第二十五話~絆の形~
今から遡る事約3年前のツアイアル山、テーべの隠し里付近の森に、シノはいた。
カンッ
カンッ
ある昼間の木漏れ日の中、鳥の鳴き声と共に渇いた音が鳴り響く。
渇いた音はテンポ良くなり続け、ギィーーーと言う音と共に一旦止む。
「ふぅ~・・・。」
シノは一本の大きな木を切り倒すとその出来立ての切り株に腰を落とし、おでこの汗を拭き取って、倒した木を眺める。
「これを運ぶのは中々に骨が折れるなぁ~・・・。」
愚痴を溢すシノの顔は一仕事終わった充実感の表れか、爽やかであった。
一休みを終えると、シノは木を切るのに使った大きな斧を切った木の端に刺し、木の幹に縄を縛り付ける。
土の妖精、ノームの体は人の半分程の背丈しかなく、手足も短い。
しかし、夜目が効き、力と体力に秀でている種族だ。
同種の妖精でドワーフと言う種族がいるが、ドワーフは岩の妖精で男女共に髭が栄え、とても器用であると言う特性もあるらしい。
ノームはドワーフと比べると幾分か見た目も小綺麗だと言うのが見分け方である。
しかし、それが仇となっており、ノームは亜人狩りの格好の標的とされていた。
足が短く、遅いので逃げてもすぐに捕まる。
そのくせ力と体力はあるので、魔法使いの盾役や、肉体労働に最適なのだ。
見た目がドワーフよりも小綺麗で気性が穏やかなのもノームが標的にされる理由だ。
そういう理由で、シノの住むテーべの隠し里は人の寄り付かない場所を選び、細心の注意を払いながら平和な生活を送っていた。
ノームは皆で協力し合い、小さな里から出る事を堅く禁じられている。
シノはズルズルと木を引きずり、家に持ち帰る。
「お帰り、シノ。ご飯が出来てるわよ。」
家に帰るとシノの母親がシノを迎えてくれた。
「ただいま。お父さんは?」
「お父さんは里長の所。人間が山の麓に住み着いたんですって・・・。」
「人間が?ここの事がバレたの?」
シノ達の住むテーべと言う里はエルンのツアイアル山の中腹部にある。
このツアイアル山はエルンの王都からかなり離れている山だ。
この国に住む人間の大半は王都の魔法学校の学生なので、王都から距離があり研究対象の魔獣もいないこの山は不便なだけで魅力が無い。
この山の頂きに住んでいる変わり者の刀鍛冶師はともかくとして、この近隣に住み着く理由が全く無い山なのである。
「なんで・・・。」
シノは呟く。
「お父さんが帰ってきたら話を聞きましょう?まずはご飯をお食べなさい。」
シノは母親の指示に従い、家に入り手を洗ってからテーブルに着く。
食事を始め、少しするとシノの父親が帰って来た。
里長から何を聞かされたが分からないが気が立っている。
「何て言われたの?」
シノは苛立つ父親に里長に何を言われたか聞く。
「人間どもが山の麓に住み着いたと言う事を隣の岩山に住んでいるドワーフの集落に伝えに行く事にした。」
「・・・。」
シノは父親の言葉に返す言葉が見付からなかった。
ノームは温厚で、ドワーフは獰猛・・・。
しかし、これではノームはドワーフに嫌な戦いをさせるように仕向けているだけではないか?
自分の里を守るのに、自分達は手を汚さず、被害者ぶる。
シノの父親はドンッとテーブルを叩いて話を続ける。
「ドワーフの集落に行ってる間にここが見付かったらどうするだ!我々は早く逃げるべきだ!」
「・・・。」
父親とシノ・・・。
二人の観点が全く違う事にシノが気付く。
シノは話題を変えようと話を振った。
「なんで人間達はこんな僻地に住み始めたの?」
「それについても腹が立つ。王都周辺にいる高位の魔法使いが亜人奴隷制度に異を唱え始めたんだ。
それで、亜人狩りどもは王都周辺に居づらくなってこっちに移り住むことになったらしい・・・。」
「・・・。」
シノにはそれは良い事に聞こえた。
人間が亜人差別を止めさせようと動き出してくれたのは頼もしい。
結果としてはテーべに危機が迫る事にはなったが・・・。
シノは小さい頃からテーべに産まれ、テーべで育った。
里のノーム達は皆、優しく、毎日何不自由無く暮らしてきたつもりだが、昔からノームの考え方がシノとは合わないと言う違和感はあった。
今回もやはり合わない。
シノは王都の高位魔法使いが味方になろうとしてくれているなら、麓の亜人狩りどもと真っ向から闘えば良いと思う。
騒ぎになればきっと何とかなる。
ノームは穏やかな性格だが、怒らせると恐いと言う認識を人間に植え付けるのも必要だと思う。
人間どもが山の麓に住み着いたと言う事を隣の岩山に住んでいるドワーフの集落に伝えに行く事にした。
父親の先程の言葉だが、これはドワーフに人間がいると伝えて、ドワーフがドワーフの判断で人間を襲ってくるのを待つと言う事だ。
こういう卑怯さがシノはノームが嫌になる瞬間なのである。
「きゃー!」
ドンッ!
ドカッ!!
悲鳴と大きな物音が突然し、シノ達家族は急いで家の外に出た。
「おら!出てこい、チビども!!」
人間だ!ノームの子どもを一人捕まえてる!!
