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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第四章~新たな旅の序曲~
28/59

第二十七話~強き戦士~

無事、ガラハに拵えの作成依頼を済ませた優人達はガラハを村の出口まで見送り、食事をする事にした。

ミルフィーユのおかげで打ち解ける事が出来た優人達はガラハに着いていた奴隷の首輪について聞いてみたが、聞いてみると大した事はなかった。

玄乃が首輪無しだと亜人狩りに狙われるからお守り程度に付けてくれたとの事だった。

これを着けることで玄乃に歯向かえなくなるが、そもそも玄乃自身が奴隷に興味が無い事。

そして、ほとんど別々に生活しているので支障が無い事を理由にガラハも素直に首輪を着けた。

「どうせ亜人狩りが来ても返り討ちにするが、数が多くてうっとおしいから感謝している。」らしい。

亜人狩りはただのチンピラの集まりではなく商売なのだ。

亜人であれば無条件で捕まえれば良いのではなく、『主人のいる亜人』を捕まえる事は窃盗だと認識しているらしい。

綾菜はそれでも「亜人の意志を無視している。」と気に入らない様子だったが、優人は「それでも救いの道はある。」と今回の話を捉えた。



食事は村のメイン通りの脇にある定食屋で取る事にした。

今回、優人は拵えで大金を使ったので、そのお詫びに2人に好きなものを奢ってあげる事にしたので2人はご機嫌で昼食を沢山注文していた。

綾菜はミートソースのパスタとサラダとトマトスープ。食後にパフェと紅茶。

ミルフィーユはパンケーキとアイスクリームとパフェとホットミルク。

そして、優人はステーキとパンと珈琲を頼んだ。


パンケーキとアイスクリームが来ると、綾菜はパンケーキの上にアイスクリームを乗せた。

冷たいアイスクリームは温かいパンケーキの上に乗るとすぐに溶け出す。

パンケーキの熱は下がり、アイスクリームの甘さと上手くマッチしてより美味しく食べられる。

綾菜がナイフでパンケーキを一口サイズに切ると、ミルフィーユがフォークで小さくなったパンケーキを刺して自分の口に運ぶ。

そして、パンケーキの甘さにご満悦の表情を見せる。

そんなミルフィーユの顔を眺めながら綾菜もパスタとサラダを食べ始める。

時々、ミルフィーユの口の周りにアイスクリームが付くと、綾菜はすぐに口の回りを拭き取ってあげる。


そんな何気ない風景が優人はたまらなく好きだ。

綾菜が好きなのか、ミルフィーユが可愛くて仕方ないのか。

何故こんなにこの風景が愛おしいのか自分でも分からない。

少し前まで、綾菜と会うことすら出来なかった。

綾菜の声も、顔も、匂いも、体温も、全て優人は感じる事が出来ず、暗い世界をさ迷い歩いてきた。

何度も絶望し、幻滅して生きてきた過去を不意に思い出す。

この当たり前の幸せは、やはり奇跡なのかも知れない。

心を通わせた恋人通しが毎日会う事はとても幸せな事なのだと優人は2人を見ながら改めて自覚する。

ミルフィーユという可愛い娘と恋い焦がれた自分の彼女。


・・・奥さん・・・。


優人は思わず顔を赤らめる。

綾菜が自分の奥さんだとか、考えただけでも嬉しすぎて、照れてしまう。

そんな優人に気付き、綾菜がミルフィーユに「パパは気持ち悪いねぇ?」とか酷い事を吹き込んでいた。



「今月のノルマ間に合わなくないか?」

平和な気持ちで2人のやり取りを眺めていた優人の耳に不意に隣の席の男達の声が入り込んできた。


「ここらは野良がもう少ないからな・・・。乱獲し過ぎたのかもな・・・。」

「その点牧場を持ってるアリゼットは賢いよ。これから追捕獲やるみたいだぜ。」


ノルマ?

野良?

牧場?

追捕獲?


この村の存在理由とこの用語を聞いて優人は隣の席の男達は亜人狩りだとすぐに理解した。

亜人狩りの組織にはノルマがあって、狩りの対象になる亜人、奴隷の首輪を付けていない亜人を野良と言っているのだろう。

しかし、そこで優人が引っ掛かったのは『牧場』と『追捕獲』という用語だった。


亜人を養殖しているのだろうか?

ノルマが足りないから追捕獲と言うのは養殖している亜人を追加で捕まえると言う事か?

しかし、亜人は人間並に頭が働き、感情もあるのを優人は天上界の生活で理解している。

そうすると、牧場なんて成立するだろうか?

奴隷にされる運命しかないと分かっていながら黙って従うなんて普通に考えておかしい。


優人は2人の会話に耳を傾ける。


「かと言って、首付きを捕獲してもな・・・。」

「それをやったらエルンでも亜人狩りが禁止になっちまうよ。」

「エルンでの禁止は絶対だからな・・・。エルオ導師を敵に回したら俺達の組織は一瞬だ。」


ここでもエルオの名前が上がった。


「ねぇ、綾菜?エルオ導師って強いのか?」

優人はパスタを食べている綾菜に小声で尋ねた。


「ん~・・・。強いかと聞かれれば、最強だと思うよ。勝てる人なんていないんじゃないかな?

