第二十一話~ジールド・ルーン~
大雨の振り続ける戦場。
普通ならば憂鬱な事この上ない場所だが、一か所、とても賑やかな話声が雰囲気を壊している。
優人と綾菜だ。
2人は10年という時間などなかったかのように自然に言葉が出る。
「本当にすみませんでした!!」
優人が綾菜に謝っている。
命がけでここまで来て何をしているのだろうと思える声を聴き、シリア達も優人に合流する。
「今でし!綾菜を押し倒すでし!!」とゆーにゃ。
「それはさすがにないだろ?」とヨシュア。
「いやん。エロいですわ。」とあにゃ。
「あにゃ。それ、目が隠れてないからな?」とヨシュア。
「パパです?」とミルフィーユ。
「それは本人に聞こうね・・・。」とヨシュア。
「ぶっ殺すデス!!」とシノ。
「お前は全部それだな!!」とヨシュア。
相変わらずマイペースな綾菜のペット部隊である。
そんな呑気なやり取りを見ながらシリアもほっと一息を付き、もう一度優人と綾菜と見る。
「えっ!?」
言うとシリアは突然走り出し、優人の元へ行く。
「綾菜!ちょっとダメ!!優人さん、座って下さい!!」
突然やって来たシリアに優人はきょとんとする。
「ど・・・どうしました?」
「いいから!!」
優人はシリアのすごい剣幕に負け、そそくさと濡れる地面に座り込む。
優人の体に手を当てるシリアの体が小刻みに震えている。
何にこんなに怯えているんだ?
優人は震えるシリアを眺めながら黙って座っている。
「アレス君、ヨシュア!30分周囲の警戒をお願い!!
綾菜!優人足の太ももに大きな傷があるわ!そこの治癒をお願い!!」
動揺しながらみんなに指示を出すシリア。
綾菜もシリアの指示に従い、優人の怪我の手当を始める。
シリアは優人の左の肩と左のおでこを交互に触る。
「骨折してる・・・まずは頭だ。」
言うとシリアは優人のおでこに手を当て治癒の魔法を施す。
ボワーっとしか感覚が優人に伝わる。
エナ、アレス、ラッカスとジハドの司祭の回復は何度も施されてきている優人だが、シリアの治癒の魔法が格段に上なのが瞬間的に分かる。
何がどうだとかは説明できないが、丁寧な感じがするのだ。
優人はあまりの心地よさにそっと目を閉じる。
「どうしたの?シリア?」
綾菜が優人の太ももに水と大地の風水魔法を掛け合わせて回復をしながらシリアに質問をする。
「優人さんの、致死レベルが・・・13なの・・・。」
シリアながら綾菜に答える。
「13!?10で致死じゃないの!?」
綾菜がシリアに突っ込む。
「だから、焦ってるのよ!!こんなの初めてだから!!」
シリアが綾菜に答える。
「シリアさん。俺は多分一度死んでるんだ。この戦場で。」
優人は動揺するシリアに優しく話しかける。
優人はそっと目を開け、綾菜を見る。
綾菜は泣き出しそうな顔を俯かせ、必死に優人の治癒に励む。
「多分、奇跡が起きたから死んだはずの俺がここまでこれたんだよ。
綾菜に会いたいっていう願いをエルザが叶えてくれたのかもしれない。」
「黙ってて!!」
綾菜が優人に怒鳴る。
綾菜は優人が次に言うだろう言葉に気付いているのだろう。
そう。
自分は一度死んだのだ。
それでも綾菜に会えた。
もう一度抱きしめる事ができた。
出来る事ならばこの先も、今度こそ綾菜と共に過ごしていきたいと思うがそれが叶わぬ願いならば、これ以上の奇跡は望めないのだろう。
とても悲しいが、それも現実。
優人は穏やかな気持ちで2人の回復の魔法を受け続ける。
「死なせない・・・こんなの望んでないもん。私の事、幸せにしてくれなきゃ、絶対に許さない。
2度と離れないって約束したんだから!!」
綾菜が言う。
諦めの悪さも綾菜らしい。
何とか命を取り留める方法があれば優人も何でもしたいとは思う。
しかし、方法が無いのなら・・・。
「致死レベルが12に落ちた!!後、4下がればただの重症人よ!!
