第二話~麓の村~
「スースー・・・。」
宿屋のベッドに横たわると、優人はすぐに眠りに着いた。
「優人さん?」
ベッドですぐに寝てしまった優人の頬を絵里は人差し指でつつきながら確認をする。
しかし、すぐに熟睡してしまった優人は絵里に反応する事は無かった。
やっぱり、かなり無理してたんだ・・・。
あの人たちも最初の下山の時に下りてれば優人さんは二度も山を下りないで済んだのに・・・。
絵里は地上界の大人が嫌いだ。
子どもには社会のルールを守れと言うくせに、自分たちは守らない。
ミスをしたときに言い訳するなと言うくせに、自分たちはすぐに言い訳をする。
いや、開き直って逆ギレすらする。
言い訳をするならまだ良い方だ。
大人は色々大変だと言うが、実際何が大変なのか分からない。
仕事をするからストレスが多いとか言うが、子どもだって学校のクラスで嫌いなクラスメートと強制的に一緒に座らせられたり、
スクールカーストを気にしたり、話を合わせるために同じ番組をみたり等、ストレスを感じる事はある。
にも拘わらず、大人はストレス発散と言い、好きな事を良くするが、子どもはストレスの発散口だって大人より圧倒的に少ない。
いや、これも大人により制限される。
本当にぬるま湯でふんぞり返っているのは大人の方だ。
その証拠に今回みたいな事があった時、大人は何もできず、優人の好意に甘える事しか出来てない。
その点は絵里自身も同じだが、絵里は優人に申し訳ないという気持ちがある分、あの大人達よりはまだマシだ。
他人を気遣う事すら出来ない大人を凄いとは思えない。
絵里に取って大人は、子どもが劣化した生き物である。
そんな気持ちを表に出した結果、絵里は地上界で『不良』と呼ばれるようになっていた。
絵里は優人の寝顔を少し眺める。
歳を取り、小じわはあるが元はハンサムだったのだろう。
まつげは長く、瞼は二重。
おでこの堀は日本人にしては深く、整った顔をしている。
「もっと早く優人さんと知り合えたらな・・・。」
出会って日は浅いが絵里は既に優人を信用している。
その理由は、優人が自分の知っている大人ではないからだ。
これから、どうなるか分からないが、優人に付いて行きたいと思っている。
しかし、今の自分が優人の側にいてもただの足手まといでしかない事は分かっている。
戦闘以外で自分が優人の為に出来る事・・・。
そんな事、ここで悩んでいてもひらめかない。
絵里は優人が起きないよう気を使いながら、静かに部屋を出た。
部屋を出て、真っすぐ進むと、突き当りに階段がある。
そこを下りると、一階の酒場がある。
酒場にはマスターをやっているおじさんと、優人が助けてしまった地上界の大人どもがいた。
絵里は階段を下りると、田中達を無視して、おじさんに声を掛ける。
「マスター!この世界について知りたいんだけど、誰か詳しい人とか知ってますか?」
「おっ?どうした、いきなり?」
おじさんは、カウンターでお皿を拭きながら絵里に答える。
「優人さんが寝てる間に出来る限り、この世界について調べようと思いまして。」
絵里は子どもっぽく目をキラキラさせながらおじさんに聞く。
おじさんは皿を吹く手を止め、少し考える仕草をする。
「俺は、生まれてからずっとこの世界で暮らしてるからな・・・。
地上界と何が違うか分からねぇな。
ここを出て、向かいに本屋があるから行ってみたらどうだ?」
おじさんの提案に絵里はポンッと手を叩き、お礼を言って酒場を出ようとする。
「おい、娘さん!!」
酒場を出ようとする絵里を田中が呼び止めてきた。
絵里はあからさまに不満そうに足を止め、田中の方を見る。
何を言うつもりか分からないがニヤニヤしていて気持ち悪い。
「なんですか?」
絵里は出来る限り感情を押し殺しながら田中に答える。
田中は立ち上がり、ゆっくり絵里に近づいてきた。
絵里は一歩身を引く。
「お腹空いちゃってさ・・・。ほら、私達って絵里ちゃんより体が大きいでしょ?
昨日の夜、優人さんが保存食っていうのをくれたんだけど、足りてなくて・・・。」
「だったら、優人さんに頼んだらどうですか?
私、お金持ってませんし。」
絵里は田中に答える。
「優人さんからお金貰ってたでしょ?
子どもがお金を持ってても使い方分からないだろうから、私が預かりますよ。」
田中の発言に絵里の顔が引きつる。
優人相手だと怖くて金の無心もろくに出来ない癖に女の子相手だと強気になる。
典型的な大人の対応だ。
こういうみっともない大人が絵里は凄まじく嫌いなのだ。
「あなたにお金を預けたら返ってこないでしょ?
みっともない事してないで、大人らしい所見せて下さい!」
言うと絵里は田中から逃げるように酒場を出て行った。
「くそ・・・。」
絵里が出て行った酒場のドアを見ながら田中が呟く。
「あんな頭の軽そうなクソガキに話したって無駄ですよ。」
伊藤が田中に言う。
「けど、このままじゃ、本当に食いっぱぐれますよ・・・。」
田中が伊藤に答える。
「私が優人に言い寄ってみます。
ああいう堅物程、案外ちょろいんですから。」
と伊藤。
「しかし・・・いや、頼みます。」
絵里が酒場を出ると、おじさんが言った通り、向かいに本の絵の描かれた看板がぶら下げられている建物があった。
建物自体は木造の一軒家で、看板を見落とすと民家と見違える。
「おじゃましまーす・・・。」
絵里は民家っぽい造りの建物の扉を恐る恐る開ける。
ギィという扉の開く音が不安感を煽る。
建物の中は人気が無く、だだっ広い部屋の中に本が無造作に並べられていた。
「ん?お?いらっしゃい。」
絵里が家に入ると、奥から少し太り気味のおじさんが顔を出してきた。
「あ・・・あの、この世界の本が欲しいのですが・・・。」
絵里はおじさんに聞く。
「この世界の本?ここにあるのは全部この世界の本で、逆に別世界の本なんてうちは扱ってないよ。」
とおじさんが答える。
「・・・。」
多分、意味を間違えている。
絵里はなんて説明すれば良いか分からず、少し黙っておじさんの顔を眺める。
おじさんもどうしたら良いのか分からず気まずそうにきょろきょろ周りを見渡していた。
「あの・・・私、神隠し子で・・・。」
絵里はおじさんに自分の状況の説明をすることにした。
しかし、本屋のおじさんは神隠し子と言う単語で、絵里が探そうとしている本がなんなのか検討を付けてくれ、「ちょっと待ってて。」と言い、本をゴソゴソと探し始めた。
「ほい。」
少しして、おじさんは絵里に一冊の本を手渡してくれた。
絵里は本を受け取り、表紙を見る。
天上界のルールと常識
本にはそう書いてあった。
「その本は、真城って言うエルンのルーンマスターが書いた本なんだよ。
元は地上界で暮らしてたんだけど、十年位前かな?
病気で亡くなってね・・・。
この世界に来たんだけど、色々と苦労したみたいなんだ。
それで、その経験を元に、日本人向けにこの世界と地上界の違いを書いた本なんだ。」
本屋のおじさんが本の筆者の事を話してくれた。
「日本・・・。おじさんは日本を知ってるんですか!?」
絵里は知っている単語を口にしたおじさんに質問をする。
「あ・・・。ああ。名前だけだけどね。
なんでも世界を天上界と地上界に分けた後、2つの世界を完全に途切れることなく繋いでいる楔のようなモノが地上界の日本って国にある『フジ』っていう神器らしいよ。
フジとは不死と言う意味でガイアという神の神器なんだ。
その影響で日本の人が良く神隠しにあって、この世界に来るらしい。
そのフジっていう神器が何なのかは想像もつかないけどね。」
おじさんは優しく教えてくれた。
「神器ってなんですか?」
絵里は酒場のマスター以外で会話をしてくれる数少ない人に必死に色々聞こうとする。
「神器っていうのは神が扱う道具の事だよ。
人知を超えた特別な力を宿しているらしいんだ。
しかし、神器は伝説や伝承でしか聞いた事がなくてね。
実際にあるとは思うんだけどおじさんは一度も見たことがないよ。
この国にも『遠き心の大鐘』という神器があるらしいけど、どこにあるかすら知らないよ。
そういった事についてもその本に書いてあると思うから読んでみるといい。」
確かに、この本が絵里の目当ての本で間違いないと説明を聞いて思う。
日本人向けと言うのもピンポイントで自分の為の本だと思う。
しかし、説明の前半が何を言っているのかいまいち分からなかった。
「真城・・・綾菜・・・。」
絵里はこの本を書いた筆者の名前を口に出す。
自分達と同じようにこの世界に着て、同じように苦労して、だけど最終的にはエルンっていう国のルーンマスターになった女性・・・。
そして自分の苦労を本にする事で他の人の苦労を少しでも減らそうとしてくれている人・・・。
何となく優人さんに似てる・・・のかな?
