第二十三話~エルンの旅路~
「よしっ!」
優人は旅の装備をチェックする。
優人は今回の買い物で具足と小手を買い替えた。
地上界からずっと着ている居合い袴は前回の砦の闘いでボロボロになっていたが、綾菜が縫い直し、袴の腰で止める紐の部分に風の首飾りの宝石を縫い込んでくれた。
これによりアクセサリー系の苦手な優人はまたネックレスを着けずに弓を弾いてくれるようになった。
新しく買った具足は脛部分に薄い鉄板が入っている。
そして、その鉄板には硬度強化の魔法が込められており、軽くて、硬い。
小手は親指に引っ掻けて固定出来るサポーターの用な物で、これも前腕部分に具足と同じ鉄板が入っている。
これにより、腕を使った防御が出来るようになったが、夢想神伝流にその防御方法は無い。
その体捌きについても少し研究したいと思っていた。
背中には麒麟の力を帯びた槍、『雷槍・ラインボルト』と腰には折れた居合刀を差している。
これが優人の新しい旅の装備であるが・・・見た目がさほど変わっていない・・・。
「本当に、ゆぅ君の服のセンスは乏しいね?」
綾菜が優人の格好を見て、笑いながら近付いてくる。
そうやって笑う綾菜の格好は・・・。
少しお洒落な縁取りのあるブーツの中に紺色のレギンスの裾を入れている。
上着は胴体部分が少し長めで肘までの長さの厚手のシャツを裾出して着ていた。
色は淡いピンク。
出した裾を太めのベルトで止め、そのベルトの左腰にレイピアと杖を差している。
その上には首まで隠れる白いマントを羽織っていて、右手の薬指に指輪をはめていた。
確かに優人の装備とは違い、実用性より洒落っ気がある。
もっとも、綾菜は地上界の時からお洒落に気を使う人間だった。
優人と真逆な特徴だが、お洒落な女性が好みの優人と、お洒落に金を使う男は気持ち悪いと言う綾菜はそういう所でもお互いの波長が良く合っている。
綾菜の横にはミルフィーユが付いていていた。
ミルフィーユも綾菜に似た格好をしているがベルトは普通の太さのベルトで、指輪はしていない。
服もサイズが合わないのか、少しダボダボだが、それはそれでちょっと可愛い。
武器もハルバートと言う、特殊な武器を持っていた。
「ミル・・・お前、ハルバートなんて使うのか?」
優人はミルフィーユの持つ意外な武器に食い付く。
「うん?」
ミルフィーユは優人の質問に首をかしげる。
「私が買ってあげたの。色々と使い勝手があるかなと思って。」
綾菜がミルフィーユの代わりに優人に答える。
「ミルには無理があるんじゃないか?槍とか剣みたいな武器の方が扱い易いと思うよ。短剣辺りにしてあげない?」
優人が提案すると綾菜は素直に従い、ハルバートを武器屋に売り、風の魔力を帯びた、刃渡り十五センチ程のナイフに買い替えた。
綾菜が素直に従ったと言うことは多分自分の判断に自信が無かったのだろうと思った。
そもそも綾菜は武器に疎い。
特に天上界では綾菜の武器の知識より優人の武器の知識の方が生きると綾菜自信も認めているのだろう。
ハルバートは長い柄の先に付いている柄頭の部分が槍の樋(刃物部分)とは違い、複雑な構成になっている。
真ん中は槍の樋で、左右には斧と鎌が付いている。
槍で突き、斧で払い、鎌で斬る。
一つの武器でそれぞれの攻撃に特化した武器を扱う事が出来るが、それが必ずしも最強の武器だとは言えない。
それを優人は砦の闘いの中、初めて使った野太刀、一虎で身をもって実感している。
そして、最後はシノ。
シノは全身銀色に輝く鎧を着けていた。
鎧の下には厚手の服を着ており、鎧と肌の間にワンクッション置けるように工夫をしている。
背中には大きな斧を背負い、手にはジールド・ルーンの紋章が入った小さな盾と片手斧を持っていた。
綾菜やミルフィーユと比べると女の子と言うよりは武骨な戦士のイメージを周りに与える。
優人はシノの存在が不思議でたまらない。
綾菜は可愛いモノが大好きで、可愛いモノを見付けると滅茶苦茶愛でる性格だ。
それこそ、ミルフィーユのように猫可愛がりし、戦闘に参加なんて絶対に勧めようとなんてしない。
しかし、シノは前衛の戦士なのである。
これを綾菜が良しとしている意味が優人には分からないでいた。
シノは顔は無表情で無愛想である。
それでも可愛らしいその顔はどう見ても綾菜はメロメロにされるはずだ。
綾菜の自由にさせるならシノはフリフリのドレスとかミルフィーユとお揃いの可愛い服を着せるとかしそうなのだが・・・。
それをさせない位、シノは頑固なのだろうか?
