第二十九話~最初の案件~
シノと別れを終え、優人達は今、日之内玄乃の工房の前にたどり着いた。
工房の前の状況は前に優人達が来たときから一変してる気がする。
見た目は変わっていないのだが、空気が重苦しくなっていた。
ドンドンドン。
「玄乃さん?」
優人は玄乃の家のドアを叩きながら呼ぶ。
すると、すぐに玄乃がドアから顔を出してきた。
「おお。来たか。もう少し待っててくれ。」
玄乃は優人達をリビングに案内し座らせ、部屋を出ていった。
「あれって・・・死装束だよね・・・?」
綾菜が優人に玄乃の衣装を見て聞いて来た。
・・・と言うのも、玄乃の着ていた服は和装で上下が白一色だったのである。
優人は綾菜の問いに微笑みながら答える。
「白や浅黄色を死装束と言うのは偏見だよ。」
白は古来より日本では神聖な色とされている。
切腹をするときや亡くなった人間に着せる服が白なのは神聖な衣に身を包み、清めると言う意味合いがある。
そこから派生し、『死ぬ覚悟』の表れとして白装束を身に纏う文化が日本にはあった。
幕末、新選組の着ていた羽織は浅黄色を使っていた。
これには色んな諸説があるが、武士を目指していた彼らは羽織にその覚悟を表したと優人は思っている。
その証拠に羽織のデザインは忠臣蔵と同じデザインの色違いなのだ。
忠臣蔵は絶対的な侍として日本の歴史に名を刻んでいる。
守るべき君主の為に腹を斬る覚悟で敵を討つ。
この話は幼少の頃から何度も優人の心を熱くした。
優人も彼らに憧れる日本男児の1人だったのである。
もっとも新選組はこの覚悟の表れともいえる羽織をあまり着ていなかったという悲しい史実もあるが・・・。
「本当の死装束なら着付けが逆なんだ。
死装束は着物の右を上にして着るけど玄乃さんは左が上になってた。
刀打ちに対する覚悟を表してるんじゃないかな?」
優人は綾菜に答える。
「そうなんだ。つか、本当にこういう話はゆぅ君は良く知ってるね?」
口では誉める綾菜だが、目は何故か見下してる。
どうせまた歴史オタクだとか思ってるんだろうな・・・。
少しすると玄乃が戻ってきた。
「これから焼入れを始めたいんだが、これをする前に清めの儀を行うのが日之内流の刀打ちなんだ。
この後、綾菜にも手伝ってもらいたいんでな。
お前達も清めの儀に付き合ってくれ。」
焼入れ?もうなのか?
優人は意外な事に少しびっくりする。
優人は刀の製造工程も掛かる時間も実は知らない。
しかし、刀は年に24本しか造れないと言うのを何となく知っていた。
これは近代日本における法律がそうなだけなのだが、残念ながら優人はそこまでの事を実は分かっていない。
玄乃に頼まれると優人達は立ち上がり、後を付いていく。
立ち上がり際に綾菜が一言、優人に小さい声で話し掛けた。
「死の覚悟じゃなくて、神聖な意味だったね。」
日之内玄乃の家を出、優人達は家の裏側へと案内される。
家の裏側には小さな小屋と手作りの小さな祭壇が小さな滝の横に設置されていた。
「えっ?まさか・・・。」
その神聖な雰囲気を見て、綾菜が青ざめる。
この光景を見て、何をする気なのか日本人であれば誰でも見当がつく。
滝業だ。
「あ・・・あの、玄乃さん?今の季節知ってますよね?」
綾菜が怯えながら玄乃に聞く。
季節は秋の後半。
日本なら10月の終わり頃位だろうか?
聞く綾菜に玄乃が答える。
「うむ。真冬じゃなくて良かったな。」
やっぱり滝業だ!!!
