。
優人の心配をしているのだろう。
亜人狩りは第三陣の召喚魔法使いとその護衛の剣士2人は落とし穴を渡らずにその場で待機をしている。
他の第四陣の生き残りである剣士1人、槍使い1人、魔法使い1人の3人は落とし穴を渡った所で優人とリッシュの戦闘を見ていた。
こいつら・・・良くも悪くもプロだ・・・。
優人は無駄に動かず、其々の役回りを全うし続けている亜人狩りをそう評価していた。
オプティムを呼び出した召喚魔法使いと護衛は安全な所にいるからオプティムを消すために召喚魔法使いを撃ち取るのは難しい。
落とし穴を越えた3人は下手に動いてくれないので、戦況をかきみだしてもくれない。
1人でも優人に止めを刺しに来てくれたら、そいつを盾にこの状況から逃れる術も見いだせるだろうに・・・。
ドス・・・
ドス・・・
背中を蹴られる度に優人は死に1歩ずつ近付いていく。
状況は悪くしかならない。
これが今の優人達の状態である。
ドス、ドス、ドス・・・
どれだけ優人は背中を蹴られただろうか?
恐らく、時々気を失っている。
優人はそれに自分で気付いた。
どういう訳か、優人が刀で止めてた大鎌に力が入っていない。
いつの間にか背中も蹴られていない。
自分は死んでしまったのか?
優人は恐る恐る大鎌を軽く刀で押し返す。
ドサッ・・・。
大鎌は無造作に地面に落ちた。
何が起きた?
優人は状況が理解できないまま、ゆっくりと後ろを振り向き、大鎌使いを見上げると、大鎌使いのいた所に大きな木が一本立っていた。
優人はひとまずホッとするがすぐに落とし穴を渡った所で待機している3人に意識を送る。
案の定、槍使いが優人の方へ向かってきていた。
優人は迎え撃つ為、立ち上がろうとする。
ドサッ・・・。
立ち上がろうと、右手を地面に置き、体を支えようとしたら背中から激痛が走り、優人も地面に倒れこんだのだ。
背中が・・・もってかれたか!?
起き上がれず、倒れている優人に走って来る槍使いの姿が見える。
くそっ!
優人は死を覚悟した。
が、その瞬間であった。
突然、地面から樹の幹が勢い良く飛び出し、優人をそのまま飲み込んだ。
・
・・
・・・
樹に飲み込まれ、周りは真っ暗で何も見えない。
外の音も何も聞こえない。
しかし、優人は不思議と落ち着いていた。
樹の温もりがとても優しく優人を包み込んでくれているからである。
さっきまでの戦闘で刺された肩や自分で噛みきった唇、そして、ボロボロになるまで蹴られた背中を触手のような物が撫でてくる。
これも何故か心地よい。
優人は目を閉じて、触手のなすがまま身を委ねた。
そして、少しするとギギィ~と言う音がして樹が縦に割れ、優人は外の光を浴びる。
!?
日の光に目を眩ませながら優人は自分の怪我が治っている事に気が付いた。
そして、亜人狩りと優人達の間には無数の樹の枝が張り巡らされ、分厚い壁のようになっている。
なんだ・・・これは!?
想像も出来ない光景に優人は固まる。
「母上!!」
横からリッシュの声がし、優人は我に返り、リッシュが見ている方向を向く。
そこには、白いドレスを身に纏い、白いヴェールで顔を隠した女性の姿があった。
ヴェールで顔を隠していても左右にある尖った耳ときつい目付き、そしてリッシュに似た雰囲気。
それだけで分かる。
その女性がリッシュの母親、マダン・クロセスだと。
「マダン・・・クロセス・・・。」
優人はマダンの名を小さい声で呼ぶ。
人間のジョセフと恋をし、そして捨てられ、人間と男を忌み嫌う女性・・・。
マダンは優人の元までゆっくりと歩いて近付き、優人の顔をマジマジと見詰めてきた。
「ふむ・・・さすが師匠の殿方。中々に凛々しい顔立ちですね。」
んっ?師匠???