綾菜、右腕の火傷の跡が出血してる!!血が少ないの!早急に止めて!!」
「分かった!!」
綾菜が答える。
おでこの処置が終わったのか、シリアが左肩の怪我に魔法を施す。
10分ほどしただろうか?
優人の手足の怪我が治った。
痛みが完全に消えた瞬間、優人の視界がぶれ始め、後ろに倒れ込む。
「きゃあ!」
綾菜が悲鳴を上げる。
「致死レベル・・・10・・・どうしよう・・・血が足りない・・・。」
シリアが倒れる優人を見て頭を掻く。
「輸血は?出来ないの?」
綾菜がシリアに聞く。
「出来るけど・・・輸血の成功率は25パーセントと、とても低いの・・・なかなか適合しなくて・・・。」
シリアが絶望の表情で綾菜に答える。
「血液型の事か?」
優人はシリアの25パーセントと言う言葉でピンと来た。
血液型は4種類。
A、B、AB、Oの4つである。
4つあるなら確率は4分の1。25パーセントである。
「えっ?血液型?」
シリアが優人の質問に困惑する。
「なら私の血を使って!!私もゆう君もOだから!!」
綾菜がシリアに言う。
「で・・・でも・・・。」
「いいから!!地上界の医学なの!!血液型なら私で適合するから!!」
今度は綾菜の剣幕にシリアが負けていそいそと綾菜の腕に手を当て、綾菜の血を抜く。
少し、綾菜から血を抜くと、その血をシリアの魔法で増幅させる。
こんな事が出来るのか?
優人はシリアの魔法で増える綾菜の血液を見て、びっくりする。
これが出来るなら俺から血を抜いて増やして入れ直せば良いのでは?
と心の中でシリアにツッコミを入れるが、輸血には色々と条件がある。
地上界でも輸血の血液は酸素にふれてはいけない等あると聞いたことがある。
それに・・・綾菜の血液が自分の中に入り、自分の命を支えると言うのがちょっと嬉しくて黙る事にする。
こんな事をこんな状況で考える自分の変態っぷりに自分で笑えてくる。
優人は仰向けになりながら一人でふっと笑う。
少し・・・と言うかかなりの量の血を製造すると、シリアはその血を優人の心臓近くの皮膚の上にゆっくりと置く。
すると、その血が少しずつ優人の中に入り込む。
「あ・・・。」
優人の体内に血が流れ込む感覚と同時に体が熱くなる感覚を感じる。
優人は実感する。
回復していると。
いや、厳密には体が生き返ってきていると。
「ふぅ・・・。」
少しするとシリアが一息つき、優人を見る。
「どう?」
綾菜が心配そうにシリアに聞く。
「致死レベル8。もうただの重症人よ。多分、今までの動く死体では無く、生きた重症人だから逆に体が動かないかも。」
シリアの見立ては正しかった。
優人は自分の意志で立てないほどに体が言う事を聞かない。
「とりあえず、ゆう君は戦線離脱だね。」
綾菜の可愛い笑顔が戻っている。
「いいや。全員だ。」
綾菜の言葉に答えたのはアレス。
一斉に全員の視線がアレスに集まる。
「西の森から全軍撤退する。俺とクルーガーで敵本陣へ進軍中の部隊に指示をだす。
綾菜と女性陣で優人を支え、ヨシュア達で退路を切り開け。」
アレスの指示にクルーガーが笑う。
「その必要は無い。その指示出しはガルーダさんが行っている。俺たちは全員で撤退だ。」
クルーガーの言葉にアレスの顔は明るくなる。
「この戦・・・勝ったな。」
「ああ・・・後は最小限に被害を抑える事だ。」
アレスとクルーガーは強く目を合わせ、うなづく。
「行くぞ!!」
アレスが言うと全体が動き出す。
「コール、インプ!!!」
綾菜がインプを召喚する。
「ゆう君を5匹で運んで!!」
「ギィ!」
綾菜の命令にインプが応え、優人を5人で持ち上げ空を飛ぶ。
インプに仰向けのまま運ばれる優人の上にフワフワと赤い翼を持つ女の子が飛んでくる。
優人はその女の子をそのまま見つめる。
なんだこれ!?
可愛いぞ!
