第二十四話~修行~
日之内玄乃の作業場はツアイアル山の頂上付近にあった。
ツアイアル山の麓に小さな村があり、その村の酒場で優人達は日之内玄乃の情報を入手し、それから登山についていた。
日之内玄乃の先祖、日之内周斎は元々地上界の人間で数百年前に神隠しに合いここまで来た。
当時からの鍛治の業は一子相伝で語り継がれ、今は玄乃が受け継いでいる。
『日之内の打つ武器は魔法を込めていないのに頑丈で切れ味が抜群である。』と一部でかなり有名で日之内作品の武器は500万ダームを下る事がない程の価値があるらしい。
しかし、ここ数年、彼は武器の製作をしていないそうだ。
偏屈で気難しいと言うのは職人に良くある性質ではあるが、優人はそれでも日之内の刀が欲しくなっていた。
一虎を持った時の自分との共鳴の感覚が忘れられない。
自分では扱いきれない武器であってもあの威力だ。
もし、自分に合った居合刀を日之内玄乃に打って貰えたらと考えただけでも興奮が収まらない。
優人は早る気持ちを押さえきれず、その日のうちに村を出た。
綾菜も長旅で疲れてはいたが、目を輝かせる優人に根負けし、登山に付き合う。
ミルフィーユは楽しそうな優人に感化され、優人と一緒に何故か興奮気味に登山につく。
シノも深くため息を付きながら付いてきた。
ツアイアル山を登る途中に獣道があり、その獣道を通るとシノの故郷であるテーベと言う隠れ里があるらしい。
ここで一旦シノと別れると言う話も上がったがシノはテーベによらず、優人達と日之内玄乃の作業場まで一緒に来た。
ツアイアル山の頂上に着くと、土で作ったかまくらの用な形をした釜から煙が出ていた。
その釜の近くには石で出来た水槽や良く分からない物が沢山設置されている。
その設置されている作業場は吹きさらしで屋根だけ付いていると言う感じだ。
その作業場の奥に木で作られた家が一軒あった。
優人達はその家の玄関の前に立つと、扉をノックする。
暫くすると、中から一人の老人が出てきた。
老人は扉を開けると一旦全員を見回し、その後、優人を足元から頭にかけてじっくりと見てきた。
「え~・・・。」
優人はなんて声を掛けるべきか戸惑う。
「中に入れ。」
戸惑う優人に老人が言うと、老人は家の中にその姿を消していった。
優人達は急いで老人を追う。
老人が案内してくれたのは畳のある部屋だった。
テーブルも何もなく、あるのは座布団のみである。
「座りなさい。」
老人は座布団に座ることなく、たったまま優人達に座るよう促してきた。
言われると、優人は座布団の上で居合座りをし、綾菜は正座をする。
ミルフィーユは綾菜のマネをして座布団の上に正座をした。
シノだけ、キョロキョロとしていた。
「シノちゃん。両足の膝を前に出して折り曲げるの。」
綾菜がシノに説明をすると、シノも正座する。
その優人達の行動を確認するように見て、老人もあぐらをかいて座布団に座った。
「日本か?サコクか?」
老人が座る優人達に話し掛けて来た。
「日本です。」
優人は即座に答える。
綾菜は突然の質問に一瞬固まっていたが、優人は老人の行動ですぐに質問の意味が分かったのだ。
老人は優人の居合袴を見て和装剣士だと認識し、座布団の座り方で文化を知っているかの確認をしていたのだ。
『サコク』とは天上界にある和装の剣士が住んでいる国の事である。
優人の衣装を見て何人かが『サコクの剣士』と呼んできていたので優人はこの質問にはそもそも慣れていた。
「お主・・・。洞察力が優れているな?用件は、腰の刀の打ち直しか?」
老人は優人の刀に顎を向けて聞いてきた。
「打ち直し・・・。出来れば新しく打って貰いたいです。」
