第三十一話~希望~
ジリ・・・ジリ・・・。
優人は摺り足で少しずつリッシュとの距離を詰め始める。
リッシュは剣士のような風水魔法使いである。
それはさっきの戦闘で分かった。
そうでなくては、突然姿を出して優人の剣を受け太刀する事なんて出来ないからだ。
どうやったかは分からないが、姿を消す魔法を扱う。
そして、今の不意打ち。
魔法の矢を放ってきた。
優人達はエルフを警戒し、綾菜とシエラが交互に結界を張りながら森を抜け、街道を進んでいた。
森道をエルフに警戒しながら進む優人達が追い付かれるのは必然だ。
優人はリッシュを睨みながら健とのやり取りを思い出す。
エルフは崇高で賢い種族である。
ならば森を抜けた自分達をなぜ追いかけて来たのだろうか?
味方のエルフの敵討ちか?
しかし、敵討ちなんて考える奴はどちらかと言えば馬鹿のやる事だ。
冷静に考えると敵討ちは自分の大切なモノを奪った相手への報復でしかない。
やった所で何かが変わる訳でも無く、新たな恨みの火種を生むだけの蛮行である。
もっとも感情先行で動いているからこそ敵討ちをするので、そこに賢さを求めるのも無意味ではあるが・・・。
この世界は毎日のように命のやり取りをしている。
殺らねば殺られるので殺るしかない。
襲ってきたのはエルフの方。
生きるために仲間を1人殺してしまっただけである。
そんな世界で『敵討ち』等と言い出せば尚更戦いは終らなくなる。
敵討ち程不毛な戦闘はないと考えるのが賢いと思うべきだと優人は考える。
「ちっ・・・。ついてねぇ。」
リッシュは小さな声で呟くと何やら魔法を唱える。
ついてない?
狙ってここに来たわけじゃないのか?
「お前は何をしにここに来ている?何がしたい?」
優人はエルフの男の行動理由が分からなくなり質問をする。
ゴゥ!
一瞬大きな音がし、エルフの背後に大きなランスが9本現れた。
「さっさとケリを付けてやる!」
優人の質問を聞き流し、リッシュと言うエルフは戦闘態勢を整えた。
9本のランス。
ランスは槍に属する武器だ。
しかし、柄と穂からなる槍とランスでは用途は似てるが作りが違う。
ランスは先端から持ち手に至るまで、一つの金属で作られている。
穂は無く、尖った先端から円形状に武器の形状が広がっており、刃が無い。
それは、払いが攻撃パターンとして存在しない事を表す。
基本的にランスは騎兵がチャージと言う突進に使う武器なのである。
強烈な突進をランスでやられるとそのダメージは計り知れない。
尖った先端に突き刺された傷口は徐々に広がるランスの形状にこじ広げられ、一発で致命傷になる。
しかし、北欧神話好きな優人は9本のランスで思い当たる存在がいる。
諸説あるが、オーディンの9人の娘とされるヴァルキリーである。
ブリュンヒルデ
ゲルヒルデ
オルトリンデ
ヴァルトラウテ
シュベルトラウテ
ヘルムヴィーケ
ジークルーネ
グリムゲルデ
ロスヴァイセ
である。
そこから推測すると、リッシュの背中に現れたランスはそれぞれ意思を持っていて、優人を敵とみなし、攻撃やリッシュの防御の手伝いをするだろうと考える事が出来る。
天上界にも複数の神話があるのだろうか?
天上界のジバド神の神話があり、司祭達はその神話の神の力を扱う。
同じように北欧神話の神々を呼び出せるなら、と考えると優人の少年の心を揺さぶる。
しかし、その旅をしたいとか言ったら綾菜に滅茶苦茶苛められるのだろう。
そんな事を考えるとつい笑みが出る。
「・・・。これから戦闘だと言うのに余裕だな。」
リッシュは一瞬笑みが溢れた優人に挑発的に言う。
「お前らもしつこいと思ってな。
単に森を抜けただけで、ここまで追ってくるとはな・・・。
敵討ちか?
先ほどの戦闘でお前の名前は知っているが、リッシュで間違いないのか?」
優人もリッシュに吹っ掛ける。
「・・・。」
優人の言葉にリッシュは黙って何も答えなかった。
前回、エルフは綾菜の姿を見て『女がいる』と言い、撤退した。
エルフは女を傷付けることを極端に嫌うのだろうか?
「綾菜、シエラ。手を出さないでくれ。」
もし、優人の読み通りであれば、女性陣が手を出さなければリッシュの標的は優人のみに絞られるはずである。
優人の発言に綾菜は黙って頷くが周りに警戒をしてくれている。
一緒に旅をするパートナーとして本当に頼りになる存在だ。
優人は後ろにいる綾菜を振り向く事無く、リッシュとの距離を徐々に縮めた。
ある程度の距離まで詰めると、リッシュの背中のランスの先端が一斉に優人に向く。
9本の一斉攻撃はさすがに捌けない。
ダッ!
優人は一気にリッシュを仕止める作戦に出ることにした。
ミッションドライヴ!
1速、2速、3速・・・。
ダッシュをしながら一気に距離を詰めようとする優人。
その優人にいち早く1本のランスが反応し、優人の方向へ飛んできた。
キィン!
優人は横振りに抜刀し、1本目のランスの攻撃を弾く。
パァン!!
優人に攻撃を弾かれると、ランスは粉々に弾け、その破片は空に消えた。
何かをすると消えるのか!?
優人はランスの規則を見破る事を意識をしている。
シュン!
1本目のランスが消えるのに気を取られていた優人に2本目のランスが襲い掛かる。
それを優人はギリギリでかわした。
ミッションドライヴ3速じゃなかったら食らってた。
優人は背中がゾッとする感覚を覚えた。
攻撃後、ランスは勝手に割れて破片が空に消える。
1本のランスは攻撃か回避行動を1回したら消えるのか!!
優人はランスの規則をある程度検討を付けると、一端リッシュから離れ、体制を立て直す。
ミッションドライヴ5速!!
キュィィィィン!
優人の全身の筋肉が震え上がる。
5速は優人の体の限界まで筋肉を高める。
身体能力は通常時の倍以上まで跳ね上がる計算だが、長時間やると筋が切れる恐れが高い。
一気に残り7本を消す!