「あの・・・エルンのルーンマスターって何ですか?」
絵里は分からない用語について尋ねる。
「エルンってのはこの世界でもっとも魔法が発達している国だよ。
魔法学校や研究所も数多くあって、優れた魔法使いは大抵その国出身だと言っても過言じゃないね。
ルーンマスターってのは三種以上の魔法を扱える魔法使いに与えられる称号だ。」
本屋のおじさんが絵里に説明をしてくれる。
「三種?」
知らない用語が多く出過ぎて中々話が進まないのは分かるが、知らない事はその場で聞くに限る。
絵里は疑問に思った事をすぐに聞く。
「魔法には色んな種類があってね、その種類の内、三種類以上の魔法を扱えることだよ。
詳しくは本を読んでごらん。」
本屋のおじさんに促され、絵里はこの本を買う事にした。
酒場に戻ると、田中達がまだいた。
絵里はジト目で田中達を見ながら、避けるように奥にあるカウンターまで行く。
「お目当ての本はあったかい?」
マスターのおじさんが絵里に聞いてくる。
「はい。何か私にちょうど良い本を紹介してもらいました!
ありがとうございます。」
絵里は元気に答えると、買ってきた本を開き、目次に目を通す。
目次には色々書いてあったが、気になったのは魔法概論と言う項目だった。
絵里は魔法概論のページを開き、読み始めた。
魔法概論。
この世界には魔法が存在する。
魔法を使うには、まず初めに自分の魔腔と言われる器官を開く必要がある。
これは元から開いている者もいるが、地上界の人間の大半は魔腔は塞がれている。
この魔腔を開く事で自分の体内の魔力を放出する事が出来るようになる。
その魔力の放出を元素魔法と言うが、それだけでは魔法としては不完全である。
元素魔法は他の力ある存在の力を借りる為の媒体にすぎない。
元素魔法を使い、自然の力を借りるのが風水魔法。
元素魔法を使い、古の力ある言葉の力を借りるのが古代語魔法。
元素魔法を使い、神の奇跡を起こすのが神聖魔法。
元素魔法を使い、異界の獣を呼び出し、利用するのが召喚魔法。
と言う風に魔法は借りる力の元により、その種類は分かれる。
しかし元素魔法とは自分の体と魂を繋ぐ役割もある。
肉体労働をすると体の疲労感を感じると思うが、神経を使う仕事をしても疲労感を感じる事があると思う。
神経を使う仕事をすると元素魔法を使用したのと同じような事が引きおこる。
魔腔が塞がれている状態の場合、疲労感以上の状態になる事はまれだが、魔腔を開いた場合、使いすぎると魂と肉体を繋ぐ事すら出来なくなり死に至る事もある。
魔法とは便利なものだが、己の扱える次元をしっかり把握する事が魔法に手を出す人に私から告げる最初の警告である。
「ねぇ、絵里ちゃん。優人さんの部屋教えてもらえないかしら。」
本を読み始めた絵里に伊藤が話しかけてきた。
絵里は今回の神隠し子の中でも特にこの女が嫌いだった。
香水の匂いがし、あからさまに女を表に出してくる。
本人は自分が綺麗だと思っているっぽいが、そこがまた鼻に突く。
「優人さんは今、貴女方のせいで疲れて寝ています。
起きたら下りてくると思うのでそれまで待ったらどうですか?」
絵里は再び本に視線を移し、伊藤に答える。
「だから、貴女は子どもなのよ。
男の人の疲れを癒すのは女の仕事。
私に任せなさいよ。」
伊藤が絵里に言う。
絵里はまた顔を引きつかせる。
下品!!
絵里は読んでた本を畳み、立ち上がる。
「おじさん、ここうるさいから、上で本読んでますね。」
絵里は伊藤を無視して酒場のマスターに言う。
「お、おう・・・。静かにな。」
マスターのおじさんは絵里に答える。
絵里は階段を上り、伊藤が付いてきていないのを確認すると、優人の部屋へと入って行った。
・
・・
・・・。
優人がベッドで目を覚ますと太陽が真上に昇っていた。
もう昼を過ぎている。
四時間位は寝れたのかも知れない。
不思議と体の怠さが取れいた。
ボーっと目を開けて天井を眺めていると横からパサッと紙をめくる音がした。
力なく音のした方を見ると絵里がテーブルで本を読んでいる。
「本?何の本?」
優人は絵里に尋ねる。
「向かいに本屋があったので買ってきました。天上界のルールと常識って言う本です。
この世界には魔法が普通に存在するとか、武器を持つのは違法じゃないとか色々書いてあります。」
絵里の言葉を聞きながら、優人はのそっと起き上がる。
「勉強熱心だね?絵里って優等生だったの?」
と、優人。
「いいえ。どちらかと言うと不良少女でした。」
絵里は照れながら答える。
「なるほど・・・学校の勉強はやる意味が無いと思ってた派だな?」
優人はベッドの上であくびをしながら絵里に聞く。
「はい。つまらないです。」
絵里は本に視線を移し、答えた。
「それは教え方が悪い。」と、優人。
「え?」
絵里はまた本から目を離し、優人の方を見る。
「学校の授業は意味があるんだ。今絵里が自分から進んで本を読んでいるみたいにね。」
優人はベッドから飛び降りながら言う。
「あんなのが・・・ですか?」
と、絵里。
「ああ・・・例えば狼との戦闘。俺はわざと走ったよな?」
「はい・・・。」
「あれは、動くものに反応する肉食獣の特性を狙ったんだよ。
肉食獣は獲物に食らいつく時、噛みつきやすい脚か、一撃で動きを止める首の頸動脈を狙う習性もある。」
「そうなんですか?」
絵里は本を畳み、優人の話を真剣に聞いていた。
「ああ・・・だから俺は、狼の足音だけで狼の動きが予想出来たんだ。
これは生物学。理科の知識だね。
それに、ここに来てからの金の計算は掛け算と足し算引き算。
今、絵里が本を読めるのは国語の能力だ。
酒場のマスターの通貨の話やルールを理解するには社会科の知識が必要だね。」
優人は今までの事柄と学校の授業を紐付けて説明をした。
「でも分数とか小数点とか・・・方程式とか意味分かりませんよ。」
絵里は優人の説明は納得できるが、その知識は小学生で十分だとも思っている。
言いたいことははっきり言う。
優人はそんな絵里の発言に深く頷き、返答をする。
「それも意味がある。具体的にポンと事例が出ないのは俺の経験不足だけど、消費税の計算はパーセントを使うし、方程式の考え方はプログラミングをやるなら必須の知識だ。」
「なるほど・・・。」
優人の説明に絵里は納得する。
そんな絵里を見て、優人は満足そうに言葉を付け加える。
「今絵里が自ら進んで本を買って読んでるのは社会科の自己学習ってとこかな?
絵里は不良少女じゃないよ。
何も考えないで大人の言いなりになってる真面目君より賢いだけだ。
絵里は、自分に都合が悪い人間を悪人扱いする低能な大人に不良扱いされているだけだよ。」
「・・・。」
絵里も優人同様に褒められ慣れていないのであろう。
優人の言葉に顔を赤らめて俯いている。
優人は大きく背伸びをする。
「さてっ!俺とデート行くか?服と装備を整えよう。」
「はい!!」
絵里は目を輝かせて元気に返事を返した。
優人達が部屋を出て酒場に下りると田中達が酒場の端っこのテーブルでぐったりしていた。
「何してるの?あのおっさん方?」
優人はマスターに聞く。
「何もしねぇであそこでダラダラしてんだよ・・・。
最初は何か突発の仕事をするとか言ってたんだが、あれは危険、これは今の体力じゃ無理って言って一つも仕事をしやしねぇ・・・。
時間が経てば経つほど腹が減って力が出なくなるから状況は悪くなると思うながな・・・。」
酒場のマスターが優人に小声で答える。
「確かに・・・。」
優人は蔑みの眼差しを彼らに送る。
「一応、今一番の稼ぎ頭のあんたの知り合いっぽいから店には置いてやってるんだが、流石に何も食わねぇ、仕事しねぇ、水ばかり頼んでくる。
迷惑してるんだ。」
マスターが困ったような顔をしながら優人に言う。
「いや、村に入るまでの付き合いだと約束してます。
他人なので後は好きにして構いませんよ。」
優人がマスターに答えると、マスターは黙って優人に親指を突き立て、ガッツポーズを取った。
「少し買い物に行ってきます。」
絵里が優人とマスターの間に割って入る。
「お?デートか?行って来いロリコン!!」
マスターも絵里を見てテンションを上げて言う。
「ち・・・違うからね!保護者だからね!!」
優人はワザと動揺してみせ、酒場を出て行った。
酒場の外は初めて村に来たときより活気づいていた。
あの時は夕方で、いまは昼間だから当然と言えば当然だ。
優人は一つ気になる事があると言い、最初に向かいの本屋に向かった。
気になった事とは、この世界の文字である。
絵里が普通に読んでいたのでもしやと思い、本屋の本を確認しようと思ったのだ。
結果は・・・読めない。
絵里はクスクス笑っている。
「なんで絵里は本が読めたの?」
と優人は素朴な疑問を絵里に投げかける。
