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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第四章~新たな旅の序曲~
27/59

第二十六話~武道の輝き~

夜。

今、優人達は日之内玄乃の家のすぐ側の森でキャンプをしながら元素魔法の練習をしていた。

目的は優人の刀の新丁。

それには日之内玄乃との試合で一本取るという条件が課せられた。

しかし、能力的には有利なはずの優人が何故か玄乃に負けてしまう。

その理由が玄乃の元素魔法を利用した序破急だと気付き、優人自身も元素魔法を使いこなせるようになろうと考え、今に至る。

元素魔法を使うにおいて最も大切な事。

それはコントロールである。


優人とミルフィーユの元素魔法の練習は朝に始まり、夜に達していた。

静かな森の中、カサカサと風になびいてなる葉の擦れる音とホーホーと鳴くフクロウの声以外聞こえない、静かな夜。


シノはそっと空を見上げていた。

今日の夕方頃に綾菜が倒れてからシノは忙しかった。

綾菜が気を失う前に召喚してくれたあにゃとゆーにゃに手伝いをしてもらいながら倒れている綾菜をテントに運び、綾菜の心配をするミルフィーユを慰め、綾菜の横で寝かし付ける。

その後、2人をあにゃ、ゆーにゃに任せて狩りをし夕食の準備を1人でした。

食事が出来ると綾菜とミルフィーユを起こして食べさせ、その後に練習を始めたきり休み無く地面に字を書き続ける優人の所におにぎりを持っていく。

優人は「ごめん。ありがとう。そこに置いといて。」とだけ答え、練習の手を止めなかった。


シノは綾菜と出会った時の事を思い出して心配をする。

綾菜は人間も動物も亜人も同じ『命』として捉えている。

これは人間における、平民や騎士、国王ですらも同じ扱いをする次元の認識で『器がでか過ぎて逆に困った人』と一緒だ。

立場の強い人間はそれだけ自尊心も強くなる。

その実、大した事無いくせに『自分は偉い』と勘違いしている人間は他と同じ扱いを受けると怒り出す。

綾菜のそれは自分よりも強い人間を敵に回しやすい性質なのだ。

それでも偶然か必然か、綾菜の周りには立場の強い人間程、器もでかい人間が多く、大きなトラブルは起きていない。

エルンのエルオ導師や、ジールド・ルーンの五英雄がまさしくそれだ。

シノは少しボーっとした後、地面で字を書き続けている優人の様子を見た。

まだ優人は続けていた。


・・・。


まだ?

魔力量の多いミルフィーユですらバテて寝ているのに?


シノは優人の方をもう1度見る。

優人の斜め後ろに置いたおにぎりがまだ残っている・・・。


まさか・・・休憩無しでひたすらやってるデス!?


シノは不安になり、優人の元へ走っていった。

優人の顔を見ると、蒼白で目に生気が感じられない。

そして、ぼんやりとした視線で地面を見つめていた。


「優人・・・さん?」

シノは優人に声をかける。

すると、優人は顔を動かさず、目だけシノに向けると、ニコリと笑顔を見せた。

シノはその表情を見て、少しホッとする。


「バケツの底に開いた穴とは・・・良く言ったもんだな・・・。」

優人がか細くなった声でシノに話しかけてきた。


「バケツの底に開いた穴?」


「ああ・・・。水が大量に入っていれば・・・水圧で勢いが良く、減ってくれば勢いが落ちる・・・。魔力も同じだ。」

言うと、優人はのそりと立ち上がり、人差し指を地面に向ける。


そして、指先から細い光が出始め、その光が地面に字を書き始める。

『優人』

『綾菜』

優人は地面に2人の名前を書くとその上に相合い傘まで書いて見せた。


「えっ!?もう出来るデスか!?」

シノが感嘆の声をあげる。


ドサッ!