その玄乃の返事で優人と綾菜は確信した。
綾菜は全力で肩を落とし、ぶつぶつ文句を言い出した。
「だいだい、意味わかんないわよ・・・。滝に打たれるとか・・・。
あんな勢いで落ちる水なんて痛いに決まってるじゃん。
馬鹿なのかなぁ~・・・。
日本人って馬鹿だんだろうな・・・。
そもそも寒くて、心臓麻痺とか起こしたら危ないし、こんな変な文化は即刻無くすべきだよね。
日本の法律は直すべき所を直しやしない・・・。」
優人は愚痴愚痴文句を言ってる綾菜に対して思う。
お前も馬鹿な日本人の1人で、日本の法律で滝業禁止とかやったらそれこそ必要ないと国民に言われるだろうし、そもそもここは日本じゃない。
そう思いながら優人は満面の笑みで綾菜肩をポンッと叩く。
いつもの仕返しだ。
優人達は白装束に着替えると、祭壇の前でお祈りをし、順番に滝に打たれていく。
優人は滝に打たれると、思ったよりも気持ち良いと思った。
元々地上界でサウナに入った後、水風呂に直行とかやっていたので水の冷たさはさほど辛くなく、肩に当たる水の衝撃は程良い衝撃で肩を揉みほぐす。
そして、ミルフィーユも「きゃあ!」と始め1回だけ悲鳴を上げたがなんか楽しそうだった。
・・・ミルフィーユもやる必要あるのか?
優人は滝から上がってきたミルフィーユをタオルで拭いてあげてると、問題の綾菜が滝に打たれながら大騒ぎをしていた。
「寒い!痛い!冷たい!寒い!痛い!冷たい!」
これには玄乃も優人もつい笑いを堪えていた。
ミルフィーユだけ何故か楽しそうに滝へとまた飛んで行き、綾菜と滝に打たれる。
せっかく拭いたのに・・・。
優人は優人でちょっと凹む。
滝業が終わり、着替えると玄乃が優人達をリビングに再び案内し、今後の予定を説明しようとする。
どんよりムードの優人と綾菜は黙って玄乃の説枚を聞く。
これから行う『焼入れ』とは刀を造るに当たり1番の難所と言われている。
三日三晩徹夜でひたすら火に鐵を入れ、金槌で叩き、冷却水に入れて鐵を冷やす作業の繰り返しを行う。
刀鍛冶の作業の中でも最も過酷な作業らしいが、この作業を『魂の打入れ』と表現される事も多い。
これは焼入れする時に鍛冶の精神に由来して刀の出来が決まるから等、色んな説があるらしい。
しかし、玄乃は優人達にこう説明した。
武器は基本的にどのタイミングでも魔剣に変えることは出来るが、このタイミングが最も効率的に魔力を帯びさせると。
玄乃はその為に綾菜に清めの儀を受けさせたと説明した。
綾菜はエルンでもそこそこ有名なルーンマスターである。
ルーンマスター自体がかなり希少な称号でこれを持っているだけでも名は知れるが、綾菜は付与魔法を扱うルーンマスターとして鍛冶師の間でも噂されているのである。
それから三日三晩に及ぶ綾菜の苦行が始まった。
綾菜の付与魔法使いとしての仕事はひたすら轍に魔力を送り続ける事。
どういう魔力を込めるのか優人は知らないが、綾菜は三日三晩本当に寝ずに魔力を注ぎ込み続けた。
ここで1番役に立ったのは何故かミルフィーユ。
三日三晩魔力を出し続けると云うことは魔力の出力の調節が重要になる。
綾菜は優人に名刀をと考え、自分の魔力出力を最大限に使いたいと、自分の魔力量とミルフィーユの魔力量を数値化し、焼入れに掛かる時間を計算してコントロールする事にしてくれたのだ。
そこで分かった魔力量が、優人が53。綾菜が245。ミルフィーユが897と言う事が分かった。
参考までに言うと平均的な魔術師が100前後らしい。
優人は前衛なので比較対象から外れるとして、綾菜も異常な魔力を持っている。
しかし、ミルフィーユはその綾菜すら霞むほどの魔力を持っていた。
その魔力を綾菜は借りながら注げる限りの魔力を注ぎ込んだ。
ミルフィーユの魔力量に素で玄乃が引いていたのが優人には少し面白かった。
焼入れにかかった時間は丸4日。
時間がかかった理由はミルフィーユの魔力が多すぎて込めるのに時間がかかったらしい。