シノは初めて見る人間に緊張をする。
「な、何のようですかな?」
里長が体を震わせながらノームの群から一歩踏み出し、人間に話しかけていた。
「おう?あんたが里長か?」
「そうです。私たちがあなた方に何か致しましたか?」
「何もしてねぇよ。これから俺達がお前達に何かするんだ。」
言うと、ノームの子どもの首の付け根を持った人間が大笑いをしてみせる。
その人間に釣られ、回りにいる数人の人間も笑いだす。
「か、勘弁してくだされ!私達は静かに暮らしたいだけなのですから・・・。」
里長が人間達に助けをこう。
「知らねぇよ!バーカ!!」
大笑いをしながら人間が答える。
「ちょっと待ってください。」
数人いる人間の中から長いローブを着た男がノームの子どもを持って話しているリーダーらしき男に話掛けてきた。
「どうした、デジャ?」
「はい。提案ですが、ここで強引に里のノームどもを一網打尽にすると、反抗してきてノームの死者も出る可能性があります。」
「ああん?だからどうした?」
リーダーらしき男はデジャと言う男の話を聞き直す。
デジャの言い分をまとめるとこうだ。
ここでノームを一網打尽にすると、戦闘になり、死者が出る。
そうすると、亜人狩りとしては利益を自らの手で減らすことになる。
そこで、ノームにいくつかの条件を提示し、従わせるのはどうかと言う事だ。
その条件とは・・・。
年に5人、里のノームを亜人狩りに渡す事。
里のノームは全員、奴隷の首輪を付け、歯向かわない事。
この2つの条件を守るならば、他は今まで通り暮らしても構わないと言う事である。
こうすれば、この亜人狩り達は毎年ノームを5人、確実に奴隷商人に売り捌ける。
しかも、里が存在する限り子が産まれるだろうから半永久的に稼げる。
舐められたものだ。
シノの怒りは絶頂に達していた。
手に持つ斧を身構え動き出そうとする。
「分かりました!」
これから大暴れしてやろうと動き出すシノよりも早く、里長が条件を飲む旨を口にした。
えっ!?
シノは愕然とする。
「よし・・・。じゃあ、まずはノームを5匹よこせ。」
ニヤニヤしながら言う人間に里長は数人の大人の人を集めて相談をし、嫌がる里のノームを5人、人間に差し出した。
人間達は満足そうな笑みを里のノームに返すと、「人数分の奴隷の首輪を取ってくる。」と言い残し、その場を立ち去ろうとする。
「待てっ!!」
母親の制止を振り切り、シノが大声をあげる。
「あん?どうした、チビ?」
リーダー格の人間がシノを睨み付ける。
「そんなふざけた条件を飲めるわけ無いでしょ!」
言うと、シノは大斧を振り上げ、人間に飛びかかる。
しかし、人間はシノの攻撃をヒョイとかわす。
「そんな攻撃が当たるかよ!木こりは木を相手に頑張ってろや!」
そう言い、人間は武器も身構えず大笑いをしてみせる。
シノは斧を構え直し、もう一度攻撃をしようとする。
ズキン!
その瞬間、シノの左肩に軽い痛みが走り、徐々に体の自由が効かなくなる。
そして、ついに斧すらも持てずになり、地面にしゃがみこむ。
遠くで人間がマヒの毒を塗った吹き矢を飛ばしていたのだ。
「ひ・・・卑怯者・・・。戦え!!!」
シノは痺れに耐えながら人間達を睨み付ける。
「おい、里長?こいつは条件外で良いよな?5人とは別に連れていくぞ!」
リーダー格の人間が里長に言うと、里長は「はい、どうぞ。」と二つ返事で答える。
シノの母親がシノの元に駆け寄る。
「お母さん・・・。来ないで・・・。」
シノが駆け寄る母親に言うが母親はシノの言葉を無視してシノの側にまで駆け寄ってきた。
「だから人間に逆らわないでって言ったでしょ!もう二度と人間に逆らわないで。連帯責任になるから!」
予想だにしなかった母親の言葉にシノの血の気が引くのを自分で感じた。
ガシャン!
唖然とするシノの首に奴隷の首輪が掛けられる。
シノはこの瞬間から奴隷となった・・・。
ガタガタ・・・。
ガタッ
リズム正しくなる音と揺れる馬車の中、シノはただ愕然と座り込んでいた。
もはや抵抗する気も起きない・・・。
『だから人間に逆らわないでって言ったでしょ!もう二度と人間に逆らわないで。連帯責任になるから!』
最後の母親の言葉がシノの心をへし折った。
もう、自分には帰る場所がない。
抵抗する意味すら無いのだから・・・。
周りにはシクシクと涙を啜る声が聞こえる。
ノームの子ども達だ。
この子達も、里に売り渡された子だ。
シノと同じ心境なのだと思う。
里に裏切られ、我が身可愛さに売り渡された。
最も裏切られたく無い仲間に、その絆を引きちぎられたのだ。
シノも絶望の中に死すらをも考える。
しかし、母親の言葉がそれを許さない。
『連帯責任』
つまり、もしシノがここで死ねば里の誰かがまた犠牲になるかも知れない。
自分を捨てた里の仲間を、それでも思う自分の未練がましさ、お人好しさに、自分でも腹が立つ。
何故、こんな目に合う?
弱いからである。
弱いから負けた。
もし、あのリーダー格の人間をあの場で一刀両断してやれれば、里のみんなは自分を裏切らないで済んだ。
普通の毎日が明日も来たのだ。
所詮この世は弱肉強食。
弱ければ、何一つとして決める事すら許されない。
守れなければ、辛くなるだけなのだ・・・。
私は強い戦士になりたい・・・。
シノは絶望の淵の中、何度も自問自答を繰返し、その答えに到達する。
しかし、それすらももはや叶わない。
奴隷なのだから。
どんな主人に就くか分からないが、自分の希望を汲んでくれる主人に会えるわけがない。
希望を捨て、奴隷になる覚悟をシノはしなければならない。
心を捨て、夢を捨て・・・。
数週間の移動を経て馬車はエルンの王都に到達する。
シノは馬車から下ろされると、今度は檻に入れられる。
亜人狩り達はエルンで時々開催される闇市に出店したのだった。
人混みの多い中、見世物みたいに晒されそれだけでも良い気がしない。
シノの値段は30万ダーム。
亜人奴隷の中でも安めに販売されるノームだが、シノはその中でも安く販売されていた。
それも何故か異様に恥ずかしく思える。
シノはその恥ずかしさを紛らす為にあえて堂々と檻の中で横たわってみせた。
闇市は時間が経つほどに賑やかになり、雑踏が煩くなる。
その雑踏の中、シノの耳に一人の女性の声が入り込んできた。
「ちょっと!高いんじゃないの?こんなもんを買うって言ってるんだからまけなさいよ!」
「いやいや・・・。お客さん、これは世界樹の枝ですよ?妥当な値段でしょ?