思いがけないマダンの発言に優人はまた状況が理解できなくなった。
そして、固まる優人を後にして今度はリッシュの所へマダンが向かう。
「リッシュ~!!!!」
マダンはリッシュを突然抱き締め、今度はリッシュに頬擦りを始め・・・なんか揉みくちゃにし始めた。
「は・・・母上!俺はもう大人ですから!!」
リッシュがマダンの腕から逃れようともがく。
しかし、そんなリッシュにお構い無く、マダンの激しい包容は続いていた。
「ふっふっふ・・・。
師匠、どお?私はこんなハンサムな息子を持って幸せでしょ?」
そして、マダンは後ろに綾菜に向かってドヤ顔をする。
「おのれぇ~・・・マダンめ・・・。」
そして綾菜が何故か悔しそうな顔をマダンに向け、そして、優人の方を向く。
えっ・・・?
その綾菜のいたづらっぽい顔を見て、優人は嫌な予感が走る。
「行くよ!ミルちゃん!!」
「うん!!」
言うと綾菜とミルフィーユが優人に襲いかかってきた!!
「うぉい!!」
状況が読めず優人も綾菜とミルフィーユに押し倒され、揉みくちゃにされる。
「怖い怖い怖い怖い!!」
突然の襲撃に優人も焦り、シタバタする。
「え~い!諦めてなすがままになれ!!」
綾菜とミルフィーユの優人に対する愛情表現は緩まることがない。
「どお、マダン!!
私なんて可愛い娘とダーリンのダブルアタックよ!!
幸せ対決なら私の勝ちね!!」
綾菜がマダンに言い返す。
「おのれ、小癪な!!」
マダンもリッシュをより一層激しく揉みくちゃにする。
「こらこらこら!!」
優人はとりあえず、綾菜をなだめる。
「綾菜さん、俺はてっきり援軍要請に行ったのだと思ってたけど、なんで外れた合コン帰りのOLみたいなノリになってるんです?」
優人は素朴な疑問を綾菜に投げ掛ける。
綾菜は少し黙って優人の目を見詰め返すと、突然、自分の頭をげんこつで軽く叩き、舌を出して「てへっ!」と誤魔化してきた。
む~・・・。可愛いから許す!
優人は綾菜の愛らしい態度についのほほんとしてしまった。
「ふむ・・・。」
地面に仰向けに倒れ、グッタリしているリッシュを見下ろしながらマダンが真剣に考え込み始めた。
「どうしたの?マダン?」
綾菜がマダンに聞く。
「確かに、早くジョセフとも会いたいと思って・・・。」
マダンが呑気な事を言う。
「その前にエルフ討伐隊を迎え撃たなくてはいけませんよ。今、この枝の向こうにいる連中です。」
と女エルフ。
「そんなの、問題じゃないわよ。たかだか100人前後の兵隊でしょ?
こっちは数千万本の兵隊がいるんだし。」
数千万本?
マダンのその言葉を聞いて、優人は矛盾に気付き、質問をする。
「マダン。どうしてあなたは魔法が使えるんですか?
オプティムがここには召喚されているのに?」
優人の質問にマダンはキョトンとした顔を返してきた。
「魔法?使ってませんよ?」
「えっ?」
意外なマダンの返事に優人と綾菜が同じ反応をする。
「私は森の樹にあなたとリッシュを守ってって頼んだだけ。
そしたら勝手にドリアード達が頑張ってくれただけだよ。」
それを聞いて優人は謎が解けた。
オプティムは体から出た魔力に反応する。
樹と一体化しているドリアード達は自分の魔力で瞬間的に自分自身を急成長させ、優人とリッシュを飲み込んで治療をしてくれたのだ。
この枝の壁も同じ理由である。
つまり・・・ドリアードと会話が出来るエルフと森で戦うなんて無謀過ぎる事だと優人は気が付いた。
「誤解しないでね。エルフは自然の声を聞くことが出来るけど、会話が出来ちゃうエルフはテトでもマダンとシュワイスだけだからね。」
何処からか突然現れた女エルフが優人に補足の説明をしてくれた。
「しかし、戦うにしてもドリアードに任せっきりと言うのも気が引けますね・・・。ドリアード達に魔力提供はしたいのだけど・・・。」
マダンが呟いた。
「それについては大丈夫よ。
ミルちゃんとゆぅ君とリッシュ君がもう一頑張りしてくれればね。」
綾菜がウィンクをしながらマダンに答えた。
「何かオプティム対策があるのですか?」
マダンが綾菜に聞く。
「ええ。」
綾菜は力強くマダンに答えた。
「では、枝の壁を無くしますよ?」
マダンが綾菜達に聞く。
作戦は至って簡単なものであった。
優人とリッシュが亜人狩りの気を引き、その隙にミルフィーユが炎をオプティムに当てて焼く。
普通のドラゴンの炎ならばともかく、ミルフィーユの炎でオプティムを瞬殺出来るのか?