もしかしたらアニマライズのアムステルすらをも倒せる唯一の人だと思う。」

綾菜の返答に優人は驚く。


アニマライズのアムステル。

昔はグラムハーツと言う名でジハド神と戦ったドラゴンだ。

倒せなかったジハドは苦肉の策で名前で縛り付けたという神話が残っている。

神話の時代を生きた、大陸程の大きさを持つ赤竜だ。

普通に考えて倒しようがない。


「どうやって倒すんだ?そんなの?」


「禁呪と言われているメテオフォールって魔法を使うの。

次元をいじって宇宙を飛び交う隕石を頭上に落とすみたいだよ。」


「隕石!?次元!?」

桁外れの話に優人が飛び上がる。


「うん。故意に隕石を落とせるみたい。けど、禁呪だけどね。ヤバイのはその威力だけじゃないみたい。」

綾菜の言葉の意味を優人は理解する。

地上界にいる人間ならば大半が知っているはずだ。

太古の昔起こったとされる、恐竜絶滅の要因とされている隕石の衝突だ。

その破壊力も桁外れだが、絶滅の原因とされているのは隕石に付いていた菌ともされている。

隕石と共に突如表れた、正体不明の細菌。

それをばらまけば、解析が間に合わず意図しない人間を沢山巻き込む無差別殺人魔法だ。

次元魔法とは、そういう危険な事が出来てしまう魔法だと優人はここに来て、その驚異を実感した。


「そりゃ・・・勝てないな・・・。」

優人は呟く。


「エルオ導師と戦うつもりだったの?」

綾菜が半ば優人を馬鹿にするように笑いながら聞く。


「エルオ導師が悪人だったらやるしかないだろ?これだけ不幸を呼んでいるのに亜人狩りを禁止しないのが引っ掛かる。」

優人は笑う綾菜に言う。


「エルオ導師は悪人ではないと思うよ。ただ、善悪の判断に迷ってるんだと思う。」

綾菜がパスタを再び食べ始めながら話を始めた。

綾菜はエルンが亜人狩りを禁止しない理由について語りだした。


エルオの考えの基本は『生体を知る』事から始まる。

生体を知ると言うことはその生き物を倒す為だけではなく、生かす事も共存する事も出来るようになる事である。

例えば、犬に例えると犬が吠えるのは異常を知らせる為だと知っているから人間は犬を番犬として飼うことが出来る。

毛並みの艶で健康状態を知れるから体調不良だと気付き、早めに治療をしてやれる。

ネギに含まれる成分で食中毒を起こすと知っているからネギを食べさせないように気を配れる。

人は『知る』事で救う事も出来れば、共存する事も出来るのだ。

その為の研究は必然で、その為に時には犠牲を払う事も未来のためにはやむを得ない。

これがエルオの考えの根本にある。


しかし、一方でこの考えを間違った形で理解している学者も少なくないのが現実としてある。

研究の為に命を奪うのは正しい・・・と。

そして、それを嫌がる亜人を強引に捕獲し、研究材料にする現実がある。

ここが難しい所なのである。

本来ならば亜人に了解を得て、お互いに納得の出来る取引の上で研究が出来れば良いが、過去の過激な研究が尾を引いて亜人は人間を嫌っている。

そして人間の学者達は研究発表で高評価を得るために残酷な研究をする。

悪循環だ。

人間は逃げたり戦ったりする亜人を効率良く捕獲するための亜人狩りという組織を作り、より多くの亜人を不幸の底に叩き落とし、亜人は日に日に人間を恨むようになる。

かと言って、亜人狩りを禁止すれば研究が止まり救えるものも救えなくなる。

全てを悪と言えない問題がそこにはあった。


「なるほど・・・。」

綾菜の説明を聞いて優人も言葉を失う。


「実際問題、私自身もその研究結果をある程度聞いてるからミルちゃんの能力と問題を知ることが出来て、予防出来てるんだしね。

赤竜の亜人の膨大すぎる魔力量とか知らなかったら、ミルちゃんを見殺しにするしか無くなってたし・・・。」

それを聞かされてなおさら優人は悩む。


「さて・・・とりあえず、アリゼットにノームのお裾分けを貰いにテーベに行ってみるわ。」

隣の席の男が立ち上がる。


テーベのノーム!?


優人は確認するより先に背中の槍を立ち上がる亜人狩りの真横に突き立てていた。


「な・・・なんだ?あんた・・・。」

優人の行動に驚き、硬直する2人に気付き、優人は焦る。

しかし、ここまでやったら後戻りは出来ない。


「テーベのノームのお裾分けってどういう事か教えていただきますか?」

優人の言葉に亜人狩りの男は青ざめる。


「聞いてやがったのか・・・。」

「あそこは俺達の縄張りだ。譲らねぇ!!」


2人は優人を亜人狩りの商売敵だと勘違いしたようだ。

武器に手をかけ、席から立ち上がり、優人とにらみ合う。


「ちょっと、ゆぅ君。町の店の中だよ。」

綾菜が亜人狩り2人とにらみ合う優人の側に近寄り小声で注意をする。


「こいつら、テーベを牧場とか言ってた・・・。何があっか分からないが、ノームで稼いでる。」

優人の言葉を聞き、綾菜の顔色が変わる。

綾菜はシノの事を優人よりは知っている。

テーベの隠里の事も何があったのか知っている。


「亜人狩りはテーベのノームを年、5人ずつ渡すように脅してるの。

それを・・・牧場呼ばわりするなんて、馬鹿にし過ぎだわ!」

綾菜の説明で全てを理解した。

ノームを脅して牧場呼ばわりしていたのだ。

追捕獲とは、年5人の約束を破り、余分によこせと言うことだと。


「ゴミどもが・・・。」

優人は怒りで体が震える感覚を覚えた。


「お・・・お客さん、困ります!」

今にも暴れだしそうな優人達の間に店主が急いで止めに入る。


ガバッ!

亜人狩りの1人がその店主の胸ぐらを掴み自分の方に寄せ、首に腕をかけて人質にした。

喉にはショートソードの刃を当てている。


「へっ、動いたらこいつを殺すぞ?正義マン。」

亜人狩りが優人を睨んで言う。

それを見て、綾菜がクスッと笑う。


「な・・・何がおかしい!!」

笑う綾菜に亜人狩りが怒鳴る。

綾菜が見下すように亜人狩りに答える。


「ゆぅ君相手にこの至近距離でそれをやるのは自殺行為だと思ってね。」


「あん?」

亜人狩りは綾菜の言葉の意味を理解出来ずに綾菜を睨み付けていた。


「2速発進。」

優人はミッションドライブの2速を使い、机に刺した槍を持つ。

綾菜に気を取られていた亜人狩りが突然動き出した優人に気付き、身構える。


「3速。」

槍を引き抜きながら優人は徐々に攻撃の速度を上げる。

亜人狩りは一瞬、優人に対応するか人質を殺すか考える。


ドシュッ!

次の瞬間、優人の槍が亜人狩りのショートソードを持つ右腕の肩に突き刺さる。

この時、優人は槍を亜人狩りの右腕の肘の下から内側を通して肩を刺している。

そして、突き刺した槍の柄を上に持ち上げる。

亜人狩りはショートソードを持つ右腕を無理矢理持ち上げられた。

ショートソードの刃は店主の首から離れている。

そして、痛みに顔を歪める亜人狩りの顔を左手で掴み、そのまま机に頭を叩き付けた。


ガンッ!

鈍い音を鳴らし、机は壊れ、亜人狩りは机の破片と一緒に床に倒れ込んだ。


「て・・・てめぇ!!」

横にいたもう1人の亜人が状況判断をし、優人を標的にする。

しかし、その時には優人は槍を亜人狩りの右肩から引き抜き、その勢いでもう1人の亜人狩りに横なぶりの一撃を入れていた。


ドンッ!

