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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第五章~魔法の国の案内係~
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第三十三話~畏怖と恵みをもたらすモノ~

世界経済大国『グリンクス』。

天上界の経済の中心とも言えるこの国は『世界の中心』とも呼ばれる事も多い。

この国から地図を南西に向けていくと人間の立ち入ることが出来ない動物達の楽園『アニマライズ』にぶつかる。

アニマライズには『世界樹』と言われる奇跡の大樹がある。

しかし、人間嫌いの古代獣『赤竜王アムステル』がその鋭い眼光を光らせ、人間達の侵入を拒み続けている。

そのアニマライズから少しだけ北へ目をやると、申し訳なさそうにポツンと浮かぶ陸がある。

そこが花の国『サリエステール』である。


この国は、国土の7割が森、2割が岩山や砂浜となっている。

エルフやドワーフ、ノーム達が数多く住むこの国は、アニマライズに乗り込む命知らずな人間達が直前に体を休ませる休憩所的な場所が国になった。

その為、アニマライズへ向かう人間への手向けにアイビーの花を送り、その者への『不滅』を祈ると言う風習があった。

無事な生還では無く、不滅を祈ると言うのはおかしな話ではあるが、赤竜王アムステルのいるアニマライズに行くと言う事は、それだけで確実な『死』を表している。

その為、祈るのは『せめて魂だけでも戻ってきて欲しい』と言う悲壮な願いであったと言う。

その風習がこの国の国章となり、この国の国旗はアイビーの花が記されている。

逆にそこまでしてまで欲しいと思わせる程の資源がアニマライズには眠っているとも考えられるが・・・。


そんなサリエステールの広大な森を神話の時代から古代獣オウレとの盟約により守り続けている種族がいた。

その種族こそ、テトの里のエルフ達である。

今から30年ほど前、そんなテトの里の里長の元に好奇心の強いエルフの娘がいた。

名を『マダン・クロセス』と言う。

マダンは魔法の才能があり、産まれた時より既に樹の精霊、ドリアードと会話が出来ていた。


「おじじ様。森の木達がざわめいています。

テトの外の森で何かあったのかも・・・。」

マダンはドリアードから何やらいつもと違うと言う事を知らされ、里長に報告に来ていた。


「ふむ・・・。どうやら人間が森に入ってきたようだな。武装もしておる。」

報告に来たマダンに里長が答える。


「人間!?」

マダンはまだ人間と会ったことが無い。

里長の話でのみ知らされているが、人間とは、己の都合のみで物事を考える生き物だと教えられている。

薄情で味方を平気で裏切り、そのくせ困った時は仲間を頼る。

そして、獣を殺し、その皮や毛を身に纏い、時には余興で動物を狩ったりもする。

残忍で救い様の無い存在。

しかし、マダンはその話の矛盾に気付いていた。

人間は皆が皆、言われている通りの存在であるならば、困った時に頼る人間なんていないと言う矛盾である。

自分の都合しか考えず、薄情で裏切る人間を人間が頼れる訳が無いと・・・。

その矛盾に気付くとマダンは人間を一度見てみたいと思っていた。

何より、この里は退屈だ。

毎日起き、木や鳥達とおしゃべりをして1日を過ごす。

何の変わりも無い毎日にマダンは飽きが来ていたのであった。

そんな時の人間の森への浸入である。

マダンが興味を示さない訳がないのだ。


「うむ・・・。

人間ごときがこのテトの森の幻惑を抜ける事は叶わん。ほっておけばやがて死ぬ。

お前は気にせず、水でも汲んで来てはくれぬか?」

好奇心旺盛なマダンが人間に会う事に少なからずの危機感を持つ里長は強引に話を終わらせた。


「はぁい・・・。」

そんな里長に頷き、マダンはトボトボと里長の部屋を出、そして走り出した。


森を守るのが役目のエルフなのに、森の異変に気付いても無視をする里長。

これは案に自分と人間を会わせたくないだけだと言う事にマダンは気付いていたのである。

マダンは家を飛び出し、テトの里を抜ける。

里の外には滅多に出た事が無い。

外は危険だからと止められていた。

マダンはその度に自分を煽る好奇心を押さえ付け、我慢してきたのはこの時の為であった。

普段から言い付けを破ればマダンの行動は監視される。

そうなれば、せっかくの一大事に脱出が難しくなる。

マダンにとっての一大事。

それこそが人間に会う事だったのだ。



「教えて、人間は森の何処にいるの?」

樹の枝から枝へ、ぴょんぴょん移動しながらマダンはドリアードに話し掛ける。


人間は崖から落ちて気を失ってるよ。

幻惑の術に掛かって崖に気づかなったみたいだね。


風の精霊シルフがマダンの質問に答えてくれた。


「ありがとう、シルフ。

ドリアード、崖まで案内して。」

マダンが樹に言うと、崖までマダンが進めるように、樹の枝が道の様につながる。

マダンは樹の道を進み、簡単に崖の上まで到着する。

マダンが崖から下を覗くと、今度は樹の根が崖から表れ、崖を降りる道を作る。


「ドリアード、ありがとう。」

言うと、マダンは根っこの階段を降りて行った。


崖を降りると、そこに何かが血を流して倒れていた。

マダンは恐る恐る近付くが、それは瞳を閉じたまま横たわっていた。

マダンはゆっくり近付き、それのほぉを撫でる。


「これが人間・・・。男・・・かな?」

人間の男とエルフの男ではそんなに身体的な差は見受けられない。

耳が尖っているエルフに対し、人間の耳は丸い。

他には・・・多少肉付きが有ってガッチリした印象である。

エルフと比べ体が重たくて堅そうだともマダンは感じた。


「とりあえず、傷の手当をしなきゃ!」

マダンは水の消毒と土の止血を風水魔法で使い、人間の傷を治した。

本来ならばドリアードの力を借りれば一瞬で治せるが元気にさせてこの人間が悪い人だった時が恐かったのである。


「マダン!」

治療が終わり人間の意識の回復を待っていたマダンを後ろから呼ぶ声がし、マダンは飛び上がり、そして振り向く。


「シュワイス・・・。どうしたの?」

振り向き、マダンはそこにいたエルフの仲間に答える。


「俺は森の巡回だ。

人間が入り込んだと聞いて探していた。

お前こそ何をしている?」

マダンはシュワイスから人間を隠そうとするが、隠しきれない。

何をしていたかも説明しづらく、黙り混むが、そんなマダンを見て、シュワイスが察した。


「マダン・・・。人間を助けたんだね?いけない子だ。」

シュワイスが肩を落としながらマダンに言う。

その言葉にマダンはムッとする。


「助けて悪いの?この人は何か悪い事をしたの?命を守る事がいけないの?」

マダンは矢継ぎ早にシュワイスに食って掛かる。


「良いかい?マダン。

私達エルフは森を守るのが役目なんだよ?