優人はそんな疑問を持ちながら全員の顔を確認し、エルンの王都を出た。
ツアイアル山までの道のりはけっこう長い。
まずは街道を2週間程歩きその後、森道を3日間ひたすら進む。
街道を歩く間は敵との遭遇はないのだが、森道からは山賊や魔法生物の襲撃があるらしい。
実際に街道は問題なく歩け、森道に入って数時間した所で優人達は10人程の山賊達と遭遇していた。
時間的にはまだ昼間。
こんな時間から仕事をしているなんてかなり勤勉な山賊だと思いながら優人は山賊の格好を確認する。
2人程、杖とローブ姿の山賊がいた。
魔法使いが2人・・・。人間の剣持ちが4人。後の4人は・・・。
優人は山賊の中に紛れている4人の亜人に目が止まる。
フォーランドの山賊とは恐らく戦力が違う。
フォーランドの山賊は完全にただのごろつきで武器の扱いもまともに出来ないと言う感じだったが、ここにいる山賊は全員剣の扱い方は多少は知っている風だった。
亜人は武器を持っていないのが逆に恐い。
恐らくは肉食獣の亜人だと言う事は亜人の顔を見れば分かる。
その耳の形や尻尾の形から見れば猫か虎の類いである。
猫科なら牙と爪を使い、強くバネのある脚力を使って飛び掛かって来るのがセオリーか?
「おいおい・・・こんな所にまさか、家族連れが来るなんてな・・・。金目の物と奥さんを置いていけばお前と子ども達は見逃してやるぜ?」
山賊のボスらしき人間が1歩前に出て、優人に凄んでくる。
優人は黙って背中に背負った槍を抜き、綾菜達の反応を確認する。
シノは子どもと言われたことになんか傷付いている・・・。
綾菜は奥さんと言われた事が嬉しかったのか、なんか照れている・・・。
ミルフィーユは猫の亜人に手を振っている・・・。
あれ?なんでこんなに呑気なんだ?
優人は3人の油断っぷりに動揺させられる。
「てめぇら!ふざけてるんじゃねぇ!!」
山賊1人と猫の亜人の2人が優人に襲い掛かって来る。
優人は突然の攻撃に一瞬反応が遅れるが、冷静に猫の飛び掛かりを横に飛んでかわし、人間の攻撃に合わせようとする。
「えっ!?」
飛び掛かりをかわした猫1人が直ぐ様体制を立て直し、そのまま優人に追撃をしてきたのだ。
バシュッ!
優人は急いで後ろに飛び、猫の攻撃をかわそうとしたが反応が追い付ききれない。
猫の爪が優人の袴をかすめた。
ガシッ!
優人は優人に爪を当てた猫の尻尾を掴むと、すぐそこまで来ている人間の山賊に向かって投げ飛ばした。
「ぐあっ!」
猫を投げ付けられた山賊は体制を崩し、投げられた猫の亜人はくるっと体をくねらせて地面に着地する。
ドシュッ!
優人は体制を崩している山賊の喉仏に槍を突き立てる。
「ヒ・・・ヒューヒュー・・・。」
優人に喉を突かれた山賊の喉から空気が抜ける音が聞こえ、その山賊は地面に倒れる。
シュッ!