今、世界樹のあるアニマライズは神話のドラゴンである赤竜王アムステルが活動期で国に入ることすら難しいんですよ?」
女性の文句に店員が必死に枝の価値を説明する。
「そんなの関係ないでしょ!?この枝は100年以上前の枝で、魔力が落ちてるし!」
・・・うん?
良くあるただのクレーマーの値引きかと思いながら話を聞いていたシノが会話のおかしさにムクリと起き上がる。
店員に文句を言ってた女性は思ったよりも小柄で可愛らしい女性だった。
整った顔立ちは上品さも感じられる。
「だから、100年以上前の世界樹の枝で、魔力も落ちてるんだから・・・10万位が妥当でしょ?」
「いえいえ、これは取れたての世界樹の枝ですよ!100万です!」
「・・・。」
2人の会話を黙って聞くシノはその枝が100年以上経っているのが見て分かる。
シノは木と共に生活をしてきた木こりなのだから。
「じゃあ、もういらない!」
その女性は店員に怒り、枝から興味を無くすと、女性を見ていたシノに気付きこちらへ向かって来た。
「こんばんは。」
女性はシノに挨拶をするとシノの檻の前にある値札に目をやる。
「ノーム、20歳のシノちゃん・・・。30万だって。」
そう呟くと、女の子はシノの顔を見る。
「初めまして。私は綾菜って言うの。」
「あ、そう。」
シノは綾菜と名乗った女の子を冷たくあしらう。
ガシャン!
シノの態度を見た亜人狩りがシノの檻を蹴ってきた。
「あ、そう。じゃねぇだろうが!亜人風情が!!」
「ちょっとぉ~・・・。」
突然、檻を蹴られ、音に驚いた綾菜が耳を抑え、不満げな声をあげる。
「す、すみません・・・デス。」
シノは苦手な敬語をここで初めて使った。
「申し訳ございません。なんせ、ノームの癖に気の荒いやつでして・・・。でも、その分、前衛には向いてますよ!」
亜人狩りが綾菜にシノの商品説明を始める。
「私、滅多に戦闘なんてしませんけど?」
綾菜は亜人狩りにツッコミを入れる。
「いやぁ~・・・。しかしノームは力があるので、雑用なんかも出来ますし・・・。」
「ふむ・・・。」
亜人狩りの説明を聞いて綾菜は顎に手を当て、シノをもう一度見る。
シノは考える綾菜を見上げる。
「いくらまけられます?」
少し考えた末、綾菜が亜人狩りに声を掛ける。
「はっ?」
「必要無いのに買うのよ?安くしてよ!」
ボヤッとしている亜人狩りに綾菜が強く言い直す。
「え~・・・。じゃ、じゃあ25万で・・・。」
「よっしゃ!買った!!」
勢い良く答えると綾菜はポケットからお金を出すと、シノの方を振り向く。
「宜しくね。シノちゃん。」
「宜しく・・・デス。」
答えるシノに綾菜がニコリと笑顔を見せる。
「お客さん?」
シノに挨拶をする綾菜に亜人狩りが声を掛ける。
「何ですか?」
綾菜は亜人狩りに返事をする。
「お金が・・・20万しかありませんよ?」
「えっ?」
綾菜が亜人狩りの言葉にビクッとして振り向く。
「困ったなぁ~・・・。持ち合わせがこれしかないのよねぇ~・・・。」
両手を組み、考え込む綾菜。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
3人は一様に黙り込む。
「分かりましたよ!」
沈黙に負けたのは亜人狩り。
結局綾菜はシノを20万ダームで買っていった。
「ところでシノちゃんって武器は斧かな?」
シノを檻から連れ出し、闇市の中を歩く綾菜が思い出したように聞いてきた。
「はい。斧デス・・・。」
シノは素直に綾菜に答える。
「そうかぁ~・・・。」
答えると綾菜は闇市を出て、エルン王都の武器屋へと入っていった。
あれ?もうお金を持ってないはずデスよね?
シノは武器屋へと入る綾菜に疑問を覚える。
「いらっしゃい、綾菜ちゃん。」
綾菜が店に入ると店の店主らしき人が綾菜に話し掛けてきた。
「こんばんは。土の魔力を持ってる斧とかってありますか?」
「いきなり凄いフリしてくるね?土の魔力の斧かぁ~・・・。」
店主はゆっくり立ち上がると斧が沢山置いてある場所まで歩いていった。
「ノームは土の妖精だから、土の魔力を帯びてる方が良いですよね?」
斧を探す店主に綾菜が話を続ける。
「まぁ・・・、そいつはその人の考え方だけどねぇ~・・・。
こんなんどうだ?160万ダームだが、土の魔力を帯びてて、持ち主の守備力を少しあげてくれるって品物だ。」
店主は一振りの大斧を綾菜に見せる。
「守備力向上の魔力かぁ~・・・。良いですね!これにします。」
ええ!?
シノを買う時に30万すら渋ったくせに、160万もする斧を即決する綾菜にシノはびっくりした。
武器をシノに渡すと綾菜は武器屋の店主にお辞儀をして店を出る。
「あ・・・。首輪邪魔だよね?外してあげるね。」
言うと、綾菜はシノの首輪に手を掛ける。
「そんな事して良いデスか?私は人間嫌いのノームデス!?」
シノは声を荒げながら綾菜に聞く。
「首輪を取った途端に私に襲いかかるつもりならそんな事言わないよ。」
綾菜は聞くシノに笑いながら答える。
そんな綾菜の無防備さにシノも人間に対する怒りを忘れていた。
カチャリ!