人間は森の樹を斬り、動物を無意味に殺す。

そんな人間を近付かせないのがオウレ様から授かった私達の役割なんだ。」


「この人はまだ何もしてないじゃない?」


「この森に足を踏み入れた。」


「森に足を踏み入れただけで・・・何故?」

マダンがシュワイスに何故何故攻撃を仕掛ける。


「森は人間に恵みと畏怖を持たせなければいけないんだ。

森に入ると人間は戻れないと言う恐怖を持たせ続ける必要がある。

でないと、人間は森にある薬草や動物や樹を無限に奪っていくらね。

私達は大昔からそうやって森を守り続けているのだよ。」


「じゃあ、この人はどうするの?」

マダンは恐る恐る聞く。


「死んでもらうしかないね。」


「嫌よ!」

想像通りのシュワイスの返事にマダンは即答する。


「我儘を言うんじゃない。」

言いながらシュワイスがマダンに近寄る。


「来ないで!」

マダンは精一杯の声でシュワイスを威嚇するとシュワイスは立ち止まる。


「マダン?分かっているのかい?」

いつもにこやかなシュワイスが真顔になり、マダンを見る。


「シュワイス・・・。お願い、見逃して・・・。

この人の意識が戻ったら森の事を黙っておくようにお願いするから・・・。」


「んっ・・・。」

そこまで話した所で人間が目を覚ました。

マダンは驚き、人間から離れシュワイスの所まで逃げて来た。

人間は傷のあった所を手で擦り、確認をし、そして逃げたマダンを見た。


「怪我を治してくれたのはあなた方ですか?」

聞いてくる人間にマダンがシュワイスの背中に隠れながら頷く。

そんなマダンを見て、人間はクスッと笑い、そしてまた口を開いた。


「ありがとうございます。私はジョセフと言います。あなた方のおかけで命拾いしました。」



「・・・。」

テトの里長は冷たい眼差しをマダンとシュワイスに向けていた。

助けてはいけないはずの人間を助け、しかも里に連れて来てしまったのである。

シュワイスは申し訳なさそうに里長から目を反らすが、マダンは冷たい眼差しを送る里長を真っ向からにらみ返していた。

この張り詰めたエルフ達の空気を感じたジョセフもおどおどとしていた。


「・・・して、その、ジョセフ殿は何故入ってはいけない森に入ったのだ?

そして、武装した人間達が森に浸入してきている理由もせっかくなので話してはいただけぬか?」

里長が淡々と言葉を放つ。

その里長の言葉にジョセフはビクッと肩を震わせ、そして答え始めた。


「その・・・私はサリエステールの第一継承王子でして・・・。

私が森で行方不明になったので、城の騎士達が森を探索しているのだと思います・・・。」


「王子!?王子ってこの国の偉い人でしょ!?

なんでそんなにおどおどしてるの?王子って悪い人?」

マダンの何故何故攻撃がジョセフにも発動する。

そんなマダンにすらジョセフは怯える。


「い・・・いや。森への浸入は悪い事だから・・・。

やっぱり森守のエルフがいたなら怒られるかな・・・と。」

ジョセフは必死に答える。

マダンはそんなジョセフがまるで、産まれてすぐに巣から落ちた鳥の赤ちゃんのように見え、可愛いと感じていた。

里のエルフが絶対に見せない表情なのである。

里のエルフ達は常に澄まし顔で面白みが無かった。

顔もエルフは皆端正な顔立ちで美しい。

しかし、このジョセフはエルフのような気品が無い。

動物に例えるならエルフが狐ならジョセフは野良犬だ。

どんなに良く言ってみてもハンサムとは言えない。

顔はいかついのに臆病で、それなのに王子と言う。

人間とは実に興味深いとマダンは思った。


「なるほど。王子がいなくなれば、騎士達が動くのは当たり前か・・・。

ならば何故王子が森に入ったのだ?」

里長が話を戻す。


もっと聞きたい事があったのに・・・。


マダンが里長をまた睨み付ける。


「はい・・・。実は母上が不治の病にかかりまして・・・。

アニマライズの世界樹からなる薬草が欲しいのですが、アニマライズにはアムステルがいて入れません。

そこで、アニマライズのすぐそばにあるこの国の森を探せばもしかしたら見付かるかと思いまして・・・。」

ジョセフが答える。


「何々!?お母様の為に無茶したの?

お母様って綺麗?優しいの?不治の病ってどんなの?」

マダンがまた話に割って入る。


「マダン!!お主もしてはならぬ事をしたのだぞ!ちょっとは反省しろ!!」

反省の色を見せないマダンに里長が怒鳴る。

そんな里長にマダンが食って掛かる。


「してはいけない事って何ですか!?

古代獣オウレ様は命の尊さを伝えてます。

人間の命も等しく尊い物じゃないの!?

見殺しにする事がオウレ様の望みだって言うのですか?

私は傷付いた生き物の傷を癒し、空腹を満たすために里へ案内しただけです!