「あの本は地上界で亡くなって、こっちに来た人が新しく来た人の為に書いた本らしいです。」
絵里は本の筆者の情報を優人に教える。
優人はそう言われて納得する。
そもそも『天上界のルールと常識』なんて都合の良い本は普通に考えて需要が低い。
日本にもそういった本はあるが、その本は比較的難しい風習やしきたりについてだ。
『天上界には魔法があります』と言うのは『日本には車があります』って言ってるようなものだろう。
そんな知識を今更、日本語を読める人間が欲しがる訳がないのだ。
つまり、優人達のような人間がこの世界に来て困るから先人がわざわざ優人達の公用語に合わせて作ってくれていたのだ。
何故日本語かと言う疑問はまだ残るが・・・。
とりあえず納得したので優人達は本屋を出て、服屋を探す。
服屋で絵里は、動きやすいズボンとシャツ、ブーツを買った。
天上界の女性のファッションはスカートが主流らしいのだが、絵里はスカートだとまた山道とか歩きづらいからとズボンを選んだ。
ブーツもしゃれっ気は無く、ズボンの裾をしまえるようにとの事。
それを見て優人も袴の裾を抑えるように具足のようなものを買う。
服屋なのに鎧もあり、絵里は優人に鎧も買うよう促してきたが、優人の剣術は動きやすさが命なので断った。
そして最後に首から肩、膝まで隠れるマントを買う事にした。
これは夜に野宿する時に役に立ちそうであったからである。
服屋での買い物は全部で
ズボン 1着
上着 1着
ブーツ 1足
具足 1足
マント 2着
の6点で3万ダームで済んだ。
食事をしていないことに気付き、二人で飯屋へ向かう。
たまには美味しい物を。
と言う事で肉料理を二人で4000ダーム払って食べた。
その後、優人達は一番興味のあった武器屋へと向かう。
武器屋に入ると凄い数の武器が立てかけられている。
優人は居合刀を使うが、武器全般が実はけっこう好きである。
店内に並んでる武器を一つ一ついちいち吟味していると絵里が遠くで優人を呼び出してきた。
優人が絵里の方へ向かうと、そこには沢山のショートソードやレイピアと言った片手用の剣が並んでいる。
「この辺の武器は絵里には扱えないだろ?片手剣って中途半端な長さで扱いは難しいよ?」
剣は実は扱いが難しい。
斬りは技術が必要で、突きをやるならリーチの長い槍の方が良い。
それでも剣がメジャーなのは見た目の良さや携帯のしやすさだと優人は思っている。
「え?でもこの辺の武器なら私でも振り回せるかなって・・・。」
絵里は武器に自信がないのか、声がいつもよりも小さい。
「レイピアは突き専門の武器で、片手突き。刺さりやすいけど逆に横からぶつけられるとすぐ折れたり曲がったりする。
ショートソードは初心者用ではあるけど、そもそも絵里を接近戦に出したくないんだよなぁ~・・・。
こういった剣は振った後の遠心力が腕に負担として掛かるから、『持てる』ってだけじゃ『扱える』とはならないんだ。
逆に剣を振った重みで自分の腕の骨が折れるとかすらありうる。
護身用に持つ程度だし、ナイフにしない?」
提案する優人に、絵里はちょっと不満げな表情を見せるが、優人の言葉に反論が思い浮かばなかったのか、素直にナイフ売り場へと向かう。
ナイフ売り場に着くと絵里の機嫌があからさまに治った。
戦闘用のナイフは普通のナイフより長いがショートソードよりは短く、軽くて扱いやすい。
片刃のソリのあるナイフ等もあったが、優人が素人の『斬り』に殺傷力は無いし、曲がってる分『突き』も難しいと忠告した為、両刃の直刀にすることにした。
武器の種類分けをすると『ダガー』と呼ばれる武器だ。
絵里はダガーの中で、質素だが綺麗な装飾をされていたモノを選んだ。
ダガーの値段は5万ダーム。
絵里の武器を買っても17万4000ダーム残る計算になる。
優人は安めの自分の予備武器も買う事にした。
そして向かったのは槍売り場。
絵里が『えー!?』って顔をしている。
「優人さん、刀じゃん!予備武器で居合刀よりでかいの持つんですか?」
絵里のツッコミは的を射ていて、優人は照れる。
絵里の言う通りなのである。
基本的に予備武器とはメイン武器が壊れた時に代理で使う武器である。
予備武器がメイン武器よりでかくて目立つなんて普通は無い。
しかも、絵里にばれると尚更文句を言われそうで絶対に言えないが、優人は槍を使った事が無い。
「だって・・・。槍、かっこいいし・・・。」
今度は優人がボソッと絵里に抗議する。
「ダメです!子どもですか、あなたは?」
絵里が優人を叱る。
「いいえ。わたしは、大人です。」
なんか中学校一年で習う英語の授業みたいな会話が出た。
「大丈夫だから!槍って間合いさえつかめば剣の三倍強いって言うし!!」
優人は何故か必死に絵里を説得する。
「間合い?なんですか?それ?」
絵里が優人の言う間合いと言う言葉にひっかかり、会話が中断する。
優人は少し考える素振りを見せた後、絵里に少し優人から離れるように指示をする。
そして離れた絵里に今度は少し近づくように、あるいは離れるように指示を出し始める。
「だからなんなんですか?」
焦れ始めた絵里が優人に聞く。
「ああ。そこ!動かないで。」
と、優人。
「はい・・・。」
絵里が答えて、動かないのを確認すると、優人は絵里がびっくりしないようにゆっくり居合刀を抜き、絵里の方へ切っ先を伸ばす。
そして、絵里の喉の目の前で止める。
「え?」
絵里は喉元に突き付けられた刀の切っ先をずっと見ながら、優人が何をしたいのか聞く。
「今、絵里がいる所から俺に近づく5センチが俺の間合い。この距離に入った山賊が全員真っ二つになってるの。」
優人が絵里に間合いの説明をする。
「え?そんな・・・たったの5センチで人を倒してたんですか!?」
絵里は説明を終え、納刀している優人に聞く。
「そうだよ。刀ってのは当然斬れる物なんだけど、瞬間的に力が入るのはその5センチなんだ。
この距離を把握しないで刃物を取り扱うから山賊どもは俺に対してほぼ無力で斬り捨てられてたの。
俺がさっき『斬り』は素人に難しいって言ったのもこれが理由。」
優人はどや顔で絵里に刀の作りについて説明をする。
「でも5センチじゃ、人は真っ二つになりませんよ。」
絵里の素朴な疑問は時々本当に的を射る。
「それはねぇ・・・フォークでステーキを切る時、押したり引いたりするでしょ?
刀は引き斬りって言って刃を当てた後、素早く引くことで切れ味を上げる。
って口で説明するのは難しいな。そのうち意味を理解してくれ。」
優人は絵里に答える。
「はい。」
絵里は素直に返事をする。
「・・・と言う訳で俺が槍を持つのには賛成かな?」
「え?そんな話でしたっけ?」
間合いの話に気を取らせ、絵里をどさくさ紛れに納得させようと言う優人の作戦だったが、絵里は流されなかった。
やはり賢い娘だ。
困った優人の顔を見て、絵里は「しょうがないなぁ~・・・。」と言いながら、優人の主張を飲むことにしてくれた。
なんだか優人が一生懸命、13歳の絵里を説得しようとしてるのがちょっと可愛く思え、同情したようである。
優人は、使い慣れない槍で、長過ぎる間合いは取りづらいと考え、槍の中でも短めのショートスピアを選んだ。
穂は長めで30センチくらいだろうか?
柄の部分は優人の刀が2尺4寸5分。センチに換算すると、約74センチなのに対し、160センチ。
間合いはかなり広いと言える。
ちなみに170センチの身長の優人に2尺4寸5分の居合刀は少し大きめである。
刀の重さも1キロでかなり重いがこれも優人の好みである。
・・・と言う事で優人と絵里は武器屋で
両刃直刀のダガー 1本
ショートスピア 1本
で合計12万使った事になる。
残金は10万4000ダーム。
かなり心もとなくなってきたが、何とかなるだろうと楽観視している。
店を出ると日は暮れ始めていた。
一気に買い物をして優人も良いストレス発散になったと思っている。
絵里は歩く優人の前をスキップしていた。
「良いか、絵里。あくまでダガーは護身用だからな。戦闘は危険だから敵が出たら逃げるんだぞ。」
優人はスキップしている絵里に少し不安を覚えもう一度忠告をする。
言われた絵里はスキップを止め、優人に振り向いた。
「優人さん・・・もう一つ、わがままを聞いてもらえますか?」
絵里が真剣な面持ちで優人に話を切り出してきた。
「ん?まぁ・・・絵里に危険が無いなら・・・。」
優人と絵里の関係はこの一日でかなり縮まっている。
優人は絵里の多少の我が儘位なら聞いてやるつもりで返事をした。
「私、風水魔術師になりたいんです。」
答える優人に絵里は目を輝かせて自分の希望を言う。
「風水魔術師?何それ?」
優人はきょとんとした顔で絵里に聞く。
そんな優人に絵里は分かる位肩を落とし、説明を始めた。
「世界には火とか風とか水が存在してるじゃないですか?