安っぽい音と共にシノの首輪が外れる。
シノは首をクイクイっと確認すると斧を持ち、首輪をしまう綾菜を待つ。
綾菜はニコリと笑い、立ち上がると、夜のエルンの王都を2人で歩き出した。
「30万の私に160万の武器とか・・・。これじゃあ私がオマケみたいデス。」
夜の夜道を歩きながらシノが綾菜に言う。
「オマケって可愛いよね?」
綾菜が笑いながら答える。
「そういう問題じゃないデス。」
「私のいた地上界にはオマケ付きのお菓子があったけど、あのお菓子はオマケがメインだったなぁ~・・・。」
綾菜は遠い目をしてシノに答えた。
「ふぅん・・・デス。」
シノは自分の主人の不思議さに興味を惹かれながらも、人間に対する警戒を解かないように意識していた。
綾菜に連れられ、シノは奴隷シノとしての部屋へ案内された。
・・・と言うか、綾菜はワンルームのアパートに1人で暮らしていたのでシノの部屋と言うのは無く、綾菜と同じ部屋に寝泊まりする事となる。
しかし、綾菜の部屋を見て、シノは寝る場所に困った。
綾菜のアパートは玄関入ってすぐ左手に風呂とトイレがあり、廊下も挟まずその向かいが台所となっていた。
そして、扉を開けると、その奥に6畳程度の部屋。
その6畳の部屋の中にベッド、テーブルと椅子が2脚、衣裳ケースと本棚が所狭しと置かれている。
どこで寝よう・・・。
綾菜の部屋を見てシノが呆然とするが、綾菜は気にせず荷物を置き、料理を始める。
「シノちゃん、なんか苦手な食べ物とかある?」
「無い・・・デス。」
部屋に入り、シノは落ち着かない様子でウロウロする。
そもそも、奴隷として売られたが奴隷って何をすれば良いのかが分からない。
シノ達ノームは役割分担をし、それ以外の事は滅多にしない種族である。
家事は母親が、薪割りは父親がする。
シノは朝起きて、木を切るか、狩りをする以外の事をした事がないのだ。
「良かった。じゃあ椅子に腰掛けて待っててね。」
綾菜はシノに気さくに話し掛けてくれる。
シノの知っている、話に聞いてきた人間とは少し違うが、それは綾菜が地上界から来たノディーだからであるとシノは勝手に納得していた。
少しすると綾菜が出来立ての食事をシノの前に置いてくれる。
「じゃあ、食べましょ。」
言って、綾菜は食事を始めるが、シノは食事に手を出さなかった。
「どうしたの?嫌いな食べ物無いって言ってたよね?」
綾菜は食事に手を出さないシノに聞く。
「私は奴隷デス。ご主人様と同じテーブルで食事は出来ないデス。」
シノは綾菜に答えると、食事の入った皿を床に置き、床にじかに座って食事を始めた。
綾菜の作る料理は美味しく、今まで里で食べてきた物がとてもお粗末な物だったと始めて知った。
「シノちゃんは奴隷じゃないよ。首輪取ってるし・・・。」
椅子に座った綾菜が床で食事を取るシノに言うが、シノは無視して食事を続けた。
その後、風呂に綾菜が入れようとするが、シノは自分は子どもじゃないと主張し、1人で風呂に入る。
そして、寝るときに事件が起こった。
綾菜がベッドで一緒に寝ようと提案してきたのだ。
しかし、シノは自分は奴隷だからと堅い床に横たわる。
綾菜の好意を無視し続けるシノにとうとう綾菜が怒り始めたのだ。
「なんで、そうやって意地悪ばかりするの!?あなたは奴隷じゃないって言ってるでしょ!?」
怒鳴る綾菜をシノは冷たい目で見る。
「私は奴隷として里に売られたデス。あなたが何と言おうと奴隷デス。」
「じゃあ、主人として命令よ!女の子を直床でなんて寝されられないからベッドで一緒に寝て!」
「出来ないデス。奴隷としての意地があるデス。」
シノも意地になっていたのは自覚している。
しかし、今のシノに綾菜の普通の優しさが痛くて仕方なかった。
自分は里に、家族に捨てられた。
信じていた絆に裏切られ、強引に人間に連れ出された。
その元凶である人間なんかに優しくなんてしてもらいたくなかったのだ。
言っても聞かないシノに綾菜が地団駄を踏む。
「もう、あったま来た!勝手に奴隷やってなさいよ!私も勝手にあなたに友情押し付けるからね!」
「はぁ?何言ってるデス?私は奴隷デス!」
「うっさい!」
怒った綾菜はシノを一蹴し、ベッドに潜り込み、そのまま寝入った。
翌朝、綾菜は1人で買い物に行き、シノの寝れるベッドや布団を用意してくれた。
しかし、シノは寝るときにベッドから毛布だけ取りだし、床で寝る。
食事も綾菜がテーブルに皿を置くが床に置いて食べるようにした。
そんな不毛な意地の張り合いがずっと続いた。
シノも綾菜も頑固でお互いいつまでたっても折れないのでいつしかこのやり取りが2人の日常と化していた。
そんなとある晩、床で寝ていたシノはテーブルにかじりついて勉強をしている綾菜に気付き、起き上がった。
「何してるデス?」
シノは勉強をしている綾菜に近付き聞く。
「ん?魔法の勉強だよ。この試験が通るとルーンマスターって言う称号が貰えるの。」
「ルーンマスター?」
シノはルーンマスターと言う称号については知っていた。
元素魔法以外の魔法を3つ以上一定水準を越すレベルで扱える魔法使いに与えられる称号で、世界的にもこの称号を持つ人間は少ないと聞く。
「そんな称号取ってどうするデス?」
シノは素朴に疑問に思った。
綾菜はあまり周りの目を気にする人間では無い。
いつでもどこでも、自分を押し通すタイプの人間だ。
しかし、憎めないのはその綾菜の我が儘には常に愛情がある。
我が儘な愛情とは変な言葉だが、綾菜は誰かを綾菜なりに思いやり、それが我が儘に見えるのだ。
結局、綾菜の我が儘に救われた人は少なくないはずである。
「どこか、戦争の多い国の宮廷魔術師になりたいんだ。」
綾菜は遠い目をして答える。
宮廷魔術師。
高い魔法の知識を持ち、国の祭事を取り仕切る立場の人間で王の側近だったりと、立場がかなり高い。
生活は高い次元で安定するので人気はあるがそう簡単にはなれる職業では無い。
しかし、戦争の多い国の宮廷魔術師?