優人は答える。
「何故私を?」
「日之内周斎殿の一虎という野太刀の凄さを体感しました。その業で俺の武器を打って貰いたいと思いました。」
「ふむ・・・。」
優人の言葉を聞き、黙って優人の居合刀を見る。
「その刀、見せて貰えんかな?後、胸に付いているシルフの瞳も。」
「えっ?どうぞ。」
優人はシルフの瞳と刀を玄乃に渡すと、玄乃はシルフの瞳を横に置き、一礼をしてから優人の居合刀を抜く。
「ふむ・・・。ソードブレーカーにやられたか・・・。」
刀の折れ口を見て、玄乃が予測を立てる。
そして、折れた刀の先の方を取りだし、マジマジと鑑定を始めた。
「手入れが行き届いているな。刀の造りを理解しておる。
切っ先の磨耗の激しさを見た所、腕は並以上と言った所か・・・。」
優人の刀を見て、優人の剣士としての実力まで検討付けるとはお見それする。
鍛治師としての能力が高いからだろうと優人は思いながら黙って頷く。
「しかし、無理をする性格だな。折れた刀の先の折れ口に血が付いている。
お主、この先を持って突き技を使ったな?」
この言葉には優人も驚いた。
確かに優人はソードブレーカーの傭兵を倒すために折れた刀の先を拾い、手で握って突き刺した。
そこまで鑑定されるとは思いもしなかったのだ。
「さて、結論を言うと、この刀はもう蘇らん。お主の言うように刀を造るべきだな。」
玄乃は優人に言う。
「打って頂けますか?」
優人は身を乗り出して玄乃に聞く。
「シルフの瞳を見なくともお主の剣士としての性格や能力は分かった。
私の刀で金儲けを企む輩でもないだろう。
しかし、この刀に魔力跡が残っておるのが気に入らんな・・・。」
「魔力跡?」
玄乃の言葉を優人は繰り返す。
「元素魔法を使い、武器強化をしただろう?」
玄乃は優人に言う。
「あ・・・。はい。やりました。」
優人は素直に答える。
「自分の命を守り、共に敵の命を奪う相棒を信用しとらんのか?」
玄乃の言葉に優人が固まる。
刀鍛治にとって、自分の打った刀を信用しない剣士は刀鍛治師の腕も信用していないと言う事だ。
それはつまり、信用していない物に自分の命を預けている。
剣士としては余りにも無責任な判断だと玄乃は優人に言いたいのだろう。
鍛治師に対しても失礼な事この上ないと優人は少し反省する。
「一度手合わせ願いたい。お主が剣士として、どこまで信用できるか確認してみたい。」
言うと、玄乃は木刀を2本持ち出し、優人に1本渡すと外へ歩いて行った。
優人達も後を追う。
日之内玄乃の家の中庭で優人と玄乃は向かい合って立った。
優人は隠し下段に構えた。
切り上げに特化した構えだ。
剣士としての打ち合いならば優人の技術を量るのがこの立ち会いの目的である。
ならば優人は防御メインの構えは無用だと判断しての事だ。
隠し下段ならば、手の内は見えづらい。
切り上げに見せ掛けて横に払うか、腕を狙うか・・・。
フェイントを使った戦闘が出来る。
それに対し、玄乃は青眼に構える。
剣道の立合いの常套の構え。
攻守共に動きやすい構えだが、どちらかと言えば守りが強い構えだ。
優人自身もやるなら青眼に構える事が多い。
理由は間合いを測りやすいからである。
玄乃がどれほどの使い手か分からないが、手合わせを願い出ると言うことは腕に多少の自信はあるハズである。
優人の地上界の師匠は70歳近くても優人の太刀を捌いていた。
こと剣術において、歳は経験という驚異になりうる。
優人は摺り足で少しずつ間合いを縮め、ある程度の距離まで近付き、攻撃しようと動き出そうとした。
同時に玄乃も突然動き出した。
木刀を振り上げた!兜割だ!