そして、そのタイミングで優人に投げられた猫の亜人が優人に飛び掛かる。
その直後にもう1人の猫が襲い掛かって来たが、それは優人は想定済みだった。
その2人の攻撃を優人は難なくかわす。
猫の亜人・・・猫が擬人化し、知能が上がっているだろうとは思うが、動きは獣のままだ。
ずば抜けた身体能力はあるものの、小細工をせず、しかも直線的な攻撃しかしてこない。
その素早さに最初戸惑ったが、なれれば難な事はない。
野生肉食動物の狩りの方法は大きく分けて2通りある。
1つは集団で連携し、獲物を追い詰めるやり方。
もう1つは静かに獲物に近付き、後ろから音を出さずに捕まえる狩り方である。
組織的な動きを嫌う猫は後者だ。
つまり、目の前に4人いるとすでに見せている時点で猫の亜人の驚異は人間以上の身体能力のみである。
取っ組み合いにならなければ真っ直ぐ体ごと突っ込んで来る攻撃はかわせる。
問題は、使いなれない槍で猫の動きに合わせる技術がない事である。
刀であれば、かわしざまに斬る事が出来るが、槍で斬るのは少し無理がある。
しかも、動きが読めても素早い動きをする猫に槍を突き立てるのも中々に難しい。
優人はふと他のメンバーが何をしているのか気になり、3人に目をやる。
綾菜はミルフィーユと後方に下がり、魔法の弓矢を出して奥にいる魔法使い目掛けて攻撃を放っている。
魔法使い2人は綾菜の魔法の矢を魔法の盾で防ぐ事に手一杯になっていた。
ビュン!
ビュビュン!!
綾菜は構わず弓を放ち続けている。
シノは人間2人の相手をしていた。
人間2人の攻撃を盾で弾き、片手斧を振るう。
しかし、シノの攻撃も人間2人にかわされ、中々戦闘は終わりそうにない。
・・・うん?
初め、魔法使い2人、剣士4人、猫の亜人4人で10人いたはずだが?
優人は今の戦闘風景の違和感に気付く。
魔法使い2人は綾菜が、剣士2人はシノが・・・。
今、優人が剣士を1人倒し、猫2人と戦闘をしている。
剣士1人と猫2人がいない!
ビュン!
消えた3人を探す優人に猫の攻撃が襲い掛かる。
優人はそれをすかさずかわす。
「くそっ!山賊相手に苦戦だな・・・。」
優人は猫の執拗な攻撃に苛立ちを覚えた。
消えた3人も気になる。さっさと猫2人を片付ける!
「麒麟!力を借りるぞ!!」
優人は猫の攻撃をかわし、その隙に槍に元素魔法を込める。
バチバチッ!
槍の樋から電気が音を鳴らし始める。
それに構わず猫が1人、優人に突進してくる。
「それを馬鹿の一つ覚えって言うんだよ!」
優人は突進してくる猫目掛けて槍を投げる。
バチンッ!
猫の亜人は優人の槍に瞬時に気付き、横にかわした。
さすが猫である。
反応速度も早い。
猫に避けられた槍はそのまま地面に刺さる。
優人はその槍目掛けて走り、槍を構える。
優人の攻撃をかわした猫はかわした所から一歩も動かないでいる。
いや、動けないでいた。
「感電したか?」
ドスッ!
優人は感電して動けない猫の亜人の首を一突きし、倒した。
残るは1人・・・。
優人は残った猫の亜人を睨む。
猫の亜人はビクッとし、バッと走り、逃げ出そうとする。
突進してくるのはともかく、逃げる猫なら槍の突きを打つ距離が作れる。
猫の習性はこの場で逃がしても怨みを忘れない。
今度は得意の不意打ちで仕返しに来る可能性が高いのだ。
優人は槍に魔力を込めながら逃げる猫を追い、ある程度の距離から槍を投げる。
避けられても雷による感電で動きは封じられる。
案の定、猫の亜人は痺れて動けなくなり、そのまま近付いた優人に止めを刺された。
ブシュウ・・・。
優人は逃げる猫に放った槍を引き抜くと、綾菜達の方をその場から眺める。
綾菜は魔法使いを1人倒したようだ。
必死に綾菜の魔法の矢を魔法の結界で回避している魔法使いの横に仰向けで倒れた魔法使いの姿が確認できる。
シノの方は片方の人間は数ヶ所怪我をしているが、2人ともまだ戦える状態だった。
・・・。
優人はシノの動きが気になる。
シノは恐らくは力押しのタイプの戦士だと優人は推測している。
本来なら背中の大斧がシノのメイン武器だ。
しかし、今のシノは火力を押さえてまで片手斧とスモールシールドに切り替えて戦っている。
にも関わらず、シノは全力で斧を振り回して攻撃をしている。
攻撃に全力を出すなら大斧でやれば恐らく一撃必殺の火力はあるだろう・・・。
片手斧とスモールシールドと言う装備に切り替えているのは防御重視にするためだと容易に想像が付く。
ならば何故片手斧であんなに大振りをするのだろうか?