優人はその女の子の可愛らしさに一発でやられる。
「パパです?」
女の子は優人に突拍子もない質問をぶつける。
「へ?」
優人はどう答えれば良いのか分からず、きょろきょろする。
「ミルちゃん。いきなりそれはパパ困るよ。」
綾菜がミルフィーユに声を掛ける。
「綾菜。この子は?」
優人は綾菜に聞く。
「この子はミルフィーユ。奴隷としていじめられてたのを助けて私が引き取ったの。」
綾菜が簡単に説明をする。
しかし、その説明で優人は全てを理解する。
ミルフィーユの方を向き直り、返事をする。
「そうだよ。パパだよ。」
優人が答えるとミルフィーユは嬉しそうに笑顔を返し、仰向けに運ばれる優人のお腹の上に乗った。
やべぇ・・・可愛いすぎる・・・。
優人はミルフィーユの仕草にメロメロにされる。
森に入ると撤退途中のジールド・ルーンの騎士たちと合流する。
ジールド・ルーンの騎士たちは統率が取れており、一定距離全力で走ると、立ち止まり、後方の警戒をしている。
その間に別のグループの騎士が全力で走る。
交互にそれを繰り返し、安全かつ、迅速に撤退をしている。
その統率力に優人は安堵感を覚える。
敵がジールド・ルーンでなくって良かった。
森を抜けると、水が少なくなっている川がある。
「本当に水がないな・・・。」
アレスが水の無い川を見て呟く。
「早く渡るぞ。」
クルーガーが言うと、全軍で川を渡り始める。
「アレス。川を渡り終わったら少し距離を取った場所で全軍が渡り切るまで時間を稼げないか?」
優人がアレスに言う。
「分かった。その後はどうするんだ?」
アレスが優人に聞く。
「綾菜。全軍が渡り終わったら空に向けて目立つように爆発を起こせるか?」
「うん。それだけで良いの?」
綾菜が優人に答える。
「ああ・・・それだけでスールム兵を閉じ込められる。」
優人の言葉に半信半疑の顔を浮かべる騎士団。
しかし優人はスールム兵を閉じ込める作戦に関しては心配はしていない。
これはほぼ確実に実現できるからである。
そしてじきに全軍撤退完了の報告が来る。
現時点でジールド・ルーンの戦死者は15名。
予想以上に命の被害が少ない事に優人はびっくりするが、それでもアレスは15人の命に胸を痛める。
これが上司のあるべき姿だ。
優人はアレスの反応とカルマを見比べてほっとする。
そして、綾菜が優人の指示通りそれに向けて爆発を起こす。
それから数分待たずにドドドドと大きな音と共に大量の水が川に流れ込んでくる。
「なっ!!」
突然の事にアレスが驚きの声を上げる。
川には渡り途中のスールムの兵が大勢いる。
その大勢の兵を巻き込んで一日近くせき止められていた川の水は一段と勢いよく流れる。
ただでさえもここの川の急流は大人も溺れると言う。
それにも関わらず、一日近く、この大雨の中、水を上流でせき止めていたのだ。
水の力が弱いわけがない。
しかし、優人の狙いは、この下の方にある、ジールド・ルーンと砦を繋ぐ橋も崩壊させる事だ。
「この一瞬で敵兵の被害は・・・数百・・・数千いったか?凄いぞ・・・これ・・・。」
アレスは勢いある急流が突然できる事に驚く。
「アレス・・・下流の橋が崩壊したか確認したいんだが・・・。」
優人がアレスに頼む。
「分かった。他に生き残りのスールム兵が川を渡っていないかも確認させる。」
アレスは優人に答えると他の騎士たちに指示を出す。
アレスの指示の中に『橋がまだ残ってたら破壊せよ。』と言う指示も入っていた。
この理解力の高さは方向音痴という欠点を埋めて団長を任せるにふさわしい才能だと優人も思った。
その後、ガルーダも合流し、今度は数人でガルーダのアジトへと向かう。
アジトには湖のダムを管理していた絵里やクレイン、エナもいた。
優人は絵里達にダム崩壊でスールムの兵をかなり倒した事を伝えたが、優人の怪我の酷さがバレ、そこについて説教をされた。
そして、ガルーダのアジトの砦が見える場所へ案内する。
「なっ!!」