戦争の多い国は落ち着かない。
安定した未来にはならない。
「何故デス?」
シノは綾菜の考えている事がイマイチ理解できず、つい質問をしてしまった。
綾菜は悲そうにシノに微笑みを見せると、地上界から天上界に来る時の着地点の話をしてきた。
次元の歪みは人が沢山死んだり、犯罪が多発している場所で発生しやすい。
地上界から来た綾菜は、地上界で死に別れた婚約者を少しでも見付けやすくするためにルーンマスターを目指している事をシノに話した。
ルーンマスターになれば、どの国でも宮廷魔術師として欲しがられる。
そうすれば、戦争の多い国を選び、その国の中で比較的安全な立場からその彼氏を探せる。
「そんな事に意味があると思うデス?」
シノは率直な感想を述べる。
綾菜の彼氏は綾菜と死に別れた時の歳は26才だったらしい。
その歳の健全な男であれば、新しく彼女を見付け、結婚し、幸せな家庭を築き上げる。
綾菜のしている事は、そんな彼氏からすれば無駄に重たいだけだとシノは思う。
そして、その状況の彼氏を綾菜が迎えに行けば綾菜は傷付くだけだとシノは綾菜に伝えた。
綾菜は悲しそうにシノの顔を見つめ返し、答える。
「それでも、良いの。謝りたいだけだから。私が大好きなんだもん。」
言うと、綾菜はまた勉強を始めた。
普段チャンポランな綾菜が、完全に切れてる絆を繋げ直そうと必死である事にシノは少し驚く。
自分は・・・里に裏切られて切れた絆だから・・・。
そして何故か自分に言い訳をしている自分にシノは気付かずにいた。
その夜中、シノは勉強疲れでテーブルでそのまま寝てしまっていた綾菜にそっと毛布を掛けてあげ、おにぎりを握って綾菜の横に置いた。
あくまで奴隷として主人を思いやるのは当たり前だと自分に言い聞かせながら・・・。
そんな奇妙な関係を続けながら2人の時は1年を刻む。
綾菜は無事、ルーンマスターの称号を獲得し、エルンだけでなく、世界的に有名になりつつあった。
『絶世の美女魔法使い、最年少でルーンマスターになる。』
『天は2物も3物も与える!』
そんな見出しと共に新聞で綾菜の事が書かれていたが、一番身近で綾菜を見ていたシノは鼻で笑っていた。
綾菜の努力を知っているからである。
綾菜は普段、遊んでばかりに見られる。
それは好きな事を好きなように楽しんでいるからであるが、部屋に帰ると綾菜は風呂、飯、勉強しかしない。
綾菜の部屋に人が入る事は無いので誰も気付かないが、綾菜の部屋を見れば誰もが一目で分かる。
基本的な生活道具以外、本や魔法道具しかないのだから。
本質を知らずに好き放題言う。
これがシノの世間に対する感想だった。
そんな変な共同生活をしているうちにシノの心境にも変化が出来ていた。
綾菜の幸せを祈る気持ちが芽生え始めているのだ。
綾菜の努力を知っているから、綾菜と彼氏の再会を祈るようになった。
もっとも、素直に友達になれないシノは未だに自分は綾菜の奴隷だと言い張り、意地の張り合いは続けているが・・・。
その関係が意外な所で最悪なタイミングで終わりを告げるとは思いもせず・・・。
ルーンマスターになった綾菜を仕官させようと色んな国がエルンに来て、綾菜と面談をする日の朝、事件が起こった。
いつも通り床で寝ていたシノを綾菜が起こす。
しかし、その日、シノは起き上がる事が出来なかったのだ。
綾菜は呼んでも起きないシノを心配し、シノの顔を覗き込む。
そして、いつもより赤い顔をしているシノを見て、飛び上がった。
「熱あるじゃない!」
声を上げると同時に綾菜はシノを抱き上げ、シノの為に買ったベッドに寝かしてくれた。
そして毛布と掛け布団を丁寧に掛ける。
「司祭呼んでくるから待ってて!」
言うが遅いか、綾菜は自分の食事も取らずに外へ駆け出していった。
「いや・・・。私はいいから・・・面談行け・・・デス。」
シノが必死に言葉を振り絞って声を出すが、既に綾菜は街に出てしまっていた。
バタンッ!
