第三十二話~父と子~
「門兵が・・・2人か・・・。」
優人とリッシュは城の前の民家の陰に身を隠し、城の正門の様子を伺っていた。
城は門の周りを堀で囲み、その堀を水で埋めている。
門への道は正門前の大橋のみで、この橋は状況により上げる事も出来る仕様になっている。
一言で言えば、日本の城の造りに似ている。
違いと言えば、建物は石造りで綺麗な四角形の堀になっている所である。
綺麗な四角形は相手に地形を簡単に教えてしまうと言う欠点がある。
優人は攻め込む事を前提に城を見たのは今回が初めてだったのでフォーンドやジールド・ルーンの造りをじっくりは見ていない。
フォーンドは陸続きで門すら無い造りで、ジールド・ルーンは堀に囲まれ、第一の門と第二の門があった。
そういう目で見ても、ジールド・ルーンが戦争慣れしているのが伺える。
第一の門でモタモタしていると第二の門の見張りに見付かり侵入が難しくなるからである。
「さて・・・。」
優人は城の前にいる兵士を見ながら鯉口を切る。
民家から正門までの距離は約10メートル。
優人がいつもやるダッシュして相手の喉を一突きし、そのまま横振りに切り裂きその勢いでもう一人の首を斬るのが可能な距離だ。
しかし、今回に関して、優人には殺す事に躊躇いがある。
今回の戦闘は交渉する為のモノなのだ。
リッシュの父親にリッシュの希望を伝えるための戦闘である。
にも関わらず、その父親の部下を殺してしまっては話が拗れる。
「ミラージュ。」
悩んでいた優人と自分自身にリッシュが魔法を唱えた。
スゥッ・・・。
ミラージュを掛けられた優人とリッシュの姿が見えなくなった。
「!?」
優人は突然の事に焦り、リッシュがいそうな方向を睨み付ける。
「な・・・なんだよ?」
「こういう事が出来るなら言えや!!」
優人は今の今までどうするか真剣に悩んでいた事が恥ずかしくなった。
「いや・・・ミラージュは森の戦闘でも市街戦でも使ってたじゃんか。」
リッシュは冷静に優人に答える。
「う・・・。」
正論をぶつけられ、優人は言葉を失う。
「あれ?お前って意外と馬鹿なのかな?
冷静で判断力に長けると思ってたが大したこと無い?」
見えなくても分かる・・・。
絶対に見下した目でこちらを見ている・・・。
「そんな事より、さっさと行こう。
これで兵士には見付からない。」
「分かった。」
城は扉が無く、そのまま城内に入り込めた。
城内も小部屋がいくつかあるが、どこも扉が無い。
なんだ?この侵入しやすい造りは・・・。
侵入自体が楽すぎて優人は逆に警戒を強める。
そして、城に入り、扉の無い通路を真っ直ぐ進むと広場に到着した。
この広場の奥に大きな扉が一つあり、この先に王の間があると簡単に予想出来た。
「なんか・・・簡単だったな。」
優人は率直な感想を口にしながら扉へと進む。
「ここがエルフと人間の能力の差かもな。」
リッシュの悪意の無い一言だが、何となくイラつく。
優人はスタスタと広場を歩き、王の間の扉に手をかけようとしたその時だった。
突然感じた殺気に優人は不意に後ろへ飛んだ。
ドンッ!
と言う音と共に火の玉が床にぶつかり、そして消えた。
「センスオーラか・・・。」
リッシュが怨めしそうに火の玉が飛んできた方を見つめる。
「こう来ると思ってましたよ。リッシュ王子。」
火の玉を放った男は迷う事なく、優人とリッシュに視線を合わせている。
その視線に気付いたのか、リッシュは自分と優人にかけたミラージュを解いた。
「適当な事を・・・。」
リッシュが火の玉を放った魔法使いに言い返す。
「いや・・・。適当ではないな。」
優人がリッシュに言う。
今まで防戦していなかったエルフが突如、ライザックの支店を攻撃し、その攻撃が途中でピタリと止まった。
この事実だけで優人でも本当の狙いは城だとヤマを張る。
もっとも、本来ならば城を狙う予定は無かったのだが・・・。
「あんたは、ここの宮廷魔術師か?」
優人が宮廷魔術師に聞く。
「いかにも。サリエステール国、宮廷魔術師のファゴットと申します。
以後、お見知りおきを・・・。」
言いながらファゴットの右手が赤く光始める。
また火の玉か!?
優人は火の玉の警戒をする。
ボゥッ!
予想通りの火の玉の攻撃だ。
優人はそれを難無くかわす。
バシュッ!
しかし、火の玉をかわしたはずの優人右腕がパックリと斬られた。
優人は咄嗟に身をよじり致命傷は避けたが、切れた右腕からドクドクと流れる血を左手で押さえる。
なんだ!?火の玉は確実にかわしたはずなのに!?
カンカンカンカン・・・。
状況を把握しようと必死に考えている優人達の耳に金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
まさか・・・。
優人は通ってきた通路側に目をやる。
悪い予感は的中した。
城の兵士たちが戦闘音を聞きつけ、ここまで来てしまったのだ。
最悪だ!!