片手斧で攻撃するなら小さくまとまった攻撃を繰り出せば火力が低くても当たりやすくなるはずだが・・・。
そんなシノの戦いを見ながら優人は消えた3人の気配を探す。
この戦場で仲間に戦わせて消える理由は?
不意討ちを狙っているのか?
それとも援軍要請か?
どちらにしても優人にとっては厄介な事である。
ヒラヒラ・・・。
弓の魔法を放つ綾菜の足元に一枚、木葉が落ちた。
「・・・。」
優人は息をのみ、木葉の落ちた綾菜の後ろにある木を見上げる。
猫の亜人が1人、木の上にいる!
猫の狩りの常套手段である。
高く、身の隠せる場所に行きを潜め、獲物の油断を待ち上から襲い掛かる。
優人は槍を構えると槍に元素魔法を込める。
俺の攻撃パターンがワンパターンだな・・・。
優人は槍の攻撃のバリエーションの少なさに自分で少し恥ずかしくなるが、我慢して猫に槍を投げる。
槍は油断していた猫の亜人に直撃し、そのまま猫の亜人は綾菜の足元に落ちた。
「うぁお!」
「うわぁあ!」
突然、上から落ちてきた猫に綾菜とミルフィーユがびっくりする。
今だ!
今までひたすら結界を張り、綾菜の執拗な弓魔法攻撃を弾いていた魔法使いが結界を解き、攻撃に転じようとする。
優人はダッシュして綾菜と綾菜の足にしがみついているミルフィーユの元へ行く。
「ミル、ナイフ借りるぞ!」
言うと優人はミルフィーユの腰に着けていたナイフを引き抜く。
「うん?」
ミルフィーユはいつもの優しい声で優人に抜かれた腰のナイフ入れを見る。
この反応の鈍さも可愛らしい・・・。
しかし今は癒されている場合ではない。
優人はミルフィーユのナイフを右手に持つと、攻撃に転じようとする魔法使いに向かって走り出す。
しかし、一瞬魔法使いの魔法発動が早い。
間に合わないか!?
ドンッ!
優人が思った瞬間、綾菜の手から魔法の衝撃波が飛び、敵魔法使いの出した手の前に出現した火の玉を吹き飛ばした。
「ゆぅ君!」
「オッケー!」
綾菜の声に優人は走る速度を変えずに魔法使いに突っ込む。
ズバッ!
優人の持つミルフィーユのナイフが魔法使いの首の動脈を切断した。
優人はそのまま走り抜け、返り血を浴びないよう距離を取る。
ブシュー!!
切られた動脈から大量の血が吹き出す。
綾菜はミルフィーユを抱き上げ、出血をする魔法使いを見せないようにしていた。
「魔法使いなら覚えときなさい。元素魔法は魔力変換が無い分発動が早いのよ。威力は低いけどね。」
「ぐ・・・ぐぅ・・・。」
動脈を切られた魔法使いは最期に断末魔とも取れない声を出し、そのまま地面に倒れた。
「綾菜、策敵の魔法はあるか?人間1人と猫が1人。姿が見えない。」
「分かった。探してみる。」
答えると綾菜は風の風水魔法らしきモノを唱えた。
風水魔法の言語は分からないが言葉の中に『エナ』と言う用語が含まれていたので優人は風の風水だと分かる事が出来た。
旅の途中で出会ったジールド・ルーンの元聖騎士であるエナ・レンスター。
彼女の名は娘の自由な人生を願う父親の気持ちが込められている。
その気持ちを知る時に風水魔法の風を表す『エナ』と言う言葉を優人は知った。
優人はミルフィーユのナイフを持ち変えると、シノの手伝いに向かう。
バシュッ!