そして、そういう自然の物ってそれぞれが特別な力を持ってるんです。
例えば緩やかに流れる水には癒しの力とか、激しく燃える火には破壊とか・・・。
風水魔術はそういう自然の力を使った魔法なんです。
魔法なら接近戦はしませんし、優人さんが怪我しても治してあげることができたりしますし・・・。」
絵里は優人が寝ている間に本で読んだ薄っぺらい知識で説明をする。
「いや・・・それはわがままと言うか、凄くありがたい事だな。良いよ。是非覚えて欲しい。
その為にはどうするの?」
優人は絵里が自ら自分の力になりたいと言ってきてくれた事が凄く嬉しくついついにやけてしまう。
「魔法使いの先生に魔腔って言うのを開いてもらえば、風水魔術は出来るようになるみたいなんです。
まぁ、センスは必要ですし、少しは先生に習う必要があるみたいですけど・・・。」
と、絵里。
「なるほど。授業料とかも取られそうだね?分かった。酒場のマスターに相談してみよう。」
優人はこれからかかるであろう絵里の授業料も稼ぐ必要があると考えながら絵里に答えた。
優人と絵里は酒場に戻る。
田中達は酒場から追い出されたのか入口の横で座り込んでいる。
優人と絵里をじっと見つめていたが優人は完全に見えないふりをして酒場に入って行き、絵里も続く。
酒場では数人の冒険者が戻って酒盛りをしている。
優人達はカウンターに座りマスターに食事を頼み、夕食を取る。
「マスター?絵里に風水魔術を覚えさせたいんですけど、この辺に魔法の先生っていますかね?」
優人は食事を一口、口に運ぶとマスターに質問をする。
「ああ。いるよ。村はずれにある家に住んでる。
風水魔術って事は魔腔と授業かな?多分一日で8万位じゃねぇかな?
後、魔力を高める杖が15万ってとこか。
全部で23万位必要だが・・・優人?さすがにきつくねぇか?」
マスターが優人の心配をしてくれる。
優人は食事をする手を止め、答えた。
「23万か・・・明日狩りに行くかな?
槍も使ってみたいし。杖って購入は後でも大丈夫かな?」
「ああ。問題ないと思うぞ。
じゃあ明日、絵里は俺が先生の所まで連れてってやるよ。」
と、マスター。
「助かります。そしたら明日の8万と・・・家賃払っておきます。」
優人は絵里の授業料と食事代、家賃を支払う。
「おう。」
マスターは優人のお金を受け取った。
残金が一万二千ダーム・・・。
これは裏山で山賊やら狼やらを狩らないとやばいと思い、優人は少し憂鬱になっていた・・・。
翌朝、優人は朝早く目が覚めた。
椅子に座りテーブルに腕を置いて枕代わりに使って寝ていたので腕が少し痺れている。
絵里が「部屋代を出している優人がベッドを使ってくれ。」と言うのだが、子どもとはいえ女の子を椅子で寝かせて自分がベッドで寝るなんて事は優人には出来なかった。
昨晩、言い争いになり、優人は「絵里がベッドで寝ないなら俺は床で寝る。」とまで言い張り、絵里をベッドで寝かせた。
絵里はまだ寝ている。
寝顔だけ見るとまだ子どものあどけなさが残る。
まだ両親から離れて過ごすのは不安があるだろう・・・。
今、側にいる自分が少しでも絵里の不安を取り除いてやらなければならない。
優人は絵里が起きたらすぐ分かるようにメモを残し、そっと部屋を出て酒場に下りる。
酒場にはまだ誰もいない。
人のいない店内は静かで、かなり寂しいものだと思いながらコルクボードに目をやる。
コルクボードの依頼書は優人達神隠し子でも読めるように魔法が施されている。
テレパシーの応用らしいが優人には魔法の理屈は分からない。
『山賊討伐 1人3万ダーム』
『狼討伐 1匹3000ダーム』
『人食い熊 カムイ討伐 30万ダーム』
『殺人鬼 カブル討伐 13万ダーム 済』
『山賊頭 ジョーイ討伐 25万ダーム』
『山頂のエリク草採集 10束1000ダーム』
『畑仕事 一日5000ダーム』
「ふむ・・・。」
優人は依頼書を吟味する。
殺人鬼カブルとは一昨日の夕方に優人が知らずに斬った相手だ。
正直、未だに誰がカブルだったかすら分かっていない。
3万の首も13万の首も優人からしたら違いが無いと言う事だ。
この中だとジョーイって奴が25万ダームか・・・。
山賊を狩りまくって、その中にジョーイって奴がいれば儲けものって考えるのが優人にとってはちょうど良いのかも知れない。
しかし、ついこないだまで平和な日本で、『人を殺すことは悪』と言う常識の中で生きて来ている優人に取って、命を取る仕事と言うのは正直気が引ける。
かと言って畑仕事は1日働いて5000ダーム・・・。
1部屋1万ダームのここの部屋を借りると毎日赤字になる。
田中達が3人でやるなら生活が何とか出来るだろうが優人と絵里の二人の場合、絵里は魔法の勉強を始めるので稼ぐのは優人1人となる。
1人でそれなりの収益を稼ぐ必要がある。
それに、優人はここにいつまでも留まるつもりがない。
絵里が魔法を覚えたら、一緒に旅をし、絵里を地上界に戻す。
その後、優人は1人で10年前に死に別れた恋人の綾菜を探すつもりなのだ。
天上界の広さは分からない。
綾菜がこの世界にいると言う確証も無い。
もしいたとしても、この世界で自分ではない、別の誰かと幸せになっているかも知れない。
自分がやろうとしている事は独りよがりだと言う事は分かっている。
それでも一目、綾菜の笑顔をもう一度みたい。
声を聞きたい・・・。
それだけの為に優人は自分の一生を掛けても惜しくはないと考えている。
天上界で旅をしながら生きていく。
その為には戦闘技術の向上は必須だと考える。
命を奪う事にもなれる必要があると思う・・・。
「悩んでるな?」
コルクボードを眺めている優人に酒場に出てきたマスターが声を掛けてきた。
「はい・・・やっぱり討伐が俺には一番あってますかね・・・。」
優人がため息交じりに答える。
「そうだなぁ~。お前さんは戦闘力が高いから討伐が一番ありがたいってのもあるしなぁ。」
と、マスターが答える。
「え?」
自分の戦闘力が高い?
優人はマスターの意外な発言につい聞き返した。
「ん?やっぱり山賊やら狼やらは村の発展の妨げなんだよ。
安全に山が登れれば山の幸が沢山取れるようになり、村が潤うからな。
でも、この村の冒険者で、まともに戦闘が出来るのはお前さんだけなんだよ。」
酒場のマスターが今の村の事情を優人に説明する。
しかし、それでも優人は腑に落ちない。
冒険者達はこの村のこの酒場で飲み食いをしている。
どこかで稼がないとそんな金も出ないはずだ。
「でも、そうすると、ここにいる冒険者達はどうやって稼いでいるんですか?」
優人は、このコルクボード以外で安全に効率良く稼げる仕事がある可能性を期待し、マスターに聞く。
「あいつらは見かけ倒しだ。
近所の家に住んでて冒険者を目指してるんだが、戦えない。
一度狼に斬りつけて跳ね返って怪我したりしてるんだ。
田舎のぼっちゃんが親の金で良い装備を買って冒険者ごっこしていると思ってくれて良いよ。
やつらはエリク草の採取しかしてない。」
マスターが優人の質問に答える。
「その・・・エリク草と言うのは価値がある草なんですか?」
優人は聞きなれない草について聞いて見る。
「エリク草はポーションって言う傷を治す薬の材料だ。
小さな傷なら一瞬で治る薬で、常に需要があるから必要っちゃあ必要なんだが、裏山の山頂には腐るほど生えてる。
昔は10束1万だったんだが、冒険者どもがこの仕事しか受けねぇから、価値が落ちちまったんだよ。」
マスターがしかめっ面をしながら優人に話す。
マスターの話を聞きながら、優人が山を下りてシルフの瞳を見るたびに興奮していたマスターの気持ちが少し分かった気がした。
「山賊団を全滅させればこの村は安心して生活が出来るんですか?」
この酒場にはお世話になっている。
優人は近いうちにこの村を出るつもりではあるが、そのお礼に出来るならここの山賊を全滅させて行こうとふと考えた。
そうすれば自分の戦闘訓練になるし、恩返しにもなる。
「それは意外と難しいかもな。
ここの山賊どもは戦闘能力が低い事を自覚していやがる。
少し強い奴がいると聞くとすぐに何処かに隠れちまうんだ。
だから、この2日間で山賊どもはかなり大人しくなると思うからな。
村には有難い話だが、山賊狩りと考えるとアジトは探しづらくなってる。」
マスターの話を聞いて優人は少しがっかりする。
どうせなら、昨日の時点でアジトまで乗り込むべきだったのだ。
「そういえばお前さんはこの村に根を生やすつもりかい?
それとも、他の街に行くつもりか?」
頭を抱えている優人にマスターが話を変えてきた。
「この村はそのうち出て行こうとは思っています。
今は絵里の事も含め、準備期間と言った所です。」
聞くマスターに優人は答える。
「そうか・・・なら、ここの冒険者もどき共に戦い方を教えてやってはくれねぇか?」
優人はマスターの申し出に動きが止まった。
武器の扱いを教えると授業料が入るか!?
それでこの村にも貢献できるし、一石二鳥じゃないか!?
「それっていくら位稼げますかね?」
優人は依頼料をマスターに聞く。
「そうだな・・・3人に教えるとして、1人2000で6000ってとこか?