優人の顔が青ざめる。
リッシュは敵を警戒しながら優人に近付き、風水魔法を使って優人の右腕の傷口を治してくれた。
「あのファゴットって魔法使い・・・。古代語と風水を同時に唱える魔法使いだ。
古代語でわざと派手な魔法を打ち、そっちに気を向かせながらもう片手で風水魔法のエアカッターを使いやがった。
厄介な相手だ。」
「城の兵士も来ちまった。
殺さずでここを抜けるのはちょっと無理があるかもな・・・。」
「どうするか・・・。」
リッシュと優人はファゴットと兵士を警戒しながら相談をする。
狙いはジョセフ王との謁見・・・。
王はこの奥の扉にいる・・・。
優人は必死に打開策を練ろうとするが行き着く答えは一つしか思い浮かばなかった。
「リッシュ、俺がやつらの気を引く。
お前は敵を無視して扉の向こうに行くことだけ考えてくれ。」
「殺さずで出来るか?」
「約束は出来ない。そして、良くても怪我は負わせる。でも・・・、それしかない。」
リッシュは一度目を閉じて悩むそぶりを見せたが、すぐに決心をしてくれた。
「同時に動くぞ。」
「おう!!」
言うと、2人は一斉に動き出す。
リッシュが扉を押そうとし、優人はファゴットに向かってダッシュをした。
「させるかっ!」
ファゴットの両手から爆風が飛び、リッシュが吹き飛ばされた。
「両手でバクームだと!?」
広場の壁に足を付け、ダメージは受けていないリッシュがファゴットの方を見る。
キィン!
そして、ファゴットの前に立ちはだかった城の兵士が優人の攻撃を盾で受け止めていた。
「くそっ!」
優人は刀を受け止められたまま体を前進させ、盾に自分の右肩を付け、そのまま身を翻す。
クルリと回ると、優人と兵士は背中合わせになった。
兵士は急いで振り向き、優人に対応しようとするが、優人は兵士を無視してファゴットに突進する。
ドスッ!
優人の突きがファゴットの左肩に突き刺さる。
「さっきの仕返しだ。」
言うと、優人は突き刺した刀をそのまま引き抜き、空中で刀を横にクルリと回転させ、そのまま体体ごとも逆回転、ファゴットの右脇に刀の峰を当てた。
優人の一撃にファゴットは吹っ飛び、壁に激突する。
「ぐっ!」
壁に激突したファゴットはそのままうずくまる。
「殺したのか!?」
リッシュが逆の壁から優人に聞いてきた。
「峰打ちだ!死にはしない!!早く行け!馬鹿!!」
優人がリッシュに激を飛ばすが、この僅かの間に兵士達が扉とリッシュの間に3人ほど立ち塞がっていた。
「くそ・・・、殺さないと駄目なのか・・・。」
リッシュが怨めしそうに兵士を睨み付ける。
「動くな!!」
その僅かな隙をついて、優人はファゴットに切っ先を向け、兵士達に大声を出す。
兵士達は優人を見て、悔しそうに唸り声をあげた。
その兵士の表情を見て、優人はホッとすると同時に自分のやっている事に気付く。
人質を捕って『動くな』とか・・・。
完全に悪人のやる事である。
こんな典型的な事をやってしまった自分が恥ずかしく、思わずにやけてしまった。
「卑怯者が!!」
サリエステールの兵士が優人に罵声を浴びせる。
はい。卑怯者です。すみません。
「お前らを殺す気は無いんだ。ジョセフ王と話がしたい。道を開けてくれ。」
優人は心の中で謝りながら兵士達に話し掛けた。
「はいっ!そこまでよ!!」
サリエステールの兵士達と優人とリッシュ、そしてファゴットが睨み合っているその時、聞き覚えのある女の声がした。
綾菜である。
「聖騎士の国、ジールド・ルーン国の宮廷魔術師。真城綾菜と言います。
訳有って取り急ぎ、王との謁見を求めます。」
綾菜はいつもは付けていないジールド・ルーンの国章を左手に持ち、全員に見えるようにかざしていた。
「くくく・・・。」
綾菜の姿を見て、ファゴットが不適に笑い始めた。
「何がおかしい?」
優人が塚でファゴットの頭を軽く小突く。
「ゆぅ君やめて!ファゴットは性格の悪い天才で友達がいないの!虐めないであげて!!」
「いや・・・。真城・・・地味にそれ傷付くからな?」
ファゴットが綾菜に文句を言う。
「馬鹿話は後、ここにいる兵士達を退かせて。」
「分かったよ。お前ら、もう大丈夫だ。部屋に戻ってくれ。」
ファゴットが無愛想に兵士達に指示を出す。
「し・・・しかし・・・。」
兵士の1人がファゴットに異を唱える。
「ジールド・ルーンの宮廷魔術師だぞ!大国を怒らせるつもりか!?」
ファゴットが怒鳴ると兵士達は萎縮し、1人、また1人と広場から出て行った。
「ふう・・・。」
兵士達が広場から完全にいなくなると、綾菜が深いため息をして見せた。
「どういう組み合わせだよ、真城・・・。
サリエステールのハーフエルフ王子とフォーランドの英雄剣士とジールド・ルーンの宮廷魔術師なんて・・・?」
ファゴットが脇に治癒の魔法を唱えながら綾菜に文句を言う。
「ゆぅ君は学園で私が話してた彼氏で、リッシュ君はこの国に来たときに襲撃してきた仲よ?」
「襲撃?そりゃそうだよな。エルフが人間に頼るなんてあり得ない。」
治癒が終わり、ファゴットが立ち上がりながら綾菜に答える。
そのファゴットの言葉を受け、リッシュはばつが悪そうに目を反らした。
「それより、何しに来た?」
ファゴットが綾菜達に聞いてきた。
「子が親に会うのに理由がいるのかしら?」
「・・・無いな。」
綾菜の返答にファゴットは苦笑いを返しながら王の間への扉を開いた。