優人はシノと戦う人間剣士1人のアキレス腱を後ろから斬ってバランスを奪い、優人に驚き一瞬動きが止まったもう1人を蹴り飛ばし、シノに近付く。
「もう・・・片付けたデスか?」
シノは優人に戦況の確認をしてきた。
「後、4人だ。何してる?こいつら、そんなに強くないだろ?」
「・・・。」
優人の質問にシノは黙る。
「後でゆっくり話を聞く。今は素直に大斧を使え。」
黙るシノに指示を出すと優人は蹴り飛ばされた人間剣士の喉にナイフを突き立てる。
「ぐっ・・・。」
人間剣士は怨みを込めた目で優人を睨む。
「怨むくらいならこんな事しなきゃ良い。」
冷酷に言い捨てると、優人は突き立てたナイフを横に切り払う。
倒れる人間剣士に残心を取り、優人はシノを見る。
シノは片手斧で優人にアキレス腱を切られた人間剣士に止めを刺していた。
素直じゃねぇな・・・。
優人は頭をポリポリしながら歩いて綾菜の元へ行き、ナイフを袴で一度拭くと中腰の姿勢になり、ミルフィーユにナイフを手渡す。
「ありがとう。ミル。」
「はい。」
優人からナイフを両手で受けとると、ミルフィーユは嬉しそうにナイフを鞘に納めた。
シノもトボトボと綾菜の所へ歩いて来た。
「悪かったデス。手間取ったデス。」
「構わんさ。後、2人潜んでる。シノは2人の行動を見てたかな?」
優人の質問にシノは首を横に振る。
「10メートル離れた所にいるわね・・・潜んでるわ。」
綾菜が小さい声で優人とシノに言う。
「10メートルか・・・。微妙な距離を取ってるな・・・。不意討ちを狙おうとしたが、仲間がさっさとやられて出るタイミングを逃したって所かな?」
優人は隠れている2人の心理を探る。
「次はあいつら逃走を考えるだろうな。捕まえてアジトを潰すか・・・。」
「アジトは今は止めた方が良いよ。」
優人の独り言に綾菜が入ってきた。
「どうして?」
「今の戦闘で分かった事は3つ。あの魔法使い2人は学園の卒業生レベルの能力があった事。
人間剣士は戦闘の基本は知ってた事。
猫の亜人は奴隷の首輪をしてなかった事。」
綾菜は3つの事柄について1つづつ丁寧に説明していく。
まず、魔法使いについて。
綾菜は魔法学園の卒業生である事を予想したが、その理由は、卒業してない半端魔法使いならば結界を張るような戦闘は出来ない。
その理由は結界は魔力のコントロールが複雑で独学での取得はほぼ不可能であるから。
そして、魔法使いに対する不審点は、学園卒業生ならば山賊なんてリスクの高い仕事などしなくても、いくらでも安全で高収入な仕事があると言う事である。
そして、次に人間剣士について。
シノが苦戦したと言う事で、並みの剣士レベルだと言うのが予想出来る。
そして、綾菜からすればこれも不思議らしい。
ある程度の戦闘が出来る剣士ならば魔法使いが喜んで自分の前衛として雇いたがる傾向があるのが魔法大国エルンにある特徴なのである。
つまりやはり山賊をやるというリスクを負う意味が無い。
そして、最後に奴隷の首輪を着けない亜人について。
これは、特にエルン国内での話だが、亜人は基本的に人間に敵意を持っている。
一緒に行動するならば、強い信頼関係を作るか、より強い力で押さえつけるかの2通りしか考えられないのである。
これが綾菜が今の戦闘で分かった事だと優人に伝えた。
「つまり、魔法使いや剣士は山賊まがいの事をする価値があり、裏には亜人を力で押さえ付ける何者かがいると言うことか・・・。」
優人は綾菜の説明を聞き、あり得る可能性を口にする。
「亜人狩りデス・・・。」
シノがボソッと言う。
綾菜は黙ってシノにうなづく。
亜人狩りは亜人を狩り、奴隷として販売する連中である。
亜人を狩るので亜人以上の戦闘力がある。
魔法使いは研究材料として亜人を常に欲しがるので高額な報酬が入りやすいのだ。
確かにあいつらが亜人狩りの構成員ならば納得出来る。
シノとメイン武器を持たない優人でアジトの本体と戦闘するのは危険だと言う事だ。
「じゃあ・・・安全な旅の為にあいつらも殺るしかないか・・・。」
ドーン!!