優人は一端納刀すると抜刀の構えをし、直ぐ様再び突進した。
全剣連制定技・・・11番・・・。
地上界における居合道は各流派毎の技を覚える前に全国で統一されている技が全部で12あり、それを覚える必要がある。
この統一されている技は各主要流派の技の中で刀捌きの練習に適したモノを選定されているとされていて、段審査等の時に使う技である。
夢想神伝流の技を扱う優人もこの統一技12本は覚えている。
その統一技の中でも優人はこの技が1番嫌いな技であった。
その理由は技の流れにある。
抜刀しながら相手を牽制。
そのまま上段に構え、自分から見て右の頭から顎にかけて袈裟に切り下ろす。
そして、直ぐに上段に持ち直し、左肩から胸まで袈裟に斬る。
そして、また上段に持ち直し、右の脇から臍に向けて袈裟に斬る。
そして、横振りに斬り、上段に構えて兜割りを放つと言う乱撃の技である。
この技の元の流派は知らない。
しかし、制定されている以上覚えなければいけなかったので覚えたが、技の意味が分からないのだ。
実践であれば初太刀で終わるはずである。
ではそれ以降の斬撃は何のためにするのか?
斬られた相手を滅多斬りにする残酷極まりない技なのではないか?
練習としては確かに瞬間的に左右の斬りに手の内を合わせるモノとして凄く有効性は高いが、実戦の技としては使い道の無い駄技だと思っていた。
しかし、この技は一連の流れで牽制を入れて6発の斬撃を繰り出す。
この状況に限り、有効な技なのである。
ミッションドライヴ5速で放つ連撃・・・。
これはこういう状況であれば友好な技だ。
「食らえっ!!」
優人はリッシュに接近して抜刀をする。
カンカンカンカンカンカン!!
優人の全ての攻撃をランスが受け止め、そして空に散る。
同時に破片になり、空で消えていくランスの破片はキラキラと光の中にいる気分になる。
後、2本!!
元来一発動すれば黙って斬られるしかない技だが、今回に関してはリッシュの召喚したヴァルキリーランスが全ての斬撃をガードした。
優人は技の終わりで切り下ろした状態から間髪を入れずに攻撃に移る。
この状態から放てる技は1つ。
突きだ。
カン!
その突きもランスが受け流す。
バシュッ!
そして、優人の攻撃終わりのタイミングで最後の1本のランスが優人に襲い掛かる。
それを警戒し、かわした優人の横っ腹にリッシュのショートソードが突き刺さった。
「くっ!」
優人は咄嗟に刺さった横っ腹のショートソードを持つリッシュの右手に視線をやる。
左手は!?
優人は急いでリッシュの左手を探す。
リッシュの左手は薄い緑色の膜に覆われながら、降り下げられていた。
魔法が来る!
優人は刀を持ったまま防御体制に入る。
「バクーム!!」
ドンッ!
強い衝撃を利用し、リッシュのショートソードを真っすぐ引き抜き、優人はあえて吹っ飛ばされて地面に落ちる。
「ぐ・・・。」
優人は地面に落ちると直ぐに受け身を取り、落ちた勢いを利用して、その場にしゃがみこんだ。
9本のランスに気を取られ過ぎた!!
血が滲み出る腹を左手で押さえながら反省をする優人をリッシュは追撃して来ないで遠くで見ていた。
プチプチッ
優人の全身に痛みが走る。
ミッションドライヴ5速の反動が来たのだ。
最悪だ・・・。
痛みに耐えながら優人はリッシュを睨む。
「味方の敵討ちなんて、エルフも意外と感情的なんだな?」
優人は痛みに慣れる時間が欲しいと思い、リッシュに話し掛けた。
「敵討ちなんてどうでも良い。エルフは仲間意識は薄いからな。
俺のヴァルキリーランスを防御で使い切らせやがって・・・。」
リッシュは優人に答える。
「・・・?」
リッシュの予想しなかった返事に優人の思考回路が止まった。
敵討ち・・・じゃない?
じゃあ、森に入った事が許せないのか?
「じゃあ、森がそんなに大事なのか?
俺達を追いかけてくるほど?」
優人は素朴にリッシュの行動理由を知りたくなった。
「別に神隠し子を村へ送るだけなら問題ない。」
リッシュが優人に答える。
益々意味が分からない。
「じゃあ、なんで襲ってきた?」
「お前が襲ってきたからだ。」
リッシュが答える。
あれ?先に矢を打ってきたのはあいつだよな?
優人は地面を眺めて考え出す。
戦う理由が・・・ない?
「ヤバイな・・・。」
地面を眺めて硬直している優人と困った顔をしているリッシュを見ながら綾菜が呟いた。
「ヤバイ?理由が無いなら戦うの止めれば良くない?」
シエラが綾菜に言う。
「うん。本来ならそれも有りなんだけど・・・。
今回は実力が拮抗し過ぎてるのよね・・・。」
「えっ?エルフが有利じゃないんですか?」
魔法について良く分かっていないリンが綾菜に聞いてきた。
「ダメージはゆぅ君の方が大きいんですけどね。
あのエルフがさっきまで使ってたヴァルキリーランスって魔法はランスが一度消えると次発動させるには最低1日必要なの。
あのランス自体は反則的に厄介だけど、もうこの戦闘でエルフは使えない。
後は風水魔法を駆使してゆぅ君を迎え撃つしかないけど、次接近されたらエルフに勝ち目はないわ。」
綾菜がリンに解説をする。
「だから戦闘を止めれば良いんじゃなくて?」
シエラが綾菜に聞く。
「それが出来るほどゆぅ君は器用じゃないのよ・・・。
もし、実力差が有れば、ゆぅ君なら止めようとか言いそうだけど、ここまで拮抗してると、言い出したら負けを認めるような気がして嫌なんだと思う。」
馬鹿じゃん!?
神隠し子を含め、ここにいる全ての人間の心が1つになった瞬間であった。
「ふぅ・・・。戦う意味は無さそうだな。
俺は忙しいから、今回は引き分けにしておこう。」
リッシュが優人に提案をしてきた。
「あのエルフが大人で良かった。」
シエラが言う。
「そうだな・・・。このままやってもお前が斬られるだけだしな。
引き分けにしといてやるよ。」
しかし、優人が余計な一言を返す。
リッシュの顔色があからさまに変わる。
「いや・・・。まだいくらでも手はあるからな?」
「どうだかな・・・。
あのランス以外厄介な奥の手があるならきついが・・・。
まぁ、今回は引き分けで良いよ。
逃がしてやる。」
「お前こそ、痛みが酷いんじゃないか?」
「俺はまだ余裕だよ?」
「・・・。」
「・・・。」
2人の睨み合いがまた始める。
「あ・・・あれ?また戦闘が始まるの?」
シエラが呆れた顔をする。
パァン!!