何が悪いと言うのですか?」


「お前の好奇心も満たされてるがな。」

シュワイスがボソッとマダンにツッコミを入れる。

マダンはシュワイスも睨み付けた。

シュワイスは涼しげな顔のままをマダンから目を背ける。


「オウレ様は全ての命を尊ぶ。

人間の命も等しく尊い。

しかし、人間を森に浸入させ、それを許せば人間は今後、森に平気で足を踏み入れる。

そうすれば森にある沢山の命が無駄に奪われる事になるのだ。

1つの命を救ったが為にどれ程の命がいたづらに奪われるかを考えよ。」

里長はマダンを嗜める。


テトのエルフは神話の時代に古代獣オウレとの盟約により森を守る事が義務とされている。

それに対し、エルフは人間や他の種族に畏怖の念を植え付ける事により戦いをせずに森を守り続けて来たのである。

森に入ると道が分からなくなり戻れなくなる。

その恐怖感が森と俗世を切り離させ、そして、血を流さず守る事になっていた。


しかし、今回、マダンは森に入った人間を助け、しかもエルフの里へ案内してしまったのである。

ネタのバレた手品ほど詰まらないものはないが、迷いの森の正体がバレてしまっては意味がない。

里長は頭を抱え込まざるを得ない状況に陥っていた。

王子であるジョセフを殺せばサリエステールと言う国と戦闘になるのは必然。

しかし、生かして戻せばテトの森のエルフの存在がバレる。

騎士達の森狩りを止めさせる為にもジョセフを早く返す必要があるのだが・・・。


「うむ・・・。ジョセフを城に帰そう。

しかし、我々の事やテト森の事を他人に言わない事、それと薬草を諦める事を約束してもらおう。」


「はぁっ!?」

里長の提案にマダンが声をあげた。


「どうした、マダン?」

里長がマダンに聞く。


「命を賭けてお母様の薬草を取りに来たのに、それを渡さずに追い返すの?

世界樹の薬草なら助かるのに?」


「マダン!!いい加減にしろ!!」

マダンの発言に里長が声をあらげた。

ただでさえも、ジョセフを城に戻すだけでもリスクは高い。

森からの生還者がいれば、森への恐怖心が落ちる。

しかもエルフの存在が広まる可能性すらあるのだ。

その状態で世界樹の薬草まであることが知られれば森に人が普通に足を踏み入れるようになるのは必至である。

しかし、マダンは救える命があるなら救えば良いと考えていた。

その上で、もし人間が話通り、森の全てを奪う種族ならば戦えば良いと。


「もうっ!知らない!!」

怒る里長に捨て台詞を吐くとマダンは家を飛び出していった。


「感情的ですが、優しいお嬢さんですね。

分かりました。母の事は諦めます。

エルフの事も誰にも言いません。

掟を破り、森に入ってすみませんでした。」

ジョセフは里長に深々と頭を下げた。

自分のした事がどんな事態を起こすか、それを悟ったジョセフは迷惑を掛けた事を里長やエルフ達に詫びを入れた。


「ふむ。では、シュワイスよ。

安全な所まで送ってやると良い。

くれぐれも人間に見付かるなよ。」


「はい。」

答えるとシュワイスとジョセフは里長の家を後にした。



森の入り口付近まではエルフがいるだけでかなり安全にいけた。

騎士達の人影が遠くに見えかけた所でシュワイスはジョセフに別れを告げ、里へと帰って行く。

その後ろ姿を見送ると、ジョセフは深く息をついて、騎士達の元へかけだそうとした。


「待って!!」

そのジョセフを呼び止める突然の声にジョセフはビクッとして立ち止まる。

マダンである。

マダンは一本の苗木と草を持っていた。


「どうしたの?マダン?」

ジョセフはマダンに優しく話し掛ける。


「これ・・・。世界樹の薬草よ。」

言うと、マダンは草をジョセフに差し出す。

ジョセフはその草を見て、動きが止まる。


「し、しかしこれは・・・。」


「お母様を助けたいんでしょ?

薬草なんてどっかで買った事にすれば良いじゃない。」

マダンはいたづらっぽく笑ってみせる。

その屈託の無い笑顔にジョセフは何故かホッとしてまう自分に気付いた。


「マダンはエルフの中でも人間に近い考え方なんだね。ありがとう。」

ジョセフはマダンから薬草を受けとる事にし、頭を下げる。


「後、この木を城のあまり人の来ない所に埋めて。

ドリアードが宿ってるから、この木を介してあなたと話が出来るの。」

マダンは苗木をジョセフに渡す。

ジョセフは苗木を黙って受けとる。


「か・・・勘違いしないでよね!

あなたが信用出来ないから森の事を話さないように見張るだけだから!!」

マダンは顔を赤らめながらジョセフに精一杯の反抗心を見せる。

ジョセフはそんなマダンにニコリと微笑み返し、「分かった。」と答えた。



そして、2人は毎晩のようにドリアードを介して話をするようになった。

「監視をする」と言っていたマダンだが、監視する為の話なんて1度としてせず、会話の内容は人間社会についてが中心であった。

街の人はどうだとか、国の成り立ちはどうだとか・・・。

世界の外国についての話等もジョセフはマダンに話した。

ドリアードの通話の時間はジョセフにとっては城での公務で疲れた心を癒す時間となり、マダンにとっては前から興味を持っていた人間の情報を聞き出す楽しい時間へといつの間にかなっていた。


しかし、2人の会話の時間が長くなるにつれマダンのジョセフに対する質問の内容は大きく変わり始める。

人間の事では無く、ジョセフ個人の事を聞くようになってきたのである。

そんな変化にマダンは気付いていなかったが、ジョセフの声を聞くのが目的になってきている自分には何となく気付いている。

しかし、それが恋だとはこの時のマダンはまだ知るよしもなかった。



「そこは、エルフと人間の違いなんだよね。

面倒臭いけど、あなたの都合も分かってるわ。

じゃあ、また明日ね。」

そう言ってマダンはドリアードを介した通信を切る。

マダンの一日は朝起きて、山菜を食し、森をブラブラしたり空を眺めたりし、夕食を食べてからジョセフとの通信が始まる。

一方、ジョセフは朝食を済ませたら、正装に着替え、街の人や外国の要人のお客さんの相手をするらしい。

その後、週に数回会議もあってけっこう忙しそうである。

それでも夕食の後は、木の所へ行きマダンと会話を明け方までしていた。


人間とエルフ。

この種族の差は能力や習慣により大きくかけ離れていてお互いに相容れぬ物だと思われていたが、実は大きな差は無いとマダンは思っていた。

神話の時代、至高神ジハドは世界中を飛び回り、人間を焼き尽くそうとしていた赤竜王グラムハーツにアムステルと言う名を与え、世界樹のある大陸、アニマライズより外へ出れない縛りを課した。