と言う疑問が過ったが問題は無いらしい。
綾菜の説明によると、召喚魔法は簡単に別けると3通りの召喚方法がある。
1つは神獣や魔獣を倒し、完全に屈服させて従わせるやり方。
この使役召喚をすると、呼び出されたモノは召喚魔法使いの指示があるまで、死ぬまで術者に支える。
綾菜の使う召喚魔法では少し変則的ではあるが、あにゃとゆーにゃはこの召喚にあたる。
1つは交渉、契約による召喚。
これが召喚魔法のもっともオーソドックスな形である。
神獣や魔獣が納得する魔力や生け贄を与え、呼び出して使役する。
しかし、この契約召喚は比較的大量の魔力が契約内容に含まれる事が多く、しかも、ある程度の攻撃を与えると召喚されたモノは勝手に撤退してしまうらしいので、魔力の効率を考えるとさほど旨味がないらしい。
綾菜の使うインプはこの契約召喚らしい。
そして、最後の1つが餌呼びと言う召喚魔法。
この餌呼びとは、屈服も契約もせず、神獣や魔獣に自分の魔力の味を覚えさせ、その魔力を使って呼び出す召喚方法である。
これは呼び出したモノに術者が命令を出すことも出来ないので、使い道は少ないのだが、今回のオプティムのように『そこにいるだけ』で効果を発揮させる魔獣や神獣を扱う時に便利なやり方である。
しかし、餌を食べるためにいるだけなので、少しでもそのモノに取って条件が悪くなれば元の場所に戻られると言う欠点がある。
綾菜の考えはこうだ。
オプティムを召喚する時の召喚方法は餌呼び以外有り得ない。
その理由はオプティムはほぼ意思の無いただの魔植物だからである。
そんなオプティムが苦手なのが、魔力でも直接攻撃でも無いミルフィーユの『炎』なのである。
吐き出す炎には魔力が無いので栄養にならないし、直接触られてもいないので自己回復もまともに出来ない。
弓矢等の遠距離攻撃も有効だが、与えるダメージがどうしても足りない。
その点、炎は生物が等しく怯えるモノなので、いきなりの炎攻撃にびびって餌呼びされているオプティムは逃げ去ると言うのが綾菜の読みであった。
「ちょっと待って。ゆぅ君にバフをかけるから。」
綾菜がマダンを制止する。
「バフ?今は魔法は使えませんよ?」
マダンが綾菜に聞く。
「外部に魔力を出しちゃ駄目なだけでしょ?」
答えると綾菜が何やら理解出来ない言葉を唱え始め、そして、優人に近付いて口付けをした。
綾菜の口から優人の口に綾菜の魔力が入り、そしてその魔力は優人の体に染み渡る。
周りでキャーキャー言いながらはしゃぐエルフの女たちがウザイが優人は綾菜のかけた魔法は皮膚の防御力を高める古代語魔法であるとすぐ分かった。
「オプティムに魔法を制限されてるから、これ位しか出来ないけど、無いよりマシだから・・・。」
綾菜が顔を赤らめながら優人に言う。
「お・・・おう。」
そんな綾菜に優人も少し照れる。
そんな2人を見て、女エルフ達は一層テンションを上げる。
あいつら・・・女子高生か?