優人は木刀を受け止めようと下段に構えた木刀を頭の上に上げ、受け止めようとする。
しかし、玄乃の木刀はゆっくりと向きを変えたかと思えばすぐに横払いの攻撃を打ち込んできた。
不意の攻撃に優人は後ろへ飛び、払い斬りをかわす。
次の瞬間、玄乃が優人に突き技を放った来た。
それも優人は間一髪で回避する。
玄乃さん・・・剣速と切り返しが早い・・・のか?
優人は後ろへ大きく飛んで距離を取る。
「なるほどなるほど・・・。剣士を名乗るレベルではあるな。」
玄乃が優人の体捌きを見て、口にする。
「実力は、優人さんの方が上デス。体力、腕力、素早さ。
どれを取っても玄乃さんを凌駕してるデス。」
シノが遠くで2人の立合いを見て、口を開く。
「えっ!?ゆぅ君が押されてない?」
シノの言葉に綾菜がツッコミを入れる。
「・・・デス。優人さんが少し変デス。」
シノが何かに気付いたのか違和感を口にする。
「変?」
「私も何が起こっているか良く分からないデス。
でも、優人さんの方が強いのに負けるデス。」
綾菜はシノの言葉を聞き、黙ってもう一度2人の立合いを見入る。
なんだ・・・。玄乃さんの攻撃は早くないのに捌きづらい・・・。
玄乃から距離を取り、優人も必死に頭をフル回転させる。
自分の体調は悪くない。反応も出来ている。
しかし、間合いやタイミングが何故か上手く取れないのだ。
考える優人に玄乃の木刀が襲いかかる。
カンッ!
カンッ!!
優人は玄乃の攻撃を木刀で弾きながら、必死に距離を取ろうとする。
しかし、優人が距離を取ろうとすれば玄乃は優人に接近しそれを許さない。
打ち返そうとすれば、間合いの外まで逃げられる。
やりづれぇ!
優人は苛立ちを覚える。
優人は一度木刀を払う。
玄乃はやはり優人の間合いから逃れる。
その隙に優人も後ろへ飛び、距離を取る。
玄乃が攻撃しようと接近する。
ブォンッ!!!
優人が力一杯木刀を振り上げ、空振りする音が鳴り響いた。
「くそっ!」
苛立つ優人が苛立ちを口にする。
パァン!
振り上げた優人の胴体に玄乃の木刀が当たる。
優人は少し静止した後、振り上げた木刀をゆっくりと下ろし、ため息を付いた。
「お主の師匠はとんでもない物をお主に教えておるな・・・。」
肩を落とす優人に玄乃が声を掛ける。
「負けた俺に何を伝えたいのですか?」
優人は力無く玄乃に聞く。
「お主は剣士として思った以上に強い。
恐ろしい剣術を師匠より教わっている。
しかし、その恐ろしい技術を当たり前に使いすぎていて分かっておらん。」
優人は黙って玄乃の言葉を聞く。
当たり前過ぎて気付いていない恐ろしい技術?
「初心に戻り、師に教えられた事を思い出すが良い。それがお主が負けた原因で、お主が今までの相手を怯えさせてきた技の正体だ。」
相手を怯えさせてきた技・・・。
剣速?