これにより、赤竜王の脅威から逃れた人間はその数を増やし、勢力を広げ、発展を遂げた。

一方、エルフを始めとする亜人達は人間に追いやられ、苦しい状況に陥った。

テトのエルフ達も、アムステルが自由であれば、世界樹の加護を分け与えられている森を人間から守る事に苦労する必要も無かった。

アムステルの脅威はこのサリエステールにも届いていたのだから・・・。


分かりやすく言うと、例外もあるが亜人の大半は神や悪魔を嫌っている。

古代獣寄りの種族が多い。

しかし、人間は神や悪魔を信仰し、すがるのである。

これがエルフと人間の1番の違いでもある。


この話をマダンがジョセフに話した時、ジョセフはマダンにこう答えた。

「私はジハド神を信仰している訳では無いが、アムステルの炎は強く、大陸すらをも焼き尽くしたと聞く。

この強大過ぎる力を押さえるためにジハド神はアムステルを封じたのではないだろうかと思う。

これに乗じて人間が勢力を強め、あなた方のような亜人を苦しめたのは一部の人間の手によるものである。

人間を代表して心より詫びる。」と。

マダンはジョセフのこのいかにも政治家が言いそうな発言が嬉しかった。

ジョセフは自然破壊をしたがる人間とは別の人間なのだ。

そして、詫びると言う事は共存を望んでいるとマダンは感じたからである。

そうで無ければ詫びて許しを乞う必要が無いのだから・・・。


夜が明けるまでジョセフと話をするマダンは日に日に起きる時間が遅くなってきていた。

もっとも、時間の概念などエルフには然したる問題ではない。

マダンが起きるのが早かろうが遅かろうが誰も気にも止めはしない。


しかし、マダンは最近、自分の胸が苦しくなると言う症状に悩まされていた。

苦しいが、ジョセフの声を聞くと苦しみが取れ、何とも言えない何かが自分の中を埋め尽くす。

しかし、その埋め尽くされる感覚は不思議と苦しくは無く、体が震えるほど心地よくて気持ちが良い。

この感覚は何かの病気なのではないかと少し不安に感じていたので、1番話のしやすいシュワイスに相談する事にした。


「それは、恋と言うものだろう。エルフと人間の恋など、ろくなモノではない。」

シュワイスは心配しているマダンに冷たく答えた。


「恋?それは病気?」

マダンはシュワイスに聞く。


「ある意味病気よりもたちが悪いものだ。

もうジョセフと連絡を取るのは止めるべきだ。

少し辛いかも知れないが、それを我慢し続ければそのうち元に戻る。」

シュワイスがマダンに言う。


ジョセフと連絡を取る事で私は恋と言う病気に侵された?

人間は変な菌を通信でも移す生き物なの?

マダンはシュワイスに言われた事を考えながらその場を立ち去った。



その夜。

いつもの通信でマダンはジョセフにその日シュワイスに言われた事を言う。


「あのね・・・。

私は今、あなたが原因で恋っていう病気になってるの。

それで、治す方法なんだけど・・・。」


ジョセフと連絡を絶ちきる・・・。


それが良いと言われたが、この言葉が上手く発することがマダンには出来なかった。

ジョセフと話すのは自分に取って凄く大切な事なのだ。

これを自ら終わらせる事なんて出来ない。

マダンは言葉を失い、ポロポロと涙が溢れて来た。


ジョセフの菌が自分を侵し、苦しめると言うならばその苦しみは一生受け続けてもかまわない。

しかし、ジョセフがその菌の発生源ならばジョセフはもっと苦しいはずである。

ジョセフを助けてあげたいけど、どうすれば良いのか分からない。

自分が今泣いている理由は分からないが、無理矢理にでも理由を付けるならばそれだとマダンは自分に言い聞かせながら、瞳から落ちる涙を手で拭いた。


「明日、森の入り口で会おう。

マダンが泣かなくても、その苦しみは無くなるから。

明日の夕方に、私も城を抜け出すから。」

ジョセフの言葉にマダンはハッとする。

菌の原因であるジョセフが治し方を知っていたのだ。

明日、ジョセフに会えばマダンは救われる。

そんな期待を持ち、この日は通信を切った。



翌朝、マダンは朝食も食べずにテトを脱走し、森の入り口でジョセフを待っていた。

苦しみから開放されるのが楽しみなのではない。

ジョセフに会えることが嬉しくて待ち遠しくて我慢できなかった。

夕方までマダンはひたすら森からジョセフの住む街を眺めて待っていた。

日がてっぺんまで昇り、そして沈む。

ジョセフが森の入り口に着いたのは夜も更けた頃合いであった。

馬を走らせ、息を切らせながらやってきたジョセフ。

それを見て、マダンは感激で涙がまた溢れそうになる。


恋とは涙も出やすくなるのだろうか?


いつものマダンであれば「遅い!」と一括する所なのだが、そんな余裕すらもない。

ジョセフに会えた事が何よりも嬉しく、それ以外の全てが些細な事だとすら思えた。


「マダン。待たせて済まなかった。夕食後にここまでの距離を計算してなかった。」

街から森まで普通に歩けば半日掛かる。

街の入り口から城まではそこからまた1時間は離れている。

普通に考えれば遅れる事くらい分かるが、ジョセフも何故かドリアードの通信の感覚でマダンと約束をしてしまっていたのであった。


「馬鹿・・・。」

マダンは言葉にならない声でポツリとジョセフに言う。


そして、2人の間に少し、沈黙が続く。

ジョセフは何やら緊張していた。

その空気をマダンは察し、ジッとジョセフを見る。

『恋の苦しみから開放されるには連絡を絶ちきる。』

不意にシュワイスの言葉が頭を過る。


ジョセフはこれから自分に別れを告げるのだろうか?


何とも言えない恐怖感がマダンに襲い掛かる。


「本当は、もっと早くに、俺から言うべきだった。

でも、人間の俺が高貴なエルフになんて相手にしてもらえる訳が無いと思って、勝手に諦めていたんだ。」

ジョセフはゆっくりと言葉を出す。


「えっ?」

マダンの頭の中はごちゃごちゃになる。

別れの話・・・では無いのかな?


「俺も、マダンに恋をしています。

あなたが好きです。付き合ってください!」

キョトンとしているマダンに対し、力強く言い放つジョセフ。

しかし、マダンは言われている意味を理解できないでいた。


私も・・・菌の発生源なの?

私がジョセフの菌にやられている訳では無く、ジョセフも私の菌にやられている?

付き合う?