焼入れが終わると3人はぐったりとし、優人が3人の介護をした。
武器が出来上がったのはそれから3日後の事であった。
玄乃は布に刀を入れた状態で正座し、優人達と対面していた。
「とうとう、完成したぞ。恐らく、これを越す名刀はそうそう無かろう。
込められてる魔力量は人間の領域を越えとる。
こんな刀を打たせて貰った事を心から感謝する。」
言うと、玄乃は刀の入った布を自分の膝の前にスッと置く。
優人は正座したまま、一礼をし玄乃の前まで移動して、今度は刀に礼をし、刀を手に取る。
そして、立ち上がり、玄乃から少し距離を取ると、再び正座して、布から刀を取りだす。
刀には拵えが既に付けられていた。
全ての拵えが優人の希望通りの仕上がりだが、鳳凰の柄が鞘から柄に掛けて一羽の鳳凰で作られている事に優人は鳥肌が立った。
その拵えの出来映えは今だかつてない程に芸術的に見えたのだ。
優人は刀を床に起き、もう一度深々と礼をする。
「魔力付与は綾菜で使用者は優人。その銘は日之内玄乃鳳凰。その名の通り熱き炎の魔力を帯びている。抜いてみよ。」
日之内玄乃・・・鳳凰。
優人はゆっくりと刀に手を掛け、そしてゆっくりを抜いて、その刀身を見る。
波紋は直刃。
青白く光る刀身は怪しく、優美な光を放つ。
日の光に当たると赤く光る刃の輝きに優人の心は奪われる。
美しい。
優人は鳳凰の輝きに圧倒される。
「鳳凰・・・。宜しくな。」
優人は刀に呟き、そして納刀し、腰に刀を差した。
やはり腰に刀があると安心する・・・。
「さて、綾菜とミルフィーユにも実は武器を打った。」
玄乃が一呼吸し、綾菜とミルフィーユに向き直り、話し掛けた。
「えっ!?」
予想外の事に綾菜がびっくりするが玄乃は気にせずに3つの武具を差し出した。
1つはレイピア。
1つは短刀。
1つはスモールシールドの用な形をしていた。
玄乃はレイピアを綾菜に差し出す。
「水の力を込めて作ったレイピア。名を日之内玄乃水龍。」
綾菜はお礼を言い、水龍を手にする。
そして盾を取り、ミルフィーユに渡す。
「これは円月輪としても扱えるシールド。名を日之内玄乃蛇亀。」
「ありがとうございます!」
ミルフィーユはお礼を言うとチョコチョコと玄乃に近付き、盾を受け取った。
「それともう一つ。日之内玄乃雪虎。」
蛇亀を持つミルフィーユに玄乃が短刀も渡した。
「あれ?この武器の名前って・・・四聖獣ですか?」
優人が玄乃に聞いた。
「うむ。お主の槍が黄龍だったからな。それに関連付けさせた。」
黄龍?
麒麟じゃなくて?
優人は玄乃の発言に少し混乱する。
「東西南北を守るのが朱雀、青龍、玄武、白虎。
そして中心を守るのが黄龍だ。
黄龍とは麒麟。朱雀は鳳凰。青龍は水龍。玄武は蛇亀。白虎は雪虎。似て非なる物に置き換えて作ったのが今回の武器だよ。」
「なるほど。」
優人は玄乃の説明に納得して見せた。
朱雀と鳳凰は本当に見分けがつかない。
青龍、白虎は恐らくは当て字だが、蛇亀と呼ばれた玄武は中国の神話では蛇に巻き付かれた亀と言う表現で描かれる。
そのイメージをそのまま武器にしたのだろうと優人は納得したのだ。
こうして、優人達はそれぞれの武器を手に入れる事が出来た。
優人は深々と玄乃に礼をして、エルン王都への帰路についた。
ツアイアル山を降り村を抜け、旅をする事2週間と少し。
優人達はエルンの王都に到着する。
エルンは亜人関連以外の犯罪はほとんど起きない。
もし山賊と会うことがあるならば、それはかなり運が悪いと言える。
実際、優人はエルンに着いてから戦闘は2回しかしていない。
1回はツアイアル山付近で遭遇した亜人狩り。
もう1回はテーベの里での戦闘である。
王都に着くと優人はシエラとの約束を思い出した。
「案内係の仕事を手伝う約束・・・なんだよな・・・。」
優人は面倒臭そうに呟く。
「せっかく戻ってきたのにまた出掛けるのはさすがに嫌だよ。今日は休もう?」
綾菜が優人に言う。