綾菜が優人の頭を殴った。
「いてっ!何だよ!?」
優人が頭を押さえながら綾菜に文句を言う。
「意味のない殺し合いしないで。
エルフ!これ以上やるなら私もゆぅ君の援護はいるわよ?」
「うっ・・・。」
優人とリッシュは綾菜に気圧される。
「ま・・・まぁ、俺は別件があるんだ。勝手にしろ。」
言うとリッシュは街道に姿を消していった。
「なんなんだ?いったい・・・。」
消えたリッシュのいた所をぼんやり眺めながら優人は呟いた。
リッシュとの戦闘から3時間程経ち、優人達は街に着いた。
普通に歩けば1時間程度で着く距離だったが、優人の怪我の治療とミルフィーユとクラウスがちょろちょろした為、余計に時間がかかった。
こどもは打ち解けるのが大人よりも圧倒的に早い。
2人は歩きながらおいかけっこ等してキャッキャッとはしゃいでいた。
クラウスは男の子だが、綺麗な顔とフワフワした髪の毛を持ち、綾菜好みの可愛い子である。
この2人がはしゃぐ姿を綾菜は満悦の表情を浮かべながら眺めていた。
街は木で出来た家や石を並べて造られたお粗末な道路から成り立っていた。
この街並みを見るとその国の文化や質が何となく分かる。
このサリエステールは文化レベルはフォーランドと同じ位だが、国として安定はしていないと優人は街を見て直感した。
街に入ると、時々鼻に入り込む何かの燃える臭いと煙の臭いが気になる。
街の人間も何やら慌ただしく走り回っていた。
「何だろうな・・・。」
優人は立ち止まり、綾菜に話し掛けた。
「ふむ・・・。何か事件でもあったのかな?」
優人の質問に綾菜が質問で返す。
「近くの冒険酒場で話を聞くか・・・。」
優人は答え、冒険酒場を探す事にした。
チャリーン。
優人達が冒険酒場の扉を開けると来客を告げる鈴が鳴る。
「おっ?いらっしゃい。珍しいな?ライザック以外の人間が来るなんて。どうした?」
酒場のマスターが優人達を見て挨拶をしてくれた。
優人は新人神隠し子達をテーブルに座らせ、1人でカウンターに腰掛けた。
「ライザックって何ですか?」
カウンターに腰を掛けながら優人はマスターに聞きなれない名について聞く。
「ライザックは亜人狩りの組織だよ。
あんたら、サリエステールの人間じゃないのかい?」
「ああ。神隠し子と案内係なんだ。」
優人が言うとマスターは一瞬顔をしかめるが、すぐに理解したような表情を見せた。
「この国は亜人狩りを国で管理してるんだ。」
「管理?そのライザックって組織は国で管理してる亜人狩りの組織って事なんですか?」
「まぁな。そうしないとこの国は亜人狩りと亜人で戦争を起こしちまうからな。」
「戦争を?じゃあ亜人狩りを禁止すれば早いじゃないですか?」
優人の質問にマスターが苦笑して答える。
「この国の亜人はエルフを始めとして、ノーム、ドワーフ、ニンフと言った精霊派生の亜人が多くてな。
簡単に言うと金になるんだよ。
金になるって事は強い亜人狩りが集まってくる。
そいつらに亜人狩りの禁止をしたらどうなると思う?」
「亜人狩りの反乱かな?」
優人はマスターに答える。
「そういう事だ。
戦闘力の高い亜人狩り達と国の戦争なんざやったらサリエステールはすぐに潰れちまう。
だから、国は亜人狩りを組織化して制限を付けると言う苦肉の策に出てる訳だ。」
「亜人狩りを抑制するためにあえて国営にした・・・か。
そんなの問題の先延ばしだな。
いつか、亜人と亜人狩り、国で戦争が起こるんじゃないのか?」
「ああ。あんたの予感は的中だな。
ちょくちょくライザックが亜人による攻撃を受けてるんだ。
今さっきもライザックの第5支店がエルフらしき亜人に襲われたって騒いでやがるよ。」
エルフ・・・?
優人はエルフと聞いて、リッシュの顔が思い浮かんだ。
リッシュは街道を歩く優人達に追い付き、戦闘になった後、街の方へと姿を消した。
今まで森の護衛をしていたはずのエルフが何故このタイミングで襲撃に走ったのだろうか?
リッシュは優人達と遭遇した時、1人だった。
単身突撃か?
亜人と対等に戦う亜人狩り相手に?