ファゴットが王の間への扉を開けると、玉座に座っている人物がジッとこちらを見ていた。
「リッシュか・・・。大きくなったな。」
玉座に座っていた人物がゆっくりと口を開いた。
「父上・・・。お久しぶりでございます。」
リッシュは床に膝を付き、頭を深く下げて挨拶をする。
「森の状況はどうだ?お前は森を守り続けてくれていたと聞いたが・・・。」
「はい。もはや状況は最悪です。
テトの周辺を守る男エルフはいなくなり、テトに住むは女エルフのみ。
次にライザックの襲撃が起これば、テトは滅びます。」
「むっ?何故テトに男エルフがいないのだ?」
「えっ?」
ジョセフの意外な質問にリッシュも声を失った。
そして、優人はピンと来た。
地上界の日本の政治でも良く見る情報操作だ。
「ジョセフ王。恐らくは上手く情報が王の耳に入っていないと存じます。
改めて報告をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
優人が2人の間に割って入る。
「う・・・うむ。聞こう。」
「まず、始めに、森に帰った奥方、マダン・クロセス様はテトより男を排しました。
聞いた所によると男エルフはここ数年間、テトの外の森にて待機しながら、テトを守り続けていました。」
優人がまず始めに、リッシュの苦労について説明をし始めた。
「ちょっと待て!テトを守るだと?何からテトを守っていたのだ?
リッシュ、お前達は森を守っていたのではないのか?」
「いいえ。私達はライザックの亜人狩りからテトを守っておりました。」
リッシュがジョセフの問いに答える。
「それはおかしいではないか?
サリエステールの法律でエルフ狩りは禁止してるはずだ!
どういう事だ、ファゴット!」
「はっ!恐らくは密猟だと・・・。」
ファゴットが直ぐ様ジョセフに答える。
「密猟・・・だと?ライザックの管理組織はどうなっているのだ!?」
ジョセフの声が粗げ始めた。
恐らく、この王は現況を曲げられて報告を受け続けていたのだ。
「ライザックの管理組織は弟君のソール様がやっておられます。」
ファゴットがジョセフに答える。
「して、男エルフはみな、殺されたのか?」
ジョセフの質問は止まらない。
「いいえ、かなりの数を死なせてしまいましたが、まだ別の森に退避しております。」
「そうか・・・。マダンは、私を怒っているのだな・・・。」
リッシュの報告に少し落ち着いたのか、ジョセフはマダンの事を小声で呟いた。
「父上!!折り入ってお願いの義がございます!」
ここでリッシュが声を張り上げて集中力を戻した。
「なんだ?」
ジョセフはビクッとし、リッシュに視線を送った。
「亜人狩りを全面的に禁止させて下さい!!」
リッシュの願いに場の空気が凍り付くのを肌で感じた。
サリエステールにおいて、禁句なのだろうと、この場の空気で優人も実感した。
少しの沈黙の後、ジョセフはゆっくりと口を開いた。
「それをすれば、亜人狩りの怒りは国に来る。
ライザックと戦争をすれば我らが負ける可能性の方がもはや高い。我らが負ければどうなる?
抑制力を失ったライザックは亜人狩りを今まで以上に行うだろう・・・。」
「その状況を作り出したのはあなたでしょう?」
そこで優人がまた話に割って入る。
「うむ。私の不徳の至りだ。そこは認める。
しかし、もはやライザックは国家を揺るがす所まで力を得ているのだよ・・・。」
「だから、戦うんでしょ?
まだサリエステールに残っている亜人と力を合わせて、ライザックを潰せば良いじゃないですか!?
このまま放置し続ければ、ライザックは勢力を増し、亜人は減っていき、ライザックに国自体が食われるって想像出来ませんか!?」
優人がここまでの自分の見解をジョセフに言う。
ファゴットが優人の言葉に黙って頷いた。
「・・・。」
ジョセフは目を瞑り、優人の言葉を噛み締める。
そして、ゆっくりと口を開く。
「戦は、人の命を奪う。
人の命の価値は私には分からないのだよ。
その命を大量に奪う決断は下せない。」
そういう、ジョセフの声は震えていた。
優人も気持ちは分かる。
明日の敵は今日の友
地上界でも良く言われる言葉と共に優人はジョセフの言葉を受け止めた。
今は仲が良く、大切に思っていた仲間がいたとして、もしその仲間が綾菜やミルフィーユを傷付ければ、その瞬間からその仲間はどんな理由があろうと優人に取っては敵になる。
その逆もしかりである。
昨日まで敵対していた人間が綾菜やミルフィーユを助けてくれたら、優人はその人間に対する敵意を無くす。
むしろ殺さずに生かしておいて、生きててくれた事に感謝をするだろう。
人の命の重みとは、その人の未来の重みだ。
今は倒すべき相手でも、その相手が生きていたら、自分の助けになる可能性が1パーセントでもあるのだ。
もしかしたら、生かす事でもっと厄介な事になる可能性も少なからずある。
しかし、未来は未定。
未来は誰にも分からない以上、命の重みを測れる人間などいない。
ジョセフの言葉は一見、弱腰の人間の逃げ口上に聞こえるが、実は深い言葉なのだと思った。
しかし・・・。
「ジョセフ王。あなたの言葉の意味するものは理解します。
戦をしなければ、確かに短時間での多数の死者は出ません。
しかし、現時点で亜人の被害はどれ程出ているのでしょう?