優人は玄乃の言葉を聞きながら記憶を辿る。
玄乃は優人に振り向くこと無く自分の家へと歩いて行く。
「お主は早い剣士ではないよ。もし、お主が私から一本取れたら刀を打ってやろう。」
言うと、玄乃は家の中へと姿を消した。
優人は見当も付かない敗因に愕然としながら玄乃の入っていった家を見つめていた。
「くそ・・・。なんだったんだ・・・。」
玄乃の家のすぐ側の森で優人達はキャンプの用意をし、火を囲んで食事をしていると、黙っていた優人が言葉をやっと出した。
優人は決して自分が強いとは思った事は無い。
山賊と戦うときも狼や熊と戦うときもいつも真剣で命懸けで戦ってきた。
いつでも負ける事を恐れながらである。
それでも今回の敗北は優人は府に落ちていなかった。
腕力、体力、素早さ、技術。
どれを取っても玄乃には勝っていると木刀を合わせながら感じていたのだ。
しかし、玄乃の剣速に何故か体が対応しきれなかった。
負けたのは悔しいが、それ以上に『何故!?』と言う気持ちの方が強い。
「お主の師匠はとんでもない物をお主に教えておるな。」
玄乃は立合いの後にそう言った。
とんでもない物・・・。
優人はそれが何なのか分からない。
「まぁ、剣士もだろうけど、魔法使いは技術次第でどうとでもしてくるからねぇ~・・・。
あんな接近せんで対処するのは難しいよね?」
綾菜が苛立つ優人を宥めるように話し掛ける。
「魔法使いもそうなんだ?地上界の先生にもまともに一本取った事無いしな・・・。
老人剣士は一筋縄ではいかないな・・・。」と優人。
「えっ?」
少しの沈黙の後、綾菜と優人が同時に声を出し、目を合わせる。
「魔法使い?」
優人が綾菜に質問する。
今の綾菜の言葉の使い方は玄乃が魔法使いであると言うことが前提の発言だった事に少し遅れて優人は気付いたのだ。
「うん。玄乃さんは剣士と言うよりは魔法使いだよ?
あれを魔法使いとして認めるかは微妙だけど・・・。」
綾菜が目を丸くして優人に答える。
「微妙ってどういう事?」
優人の質問に綾菜が魔法についての説明をし始めた。
綾菜の説明によると、全ての魔法は自分の持つ魔力を媒体にして、他の『何か。』の力を借りて発動させるものであるらしい。
これは散々聞いてきた事で、この自分の魔力をそのまま使うのを元素魔法と呼んでいる。
この元素魔法は他の力を借りずに発動させるので、1の魔力で1の力しか発揮出来ない。
普通の魔法ならば他の力を借りて1の魔法で10以上の力を出すのにも関わらずである。
その為、元素魔法をそのまま使うのは魔法使いの間では『失敗魔法』と揶揄されているという事だ。
しかし、この元素魔法。
効力は劣るが力の変換の手間が無く、操作が簡単であるという特長もある。
その為、魔法について深く学ぶ必要の無い人間はかじり程度に嗜んでいると言うのが元素魔法なのである。
その元素魔法の役割を良く知っていて、世界的にも認められているルーンマスターの綾菜は元素魔法を懐刀としていざと言う時に使うらしい。
発動速度の速さは隙の無い相手に隙を作らせる事に役立つからである。
そこまでの説明をした後、綾菜は日之内玄乃魔法使い説についての見解を話し出した。
「玄乃さんは身体能力を上げるために元素魔法を使い続けてたの。
しかもかなり良いタイミングで上手いコントロールでもあった。
あんな元素魔法の使い方をする人は元素魔法使いと言っても良いんじゃいかってレベルだよ。」
「攻撃の瞬間だけ速度が上がってたのはその為デスか・・・。」
綾菜の説明にシノが納得する。
「多分、元素魔法による体の負担を減らすためにそうしてるんだと思う。」
綾菜がシノに言う。
「違う・・・。序破急だ・・・。」
優人が綾菜の考えを否定する。
「序破急?音楽の?」
優人の言葉に綾菜が聞く。