それは自殺行為とも捉えられる行動だ。
優人は頭の中でリッシュの行動理由を考える。
チャリーン。
優人が少し黙り考え込んでいると、店の鈴が新たな来客を知らせた。
優人は何となくその新しい来客に目をやる。
武装している男が2人。
2人とも得物は槍だった。
「いらっしゃい。エルフは片付いたのか?」
店主が来客に声を掛ける。
男2人はしかめっ面をしながら優人の座るカウンターの横に店主に返事をしながら腰掛けた。
「勘弁してくれよ。エルフの男だ。
女と違って金にならねぇし、強いし、やってられねぇよ。」
「逃げられたのか?」
店主が男に聞く。
「ああ、召喚士が来たらすぐに撤退したよ。
見切りの判断の早さを考えると、けっこう戦闘慣れしてるエルフだ。
ショートソードで戦う変わったエルフだったけどな。」
「リッシュじゃないか?」
店主と男の話を聞き、優人が話に割って入る。
「リッシュを知ってるのかい?」
店主が優人に聞いてきた。
「ああ。森と街道で襲われた。」
優人は素直に答える。
「強かっただろ?あいつはエルフじゃねぇ、ハーフエルフだ。
人間の筋力とエルフの魔力を持った化け物だよ。
まともにやり合ったら殺されるぞ。」
店主がいたづらっぽく笑いながら優人に言う。
「ハーフエルフ?」
優人は店主に質問を続ける。
そんな優人に店主は昔話を始めた。
30年以上前の話である。
現国王であるジョセフはエルフの村、テトの村長の娘であるマダン・クロセスと言うエルフと恋に落ちた。
2人は心から愛し合い、将来を誓い合った。
やがて、2人の間にこどもが産まれ、後継ぎの心配も無くなった。
順風満帆な2人だったが1つ大きな問題が立ち塞がった。
王妃がエルフなのを認めない。
王子がハーフエルフなのを認めない。
と言う、世論の声だ。
天上界において、亜人は人あらざる存在。
そんな者が国の中枢に入る事を国民が、王族が反対したのである。
ジョセフは王位継承権を捨て、マダン・クロセスとともに歩む道を選ぼうと思ったがそれが出来ない理由があった。
弟のソールの存在である。
ソールはジョセフと真逆の考え方をしていた。
亜人嫌いなのだ。
兄のジョセフが王位継承権を捨てれば、弟のソールが王位を継ぐ。
ソールが王になれば、ソールは亜人狩りを組織化し、国の騎士達と連携を取って国内の亜人を滅ぼそうと考えていたのである。
それを知ったジョセフは愛する妻、マダン・クロセスと大切な一人息子のリッシュをテトの村に戻し、国王となった。
これが今のサリエステール国王、ジョセフの昔話である。
「その結果・・・。捨てられたと勘違いしたマダン・クロセスは人間と男をテトから追い出し、テトにはエルフの女しかいなくなった。
追い出されたエルフの男は遠く離れた森で暮らし始め、リッシュと数人のエルフの男がテトの外でテトを守り続けているんだ。
そして、エルフの女しかいないテトは亜人狩りからすればかっこうの狩場になっている。
それを制限するためにジョセフ王はライザックを立ち上げたんだ。」
「・・・何だか、悲しいお話ですね。」
店主の話を聞いていたリンが寝てるクラウスの髪を撫でながら感想を口にする。
「・・・。」
優人は黙って酒場の天井を見上げていた。
話は分かった。
分かったが腑に落ちない。
ジョセフ王のしている事は全て、その場しのぎの手段でしか無いのだ。
ジョセフ王の死後はどうなる?
テトの今後は?
リッシュの立場は?
ライザックは?
全ての問題がジョセフ王がいなくなる事で悪い方向に進むのが目に見えている。
ジョセフがいなくなり、制約する者がいなくなれば、組織化され、力を持つライザックは一気に亜人の村を襲うだろう。
男手の無いテトはすぐに制圧される。
そして、ライザックに対して亜人達も本気で抗い、内乱へと発展していく。
リッシュのライザック支店襲撃は、亜人狩りの勢力を削る為か?
それも作戦としては失策だ。
そんな事をすればライザックはテトに対する宣戦布告の大義名分を持つ事になるだけである。
ガタッ
優人は黙ってカウンターの席を立ち上がり、店の出口へと歩き始める。
「ちょっと馬鹿を止めてくる。
綾菜。悪いが少し留守番を頼む。」
優人は綾菜に話し掛けた。
「分かってる?リッシュ君はゆぅ君と対等に戦う実力の持ち主だよ?」
綾菜が優人に質問をしてきた。
「分かってる。けど、リッシュを放っては置けない。
・・・呆れたか?」
「ううん。私の彼氏はこういう時、黙っておけない人だもの。」
「そいつは奇遇だな。
俺の彼女は俺の気持ちを汲んでくれる人だ。
彼氏に伝えたい事はあるかな?」
「月並みだけど無事に帰って来て。」
「分かった。そんな彼女の思いはしっかりと彼氏に伝わったよ。」
優人と綾菜は少し見つめ合い、そして、クスッと笑い合う。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
チャリーン。
綾菜は優人の出ていった酒場の入り口をずっと見つめていた。
ジャリ・・・ジャリ・・・
優人は周辺を見回しながら破壊された建物を見ていた。
ちょうど、優人達が街に着いた時に何かが燃える臭いと煙が立っていたいた事に優人は気付いていた。
エルフの襲撃と聞いて、優人の中で街に入った時の違和感と合致したのだ。
破壊された建物は火で焼かれた跡が残っているが火自体はかき消されていて、人はいなかった。
所々に真新しい血痕が残っている所を見ると、優人は戦況をイメージする。
恐らく、これがリッシュの仕業ならば不意打ちで建物に火を放ち、動揺したライザックの人間を剣で打ち倒したのだろう。
しかし、優人はここで思考を別の所に移した。
おかしい・・・。
奇襲や不意打ちは時間と成功率が反比例する。
奇襲を掛けたら早い段階でケリを付ける必要がある。
時間が経てば経つほど相手が戦闘の準備を整え、体制を立て直すからである。
優人達が街に着いた時に火が上がっていた。
つまり、奇襲のかけ始めか中盤辺りだったはずである。
そこから優人達が酒場に入り、ここに来るまで1時間は経っていない。
にも関わらず、建物は焼け崩れ、火は消えて、遺体が一つも残っておらず、現場に誰もいないのだ。
まるで半日前に奇襲が終わっているかのように戦場跡は静まり返っていたのだ。
リッシュは奇襲を掛けたが敵を1人も殺さず撤退をし、ライザックの人間は撤退したリッシュを追って街中を探し回っているからここに人気がないのか?
いや、血痕が残っているから多少の戦闘はあったはずである。
戦闘で数人に傷を追わせて撤退したのか?
今まで森の守りに徹していたはずのエルフが攻撃に打って出た。
これは追い詰められた生き物のとる行動パターンである。
窮鼠猫を噛むと言うがまさしく今回のリッシュの奇襲はそうだと優人は確信している。
つまり、この奇襲は命懸けのはずなのだ。
命を捨てる覚悟で挑んだ奇襲・・・。
それなのに、あっさりと撤退している。
優人はそこに引っ掛かっていた。
奇襲は1度目が肝心だ。
失敗すれば、次は警戒されているからである。
リッシュは感情的になりやすい性格かも知れない。
しかし、奇襲のリスクすらをも考えない馬鹿だとは思えない。
ならば何故、こんな中途半端な事を・・・?
・・・ラフレシア?
考え込む優人の視界に花が飛び込んできた。
優人の視線に飛び込んできたそれは焼けた建物の前に不自然に咲いていた。
優人はそのラフレシアらしき花に近付き、良く見てみた。
花びらにしては肉厚で大きさは一メートル位だろうか?