優人は女エルフ達を見て、心のなかでつっこんで、気を取り直す。
「マダンさん。頼みます。ミル、あまり前に出過ぎるなよ?」
「うん!!」
優人とミルフィーユの返事を聞き、マダンは枝を一気にどける。
前方に槍使いと剣士と魔法使い。
落とし穴の向こうに剣士2人と召喚魔法使い。
遊んでいる間に第五陣も合流してきている。
しかし、第五陣はまだ落とし穴を渡っていない。
「おうおう?エルフだらけじゃねぇか!!」
槍使いが女エルフを見て笑いながら口を開いた。
「しかもけっこうな上玉だ!1匹1000万は越えるんじゃないか!?」
剣士もテンションを上げながら答える。
その発言にマダンの表情が険しくなった。
「亜人狩りは私たちを捕まえて勝手に販売していると聞きましたが・・・実際に人を見て値踏みされると思った以上にイラつくものですね?
逆にあなた方に掛かっている賞金はいくらになるのですか?」
マダンが聞く。
「私たちは合法の狩人ですので賞金首にはなっていませんよ。」
と亜人狩りの召喚魔法使い。
その返事を聞くとマダンが「ふっ。」を鼻で笑う。
「なぁんだ・・・。人を値踏みする癖にあなた方は0ダームの価値しかないのですね?」
マダンの言葉に亜人狩り達があからさまに怒りを露わにし、マダンに襲い掛かる。
優人は刀に手を掛け、戦闘態勢を整える。
しかし、次の瞬間、亜人狩りの周りの草が急に伸び、亜人狩り達を縛り付けた。
「あなた方は少し誤解をしているようですね・・・。
そもそも、人間は私たち亜人からすれば何も出来ない劣等種。
太古の昔にジハドに守られる事でその種を反映させる事が出来ただけの蟻にも劣る存在なのですよ。」
マダンは冷たい眼差しを送りながら亜人狩り達にゆっくり歩いて近づく。
「く・・・。離せ!!」
亜人狩り達の声は震えている。
マダンの恐ろしさを今更察したのだろう。
「心優しいジョセフが人をお金としてみるような貴方たちをどういう気持ちで受け入れていたか考えるだけで私の心も痛みます。」
マダンの声も怒りで震えている。
ブシュウ!
マダンの怒りに気づいたのか、オプティムが勝手にその場から立ち去った。
「ジョセフの敵は私の敵!!
ドリアード!!ニンフ!!力を貸して!!!」
マダンが両手を上げて言うと強風が吹き荒れ、周辺の木の枝が一斉に亜人狩り達に襲い掛かる!!
亜人狩りの足元の草は刃物の用な切れ味になり、急激に伸びる。
上から前から下からの多数の攻撃を処理出来る訳も無く亜人狩り達がつぎつぎと息絶えていった。
遠くからも悲鳴が聞こえる。
恐らくまだ見えていない第6陣から第10陣にまでマダンの攻撃は届いているのだろう。
「あら・・・やっぱりいたのですね・・・。そいつは捉えてください。」
マダンは何かと会話をすると、綾菜と優人の方を振り向いた。
「悪の根源の居場所をシルフが教えてくださいました。
これから向かうので一緒に来てください。」
マダンが言うと、今度は木が一斉にどき、1本の道が出来る。
マダンはその道をゆっくりと歩きだす。
それを綾菜や優人、リッシュ達が追いかける。
「マダン強すぎるでしょ・・・。私の作戦とゆぅのバフはなんだったの?」
綾菜が不満を優人にこぼす。
「俺へのご褒美じゃないか?」
優人が笑いながら答えると綾菜は優人のお尻を一蹴りした。
「やっぱりいたのですね?ソール・・・。」
マダンが草でがんじがらめになっている老年の男性の前で足を止め、話しかけた。
「マダン・・・。せっかくお前とリッシュだけは助けるよう手配してやったと言うのに・・・。」
ソールと呼ばれた男はマダンを睨みつけた。
「私とリッシュを助ける?そんなもの誰も頼んでいませんよ。
ジョセフはあなたといつか分かり合いたいと願っていたの。
その為に私とリッシュを森に返し、自己防衛をさせたの。
森でエルフに勝てる人間はいないと彼は知っていたからね。」
「・・・。」
「師匠。このソールという男はジョセフ王の弟なのですが、兄の政策を守らず、亜人狩り組織をここまで大きくさせた張本人です。
本当はここで私が引導を下してやりたいのですが、弟を勝手に始末するとジョセフは私を怒るでしょうか?