序破急とは音楽の用語で有名だが、古武術にも利用されている技術でもある。
意味合いは音楽とほぼ同じで、始めは緩やかに動き出し、攻撃時に最高速度にさせる技術。
優人の通っていた道場では一番最初に教えられ、これが普通に出来るようになるまで横振りの基本的な抜刀以外させてくれなかった。
拝むようにゆっくりと右手で柄を持ち、同時に鞘を持つ。
そして、音を立てないように鯉口を切り、ゆっくりと鞘を抜き始める。
徐々に刀を引く速度を速め、刃の中心まで抜けたら左手に持つ鞘を腰に近付け、鞘離れは腰に左手が触れるかどうかの場所でするようにする。
そして、鞘離れの瞬間は左腕を一気に引き、切っ先を目標目指して投げつける感じで抜く。
この鞘離れの瞬間に速度を爆発的に上げるのが居合で言う、序破急である。
そして、この動作は抜刀だけでなく、全ての動きで利用されている。
優人自身、無意識でやる次元になるまで徹底的にこの技を体に叩き込まれていた。
「とんでも無い技デス・・・。」
序破急について優人が説明をすると、シノが率直な感想を述べた。
「どうして?いきなり最高速度の方が早く無い?」
綾菜がシノに言う。
「綾菜は接近戦で相手の動きを最後まで見てから動くデスか?」
「そんな訳ないじゃん。そんな事をしたらほぼ無抵抗にやられるんじゃないの?」
シノの質問に綾菜が笑いながら答える。
「そうなんデス。接近戦は相手の動きを最後まで見ないんデス。
途中まで、動き出しだけ確認してタイミングを合わせて動くデス。」
「あっ!」
シノの説明を聞いて今度は綾菜が声を上げる。
「そうデス。初動とその後の速度が変わると見切れなくなるデス。」
「つまり、ゆぅ君の剣を上手くかわせない天上界の戦士は、序破急を知らないからって事だ!」
「知ってても、対処のしようが無いデス。」
2人の会話を優人は黙って聞く。
この2人の会話が的を射ている。
玄乃は元素魔法を駆使し、優人以上の序破急をやって見せていたのだ。
それに優人は対応しきれていなかった。
敗因は分かったが、シノの言う通り、対処のしようが無い。
いや・・・抜かれる前に抜く。
先手必勝か?
優人は玄乃の対処法について考え込むが、即座に次の綾菜の言葉で課題がハッキリした。
「じゃあ、ゆぅ君も元素魔法を使えば良いんだよ!武器じゃなくて自分の筋肉に。」
「いや・・・。でも魔力コントロールなんて分からないよ?」
優人が綾菜に答える。
「私が教える。下手すると筋肉切ったりするけど、コントロールの仕方を徹底的に教えれば何とかなる!」
相変わらず恐ろしい事を綾菜はサラッと言う。
しかし、玄乃と同じように元素魔法で自己強化が出来れば魔法無しで序破急をやってた優人の方が上手くやれる。
『初心忘れるべからず』とは良く言った物だ。
と優人は感心しながら明日から始まる綾菜の特訓の覚悟を決めた。
「はぁ~・・・い!ゆぅ君、ミルちゃん起きて!!」
翌朝、スットンキョウな綾菜の声で優人とミルフィーユは叩き起こされる。
綾菜はキャンプ中だと言うのに、何故か角の尖った眼鏡と白衣を身に付けている。
理科の先生のコスプレだろうか・・・。
「・・・。」
優人は綾菜の異次元ルームは便利だが、もう少し良い使い方は無いものかと心の中で呟いた。
綾菜は昔からコスプレが好きだった。
正月は巫女から始まり、3月の雛人形。
5月の鯉の着ぐるみには笑った。
6月はウエディングドレス。
12月のサンタガールやトナカイは優人はキュンキュンさせられた。
それでも一番ハマったのは優人の居合袴を着て、優人のコスプレだった。
優人の左手首に着けてたサポーターまでマネをしていた綾菜のコスプレには優人に対する愛情も伝わる。
「今日は、先生のコスプレ?」
寝起きの優人は怠そうに綾菜に聞く。
「たぁ~!」
ピシッ!