この花の上にミルフィーユがちょこんと座る事が出来そうである。
しかし、この花の上にミルフィーユがちょこんと座っても、可愛いもの好きな綾菜ですら悶えることは無いだろうと思う。
この花の花びらの色は濁った汚ならしい赤で所々に白い点のような模様が付いている。
それは、禍々しさすらをも感じる程に気持ち悪い見た目の花なのだ。
「・・・。」
優人はその場にしゃがみこみ、ラフレシアらしき花に顔を近付けてマジマジと観察を続ける。
そして、そこでもう一つ気付いた。
臭くない・・・。
ラフレシアは臭い花と言う事でも有名である。
その臭いは汲み取り式の便所の臭いに近く、その臭いでハエ等を誘き寄せると聞く。
しかし、この花からはそんな臭いはしない。
優人はそっとその花に手を伸ばし、触ってみる。
ジュワ
そして、優人は咄嗟に手を離した。
花からに触った途端、違和感を感じた。
その感覚は『魔腔をこじ開けられた時の感覚』だ。
そして、優人はこの花の正体に気付いた。
この花は魔法を吸収する花なのである。
リッシュは奇襲をかけたが、この花を出され魔法を封じられたので撤退をした。
この花のせいで奇襲が失敗したのだと優人は察しがついた。
さて・・・。どうしたものか?
ここまで、状況を把握した所で優人は次の行動を考え始める。
リッシュ率いるエルフ部隊は何人いるのか?
もしかしたらリッシュ1人の可能性も高い。
そして、撤退後、リッシュはどう出るか?
ドーン・・・。
優人が何人途方にくれていると、遠くでまた爆発音が聞こえた。
「第4支店がやられた!」
「ハーフエルフ1人らしい!急げ!!逃げられるぞ!!」
優人はハッとする。
リッシュは市街でゲリラ戦に持ち込むつもりだと気付いた。
今の話だと多対一での戦闘である。
リッシュは身軽で移動速度も早い。
その機動力と魔法を駆使して、街にある支店を襲う。
不意打ちをし、援軍が来る前にその場を離れ、別の支店を襲い、撹乱させる。
相手は国営の亜人狩り組織、ライザック。
恐らく規模はでかい。
いきなり襲われたらその対応は遅れる。
強大な組織と渡り合うなら悪くは無い作戦だ。
しかし、この作戦には重大な弱点もある。
優人は少しでも早くリッシュを探し出さなければいけないと思った。
市街でゲリラ戦をする場合、必要なのは相手の動きを知る術だ。
それが見えなければ逆に待ち伏せされ、一発で潰される恐れがある。
しかし、リッシュが1人で戦っているなら情報収集係はいない。
1人で状況を把握するには自分ならどうするか?
自分なら・・・高くて見つかり難い場所を使う。
市街であれば、建物の上だ。
見付かりやすいが、相手の動きも見易い。
優人は建物の上に意識を集中しながらライザックのメンバーの後ろを追い、第4支店へと向かう。
第4支店は入り口の門が破壊され、数人の人間が倒れていた。
やはりラフレシアのような花が一輪、不自然に咲いている。
「オプティムを出したらすぐに撤退しやがった・・・。」
出血する右腕を左手で押さえながら、ローブを着た男が優人が追い掛けたライザックのメンバーに説明をする。
「オプティムを出したら撤退・・・か。
こうやって少しずつ俺達を追い詰めるつもりか。」
ライザックのメンバーの1人がリッシュの作戦を予測する。
その読みは正しい。
その対処法に気付かれるのも時間の問題である。
優人は焦りながら辺りを調べる。
しかし、何もリッシュの居場所を突き止めるヒントになりそうなモノは見当たらない。
「そのエルフはどうやって攻めてきた?」
痕跡が見付からないなら情報を直接聞く。
優人はローブを羽織った男に近付き、戦闘の始まり方を聞く。
「分からない。突然姿を現したと思ったら斬りつけられた。」
あ・・・。
その説明を聞いて、優人は内心ちょっと恥ずかしくなった。
森の中で初めてエルフと戦ったとき、リッシュは自分の姿を消して別のエルフと戦う優人に近付き、優人の一撃を止めた。
姿を消すのはリッシュの戦闘スタイルの一つだ。
つまり、屋根の上に上がってもその姿は見付からず、相手の動きを見ながらリッシュは移動が出来る。
つまり・・・。
「ミッションドライヴ!!」
優人は自分の筋力を上げ、建物の上に飛び乗る。
建物の上から街を見ると、街が一望出来た。
今いる第4支店から第5支店が見える。
・・・。
「ここから1番近い第5支店以外の支店はどこだ!?」
優人は下にいるライザックのメンバーに訪ねる。
「第8支店があっちにあるぞ!!」
ライザックのメンバーが優人に答える。
「ありがとう!!」
優人は礼を言うと、屋根づたいに最短距離で第8支店へと移動を開始した。
オプティム・・・恐らくはあのラフレシアのような花なのであろう。
魔法戦のスペシャリストならオプティムの存在は脅威だろうと思う。
そして、オプティムを召喚出来るのはきっと召喚士だ。
酒場での話を思い出しながら優人は移動をする。
ドーン!
第8支店の建物が見えるかどうかと言うところで突然第8支店の建物が爆発した。
リッシュだ!!召喚士、まだ来るな!!
優人は祈りながら急いで第8支店へ向かう。
第8支店に優人が到着すると、リッシュがライザックのメンバーと戦闘をしていた。
右手で相手の攻撃を受け止め、左手でゼロ距離バクームを放つ。
相手は吹っ飛び、そして動かなくなる。
強い・・・。
ダンッ!!
優人は第8支店に到着すると、屋根から飛び下り、そのままリッシュに斬りかかった。
キィン!
リッシュは優人に反応し、優人の攻撃を受けとめる。
「お前は・・・!?」
リッシュは優人の顔を見て動揺の色を見せる。
ガンッ!!
リッシュは優人の額に頭をくっ付ける。
「はやり貴様もライザックに与してたのか?」
リッシュが優人に冷めた声で聞いてくる。
「言っただろ?亜人狩りに興味は無いって。」
優人はくっついた状態のおでこに力を入れ、リッシュの頭を押し返す。
「なら何しに来た!?」
リッシュも負けずにおでこで優人のおでこを押し返す。
「お前の暴走を止めに来たんだよ。一端撤退しろ。
別れて、ライザックのメンバーを撒いたら街の入り口近くにある冒険酒場に来い!!
説教してやる!!」
キィン!