暫くして、綾菜が「ぜぇぜぇ。」と息を切らせながら部屋に戻ってきた。
「シノちゃん!大丈夫!?」
走り続けて赤くなった顔をした綾菜がシノの顔を覗き込む。
「だ・・・大丈夫デス。早く面談行けデス。」
シノは枯れた喉を無理矢理に酷使して言葉を出す。
カチャリ
今度は静かに扉が開き、司祭のローブを着た女性が部屋に入ってきた。
「綾菜さん、静かにしてあげて下さい。風邪の時は神経が過敏になっていて、少しの物音でも辛く感じますから。」
綾菜を優しく嗜めるとその司祭はゆっくりとシノに近付き、ソッとシノのおでこに手を当てた。
その動作の一つ一つが上品かつ優雅で、シノも綾菜もつい見とれてしまう。
周りに放つ空気が別の世界のモノとすら感じるその司祭は近付くだけで心まで落ち着かさせられる。
綾菜以外の他人に触られることを嫌っているシノですら、この司祭の手を不快とは感じない。
むしろ、触っていて貰いたいとすら思わせられる。
司祭は瞳を閉じ、何やら魔法を唱え始める。
「致死レベル3。症状は高熱による関節痛、鼻詰まりと喉にも炎症と腫れが確認されます。
まずは早急に今の苦しみの除去。その後に、体内にある悪菌徐霊を行います。」
司祭はゆっくりと丁寧に今の状況を説明すると、また新しい魔法の詠唱を始める。
「シリア司祭様。私が出来る事は有りませんか?」
綾菜が司祭に話しかけると、そのシリアと呼ばれた司祭は綾菜にゆっくりと答えた。
「風邪で体力が落ちています。治癒魔法を施しておきますので、フルーツ等を用意してあげて下さい。」
「分かった!」
「違うデス!!」
シリアの返事に答え、外に走り出そうとする綾菜にシノが怒鳴る。
「どうしたの?シノちゃん?」
綾菜がキョトンとした顔でシノを見る。
「馬鹿デスか?外国の王達が綾菜に会いに今、この国に来てるデス!私は大丈夫だから早くそっちに行けデス!!」
シリアの魔法はすぐに効く。
シノは喉が治ると同時に怒鳴り声をあげた。
「はぁっ!?馬鹿って何?こんな日に風邪をひいたシノが悪いんでしょ!?」
シノの怒鳴りに綾菜も怒り出す。
「はい。馬鹿は私デス!でも、綾菜はもっと馬鹿デス!
奴隷の・・・たかだか風邪を優先させて、諸外国の王を蔑ろにするなんてあり得ないデス!!」
「はぁ?体調不良に奴隷も亜人も無いでしょ!?誰だって風邪は辛いの!!
例え相手が王だろうと健全な人間を後回しにするのは当たり前じゃない!?
あんたは黙って風邪治しなさいよ!!」
バタンッ!!
怒鳴り返すと綾菜はシノの返事を待たずに部屋を出ていった。
「本当に・・・馬鹿デス・・・。」
「フフフ・・・。」
シノの呟きにシリアが笑って答えた。
「何が楽しいデス?」
風邪の治癒をしてもらっているシノの瞳が怪しく光る。
シリアは気にせずにシノに答える。
「この世界に10人位しかいないルーンマスターである綾菜さん相手に馬鹿と言うのはあなただけだと思いましてね。」
「綾菜は事の重大さを理解していないデス!奴隷の為に人生を棒に振る主人とか、あり得ないデス。」
「それはどうですかね?綾菜さんはあなたを奴隷とは思ってないと思いますよ。首輪もしてませんし。」
シリアは優しく、上品にシノに答えた。
「綾菜がどう思うとか関係無いデス。私が奴隷で綾菜が主人デス。」
そう言うシノをシリアは少し黙って見つめ、そして自分の身の上話をし始めた。
「私は、エルンの司祭夫婦の間に産まれました。何不自由も無く、必要最低限の物にも囲まれて・・・。」
シノは黙ってシリアの話を聞く。
シリアは恥ずかしそうにクスッと笑って見せる。
「でも、不幸ではありませんでしたが、幸せでも無かったんです。
何不自由も無いと見えない物が見えない物のままなんですよね・・・。」
「んっ?見えない物?」
シノはシリアが何を言いたいのか分からず、少し困惑する。
「私は絆が見えなかったんです。親子の絆。親友の絆。そういう物が分かりませんでした。」
穏やかな表情で話をするシリア。しかし、ここで一瞬表情が曇る。
「だから、絆を求めて私は司祭になったんです。
至高神ジハドにお祈りをするとジハドは私の魔力を吸って、より力を持つんです。
その瞬間、私とジハドの間に絆を感じて、とても安心出来るんですよ。」
そして、シリアの表情が再び明るく戻った。
「絆・・・。」
シノはこの世で一番聞きたくない言葉だった。
親子の絆も、仲間の絆も裏切られた。
そんな物無い方が人は幸せだとすら思っている。
「はい。絆です。シノさんは気付いていないかも知れませんが、綾菜さんとシノさんの間には主人と奴隷では無い絆が産まれています。」
ここまで話を聞いてシノはシリアが言いたい事を理解した。
綾菜とシノの間に生まれている絆・・・。
それは恐らく、『親友』である。
親に捨てられ、里の仲間に売られたシノに出来た唯一の絆。
しかし、シノにはこの綾菜との絆を素直に受け入れられない。
また裏切られた時に自分がどうなるか分からない程恐いのだ。
「・・・。」
シノはボーっと考える。
「受け入れるとそれだけであなたはかなり楽になると思いますよ?」
裏切る。
裏切るって何なのだろうか?
婚約をした彼氏を置いて病死した綾菜は彼氏を裏切った事になるのだろうか?
これはやむを得ない事だと思う。
綾菜自身、この天上界で苦しみ続けている。
この綾菜の姿を見て、裏切り者だと言えるか?
違う。
では、自分の命の為に娘を亜人狩りに出した両親は裏切り者なのだろうか?
生きる事を望むのは生き物の性なのだ。
両親はシノを売った事を里で後悔しているのかも知れない。
悲しみ、苦しむ両親を裏切り者だと言えるか?
言えない。
では、綾菜の優しさを無下にし続けた自分はどうなのだろう?
裏切るというのが、人の心を踏みにじる行為だとするなら・・・。
一番の裏切り者は、私デス!!!