優人は槍の扱いには慣れていない。

居合刀であれば、この角度で入れば相手を真っ二つに出来るが、槍の間合いだと当たったのは槍の柄だった。

しかし、柄は亜人狩りのあばら骨に直撃する。

斬ることは出来ないが骨はへし折った感覚が優人の手に伝わった。

亜人狩りは店内の壁に吹っ飛びそのままうずくまる。

優人は骨をへし折った感覚のある自分の手のひらを一瞬確認する。


斬る感覚より、気持ち悪い。


慣れない感覚に少し動揺したが、優人はすぐに視線を戻し、うずくまる亜人狩りに近付く。


「死にたくないか?」

うずくまる亜人狩りに優人が聞く。


「ああ・・・。助けてくれ。」

亜人狩りが優人に命乞いをする。


「なら答えろ。テーベの隠里で何が起こっている?」


「な・・・仲間のアリゼットって男がノームを徴収しに行ってるだけだ。」


「徴収?年5人の約束じゃないのか?」


「そ・・・そんな約束よりノルマの方が大事だ。あいつらどうせビビって言いなりだから・・・。」


そこまで話すと怒りの表情を浮かべた綾菜が優人の横に立つ。

「ビビって言いなりの里のノームを回収して売ってるの?」


「当たり前だろ?俺達は犯罪は犯していない!助けてくれ!!」


「そう言ってるノームをあなた方は売りさばいてるんでしょ!!」

優人も綾菜も亜人狩りのやり口に腹を立てた。

いや、どんなやり方でも恐らくはムカついたと思う。

テーベには友達のシノがいるのだから・・・。



優人は亜人狩りを一発殴り倒すと、綾菜と目を合わせた。

綾菜は優人と目を合わすと黙って頷く。

それを確認すると、優人は定食屋を飛び出していった。


定食屋には、倒れた亜人狩り2人が倒れていた。

テーブルにはまだ食事をしているミルフィーユがいる。


「待ってぇ~・・・。」

ミルフィーユが泣き出しそうな顔でパンケーキを完食しようと頑張ってパンケーキを口に運んでいた。


綾菜はミルフィーユの元まで歩いて行き、頭を撫でる。

「大丈夫。ママはここにいるから良くハムハムしてからゴックンしてね。」


「パパは?」


「パパは急用が出来たの。大丈夫だからね。」


「うん・・・。」

ミルフィーユは黙ってパンケーキを食べ始める。

綾菜はミルフィーユにご飯を食べるまで立ってはいけないと教えていた。

ミルフィーユは素直に綾菜の教えを守ってくれていたのだ。

可愛くて真面目で優しい性格のミルフィーユ。

綾菜もこの後テーベへ行きたいが、ミルフィーユを戦闘に巻き込みたくないと思った。


「コール、あにゃ、ゆーにゃ!」

綾菜はあにゃとゆーにゃにミルフィーユの子守りを頼み、優人を追うことにした。

その前に、まずは店主に詫びを入れとかなきゃいけないが・・・。


綾菜は店主所へ歩いていく。

「申し訳ありませんでした。壊したテーブルは弁償します。」


「い、いやいや。良いですよ。亜人狩りが店内で暴れるなんて日常茶飯事ですから。

逆にやっつけてくれてありがとうございました。少しスッとしました。」


「そうですか。本当にすみませんでした。では掃除だけでも・・・。」


「大丈夫ですよ。それより、旦那さん、急いで出ていきましたが何かあったのでは無いですか?」


「はい。実は・・・。」

綾菜はバツが悪そうに返事をする。


「お子さんも預かりましょうか?上に部屋がありますし。」

店主の言葉に綾菜の表情が明るくなる。


「それは助かります!ありがとうございます。」


「いえいえ。」

綾菜は店主に御辞儀をするとパンケーキを食べ終えたミルフィーユの所へ行く。


「ミルちゃん。ママも少し出掛けてくるから、ここで良い子にしててくれる?

あにゃとゆーにゃがいるから2人と遊んでて良いからね。」


「ミルは付いてきちゃダメ?」

ミルフィーユが寂しそうに聞く。


「うん。怖いから待っててね。」


「うん・・・。」

嫌そうに返事をするミルフィーユのおでこに綾菜はキスをすると立ち上がる。


「あにゃ!亜人狩りがミルちゃんを襲ってきたらダグフレアぶちかまして良いから!