何が何やらマダンは理解が出来ず、呆然とする。


「ジョセフ?」

マダンはどうすれば良いのか分からず、ジョセフに聞こうと名を呼ぶ。

ジョセフの肩がビクッと跳ね上がった。


「付き合うってどうすれば良いの?どういう事?」

マダンは率直にどうすれば良いかをジョセフに聞く。


「つ・・・付き合うって言うのは、お互いが特別な存在になると言う事で・・・。」

ジョセフはシドロモドロによく分からない説明をするが、途中で諦め、突然マダンの腕を引き寄せ、そのままマダンを抱き締めた。

マダンは目を大きく見開き、突然の事にビックリしていたが、徐々に落ち着き、そして、ジョセフの心臓の音に気が付いた。


トクン、トクン・・・。

その音はとても心地よく、マダンはそっと目を閉じてジョセフの心臓の音に耳を傾ける。

顔に感じるジョセフの胸の温もり・・・。

自分を抱き締めるジョセフの力強い腕の感触。

男の人の、人間の体がこんなにガッチリしていたとは思いもしなかった。

ガッチリしているが、柔らかくて温かい。

頭がボーっとし、全身の力が抜ける。


体の中に満たされていく何かは完全にマダン自身を侵略しつくした。

幸せな気持ちが何かの正体であるとマダンはこの時に実感する。

幸せに自分が埋め尽くされたのだ。


特別な存在・・・。

意味はやはり分からないが、マダンはジョセフの腕の中で付き合う事は良い事だと、そう感じていた。



マダンとジョセフが特別な関係になってから数日が経った。

2人は毎晩のように里や城を抜け出し、森の入り口で会う毎日が続いた。

ドリアード通信よりも移動時間の都合で話せる時間は短くなったが、それでもマダンはジョセフの顔を見れるのがたまらなく嬉しくて、毎晩が楽しみで仕方なかった。

ジョセフとの会話のネタを探しに日中はテトの里を抜け出し、森の動物や珍しい草花を探したりしていた。

胸の苦しみは確かに無くなり、その代わりにジョセフの事を考えるだけで胸が張り裂けそうになる位幸せが体の中で膨れ上がる。

幸せで満たされると言う表現の意味をマダンは身をもって体感していた。


明日会う約束もする必要が無い。

何も言わなくてもまた明日会えるのだから。


しかし、簡単な事でその幸せは辛さに変わる。



その晩は、いつもの森の入り口に来るはずのジョセフが中々現れなかった。

いつもならば、18時頃に食事を終え、会うのは21時位からであろうか?

周りは暗くはなるが、虫の音、木のせせらぎはまだ騒がしい。

ぼんやりと遠くに見える街の灯りは、まるで、別の世界の存在に感じ、その対称にいたマダンとジョセフはあたかも夢の世界にいるかのように錯覚する。

それが一辺し、ジョセフがいないだけで、夢の雰囲気は残酷に映る。

今、マダンは世界に一人取り残されたかのような寂しさに捕らわれていた。


ジョセフはどうしたのだろう?

何か嫌われるような事をしてしまったのか?

何者かに襲われたのか?


街まで行きたいが、人間の街にエルフが行くのはテトでも、ジョセフにすらをも禁じられていた。

規則を守らないマダンだが、ジョセフに言われた事だけは忠実に守らなければいけないと思っている。



夜が更けると街の灯りが徐々に消え始める。

灯りが消えるごとに寂しさは膨れ上がり、不安も募る。

マダンは寂しさのあまり、木に登り、木の温もりに身を委ねる。


ジョセフ・・・会いたい・・・。

もう1度だけでも・・・。


毎日のように会っていたのが嘘のように感じる。

こんなにもジョセフの顔を見るのが難しいことだとは思ったこともなかった。


今までのは奇跡だったのだろうか?


マダンの瞳から大粒の涙が意味もなく溢れだす。



虫の音すらおも聞こえなくなると、夜はいっそう更けている事を実感する。

いつもであれば、ジョセフと別れる時間である。

名残惜しくも、明日また会える期待に胸を膨らませて手を振る時間。

今は手を振る相手もいない。

迎えることもまだしていない。


昨晩の最後にジョセフは何を言っていただろう?


マダンはジョセフの仕草や発言を必死に思い出し、何が原因なのかを考える。

しかし、思い出すのはジョセフの『愛している。また、明日。』と手を振り返す爽やかなジョセフの笑顔ばかりである。

虫の音すらをも無くなり、暗闇に取り残されたマダンは木のせせらぎに耳を傾けながら、ただ、ひたすらジョセフを待ち続けていた。



夜が明け、昇り始めた太陽の光が世界を照らし始めた頃、マダンは不安と寂しさに堪え続ける事に疲れはて、木に寄りかかり、ぐったりとしていた。

もう、神経が痺れているのか、何も感じなくなりつつある自分にマダンは1人で生きていけなくなっている事に気付いた。


そんな時だった。

3つの馬に乗った人影が森に向かって真っ直ぐ走ってくるのが見えた。

そのうちの1人がジョセフである事に気付くと、マダンは木から飛び降り、ジョセフの所まで走っていった。

ジョセフが乗る馬の頭を飛び越え、驚くジョセフの首に手を回す。


「マダン!済まなかった!!」

馬の上で抱きつくマダンをジョセフも抱き返す。

たったの1晩だが、待ちに待たされたマダンはジョセフの腕の温もりが、匂いが嬉しくて、ジョセフの胸に顔を埋めていた。

ジョセフはそんなマダンの頭を優しく撫でる。


「実は、昨晩、城の兵士に抜け出す所を見つかってしまってな・・・。

結局、父上と、ここにいる弟のソールと宮廷魔術師のエドに全てを話してしまったんだ。」

ジョセフはマダンに事実をそのまま伝えた。

マダンは黙ってジョセフの言葉に頷く。


「それでな・・・。言いづらいのだが、マダン。うちの城で暮らさないか?」

ジョセフの突然の言葉にマダンは驚いて、顔をジョセフに向ける。


本来ならばテトの里を抜け出すだけでもマダンに取っては一大事だったのだ。

にも関わらず毎晩森の入り口まで来ていた。

それでも大冒険なのに、人間の街に、城に暮らすなんて考えた事が無かったのである。


そんな・・・。

そんな刺激的な事・・・。

楽しいに決まってるじゃん!!!


しかもジョセフと一緒の時間も増える。

マダンは2つ返事で「行く。」と答えた。

そんなマダンの決断の早さにジョセフはちょっと焦る。


「い、いや、マダン?独断で良いのか?