シノが地面をジッと見ている隙に優人は大の字で仰向けに地面に倒れ込む。


「あー・・・。きつい!!」

優人が言葉を発する。


「今は魔力が尽きかけてるから出来るんだ。回復して魔力量が増えるとまた難しくなる。」

優人はシノに答え、また話を続ける。


「けど、少ない量で操作のコツは掴んだ。続きは回復してからだな・・・。シノ・・・腹減った・・・。」


「わ・・・分かったデス!」

シノは返事をすると、地面に置いてあるおにぎりを拾い、優人の口まで運ぶ。

優人はお礼を言うと、そのおにぎりを寝たまま食べ始めた。


「無理をし過ぎデス。綾菜に怒られるデス。」

シノが優人に注意をするが優人の返事は無い。

優人はおにぎりを食べ終えると、そのまま寝入ってしまっていた。


魔力は本当に尽きると死に至る。


それは天上界では常識として認識されている位当たり前の事である。

しかし、本当に魔力が尽きて死ぬ人間をシノは見たことが無い。

魔力が尽きる程、無理をする人間がそもそもいないのだ。

魔力が減ってくると、人体に影響が出始める。

目眩、空腹感、疲労感、そして眠気。

普通、その状態に陥れば人は休むからである。

しかし、優人はそれでも休まず続けていた。

シノはそんな優人に少し不安を覚え、明日、綾菜に相談する事にした。



「ご飯は食べたの?」

翌朝、寝てる優人を置いて、3人で朝食を取っているときにシノは昨晩の事を綾菜に話した。

その返事がこれだった。


「おにぎりを2個、食べてたデス。」

シノは答える。


「ふむ。なら大丈夫。」


「いや、大丈夫って・・・。綾菜冷たく無いデス?」


「んっ?だけど、ゆぅ君だしね。」

綾菜が困った顔をシノに見せる。


「ゆぅ君だしって・・・。」


「ゆぅ君は無理する人だからね。昔は私も良く過労死するんじゃないかってハラハラしてたけど、ゆぅ君はいつもギリギリの所で止まるから。」

綾菜が答える。


「ギリギリの所で止まるって・・・それっていつも死ととなり合わせって事じゃないデス?」


「デスよ。けど、大丈夫なの。ゆぅ君は命の使い所もわきまえてるから。

心配してくれるのは嬉しいけど、好きにさせてあげて。疲れたら甘えて来るから・・・。」

綾菜は何故かちょっと嬉しそうに答える。

恐らく、疲れて甘えて来る優人が可愛いとか思ってるんだろうなとシノは察し、綾菜の呑気っぷりに力が抜ける。


食事が終わると綾菜は嫌がるミルフィーユを無理矢理連れていき、魔力操作の練習をさせる。

ミルフィーユは練習が嫌と言うよりは綾菜を傷付けるのが嫌なのだろうとシノは思っている。

その甘さが、魔力操作の基本を無理矢理出来るようにさせたのはその日の昼過ぎだった。

何度やってもミルフィーユの魔力暴発は止まらなかったが、暴発の衝撃が綾菜を避けたのだ。


「ミルちゃん!!」

泣きながら元素魔法を出すミルフィーユに綾菜が笑顔を見せる。


「ママぁ~・・・。もう止めよ?」

嫌がるミルフィーユの側まで綾菜は歩いて近より、ミルフィーユを優しく撫でる。


「大丈夫だよ。ミル。今、やった感覚分かる?魔力が私を避けたやつ。」


「うん・・・。」

ミルフィーユは綾菜にしがみついて、涙を綾菜の服で拭きながら答える。


「今のを後2回やれたら今日は終わりにしよっか?」

綾菜がミルフィーユに言うと、ミルフィーユは黙ってコクリと頭を縦に振る。

優人は無茶をして、ミルフィーユは優しさで、それぞれのやり方で元素魔法の操作を少しずつモノにしていっていた。


元素魔法操作の練習を開始して3週間ほど経った。

優人はあの後、目を覚まし、その日の内に地面に名を書く事が出来るようになる。

その後、岩に名前を書く事が出来るようになると、綾菜が付きっきりで筋肉強化の訓練に取り掛かった。

優人はかなり無理を続け、練習しては爆睡、練習しては爆睡を繰り返した。

その甲斐あって僅か1週間で元素魔法を使っての筋力操作をモノにしてみせた。


その後の時間を使い、優人は元素魔法の筋力操作にレベルと言う概念を付け加える工夫をした。

マニュアル車のギア操作から取り、1速を通常時とし、2速、3速・・・という筋力操作である。

この概念を序破急に当てはめ、優人の速度操作は1速発進の後、2速、4速と言う速度上昇を基本として行う。

今の優人のトップギアは5速。

しかし、この5速は奥の手として隠しておく事にした。


ミルフィーユも努力し、魔力のオン、オフと暴発しない程度のコントロールは出来るようになり、練習を終える。

これと同時にミルフィーユは竜の亜人特有の能力の皮膚強化が出来るようになった。

皮膚強化は元素魔法でもやる事が出来る。

しかし、それとは別に今回の練習でどう意識すれば皮膚が固くなるかというコツをミルフィーユは掴んだのだ。



そして、優人は再び玄乃の家を叩き、再戦を申し出た。

今回、優人は木刀用の鞘も用意し、得意の抜刀術も出来る状態にした。


それぞれ、武器を構え、睨み合う2人。

玄乃は前回同様に青眼の構えをしている。

それに対し、優人は木刀を納刀し、抜刀の構えを取る。

玄乃に先手を打たせ、それに合わせるつもりの優人と優人の抜刀術を警戒している玄乃。

理由は違えど、両者は動かず、睨み合う時間は数分に及んだ。


このままじゃ埒が開かない。


先に動いたのは優人。


「足1速、足2速・・・。」

間合いを詰める足の速度を徐々に上げ、優人は玄乃に突進する。


カァン!!

優人は間合いを詰めると得意の横一線の抜刀をする。

それに反応した玄乃はそれを木刀で受け止め、優人に打ち返す。


「目2速。」

優人は元素魔法をかけ、動体視力を上げる。


「えっ!?」

それに驚いたのは綾菜。

元素魔法は実物にのみ効果を成す。

筋肉や皮膚を強化するのは知っているが五感強化は元素魔法では出来ないとされていたのである。


ヒュン!ヒュン!!

優人は強化した動体視力を利用し、全ての玄乃の攻撃を僅かな体移動でギリギリかわしてみせた。


「あんな・・・全ての攻撃をスレスレでかわすなんて危ない事を・・・!!」

シノが感嘆にも悲鳴にも似た声を上げる。


「完全に見切ってるの。・・・でも、どうして・・・?」

綾菜は優人の視力強化が不思議に思えて仕方がない。

魔法なら知っている。

その利便性も不便性も知っているからこそ生じる優人の視力強化の謎が綾菜を混乱させていた。


「くっ・・・。」

何度やっても攻撃が当たらない事に玄乃が苛立ち始める。

3週間前、優人もそうであったように。

玄乃は一歩下がり、切っ先を優人の方に向ける。


突きだ!


優人は玄乃の動きを見て、とっさに感づく。


カン!!