優人は綾菜の提案に無言で頷き、今夜は綾菜が学園時代から良く使っていた冒険酒場を利用する事になった。
チャリーン
冒険酒場の扉を開けると心地よい鈴の音がなる。
発想は地上界の店と同じなのだろう。
来客を知らせる鈴の音だ。
「おっ?綾菜ちゃんじゃないか?久しぶりだね?」
綾菜の入店に気付くと、店主らしき人がカウンターから声を掛けてきた。
「久しぶりです。ダムさん。」
綾菜は挨拶を返しながら優人とミルフィーユをカウンターへ誘導する。
「あれ?いつもの生意気なちっこいのは?」
ダムと呼ばれたその店主はすぐにシノの事を気にかけた。
「シノちゃんは故郷に帰ったわ。」
綾菜は普通に答える。
「喧嘩か?」
「馬鹿。」
店主は綾菜がカウンターのイスに腰掛けると酒を一杯、すぐに置きながら会話をしている。
「かなり常連だな。」
優人はダムの接客に感心してつい呟いた。
「あんたが綾菜ちゃんの話してた地上界の彼氏だな?一部で有名だぞ。
麒麟との激闘や8000人斬りは新聞に出てたしな。」
ダムは優人にも気さくに話し掛けてきた。
「8000人も斬ってないですけどね。そんなの出来るのはシン位でしょう?」
優人はダムに答える。
「シン団長でも無理だろうよ。
8000人斬りなんて出来る奴なんている訳がないと思うぜ。
ビールで良いか?」
「いや、弱いんで紅茶で。新聞を信用しないんですか?」
コトッ
優人が注文するとすぐに紅茶が出てきた。
「他人が提供する情報をそのまま信じる奴は馬鹿だ。
その情報の元を気にする奴は賢いが信用出来ねぇ。
人間なんて2つに分ければ馬鹿が信用できねぇ奴しかいねぇのかもな。」
中々に深いことを言う。
優人は出された紅茶を手持ち、口に含む。
「後、暖かめのミルクも一杯貰えますか?」
優人はダムにミルフィーユの分も注文する。
「了解。食事は取ったか?」
「まだよ。お任せで軽いのお願い。ミルはまだこどもだから消化の良いものね。」と、綾菜。
「はいよ。」
言うと、暖かいミルクをすぐに出し、ダムは調理場へと入っていった。
「常連?」
綾菜は学園の寮に住んでいたと聞いていた優人は学園の近くにある冒険酒場を利用していた事が少し気になった。
「うん。寮の門限守らなかったりした時にね。
後、小遣い稼ぎの依頼もここで受けてたわ。」
なるほどと優人は納得する。
その後、ダムが軽食を持ってきてくれ、優人達は少し遅めの夕食を食べ始めた。
チリーン。
始めの一口目を食べようとしたその時、後ろから入店してきた人物がいた。
優人と綾菜は何となく入口を見る。
見覚えのある白いローブを身に纏った女性だった。
「シリア!!」
綾菜が立ち上がり声を出す。
「綾菜!!やっと戻って来たんですね。」
シリアは綾菜に気付くと小走りして、綾菜の所へ来て、横に座った。
「何?待ってたの?」
綾菜はシリアに尋ねる。
「はい。ジールド・ルーンの要請で3日ほど前から来てました。
優人さんの刀は治りましたか?」
シリアの質問を聞くと、優人はシリアと目を合わせながら腰に差している鳳凰を鞘ごと少し引き抜いて見せる。
「それは良かったです。あれ?シノは?」
みんなシノの事を聞くな・・・。
優人はシリアの反応を見て、ついダムと同じ事を聞くシリアに呟きそうになったが堪えた。
「シノはテーベに住むことにしたみたい。」
綾菜がシリアに答える。
「それは良かったですね。きっと、シノの中で吹っ切れたのでしょう。」
シリアが胸の前で手を合わせ、目を閉じながら言う。
「それよりどうしたのよ?わざわざジールド・ルーンからここまで来るなんて・・・?」
綾菜が話を戻す。
「はい。カルマ・・・。優人さんは暗黒魔法使いのカルマと言う亜人を覚えていらっしゃいますか?」
「えっ?カルマ?覚えてるけど・・・。また復活したの?」
優人はもう2度と聞くまいと思っていた名前が突然出てきたので、動揺する。
「いいえ。カルマはスールムの教会で清められた事が確認されました。
もう、2度と蘇る事はありません。」