テトの里長に許可を取らないと・・・。」


「ん?なんで?」

マダンはジョセフの気遣いの意味が分からず、首を傾げる。

しかし、人間は娘を連れ出すのに親の許可を取ると言うことを聞かされ、面倒臭いと思いながらも、マダンは3人をテトの里まで案内した。



テトの里の里長の家にマダンとジョセフ、弟のソールと宮廷魔術師のエドが緊張した面持ちで座らされていた。

その向かいには、今にも襲いかかってきそうな程怒りを表に出し、睨み付けてきている里長と、シュワイスがいたのだ。


「マダン、里のしきたりをなんと心得る?

ジョセフ、2度と森に足を踏み入れないと約束をしたのではなかったのか?」

里長は今だかつて無いほどに怒っているのがマダンにも分かる。

生まれて初めて、里長が恐いと思う程に・・・。


「ですから、あの時、ジョセフを殺しておくべきだったんです。」

シュワイスも恐ろしい事を里長に言う。


「約束を破ってしまい、申し訳有りません。

しかし、今回はお嬢さんである、マダンを我が城に置きたいと思いましたので、最低限のご挨拶をと思いまして、やって参りました。」

普段気弱なジョセフだが、こういう時には何故か急にしっかりする。

これが王の器なのだろうか?とマダンは頼り甲斐のあるジョセフに感動する。

そんな凛とした態度のジョセフと里長は少し睨み合うが、じきに里長が口を開いた。


「気にせずとも、今回の1件でマダンは里を追放する。

街でも城でもどこでも行くが良い。」

里長がジョセフに答える。


「いいえ。マダンの帰る所はここであっていただきたい。

あくまで、私が、私の判断でマダンを欲し、里から連れ出す事にしていただきたい。」

言う里長にジョセフが食って掛かる。

マダンはどうせ城に行くからどっちでも良いと思ったがジョセフが真剣な顔をしていたので黙っていた。


「ふざけるな!!どこまで我々を愚弄する気だ!!」

里長は怒りが頂点に達したのか怒鳴り、そして立ち上がる。

ソールとエドは咄嗟に身構えるが、ジョセフはジッと里長を見つめ返していた。


「愚弄する気はございません。

私はマダンを1人の女性として守り、幸せにしたいだけです。

城で私と暮らし、時には里帰りをするのもまた楽しみにさせてあげたいのです。」

立ち上がる里長にジョセフはゆっくりと、丁寧な口調で答える。

そんなジョセフに里長も落ち着きを取り戻し、椅子に座り、ため息を尽く。


「分かった。しかし、マダン。2度と人間を里や森に入れるな。

用事があるなら、私が出向く。

我らエルフは古代獣オウレ様との盟約があるのだ・・・。」

こうして、マダンの城での生活が始まった。

ジョセフはマダンを来賓として扱うと言っていたが、来賓なんてつまらないとマダンが断り、結果、マダンはジョセフ専属のメイドと言う役割を貰った。

城には個室が用意され、そこがマダンの部屋となったがマダンは殆ど自分の部屋には行かず、ジョセフと夜を過ごした。

メイドの仕事はマダンには難しく、毎日のように皿を割り、掃除はいつも埃を残して注意をされる。

そのたびにマダンは人間が不思議に思えていた。


どうせ、食べて腹に入れるのにわざわざ皿など使う必要があるのだろうか?

なんで作業をするのにフリフリのドレスを着るのか?

埃は使わない場所に溜まるのだから、取る必要はないのではないか?