優人が提案すると間髪を入れずに綾菜が隠れている2人に爆発系の魔法をぶつけた。
綾菜はすでにそのつもりだったのだろう。
優人を話をしながら既に攻撃の用意をしていたのだ。
かくして、エルン最初の戦闘を無事終わらさせた優人達は早めに野宿をする事にした。
敵の襲撃を払いのけた後、優人達は森から離れ、川の近くでキャンプの用意を始めた。
優人は森で落ちた枝を集め、綾菜とシノがテントの設営を2人でしている。
ミルフィーユは釣竿を持ち出し、川に腰掛けて魚を釣っていた。
うん?
優人は女性陣に気が付き疑問を持つ。
どこから釣竿やテントを持ってきたのだろうか?
テントと食事の用意が終わり、みんなで火を囲んでご飯を食べている時に優人はその疑問を綾菜に投げ掛けてみた。
「んっ?それは私の持ち物だよ。魔法ショップに異次元ルームって言うアイテムが売ってあって、その異次元ルームの中に私の持ち物を入れてるの。」
「尚更分からん。」
綾菜の返答に優人はまた混乱する。
異次元ルームとは約8畳位の部屋にどこからでも入れると言ったアイテムらしい。
アイテムを購入し、自分の魔力と部屋を同期させれば元素魔法を使うだけでその部屋の入口を出す事が出来る。
しかし、魔力の消耗が激しい為、綾菜は入口は出さず、小さい空間を作って、そこから部屋の中にあるアイテムを取り出して使っているとの事だ。
綾菜はその異次元ルームをベニヤ板で六分割させていて、その部屋の中にいるパペットゴーレムに必要なアイテムを取りに行って貰っているとの事だ。
部屋割りは一つがパペットゴーレムの生活空間。
一つが服置き場。
一つが食料置き場。
一つが野宿アイテム置き場。
一つが武具や書物置き場。
一つが宝物置き場にしてあるらしい。
優人はそれは便利だと感心していた。
「それはそれとして、シノの戦い方は何だったんだ?」
優人はシノの片手斧での戦闘に話を変えた。
「・・・。」
優人の質問にシノはうつむいて黙り混む。
「シノちゃんの装備変更はシンさんとの戦闘がきっかけだったよね?何があったの?」
綾菜も黙るシノに聞く。
「盾が強いと思ったデス・・・。」
優人と綾菜の視線がシノに集まると、シノは少しずつ話を始めた。
「盾は防御も攻撃も出来るデス・・・。大斧だと防御は難しいデス。優人さんは間違ってると思うデスか?」
「ふ~む・・・。」
優人はシノの質問を聞くと食事する手を止め、両手を組んで少し考える。
「何が正解かなんて俺には分からないな・・・。
俺自身だって槍と刀の二刀流を試してみたりしてる段階だしねぇ~・・・。
ただ、はっきり言えるのはやるなら信じるしかないって事かな?」
優人は自分で思っている事をそのまま口にした。
試行錯誤は誰でも新しい物を求めるなら経験する事だと優人は考えている。
そして、試行錯誤するなら例えそれが間違っていたとしても『正しい!』と信じて挑戦しなければ意味がない。
もし、正解が分からないからと言って試行錯誤の手を抜けば、例えそれが正解であったとしても失敗に終わる可能性が高いからである。
「正解かどうかは教えてくれないデスか・・・。
8000人斬りをしてるから知ってるかと思ってたデス。」
シノはガッカリして見せる。
「8000人斬りはやってないから!