かといって心優しいジョセフに弟に処罰を与えさせるのも酷な気もするのです。
こういう時、良い女はどうすればいいのでしょう?」
マダンは綾菜の方を振り向き、困ったように聞いてきた。
「マダン・・・。心優しくてもジョセフは王様でしょ?
国を守るために非情な判断をする覚悟位はきっとしてると思うわ。
ここはジョセフに委ねなさいな。」
綾菜が言うとマダンはにっこりと微笑んだ。
「さて・・・行きますか。」
エルフ討伐隊を全滅させ、ソールを捕縛し、樹木が元の森に戻るのを確認すると、マダンが言う。
「ええ。」
そんなマダンに綾菜が答え、一行は城に向けて歩きだす。
「待て!!マダン!!」
その時、背後から大声でマダンを呼ぶ声がした。
振り向くと、男のエルフが数人、走ってこちらへ向かってきていた。
「里長だ・・・。」
マダンが顔をひきつりながら里長を待つ。
里長や男エルフ達がマダン達に近付く。
「里長、里の掟も大切ですが、変わることも必要です。」
マダンの前に立ち、何かを話し出そうとする里長より先に別の男エルフが里長に話し掛けた。
「・・・。シュワイス、少し黙ってなさい。」
里長が男エルフに言うと、シュワイスと呼ばれた男はスゴスゴと後ろへ下がった。
マダンも険しい顔を里長に向けている。
「そんな格好でどこへ行くつもりだ?」
里長は低い声でゆっくりとマダンに問い詰めてきた。
「ジョセフに・・・会いに行きます。掟が大切ならば里にはもう戻りません。」
マダンは今にも喧嘩になりそうな形相で里長に答える。
そんなマダンを見て、里長は深くため息を尽く。
「お前は、ジョセフ王の願いを何故無下にしようとする?」
今度は里長は優しい声でマダンに聞く。
「えっ?」
マダンはキョトンとする。
「お前の帰る所はテトだ。いや、故郷はと言うべきか・・・。」
と、里長は話だし、そして、ゆっくりと右手を高く上げる。
すると、マダンの周りに風が吹き、ドレスについた土を払う。
「お前がジョセフに嫁ぐのは数十年前に許可したはずだ。
私が言いたいのは、その汚れたドレスでジョセフに会いに行くなと言いたかったのだ。
我々エルフの気品を疑われる。」
「里長!!!」
里長が言うと、マダンの顔がパァッと明るくなり、そして里長にマダンが飛び付く。
「こ、こら!!またドレスが汚れる!!」
里長はまんざらでも無い顔をしながらマダンを叱る。
そして、改めてテトのエルフ総動員でサリエステール王城へ歩き出した。
森道を歩いていると、何処からともかく笛の音が聞こえ、次の瞬間、突然、色んな髪の色をした虫のような羽を持った子どものような女の子が複数人現れた。
「マダン、マダン、何処へ行くの?楽しそうだね?」
その虫のような羽を持った女の子がマダンに尋ねる。
「これから、サリエステールの王様に嫁ぎに行くの。」
マダンは歩みを止めず、答える。
「わ~い!私達も行くぅ~・・・!!」
答えると女の子達は笛を吹き、躍りながらテトのエルフの列に加わる。
空を楽し気に自由に飛び回る女の子達にテンションを上げたのか、ミルフィーユも楽しそうにその女の子達に混じり出した。
少しすると土けむりが立ち、茶色い子どもの姿の男の子達が現れた。
男の子達は女の子達の笛に合わせて太鼓を叩きながらマダンに話しかける。
「マダン、マダン、綺麗な服を着てるね?どこへ行くの?」
「これから、サリエステールの王様に嫁ぎに行くの。」
マダンは歩みを止めず、答える。
「わ~い!僕達も行くぅ~・・・!!」