・・・と。


しかし、ジョセフのメイドが仕事が出来ないのはジョセフの顔に泥を塗る行為だと思い直し、マダンはメイドの仕事を一生懸命やる。


城のメイド仲間はマダンの髪や肌を羨ましそうに触ってきた。

本当はジョセフ以外の人間に触られるのは嫌だったが、マダンのシルクのような髪触りやキメ細かく白い肌を誉められるのは悪くはない。

それに何より、ジョセフのメイドである自分が誉められるのはジョセフが誉められているようで嬉しかった。

そして、ちょくちょく宮廷魔術師のエドに魔法について聞かれた。

エドは風水魔術師と言う事でエルフの魔法について深く関心を持っていた。

しかし、マダンに取っては風水魔法は魔法としての認識はない。


風が吹くのは風にしか分からない。

何故なら風は自由なのだから。

そこに理由を求められても困るのだ。


マダンが期待していた城での生活は予想以上に面白く、そして、幸せに満ち溢れていた。



朝、マダンは起きたら他のメイド達と朝食の準備をし、朝食が出来たらジョセフを起こしに行く。

その後、ジョセフ達と共に朝食を済ませると、今度は城内の掃除や食器洗い、洗濯に分担して仕事を行う。

マダンの専らの仕事は庭の手入れだった。

元々森のエルフだったマダンにとって、庭の雑草や花の手入れなんて遊びのような物である。

雑草や花の妖精達は森のドリアード達と比べると子供っぽくて可愛らしい。

雑草に関しては人間は取ってしまうらしいが、マダンは雑草を説得して決めた所にのみ生えるようにしていた為、雑草もまた綺麗な庭園を見せる大切な素材となっていた。

この城にはアイビーが沢山植えられていた。

アイビーは長い弦と葉が目立ち、花はさほど美しくはない。


以前、マダンはジョセフに何故アイビーを大切にしているのかと訪ねた事がある。

ジョセフの返答はこうだ。

『この国は赤竜王アムステルのいるアニマライズへ渡る最後の国であり、ここから旅立つ者にせめて魂の不滅を祈って手向けていた。』と。

人間は、そこまでしてアニマライズの資源が欲しいのかとマダンは鼻で笑った。


庭の手入れが終わると昼食を取り、午後からは宮廷魔術師のエドに捕まって今度は風水魔法についてしつこく聞かれる。


人間は風水魔法の物理操作と魔力変換しか使えないらしい。

エルフのマダンはそれに加え、精霊使役が使える。

物心が付いたときからマダンは精霊と話ができ、頼めばやってくれていたのでそんな事は気にも止めた事が無かったが、これは人間に取ってはかなり高度な魔法らしい。

エドはいつもマダンに『メイドじゃなくて宮廷魔術師になるべきだ!』と熱く語って来たのがウザかった。


そして、夕食を取ると、楽しみにしているジョセフとの時間。

ジョセフはいつも優しく、マダンの話を聞き、そして答えてくれていた。



そんな毎日が続いていたが、ある日、その毎日が大きく揺れ動いた。

原因はマダンの妊娠である。

今まで、優しくしてくれていた人間達の態度が急変したのであった。


「人間じゃない奴が人間の国の王妃を務めるのはおかしい。」

「人間でもエルフでも無い子供が王子になり、王になるなんて認められない。」


こんな主張を事もあろうか弟のソールや宮廷魔術師のエドが中心になって唱え始めたのであった。

国の人間達も感化され、デモ隊まで城に詰めるような事態になった。

そこで、ジョセフは王位を第二継承権を持つ弟のソールに譲り、城の外の家でマダンと子供と3人で暮らす事を決めてくれた。


今までの王宮内での優雅な毎日が一変し、今度は質素な暮らしが始まった。

しかし、元々森の中で金など無い生活を送ってきていたマダンに取ってはさほど苦ではない。

優しいジョセフと一緒にいれる毎日が変わらなければマダンに取っては幸せな事に変わりは無かった。



暫くして、マダンは男の子を出産した。

ジョセフはとても喜んでくれ、マダンもその男の子が産まれた事がたまらなく嬉しかった。

マダンはその男の子をリッシュと名付け、大切に育てた。



そして、リッシュが産まれ、7年の月日が経った。

この日はジョセフが月に1度の贅沢と言う事でマダンとリッシュを外食に連れ出してくれていた。

3人は1つのテーブルを囲んで仲良く食事をしていた。


「リッシュには9つの魂の律動を感じるの。」

エルフのマダンは産まれながらの風水魔法のスペシャリストである。

見えない物や見えない力に特別に敏感な体質でもあった。

そんなマダンはリッシュが成長するに連れ、はっきりと感じる9つの魂の存在が気になり始めていた。


「9つの魂の律動?」

ジョセフはマダンの言葉を繰り返した。


「ええ・・・。それでね、オウレ様に聞いてみたんだけど・・・。」


「オウレ!?マダンはオウレと話が出来るのか!?」

ジョセフは思いもよらないマダンの発言に食い付く。


「ち・・・違うの!!

直接話は出来ないけど、ドリアードを介してオウレ様の知識を借りる事は出来るんだ。」


「そうなのか・・・。

と言うかエルフって凄いな・・・。」

ジョセフは今だにマダンの特殊能力に一々驚く。

マダンは一度、「コホン。」を咳をし、心を落ち着かせ、話を続ける。


「その、オウレ様の話でね、地上界の神話の話が出てきたの。」


「地上界の神話?それとリッシュが何の関係があるんだ?」

ジョセフがマダンの話に興味を持ってくれたのをマダンは確認し、話を続ける。


「地上界の神話にヴァルハラって言う国があって、そこの王様は神でも人間でも無い人だったんだって。」


「神でも人間でも無い?悪魔とか、亜人って事かな?」

ジョセフはこういう話は好きだが感が鈍いのが珠に傷である。

マダンは少し呆れながらジョセフに説明をする。


「この、ヴァルハラの神はエルフの事じゃないかって説があるの。

つまりはエルフでも人間でも無い・・・ハーフエルフって事。」

そこまでマダンの話を聞き、ジョセフは意味を理解する。

このヴァルハラの王とリッシュは同じハーフエルフだとマダンは言いたいのだ。


「それで?」

ジョセフは9つの魂の律動から何故この話になったのかをマダンに聞く。


「その、ヴァルハラの王には9人の戦乙女と呼ばれていたヴァルキリーと言う戦士がいたんだって。

リッシュは・・・もしかしたらヴァルキリーを呼び出す特殊能力を扱える子になるのかも・・・って話。」

マダンは横に座っていたリッシュを抱き締めながら嬉しそうにジョセフに言う。

ジョセフはそんなマダンを微笑みながら見つめていた。


バタンッ!


突然、ガラの悪い男達が乱暴に店の扉を開け、入ってきてマダン達のテーブルの横に座り、注文をし食事を始めた。


「この国はすげぇみたいだぞ!獣からの亜人だけじゃなく、エルフ、ドワーフ、ノームと言った亜人もかなりいるらしい。

これはかなり稼げる。」

1人の男が興奮気味に話し始めた。


「ああ。しかも国が管理をしてくれているから合法で亜人狩りが出来るようになるみたいだ。

問題はエルフやドワーフは戦闘にも長けているって所だな。」


「かまわねぇよ!大金が入るんだからよ!!」


「国が・・・亜人狩りを支援?」

ジョセフが眉を潜めながらガラの悪い男達の話に耳を傾けていた。


「どういう事?」

そんなジョセフに釣られ、マダンも小声でジョセフに聞く。


「分からない。明日、城へ行ってソールに聞いてみる。

嫌な予感がするから、明日は家から外へ出ないでくれ。」


「分かった・・・。」

マダンは一抹の不安を感じながらもジョセフの言う通りにする事にした。



翌朝、いつも通りジョセフは起きてきて、朝食を取ると、城へソール達と話をしに出掛けた。


「父上、亜人狩りとはなんですか?」

ソールとエド、そして、父親である王の前でジョセフは話の本題を切り出す。

王は黙ってジョセフを見つめ返し、ゆっくりと返事をする。


「ジョセフ。私にとって、お前もソールも大事な息子だ。

その息子に王位を譲るに当たり、息子の望む国作りの準備をしたいと考えておる。」


「息子の望む国作り?