シリアの返答を聞き、優人は胸を撫で下ろす。
カルマとは2度戦闘をしたが2度とも自分以外の誰かの援護が無ければ倒す糸口が無かった。
1対1で戦うのは避けたい相手だ。
「なら、どうして、ここでカルマの名が出たの?」
優人の質問にシリアの表情が曇る。
その顔を見て、優人も綾菜も察する。
良くない話だと・・・。
「実は、最近、暗黒魔法使いの組織が作られつつあるみたいなのです。」
「えっ!?」
シリアの言葉に綾菜が驚きの声をあげた。
優人は意味が分からず呆気に取られている。
そんな優人の顔を見て、シリアが説明をしてくれた。
「優人さん。まず、暗黒魔法って依り代は何だと思いますか?」
「依り代?魂だって聞いた事あるけど・・・。」
優人はシリアに昔カルマから聞いた事を話す。
「魂をそのまま使うなら、それは元素魔法の分野です。
暗黒魔法は厳密に言うと、魂を餌に悪魔から力を得る魔法なんです。」
「ふむ・・・。」
優人はシリアの説明にとりあえず頷く。
確かに魂は人の中にあるエネルギーだから元素魔法だな。
しかし、悪魔・・・。
「魔法の中で次元魔法を除いて、巨大な力を持つ魔法が神聖魔法と暗黒魔法です。
なぜか?神聖魔法は神の、暗黒魔法は悪魔の持つ巨大な力を借りるからなんです。」
「ふむ。」
とりあえず優人は相槌がてら頷いて見せる。
「神は人に試練を与え、それを乗り越えて成長する事を願います。
そして、力を乞う者に少しの奇跡を与えて下さいます。
それが、神聖魔法です。
私達司祭はそのお礼に、毎日教会でお祈りを行い、主に自分の魔力を捧げ、その度に主はその力を高めて行くのです。」
「ふむ。」
「それに対し、悪魔は人に楽をさせ、堕落させていく事を喜びます。
その為に魂や魔力と言う生け贄を貰い、その力を高めて行くのです。」
「あー・・・。なるほど。」
優人はシリアの説明で何を言いたいのかを理解する。
神聖魔法の使い手は日々自分を戒め、成長していくから問題は無いが暗黒魔法の使い手は魔法を使いながら堕落していく。
人は堕落を覚えるとキリが無くなる生き物だ。
ドンドン自分の欲望を膨らませていく。
結果、行き着く所は他人の魂を勝手に生け贄として捧げ、自分の我が儘を叶える所まで落ちる可能性がある。
分かりやすく言うと、あくまで極論だが、他人の魂を使って「テレビを消して。」とか言い出すと言う事だ。
そうなれば確かに悪魔に取っては美味しい仕事だ。
テレビのスイッチを切るだけで力を得ることが出来るのだから・・・。
要するにシリアと綾菜はその堕落の魔法が広がる事を止めたい訳だと言う事まで優人は理解した。
「それで、その暗黒魔法の組織がどうしたの?」
優人は話を戻す。シリアも優人に答える。
「はい。暗黒魔法の組織と言う物が出来る事に問題があります。
神も悪魔も、神話の時代に戦い、共に深い傷を負っています。
そして、この世界にとどまる事が出来ないのでそれぞれ神界と魔界に身を置き、傷を癒しいるのです。
その癒す力を人間から貰っているのです。」
「・・・。」
優人はシリアの話を聞き、とりあえず整理をする。
この話の流れだと、神聖魔法を使う司祭や暗黒魔法を使う暗黒魔法使いの規模のでかさにより、神や悪魔の復活の時期が早まると言う事なのだろう。
そして、その理屈で考えると、信仰する組織の規模の大きさに比例してそれぞれの力の度合いも変わってくると予測が出来る。
「今、1番力を持つ神や悪魔は誰なんだろ・・・。」
優人はボソッと素朴な疑問を口にする。
「その話をするなら、神、悪魔、古代獣ね。」
綾菜がまた新しい用語を持ち出してきた。
「古代獣?」
優人は綾菜に聞く。
「古代獣は神話の時代に神にも悪魔にも属さなかった強大な力を持つ獣の王達よ。
ミルちゃんパパ説のあるアムステルとかもその古代獣の王なの。」
「アムステル・・・。元はグラムハーツだっけ?なんで名前が変わったんだっけ?」