ゆーにゃ!ミルちゃんに変な事教えたらダグフレアぶちかますから!」

綾菜は召喚した2人に指示を出すと店を飛び出そうと走り出す。


「綾菜、優人に可愛がって貰ってこいでし!!」

ゆーにゃが大声で綾菜を送り出す。


「馬鹿!!」

言い返す綾菜の声は照れのせいか小さく聞こえた。



山道を走る優人は頭の中で整理をしていた。

亜人狩りは年5人、里のノームを謙譲する事で仮初めの平和を与えている。


そうするとシノが里の外にいる理由は里の皆に売り渡されたのだと察しがつく。

シノは気性が荒めの女性だ。

だからきっと牧場にされる前に亜人狩りと戦い、殺されていたはずだ。

しかし、村の人間がシノを宥め、奴隷として謙譲する事でシノの命を救った。

シノはそれを『裏切られた』と思っているはずだ。

シノは隠里の里の民に裏切られ、亜人狩りの非人道的なやり口により、人間不信になっていた。

そこで知り合った綾菜にも中々気を許せず、未だに『奴隷』を口実に綾菜との関係を作ってきた。

その結果がシノの変な語尾だったのだ。

あの語尾の『デス』は話したくもない敬語を無理に話してたからああなったのだ。

隠里の連中と上手く行ってないから別れ際に綾菜が里帰りをするシノに『負けるな』と言っていたのだ。


そこで優人の頭を過る不安が一つ。

里の人間と上手くいっていないシノに追捕獲をしにきた亜人狩りが会ったら・・・。


優人は休むことなくひたすら山道を走り続け、シノと別れた獣道の入口に到着した。

獣道の入口はシノと別れたときよりも道幅が大きくなってるように見える。

優人は入口付近でへし折られていた雑草の幹を見る。


幹から水が出てる。


亜人狩りか誰かは分からないが、優人の来る直前に何者かがここを通ったと言う証だ。

優人は雑草の確認を終わらせると、獣道に入って行った。

獣道は走りづらく、見失い易いが恐らく数人の人間が歩いたのだろう。

比較的道になっていたお陰で優人は迷う事なく獣道を抜ける。


獣道を抜けた優人の視界に入ってきたのは、少し広がった野原の先にある木で作られたお粗末な塀と、その入口付近で肩膝をついた傷だらけのシノの姿だった。

シノの睨む先にはニヤニヤと笑う人間が10名程と、牢屋に入れられ泣いているノームの子ども達。

そのシノ達から離れた所にノームの姿が50人位見える。

人間達の先頭に立っている男は大きな剣を抜き身で肩に掛けて余裕の表情を浮かべている。

恐らくシノをいたぶって楽しんでいるのだろう。

その男が優人に気付いた。


「さて・・・ちび。新しい客も来たみたいだし、そろそろ終わるか?」

大剣を肩に掛けてる男がシノに言う。


「客?まだ私の接客が終わってないデス!」

シノは答えると、力を入れ、大斧で体を支えながら立ち上がり、そして構える。

しかし、その体は今まで散々痛め付けられ、体力もほどんど無くなっている。

構える斧も安定せずにふらついていた。

そんなシノの姿を大剣を肩に掛けた状態のまま男はジッと見つめ、シノに言う。


「お前をまた捕獲して販売すれば、また金になると思ったが・・・。

それをお前の元主人が見て、騒ぎにされても困るよな・・・。」


「・・・。」

シノは大斧を身構えたまま、男に何も答えずにいる。

綾菜に関する情報をあいつらに渡したくない。

綾菜にこいつらが手を出す理由は無いが、綾菜の側にはミルフィーユがいる。

ミルフィーユはノームなんかより圧倒的に価値の高い赤竜の亜人だ。

万が一、こいつらにミルフィーユの存在がバレたらと思うと嫌な予感しかしない。


「また、だんまりかよ。俺達は心清き真面目な猟師なんだよ。トラブルはゴメンなんだ。

お前がどういう経緯で戻ってきたか教えろよ。

30万はそこそこの金だから欲しいんだけどな?」

大剣の男がシノに言うがシノはその事に関しては一切話す気にならない。

そんなシノに大剣の男も痺れを切らす。


「じゃあ、もう死ねよ!!」

男は大剣の柄に左手を添え、両手で持つと、シノの頭上目掛けて力一杯切り下ろした。


ガキィン!

その大剣を止めたのは新しい客。

優人だった。

優人はミッションドライブを使い、移動速度を上げ、シノと男の間に割って入り、槍の柄で大剣の一撃を止めた。

突然の優人の登場に驚くシノと、自分の一撃を止められた事に驚く男。

優人は男の足に一瞬目をやると、大剣を止める槍の柄をグッと男の方に押し込み、槍を足めがけて払った。

男はその一撃を後ろに飛んでかわす。


優人は男からすぐに目を剃らし、シノの方を見る。

シノは体中擦り傷だらけで、唇から血を流していた。

所々にアザも出来ている。

その傷から察するに、大剣の男はシノの攻撃をかわし、足を引っかける等して転ばせていた事。

それと致命傷にならない程度に殴りや蹴りをしていたのだろう。

力重視の戦士で、弱い者をなぶるのに特化してる戦士だ。

そして、自分が強いと勘違いをしている節もある。

さっきの優人の一撃を後ろに飛んで回避した。


これ自体はセオリーなのだが、反応が早すぎる。

槍を押して、目の動きを見ただけでこの男は回避の姿勢に入っていた。

弱者を相手に自分が強いと思い込む人間。

この手のタイプの人間は周りにも自分が強いと知らしめたくて仕方のない奴が多い。

その為に相手の攻撃を食らわない事に注意を払う傾向が強いのだ。

簡単に言うとフェイントが効きやすい。


「シノ。大丈夫か?」

優人はシノの体の心配をする。


もっとも見た目程のダメージは食らっていないとは思っているが・・・。


「何をしに来たデスか?人間。」

シノは冷たい眼差しを優人に向けて答える。


「何って・・・。お前を助けに来たんだよ。」

優人はシノに答える。


「頼んでないデス。消えてください。」

言うと、シノは優人から視線を大剣の男に移し、斧を構えて歩き出した。


「人間なんて、信用してないデス。邪魔デス。」

シノの言葉に優人もカチンと来る。

優人は槍を背中にしまい、獣道の方へゆっくり歩き、そして、座る。


「お・・・おい!やらねぇのか!?」

大剣の男が優人に聞く。


「お呼びでないらしい。俺はここで見てるから続けてくれ。」

優人は大剣の男に手を振りながら答えた。


「そ・・・そうか。」

大剣の男はホッとしたような表情を優人に見せ、シノに向き直る。

恐らく、さっきのやり取りで優人には苦戦すると感じたのだろう。

もっとも、逆に優人はこの大剣の男は大した事がないと判断しているが・・・。

この大剣の男は、そもそも『殺し』を知らないと直感した。

さっき、シノに止めを刺そうとしていたが、大剣の割りに一撃が軽かったのだ。


優人は過去に一度、大剣の使い手と戦闘をしている。

フォーランドの山賊、デュークだ。

彼は優人を殺す気で剣を振るった。

その攻撃の一発一発が重く、優人は苦戦をした記憶が残っている。

あれが殺意の剣なら、この男は喧嘩で勝つ為だけの剣。

覚悟も何も無い。

それ以上にあの程度の剣に苦戦しているシノもみっともないと優人は思っていた。


シノは必死に攻撃をするが、その攻撃はかわされ、大剣の男は剣で攻撃をせず、蹴りや拳をシノにぶつけ続けている。

本当に弱い者をなぶるのは上手いと優人は呆れる。

そして、シノが攻撃を食らう度に遠くで震えるノーム達。

攻撃を食らう度に大笑いしている亜人狩り達。


「・・・。」

優人はここにいるノームも含めた人間全員に苛立ちを覚えていた。


ドサッ!

大剣の男に吹っ飛ばされてシノが優人の近くに仰向けで倒れ込んだ。

息を切らし、目には力が失われかけている。


「助けるか?」

優人はシノに聞く。


「いらない・・・デス。」

シノは頑固にもまた優人の助けを拒んだ。


優人は立ち上がり、シノに怒鳴り出した。

「お前は何がしたいんだ!?」


「えっ・・・。」

突然の優人の怒鳴りに答えが見付からず、シノは倒れたまま光の無い瞳で優人を見詰めてきた。


「お前は何のためにここまでボロボロにされてるのか聞いているんだよ。

プライドか?それとも死にたいのか?」


「さ・・・里を守るために決まってるデス!」

立ち上がれず、仰向けになったままシノは優人に怒鳴り返す。


「だったら、状況を見ろ!お前はあいつに勝てない。

仲間がいたぶられてるのに黙って怯えてる里の連中は話にならない。

この状況を打破するなら方法は分かるだろ!?」


「里の皆を・・・悪く言うなデス・・・。」

シノは検討違いの事を優人に言い返してきた。


「悪く言うな?悪いに決まってるだろ?」


「ノームは・・・争いを好まない・・・デス。」


「違うね。争いを好まないってのは争いをする奴が言う言葉だ。

はなから争わないやつに好きも嫌いもあるか!!」

優人は大剣の男を睨み付ける。


殺した事もない戦士が戦士顔するな。


優人は目で大剣の男に訴えた。

大剣の男はたじろき、後ろに一歩下がる。


「お前の里の連中は争いを好まないんじゃない。

無責任で無神経で腰抜けなだけだ!