優人は刀を横に振り、リッシュから距離を取る。
「まず、答えろ!お前は何がしたいんだ!?」
リッシュが怒鳴り口調で優人に聞いてくる。
「それを今考えてる。まずは撤退しろ!」
「・・・。」
リッシュは少し優人を睨み、そして、姿を消した。
「ふう・・・。」
優人はリッシュの撤退を確認し一息をつく。
そして、周りから優人にぶつけられる殺気に気付く。
そう言えばここはライザックの第8支店だった・・・。
「次はエルフは第10支店に向かうはずだ!
そこで、第10支店を包囲する形で身を隠しながら前衛は待機。
エルフの襲撃が始まったら召喚士がオプティムを召喚。
そのタイミングでエルフを取り囲め!
魔法は使えなくてもエルフは俊足だから囲んで逃げるのを止めるんだ!!」
優人はライザックのメンバーに適当な情報と、エルフ討伐の作戦を大声で告げる。
ライザックのメンバーは優人の指示を聞いて、ざわつく。
そのメンバーを横目に優人は一目散に走り出す。
「おい!第10支店はそっちじゃないぞ!!」
ライザックのメンバーが酒場へ向かう優人に話し掛ける。
「俺は用事がある!先にいって作戦を伝えとけ!!」
優人はメンバーに言うと、酒場へと走る。
ライザックは亜人狩りの組織で大きい組織である。
組織が大きくなると仲間全員の顔を覚えるなんて不可能である。
そこで優人は賭けに出た。
あたかもライザックのメンバーの振りをし、適当な情報と襲撃の対策法を伝える。
対策法は地上界ならばセオリー通りの対策法だ。
セオリーは間違いは無い作戦なので納得させるには充分である。
これで一瞬でも優人を信じてもらえれば優人の撤退は簡単に成功する。
優人は時々後ろを気にしながら酒場へと向かった。
「綾菜さん・・・大丈夫ですか?」
酒場でグラスを眺めている綾菜をリンが気にかけてくれる。
優人が酒場を出てから2時間位経っていた。
その間に第4支店と第8支店が襲撃を受けていると言う情報が酒場にも来た。
「うん・・・ゆぅ君何してるんだろ・・・。
リッシュ君の暴走をまだ止められてないのかゆぅ・・・。」
リンを心配させまいと綾菜は明るく振る舞う。
「でも、この世界って不思議ですね。
魔法があって、人間以外の生き物が沢山いて・・・。」
「うん。元々天上界と地上界は一つの世界だったみたいだからね。
地上界にも魔法に近い超能力があったり、亜人の伝説も色々残ってるでしょ?
雪男とか人魚とか?
天上界のなごりや知識は地上界にもしっかり残ってるんだ。」
「もしかしたらこの世界を旅していると地上界のオーパーツとかの謎も解けるのかな?」
綾菜とリンの会話に入ってきたのは健。
この男、エルフ愛が異様すぎて綾菜は好きになれない所がある。
しかもこの男は知識量も異様に片寄って深く知っていて気持ち悪い。
意味のわからない部族の予言書がどうだとか、大昔に栄えて一晩で沈んだ大陸だとか・・・どこでそんな知識を覚えたのだろうか?
今言った発言もそうである。
綾菜はオーパーツなんて単語すら理解出来ない。
そして、リンも健の発言に対しては難しいリアクションを繰り返している。
「凄いゆぅ~。エルフの嫁を貰って世界中を旅して、世界の謎を解き明かすとか、ロマンありませんか?
地上界のアニメが見れないのは辛いですけど・・・。
これは夢とかだったりしますか?」
そんな綾菜とリンの表情を無視してこの男は言いたい事を嬉しそうに語る。
チャリーン。
突然、酒場の入口の扉が開く。
綾菜達は一斉に入口を向き、そして、一斉に椅子から立ち上がった。
酒場の入口を入ってきたのは・・・。
優人では無く、リッシュだった。
「・・・。」
リッシュは入口の扉を閉め、ジッと綾菜達と睨み合う。
「優人は、敵なのか?」
リッシュは今思った疑問をそのまま口にした。
その質問を聞き、綾菜が警戒を緩める。
「私達も、優人もあなたの敵ではないわ。
サリエステールの味方でもないけど・・・。」
「目的は何だ?」
「それは優人が戻るまで分からない。彼が判断すると思うから。
それよりお腹空いてない?戦闘してきたなら減ってるでしょ?」
「・・・。」
リッシュは少し綾菜を見つめ「ああ・・・。」と答えると、カウンターへ向い、腰掛けた。
「しかし、あなたも良くやるわね?
大軍相手に1人で戦闘なんて・・・。
賢そうでけっこう馬鹿なの?」
カウンターに座り、軽食をマスターに頼むリッシュに綾菜が失礼な事を聞く。
「これ以上森を守り切れないと思ってな。やるしか無かったんだよ。」
リッシュは綾菜の方を見ずに答えた。
「馬鹿はお前だ!なんでエルフにそういう失礼な事を言うんだよ!!」
健が綾菜に文句を言う。
「うっさい、骨男!!」
綾菜も健にきつい言葉をぶつける。
「綾菜・・・。
あなたの大好きな彼氏も、ちょっと前に8000人のスールム兵に・・・。」
シエラが発言する。
「キャー!!言わないでぇ~!!」
綾菜が耳をふさいでしゃがみこむ。
その仕草にリッシュの表情が少し緩む。
「あんたも大変だな。」
リッシュが綾菜にフォローを入れてくれた。
「ゆぅ君も馬鹿なのは知ってるもん・・・。」
チャリーン。
少しするとまた入口の扉が開く。
今度は優人だ。
優人は食事をしているリッシュと騒がしくしている綾菜達を見て、とりあえずホッとした。
「ゆぅ君お帰り~!!」
優人が酒場に入るなり、何故かテンションの高い綾菜が優人に抱きついて来た。
「パパお帰り~!!」
綾菜を真似してミルフィーユも抱き付く。
「おじさんお帰りなさい!」
そしてミルフィーユを真似してクラウスも・・・。
「・・・って重いわ!!」
優人が綾菜達を振り払う。
「優人・・・って言うんだな?お前の名前・・・。」
食事をしていたリッシュが食事の手を止め、優人に話し掛ける。
「ああ。改めて宜しくな。」
優人はカウンターのリッシュの隣まで歩いて行き、そして椅子に腰掛ける。
「マスター。何か冷たい飲み物。」
「はいよ。」
優人が注文するとマスターはすぐにアイスティーを出してくれた。
優人はとりあえず、アイスティーを一口飲む。
「優人。なんで俺を止めに来たんだ?」
リッシュは再び食事を始めながら優人に聞いてくる。
「・・・。色々と気になったんだよ。」
優人は答える。
「色々?」
「ああ。まず、なんで突然守りから攻めに転じたんだ?」
優人の質問にリッシュは食事を止め、俯く。
「森を守るのに限界を感じたんだ。
だから最期にライザックのメンバーを少しでも多く倒しておこうと思ってな・・・。」
「やっぱりそうか・・・。
それで、お前の作戦は市街でのゲリラ戦って訳か?」
「ああ。大人数をやるにはこれしかないと思ってな・・・。」
「それをやると何が起こるか考えてみたか?」
「何が・・・?