もしかしたら、戦死者を越す被害も出ているのではありませんか?
いや、もしかしたら、これからそれ以上の被害が予測出来ます。
王の戦をしないと言う判断は幾多の悲劇を生んでいます。
ライザックを制限する政策は、密猟と言う形で裏切られ、エルフの危機に追いやっています。これが結果。
悪い結果が出てる以上、対策を講じるのは間違っているでしょうか?」
優人が理詰めでジョセフの説得に移る。
「その対策が戦だと言うのが間違っておる!制限と罰則を強めれば良かろう?」
優人の言葉にジョセフの言葉が荒立つ。
「制限と罰則の強化に対する反抗心が育てば、いつか戦争が起こるのは目に見えているだろうが!!」
ジョセフの言葉に優人の言葉も荒立つ。
「ゆぅ君!」
声を粗げる優人を綾菜が止めに入る。
「ごめん。綾菜。」
優人は息を切らせながら自分を落ち着かせようとする。
「私は国がどうとか、政策がどうかとか、そういう知識は無いから良く分かりませんけど、ジョセフ王。
もし、これがジールド・ルーンのダレオス陛下やフォーランドのスティルならば、ライザックを止めると思います。
何故、ジョセフ王は対策を取らないのですか?」
綾菜がジョセフに聞く。
綾菜の問いにジョセフ王はため息を付き、そしてこう答えた。
「ダレオス陛下やスティアナ王妃は強い人間だ。
彼らは王になるべくしてなったとすら私は思う。
エルンの最高指導者、エルオ導師もしかりだ。
しかし、私は世襲制に従い、マダン達エルフを救いたい為だけの理由で王になった。
彼らのような判断が出来る程腹は括れないのだよ。」
ジョセフは綾菜に優しく答える。
「ならば私が陛下の剣となりましょう。」
リッシュが話に入る。
ちょうど、そのタイミングで王の間の扉が強く開かれ、兵士が王の間に駆け込んできた。
「ジョセフ王!!大変です!!
ライザックが、エルフ討伐隊を編成致しました!!
ソール様がテト襲撃を許可した模様です!!」
「なんだと!?」
ジョセフが立ち上がる。
しかし、優人はこの展開を読んでいた。
読んでいたが、出遅れた。
リッシュのライザック支店襲撃がライザックにテトのエルフ討伐の大義名分を与えてしまったのだ。
街を襲うエルフを全滅させるのは当たり前の事である。
こんなに分かりやすい大義名分があるならば、事後報告でも通用する。
取り急ぎエルフを黙らせました。
と言えば良いのだから。
リッシュが立ち上がり、走り出す。
「待て!リッシュ!!」
王の間を飛び出そうとするリッシュをジョセフが止める。
リッシュは立ち止まり、ジョセフに振り返る。
「何をするつもりだ?」とジョセフ。
「テトを守ります。」
聞くジョセフに答えるリッシュ。
「ならぬ。お前は国を出ろ。この国のエルフはもう終わりだ。」
「断ります。父上・・・。あなたが悪人で無くて良かったです。
無能で臆病ではありますが。それでは、さようなら。」
言うと、リッシュは王の間を出ていった。
優人がそれを追う。
「綾菜!ライザックの手口はオプティムを使った魔法封じだ!!危ないから留守番頼む!!」
「了解!ライザックの足止めお願いね!」
「・・・ん?」
リッシュを追い、城を出て優人は気付いた。
足止め?
優人は走りながら綾菜の言葉の意味を考えていた。
報告に来た兵士は外に出、静まり返る王の間には綾菜とファゴット、そして、王座に座り、頭を抱え込むジョセフがいた。
「どれ程奪われ、どれ程痛みに耐え続ければ苦しみから逃れられると言うのだ・・・。」
うめき声にも似た、ジョセフの呟き声が静まる王の間に響き渡る。
ジョセフもまた、戦をしない事により、苦しみを抱えている。
エルフを守る為にマダン、リッシュと別れ、王に付き、2人と会う事すら出来なくなった。
マダンのいるテトを守る為、亜人狩り組織であるライザックを国の組織に取り入れ、監視をした結果、沢山のエルフが密猟の手にかかり、ついには守りたかったマダンとリッシュの命すらをも危ぶむ事態にまでなった。
カツン、カツン・・・。
綾菜は頭を抱え込むジョセフにゆっくりと近付き、そして、ジョセフの呟きに対しての答えを返す。
「痛みに耐えれば他人はより激しい痛みをあなたに与えてるでしょう。
失えば失う程、より多くのモノを奪われ、あなたの苦しみはあなたが死ぬまで続きます。」
「真城!!」
傷付き、疲れはてたジョセフに辛辣な言葉を放つ綾菜にファゴットが怒鳴る。
しかし、綾菜はジッとジョセフを見続け、ファゴットの方を向こうともせず、話を続ける。
「犬でも理不尽に殴られれば吠えます。
鼠でも猫に追い詰められれば噛みつきます。
奪われ、苦しめられてもなお、黙ってこらえ続ける事に美徳があるとは私は思えません。
命の重みが分からない?