「綾菜先生に口答えは許しませんよ!」
綾菜はやはり異次元ルームから取り出したであろう鞭を床に当てる。
鞭を打つ教師なんているか!!
優人の心の中のツッコミは留まることを知らない。
起きた2人がテントの外に出ると、木と木の間にホワイトボートをぶら下げ、そのホワイトボートを向いて座れるように切り株まで用意してあった。
どんだけ先生やりたかったんだ?
「はいっ!では、これから2人に元素魔法のコントロールについて説明するね。朝ご飯食べながらまずは説明を聞いてね。」
「はぁ~い!」
綾菜の言葉にミルフィーユが元気に返事をする。
「えっ?ミルも魔力コントロール必要なの?」
予想にしてなかったミルフィーユに今さら気付き、優人が綾菜に聞く。
「うん。ミルちゃんは魔力が異状に高いの。
普通のドラゴンは異状な魔力耐性があるから問題ないけど、ミルちゃんはそこまで耐性は高くなさそうだからね。
早い内にコントロールを教えときたかったの。」
綾菜がミルフィーユのコントロール研修参加の理由を優人に言う。
そして、その流れで綾菜の元素魔法の説明が改めて始まる。
元素魔法は魔腔を開くことで誰でも扱う事が出来る。
しかし、問題はその操作にあるらしい。
魔腔を開くという事を分かりやすく例えると、水の入ったバケツの底に穴を開けるのと同じ事であるらしい。
バケツに穴を開けると水はひたすら流れ続け、バケツの水が無くなる状態が、『魔力が尽きる』状態で、人によっては死に至る。
また、ミルフィーユのように魔力が極端に多い人はその魔力のでかさに魔腔が広がり一気に魔力が流れ出して死に至る事もある。
それも容量の大きいバケツの底に掛かる水圧と同じ理屈らしい。
魔腔の穴は蓋をして魔力が無駄に溢れないようにする事は簡単に出来るが、使いたい量だけ出して、無用な魔力の垂れ流しをしないようにするのが難しいらしい。
穴の空いたバケツの底を手で押さえれば水は止められる。
しかし、底を押さえる手を緩めて必要な水だけを流す練習。
これが元素魔法のコントロールの練習である。
説明を受けた後、優人とミルフィーユの魔力コントロールの実演練習が始まった。
「はいっ!それでは、初めの演習は・・・。砂に名前を書きましょー!!」
綾菜が元素魔法の実演の第一段を元気に発表する。
「おー!!」
ミルフィーユは元気に返事をする。
多分何をするのか良く理解はしてないと思うが・・・。
「まず、私が見せるね。これをやることで元素魔法を使う時の集中力の使い方を理解出来るの。」
言うと、綾菜は立ったまま地面を指差す。
綾菜の伸ばした指から透明な光が真っ直ぐ地面に当たる。
そして、ゆっくりと手を動かして地面に『綾菜』と文字を書いて見せた。
「おー・・・。」
ミルフィーユが地面を見て、歓声を上げている。
「ポイントはずっと同じ力を出し続ける事かな?いきなり立ってやるのは難しいからまずは座って近い距離からやってみて。」
綾菜が言うと、優人は座り地面から少し指を離して
集中する。
パァン!
優人が元素魔法を打つと音がなり、砂が弾けて優人の顔に飛び散った。
優人は突然の事で何が起きたか分からず、キョロキョロする。
綾菜とミルフィーユが腹を抱えて笑っていた。
なるほど・・・こういう事か・・・。
笑う2人を見て、優人は一度微笑み返すと再びチャレンジをする。
「ミルもやって。」
綾菜がミルフィーユに指示をする。
「字?」
ミルフィーユが綾菜の顔を見上げる。
「あ・・・。」
ミルフィーユの反応を見て、綾菜はミルフィーユが字が書けない事を思い出す。
綾菜は急遽ミルフィーユは丸を3個書く事に変更させた。
ミルフィーユは指を優人のように離し、元素魔法を発動させる。
バーン!!