実際に見せてやれば良いだけだろうから3人を連れて狩りに行けば討伐代も入る。みたいなのはどうだ?」
マスターが優人に依頼の提案をする。
「ありがたいです!是非!!」
優人は目を輝かせながら依頼を受けることにした。
「よし。ちょうど昨日、やつらから相談を受けてたところなんだ。呼んでくるから待っててくれ。」
言うとマスターは駆け足で酒場を出て行く。
ここの酒場のマスター色んな所に気が利く。
こうして仲介をする事で、マスターの稼ぎになっているのかも知れないが、それにより助かる人も多くいるはずだ。
そうこう考えているとマスターが3人の若者を連れてきた。
ショートソードを持っているのが『ラルフ』
大き目の斧を持っているのが『チュダ』
弓を持っているのが『ナフィ』
と紹介された。
剣はともかく、斧は敵に近づき力いっぱい当てるだけ。
弓は技術はいるが、安全に練習できるだろ!?
と優人は心の中でツッコミを入れるが、これも商売と自分に言い聞かせる。
「とりあえず、今日は山に討伐に行きます。
今回、俺も槍の使い方を覚えたいっていうのもあるので、余裕があったら下手かも知れませんが槍を使うのでそこはご了承下さい。」
優人は挨拶がてら3人に槍を使う旨の許可も取った。
「はい。よろしくお願いします。」
と声を揃えて返事が返ってきた。
その後、優人達は酒場で朝食を取り、みんなで山へ向かった。
絵里に話しはしてないが・・・まぁ、メモがあるから大丈夫だろう。
「優人さんは神隠し子なんですよね?実戦経験がなかったと聞きましたが、初めて敵を倒した時はどんな感じでしたか?」
聞いてきたのは剣士ラルフ。
「俺は・・・初めて斬ったのは狼でしたね。俺がどうこうって事より、狼の事を考えてました。」
優人は2日前、初めて狼を斬った時の事を思い返しながら、ラルフに答えた。
「へぇ?斬った相手の事ですか?痛かったかな?みたいな事ですか?」
と、ナフィ。
「うん。特に初めてで、上手く斬れたか自信なかったですしね。
ラルフさんはショートソードの特性とかご存知ですか?」
優人はナフィに返事をした後、ラルフに質問をする。
「特性・・・ですか?」
ラルフは優人の質問の意図を理解していないような感じで優人に聞き返す。
「はい。チュダさんもナフィさんもですが、武器の特性を知ってるだけでかなり戦闘が楽になると思います。」
優人は自分が人にものを教える程のものでも無いのだがと自分を笑いながら3人に説明をする。
「特性っても斧なんて相手をぶん殴る以外何も無くないですか?
俺は不器用で上手く武器を扱えませんし・・・。」
と、チュダ。
チュダの言い分は優人の本心と同じである。
剣に関しては技術の必要性を話せるが、斧に関しては正直良く分からない。
「やりやすいぶん殴り方があると思います。
まぁ・・・今日は俺が戦闘に出るので自分を守る事を最優先に、見ててください。」
優人はチュダの意見を知った上で、あえて少しずらした返答をする事で逃げる。
そんな話をしながら進むと、狼が3匹現れた。
よくもまぁ、こんなにちょくちょく獣が現れるなぁ・・・。
今は昼間。
時間的に夜行性の動物との遭遇率なんてそんなに高くはないはずだ。
などと思いつつ優人は狼に駆け寄り抜刀する。
バシュッ!
優人の抜刀と同時に狼一刀の首が吹っ飛ぶ。
獣の行動パターンは人間より圧倒的に少ないのでむしろ組みしやすい。
しかし、人間より厄介な所もある。
野生の本能に忠実な為、反応が早い所だ。
1匹の首をはねたタイミングで他の2匹はすぐに優人から距離を取り、身構えていた。
この状況だと狼の行動パターンは2つしかない。
突っ込んで来るか、逃げるかだ。
優人は抜刀した刀をそのまま、逃げた1匹の喉を目掛けて突き刺し、横に振る。
切断された首からは大量の血が噴き出し、狼は血の勢いで地面に倒れこむ。
狼は警戒心が高く、危険を悟るとすぐに撤退をする。
2匹が殺された時点で残った1匹は逃げるかと思ったが、もう1匹は優人に襲い掛かって来ていた。
「うわっ!」
優人はびっくりしたが、優人の体も、自然に反応するレベルまで道場で技を磨いてきている。
狼に気付くや否や、そのまま体をひねり、襲い掛かる狼を横ぶりに斬り捨てた。
パチンッ
優人は狼が全員死んだことを確認すると、血ぶりを行い納刀する。
「瞬殺じゃないですか!?」
「こんなに狼って簡単だったんですか!?」
ラルフとチュダは優人が納刀すると同時に興奮気味に優人に駆け寄ってきた。
「う・・・うん。」
優人は派手に興奮している2人にに少し引き気味に返事をする。
「俺がショートソードで斬りかかった時は弾かれたんですけど・・・。」
ラルフが狼の遺体をみながら優人に言う。
「ショートソードのような直刀は斬りは苦手なんだ。
突きを中心にした戦術が有効だと思うよ。」
優人はラルフに応える。
「斧を構えて接近戦にするのってなんか怖いんですよね・・・。」
今度はチュダが質問する。
「敵も動くし、避けるので、斧での接近戦は確かに難しそうだね。
作戦としては、ショートソードのラルフが敵の注意を引き、チュダが斧で致命傷を与えるってのが良いかもしれないかな?
弓のナフィは腕に自信が無いなら二人が接近戦を始めたら、攻撃を止める事。
万が一仲間に当てたら逆にやばいからね。
次は3人でやってみる?
やばくなったら俺も参加するから。」
優人の提案に3人は喜んで賛同する。
3人からしてみれば今までで一番安全な戦闘だ。
少し歩くとまた狼。
今日は良くでる。
ラルフは狼に接近し、身構える。
さっさと攻撃を仕掛ければ良いのに、何故か狼と正面からにらみ合っている。
グルルルルッ・・・。
狼はラルフの殺気に反応し、唸っている。
ガウッ!!
そして、攻撃を仕掛けてこないラルフに狼が飛び掛かるが、それをショートソードで受け止める。
しかし、狼の勢いは強く、ラルフは押し倒される形になった。
「くっ!」
狼にマウントを取られた状態でラルフはショートソードで必死に狼を受け止め続けている。
ん?
やばいか?
優人が考えている間に、斧を担いだチュダがラルフに追いつき、担いだ斧を振り上げる。
振り上げた斧は上から下へと振り下げる事で攻撃となる。
狼の下にラルフがいるの・・・分かってるよな?
上段に構えると体が大きく見えやすい。
その状態のチュダが狼に近づけば狼の意識はチュダに向く。
つまり、チュダの攻撃はかわされ、下にいるラルフに直撃する可能性が高い。
優人の横にはナフィが弓を構え、視線はチュダに向けている。
この接近戦で正確に狼に当てられるのか?
・・・と言うか、視線がチュダに向いているっぽいが大丈夫か?
弓の先も狼からチュダの方へと徐々にずれて行っている。
「ちょっと待て!!みんな動くな!!」
優人はみんなを静止させると、走って狼に近づき、横ぶりに抜刀する。
狼は優人の攻撃に反応し、ラルフから離れ、優人にターゲット変える。
優人は抜いた刀をそのまま狼に向け、突きを放つ。
ドスッ!
優人の突きは狼の右前足の肩を貫き、心臓に到達する。
狼は一瞬で息絶えた。
「全員集合!!」
優人は納刀をすると皆を集める。
ほっとした3人は武器を下ろし優人に近づく。
優人は腕組み全員に話しかける。
「まず、3人の陣形・・・というか作戦は、ラルフが敵の気を引き、チュダが攻撃。ナフィが援護。
これであってるよな?」
優人が全員の動きの復習をする。
「はい。」
とラルフ。
「まずラルフ。」
優人はラルフの名を呼ぶ。
「はい。」とラルフ。
「剣を突くのに接近しすぎだ。突きは斬りより距離が必要になるからあの距離からの突きは無理がある。
それと、敵の範囲についてから剣を構えるな。近づく前に攻撃の態勢は整えとくように。」と優人。
「はい。」
「次にチュダ!!武器の構えや手の内は次の動作の見当を付けさせる。
今、上段に構えたけど、あの姿勢からは切り下げをすると言う事がバレバレだ。」
「なるほど・・・。」
チュダは優人の説明に頷く。
「後・・・狼の下にラルフがいたのは知ってた?
あのまま斧を振り落してたら、狼ごとラルフも真っ二つになるか、下手をしたら狼に攻撃をかわされ、ラルフを真っ二つにする可能性があるのは考えてた?」
「あ~・・・。」
チュダは優人の言ってることが今一ピンと来ていないようだ。
優人は一度深くため息を付く。
「チュダは仲間の動きにも気を使うようにした方が良いね。」
「はい。」
チュダは素直に返事をする。
「最後にナフィ。」
「はい。」
「なんで弓を構えてチュダを見てたの?」
「チュダが攻撃してくれるかな?って・・・。」
ナフィが優人の問いかけに答える。
「人は見てる方に注意が行く。
弓を狼に向けてたとしても、チュダを意識してると、自然と狼からチュダに目標が移る可能性がある。
実際、ナフィの弓はチュダに向きつつあった。
ナフィは離れた所から戦闘をする分、仲間の動きの把握は大切だけど、自分が攻撃する時は、敵に集中した方が良いと思いよ。」
優人の忠告に全員一様に黙り込む。
忠告した優人も、今まで1人で戦闘をしてきたので、共に戦う仲間の動きをどのように把握すれば良いかは分からない。
しかし、この3人のやり方は違うのは分かる。
これだったらむしろ複数で戦闘する方が危険だ。
黙り込んでいると、狼がまた4匹現れる。
血の匂いのせいか?