「なっ!?」

「ええっ!?」

声を上げたのは2人。

シノと玄乃だった。

優人は玄乃の突きに合わせ、突きを打ち、突きを止めたのだ。

両者の木刀の切っ先と切っ先がぶつかり合い、木刀が静止する。


「こ・・・こんな事、かなりの実力差があっても無理デス・・・。」

シノが優人のした事の凄さを口にする。

切っ先に切っ先を当てて突きを防ぐ。

これを可能にするにはかなりの視力で正確な角度で一直線に切っ先を当てなければいけない。

常識的に考えて出来る芸当では無い。

これを、優人は元素魔法を駆使してやってみせた。

その技術の高さに驚いているのはシノだけではない。

玄乃自身も優人の突きの止め方に驚き、切っ先をジッと見ていた。


「玄乃さん。ありがとうございます。これで俺はより高みを目指せる。」

優人は礼を口にすると、静止した切っ先を外に向けて弾く。

それに釣られ、玄乃の木刀も外へと流れる。

優人はその勢いを利用し、一周体を回転させて、玄乃の開いた体の右胴目掛けて木刀を振る。


「攻1速、攻2速・・・。」

優人は全身に元素魔法をかけ、徐々に攻撃の速度を上げる。


ドンッ!!


「攻4速!!!」

優人の木刀が玄乃の右胴を捕らえた。

打たれた玄乃はぶっ飛び、迎いの木に激突してそのまま倒れる。

優人は木刀の切っ先をだらりと地面に向け、倒れた玄乃を見る。


「かはっ・・・。」

少しすると、玄乃は優人に打たれた右胴を擦りながら立ち上がった。

負けはしたが、玄乃の表情は笑っている。

その表情を見て、優人も体の力を抜く。


「元素魔法と刀の使い方がバッチリだ・・・。ここまで勝てんとはな。本物の剣士が元素魔法を使うとこうまで違うのか・・・。」

息を切らせながら玄乃が優人に感想を述べる。


「あなたのお陰で色んな事を思い出しました。感謝します。」

優人も玄乃に答える。


居合に置ける序破急。

これを速度変化による錯覚を引き起こす技術として優人は教わってはいない。

序破急はいきなり最速で動く事による体の故障を止める為の技術だと優人は教わった。

なので、優人の道場は全ての技を教える前にこの技術を教えていた。

しかし、今回の玄乃との試合で優人は学ぶ事が多かった。

序破急だけではない。

残心や刀法の重要性も思い出していた。


「約束だったな。お前の刀を打とう。わしの最高傑作を作ってやる。」

その玄乃の言葉に優人と綾菜の顔が明るくなる。

玄乃は自分の家へ歩き始めた。


「1週間後、綾菜の力も借りたい。1週間程麓の村で休んでまた来てくれ。

優人の今までの刀と同じ型の刀を作る。拵え屋を探して、お主好みの柄、鍔、鞘を作って貰うと良い。」

言うと、玄乃はその姿を家の中へと消していった。



「美しい・・・デス。」

シノが戦う優人を見ての感想を口にした。

刀を始め、武器を使うと言う事は人を殺す事。

そこに美しさなど有るわけもない。

しかし、シノは今回の一戦での優人を見て、そう感じたのだ。

相手が元素魔法の使い手でそれを利用した戦闘しか出来ない。

それが分かった時点で優人の技術なら玄乃を任す事が出来たはずなのだ。

方法は単純で、それ以上の速度で動いて見せる。

優人の抜刀術ならばそれが可能なのだから。

木刀の鞘を作ればそれだけで優人ならば勝てた相手である。

にも関わらず、わざわざ元素魔法の操作を覚え、使いこなす努力までした。

わざわざ、全てに置いて玄乃を上回る勝ち方をした。

シノはそんな優人の努力も込めて美しいと表現した。


「剣が武器なら剣術は殺人術。でもね、それならゆぅ君は地上界で剣を学ぶ必要が無いの。」

美しいと言ったシノに綾菜が話掛ける。


「必要が無い?デスか?」

シノは綾菜に質問をする。


「地上界で人を殺すなら拳銃を使う。戦争なら爆弾や戦車、戦闘機かな?