ミルフィーユの全身から全方向に衝撃波が飛ぶ。
「ごふっ!」
ミルフィーユの真横で集中していた優人がミルフィーユの魔力衝撃波に吹っ飛ばされた。
すかさず綾菜がミルフィーユを抱き締め、「クローズ」と魔法を唱えると、すぐにミルフィーユの魔力衝撃波は消えた。
「あれ?出ない・・・。」
魔力衝撃波が出なくなり、ミルフィーユが動揺する。
「今、一時的にミルの魔腔を閉じたからね。
ここだとゆぅ君の邪魔になっちゃうから、少し離れた所でやろっか?」
「はい!」
綾菜の言葉にミルフィーユは元気に頷く。
「ゆぅ君、大丈夫?」
「なんとか・・・。」
優人は遠くで倒れたまま手を振り、2人に無事を知らせる。
「ちょっと離れるね!」
「そうして貰えるとと助かる。」
優人が答えると、綾菜はミルフィーユを連れて優人から離れて行った。
優人はむくりと起き上がり、2人を確認して、再び地面に向かって字を書き始めた。
バケツの底に穴を開けた水・・・。
手で力強く押さえれば水は流れないがそれでは穴を開けた意味がない。
底を押さえる力を緩めれば水の雫が少し垂れる。
考え方としては元素魔法を出すのでは無く、元素魔法を止める事にある・・・。
優人は人差し指を土から少し離した所で神経を集中させる。
ポタッ・・・。
優人の人差し指から魔力の雫が一滴落ち、土を軽く弾く。
そこには小さな点が描かれていた。
よしっ!
優人は手応えを感じた。
しかし、新たな壁にすぐにぶつかる。
一滴一滴の雫を落として名前を書くのは無理があった。
落ちる雫の大きさはまばらで『優人』と言う字が、まるで園児の書いた字のようになる。
字の『払い』も『跳ね』も出来ない。
そこで優人は綾菜の見せた事を思い出す。
綾菜は人差し指から透明な光を出し続けていた。
魔力は一定の形をとどめさせる事が出来るのか?
優人の脳裏をよぎったのは絵里が風水魔法を始めて間もないときに優人に見せた水の物理操作だった。
優人は土をかき集め、手で持ち、丸い円形の幕で土を纏めてみようとする。
一瞬だが、優人の作った膜は土の周りを囲み、その場に止まった。
それで優人は確信する。
元素魔法の魔力は自分次第でいくつかの形があると言う事だ。
さっきのように雫のような塊や、ミルフィーユのような爆発。
そして、今のような幕が作れる。
そして思い当たるのは地上界で言う超能力者だ。
人間も魔腔を開けば魔法が使える。
ならば魔腔の蓋が突然変異で少しずれて産まれてくる人間もいるだろう。
有名なスプーン曲げや透し能力も元素魔法で出来る芸当なのかも知れない。
「透し・・・。」
そこでいけない妄想をするのは男の性である。
優人はつい、綾菜の方を振り向く。
「・・・。」
そして馬鹿な事をしようとしている自分にちょっと自己嫌悪する。
そもそも透しの魔力の使い方を優人は知らない。
「はぁ~・・・。」
優人は深くため息を付いて、再び字を書く練習を再開した。
集中していると時間が立つのは早い。
昼になり、今日になって一度も会話をしていないシノが昼飯を持ってきてくれた。
「綾菜が集中してる時の優人さんは一段落つくまで何言っても無駄だから持っていってくれって言ってたデス。」
「ありがとう。」
優人は地面から目を離すこと無くシノにお礼を言う。
シノは食事を優人の横に置くと優人がじっと見つめている地面を静かに眺める。
もう・・・字になり始めてるデス・・・。
そして、シノはソッと優人から離れて行った。