以前、エルオとの会話で上がったミルフィーユの父親はアニマライズのグラムハーツだったが、ジハドに名前を変えられたとだけ優人は前回聞いていた。
「それについては、私が。」
話し手が再びシリアに代わる。
「神話の時代。神も悪魔もその戦力を拡大させるために力を持つ獣を傘下に置きました。
その傘下に下った獣達をそれぞれ、神獣、魔獣と呼んでいます。
優人さんの槍についている麒麟は、愛の女神エルザの神獣ですね。
しかし、中には神にも悪魔にも属さない古代獣もいました。
この古代獣は神や悪魔に張り合うだけの力を当然持っています。
有名なのは自分の半径10キロ圏内を常に腐らせ続ける巨人。サンドデザートのダンクダーテ。
広大な敷地と無限の機動力を誇るアニマライズのグラムハーツ。
そして、棲息地も居場所も不明の生命の源とされるオウレ。等がいます。」
「ふむ。」
「しかし、ダンクダーテは海が苦手で1つの大陸を全て腐敗させた後、移動手段が無く、これ以上被害が広がらないという事。
オウレは実害を与える存在では無いと言う理由で神にも悪魔にも属さなくても放任されたのです。」
「放任?」
優人は意外な言葉を繰り返す。
「はい。神も悪魔もお互いに手をつけられない獣の王の処理には頭を抱えたとされています。
敵になられても困りますし・・・。
しかし、ダンクダーテとオウレに関しては今言った理由で神も悪魔も放任する事にしたみたいです。
しかし、厄介なのは当時のグラムハーツです。
彼は獰猛で強大な力を有し、大きな翼で世界を飛び回り、時には海にも川にも潜れます。」
優人はいつの間にか綾菜の膝に乗りスヤスヤと眠っていたミルフィーユに目をやる。
ミルフィーユの翼は確かに濡れても飛べる。
それは日之内玄乃の元で行った滝業の時にしっかりと確認していた。
「そこで我が主、ジハドがグラムハーツに制約の魔法を強引に施しました。
その制約は永遠に消える事の無いように名前で縛ると言う特殊な方法です。
その時に付けられた名がアムステル。
ジハドは広大な地を飛び回られては困ると言う事でグラムハーツの領土を縮小させ、その領土をアニマライズと名付け、グラムハーツを縛り付けたのです。
その制約の内容が『アムステルはアニマライズ外では世界法に準じる事。』でした。」
「ほぅ・・・。」
シリアが長々と神話の話をしてくれたが、優人は少し眠くなった。
そもそも、神話なんて優人にはあまり興味が無い。
優人としてはグラムハーツがアムステルだと分かれば良いだけの話だったのだから・・・。
話が暗黒魔法の話からかなりそれてしまったが、シリアのエルンへの来国の目的は暗黒魔法使いの組織の探索らしい。
暫くエルンに滞在しているので、神隠し子の案内係の合間に城に顔を出して、仕事を手伝って欲しいとの要件でこの酒場に来たと言う事が分かった。
綾菜は快く引き受け、今日のところは寝ることにした。
翌朝、優人と綾菜、ミルフィーユは3人で学園にいるシエラに会いに向かった。
優人はふと絵里が気になったが、今会うのは面倒くさいと思い、そのままシエラの元へと行く。
ツアイアル山で優人と綾菜は幼いミルフィーユを置いて2人で出ていってしまった。
偶然飯屋の主人が良い人でミルフィーユを引き受けてくれたが、これを優人も綾菜も深く反省していた。
そこで2人は2人が動く時は綾菜がミルフィーユの面倒を見ると言う約束を改めてした。
その代わり危険は優人が引き受ける。
これを2人の鉄則とする事にした。
シエラのは学園内の『案内係室』と言う所にいる。
優人達は案内係室と言う看板を見付けると、その部屋に入っていった。
「あら?来たんだ?」
シエラは軽い感じで優人と綾菜を出迎えた。
「ああ・・・。安全な所まで神隠し子を送るためにな。」
優人はシエラに答える。
「そっか・・・。」
答える優人にシエラはため息混じりに答えた。
「んっ?手伝われるのに乗り気じゃないのね?」
シエラの暗い表情に気付いた綾菜がシエラを心配した。
「うん・・・。今更なんだけどさ、あまり神隠し子に深入りしない方が良いと思うのよ。」