せいぜい200人位で、うち100人は寝てる相手だからね。」
優人はシノに答える。
どうも優人はシノが苦手だ。
言葉には棘がある。
子どもに見えて成人していると言うのも、対応に困る。
そんな優人を綾菜とミルフィーユはニコニコと笑っていた。
食後を終えると今夜は3交代制で見張りをする事にした。
まず、すぐには眠れそうに無いシノが見張り係をする。
次に中途半端にしか寝られない2番手は優人がやると自ら手を上げた。
そして最後は綾菜が勤める。
ミルフィーユに関しては子どもは夜は寝る習慣を付けさせたいからと見張り係からは当然外した。
順番が決まると、優人と綾菜はテントへと入って行く。
2人がテントに入るのを見送ると、シノは焚き火の火をボーっと1人で眺めていた。
普段口数の少ないシノは人付き合いが苦手である。
例え気心の知れている綾菜であっても1人でいる時の気の楽さには敵わない。
シノは焚き火の火を眺めながら今日の戦闘を思い出す。
慣れない片手斧と使いきれない盾。
それで優人達の足を引っ張ったのは自覚している。
優人さんも槍は使い慣れていないデス。でも、しっかり戦っていたデス。
私との違いは・・・。
同じように慣れない武器での戦闘。
それでも優人は亜人狩りを圧倒していた。
それは単に優人の槍の魔力が強いからか?
でもミルフィーユのナイフを使っても充分戦えていた。
シノは自分と優人の差を考え、いつも通りの結果に突き当たる。
種族・・・。
『ノームは大地の妖精の亜人で、地の風水の加護を強く受けているから力が強くて打たれ強い。
体力に関して言えば人間の3倍はある。』
昔、シノに綾菜が言ってくれた言葉だ。
確かに力には自信がある。
しかし、ノームの短い手足は攻撃の距離を圧倒的に縮め、戦闘では不利に働く。
足もどうしても早く走れない。
優人の突進力は力を補い、それ以上の効果を戦闘では発揮させていた。
生まれながらにして生き物は不公平だ・・・。
シノは息苦しさを覚え、焚き火の火を眺め続けていた・・・。
「交代だよ。」
焚き火を眺めてるシノの耳に突然入っていた声にシノの体がビクッと動いた。
声のした方を見ると優人がテントからのそのそと出てきていた。
「もう・・・デスか・・・。」
シノは焚き火をもう1度眺め、優人に答える。
「寝れそうもないかな?」
優人はシノを気づかう。
「寝るデス。そうしないと明日も動けなくなるデス。」
焚き火の所へ来て、腰掛ける優人と入れ違いで立ち上がり、シノはテントへ歩き出す。
優人はシノの小さい背中を見つめながら深く一度ため息をついた。
「助け合うのが仲間だからな。欠点を補い合おうぜ。」
優人はテントに入ろうとするシノに言葉を投げる。
シノは振り向かずに頷いて見せると、テントの中に消えていった。
悩むのは成長の証・・・か。
優人はシノのいなくなったテントの入口を見ながら、地上界の道場で言われた師の言葉を思い出し、視線を空に移した。
晴天の夜空に輝く星は、地上界で見上げた星々よりも近く感じる。
さらさらと耳を撫でる川の流れも心地よい。
優人は空に輝く星々に手を伸ばす。
地上界の優人の実家は田舎で、真夏の夜の近所の川には無数の蛍が飛び交い夜を照らしていた。
その数は数えきれず、空を見上げると星達と一体になっている気持ちにさせられる。
目の前に手を伸ばし、その手を握ると蛍が数匹捕まる。
それもまた楽しくて、優人の懐かしい子ども時代の記憶に残っている。
あの幻想的な夜とこの夜はどちらが美しいだろうか?