それとも山賊が身を潜め始めて狼の活動が活発化したのだろうか?
4方向に1匹づつ・・・。
優人1人なら1匹を瞬殺し、その後近づいてくる狼をまとめて斬るが、今回は優人以外の3人がいる。
狼が優人に集中はしてくれないだろう。
ラルフがすっとショートソードを構える。
突きの構えだ。
「ラルフ・・・ラルフの突進力の無い突きは、かわされる可能性が高い。
狼はおそらく後ろでは無く、右か左のどちらかに回避する。
狼の動きに合わせて切っ先をずらし、攻撃をかすらせる事に集中してくれ。
一撃で仕留めなくても良いので、体の一部どこかに剣を突き刺し、距離を取る。
分かったかな?」
優人は小声でラルフに作戦を伝える。
ラルフは黙ってうなづく。
「チュダはラルフの突いた狼にとどめを刺す。
恐らく、ラルフの攻撃を受けて、狼の標的はラルフに向くから、その隙に接近すれば斧の間合いに入りやすい。
斧は担がず、隠し下段の構えで移動。
間合いに入ったら力いっぱい振り上げる事。」
「うすっ!!」
チュダが力強く頷く。
「ナフィは二人とは別の狼に弓を討って下さい。
じっくり狙って。
一発打射ったら、当たっても避けられても戦闘は終わり。
逃げ回って下さい。
くれぐれも向かって来る狼に応戦しようとしないように。」
「はい。」
ナフィが返事するのを確認し、最後に3人に指示を出す。
「一番最初に行動を取るのはナフィ。
ナフィが弓を射ったら全員動いて。
他の2匹は俺がやるけど、俺が1匹やってる間に襲われたら、逃げるでも攻撃するでも任せる。
最悪、怪我はするだろうけど、死にはしないので、ご安心を。」
優人は作戦をみんなに伝え、ナフィを横目で見る。
ナフィは狼に的を定めた。
キリキリキリ・・・。
弓を引く音が緊張感を高める。
バシュッ!!
みんな一斉に飛んだ弓の先に目が行く。
弓は狼の眉間にバシュッと刺さった。
狼はもがきながら倒れ込む。
「うまい!良くやった!!」
言うと優人は1匹の狼に急接近し、横ぶりの抜刀をする。
バシュッ。
優人は一太刀で狼の首を跳ねると、すぐに後ろを振り返り、ナフィに飛びかかろうとしていた狼に駆け出す。
「ナフィ!避けろ!!」
優人はナフィを手で横に押し、狼を突く。
大きく開けられた狼の口に優人の突きが突き刺さる。
串刺しにされた狼は一瞬で息を引き取る。
優人は狼ごと刀を横に振り、狼を地面に振り落とし、残り1匹の狼と、ラルフ、チュダの方を見る。
ラルフは狼に向かって突きを打つ。
狼は優人の予想通り左へジャンプする。
ラルフは切っ先を左にずらし、狼のふとももをかすらせ、そのままラルフは一人で倒れ込む。
あいつ体幹が弱いな・・・。
優人は中途半端な突きにも関わらず勝手に倒れこむラルフを見て、そう思った。
狼は倒れたラルフに噛みつこうとする。
「うおぉおおおおおおお!!」
そこに狼の後ろから接近したチュダが斧を振り上げた。
チュダの攻撃は狼のけつに当たる。
狼は驚き後ろに跳ぶ。
あんだけ気合を入れて、隙だらけの狼に攻撃したのに、かすらせるとか・・・間合いの把握ができてないな。
優人はチュダの行動にもチェックを入れる。
狼は2人を警戒をしているようだ。
すぐに2人に襲い掛かる気配はない。
「優人さん・・・いかないんですか?」
ナフィが腕を組んで見ている優人に問いかける。
「ん・・・ナフィが良い仕事をしたからな。ここで助けたらあの2人は自信を無くさないか?」
優人がナフィに答える。
「ああ・・・。」
納得したのか、ナフィは頷く。
「さっきのは凄かったよ。眉間にドンピシャ。」
優人はナフィを褒める。
「いえ・・・距離は近いし、狼も動かなかったので・・・。」
照れながら答えるナフィ。
それでも素人では、あそこまで上手く狙う事も、刺す事もできないだろうと優人は思う。
2人は狼と激闘を繰り広げている。
必死に攻撃をする2人だが、その攻撃は全て中途半端で致命傷になっていない。
狼はかすり傷だらけになっていた。
2人も度重なる空振りで息が上がっている。
「2人とも腰が引けてんだよ!!
へっぴり腰じゃ、立派な武器が可哀そうだ!!
ふらふらな狼がそんなに怖いか?
そんな前衛信用できねぇよ!!」
優人が野次を飛ばす。
その野次に目の色が変わったのはチュダであった。
「ラルフ!狼の気をもう一度引いてくれ!!」
「お、おう!!」
チュダに答えると、ラルフがもう1度狼に攻撃をする。
狼はかわす。
ズシャッ!
かわした狼の後ろからチュダが重い斧の一撃を加える。
狼は斜に上半身と下半身が真っ二つになり吹っ飛んだ。
臓器やら血やらも飛び散る。
「うえ!」
予想以上にグロイ光景にナフィが悲鳴を上げる。
ラルフとチュダは返り血で真っ赤になる。
そして3人の初陣は終わった。
3人は興奮気味に、お互いでお互いを褒め合う。
優人はその3人を見ながら羨ましく思っていた。
仲間か・・・。
優人は地上界で綾菜を病気で失ってからずっと一人になっていた。
綾菜が生きていた時は周りに沢山人がいて、それなりに楽しかった。
その頃を思い出していた・・・。
グルルル・・・。
興奮が冷め、そろそろ帰ろうと話を始めた時、現場の空気が氷ついた。
唸り声の方を向くと巨大な熊が現れたのだ。
血の匂い・・・。
それが熊を呼び寄せたのである。
「カ・・・カムイ・・・。」
血の気の抜けた声でラルフが言う。
カムイ・・・コルクボードにあった人食い熊か・・・。
つか、こいつはヤバイ・・・。
優人もカムイを見た瞬間に勝ち目が薄い事を悟った。
3メートル近い大きな体に、筋肉で固められた太い腕。
人間が4人いるにも関わらず、何の怯えも感じないのは自信があるのだろう・・・。
優人はゆっくり刀の柄を持つ。
「熊は前足が短いから下り坂が苦手だ!!下りに逃げろ!!」
言うと優人は熊に向かって行く。
しかし戦うつもりは無い。
3人をまずは逃がさないといけないと思ったのだ。
カムイは近づく優人を威嚇するように2本足で立ち上がる。
熊は腕の払いで人の首を吹っ飛ばすって話を聞く。
あれは絶対に避ける!
優人が近づくと、熊は右腕をブンっと振り回してきた。
優人はそれを身を低くし、後ろに跳んで回避。
攻撃力が高すぎて、まともに戦えない相手との戦闘は、武器破壊を試みる。
すかさず熊の右腕目掛けて抜刀する。
ザシュッ!!
浅い!!
優人の刀はカムイの右腕をかするが、硬い筋肉と剛毛に守られている右腕はおそらく皮一枚しか切れていない。
しかし、日本刀の切れ味は抜群である。
カムイの右腕から血が吹き出し、カムイが暴れだす。
優人はカムイから距離を取り、逃げた3人を確認する。
3人は遠くまで走っている。
「そのまま、山を下りろ!酒場で合流だ!!」
優人は3人に向かって声を張り上げ、カムイからもう少し距離を置いて体制を整える。
気が変わった。
倒してみたくなったのである。
この感覚は優人が男だからなのか、剣士だからなのかは分からない。
しかし、強いと感じたから叩き伏せたいと、心の底で優人を振るい立たせる何かがある。
優人はピョンピョンその場で飛びながら自分の体調の確認をする。
こんな状況に興奮するなんて・・・俺は少年誌の主人公か?
優人は自分にツッコミを入れ、心の中で笑い、リラックスさせる。
熊の攻撃パターンは左右の腕の払いと噛みつきだ。
噛みつきも当然致命傷になるだろうが、払い程の命中率は無い。
体当たりにも要注意だ。
つまり、熊の攻撃は全てが致命傷だ。
そして、下り坂だと走る速度が落ちる事と眉間が弱点。
トドメは眉間に入れるとして、そこまでどうやって追いつめる?
避けながら斬りつけ続けて弱らせるとして、刀が壊れないだろうか?
硬くて太い熊の体は刃こぼれしやすい。
思い切りの良い動きは刃を上手く合わせずらい。
相性が悪い相手である。
武器破壊も難しいなら・・・。
優人は意を決してもう一度カムイの目の前に飛び込む。
カムイは優人に腕を振るうが優人は直前で身をかがめ、地面に身を転がし、後ろに回る。
バシュッ!
上手く後ろに回り込めた優人は、振り向き際に、カムイのアキレス健目掛けて抜刀する。
カムイの足から大量の血が流れ、痛みでカムイは暴れ出す。
この一撃でも当たれば、致命傷になるので優人はそそくさと離れ、様子を見る。
筋の切断は、筋力関係なく動きをある程度封じる。
これでカムイの右足は封じたと判断して間違いは無いだろうか?