要するに遠くから相手を倒すのが主流なんだ・・・。」


「・・・。」

シノは黙って綾菜の話に耳を傾ける。


「そこでね、地上界での剣術は活人剣って言う考えが生まれたんだって。殺人剣じゃなくて活人剣。」


「活人剣?凶器の剣で人を活かすデス?意味が分からないデス。」

シノの率直な言葉に綾菜は苦笑いをする。


「殺人剣は人を殺す為の剣術。目指すのは最強なんだろうけど、活人剣に置ける考え方は弱さに勝ち続ける事なんだって。終わりが無いの。」


「それでもやってる事は同じデス。」


「うん。同じ・・・。でもシノちゃんがゆぅ君を美しいって感じたのなら、それはゆぅ君から活人剣を見たからだと思うよ。」


「・・・。良く、分からないデス。」

シノは綾菜に答える。

しかし、それは綾菜も同じだった。

殺人剣と活人剣の違いなど実は綾菜も良く理解していない。

活人剣は守りの剣で攻撃をしない。とか強くなれば相手を切らずして倒す事が出来る。という説明は良く耳にしていたがいまいちパッとしない。

そこで綾菜は優人の道場の先生に聞いた事があった。

優人の先生は綾菜にこう答えた。

『殺人剣が武術ならば活人剣は武道。

術とはその方法だが、道とは心を鍛え上を目指すモノ。

殺人剣はそれを行うことで自身を奈落に落とすが活人剣はそれを行うことで自身を高めるモノだ。』と。

要するに心の持ちようなのだろうと綾菜は納得したが、それが何なのか分からないでいる。


「確かに不思議だね・・・。」

綾菜はシノに同調してみせ、優人の元へ向かう。


「おめでとう。ゆぅ君。」


「ありがとう。綾菜。」

祝いの言葉をくれる綾菜に優人は素直にお礼を返す。


「ねぇ、五感強化なんて本来出来ないんだけど、どうやったの?」

綾菜は魔法使いとしての探求心から優人に率直な疑問をぶつけた。

元素魔法は物理的な物にしか作用しない。

見えない物を強化するのは不可能なはずなのだ。

もし、五感強化をするならば、古代語魔法や暗黒魔法を使う必要がある。

回復させるならば神聖魔法も有効だが、神聖魔法は回復に止まる。

これが魔法使いの認識であった。


「いや・・・筋力操作だよ?網膜を支える筋肉に元素魔法をかけたの。」

優人は綾菜の質問に軽く答える。

そんな優人の返事に綾菜がその手があったと感心した。


「でも、良く視力なんて考えたね?」

綾菜が聞くと優人は何故か照れて綾菜から目を反らした。

その反応で綾菜は優人が何を企んでたか検討がつく。

大方綾菜でエロい事をしようと企んだのだと・・・。


「ほぅ?」

冷たい綾菜の視線が優人を突き刺す。


「い・・・いや、悪いことはしてないからね!」

何故か言い訳を始める優人。


「してなくても考えたでしょ!?」

綾菜が優人を叱る。


「ふふ・・・。」

優人と綾菜を見て、シノが少し笑う。

2人を見てて、シノはある決心をした。


テーベの隠れ里に顔を出す。

別れ方は最悪だった。

シノが戻っても良い顔はされないかも知れない。

しかし、それでも共に生まれ、共に過ごしてきた仲間である。

すぐ側まで来ているのに顔を出さない理由にはならない。

『一度みんなの顔を見てこよう。』

シノはそう決め、綾菜に話し掛けようとする。


綾菜は優人を岩の上に正座させ、優人の太股の上に腰掛けていた。

優人はもがきながら綾菜に謝っている。


えっ?拷問?


「綾菜。私、一旦テーベに行ってくるデス。1週間後、またここで会うデス。」

シノの言葉を聞いて綾菜は嬉しそうな顔をし、勢い良く立ち上がる。

その反動で優人はより強く岩に膝を押し付けられ、倒れる。

その優人の背中に綾菜は軽く蹴りを入れながらシノの所へと来た。


「分かった。途中まで一緒に行こう?」


「はいデス。」

こうして、一行は玄乃のいる山頂から下山を始めた。



「これでゆぅ君の個人技が2つになったね?」

玄乃の家を少し離れた所で綾菜が優人に話しかけてきた。


「うん?」

優人は綾菜に疑問混じりの相槌を打つ。


「茶返しと今回の・・・なんて名前の技にしよっか?」


「名前なんていらないんじゃない?」

はしゃぐ綾菜に優人が答える。


「え~・・・名前は大事だよ!元素魔法で徐々に早くする技とか一々言うの嫌だし。」

目を輝かせながら嬉しそうに提案する綾菜。

この状態の綾菜は優人が何を言っても通用しない。

優人は諦めて綾菜の提案に賛成する事にした。


「ん~・・・。私も一緒にあみだした技だし・・・ラブフュージョンとかどお?」


「ラブ?」

優人は顔を赤らめる。

日本語訳は『愛の融合』だ。

綾菜との技というのが名前に付くのはちょっと嬉しいが、いざと言うときに決め技として使う事もある優人の技が実際の技と縁の無い名前で、しかも愛とか恥ずかしすぎる。


「ん~・・・。中々に良い名前だけど、ラブフュージョンじゃ技の名前としておかしい気がするかな?

一応車のミッション操作から取った技だし・・・。」

優人は綾菜の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払い、ラブフュージョンを却下した。


「じゃあゆぅ君とミルちゃんとシノの意見も聞いてみよう!!じゃあ、シノから!!」


「えっ?いきなり私デスか!?」

突然振られたシノが驚く。


「当たり前だよ。今回私とゆぅ君の援護をしてくれた重要人物だもん。」


「む~・・・。超序破急はどうデス?」


「却下。」

一生懸命考えたシノの案を綾菜はばっさりと切り捨てる。

シノはちょっと凹んだ。


「じゃあ、次はミルちゃん!」


「ん~と・・・おじいちゃんを倒す!」

ミルフィーユがなんか嫌な事を口走る。


「ん~・・・。私的には有りだけど、その技名は老人いびりする技に聞こえるから止めとこうか?」

綾菜的に有りなのか!?

同じ事を思ったのか、優人とシノは目を合わす。


「んで、ゆぅ君の案は?」

綾菜が今度は優人に振る。


「そうだな・・・。車のミッションから取ってるからミッション車とか・・・五足走行とかかな?」

優人の意見に綾菜が冷ややかな視線を返す。

あの目は『本当にセンス無い男』だとか思ってやがるな・・・。


「じゃあ、ミッションドライヴにしよう!!」

少しの沈黙の後、綾菜が言う。


ミッションドライヴ・・・。

日本語にしたら五足走行だよな?

意味的に大差なくね!?