答えると男の子達は太鼓を吹き、躍りながらテトのエルフの列に加わる。
その光景を綾菜は歩きながら楽しそうに見ていた。
「なぁ、綾菜?あれは亜人?」
優人は綾菜に聞く。
「ううん。風の精霊シルフと土の精霊ノームよ。」
綾菜が優人に答える。
「えっ?ノーム?ノームって亜人じゃないの?」
「あのね・・・シノちゃんは土の精霊ノーム派生の亜人だよ?どっちも精霊には違いは無いからノームって呼ばれてるの。」
「あ・・・。」
綾菜の返答で優人は自分のした変な質問の意味を理解する。
猫とは違い、猫の亜人がいる。
竜とは違い、竜の亜人もいる。
ならば、ノームやシルフとは違い、それぞれの亜人もいて当たり前なのだ。
天上界はまだまだ優人の知らない事が多くある。
優人は改めて世界の奥深さを認識しながら歩き続ける。
気が付くと、いつの間にか真っ赤な人間の体にトカゲの顔をした者達や透けた青い体をした女性達も列に参加している。
その後も猫の亜人や狼の亜人等の動物からの亜人も参列し始め、森を出る頃にはその列は数え切れない程の大所帯になっていた。
「マダン!!」
一行が街道を歩いていると城の方から100人程度の団体と遭遇する。
その先頭には一際立派な髭を生やした武骨でごっついノームのような男と、サリエステールの宮廷魔術師であるファゴットがいた。
援軍・・・遅すぎだろ・・・。
優人はその一団を見て、ツッコミを入れる。
「をを、ドワーフの里長じゃないですか?」
マダンがごっつい男に会釈をする。
「なんじゃ、その浮かれた服は!?」
ドワーフの里長がマダンに文句を言う。
「長年会っていない恋人に会うなら、お洒落をするのは人として当たり前じゃないですか?
まっ、もっとも、無骨なドワーフ殿にそんな心使いは分かりませんか?」
マダンがドワーフの里長に答える。
「何を!?援軍に駆けつけてやった我らに向かって言う言葉か!?」
マダンの返答にドワーフの里長はあからさまに怒りを露にする。
「援軍?今更ね。もう終わりましたよ?短い手足だと、援軍すらもまともに出来ないんですね?なんて不憫な種族なんでしょう。」
マダンの挑発は止まることを知らない。
「あ・・・綾菜?これは大丈夫なの?」
優人は横を歩く綾菜に聞く。
「エルフとドワーフって仲悪いみたいだしね。でも、大丈夫でしょ?」
綾菜は呑気に答える。
「まあまあ、ドワーフの。これからサリエステールの王城に行きます。
この国をひっくり返しますので、是非御協力を願いたい。」
その間に入ったのはテトの里長。
「むぅぅぅ・・・。」
ドワーフの里長はまだ不満げな顔をしていたが、諦めてマダンの隊列に加わった。
マダンの団体は歩みを進めるごとにその規模を大きくさせ、賑やかさを増していく。
いつの間にか笛と太鼓以外にも色んな楽器が加わり、祭で聞くような音へと変わっていた。
ミルフィーユは空を飛びながらシルフから笛を借り、ピーピー吹いている。
綾菜もミルフィーユの下手な笛に手拍子で答える。
サリエステールの街に入ると突然雨が降り始めた。
「太陽さんがいるのに雨も降ってる!!」
ミルフィーユが空を指差して言う。
そう、天気雨と言うやつである。
これは水の精霊ウンディーネも祝福をしにやって来たと言う事である。
亜人にも、精霊にも愛されているエルフの女王、それがマダン・クロセスと言うエルフなのだろうと優人は納得する。
「ええい!服が濡れて化粧が落ちる!!」
マダンが降り注ぐ雨に文句を言う。
すると、雨はマダンを避けて降る。
むしろ止めよ!