午後になり、夕方になると綾菜はボロボロに、ミルフィーユはフラフラになっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
ミルフィーユの魔力は4歳児には思えないほど高い。
この歳で既に綾菜を超す魔力量を持っている。
もっと早い段階で魔力操作を教えるべきだった・・・。
綾菜を心配するミルフィーユの頭を撫でながら綾菜は自分の呑気さを少し恨んだ。
魔法について何も知らない状態でミルフィーユは石で出来た家一軒吹っ飛ばす魔力衝撃波を放っていた。
あれから数ヶ月経ち、少し成長したミルフィーユの魔力はより強大になっており、本気の綾菜ですら手を焼くレベルになっていた。
今日は朝から綾菜はミルフィーユの魔力衝撃波をダイレクトに受け止め、そのままミルフィーユにしがみつき、クローズの魔法を掛け続けていた。
本当は後回しにしたいが、この魔力を使い方も知らないまま成長してしまった時のミルフィーユが心配だ。
バケツに入りきらない水を強引に入れ続けるとバケツは破裂する。
それと同じ現象がミルフィーユにも起こる可能性がある。
綾菜はボロボロの状態でそんな事を心配していた。
「ママ?」
ミルフィーユが綾菜の足にしがみつく。
「大丈夫。だけど、今日はここまでにしよっか?」
「うん・・・。」
ミルフィーユは綾菜の言葉に頷く。
綾菜はミルフィーユのおでこにキスをすると、そのまま地面に倒れ込む。
「コール、ゆーにゃ、あにゃ」
綾菜は倒れた状態で2人を召喚した。
「呼ばれて出て来てじゃじゃ馬綾菜の奴隷参上でしっ!」
「じゃじゃじゃじゃーん、ですわ!」
相変わらずのノー天気な2人に綾菜は「フッ・・・。」と笑いが溢れた。
「綾菜!どうしたでしか!?」
ゆーにゃが綾菜に気付き、心配をしてくれる。
ゆーにゃの反応を見て、ミルフィーユが泣き出しそうな顔になる。
「ちょっと、頑張り過ぎたの。大騒ぎしないでね。」
綾菜は静かにゆーにゃを嗜めた。
「あにゃ。私の回復をお願い。ゆーにゃはミルちゃんと遊んであげて。
ミルちゃんもかなり魔力を消耗してるから暴れるのは無しよ。」
「でしっ!」
「ですわ!」
2人は返事をすると作業に入る。
ゆーにゃがミルフィーユを少し離れた所へ連れていくのを確認してからあにゃが話し出す。
「こんなに魔力衝撃波を直撃したら綾菜さんが壊れますわよ?私にクローズをプログラムしてくれたら私がやりますわよ?」
「馬鹿言わないで。あなたはパペットゴーレムなのよ?魔力遮断の魔法をミスしたらあなたが死んじゃうじゃない。」
「確かに私は魔力生命体ですわ。だからこそ代えも造れば良いだけですのに。」
「そんな寂しいこと言わないでよ。あなたもあにゃも1人しかいないの。他に世界樹で代わりを造ったとしても、あにゃとの思い出までは誰にも代えられない。」
「綾菜さんは本当に変わった人ですわ・・・。」
あにゃは文句を言いながら目を閉じる綾菜の回復を進める。
「綾菜は・・・馬鹿デス・・・。」
遠くで2人を見ていたシノが呟く。
亜人であるミルフィーユの安全の為に怪我をする。
命を持たぬゴーレムの代わりに無茶をする。
亜人には人権が無い。
奴隷扱いをされ、主人の気にそぐわなければ即殺されるのも当たり前。
それが常識なのに綾菜は亜人の為に体を張る。
ゴーレムは地上界のロボットと同じである。
人が行くと危険な場所に送り込んだりする為のモノなのに綾菜はそれすらをも拒む。
シノは綾菜を遠くで眺めながら、出会った時の事を思い出していた・・・。