牢屋で泣いてる子ども助けず、我が身を案じてる薄情な連中だよ。

こんな連中なんて全員奴隷にされれば良い。

くだらねぇもん見せやがって・・・。」

優人は苛立ちついでに思った事を全て口にした。

優人の言葉にシノも返す言葉を失う。


「でも・・・それでも・・・。」

シノは優人に何か言い返そうと言葉を必死に探すが見つからない。

シノはシノの脳裏の中で楽しく過ごしたノームの里を思い出していた。


斧の使い方を優しく教えてくれた父親。

いつも暖かくて美味しいシチューを作ってくれた母親。

シノが初めて自力て木を伐った時は村長は大喜びをしてくれた。

近所のおじさんはシノに彼氏が出来ない事を心配してくれ、幼馴染みの友達とは良く一緒に釣りに行った。


シノは言葉に詰まり、両手で目を覆う。


「・・・けて・・・デス・・・。」


「ん?」

優人はシノに聞き返す。


「助けて・・・欲しいデス!!」

ポロポロと溢れ出る涙と共にシノは大きな声で優人に助けを求めた。


「よっしゃ!」

ニヤリと微笑み返し、優人も負けじと大声を出す。


「ギャハハハハ!!」

「だせぇ!命乞いしてやんの!!」

遠くで亜人狩り達の笑う下品な声が聞こえる。

優人はその亜人達を睨み付ける。

その瞬間だった。

優人の後ろからヒュンと何かが通り抜けた。


ドーンッ!!!


そして、亜人狩り達の目の前で爆発を起こす。

優人はゆっくり後ろを振り向くと、後ろにはぶちギレた綾菜の姿があった。


「遠くで笑ってないで掛かってきなさいよ!!」


爆発の煙が立ち込めるノームの隠里。

さっきまで飛び交っていた野次や笑い声は静まり返り、皆一様に綾菜を見ていた。

その目には怯えの色が伺える。

それもそうだろうと優人は納得していた。


綾菜が完全にキレているのだ。

仲間が笑いながら傷付けられる。

仲間大好きっ子の綾菜が最も耐えられない光景を目の当たりにしたのだから。


「何?大の男が寄って集って、私1人にヒビってるの?みっともないのはどっちかしら?」

綾菜は硬直している亜人狩り達に向かって歩き出す。


ガシッ

優人を無視してそのまま亜人狩りの方まで行こうとする綾菜の肩を優人が強く掴む。


「何?まだ助けないの?」

綾菜の声は優人に対してもきつくなっている。


「まぁ、待てよ。綾菜さんはまずはシノの回復をしてあげなさいな。」

優人は冷静を装って怒る綾菜を宥める。


「こいつら、絶対に許せない。」

綾菜が優人に手を離せと目で訴える。


「分かってる。でもな・・・。」

綾菜の肩を掴む優人の手に力が入る。


「つっ!」

優人の掴む力に綾菜の肩に痛みが走る。

突然の痛みに綾菜の声が詰まった。


「腸煮えくり返ってるのは俺もなんだよ・・・。」

優人の亜人狩りを見る目を見て綾菜は鳥肌がたった。

優人の目付きもかなりきつく、そして冷たい眼差しになっていたのだ。

綾菜は怒りを忘れ、優人の顔を見る。


「シノの痛みは良く分かる。同じ戦士だからな。

そして、シノの流した涙の重みも・・・。

それを笑うあいつらを綾菜に譲るなんて、出来ねぇ。」

優人の手は怒りで震えている。


「・・・。」

綾菜は少し優人の様子を見ると、観念する。


「分かったわ。おとなしくシノの回復をする。滅茶苦茶にやっちゃって!」

綾菜は諦めて優人に怒りを預けてくれた。


「ありがとう。」

優人は綾菜の肩から手を離すとゆっくりとシノの方へ歩いて行った。


「シノ・・・。大剣の男、倒せるか?」


「・・・。」

シノは優人の質問に黙って俯く。

現実を良くわかっている冷静な反応だ。

さっきまでシノはこの大剣の男に手も足も出なかったという事実があるのだ。

優人はため息を一つ付くと、シノに話を続ける。


「お前は読みが得意なんだよな?少し見てろよ。」

言うと、優人は大剣の男の所へ歩いて行った。



「お前、そのノームを見捨てるんじゃないのか?」

大剣の男は優人に聞いてきた。


「見捨てる気はねぇよ。」

優人は明るい表情で大剣の男に答える。


「それだと約束が違うじゃねぇか?」

と、大剣の男。


「うむ・・・。聞くが、信念を持たない猿との約束と誇り高き戦士の涙ではどっちが重たいかな?」


「あん?」

大剣の男は優人の質問の意味が分からなかったようで聞き返してきた。


「要するにお前達との約束なんて軽すぎて覚えてられないって事だよ。」


「なるほど・・・。残念だ。」

言うと、大剣の男は剣を振り上げ、優人に切り下ろしてきた。


大剣。

ジールド・ルーンの砦前で虎太郎の野太刀を実際に使ってみた優人だから分かる弱点がある。

大きな武器はその間合いの広さや重量による破壊力は抜群だが、実際は扱いが難しく、攻撃のパターンは単調になる。

この単調になると言うのは武器を扱う人と武器のバランスの悪さから生じるもので筋力どうこうで片付く問題でも無い。

簡単に言えば大型車と小型車の違いがある。

大型車になればなるほど切り返しが難しくなる。

広くて大きな道であれば大型車での運転は楽だが、細くて曲がりくねった道では大型車はストレスにしかならない。

剣を持っての接近戦で、優人の戦い方は細くて曲がりくねった道に近い。

大剣は不利なのである。

そして、大剣は右に振り上げ、左に切り下ろし始めた場合、右側に避けてしまえばその攻撃の切り替えはかなり難しい。

一度振ってしまえば振り切るしかないのである。

振った攻撃を切り替えてしまったらせっかくの重量による高火力の意味が無くなる。

つまり、フェイントが上手く出来ないのだ。


本来ならば優人はこの切り下ろしを横に避け、槍を短く持って隙だらけになったうなじ辺りを刺して戦闘を終わりにするが、今回、優人はそうはせず、一歩踏み込んで、大剣を受け止めて見せた。


ガキィン!