優人は心の中で雨につっこむ。
「ミルちゃん!!」
小さな男の子の声が大通りの横からする。
そこには、今回の神隠し子であるクライスと母親のリン。
そして健の3人がいた。
「うっひょぉ~!!エルフ様だぁ~!!」
健は嬉しそうにエルフに近付く。
エルフ達も健を受け入れ、一緒に歩き始める。
「綾菜さん、ごめんなさい。ミルちゃんの面倒が見切れなくて・・・。」
リンが綾菜の所へ行き、詫びを入れる。
「良いのよ。ありがとう、リンさん。」
綾菜はミルフィーユの笛に合わせて手を叩きながら答える。
ミルフィーユはクライスに笛を渡し、笛の吹き方を教えてあげていた。
今度はクライスが笛を吹き、ミルフィーユと綾菜とリンがその笛に合わせて手を叩く。
完全に祭りだな・・・。
「あら、マダンじゃない!?」
今度は老婆がマダンに声を掛ける。
「をを!あなたはメイド仲間の!!更けましたね。」
マダンは老婆に失礼な事を言う。
「何言ってるのよ!もう30年よ?相変わらず若いあなたが異常なのよ!」
老婆がマダンに言い返すと2人は声を出して笑いだす。
「お婆ちゃん、誰?」
その老婆に子どもが尋ねる。
「私の昔のお友達だよ。この国の王妃様になる人だ。」
「わ~・・・。」
その子どもは嬉しそうにマダンを見る。
「これから城へ行くつもりですけど、ご一緒しますか?」
マダンが聞くと、老婆と子どもは喜んで参列に加わった。
そして、人が人を呼び、街の大通りは人間や亜人や精霊で埋め尽くされる形となる。
「ねぇ、ゆぅ君。この行列を見て、日本の伝承を思い出さない?」
綾菜が優人に突然質問をしてきた。
優人は後ろを向き、その参列者達をジッと見て、綾菜に答える。
「百鬼夜行?」
優人の返答に綾菜が冷たい視線を返す。
あ・・・違った。
その冷たい眼差しに優人は綾菜の正解を待つ。
「本当にこのバカなダメ男は・・・。」
綾菜がため息混じりに優人を批判しまくる。
綾菜の言葉に優人は心の中で泣く。
「天気雨で結婚の行列って言ったら狐の嫁入りじゃん?」
とどや顔で綾菜が優人に言う。
あー・・・。そっちか。
狐の嫁入りは付いていくと二度と戻れないんだがな・・・。
優人はとりあえず、納得する。
「陛下!!エルフを始めとする亜人どもが城へ団体で攻め寄せてきています!!」
サリエステールの王城の正門前で鎧を着たジョセフに兵士が報告をする。
「マダンは戦闘をするようなエルフでは無い・・・。」
ジョセフは武装をし、エルフ討伐隊に撤退を促しに行くつもりであった。
しかし予想に反し、エルフ討伐隊はエルフであるマダンの手により全滅。
そして、エルフを始めとする亜人の大軍が城へ向かっていると言う報告を受け、厳戒体制を整え始めていた。
マダン・・・今回の件で我慢も限界になったのか・・・。
ジョセフは城へ向かって来るマダンと戦う覚悟をしなくてはいけないと必死に自分を律しようと試みる。
しかし、ジョセフの心には今だマダンに対する恋心は消えておらず、マダンの城攻めに心を悩ませていた。
しかし、ジョセフの決心が決まる前にマダン達はサリエステールの王城に到着してしまう。
ジョセフに緊張が走る。
マダンは問答無用でジョセフに飛び付こうと助走をつけ始めた。
「綾菜!マダンを止めて!!」
そんなマダンに一早く気付き、優人が綾菜に指示を出す。
綾菜は反応が早く、すぐにマダンを羽交い締めにして制止した。
「こらっ!師匠!!」
マダンがもがきながら綾菜を呼ぶ。
「マダン!物事には順序があるの!!少し待って!!」
綾菜がマダンを嗜めるがマダンのもがきは止まらない。
「里長!一緒にジョセフ王の所へ!!」
優人はもがくマダンが綾菜を振りきるのは時間の問題だと悟り、里長に急ぎ、ジョセフ王の元へ向かうよう指示をした。
優人と里長、そして、リッシュとシュワイスが小走りをしながらジョセフの元へやって来た。
「何のようですか?テトの里長よ?」
ジョセフが里長に話し掛ける。