優人はそんな事を戯れで考えていた。
「ゆぅ君?」
そして交代の時間が来る。
綾菜の声が優人の耳に入る。
「んっ・・・。」
優人は綾菜に振り向く。
優人にとって、綾菜の全てが癒しである。
声も顔も温もりも匂いも、綾菜の全てが優人の心を落ち着かせる為に存在するのではないかと思う程優人にとっての綾菜は癒しである。
綾菜の存在はこの世にある唯一の奇跡だとすら感じる。
「交代だよ。」
綾菜は言いながら優人の横に座り、紅茶を作って渡してくれた。
「ありがとう。」
優人はお礼を言うと紅茶を受け取りゆっくり口に入れる。
淹れたての紅茶はまだ熱く、口の中を温める。
「美味しい。」
優人は率直な感想を綾菜に述べる。
綾菜は優しく微笑み返すと、自分の紅茶をゆっくりと口へ運ぶ。
暖かい紅茶を飲み、落ち着くと、優人はぴったりと真横に座ってた綾菜から少し離れると、綾菜の横に横たわった。
本来ならば膝枕してもらいたい所だが、優人は枕が苦手だから甘えるときはいつも綾菜の太股の横辺りに頭を置く。
10年前から変わらない優人なりの甘え方である。
「テントで寝ないの?」
横になる優人を綾菜が気に掛ける。
「シノはあれでも一応女性なんだろ?一緒に寝るのは気が引ける。」
本当の事を言うと、綾菜の側にいたいだけなのだがこれも優人なりのツンデレと言うやつなのかも知れない。
「分かった。」
綾菜は答えると優人の顔を撫で始めた。
綾菜の冷え性の手は優人の頬の熱を冷やしてくれて心地よい。
優人はうとうとし始める。
「あっ!」
突然綾菜が立ち上がり、テントに入り、少しゴソゴソし始めた。
優人は綾菜が気になり、テントの方を見る。
少しするとミルフィーユを抱いた綾菜がテントから出てきて、また優人の元まで歩いてきた。
「起きた時、私もゆぅ君もいないと泣いちゃうから。ゆぅ君のマントの中に入れて。」
「うん。」
言うと、優人はマントを寝たまま広げ、綾菜が寝てるミルフィーユをそっと優人のマントの中に詰め込む。
「ううん・・・。」
気持ちよく寝てる所を移動させられ、ミルフィーユが寝ながら何やら文句を言う。
「可愛い。」
綾菜が寝てるミルフィーユの頭を撫でながら微笑む。
「本当な・・・。」
優人も寝てるミルフィーユを見つめながら微笑む。
「綾菜。旅が落ち着いたら結婚しようよ。
ミルは優しい子だから、目の前で戦闘とかしたくないんだ。
仕事は俺がする。綾菜はミルの側でお母さんやってあげてくれないか?」
優人が言うと、綾菜は優しく優人を見つめる。
「ありがとう、ゆぅ君。いつも私のやる事を受け止めてくれて・・・。」
「うん?」
てっきり優人は『はい。』か『いいえ。』で返事が来ると思っていたので意外な綾菜の反応に少し動揺する。
綾菜は優人の顔の横に手を置き、囲むような体制で優人の顔に自分の顔を近付けた。
「大好きだよ。ずっと・・・。」
言うと、綾菜はそのまま優人の唇にキスをする。
10年ぶりの綾菜の唇は変わらず柔く、暖かい。
懐かしさと心地よさに優人はキスをしながら瞳を閉じる。
・
・・
・・・。
翌朝、美味しそうな匂いに優人は起こされた。
綾菜が朝食の準備をしていたのだ。
「あっ・・・。おはよう、ゆぅ君。」
綾菜の顔を見て、優人は昨日の晩を思い出し、思わず照れる。
目をそらしながら綾菜に挨拶をする。
あれ?キスってこんなに恥ずかしかったっけ?
優人は照れる自分に突っ込む。
食事を取り、優人達はまた日之内玄乃の元へと歩みを始める。
優人は昨日の晩の事が忘れられず、綾菜と目が合うたびににやけてしまう。
そんな優人を見て、ミルフィーユが綾菜に話し掛ける。
「今日のパパ、なんかちょっとおかしいね。」
「えっ!?そ・・・そお?」
ミルフィーユの素朴な質問に綾菜もつい過剰反応を示す。
「なんか若干キモデス。」
ミルフィーユにシノも話に参加してくる。
「あ~・・・ゆぅ君は若干キモい人なんだよ。多分。」
綾菜は機嫌良さそうに2人に答える。
「機嫌が良すぎる綾菜も若干キモいデス。」
シノが綾菜にも言う。
それでも綾菜の御機嫌は良いままだ。
こうして、4人は無事、日之内玄乃の元にたどり着いた。