優人は慎重にカムイの動きを観察する。
グルルルル・・・。
少しすると落ち着いたのか、カムイはまた優人を睨みつけて来た。
今度はもう立ち上がらず、4本足だ。
足への攻撃を警戒しているのか?
賢い動物だ。
しかし、その体制は弱点の眉間が一番前に出ている・・・。
攻撃も噛みつきと体当たりに絞られる。
優人はニヤリと笑うと、下り坂を走り出す。
カムイはその優人を追いかける。
四足で走るって事は、眉間が一番手前に出てる!
ここで振り向きながら槍で眉間だ!!
優人は背中に背負っていた槍を走りながら抜く。
そして、一呼吸入れて、振り向く。
カムイは口から涎を流しながら凄い形相で優人に向かってくる。
当たれ!!
優人は力いっぱい熊の眉間目掛けて槍を突く。
カムイの眉間に槍の穂が当たる瞬間優人は焦る。
カムイの勢いが強く、槍の一撃でカムイの突進は止まらないのだ。
優人はいち早く槍から手を放し、カムイから距離を置く。
ガルルルルツ!!
槍は無事カムイの眉間に突き刺さる。
カムイは立ち上がり、もがく。
カムイが暴れるたびに地面が揺れるような感覚がある。
凄い力なのであろう。
優人はカムイがこのまま息絶えるのを祈りながらじっとカムイを見つめる。
しばらくし、カムイは地面に倒れ込んだ。
優人は恐る恐る近づく。
ギロリッとカムイは優人を睨みつける。
この状況でまだやる気か?
バケモノめ・・・。
優人は熊の生命力にも恐怖を覚えながら、刀を抜く。
カムイは倒れた状態で、なおも腕を振り回し、抗う。
優人は勢いのない攻撃をかわし、カムイの心臓を刀で貫いた。
ガウウ!!
心臓を突き刺されたカムイが体をねじると、その力で優人が飛ばされた。
ドンッ!
勢いよく木に激突し、優人の体に激痛が走る。
「っつ!!」
優人は少し、痛みに耐える。
「うそだろ?もう死んだよな?」
痛みに慣れた優人はカムイに聞くが、動かぬ熊は答えない。
優人はゆっくり立ち上がり、もう一度近づく。
カムイは優人を睨みつける事も体を動かす事もしない。
やっと倒したのだ。
優人は体の力が抜け、そこに座り込み少し休む。
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い熊怖い
しばらくし、優人は熊に刺さった槍と刀を抜き、足を引きづらせながら村へと戻った。
・
・・
・・・
朝、目が覚める。
ここに来てから寝覚めが凄く良い。
一日一日が濃厚で、毎回熟睡出来るのだ。
絵里はベッドで横になっている状態のまま、力いっぱい背伸びをする。
チラッとテーブルを見て、勢い良く起き上がる。
「優人さん!」
優人がもういないのである。
絵里はため息を着く。
もう・・・仕方ない人だなぁ~・・・。
子ども扱いするなら放置しないで欲しい。
子ども扱い自体止めて欲しいけど。
今まで絵里は朝食は家族で取っていた。
みんなが起きるまで待っているのが当たり前だと思っていたのだ。
しかし優人は一度たりとも絵里を待っていた事がない。
いつも一人で勝手に起きて、一人で勝手に出かけてしまう。
どんな教育を受ければこんな事をするのだろうか?
今夜説教してやろうと意気込んで絵里は立ち上がり、出かける準備をする。
酒場に下りるとマスターが忙しそうにしている。
絵里はマスターに朝食を頼み1000ダームを支払う。
優人がくれた2万ダームは本と朝食で残金が1万4000ダームまで減っているが、
中学生の絵里からすればまだ、結構手持ちはある方である。
朝食を取っていると、田中が話しかけてきた。
「おはよう。絵里ちゃん。」
絵里は田中が嫌いだ。
・・・と言うか、基本的に大人は嫌いである。
何かと論理だてて話をし、自分の正論を主張する。
話をしていると、大人は正しくて、子どもは間違っているとすら錯覚させられる時もある。
もっとも、ここに来てから、田中が正しいとは思った事すらないが。
「おふぁおーごふぁーます」
絵里は食事をほおばりながら田中を見向きもせず返事を返す。
「口に物を入れたまま話をしたらダメでしょ?」
田中が偉そうに絵里に注意をしてきた。
「じゃあ話しかけないで下さい。」
絵里はごくりと食事を飲み込んで返す。
絵里は田中が嫌いだ。
今も優人がいると言い負かされるから、優人のいないタイミングを見計らって話し掛けて来ている。
本当に考え方が狡い。
目的は多分食事だろう。
おそらく昨日から何も食べていないはずだ。
田中が絵里の横に座る。
絵里は無視をしながら食事を続ける。
「おいしそうだね?私もどれか一口良いですか?」と、田中。
「ダメです。どっか行ってください。」
絵里はばっさりと田中の言葉を切り捨てる。
「優人さんからいくらかお小遣いもらってるでしょ?
あれって多分俺たちにも食事を分けてやれって意味だと思うんだよね?」
昨日とは別の方法で絵里の金を巻き上げようとしてきた。
「違いますね。優人さん、田中さんの事嫌いですから。
もしお金が欲しいなら、優人さんに直接もらってください。」
絵里は食事を済まし、マスターにおぼんを返す。
絵里は、そのタイミングで話し相手をマスターに切り替える。
「マスター、魔法の先生っていつ紹介していただけますか?」
「おお。もうこっちも落ち着いてきたからいつでも良いぞ。」
マスターが作業をしながら絵里に答える。
「あ、じゃあお願いします。」と、絵里。
「若くて良いね?どうやって優人さんに取り入ったの?」
次に声を掛けて来たのは伊藤紗季。
神隠しから早、2日・・・。
大人が3人もいて、未だに何も出来ていない無能3バカの1人だ。
「優人さんは基本的にバカで優しい人ですから、本音を言えば良いだけです。
それすら出来ない方々には難しいでしょうけど。」
言って絵里はクスッと笑う。
仮にも命の恩人で、しかも生活の面倒を見てくれている人をバカ呼ばわりした自分の無礼っぷりが面白かったのだ。
考えて見れば親も自分を生んでくれて、生活の面倒を見てくれていた。
学校にも行かせてくれている。
でもこの感謝の違い何なのだろう?
何か恩恵を受ける時、それが当たり前な状況なのと、当たり前ではない状況で、こんなにも有難みが違う。
もし、ここで自分を助けてくれたのが両親であったら、絵里は優人と同じように親に感謝するだろうか?
そんな事を不意に考えた。
絵里は椅子から立ち上がり、伊藤をチラッを見ながらマスターの後を追って酒場を出て行った。
伊藤が憎たらしそうにこちらを見ていた。
村のはずれに小さな小屋がある。
そこが魔法の先生の家である。
絵里は絵本の中の髭むくじゃらで不潔な人で、話し辛そうな人をイメージしている。
「マスターは紹介が終わったら酒場に戻るの?」
絵里は不安そうにマスターに聞く。
「まぁ、俺は仕事があるからな。どうした?おじけついたか?」
そんな絵里にマスターが意地悪そうに聞く。
「ん~・・・怖い人ですか?」と、絵里。
「ああ・・・すげぇ怖くて偏屈なじじいだな。
ちょっと気に入らない事言ったら魔法でボンた。」
マスターはビビる絵里を嬉しそうに脅す。
「ええええ~・・・。
優人さん来るまで待った方が良いですかね?」
絵里は真剣な顔でマスターに聞く。
「あんな糞生意気なガキが来たら即戦闘開始だろうよ。」
マスターががははと笑う。
人の気も知らないで・・・。
絵里は少しムッとする。
「おーい!!エシリアちゃん!!生徒連れて来たぞ!!」
マスターが魔導師の先生の家のドアをドンドン叩きながら、エシリアと言う人を呼ぶ。
女の人っぽい名前だけど、この世界の人の名前のパターンは全く分からない。
エシリアなんて可愛い名前のおじいさんなのに偏屈なのかと絵里は緊張する。
「はーい。」
ガチャと扉を開けて出て来たのは胸の大きな魔法使い風の女性だった。
年は二十歳を少し越えたくらいか?
「おう、エシリアちゃん。この子だ。中々に図太い神経してるが賢い子だ。よろしくな。」
マスターが絵里の背中をポンと叩き、エシリアと言う人に紹介をした。
「はい。よろしくお願いします。」
エシリアは丁寧に絵里に挨拶をしてくれた。
あれ?
この人は兄弟子かな?