そりゃあ・・・ライザックの戦力が落ちるんじゃないのか?」
リッシュの返答に優人はふぅとため息をつく。
「それは一時的に戦力は落ちるだろうさ。
けど、一時的だ。その後、何が起こるか?
国を上げてのエルフ討伐だよ。お前が守ってる森が危なくなる。」
「その心配はない。法律でエルフは守られている。」
「でも、森が襲われてるんだろ?」
「それは密猟達の仕業だ。」
「なら尚更だな。法律で守られているから今まで密猟者しかやらなかったのを、エルフに襲われたと言う大義名分を与える事になる。
今度は大軍で森に攻めてくるぞ?どうする?」
「そうしたら、止めるしかないだろ?」
「今まで、攻めてたから簡単に撤退出来たけど、今度は撤退したら森が守れない。
オプティムを召喚されたら魔法も使えなくなるお前がどうやってライザックのメンバーを追い返す?」
「・・・。」
優人の質問にリッシュは返す言葉が無くなった。
恐らく、そこが自分の死に場所だと決めていたのだろう。
「なら、どうしろと?命を賭けて戦うしかないだろ?」
リッシュは逆に優人に質問を返してきた。
「ああ。命を賭けて戦う事に関しては文句は言わない。
だけど、賭ける場所を間違えていないか考えてくれ。」
「???」
リッシュは優人の言葉の意味が分からずキョトンとした顔で優人の顔を見る。
「う~ん・・・。じゃあ、質問を変える。
お前の本当の望みはなんだ?
理想論でも机上の空論でも綺麗事でも構わないから教えてくれ。
どんな国にしたい?」
「それは・・・亜人と人間が手を取り合って平和に暮らしたいさ。
けど、それは叶わないだろ?」
「だから、亜人狩りを狩るのか?
人間との距離を開かせるだけじゃないのか?
そんな事に命を賭けるのか?
ジョセフ王の息子リッシュよ?それで良いのか?」
「・・・。」
リッシュは優人が何を言いたいのか悟ったのか、何も言わず、ジッと優人の顔を見返していた。
どうせ命を賭けるなら、理想の為に命を賭けたい。
そんなリッシュの理想は亜人と人間の共存である。
その為にする事は・・・。
「父の・・・王のいる城に乗り込んで、俺の気持ちを伝える・・・。
そして、母と仲直りをしてもらい、エルフと国でライザックを初めとする亜人狩りを国から追い出す・・・。」
理想を言葉にするには勇気がいる。
ただ、平和な毎日を口にしただけなのに、リッシュの体は震えていた。
人が望む事なんて突き詰めればこんな程度の事なのだ。
地上界では当たり前に手に入る簡単な事。
これを望むだけで体が震えるほど恐ろしいと思うリッシュが多少不憫にも思える。
「よしっ!」
優人は勢い良く椅子から立ち上がった。
「ど・・・どうした?」
立ち上がる優人にリッシュがびっくりする。
「行こうぜ。城へ!」
優人がリッシュに言うが、リッシュが俯く。
「城へは・・・俺だけで行かせてくれ。」
「うん?どうしてだ?1人より2人の方が可能性あるだろ?」
優人が何気無くリッシュの言う事に異論を唱える。
「もう・・・これ以上、仲間を死なせたくないんだ・・・。」
リッシュは俯きながら優人に言う。
ガンッ!!
「いてっ!」
俯くリッシュの頭を優人が叩いた。
リッシュは頭を押さえ、優人の顔を見た。
「ふざけた事言ってんじゃねぇよ!俺はお前の仲間じゃねぇ!敵だ!!
全部終わって全力で戦えるようになったらぶっ飛ばしてやるから、安心しろ!!」
優人は力強くリッシュの敵宣言をする。
そんな優人にリッシュは「ぷっ」と笑いを吹き出した。
「ケリは着いてるだろ?お前、けっこうな重症だったんじゃねぇのか?」
「はぁ?腹を刺されただけじゃねぇか?お前の槍を全て消してやったんだ。
後はどう料理してやるか考えてた所で戦闘が終わったんだよ!勝負はついてねぇ!!」
優人はちょっと照れながらリッシュに言う。
リッシュはそんな優人の言葉に笑顔を見せる。
「確かに、あの魔法、ヴァルキリーランスは1度消されると24時間は使えなくなる。
しかし、俺にはヴァルキリーランス以外にも、バクームを初めとする風水魔法がある。
そう簡単にはやられない。」
「ほぅ・・・試してみるか?」
「ここを死に場にしたいのなら・・・。」
優人とリッシュはにらみ合いながらお互いの得物に手を添える。
「はいはいはい!良い大人が2人揃いも揃ってすぐに喧嘩しない!
やる事は城攻めでしょ?ちゃっちゃ終わらせてきなさいよ。」
リッシュと優人の間に割って入ったのは綾菜。
何故か優人はリッシュに対してはすぐ好戦的になる節がある。
人と人には相性があるが、優人とリッシュは相性が最悪なのだろうか?
「ああ。分かった。行ってくるよ。」
そして、綾菜に対しては素直な優人である。
綾菜の一言で喧嘩はすぐに収まった。
こうして、優人とリッシュは2人でサリエステールの王、ジョセフのいる王城へと向かうことになった。
街の至るところでライザックのメンバーがリッシュの次の襲撃に備え、警戒を強めている。
その光景を眺めながら、優人は城の警備が手薄になる事を祈っていた。
「もうっ!いい加減にして!!」
優人とリッシュが城に向ったのを見送った後、シエラが綾菜に怒り始めていた。
「私達の仕事は神隠し子を安全な所まで送り届けることでしょ!?