優人は心の中でちょっとモヤモヤする。

しかし、このモヤモヤが心地良いと感じるのは相手が綾菜だからなんだろうと優人は思う。

綾菜は優人に色んな感情を産み出させてくれる。

綾菜に怒る事もあれば、悲しくなる事もある。

綾菜を心配したと思えば凄く愛しく思う時もある。

突然、楽しかったり、可愛かったり、綺麗だと思う事もある。

この色んな感情は元々の優人には無かった。

前にシンが優人に言った言葉を優人は思い出す。

『お前は賢い頭と馬鹿な心を持っている。』

元々の優人は賢いだけの人間だったのかも知れない。

いつも合理的だったが、それだけの人間。

そんな優人に綾菜が馬鹿な心を付け足した。

この馬鹿な心は優人にとって、苦しみを産み出す原因になる事もあるが、それも含めて優人は嫌いでは無い。

この苦しみは誰かを助ける為のモノなのになるのだから。

この馬鹿な心のおかげで優人はやっと人間になれたと自覚すらしている。


そんな事を考えながら歩くうちに優人達はテーベに続く獣道に着く。


「じゃあ、ここで一旦お別れデス。」

途中でシノが立ち止まり、3人に話し掛けてきた。


「うん。シノちゃん、負けるなよ。」

綾菜がシノに挨拶がわりに言う。


「綾菜こそ、やっと会えた大好きな彼氏に悪さをし過ぎて捨てられないようにするデス。」


「なにをぉ~・・・。」

2人が笑いながら見つめ合う。

シノが綾菜に買われてから、シノの意思で綾菜と離れるのは実はこれが始めての事だった。

しかも1週間も離れ離れになる。

別に不安はないが、流石に年がら年中まとわりついてきていた綾菜がいないのは流石に寂しい。

見つめ合う2人は少し無言でしばしの別れを告げ合い、そして、綾菜達は村へ向かう山道を再び下り始めた。


シノは山を下る綾菜達を見送る。

綾菜はミルフィーユを抱き上げてはほぉずりをし、優人を蹴ったり体当たりしたりしながら忙しそうだ。


「だから、ちょっかい出しすぎるなデス・・・。」

シノはボソッと綾菜にツッコミを入れる。

しかし、綾菜は気持ちや感情の強い人間であり、優人やミルフィーユに対する大好きな気持ちを押さえるのは難しいんだろうなとシノは理解している。

幸せそうな3人の歩みは遅い。

3人の姿が見えなくなるまでの約百メートルを見送るのに30分近くシノはそこに立ち続けた。

そして、3人の姿が消えると深くため息を付き、獣道に入って行った。



「しかし・・・。綾菜が隠れ里に一緒に行くって言い出さないのが不思議だね?」

じゃれ合いながら山を降りる優人がいきなり真剣な顔をして綾菜に聞いてきた。


「ん~・・・。シノちゃんの里のノームは凄く人間を嫌ってるみたいだからね。

私達が里に付いていったらシノちゃんに迷惑がかかるかな?って思ったの。」

綾菜が残念そうに優人に答える。


「まぁ、綾菜がロリ種族の里に行ったら人拐い事件が勃発しまくりそうだしな。」

優人が笑いながら綾菜の返事に答える。

綾菜はプクッとほぉを膨らませると優人のお尻に蹴りを入れる。


「すみませんでした。」

そしてすぐに綾菜に詫びを入れる。

すぐに謝る優人に綾菜は笑って見せ、足元を歩くミルフィーユを抱き上げてほぉずりをする。

ミルフィーユは嬉しそうに綾菜にほぉずりを返す。


「でも・・・。シノちゃんの里を襲う亜人狩り達が麓の村を作ったと思うとちょっと複雑だよね・・・。」

綾菜が少しうつむきながら話を戻した。


「まぁ・・・な。必要悪ってやつなのかも知れないな・・・。

それがあるからエルンは亜人狩りを禁止まではしてないんだろうし・・・。」

優人もうつむきながら綾菜に答える。


「でも、ノームだって生きてるし、心もあるもん。亜人狩りは無くなるべきだよ。」


「同感だ。研究したいなら許可を取って見せてもらえば良いし・・・。

俺も奴隷って制度には反対だな。誰かの不幸の上に成り立つ平和なんて糞食らえだ。」

優人も本心で綾菜に答える。



そんな話をしているうちに優人達は麓の村に着く。

最初ここに来たときは山を登る事しか考えていなかったので良く見てはいなかったが、改めてこの村を見ると中々賑やかな村だった。

村の造りは村の真ん中を通る道を中心に木造の八百屋のような店作りをした店が並んでいる。

人々はこの中心を走るメイン通りを歩きながら、各店に並べられている品々を見ていた。

優人達も同じようにメイン通りを歩きながら店の商品を見て回る。

並べられている商品は木の実や獣の肉と言った、ツアイアル山で採れたであろう山の幸や、木を削って造られた装飾品や雑貨が多い。


ふと、優人は木で造られたコップに目が止まり、手に取って眺めてみた。

そのコップは陸地を一体のドラゴンが覆っている装飾が掘られている。

陸地には大きな樹が一本とその周りに沢山の木々が描かれていた。

その陸地を覆うドラゴンは体毛があり、力強い目をしているが表情が優しい。

優人が驚いたのはその装飾の細かさと丁寧さである。

木彫りで、色は付いていないのに何故か色まで想像出来てしまうのだ。


「赤竜・・・か。」

優人はそのドラゴンは何故か赤竜だと分かったのである。


「お客さんお目が高いね。」

コップを手に取って注意深く見る優人に店主が声を掛けてきた。


「いや・・・。なんか精巧な造りですね?芸術品みたいな仕上がりでびっくりしてました。」

優人はコップを置き、店主に答える。


「はい。この村の近所には加工のスペシャリストであるドワーフがいますからね。

そのドワーフに日之内と言う刀鍛冶が技術を教えたらしいもんでね。この村の装飾品は出来が全然違うんですよ。」

店主はペラペラと得意気に商品の自慢をする。


「確かに、ただの食器にしとくにはおしい品ですね?こんな僻地にこんな物があるなんて・・・。」

綾菜も話に入ってきた。


「でしょ?最近じゃ王都の商人がここまで買い出しにくる事もありますしね。ここまで来たなら買っといた方がお得ですよ、奥さん。」

今度は店主が綾菜をターゲットにする。

奥さんと言われた綾菜は何故か気を良くして店主と話を弾ませ始める。


「このコップに書かれているのは、アニマライズとアムステルですよね?するとこの大きな樹は世界樹かしら?」


「はい。奥さん、良くご存知で。これは神話のアムステルをモチーフに描かれております。

アムステルは大陸ほどの大きさで鋭い眼光でアニマライズを守り続けているという絵ですね。」

綾菜の質問に流暢に答える店主。

結局、綾菜はこのコップを購入し、嬉しそうに眺めていた。


「このアムステル。もしかしたらミルちゃんの本当のパパかも知れないんだよ。」

綾菜はコップを持ちながら優人に話し掛けてきた。


「こんな巨大なドラゴンが?つか神話の話じゃないの?