自分の、あなたの命もまた命です。
リッシュ君も、マダンと言うエルフも・・・全て命です。
重みがどうとか考えるより、あなたは何を守りたいかじゃないのですか?」
「真城!ジョセフ王は今の今まで事実を知らなかったんだ!混乱している人に言う言葉か!!」
ファゴットが後ろから綾菜に怒鳴る。
「君主の苦悩を理解し、改善策や選択肢を提案するのも宮廷魔術師の仕事じゃないの!?
あなたはエルオ導師から何を教わってきたのよ!!国や、王を甘やかすのが私達の仕事じゃないでしょ!」
「う・・・。」
綾菜の言葉にファゴットも返答に詰まった。
「真城・・・綾菜とか言ったな・・・。
では、すじが違うやも知れぬがジールド・ルーンの宮廷魔術師どのはこの状況で私にどう進言してくれるのだ?」
ジョセフは綾菜の考えを聞く。
「私なら・・・。城の兵士をゆぅ君とリッシュ君の援軍に行かせろと進言致します。
その隙に近隣に住む亜人達にも助けてくれって言って回るわ。もちろん、テトにもね。」
「馬鹿な!!テトは男性を追放しているし、人間も嫌っているだろう!?」
ジョセフが綾菜に言う。
「そうさせたのはあなたでしょ?」
「・・・。」
ジョセフがまた黙る。
「近隣の・・・ドワーフ達ならすぐに連絡が付きます。」
言い出したのはファゴット。
綾菜とジョセフがファゴットの顔を見る。
「実は・・・前々から近隣の亜人達と連絡を取り合ってまして・・・。」
ファゴットが目をそらしながら報告をする。
それを聞いて、綾菜が安堵の顔を浮かべた。
さすがエルンの学園出の宮廷魔術師である。
エルンで、エルオの紹介で外国の宮廷魔術師につく魔術師は考え方や立ち回り方についてもある程度は洗練されている。
もっとも、綾菜は宮廷魔術師として紹介するには自由すぎると、少し懸念されていたので自分は例外ではあるが・・・。
「今回の戦闘に関しては、ドワーフの援軍は有り難いわね。
ライザックはオプティムを使って魔法封じをするみたいだから、肉弾戦になるのは必至ですし・・・。」
ファゴットの話を聞き、綾菜がジョセフに返事をする。
岩の妖精からの亜人種であるドワーフはそのイメージ通り腕力が飛び抜けて高い種族である。
頑固で無口な種族らしいが、実は手先も器用なので、ドワーフの加工物はそれだけで価値がある時もある。
もっとも、手足が短く素早さが足りないと言う弱点はノームのシノにも似ているが・・・。
「うむ・・・。」
ここまで綾菜が話しても今だに頭を縦に振ろうとしないジョセフに綾菜は弱冠イラつき始める。
綾菜や優人みたいな人種にとって、ジョセフのような人種の考えは理解出来ない。
もはや、戦わねば愛するマダンも、リッシュも失う。
今回はそれだけでない。
綾菜の大切な優人すらも巻き込まれているのだ。
これだけで戦わない理由なんて無いと綾菜は思う。
パァン!
静まり返る王の間に綾菜のビンタの音が響き渡る。
「真城!!」
ジョセフの頬を叩く綾菜にファゴットが慌てて声を上げる。
「あなたは、黙ってれば誰かが何とかしてくれるとでも思ってるの?
そんな軟弱な覚悟で王なんて務まる訳無いじゃない?
こんなふざけた王に従うサリエステールは不幸よ!!
テトも・・・敵であるソールとか言う弟も、全て無責任なあなたの被害者じゃない!!」
言うと、綾菜はクルッと身を翻し、王の間の入り口へと歩き出す。
「真城!どこへ行くつもりだ!?」
ファゴットが綾菜を呼び止める。
「マダンに会いにテトへ行く!
ファゴット、あなたはそこの腰抜けにそれでも付き従うの?
国民達を不幸にさせてでも?」
「俺は・・・。王に従う宮廷魔術師だ。」
「王に?じゃあ、宮廷魔術師なんて言わないで。王も宮廷も国民があってのもの。
国民を守るらないなら、あなたは宮廷魔術師じゃなくて王専属魔術師じゃない・・・。」
言い捨てると、綾菜は王の間を後にした。
それをファゴットが追い、王の間を出る。
「真城!テトへ行ってどうする?」
ファゴットが綾菜に聞く。
綾菜は歩く足を止めずにファゴットに答える。
「エルフのマダン・クロセスに話をしてゆぅ君達の援軍を頼む!!」
「マダンがそんな話を受けると思っているのか!?