ソールが望む国作りの手伝いと言う事ですか?」

ジョセフの問いに王は黙って頷く。


「兄様。俺はこの国を豊かな国にしたいと思っています。」

ソールが王に変わり、自分の理想を語りだす。

ジョセフはまず、ソールの話を聞くことにした。


「このサリエステールは特に注目されるようなものは有りません。

世界樹のあるアニマライズに近いと言っても、アムステルの脅威が大きく、人も訪れない。

そんな弱小国家です。」

ソールはゆっくりとジョセフを諭すように話す。

ジョセフもソールの言葉をじっくりと聞く。


「しかし、そう思っていたのは兄様が薬草を採ってくるまでの事でした。

このサリエステールには世界樹の薬草が生える国だったのです。

世界樹の薬草はかなりの高額で取引される資源です。

しかし、それを採取するのを邪魔する亜人達がいるのです。」

ジョセフはソールの話を聞き、緊張を覚えた。

世界樹の薬草はジョセフが母親の病気を治すために採ってきたのだ。

まさか、それがこういう結果になるとは・・・。


「しかし、それと亜人狩りとは関係がないだろ?」

ジョセフがソールに問い詰める。


「それが大有りなんです。

薬草採取の邪魔をする亜人は世界的には奴隷として売買されている事が分かったんです。

しかも、亜人狩りの専門組織のライザックと言う組織はエルフやドワーフとかも狩る事が出来るんです。

邪魔な亜人を売って国に金が入り、亜人がいなくなれば薬草も取り放題になる。

亜人狩りは我が国を大きく発展させるには重要なシステムなんですよ。」

ソールの熱弁は正しくテトの里長の懸念していた事その物だった事にここまで話を聞いてジョセフは気が付いた。

世界樹の薬草を出すのを渋った理由。

エルフの姿を出さずに人間を森に近付けなかった理由。

全て里長が正しかった。

その里長をしきたりにうるさい人だと蔑ろにしたのはジョセフとマダンである。

この事態を引き起こしたのは、自分達であると言うことにジョセフは心の底から里長に申し訳ないと思った。


「父上・・・。私が王位を継ぐと言うのは調子が良い事でしょうか?」

ジョセフはこの責任をどう果たすか必死に考え、王位を継ぐと言う可能性を見出だした。

王は『王位を継ぐ息子の理想の国作りに協力する。』とそう言ったのだ。

もし、ソールではなくジョセフが王位を継ぎ、ジョセフの望みはエルフの森の擁護だとすれば、里長やテトのエルフに被害は行かない。


「ふむ・・・。私はまだお前が王位継承権を破棄した事を外部には伝えてはいない。

お前が王位を継ぐと言うならば望む所ではあるが、エルフのマダンとリッシュはどうする?」

王は7年前に起こった反対派のデモの話をあげてきた。

これにはジョセフも返事を失う。


「兄様。マダンとリッシュには手を出さないようライザックには俺から言っておきますから、兄様はマダン達と幸せに暮らしてください。」

ソールがジョセフに言う。


「だめだ。」

ジョセフはソールに速答する。

ジョセフは少し目を瞑り、そして、絶対に言ってはならないと思っていた言葉をゆっくりを口にする。


「マダンとリッシュは・・・手離します。」

そのジョセフの言葉を聞き、王はほっとした表情を見せ、そして、ジョセフに話し出す。


「分かった。しかし、国の面子もある。

ライザックを呼んだのは我が国だ。

少しずつだが、撤退してもらう形でお前が調整するが良い。

王位はジョセフに譲る方向にしよう。

マダンの件、くれぐれもしっかりやるようにな。」

言うと王は部屋を後にした。

ソールやエドもそれに続き、部屋にはジョセフが1人、いつまでも手を握り絞めていた。

手の平から流れ始める血は心の痛みを緩めるには全く足りない。

もっともっと深く爪を手の平にめり込ませ、自ら傷を広げる自分にジョセフは自分で気付かないでいた。



日が落ちかける頃にジョセフはマダンのいる家へと戻った。

美しいマダンは相変わらず美しく、可愛らしいリッシュは相変わらず可愛らしい。

それがジョセフを尚更苦しめる。

愛して止まないこの2人に自ら別れを告げなければならないのだから・・・。


「どうしたの?ジョセフ?」

マダンは不安そうにジョセフの顔を覗き込む。

ジョセフは必死に笑顔を作りながらマダンに答える。


「俺・・・。やっぱり王位を継ぐ事にした。」

ジョセフがそう言うと、マダンは一瞬で全てを理解した。

マダンはうつむき、ポツリと答える。

「そう・・・。」


「で・・・でも、一時だから!

俺が王になって国を平和にする!

人間とか亜人とか関係ない国にしてみせるから・・・。

そうしたら、お前達を迎えに行くから、それまで森を守っていてくれ・・・。」

ジョセフは必死にマダンに言う。

マダンは何も答えずリッシュを抱き抱え、家を出ていった。


「マダン!絶対に迎えに行くから!!」

森へと歩くマダンの背中に向かってジョセフが声を張る。

しかし、マダンは振り向かなかった。

ジョセフの顔を見れば泣き出してしまいそうだったから。



森に戻るとマダンは里長に事の顛末を話す。

里長ははやりそうなったかと言う顔をマダンに向けてきた。

その里長の顔を無視してマダンはこれからどうするかを里長に告げる。


「ここ、テトは人間に場所が割れています。

みんなはこの里を離れて下さい。」


「里を離れてどうする?

お前とリッシュだけここに残る気か?」

里長がマダンに問い詰める。


「いいえ。私だけ残り、ドリアードの盟約を行使します。」


ドリアードの盟約・・・。

古のエルフとの盟約により立ち入るもの全てに絶対なる魅了を与え、魅了された者は木の栄養となり、永遠に森から出ることが出来なくなる呪いである。

しかし、この魅了は男性にのみ有効である。


「つまり、我々、リッシュを含む男エルフを全員テトから出ていかなくてはならないと言うことか・・・。」

里長がマダンに言う。

マダンは黙って頷く。

人間に里の位置を把握されている以上、この里を囮にして他のエルフの新しく住む場所に目を行かせないようにする。

そして、マダン1人でもテトを守りきれるようにするにはドリアードの力を使う必要があると考えたのである。

ドリアードの魅了は人間からすれば正体不明の神隠しのようなモノである。

これが続けば再び森は恐怖の対称となり、人が寄り付かなくなる。

マダンの狙いはそこにあった。

エルフ達はその夜のうちに里を出ていった。

その中でも数人の女エルフはマダンのそばにいてくれたりもした。


男エルフが里を出るのを確認し、マダンは盟約を発動させる。

これで、ジョセフの指示通り、森を守り続ける事が出来る。


マダンは夜空の星を見上げた。


一光年は一年間で光の進む距離を表すと言う。

星の光は何億光年と離れた所で光った光が何億年もかけて今、マダンに降り注いでいる。

そんな悠久とも言える時間を光は孤独に飛び続け、そして自分達を照らし、次はどこへ向かうのだろうか?

光は寂しくないのかな?

マダンはそんな星星を見上げ、ジョセフの言葉に誓いともとれる返事を心の中で思う。


あなたが迎えに来るまで私はこの森を守り続けます。


ずっと・・・。


マダンの誓いに関係無く星は光り続けていた。

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