つか、アニマライズの赤竜は確かグラムハーツって名前じゃなかったっけ?」

優人が綾菜に答える。


「グラムハーツはアムステルの昔の名前。

討伐できなかったジハドがグラムハーツを名前で縛り付けたって神話にあったかな?

なのでアムステルは神話の時代から生きてる古龍なの。

体が大陸ほどあって、普段は静かにしてるんだけど、人間が狩り目的でアニマライズに足を踏み入れると一瞬で焼かれるらしいよ。」


「それは・・・恐いな。」


「うん。でもそのお陰でアニマライズは手付かずの自然に囲まれた国なんだって。

アムステルが休眠期に入ってもリザードマンが国を守ってるみたいだしね。」

綾菜の説明が専門用語だらけになってきた。

そもそも、アムステルと言うドラゴンは1000年単位で眠りに付き、その後、100年だけ起きるらしい。

今はそのアムステルが起きている時期らしく、その為、人間はアニマライズに近付くことすら出来ないらしい。

そして、もし、アムステルが眠ったとしても、アニマライズに住んでいるリザードマンと言うドラゴン寄りの亜人が国を守り、やはり侵入が難しいとの事だ。

綾菜が言うにはこのリザードマンはジールド・ルーンの聖騎士であっても討伐が難しい戦闘力をもっているらしい。

特に優人とは戦闘の相性がすこぶる悪いからアニマライズにだけは絶対に近付かないでくれと言われた。


優人と相性がすこぶる悪い。


綾菜がこう言った理由も優人は聞いてみて納得した。

優人の戦い方は素早さや技以上に『読み』が重要である。

相手を見て、どう動くか予測し、相手の先を狙う戦術。

そもそも、この戦術は経験と癖をある程度熟知している必要がある。

例えば警戒中の人間は驚かすと身を丸めて硬直し、無警戒中の人間は驚かすと背筋を伸ばして体を開いて硬直する。

驚いた時の人間の回避行動は大きく別けてこの2つだ。

中には即座に利き手で反撃をしてくると言う条件反射を身に付けている人間もいるが、その攻撃は単調かつ直線的で、警戒していれば避けられる。

以上が人間の持つ緊急時の反応である。

これにそれぞれの状況や条件を考慮して如何に効率的、克つ確実に仕留めるかを優人は考える。

しかし、リザードマンはそもそも生体が良く分からず、どう言った本能的行動をするか?武器をどう扱うか?