そもそも、男と人間のテトへの立ち入りは禁止されている!!」
「それはなんで!?」
「亜人狩り対策だろ!」
「私は亜人狩りじゃない人間の美女よ?何か問題でもある?」
綾菜が立ち止まり、ファゴットの目をジッと見返す。
その綾菜の真っ直ぐな眼差しにファゴットはだじろむ。
美女と言う発言にツッコミを入れたいがそういう空気でも無い。
「マダンが話を聞くと思うか?」
「聞かない訳が無いと思うわ。」
「マダンは男を嫌う理由はなんだか分かっているだろ?」
「何故嫌ってるの?」
「えっ・・・。」
ここに来ての綾菜の変な質問にファゴット硬直する。
王、ジョセフに裏切られ、城を追い出されたマダンはテトにいる全ての男をテトから排した。
そして、男の立ち入りを禁じた。
男が嫌いじゃなければ説明が着かない。
「エルフは森の妖精からの亜人種。
その種属性もあって、エルフのみ使える上級風水魔法でドリアードがあるじゃない。」
「あ・・・。」
綾菜の言葉でファゴットも思い当たる節が有ったのか、固まった。
上級風水とは自然を守護する精霊召喚と言う魔法である。
全ての風水には精霊が宿っており、その精霊の力を使うのが風水魔法の本質である。
しかし、普段使役されているのは下級精霊で、上位精霊は普通の人間が扱う事が出来ない。
今、綾菜が口にしたドリアードとは、木の上位精霊であり、エルフにのみ心を開くとされている。
ドリアードの能力の一つに『完全なる魅了』と言うのがある。
『完全なる魅了』は、男に対して抗う事の出来ない力を発揮し、木に取り込まれるとされている。
マダン・クロセスが男をテトから追い出した理由は、ドリアードの魔力から逃れさせる為だと言う事にファゴットは今気が付いたのである。
「しかし・・・もしそれなら、何故優人とリッシュを止めなかったのだ?」
ファゴットはドリアードの持つ『完全なる魅了』の強さを話では聞いていた。
ドリアードの魅了は範囲に入ったら徐々に、確実に魅了する。
どんなに精神力が強い人間でも、徐々に魅了に掛かるので抵抗すらしないらしい。
この恐ろしい魔法は全ての男に効くのだから、リスクを背負ってまでライザックを止める必要が無いのだ。
「女の召喚魔法使いがライザックにいたら、テトに侵入してオプティムを召喚されて、ドリアードの魔力が無くなるからよ。」
聞いてみれば当たり前過ぎる綾菜の返答に思わずファゴットの顔が赤くなる。
しかし、ファゴットはこれで綾菜の読みが理解出来た。
女で亜人狩りでない綾菜はテトに入っても問題が無い。
その綾菜がテトに行ってマダンに今の状況を伝えればマダンが動かないはずが無い。
マダンは元々、人間であったジョセフに恋をしたエルフの女性であり、エルフの中では変わり者である。
そして、恐らくは愛情の深い女性だ。
そうでなければ、『優しかった母を取り戻したい。』と言ったリッシュの記憶が間違っている事になる。
つまり、マダンはジョセフがエルフの森を守りたいと言った言葉を信じ、健気に何十年も守り続けていただけなのだ。
その方法がドリアードと言う危険な精霊を使って・・・。
その代償が全ての男を排し、誤解を呼び続ける事になったのだが・・・。
そんなマダンが綾菜を無下にする訳が無いのだ。
「真城・・・。ライザック相手に、エルフの援軍でなんとかなると思うか?」
ファゴットは綾菜に素朴な疑問をぶつける。
「森のエルフの底力なんて分からないわ。
頭の悪いサリエステール王家のせいでテトは破滅以外の道は無いのかも知れないね。」
綾菜の棘のある言葉にファゴットは少し俯いて見せた。
ファゴットは自分達が破滅の道を歩んでいると言うことを理解している。
それを止める手立てはライザックとの戦闘しかない。
しかし、ライザックの裏にいる人間はジョセフ王の弟のソールだと言う事も知っている。
ライザックを潰すと言う事は弟のソールをも討つことになる。
優しいジョセフ王が戦に踏み切れない本当の理由はそこにある。
それがファゴットを悩ませいるのだ。
出来れば、道すがりやって来た優人と綾菜にこの一件を片付けてもらいたいと言うズルい事を考える程に・・・。
「分かった、真城。私もドワーフに援軍の依頼をしてくる。
サリエステールの兵士は来ないかも知れないが、ドワーフとエルフでライザックを返り討ちにしてはくれないか?」
ファゴットの頼みに綾菜は不満げな表情で頷くと、そそくさとサリエステールの城の外へと出た。
「コール、インプウイング!!」
綾菜が言うと、綾菜の背中にインプの翼が現れた。
部分召喚と言う召喚魔法の基本操作である。
召喚魔法は神獣や魔獣を呼び出し、使役する魔法である。
しかし、神獣や魔獣そのものを召喚しなくても、それぞれの持つ特殊能力のみを呼び出し、思い通りに扱う事が出来る。
この方が消耗する魔力も少なく済む。
「ふむ・・・インプの翼は骨々しいし、羽毛が付いてなくて色も黒いから嫌なのよねぇ~・・・。