シエラが意外な忠告をしてきた。
「それはどうして?」と綾菜。
「神隠し子・・・。地上界の人ってすぐに調子に乗るの。
安全な所まで送ったら、今度はお金の稼ぎ方を知らない。
優人さんは元々刀を使って戦う人だったから良いし、綾菜さんや絵里って子は魔法の存在を受け入れてすぐに覚えた。
だけど、私の経験上、大半の地上界の神隠し子は文句や屁理屈ばかり言って、自分で何とかしようとする人はあまりいないの。
酷い人なんて『自分は被害者だ』って主張して盗みや犯罪をする。
本当はね、案内係なんて必要無いと思うのが現場の私達の意見よ。
何も知らない国のお偉いさんが言うからやってるだけで・・・さ。」
「・・・。」
優人はシエラの言葉を真面目に聞き入った。
シエラの意見はもっともだと優人も思う。
フォーランドで自分と一緒に来た田中達が良い例なのである。
しかし、地上界を知り、天上界を知り始めている優人だからこそ分かる事がある。
天上界の魔法と地上界の科学は似て非なる物。
そして、その融合は不可能を減らす可能性を秘めている。
デューク戦の時に絵里が優人に言った言葉が優人の頭を過る。
『地上界の医学に、天上界の魔法を足したら治る病気が増える。』
国の王達が期待しているのは恐らくはそこだと優人は思う。
地上界の文化やシステムの完成度は天上界の比ではない。
国も世界ももっと良く可能性を秘めている。
優人は1度ため息を付くと、イスに座っているシエラに近付き、人差し指をシエラのおでこに当てた。
「俺は指一本でお前を押さえるから、立ち上がってみて。」
「えっ?指1本で?」
シエラは優人を小バカにしたように答えると立ち上がろうとする。
「えっ!?」
そして、シエラが驚きの声をあげた。
恐らく、立ち上がれない事に驚いたのだろう。
優人の表情が少し緩む。
「どうした?立ち上がってみてよ。」
優人はわざと意地の悪い事をシエラに言う。
「た・・・立ち上がれないの。どうして?優人さん、力が強い???」
シエラが予想外の展開に動揺する。
優人は指をシエラのおでこから離し、話しを始める。
「これは、地上界の小学生。まぁ・・・歳にして10歳前後位のこどもがやる遊びなんだが・・・。
動体力学を利用した簡単な理屈なんだよ。」
「10歳・・・。」
「地上界の人間は天上界の人間に比べて、個人の能力は低い。
しかし、低いからこそ努力をして、色んな事を見付けているんだ。
この気付きが地上界の価値を高めていると俺は思ってる。
シエラの言う通り、神隠し子の大半はハズレが多いのかも知れない。
頭は堅くて無駄に横柄で薄っぺらい人間も数多くいるし、俺自身そんな連中に嫌気をさしてた事もある。
だけど、それが全てじゃないんだ。
天上界にも他力本願で文句や責任転換ばかりする連中もいた。
それと同じなんだよ。
だから、力を貸して欲しい。
1人でも多くの神隠し子を助けたいんだ。」
「う・・・うん。確かに・・・。
その動体力学?には興味を持ったかも・・・。
私でもそれ、出来るのかな?」
「ああ。誰でも出来るよ。俺は専門外だから細かい説明は出来ないけど、詳しい人間は理屈もしっかり説明できる。」
優人の狙いはしっかりとシエラの心を掴んだ。
魔法使いは地上界に例えると学者に恐らく近い人種だと思っている。
学者ならば知らない知識に対しての反応は両極端である。
その知識を知らない知識として受け止め、興味を持つタイプと完全否定かくだらないと言い捨てるタイプだ。
これは優人の偏見だが、前者は若い学者に多く、後者は老年が多い。
つまり、シエラは前者の可能性があると踏んでの作戦だったが、これが効を成した。
シエラは案内係に対するモチベーションを少しあげてくれたのだから。
そして、その後すぐに次元の歪みが確認された。
案内係の部屋に若いあからさまに下っぱの魔法使いが入って来て、シエラにそれを伝えたのだ。
国はサリエステール。