どんなに重たい武器であっても攻撃する武器の支点。

つまり、相手の武器を持つ手の付近で受けると力はさほどいらない。

これを打撃点をずらして受け止めると優人達は言う。

優人は軽々と大剣を受け止める。


「くっ・・・。」

恐らく、この大剣の男はこの一撃で相手の心をへし折り、その後はなぶっていたのだろう。

この一撃を2度も止められるとは思ってもいなかったはずである。

優人は槍に力を入れ、相手の足に視線を送る。

すると、やはり大剣の男は過剰に反応し、後ろへ避けた。


回避のパターンも一通りしかないのか・・・。


優人は少しガッカリしながら、追撃をせず、シノの方に目を向けた。

シノは綾菜に傷の手当てをしてもらいながら優人の戦い方をジッと見ていた。

優人の視線に気付くと、シノは黙って優人に頷いて見せた。

優人もシノに答えて頷き、そして大剣の男の方を振り向いた。


「お前の相手はシノがやるらしい。俺は雑魚で我慢するよ。」

優人は大剣の男に言うと、槍を持ったまま、後ろにいる亜人狩りの方へ歩き出した。

大剣の男はこれ以上優人に関わりを持ちたくないと思ったのか、黙って優人を見送る。



優人が後ろにいる数人の亜人狩りに近付くと、亜人狩りの緊張が高まるのが空気で分かった。

武器を身構え、優人を警戒している。

恐らく、亜人狩り達は多少の戦闘経験は有るのだろう。

目付けや武器の持ち方にブレが無い。

しかし、彼らの持つ緊張感は集中力によるものと言うよりは怯えに近い。

彼らは、逃げる亜人や無抵抗な亜人を捕まえる程度の意識で武器を持ち、相手と体面してきたのだろう。

武器を持ち、やり返してくる敵に対しては素人と変わりがないと優人は見立てた。


「多対一だ。そんなに警戒しなくても良いんじゃないか?」

優人は掛かってこない亜人狩りに話し掛ける。

しかし、亜人狩り達は優人の言葉に返事を返す事なく、ひたすら黙っている。


自分達が安全な時は大声を出し、はしゃいで傷付く相手を見て喜んでいた癖に・・・。


「ふぅ・・・。」

優人は大きくため息を付くと、次の瞬間、1番近くにいた亜人狩りの右太股目掛けて槍の突きを放つ。


「ぐわぁ!!」

優人に太股を突かれた亜人狩りは太股を押さえ、倒れこむ。

そのタイミングで優人は槍を横振りに払い、太股の肉を引き裂いた。

血しぶきが激しく飛び散り、辺りが真っ赤に染まる。

優人自身も返り血を浴びる。


くそ・・・。日本刀ならもっと綺麗に真っ二つに斬れるのに・・・。


優人は返り血に不快感を覚えながら心の中で愚痴る。

いつもの優人であれば、太股位なら骨ごと切り捨てる。

真っ二つに切り裂けば血は傷口から垂直に吹き出るので優人に血が届くまで多少の時間がかかり、避ける隙があるのだが、今回は真っ二つにいかず、肉に中途半端に押さえられた血は斬った優人目掛けて吹き出してきたのだ。

人肌の温度のヌルヌルした鉄臭い液体に優人は少し凹む。

うずくまる亜人狩りの腹部に蹴りを入れ、他の亜人狩りを見据える。


「や・・・やりやがった・・・。」

血の気がひいた亜人狩りが呆然としながら呟く。


「やりに来てるんだ。当たり前だろ?掛かってこないとドンドン死ぬぞ。」

優人は平然と亜人狩り達に答える。


ジャリ・・・

優人と睨み合う亜人狩り達の後方の数人が少しずつ、後ろへ後ずさりを始めた。


逃げる気なのだろう。

それも前方にいる仲間を盾に、優人の注意を引かせている隙に・・・。


とことん優人はここにいる人間が気に入らない。


優人は天上界の人間に多少の敬意を持っていた。

フォーランドで戦った山賊達も、フォーランドの村人も仲間を標的にさせて自分だけ助かろうなどとする者はいなかった。

ジールド・ルーンの砦前で戦ったスールム兵は隊長を守る為に自分の命すら投げ出して優人に一瞬の隙を作らせた。

カルマのような人間もいたが、あれはあれで信念と恨みがあった。

しかし、今、ここにいる亜人狩り達は我が身可愛さのみで仲間を売ろうとしている。

これでは地上界の優人の知っている連中と何ら変わりが無いではないか?

自分が楽になるために他人に重荷を平気で押し付け、平気な顔をしているあの地上界の人間達と・・・。


優人はおもむろに歩き出し、太股を斬った亜人狩りがさっきまで持っていたショートソードを拾った。

その隙に後ろにいた数人が背を見せて走り出す。


「逃がすかよ!!」

優人は槍に元素魔法をこめて走り出した亜人狩りに投げ付ける。


バチーン!!

優人の投げ付けた槍が亜人狩りの1人の心臓を貫き、そして、電撃を放つ。

その電撃は周りにいた亜人狩りに飛び散り、2人程感電死させ、3人を麻痺させた。

手前で硬直している亜人狩り3人がその優人の動きにビビって襲い掛かってきた。


キィン!

優人はその3人の攻撃をかわし、最後の1人の攻撃をショートソードで受け止めた。


「ひぃ!」

優人に攻撃を受け止められた亜人狩りが悲鳴をあげる。

優人は間髪を入れずに受け止めた亜人狩りの剣を受け流し、亜人狩りの首を流れる大動脈目掛けて切っ先を払いながら距離を取る。

ブシューと言う音と共に血しぶきが飛ぶ。

優人は返り血を避けたのだった。


「2速。」

そして、大動脈を斬ったショートソードをそのまま突きの手の内に持ち帰ると新技、『ミッションドライヴ』を唱え、もう1人の心臓目掛けて突きを放つ。


グサッ!