ミルちゃんの翼も召喚出来れば良いのになぁ・・・。」
綾菜は背中に生えたインプの翼に愚痴愚痴と文句を言う。
実際、インプの翼よりもミルフィーユの翼の方が質が良い。
ミルフィーユの翼には赤い羽毛が沢山生えており、見た目は鮮やかで上品である。
また、水鳥の羽に似ていて、その羽は水を弾く造りでもある。
しかも、ミルフィーユはその羽の一本一本までも動かす事が出来、水中で翼を広げて羽を動かすことで空中と変わることなく泳ぐ事も出来る。
お洒落で機能的・・・。
綾菜好みの翼だ。
「あっちがテトのある森かな・・・。」
綾菜はテトのある方角を確認すると、翼を広げ、飛びだって行った。
「私も、ジョセフ王を裏切る事になるのだろうか・・・。」
テトへと向かう綾菜を眺めながらファゴットがポツリと呟いていた。
綾菜がテトへと飛びだった時、優人とリッシュはまだ街にいた。
優人の提案でライザックのテト襲撃部隊の戦力を確認する事になったのである。
ライザックのテト襲撃部隊は第5支店に集まっていた。
それは容易に予測できる。
第5支店はリッシュがこの街に奇襲をかけた最初の支店である。
つまり、ここが1番テトに近く、そして部隊編成がしやすいからである。
もっとも、リッシュの奇襲により、半壊していはいるが・・・。
そこでリッシュは自分の姿を消して、敵の話と部隊のリスト、上手く行くならテト襲撃の作戦まで調べてくる手はずになっている。
優人はもしリッシュが見付かった時に参戦出来る距離に待機していた。
相手はテト襲撃を考えている。
1度街に乗り込んできたリッシュをまだ捕らえていない以上、自分であれば召喚魔法使いにオプティムを召喚させ、リッシュが部隊に潜めないようにする。
しかし、優人の不安は外れた。
オプティムでリッシュに情報が漏れないようにすると言う判断をライザックの人間はしていなかったのである。
逆に言うと、こんな簡単な警戒すら出来ないライザックの策士のレベルの低さに付け入る隙はあると思った。
もしこれが地上界なら有り得ないぞ・・・。
優人は無事に戻ってきたリッシュから情報を聞き出しながらテトの森へと走り始めた。
「ライザックのテト襲撃部隊は全部で100人。
1小隊10人の編成で、内1人は召喚魔法使いを入れているがオプティムの召喚が出来る魔法使いは3人しかいないらしい。」
リッシュは遠くに見えるテトの森から視線を反らすことなく優人に簡潔に情報を伝える。
「オプティムの召喚が出来ない召喚魔法使い?役に立つのか?そんなの?」
優人はリッシュに率直な感想を言う。
「ああ。何も知らなければ召喚魔法を使うやつが居るだけでオプティム召喚を警戒させる効果があるとか言ってた。」
「なるほどね。しかしネタがバレてる以上、意味の無いハッタリだけどな。
オプティムの召喚が出来ないって事は召喚魔法使いの大半がレベルが低いって事なのかな?」
次に優人はライザックの召喚魔法使いのレベルの確認をする。
「さぁな・・・。
オプティムなんてリスクの高い魔植物なんかと契約をする変わり者がそもそも少ないんじゃないか?」
リッシュは自分の予測を優人に伝えた。
と言うのは、オプティムは全ての魔法を吸収する魔界の植物で、当然術者も魔法が使えなくなる。
しかし、オプティム召喚中はその術者の魔力はひたすら吸われ続けるらしいのだ。
つまり、オプティムを召喚した魔法使いは魔法が使えず、しかも魔力まで奪われ続けると言うデメリットしかない。
魔法使いが最も呼び出したく無い魔植物だとすら言われているらしい。
リッシュの説明を聞き、優人も納得する。
オプティムは敵が自分より確実に魔法が強くて、しかも信頼できる前衛がいる時にのみ重宝される召喚魔法なのだ。
もし、契約出来る召喚魔法を選べるならよっぽどの変わり者で無い限り契約なんてしないだろう。
実は綾菜もオプティムの契約をしているが、それを知らない優人はオプティム召喚が出来る奴を変人だとすら思いながらリッシュの説明を理解した。
そして優人もリッシュに一つ情報を与える。
「オプティムは体から出た魔力にしか反応しない。」と。
優人の言葉にリッシュが目をキョトンとさせたので、優人は具体的にあった事を話し始めた。
第5支店で優人はオプティムの目の前で元素魔法を利用した『ミッションドライヴ』を使い成功させた事。
直接優人が触った時だけ優人の体内の魔力に反応した事である。
そこから予測できる事はオプティムは体から外に出た魔力を吸う。
体内の魔力は直接触れない限り反応しない。
と言う事だ。
優人の説明を聞き、リッシュは納得したのか、一度頷いた後、前方を見て走り始めた。
口元が少し緩んでいるのを優人は見て、オプティムの弱点でリッシュも戦闘方法が見付かったのだと判断した。
テト付近の森に入り、少し奥へ進んだ所で優人は立ち止まり、周囲の状況を確認する。
森の道幅は3メートルと言った所か?