世界的には『花の国』と呼ばれていて自然が豊かで美しい国らしい。
国で保護されている森や草原も沢山あり、無意味に森林伐採をすると捕まる事もあるらしい。
次元の歪みが生じた原因は小規模の組織的な反乱が起こり、死者が少なからず出ている事にあると推測されている。
次元の歪みの原因は憶測に過ぎないので、実際は分からないが、警戒は怠らないよう忠告をされた。
神隠し子の人数は男が3人。女が2人。こどもが1人らしい。
優人はここまで情報が分かるのかと正直、感心した。
「サリエステール・・・。」
報告を済ませた新人魔術師が部屋を出ると青ざめた顔をしたシエラが呟いた。
「どうしたの?」
優人は何気なくシエラに聞く。
「エンシェントエルフがいる可能性がある国だよ・・・。
よりによってここはまずいよ・・・。」
シエラが優人に言う。
「深き森の呪いの話ね?」
綾菜がシエラに聞くとシエラが黙って頷く。
綾菜が優人に『深き森の呪い』と言う詩を優人に詠い始めた。
森は怖いよ。
森にはエルフの魔女がいて人を闇に誘うから。
闇に飲み込まれた人はもう戻れない。
永遠に森の栄養にされるから。
魔女は人に裏切られて人を心の底から嫌ってる。
だから闇は朝も夜も無く森を包むんだ。
森を恐れて森に敬意を持とう。
エルフの魔女に許しを請おう。
「・・・。」
優人はその詩を聞いてノルウェーの神話を思い出した。
「ノルウェーのエルフの伝承も似たようなものがあったな・・・。
迷いの森に入ると戻ってこれないっていう話だ。
深い森に入ると迷子になって帰ってこれなくなるから不用意に森に入らないよう子ども達に伝える為の逸話だろ?」
「地上界ならね。ここ、天上界の森の呪いはほぼ事実だと思って間違いないよ。
実際にアムステル討伐に赴いたジハドはサリエステールのエンシェントエルフの妨害にあってかなり苦戦したという神話も残ってる。」
綾菜が優人に答える。
「アニマライズに一番近い人間の国っていう事だよ。
エルフと森で戦闘になったら勝ち目なんてないよ・・・。」
とシエラも言う。
「そっか・・・。じゃあ俺だけ送れないか?」
優人がシエラに言うと綾菜が優人を睨みつける。
「危険だと知って一人で行こうとしないで!
私は貴方の何なの?」
綾菜があからさまに不機嫌そうに優人に言う。
優人は少し怯む。
「私も行くます!」
ミルフィーユも来る気マンマンだ。
「大事なのは気を付けようって話でしょ?
何もない場所で次元のゆがみは生じない以上、この仕事は危険なんだし、いまさらだよ!
行こう!!」と綾菜。
「え?あー・・・じゃあ私は今回はお休みで・・・?」とシエラ。
「お給金いらないならどうぞ休んで。」と綾菜がシエラに言う。
「・・・。
分かったわよ!行けばいいんでしょ!!」
シエラが綾菜に答える。
どうやら案内係の給料はかなり良いらしい。
しかしそれは危険が付き物だからである。
『危ない』と言う理由で断るとクビにされるようだ。
「良いですか?これから高速移動しますので掴まってて下さい。」
シエラが優人達に話し掛けて来た。
目的地への移動は高速移動。
魔法を一気に放出して次元の歪みがある場所まで一気に飛んでいく。
そして、次元の歪みが起こす魔力切断の効果を利用してそこに落ちると言う形で着地をするとの事だ。
かなり無茶なやり方だが、高速移動は自分でもどこを飛んでいるか分からないのでこうするしかないらしい。
魔法も万能じゃないな・・・。
優人達はそう思いながらシエラにしがみついた。
ビューーーーーン
ドササッ!!
高速移動で優人達はすぐにサリエステールの目的地に到着した。
神隠し子達は当然空から落ちてきた優人達に驚いていた。
「いててて・・・。もう少し何とか出来ないのか?」
優人は尻餅を付きながらシエラに文句を言う。
「仕方ないでしょ?重量オーバーなんだから!!」
シエラも優人に言い返す。
「な・・・なんだ、あんたらは?何処から来た!?」
男が優人達に話し掛けてきた。