シノは突然体を動かし始める。
「シ・・・シノさん?」
突然動き出したシノにシリアがびっくりしていたが、シノは気にせずにベッドから降りて床に立つ。
シリアの回復魔力は良く効くが、それでも体がフラつく。
シノは力一杯足を踏ん張る。
「シリア・・・あなたが言ったデス。私は私の友達を思いやるだけデス。」
言うと、シノはフラフラしながら外へと歩き出す。
「ちょっ、シノさん!!」
シリアも立ち上がりシノを追いかけようとする。
「・・・。」
立ち上がるシリアの前に2体の魔力の入っていないパペットゴーレムがあったのだ。
シリアはそのパペットゴーレムに自分の魔力を吹き込む。
「ですわ!あれ?綾菜さんじゃないですわ?」
シリアに魔力を吹き込まれたパペットゴーレムが話し出す。
「私はシリア。あなたの主人が戻ってきたら伝えて下さい。シノは王宮に向かった。と。」
「了解ですわ。」
パペットゴーレムは元気に返事をした。
シリアはニコッと微笑み返すと、シノを追いかけた。
時を同じくして、エルン国。
王宮にある『国賓の間』にて。
魔法大国エルン。
この国は国王兼学園長を務めるエルオと言う人間によって統治されている。
このエルオの歳は3000歳を越えているが、その容姿は20代中頃に見え、体の線の細い美形である事でも有名な人物である。
謎多き人間で、実はエルフと言う亜人なのではないか?と言う噂もあるが、その優れた人間性は各国の要人にも高く評価をされている。
エルオは自分の持つ知識と経験を若い人間に託し、より優秀な人材の育成こそが国や世界の発展や平和に役立つと確信していた。
そして、優秀な人材を各国に送り込むための努力をも惜しまない。
その為、この国は年に数回、魔法使いを求める国とこの国で育った魔法使いを会わせる機会を設けていた。
その時に使う場所が、王宮内に用意されているこの、国賓の間である。
諸外国の要人を招く為の部屋なのでその作りはきらびやかにして、高性能。
魔法発展国にある技術の結晶のような造りになっていた。
今回、この面談会にて紹介する予定の魔法使いは3人。
1人はルーンマスターの称号を獲得した天才魔法使いの『真城綾菜』
1人は召喚魔法のみを徹底的に研究し、その実力は綾菜と肩を並べていた女性魔法使いの『ミラルダ』
そして、1人は同時2種魔法という高等技術を使う男性魔法使いの『ファゴット』
同時2種魔法とは右手から古代語魔法、左手から風水魔法を放つという荒業で、難易度が極めて高い。
今回の面談会にて、ミラルダは世界で一番の経済力と器械技術の高い国、グリンクスの宮廷魔術師で内定を決めた。
ファゴットも花の国サリエステールと言う国に内定を決めていた。
内定が決まり、満足したサリエステールの王はファゴットを連れ、王宮の個室にて今後の打合せをすると国賓の間を出て行った。
グリンクスの王は綾菜を一目見てみたいと言い、ミラルダと共に国賓の間に待機をしていた。
しかし、その日の昼を前にしても綾菜の姿は現れない。
時間が立につれ、各国の王達は苛立ち、ついには綾菜との面談をせずに国賓の間を後にしだした。
その立ち去る王達を見送りながら、椅子から立ち上がろうとしなかった人間が4人いた。
「ジールド・ルーンは今スールム国と戦の最中と聞き及ぶが、こんな時間にルーズな魔術師待つとは余裕ですな?」
椅子から立ち上がろうとしない4人に近付き、話し掛けて来たのはアルマロイドと言う国の王であった。
「その理屈を通すとアルマロイドも暇なのですかな?」
豪華に造られた椅子に座り、腕を組んだまま返事を返したのはジールド・ルーンのダレオス王。
「我が国はルーズマスターをこれ以上待つつもりはありませんよ。今回は不発でしたな?エルオ陛下?」
「申し訳有りませぬ。ジオンヌ陛下。エルンの高級料理を用意しておりますゆえ、それで御勘弁下さいませ。」
突然話を振られたエルオはアルマロイドの王に頭を下げる。
「私は上手い料理を食いに来たわけではないわ!!」
ジオンヌはエルオに怒鳴り付けるとズカズカと国賓の間を後にした。
「エルオ導師も大変ですね。好意でやっていると言うのに・・・。」
アルマロイドの王の姿が見えなくなったのを確認し、ダレオスの横にいたクレインがエルオに話し掛ける。
「約束の時間に来ない我が魔術師に問題があるゆえ、何とも言えませんな・・・。
クレインやダレオス陛下にもご迷惑を御掛けしております。」
エルオはダレオス達にも頭を下げた。
「それは構いませぬ。何の連絡も無しに遅刻をするなど、普通は有り得ん事。
つまり、何らかの事情がおありなんでしょう。」
ダレオスがエルオに答える。
「しかし、ルーズマスターとは中々面白い事を言いますな。ジオンヌ陛下は。」
ダレオスに平謝りするエルオを気遣い、ダレオスの横にいたシンが口を挟み、大声で笑って見せる。
「して、ミラルダ魔術師。綾菜とはどのような娘なのかな?」
エルオ達の会話を遠くで聞いていたグリンクスの王、イマイチが先程内定させたミラルダに尋ねる。
「かなり優秀で機転の効く魔術師です。ただし、いきなりやるとは思いませんでしたが、見ての通り、奔放な性格が仇になるタイプの人間です。」
「なるほど。今回の遅刻は綾菜の気まぐれと思うと言う事かな?」
「いいえ。綾菜は自由ですが、信念がしっかりあります。何らかの事件に巻き込まれた可能性があると思います。」
ミラルダはイマイチに綾菜の説明をする。
それから、また少し時間が経った後である。
「こ、こら!勝手に入ってくるな!!」
制止する兵士を引きずりながら体の小さい女の子が国賓の間に侵入してきた。
ノームか?