森道は雑草等が所々に生えているが、ほとんどただの土の地面になっている。
道と森の境目は太くて大きな木や生い茂った雑草でくっきりと分かる。
この道を通らず森の中を複数人で移動するのは無理があるな・・・。
「どうした、優人?」
立ち止まる優人に気付き、リッシュが話し掛けてきた。
「ああ・・・。
リッシュに聞きたいんだが、この道の両端に落とし穴を作れないか?」
優人は基本的な落とし穴を作りたいと考えたが、これから落とし穴を堀始めても間に合う訳も無いので、リッシュの風水魔法に期待をしてみることにした。
「落とし穴?どれくらいの穴だ?」
リッシュが呆れた顔をしながら優人に聞いてきた。
「道の真ん中を俺とリッシュが走れるようにしたいからこれ位の幅を開けて・・・。」
優人はリッシュに自分のイメージを説明し始めた。
優人がイメージしている落とし穴は道の真ん中1メートルを残し、その両脇を横幅1メートル長さ3メートル、深さ5メートルの穴である。
その穴の中には槍のように尖った木を上向きに置き、落ちた者を串刺しにする。
地上界であればその穴にタケヒゴを乗せ、ビニールを被せて薄く土を被せて分かりづらくさせるが、天上界にそんな物はない。
こないだ綾菜がテーベの亜人狩りに使ったイリュージョン的な魔法で落とし穴を隠したい所だが・・・。
「リッシュはイリュージョンとか使えるのか?」
優人は率直な疑問をそのままリッシュにぶつける。
「イリュージョンは古代語だな。
俺は風水魔法しか使えないから・・・落とし穴を隠したいなら深い霧を作るとかなら出来るよ。」
リッシュは優人の質問からある程度の事まで理解してくれるから話が早い。
「霧かぁ~・・・。
俺達の姿を敵に見せたいから足元だけってのは出来るか?」
「えっ?まぁ・・・出来るけど、俺達の姿を見せるってのは何故だ?」
「街で大暴れしたエルフがこの道にいた。
相手からしたら倒したいやつが目の前に現れたら今度こそ逃がすまいとお前に意識が集中するだろ?
罠に掛かりやすくなるんだ。んで、ここから少し進んだ所に全く同じ落とし穴を作る。」
優人が狙いと作戦をリッシュに説明する。
リッシュは興味深そうに頷きながら優人の話を聞く。
「同じトラップを?それは何故だ?」
「同じ単純な罠が続けば、またあると思い警戒をする。
心理的にはリッシュを追い掛けたいのと、落とし穴に落ちまいと言う意識が産まれる。
今回、俺達のすべき事は時間稼ぎだ。
やつらの進軍を送らせるのが第一の狙いで、出来れば戦力を削る事に俺達は意識をするべきなんだ。」
「なるほど。俺達はイージートラップを数多く設置して、大回りしながら逃げ回れば良いって事だな?
敵の意識がテトに行かないようにある程度攻撃をしながら・・・。」
100点満点の答えだ。
優人は満足げに深く頷いてみせる。
綾菜が何故『足止め』と言ってきたかは分からないが、進軍を遅らせる事に何かしらの理由があると優人は考えている。
それを実現するための策をこうして考えているのだった。
「じゃあ、俺は森に入ってもう一つ別の仕掛けを用意してくるから、落とし穴は任せても良いかな?」
「おう。まだ、霧を出さないで置くから落ちるなよ?」
「当たり前だ。」
優人は軽く笑って返すと、森の中へと入っていった。
森の中は樹が乱雑に生い茂り、伸びた雑草は入るものをも拒み続けているかのように優人の行方を塞いでいた。
優人はイライラしながら雑草をかき分けて進む。
そして、丈夫で良くしなる木の枝を数本刀で切り落とし、堅い木のツルをかき集めた。
そして、ある程度集めるとツルをある程度の長さに切り、拾ってきた枝をしならせたまま、そのツルで枝の両端を縛り付ける。
その動作を何度か繰り返すと、即席の弓が10本ほど作れた。
優人は弓の1本1本のツルを引き、しなりを確認すると次は真っ直ぐな木の枝を選び、先を尖らせ、矢を作る。
矢の羽を付けると真っ直ぐ飛ぶ矢が作れるが今回は当てる事が目的では無いのでそこまでこだわった矢は必要ない。
次に優人は道から出来るだけ近く、しかし、道端から少し離れた樹を探し、幹にツルを縛り付ける。
そして、別の樹に登り、矢を引いた状態で弓を樹にくくりつけ、矢尻に先程別の樹に縛り付けたツルを縛り付けて、固定する。
はやりその動作も10回繰り返した後、樹の幹に縛り付けてあるツルを外し、その樹にツルを引っかけるようにしながら1本に束ね、道端の樹の幹に縛り付けた。
「よし・・・。」
優人は作業が終わると額から流れる汗を一拭きする。
こうする事で、この道端のツルを斬るだけで10本の弓が一斉に放たれる仕掛けが出来た。
はっきり言って殺傷力は無いに等しい。
しかし、同時に10本の弓が飛んでくれば敵は優人とリッシュ以外にも森に仲間が潜んでいると勘違いする。
敵の警戒は優人やリッシュだけでなく落とし穴や森にいるはずのない仲間にも向けられる。
今回稼ぎたいのは時間である。
恐らくはドワーフやエルフの援軍が来る。
その為の交渉を綾菜とファゴット達がしているのだろうと優人は考えている。
敵が来たら少しだけ優人とリッシュで向かい討ち、ある程度の所で撤退をする。
その途中でリッシュの風水魔法で今の優人のツルを切断し、森からの弓矢攻撃。
その後、第1の落とし穴を越える。
その後、もう1度、向かい討ち、撤退し第2の落とし穴を越える。
そこからはヒットアンドアゥエイを繰り返しながらテトに到着させるのを遅らせる。
敵は100人程度。
数はジールド・ルーンの砦とは比べ物にならない程少ないが、今回の100人は戦うつもりで準備をし、戦い馴れしている亜人狩り達である。
楽では無いのを覚悟しながら優人とリッシュは作戦を説明し合い、交互に見張りをしながら体を休ませる。
ザッザッザツ・・・。
大人数の歩く足跡が聞こえ始める。
優人とリッシュは武器を構え、戦闘準備を整える。
殺気だったライザックの襲撃部隊と優人達は真正面から向かい合った。
 