「宜しくお願いします。」
絵里も頭を下げる。
「じゃあ、俺は戻るな。」といってマスターは酒場に戻って行った。
「それではまずは魔腔を開けますね。部屋に入って下さい。」
マスターを見送ると、エシリアは絵里を家に入れてくれた。
「え?あっ・・・はい。」
絵里はそそくさとエシリアの後を追う。
部屋の中は質素だが綺麗だった。
魔法の本とかが綺麗に棚に整列して並べられている。
エシリアが綺麗に装飾されている絨毯をどかすと下に魔方陣が描かれていた。
「ここの中心に立ってもらって良いですか?魔腔を開く儀式を行いますので。」
エシリアがニコニコしながら絵里に言う。
化粧っ気は無いが、品があって綺麗な人だ。
こんな人と偏屈親父が一緒に暮らしていると言うイメージが付かない。
偏屈親父と一緒にいれるから、やっぱり優しくなるのかなぁ~・・・。
「先生はいらっしゃらないんですか?」
絵里はまだ見ぬ偏屈魔法使いに怯え続ける位ならさっさと会って安心してしまいたいと考えた。
「え?先生?私ですよ?」
エシリアがきょとんとした顔で絵里に答える。
あの・・・糞マスター!!!
からかったな!!
魔法の先生の話をしている時のマスターは確かに楽しそうだった。
あれは怯える絵里を見て楽しんでいたのだ。
絵里は一人で地団駄を踏む。
エシリアは何を怒っているのか分からず、困惑中だ。
その後、魔腔を開いた絵里はエシリアに風水魔法のあり方や属性の意味を教わる。
魔腔を開く為の儀式は実は形式的なモノで、絵里の魔力を高め、魔腔を開きやすくする為のモノである。
付与魔法と言う魔法の種類で、高位の魔法使いはその場でポンっと魔腔を開く事が出来る人もいるらしい。
逆を言うと強制的に魔腔を閉じ、魔法使いを無力化すると言う戦い方をされると勝ち目が無いので気を付けるよう忠告された。
もっとも、そのレベルの魔法使いを相手にし、魔腔を閉じさせると言う選択肢を取らせるほど追い詰めることが出来ればの話だが・・・。
付与魔法とは、自分以外の外部のモノに自分の魔力を干渉させ、物質の本質を変える魔法の事を言う。
対象となるのは人工物や他人。
鉄に使い、鉄を高温にし、溶かしてみたり、人の魂を入れ替えたりする魔法であるが実践的では無いので、この魔法を覚えるのは武器職人だったりする。
エシリアは風水魔法使いと言い、自然の力を借りて奇跡を起こす魔法使いである。
元来、付与魔法は使えないのだが、魔法大国エルンにいる知り合いのルーンマスターに頼み、この魔方陣を貰う事で魔腔を開く事だけは出来るとの事だ。
ルーンマスター・・・。
確か、この村の本屋のおじさんが話していた。
絵里の持っている本の筆者も確かルーンマスターと言う称号を持っている。
「ルーンマスターって結構いるんですか?」
魔腔が開き終わり、絵里はエシリアとお昼を取りながら、質問をする。
昼食はエシリアが作ってくれた。
絵里も当然手伝ったが、エシリアの作る料理は酒場でマスター作ってくれるご飯よりも手が込んでおり、美味しい。
エシリアは魔法使いであるが、料理が趣味で、良くクッキーを焼いたりしているとの事だ。
女子力高めの綺麗なお姉さんに絵里はすぐに懐いた。
「ルーンマスターはそんなにはいないかなぁ~・・・。
私も知り合いでルーンマスターの称号を持ってる人はその人しかいませんしね。」
エシリアは紅茶を飲みながら絵里に答える。
「どんな人なんですか?」
絵里はルーンマスターについて聞く。
エシリアは顎に手を当てながら、絵里の質問に答えた。
「ん~・・・。
一見すると自由奔放で既成概念に捕らわれない人ですね。
一緒にいるといつも驚かされます。
でも・・・凄く元気な反面、努力家で、一途な所がある女性です。
私がフォーランドの田舎で魔法の先生をやると言った時、皆に反対されましたが、その人だけ協力してくれましたから・・・。」
エシリアが答える。
「そうなんですね!
なんかカッコイイですねぇ~・・・。
この本を本屋で買ったんですが、同じ人ですか?」
絵里は『天上界のルールと常識』と言う本をエシリアに見せる。
「ええ。そうですよ。
フォーランドにその本を持って行く条件であの魔方陣を作って貰ったんです。
いつかエルンに行く事があったら、訪ねて見ると良いと思います。
気さくな人で、同じ地上界出身と言うだけで友達になってくれると思いますから。
何か可愛い物をお土産に持って行くと喜びますよ。」
エシリアが優しく微笑みながら絵里に答えた。
午後からは実践練習が始まった。
最初は、コップに入った水に指を入れ、水の塊をコップから取り出すと言う練習をする。
エシリアがお手本を見せてくれ、絵里がそのマネをする。
魔腔を開き、魔力が出る感覚は何となくわかる気がするが、中々思う様に水の塊を取り出すことは出来ない。
根気強く練習をする事で、エシリアと比べるとぎこちないが、やっと出来るようになったと言う感じだ。
3時を過ぎた頃からは、2人で紅茶とお菓子を食べ、地上界と天上界の話をしたりしながら、稽古をしていた。
エシリアもその知り合いのルーンマスターの故郷に興味があるようで、絵里の話を興味深く聞いてくれた。
ちょうど優人達が熊に遭遇している時間である。
帰り際、仲良くなった絵里はまた遊びと勉強しに来て良いか尋ねるとエシリアは快くおいでと言ってくれた。
酒場に戻ると絵里はマスターにお礼と文句を言い、カウンターでマスターがお詫びにおごってくれた紅茶を飲みながら、『天上界のルールと常識』を読む。
マスターがちょくちょく声を掛けくれるので逆に集中力も途切れることが無く、本を読む事が出来た。
「カ・・・カムイだぁあああ!!」
酒場の扉を開け放ち3人の冒険者風の男がなだれ込んできた。
「カムイだと!?お前ら怪我はねぇか?」
マスターが血相を変えて3人に駆け寄る。
「おいっ!優人はどうした!?」
マスターが3人に問い詰める。
絵里は『優人』と言う言葉に反応する。
「ゆ・・・優人さんは俺たちをかばって・・・。」
ショートソードを持っていた男がマスターに言う。
「優人さんを置いて来たの!?」
マスターが言うより先に絵里が冒険者に食ってかかる。
「せめてどうして一緒に戦わないんですか!?あなた方は冒険者でしょ?」
絵里はカムイが何なのか分からない。
分からないがマスターや逃げてきた人の表情を見れば分かる。
かなり危険な敵だ。
「あんなの無理だよ!危なすぎて近づく事すらできねぇ!!」
斧を持った男が絵里に逆切れする。
「マスター!私、行ってきます!!」
絵里がマスターに言う。
「バカ言ってんじゃねぇ!優人がヤバイってんだ!!お前が行っても足手まといだよ!!」
マスターに言われ、グサッと来る。
「私・・・どうすれば・・・。」
何もできず、途方に暮れ、絵里は泣き出しそうになる。
「まぁ、優人はああ見えて戦闘のセンスはある。案外ケロッとした顔で逃げてくるかもしれねぇ。」
泣き出しそうな絵里を気遣い、マスターはポンと絵里の頭を叩く。
「お前ら、それより優人に戦い方はしっかり教わって来たんだろうな?」
マスターの質問にみんなうなづく。
この時初めてこの3人と優人の関係が絵里は分かった。
この3人は優人に戦い方を教わっていたのだ。
天上界に来たばかりの・・・まだ実戦経験が浅い神隠し子に・・・。
その程度の3人である。
優人さん・・・死なないで・・・。
マスターと絵里と3人は日が落ちるまで、酒場で優人の帰りを言葉少なに待つ。
絵里も生きた心地がしない。
心臓が破裂しそうだった。
ガチャ
不意に酒場の扉が開くと、一斉にみんなが扉に振り向く。
優人だ。
ケロッとした顔をしている。
一見、外傷はないが袴が泥だらけだ。
「優人さん!!」
絵里が優人に駆け寄る。
「おお?どうだった?魔法の稽古は?」
優人は何事も無かったかのように絵里に聞く。
「そんなのどうでも良いです!!
なんで毎回人を心配させるような事ばっかりするんですか!?」
絵里は涙目で優人に文句を言う。
「ああ・・・ごめんな。
でもどうしても倒してみたくなって・・・。」
優人の一言に周りがざわつく。
倒す?
「おい・・・お前さん。
カムイから・・・逃げて来たんだよな?」
マスターが振るえる声で優人に聞く。
「いや?あ・・・シルフの瞳、確認お願いします。」
シルフの瞳を受け取り、マスターはそそくさとシルフの瞳を機械にハメこみ、モニターを見る。
「はぁ!?カムイ討伐・・・してやがる!!」
マスターの言葉に3人の冒険者もびっくりする。
「今日の仕事の総額・・・31万8000ダームだよ!
なんだ、お前・・・勇者か何かになるのか?」
マスターがびっくりしながら金を優人に渡す。
「いやいや・・・カムイはきつかったよ。
俺の刀の刃がちょっとかけたっぽいし・・・。
明日、鍛冶屋で刀研ぎなおしてもらわないと・・・。」
言いながら優人は金を受け取る。
「絵里?飯は?」
金を受け取ると優人は絵里に聞く。
「まだです・・・。」
絵里はまだ状況を理解していない面持ちで答える。
「じゃあ食おう。」
優人は絵里と飯を食う。
絵里は覚えたての魔法を披露し、優人をびっくりさせたかったのに・・・。
優人がもっと凄い凄い事をしてきてしまい、恥ずかしくて言えなくなっていた。
「魔法ネタは明日だな。」と絵里は自分を慰めた。