国賓の間の入口付近で立ち止まる少女をダレオスがジッと見返した。
そのノームの女の子は国賓の間に入り、数人の人間が残っている事を確認すると、その場で膝を付き頭を床に擦り付け始めた。
土下座・・・。
ダレオスはそのノームの女の子を見入る。
「申し訳無いデス!綾菜は私が風邪を引き、その看病の為に遅れているデス!!」
「なっ!?」
ノームの女の子の言葉を聞き、驚きの声を上げたのはエルオだった。
「ふざけるな!亜人風情が!!ここをどこだと心得る!!」
兵士がノームの女の子に槍の柄を押し当てながら罵声を浴びせる。
「止めて下さい!!」
その兵士を押さえ、止めに入ったのはその後からやって来た司祭の女性。
「シリア司祭、手をお離し下さい!!この亜人は立場をわきまえず、王宮にまで入り込みやがって・・・。」
「この子は風邪を引いてるんです!お止めください!!」
シリアが必死に兵士を止める。
「場をわきまえぬのはお主だ。」
声を荒立て、ノームを痛め付ける兵士にエルオが窘める。
「し、しかし、エルオ陛下・・・。」
「ここは外国の要人を迎える場。ここで争いや暴力は国際問題に発展しかねん。お主こそ、この場を去れ。」
エルオは静かに、しかし、強い剣幕で兵士に言う。
兵士はシュンとし、国賓の間から出ていった。
「風邪の体を無理を推してここまで来たあなたは、綾菜の友達ですかな?」
エルオは腰を落とし、ノームに話し掛ける。
「と、友達じゃ・・・。」
ノームが口どもる。
「見ず知らずのノームが風邪を引き、その為に綾菜が遅刻して、見ず知らずのノームがその綾菜の詫びを入れるじゃあ納得は出来んだろ?ここまでしたんだ。全部言えよ。」
ダレオスが椅子から立ち上がり、ノームに詰め寄る。
「陛下。彼女は風邪を引いていまして・・・。」
シリアがノームを庇う。
「風邪だろうとここまで来た覚悟があるだろう!それ以上の庇いだては無用!」
今までとは打って変わり、ダレオスの表情が恐くなる。
「一国の王を相手にここまでしたんだ。気後れは許されん。
ノームの少女よ。綾菜とはどのような関係だ?」
エルオも優しく、しかし、厳しく言ってきた。
「くっ・・・。」
ノームの少女は体を震わせながら目を閉じた。
友達です。
たったこれだけの言葉で良い。
嘘でこの場を凌ぐだけ・・・。
そう自分に言い聞かせようとも思ったが、それを許さない自分がそこにいた。
自分に取って、綾菜は本当の友達なのだ。
嘘じゃない。
本当だから・・・。
だからなおさら言葉が出ない。
今まで、散々綾菜の気遣いを無下にしてきた。
綾菜の気持ちを裏切り続けてきた。
そんな自分がどの口さげて友達だと言えるだろうか?
絆をまた作りたくない。
失うのが恐いから・・・。
色んな感情が頭をよぎり、ノームの娘は言葉が出せないのだ。
『友達』だと口にすればそれを完全に受け入れてしまうから・・・。
「・・・デス・・・。」
「うん?」
ダレオスが聞き返す。
「友達・・・親友デス!」
ノームの娘は喉に詰まるものを吐き出すように大きな声で答える。
「シノちゃん!」
遠くでノームの娘の名を呼ぶ声がする。
振り向くと、そこに親友の姿があった。
「綾菜・・・。」
シノは親友の名を口にする。
綾菜は走りだし、シノを抱き締めた。
「うんっ!親友だよ!」
綾菜は強くシノを抱き締める。
その光景をダレオスは微笑みながら見ていた。
綾菜はダレオスに気付くと、シノから手を離し、深々と頭を下げた。
「友の急病に付き、遅刻致しました。不快な思いをさせた事、陛下の時間を奪ったことを深くお詫び申し上げます。」
「ふむ・・・。良い。1つ聞いて良いか?」
ダレオスは詫びを入れる綾菜に質問の許可を確認する。
「はい。お答え致します。」
「組織と心。そなたはどちらを大切にする?」
ダレオスは綾菜にそういう質問を投げ掛けた。
綾菜はそれに直ぐ様答える。
「状況によりますが、私は仲間を優先させます。」
綾菜の返事にダレオスは満足そうに微笑み返し、そして話を始めた。
「我が国は今、戦争の最中だ。これが終わっても世界に戦争がある限り、戦い続ける。
宮廷魔術師でも前戦に出てもらう事もあるが、我が国で士官を務める気はあるか?」
「それは私自身望む所でございます。平和な国より御国のような国に士官したいと思っております。」
「ふむ。私が望む人材はお主のような心を持つ人材。喜んで迎えよう。」
ダレオスが答えると、綾菜とシノの顔がパァっと明るくなる。
「しかし、遅刻の罰が必要だな。けじめとして。」
ダレオスがいたづらに笑いながら話し出す。
「では、ジハドの教典の暗記などいかがでしょう?」
ダレオスの横にいた司祭が提案をしてきた。
「おお?ラッカスも性格が悪いな。」
司祭に対し、シンが笑いながら話し掛ける。
「綾菜さんは風水、古代語、付与、召喚が扱えると聞きますが神聖はご存知無いのですよね?」
ラッカスの質問に綾菜の顔が引きつる。
その綾菜の顔を見て、ダレオスがジハドの教典暗記を正式に決めた。
「エルオ導師。お目付け役にシリアさんも我が国に頂けませんか?」
ラッカスがエルオに聞く。
「シリア司祭の判断に委ねます。」とエルオ。
「かしこまりました。」
シリアは二つ返事で答えた。
この後、正式な打合せをし、1年後に綾菜、シリア、シノの3人はジールド・ルーンに渡ることになる。
そして、この一件を境にシノの心境も変り、1つ決心をした。
奴隷としてでは無い。
友として綾菜を命懸けで守り続ける・・・と。