それが予想しようが無い。

つまり、優人の『読み』が当てにならないのだ。


綾菜の言う、優人とすこぶる相性が悪いというのはその事を指していた。

間違いでは無い。

優人は返す言葉が見付からず、綾菜に黙って頷いた。


その後、優人達は麓の村の店を見て回り、宿を見つけ、拵え探しは明日に回し、そこに泊まることにした。



「う~・・・む・・・。」

翌朝、優人達は新しく出来る優人の刀の拵えを揃えようと拵え屋と言う店を訪れていた。


優人は今まで鳳凰にこだわった拵えをしてきていた。

理由は特に無いが、日本刀の拵えに使われる物にあまり好きなものがない。

よく使われるのは菊のような花や家紋、龍をモチーフにした拵えが地上界では主流になっている。

刀に草木は好みでは無いし、龍はありきたり過ぎてつまらない。

家紋も優人の家の家紋は植物から出来た家紋だったので、やはり好きになれない。

結果、消去法でそこそこ流通していた鳳凰で統一していた。

その点では天上界の刀の拵えは中々に興味深い。

和洋折衷と言うべきか微妙だが、拵えのモチーフに扱われている物に猫や狼と言った動物や悪魔や天使をモチーフにした拵えもある。

優人の好みの物は少ないがそれでも見応えがあり、優人は色んな拵えを眺めて楽しんだ。

そんな優人が頭を悩ませていたのは柄を巻く素材である。

全てが全て、タコ糸なのだ。

刀の柄は唯一自分で直接さわり感触を感じる部分である。

タコ糸は確かに、地上界でも一番多く使われる素材で、使い込むと味が出て来て悪くは無い。

しかし、優人は合成皮の感触が好きなのだ。

使えば使うほど味が出るタコ糸に対し、合成樹皮は劣化するし見た目も安っぽく見えてしまう。

それでも、合成皮の柄が良い。


「お客さん?そんなゴムみたいなのを柄に巻く人なんていないよ?」

店員が悩む優人を説得するように言う。


「ゴムじゃないです。合成皮。革なんです・・・。この感触が良いのに・・・。」

優人は自分の折れた刀の柄を店員に見せて説明をする。


「ねぇ、ゆぅ君。諦めたら?もう30分以上同じ事を繰り返してるよ?」

綾菜が飽きて寝てるミルフィーユを抱っこしながら優人に注意する。


「けど・・・。合成皮・・・。」


「そんなもん作る技術なんてここには無いんだからさ・・・。あまりだだこねると置いて行くよ?」


「む~・・・。」

綾菜に怒られ、優人はなおさら渋い顔をする。

女の買い物は無駄に長い。

それは綾菜も同じだ。

いつもいつも、一着の服を買うのに数店舗周り、結局、買わなかったり、一番最初の店で見てたやつを買いに戻ったり・・・。

それを優人は文句を言わずに付き合っているのに、優人の買い物に対してはこうだ。


理不尽だよなぁ~・・・。


優人はそう思いながら、手に持っていた柄を店主に返し、店を出る。



「結局買わないんかい。」

店の外に出ると綾菜が優人にツッコミを入れる。


「やっぱ、柄は合成皮が良いもん。気に入らないなら、この刀の拵えをそのまま使うよ。」

優人は綾菜に少しふて腐れながら答える。


「でも、この柄、けっこう劣化してない?」


「まぁ・・・ね。けっこう激しい戦闘ばっかしてたしね。天上界ならではの良い素材ないのかなぁ~・・・。」

優人はぼやきとも取れる発言を綾菜に言う。


「闇市ならあるかも知れないけど、この辺ではやってないしねぇ~・・・。」

綾菜は興味無さそうに周りの店をキョロキョロしながら答える。

優人は興味を持ってくれない綾菜に不満を感じながら黙って綾菜の後を付いて歩く。


「あっ!」

村をキョロキョロしながら歩く綾菜が突然立ち止まった。


「どうしたの?」

突然立ち止まる綾菜に優人が聞く。


「直し屋だって。何を直すんだろ?」

綾菜がワクワクしながら優人に聞いてきた。


「さぁ?行ってみるか。」

優人が答えると、2人と寝てる1人は直し屋に入って行った。



店内に入ると色んな種類の布が並べられている。


「いらっしゃいませ。」

店主らしき人物が優人達を迎えてくれた。


「何を直してくれるお店なんですか?」

優人は出迎えてくれた店主に聞く。


「はい。ご覧の通り布関係でございます。」


「布・・・か・・・どんな布があるのか見させてもらっても良いですか?」


「どうぞ。」

聞く優人に答える店主。

優人と綾菜はその店内にある布を触って回る。

優人は少し期待をしていた。

分厚い布で合成樹皮に代わる『何か』が無いかと。

もしあれば、拵えは特注品で鳳凰でまとめてもらうつもりだ。

理想はやはり黒漆で赤い緋の付いた鞘に一体の鳳凰を描かれた鍔。

目釘飾りも鳳凰がやっぱり良くて、柄は合成皮。

出来れば色は黒が良い。

結局今までの刀と同じだが、これがしっくり来るから優人はずっとこれでやって来ているのだと何故か自慢気に自分自身に言う。


「ねぇ、ゆぅ君。この生地なんでどおかな?」

店内の生地を触りながら選ぶ優人に綾菜が一枚の生地を触りながら呼び掛けてきた。

優人は綾菜の所まで行って綾菜の触っていた生地を確認する。


生地は分厚く、5ミリくらいだろうか。

触り心地は優人の今までの合成樹皮に近いが多少合成皮よりも滑りずらく、優人の皮膚に吸い付く感覚があった。


「なんだ、これ?」

さわり心地の良さに優人は目を輝かせる。


「これは、ベルゼの木の皮でございます。」

生地を触る優人と綾菜の共に店主も近付きながら説明をしてくれた。


「ベルゼの木?」

優人は聞きなれない種類の名前の植物の名を繰り返す。


「はい。ベルゼの木でございます。熱帯砂漠に生える木で、常に同じ状態を維持する働きを持つ皮を持つ木です。

例え、極寒の地に持っていってもその皮の温度、触り心地は変わりません。

皮の温度は常に25度から35度をキープし続けます。」


「つまり、これを柄にしたら、俺が汗をかいて熱くなっても柄はこの温度をキープしてるから冷たく感じるのかな?」

優人は具体的な効果を口に出し、店主の説明を分かりやすくして確認する。


「はい。刀の柄にするなら最適だと思いますよ。高価な生地ですので、服にしようとするとそれだけで100万は越しますが、柄巻きに使う位でしたら30万位で済みます。」


「30万!?柄で30万は高すぎませんか?」

綾菜があまりの金額にクレームじみた声を上げる。


「お客さん、これはそれだけの素材なんですよ。」

店主が綾菜に困った顔を見せる。


「あ・・・綾菜さん?気持ちは分かるけどこれが良い。

地上界では手に入らない物で作った刀とか、なんかワクワクする。」

優人が怒る綾菜をなだめる。


「30万だよ?地上界の合成皮なんてメートル数千円しないじゃない。それが30万だよ?」


「だから良いんじゃん。」

目を輝かせる優人とあまりの価格にドン引きする綾菜がにらみ合う。