「いえ。里長ではなく、私があなた方に提案したい旨がございます。」
睨み合う2人の間に優人が割って入る。
2人の視線は優人へと向いた。
「提案?」
ジョセフが優人に聞く。
「はい。サリエステール国の亜人狩りは世界樹の薬草を安全に獲得する為でしたよね?」
「そうだ。」
答えたのはジョセフ。
「そして、エルフが森に人を入れたくないのは資源の浪費を懸念しての事ですよね?」
「うむ。」
テトの里長が優人の質問に答える。
「ならば、世界樹の薬草の畑を作ると言うのはいかがでしょうか?」
優人が里長とジョセフに言う。
2人は優人をジッと見詰めていた。
人間は奪うことのみを考えず、育てることも行い、エルフは守ることのみを考えず、与える事をすれば良い。
それが、この国の人間と亜人の共存の道だと優人は思ったのである。
「しかし、世界樹の薬草は育てるのはとても難しい。人間風情にできまい。」
里長が優人に言う。
「人間は土地を耕し、稲を巻き、世話をする。
人間に出来ない事は精霊達に頼めば良いじゃないですか?」
優人が里長に言う。
「人間と亜人で協力をしろと・・・そういう事か・・・。」
ジョセフが呟く。
「それが叶うならば、この国は亜人狩りを全面的に禁止し、むしろ守る側にならねばならんな。」
ジョセフの発言に優人は黙って頷く。
「それが今、もっとも叶いやすい状況だとは思いませんか?」
そう言うと、優人は綾菜を振りほどこうともがくマダンを指差した。
「マダンとの結婚・・・。」
呟くジョセフに優人はニコッと笑顔を見せる。
「なるほど。ジョセフ王、お主がそれを約束するのであれば、私達は全面的に協力をしよう。
この国の亜人達を守り、そして森への無意味な干渉を控えていただけるならばだが。」
里長がジョセフ王に言う。
ジョセフ王は力強く頷く。
この瞬間、サリエステールは世界初の亜人と人間が共存する国に生まれ変わった。
「ジョセフ~!!!」
そのタイミングで綾菜を振りほどいたマダンがジョセフに飛び付く。
「ま・・・マダン!!人前だぞ!!」
焦ってマダンを止めようとするジョセフだが、テンションの上がっているマダンを止めさせる事なんて出来る訳も無く、マダンのなすがままにほぉずりをされていた。
「こらっ!マダン!!ベールを上げてもらうのが先でしょーが!!!」
綾菜がマダンに走りより、なんか違う事でマダンを叱っていた。
街は人間や亜人、精霊達が入り交じり、共にはしゃぎあっていた。
優人はこの光景を眺めながらこれがこの世界の有るべき姿だと確信していた。
世界経済大国『グリンクス』。
天上界の経済の中心とも言えるこの国は『世界の中心』とも呼ばれる事も多い。
この国から地図を南西に向けていくと人間の立ち入ることが出来ない動物達の楽園『アニマライズ』にぶつかる。
アニマライズには『世界樹』と言われる奇跡の大樹がある。
しかし、人間嫌いの古代獣『赤竜王アムステル』がその鋭い眼光を光らせ、人間達の侵入を拒み続けている。
そのアニマライズから少しだけ北へ目をやると、申し訳なさそうにポツンと浮かぶ陸がある。
そこが花の国『サリエステール』である。
この国は、国土の7割が森、2割が岩山や砂浜となっている。
エルフやドワーフ、ノーム達が数多く住むこの国は、アニマライズに乗り込む命知らずな人間達が直前に体を休ませる休憩所的な場所が国になった。
その為、アニマライズへ向かう人間への手向けにアイビーの花を送り、その者への『不滅』を祈ると言う風習があった。
無事な生還では無く、不滅を祈ると言うのはおかしな話ではあるが、赤竜王アムステルのいるアニマライズに行くと言う事は、それだけで確実な『死』を表している。
その為、祈るのは『せめて魂だけでも戻ってきて欲しい』と言う悲壮な願いであったと言う。
その風習がこの国の国章となり、この国の国旗はアイビーの花が記されている。
長い蔦と大きな葉が目立ちひっそりと咲くアイビーにはもう一つの花言葉がる。
それは・・・永遠の愛である。