優人のショートソードが亜人狩りの心臓を貫く。


「ぐはっ!」

心臓を貫かれた亜人狩りが武器を持ったまま血を吐き出す。

優人は自分が持っていたショートソードの手を離し、亜人狩りの持っていた武器を取り上げると、再び亜人狩りから距離を取った。


バタッ。

心臓を貫かれた亜人狩りはそのまま地面に倒れる。

現時点で動ける亜人狩りは大剣を持つシノの獲物と優人が担当した雑魚が1人。

電撃を浴びて痺れている亜人狩りが3人。

優人に太股を斬られた亜人狩りが1人、まだうずくまっていた。


「あ・・・。」

ここで優人は少し我に返り、声をあげた。

優人は後で綾菜に止めを刺させてあげようと思っていたのだ。

しかし、10人いた亜人狩りの内、6人も殺してしまった。

優人はチラリと綾菜を見る。

綾菜はまだシノの回復をしていた。

大剣の男はこの隙に綾菜達に襲い掛かれば良いのに何故かシノの回復を待っているのか、やられていく仲間をただ両腕を組ながら見ていた。

ノームの里の連中は遠くでガッツポーズしたりしながらやはりこちらを眺めているだけ・・・。


本当に・・・助けたくない・・・。


優人がガッカリしていると最後の動ける亜人狩りが土下座をしながら命乞いを始めた。


「助けてくれ!俺達はただ、仕事をしていただけだ!」

優人は土下座と言う文化が天上界にもあるのかと思いながら、亜人狩りを見下す。


「お前らの仕事は亜人を狩るんだろ?狩られる覚悟はしてないのか?」


「そ・・・そんな事考えた事も無かった!俺には妻も子もいるんだ!頼む!!」

月並みな命乞いだ。

良く見る物語なんかではこの後、こいつは隙をついて優人に攻撃を仕掛けてくると言うのがセオリーだが、こいつらはどうなんだろう?

そもそも殺す度胸すら無い連中なのである。


「ところで、お前らさっき助けてくれって言ってたシノを笑ってたけど、どうなの?」

優人は不意にさっきの亜人狩りの反応を思い出し、興味本位で聞いてみた。


「あ、あれを笑ったのはジャバだ!もう死んでる。俺じゃない!!」


「・・・。」

とことんガッカリさせられる。


ドスッ!!

優人は土下座をしている亜人狩りの右肩に持っていたショートソードを突き立てた。


「ぐあぁぁぁ!」

土下座をしていた亜人狩りは右肩を押さえながら転がる。


「利き腕を失えば狩りは出来まい。これに懲りて足を洗うんだな。」

優人は転がる亜人狩りを見下ろしながら言い捨て、先程投げた槍を拾いに行った。

感電している3人も槍で足の筋を切り、2度と激しい動きを取れないようにした。

ここの連中は誰も信用出来ない。

今は戦意喪失しているが、優人がいなくなればまた狩りをする可能性がある。

痛みにもがく亜人狩り達をそのまま無視して優人は綾菜とシノの元へ戻った。


「シノ。怪我は?」

優人がシノに聞く。


「もう、大丈夫デス。」

シノは立ち上がり、優人に返事をする。


「大剣の男は任せるぞ。」


「分かったデス。」

シノは大斧を担ぐと大剣の男の所へ歩き出した。

シノは片手斧を左腰にぶら下げ、大斧で戦うスタイルに戻していた。

自分の戦闘スタイルに対する迷いはもう無いのだろう。

先程優人が見せた、大剣の攻略法がシノにどう伝わったか、優人はそこに興味があった。

優人と綾菜はそこから動かずシノの戦いを見守る事にした。



シノと大剣の男は黙って睨み合い始めた。

2人の張り詰めた空気が場を冷たく感じさせる。

静まり返ったその場には優人が止めを刺さずに放置した亜人狩り達の呻き声が時々聞こえていた。

シノは大斧を両手で持ち、右下に構える。

剣で言えば隠し下段の構えだ。

あの構えから発動し易い攻撃は剣だと上袈裟斬り。

若しくは真横に切り替えての横振りか、リスクは高いが真上に持ち変えての切り下ろしである。

優人であれば、シノの一撃に備えるならば上袈裟斬りのみ警戒して、他の攻撃ならば、後ろ回避で攻撃終わりに間合いを詰めて大斧を攻略する。

斧は、その形状からして攻撃終わりの突きが無いから攻撃終わりの隙は優人に取っては組しやすい。

大剣を持つ男は恐らく、エナのような基本に忠実な刀裁きをする戦士だと優人は推測しているが、大剣で斧とやり合う場合、どうシノの斧に対応するのだろうと思う。

自分が虎太郎の一虎を扱った時、そのでかさと重さが仇になり、思い通りの動きが出来なかった。

素早く反応し、回避して攻撃を返すのが大剣だと案外難しい。


隠し下段のシノに対し、大剣の男は晴眼に構える。

シノを格下に見てるはずのこの男が晴眼の構えをするのが優人としてはいささか気持ちが悪い。

晴眼の構えは防御主体の構えである。

ヘソの下に拳を置き、切っ先を目線に合わせる構え。

そこからは振り上げての兜割りや突き等色んな攻撃パターンが出せるが、突き以外、一動作がどうしても増える構えなのである。

格下と思っているならもっと攻撃的な構えでも良い気がするが・・・。


バッ!

優人が大剣を持つ男の構えに気を取られているその時、先に動き出したのはシノだった。

下に構えた大斧を力一杯袈裟に振り上げる。

シノは優人の予想通り、右下から左上にかけての逆袈裟に斧を切り上げた。

大剣を持つ男はその予想通りの攻撃に後ろへ退いてかわす。

そして、晴眼に構えた大剣を頭上まで振り上げ、降り下げる。


ガンッ!


「あ・・・。」

優人は思わず声を出した。

シノは振り上げた大斧を頭上にズラし難なく大剣の兜割りを回避した。

優人が先程見せた、打撃点ズラしをしながらである。

そして、そこで大剣の男が予想以上に戦闘経験が少ない事に気付いたのだった。

シノを始めとするノームは身長が低い。

その背は人間の腰ほどの高さしかない。

ここまで身長差があると、兜割りは避けられて当然の攻撃なのだ。

攻撃開始から頭に剣が当たるまでの距離が有りすぎるのである。

しかも、今回、シノは優人の教えた打撃点ズラしを実行しており、大剣を持つ男の腰付近まで接近している。

攻撃を受け止めると言うか、大剣はシノの斧にほとんど当たってすらいない。

あの一撃をばか正直に受け止めようとして吹っ飛ばされていたシノもあまりの衝撃の無さに呆気に取られている。


えっ?受け止める位置が違うとここまで違うデス!?


シノは大斧を自分を軸にグルッと回転させ、横ぶりの一撃を放つ。


スカッ!