しかし、綾菜は優人と付き合い、そして知っている。

目を輝かせたオタクの意志は堅い事を。

そして、良いと判断するといくらでも金を出す生体を・・・。

これ以上綾菜がだだをこねても優人は絶対に折れないのだ。


「ふぅ・・・。」

綾菜は深く溜め息を付く。

綾菜の諦めた反応を見て、優人の目の輝きは一層増す。


「生地を買うって事は柄を全部作るつもり?」

綾菜はダメもとで優人に確認をする。


「柄巻きのやり方は居合いの刀の手入れの一環として知ってるから大丈夫。」

優人は元気に綾菜に答える。


「あ。でしたらドワーフの職人を紹介しましょうか?このツアイアル山は山頂に有名な刀鍛冶が住んでましてね。

その鍛冶から加工技術や刀の造りを教え込まれたドワーフが実はこの村に住んでいるんです。」

店主が優人と綾菜の間に割ってはいる。


余計な事を・・・。


綾菜は店主を怨めしそうに睨む。


「それは有りがたい。玄乃さんに刀を打ってもらうから玄乃さんに教わった人に拵えを作って貰いたい!」

優人が嬉しさで体が踊り始めている。

そして、もはや逃げ場を絶たれた綾菜は完全に諦め、ベルゼの木の皮を30万出して購入し、店主に勧められたドワーフの家へ向かった。



ドワーフの家は村の中心にあった。


「んっ?」

優人は家を見付けると歩く足を止めた。


「どうしたの?」

綾菜が立ち止まる優人を気にして立ち止まる。


「この村は亜人狩りが作った村だよな?」


「うん。それがどうしたの?」


「なんで、亜人狩りの村のど真ん中に亜人が住めてるんだろ?」


「あ・・・。」

優人の質問に綾菜も固まる。


2人は暫く、家を眺めるが、行かなければ始まらないと家の扉を叩いた。

優人達が家の扉を叩くと中から、「入れ。」とだけ言葉が返ってきた。

言われるままに優人達は家の扉を開けて中に入る。


中は薄暗く、小狭な造りになっていた。

小さな部屋には沢山の加工品が乱雑に置かれていて、汚ならしく見える。

その奥に木造の机を挟んでこちらを向きながら座っているいかついおじいさんがこちらを睨んでいた。

白く縮れた髪や髭は長く伸び、顔の様子が良く見えない。

その髪の間からこちらを睨む目は鋭く、そして怪しく光っていた。

優人も綾菜も老人の圧力に少し圧され、畏縮していた。


「あの・・・。あなたがこの家のご主人ですか?」

優人が意を決して老人に話し掛ける。


「いかにも。ドワーフのガラハと言う。何用だ?」

その低い声は優人達を威圧するように部屋の中にゆっくりと響き渡る。

ノームは土の妖精に対し、ドワーフは岩の妖精である。

その性質の違いが見た目でも分かる。

ノームのシノ同様、ドワーフのガラハも体は小さいが、体つきががっちりしていて堅そうなイメージを与える。

長く伸びた髪や髭のせいも有るかもしれないが、ノームと全く違う生き物である。


「ゆぅ君。ガラハさんの首・・・。」

綾菜が優人に小声でガラハの首を見るよう伝えてきた。

ガラハの首には奴隷の首輪が付いていた。


ガラハは奴隷なのか?

では主人は誰なのだろうか?


優人はガラハの素性が気になる。


「いてっ!」

突然ガラハが声を上げる。

優人と綾菜はビクッとして、ガラハに目をやる。

ガラハは下に顎を伸ばしながら何やらもがいていた。

ミルフィーユがガラハに近付き、ガラハの髭を引っ張っていたのだ。


「これ取れないの?痛いのは我慢ですよ。今取ってあげますからね。」

ミルフィーユは痛がるガラハを心配して髭を引き抜こうと持つ手に力を入れる。


いや・・・それが痛いんだと思うぞ、ミル。


ガラハの髭を引き抜こうとするミルフィーユに心の中で優人がツッコミを入れる。

ミルフィーユはガラハの髭を見て、大きなゴミが顔に付いていると思い、取ってあげようとしたのだ。

そしたらガラハが痛がるから、心配して痛みの原因であると思われる髭を取ってあげようとし始めたのだ。


ミルは優しい子だ。


優人はミルフィーユの行動についほのぼのとする。


「ふあははははは!可愛かろう!!我が娘は!!

ほっぺたなんてつっくとプニプニして気持ち良いのだぞ!!

触りたければちょっとだけなら触らせてやろうか?」

何故か綾菜が突然強気になってガラハにミルフィーユ自慢を始める。

恐らく、ちょっとビビらさせられた仕返しをしているのだろうと思う。


「い、いいからまず助けろ!!」

ガラハが悪役っぽく笑う綾菜に文句を言う。

綾菜は渋々とミルフィーユを抱き上げてガラハから引き離す。



「う・・・うん・・・。」

ミルフィーユから解放されたガラハは髭を触りながら顎を撫でている。


「おじいちゃん、お顎痛いよ?助けてあげないの?」

抱っこする綾菜にミルフィーユが聞く。


可愛い・・・。


優人と綾菜はミルフィーユの素朴な優しさに2人してほのぼのしていた。


「して・・・。何のようだ?」

ガラハは突然の訪問者達に改めて用件を聞く。


「玄乃さんに打って貰う刀の拵えを作って頂きたくて・・・。」

優人がガラハに答える。


「刀の拵え?玄乃の?」

ガラハが優人に聞き返す。


「はい。今、打って貰ってます。」


「ほぅ・・・。あの玄乃がまた刀を打ってるのか?」


「はい。試験に合格したみたいです。」

優人が得意気に答える。


「ふむ・・・。分かった。造ってやろう。拵え全般で良いのか?」

意外とすんなり話が進み、優人は逆に驚く。

そして、その時になって気付いた。

柄や鍔はまだ調整が効くので問題ないが、鞘はどうするんだろ?


刀。

日本刀。

居合刀には反りがあるのだ。

この反りは日本刀の一番の美術ポイントだが、日本刀の切れ味を高める要因の一つでもある。

日本刀の斬りは基本的に引き切り。

刃を当て、引く事でその切れ味を増させる。

その引き切りをスムーズにさせるためにちょうど良い湾曲こそが刀の反りにある。

そして、この反りは優人の抜刀の速度にも関係してくる。

日本刀と同じように湾曲した片刃の剣で、シミターと言う武器があるが、このシミターは元は海賊が船などの狭い戦場で戦うのに適する目的で作られている。

同じ湾曲した片刃の剣だが、切れ味を上げ、抜刀の事を考えて作られている刀とはその理由が全然違う。

そんな日本刀での抜刀は、反りの合わない鞘だと余計な摩擦を生み、抜刀の速度を落とすのだ。

つまり、刀の反りに合った鞘が居合刀には必要なのである。

鞘と刀の反りが一致してこその抜刀術、居合術になる。


優人はその疑問をガラハにぶつけると、ガラハは笑って優人に答えた。


「拵えは玄乃の工房で作るから安心しろ。行く前にお前の希望を聞いといてやる。」

ガラハの返事に優人は安心し、そして、ガラハに希望を伝えた。

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