なんで、国のゴタゴタにまで首を突っ込む必要があるのよ!!」
怒鳴るシエラに2人の神隠し子が黙って頷いていた。
この2人の神隠し子は最初からあまり自己主張はせず、黙って付いてきていただけだったが、本音は早くゆっくりしたいと言った所なのだろう。
「困ったエルフ様を放置して安全な所までなんて行けませんよ!!」
と、口だけは正義感たっぷりな事を言っているのは健。
そう思うなら優人達と一緒に城へ乗り込んでみろよと綾菜は内心思う。
「ねぇ、シエラ?シエラの気持ちは分かるけど・・・。ちょっと地上界の話をしても良いかな?」
綾菜は怒るシエラを宥めるように優しく話し掛ける。
「何よ?」
不貞腐れながら、シエラは綾菜の話を聞こうとする。
「もしね、逆に天上界の人が地上界に神隠しにあったとしたら、多分天上界の人はほぼ100パーセントに近い確率で安全を確保出来ると思うの。」
「それは当然ね。天上界の・・・私達の個々の能力がそもそも地上界の猿達よりも上だもの。」
シエラは冷たく綾菜の言葉をあしらう。
「個々の能力はね。でも天上界に無い武器とかもあるからそこに関しては賛同出来ないかな。」
綾菜が苦笑いをしながらシエラの返事に答える。
「じゃあ、何を以てほぼ100パーセントなのよ?」
「治安だよ。もし、神隠しにあった国が私達の国、日本ならその時点で安泰だと思う。
まぁ・・・武器を持ってるだけで銃刀法違反で捕まるし、暴力を振るえば傷害罪。国籍不明で不法滞在とかで警察に捕まるかも知れないけど・・・。」
「何が言いたいの?」
「ゆぅ君は案内係の将来的な負担を減らして成功率を上げる事を考えてるって言ったら今の行動の意味を理解してくれるかな?」
「分からない!!」
「治安が良くなれば山賊や内乱、戦争に巻き込まれて神隠し子が理由も分からず殺される事が無くなるの。
それこそ、何処に行けば街に着くか、冒険酒場で情報収集をすれば良いって事を伝えれば良いだけになるんだよ。」
「・・・。」
綾菜の言葉にシエラは黙りこんだ。
そもそも言うと、シエラは治安とか神隠し子の生存率とかは関係無く、説明だけしてエルンに戻っていた。
エルオが神隠し子の保護を訴え、国から給料が貰える。
シエラが案内係をしている理由はそれだけなのだ。
だからこそ、優人や綾菜が案内係を手伝うと言い出した時にエルオはすぐに承諾し、優人のフォーランドや綾菜のジールド・ルーンに2人の力を貸してくれと頭を下げてまでしていた。
エルオは優人と綾菜を見て、何かをシエラに分からせたいと思っているのをその時に感じてはいた。
しかし、優人はフォーランドで英雄騎士の称号、『ナイト・オブ・フォーンド』を授けられ、『8000人斬り』の異名を持つ大剣士。
綾菜はエルンで10年近く勉強し、風水魔法、古代語魔法、召喚魔法、付与魔法を高い次元で使いこなし、世界的にも評価される『ルーンマスター』である。
魔法使いはその実力をランクで表されている。
ランク1の魔法使いは駆け出し。
ランク2ならば魔法使いとして他人が見ても分かる程度。
エルン以外の国ならばランク3の魔法使いになれば通用し、冒険酒場でも魔法使いとして扱って貰える。
エルンで認められるレベルはランク5。
このランクは毎月行われるランク昇級試験で合格しなければならない。
ルーンマスターの称号はこの魔法使いランクを3つ以上の魔法で5以上のランクになっている事と、ルーンマスター試験で合格する必要がある。
つまり、綾菜はそれぞれの魔法ランクが5以上で、ルーンマスター試験も合格していると言う事だ。
この2人ならば、国の治安を脅かす元凶を潰す事は出来るかも知れないが、シエラは古代語魔法でランク5の魔法使いである。
魔法使いとしては綾菜と勝負にならない。
この2人と同じ次元で期待されたら逆に迷惑だとすらシエラは思っていた。
「そんなの・・・関係無いよ。私の仕事は案内係だし・・・。」
シエラは綾菜から目をそらしながら精一杯の口答えをする。
そのシエラの言葉を聞き、綾菜はため息を着く。
「そっか・・・。まぁ・・・、そうだよね。
神隠し子達は緊張を早くほぐしたいだろうしね・・・。分かったわ。
シエラはみんなを港にまで送ってあげてくれないかしら?」
「分かった。この国の人が住む街はここしかないから、ここからすぐに港に行けば済むだけだし、それ位は引き受けてあげる。」
「ま、待ってくれ!僕はまだ、この国に残りますよ!エルフは崇高な種族なんです!
こんな状況のままこの国を出れません!!」
と、異を唱えたのは、健。
この男の思考回路は全く分からない。
「私も。綾菜さん、本当は優人さんの所に行きたいんじゃないですか?
私がミルちゃんの面倒を見てますから、行ってあげて下さい。」
そう言ってくるたのはママ友のリンだった。
まさかの神隠し子達の意見にシエラは少しびっくりした表情浮かべたが、「じゃあ、他の人たちだけでも。」と他の2人を連れて港へと向かった。
綾菜は3人が店を出るのを見送り、その後、酒場のマスターに部屋を借り、健、リン、クラウス、ミルフィーユを部屋まで案内した。
「綾菜さん、行ってあげて下さい。
私達は酒場を出ないようにしておきますので・・・。」
リンが綾菜に言う。
「うん・・・。ありがとう、リンさん。
この国にいる宮廷魔術師の事を思い出して、実は不安だったの。」
「宮廷魔術師?」
「ええ。国に仕える魔術師でね、王の相談役だったり、戦闘補佐だったり、国の催事事を任されるんだけど・・・。
ここの宮廷魔術師は私の同期で、同時二種魔法って言うちょっと厄介な魔法を使うヤツなのを忘れてた。
リッシュ君がいるから対応取ると思うけど、面食らうはずだから・・・。」
綾菜はリンにそこまで話すと部屋のベッドでウトウトしているミルフィーユの所まで歩いて行った。
「ミルちゃん、ママ、ちょっと出掛けてくるから、リンさんの言うことを聞いて、クラウス君と良い子にしててね?」
「うん・・・。寝てても良い?」
ミルフィーユは目を擦りながら綾菜に聞く。
「うん。」
綾菜は答えると優しくミルフィーユの頭を撫でてあげる。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
言うと、綾菜は酒場の外へと走り出した。