しかし、大剣の男は後ろへ退いて回避をする。


「くっ・・・。」

シノは距離を取られた事を悔しがる。


距離を詰めれば大剣は全く恐くない事を今ので知った。

しかし、距離を取られると、その距離を詰めるのは足の短いシノには至難の技なのだ。

かなり勇気もいる。

シノと大剣を持つ男はまた睨み合う。


「ちょっ!ゆぅ君、今どっちが優勢なの!?なんか一瞬凄く間抜けに見えたけど、あれは何?どうなってるの?」

綾菜が優人に状況を聞いてくる。

確かに今の一瞬、凄く間抜けに見える状況になった。

地上界の剣道の大会であれば優人は腹を抱えて爆笑したと思うし、仲間内で1年はからかわれるような大失態だ。


元来、兜割り・・・剣道で言う面は、『自分と同じ背丈の人間のおでこより少し上』に『刃の切っ先5センチ以内を当てる』のがベストヒットとされている。

剣道の試合でも竹刀の切っ先の白い留め具より先を当てないと一本とされない事もあるが、そこが一番破壊力のある兜割りなのだ。

剣術においてもこれは重要で、この面の当たるタイミングで刃を引き、力を入れる事で頭蓋骨や兜ごと脳を斬る一撃になる。


しかし、シノの身長は男の腰程度。

ただてさえも兜割りが成功しづらい体格差なのである。

しかも間合いよりかなり接近した所で攻撃を受け止めようとしたので、兜割りする大剣の刃よりも相手の拳の近くにシノの頭が来ていた。


「シノがチビすぎて、大剣使いが下手くそすぎたからああなった。」

優人は綾菜に答える。


「どっちが優勢なの?」


「ふむ・・・。」

優人は綾菜の質問に少し悩む。

良く剣道の大会でも聞かれる事が多いが、剣の打ち合いは一発で決まる。

どっちが優勢か聞かれても何とも答えられないのが現実だ。

大剣使いのレベルは低い。

シノは戦士としての意地や誇りを持っているが、能力は未知。

過去にシンに負けたと聞いたが、そもそもシンに勝てる奴はもう人間じゃない。


「分からない分、シノが強い・・・かな?」

優人は少し悩んだ後、綾菜にそう答えた。


「はぁ?」

綾菜の反応は冷たかった。



「・・・。」

シノは突っ込むかどうか悩んでいた。

超接近戦に持ち込めば、相手は反撃出来なくなる。

しかし、突っ込むにはあの大剣を一回かわさなければならない。

しかも、頑張って接近しても相手が後ろへ一歩下がるだけでせっかくの苦労が台無しになる。

追いかけようにも自分の短い脚では人間の長い脚には叶わない。


これだからノームは嫌いだ。


ここに来てシノは自分がノームである事を恨む。

自分の脚が早ければ・・・。

脚が長ければ、優人のように離れる敵に追撃が出来るのに・・・。

自分の生い立ちをシノは恨む。


しかし、今はそんな事を考えている場合でも無い。

シノはノームである自分を恨むことを止め、相手の行動パターンを冷静に分析する事にした。


この大剣使いは兜割りが得意・・・と言うか良く使う。

他の攻撃は今だかつて見たことが無い。


・・・。


ずっと同じ攻撃?


シノはついこないだ同じ事を優人がぼやいていた事を思い出した。

今でこそ優人は槍の柄を利用して攻撃のバリエーションを増やしているが、ツアイアル山を登る前の戦闘では槍で『突き』しか使えなかった。


こいつ・・・もしかして切り下ろししか出来ないのでは?


シノの頭の中にそんな疑問が産まれた。

大剣使いは懲りもせずにまた大剣を晴眼に構えている。

シノはニヤリと笑うと大斧を地面に突き刺し、右肩に書けておいたスモール・シールドを左手に構えた。

大斧だと重たくて突進力が落ちる。

しかし、スモール・シールドなら持ちやすくて動きやすい。

攻撃が上からしか来ないなら近付いたタイミングでシールドを頭上に構えれば良い。


ダンッ!


スモール・シールドを前方に構えると、シノは一気に走り出した。

大剣使いは予想通り剣を振り上げる。


今だ!!


シノは走る速度を変えず、シールドを頭上にかざして突進する。


ドンッ!!

シノはさっきと同じように大剣使いの腰近くまで入り込み、シールドの縁を大剣使いの腹に打ち込んだ。


「ぐふっ!」

大剣使いの膝が折れるのをシノは間近で確認する。


よしっ!痛みで体が硬直しているデス!


相手が後ろへ飛べない事を確認すると、シノは右手を自分の左腰に回す。

そこには、片手斧が差してある。

その片手斧を抜きながらシノは大剣使いの脛目掛けて横に抜く。

優人の抜刀術の真似をしたつもりだが、武器の性質かシノの腕か、綺麗に脚を切断は出来ない。


ベキヘギベキッ!!

鈍い音と共にシノの斧は大剣使いの右足から左足へと抜けていく。


ベチャベチャ・・・

汚ならしく切断された脛から上と勢いでぶっ飛んだ脛より下の部分が地面に落ちた。


「ぐあぁぁぁ・・・。」

大剣使いは大剣を棄て、斬られた脚を両手で擦りながらもがいていた。


「はぁ・・・はぁ・・・。」

シノはもがく大剣使いをジッと警戒しながら見つめ、動かずにいた。


ポンッ。

そんなシノの頭を優人が優しく叩いた。


「シノの勝ちだな。おめでとう。最後の目隠しはやられたら恐怖だな。」


「目隠し?」

シノは予想してなかった言葉を優人に聞き返す。


「あれ?気付いて無かったのか?」

優人がキョトンとした顔をシノに見せた。


「なんの事デス?」


「スモール・シールドを頭上に掲げてあそこまで接近されたら腰から下とシノの姿が見えないんだよ。

しかも腹部の一撃で下半身の動きが一瞬止まってたから何をされても回避出来ないしね。シノのオリジナル奥義だな。」

優人がシノの最後の一撃の解説をしてくれた。


「そんな・・・事になってたデスか・・・。」

シノは息を整えながら優人の説明に頷いた。


「達磨返し!!」

綾菜がシノと優人の元へ駆け寄りながら意味不明な言葉を叫んだ。


「なんデス?それ?」

シノが綾菜に聞く。


「シノちゃんの今の技だよ!名前付けたの。」

綾菜がどや顔をしながら答える。


「達磨落としじゃないのか?」

優人が綾菜にツッコミを入れる。

ブロックの上に達磨を置き、下のブロックを叩いてブロックを弾くことで達磨を下まで落とすおもちゃの事を優人はイメージし、綾菜に言った。


「達磨落としだったら、ひっくり返したらダメじゃん。相手はひっくり返ったから、達磨返しなの。」

綾菜が優人のツッコミに言い返す。


心の底から優人は思った。

『どうでも良い。』と。


「まぁ・・・達磨返しで良いデス。」

シノも綾菜にとりあえず賛成してみせた。

きっと、シノ本人もどうでも良いと思ってるんだろうな・・・。

優人は綾菜の呑気さに気が抜けるのを感じた。

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