「えっ!!」
ガルーダの砦からジールド・ルーンのアジトは丸見えである。
それを目の当たりにし、昨日まで砦にいた人間が驚愕の声を一斉に上げる。
「な・・・なんだこれは・・・。」
アレスが小さい声で言う。
「昨日のプラムはここから撃ったんだ・・・。」
綾菜が言う。
「ここからなら直接砦に大砲を撃ち込める。砦に入るソイルをここで狙い撃ちするんだな?」
アレスが優人に作戦の確認をする。
「いいや・・・。」
優人はアレスの質問に答える。
「んっ?」
優人の返答にアレスがきょとんとする。
「約束はスールム兵の全滅だったよな?」
優人はアレスに聞き返す。
「あ・・・ああ、そうだが・・・何か策があるのか?」
聞くアレスに優人は黙ってうなづく。
「狙うのは、砦真後ろの崖だ。」
優人の言葉に衝撃が走る。
普段は固く頑丈な崖だが、今日は大雨で今まで上流の水をせき止めているので、水分をいつも以上に含んでいる。
それに付け加え、急流の川が流れ続けているのに湖は枯れる事が無いと言う事は、この山にはどこかに巨大な水脈があるはずである。
水分を多く含んだ岩は衝撃にもろく、砲撃でも簡単に崩れる。
この高い崖の土砂崩れは砦を巻き込み、あの戦場全てを巻き込む可能性があると優人は読んでいる。
「あ・・・。」
優人の考えを聞き、綾菜が声をあげる。
綾菜には崖の水分に覚えがある。
戦闘前にミルフィーユが崖の涙と言ってたあの現象だ。
あれは崖が水分を含み過ぎて飽和状態であったのではないかと今さらながら気が付く。
そして、ガルーダ山賊の砦から大砲の一斉砲撃が始まる。
ドーーーン!
ドーーーーーーン!!
砦にいるスールム兵たちが大砲の音に気付き慌てふためいている。
しかし、逃げ道は無い。
砦周辺の急流の川は人をも流す。
ジールド・ルーンまでの橋は今頃壊され、スールム国に逃げるには一番遠い橋を渡る必要があるのだ。
大砲は一発ごとに確実に崖を崩し、大きな岩が砦の上に落ちる。
破壊されていく砦を見るたびにアレスの顔が歪む。
あそこを守るのが自分たちの使命だと思い込んでいたアレスにとっては辛いだろうと優人はアレスを心配する。
砲撃が10発ほど打たれた所で、崖の一か所から水が噴き出す。
優人が待ち望んでいた水脈だ。
水脈からあふれ出す水は勢いが凄く、崖の土をえぐる。
水脈から溢れる水の周りから多くの土砂が飛び散り、そのたびに水の勢いは増す。
そして、遠く離れたガルーダのアジト付近まで響く地鳴りがなり始める。
来た!!クライマックスだ!!
突然の地響きに怖がるミルフィーユが綾菜に飛びつく。
綾菜がミルフィーユを優しく抱きしめてあげるのを優人はほのぼのとした気持ちで眺める。
ドーーーーーーーーーーーーーーン!!
今までで一番大きな音と共に噴火のような土砂崩れが始まる。
一瞬で砦は埋め尽くされ、砦の外にいるスールムの兵たちをも一瞬で巻き込んだ。
「禁呪レベルだぞ!この破壊力!!」
ガルーダが土砂崩れの激しさに興奮して声をだす。
土砂崩れが収まると、砦周辺は地形が一気に変わり果て、一面が茶色い大地になっていた。
顔が真っ青になりながらその光景を見るアレス。
「これは、俺が人為的に起こしたが、これは起こりうる災害だった。
この災害をもっとも都合の良いタイミングで起こしただけの話だよ。アレス。」
優人がアレスを慰めるように言う。
「ジールド・ルーンの被害は15人と壊れる予定の砦。
それに対し、スールムは8000人の兵士。中には王子のソイルもいる。
この戦。勝者はどっちだ?」
ガルーダがアレスに問う。
アレスは暫く黙り、そして口を開く。
「聞くまでも無い。俺たちだ。」
こうして、ジールド・ルーン国境の砦防衛線は終わった。
アレスはまだ元気な騎士とガルーダ山賊を残し、王城へ戻る事にした。
その一行の中には、ガルーダもいる。
ガルーダは優人用に馬車とベッドを用意してくれた。
戦争の終わりと共に、ずっと降り続いていた雨は止み、森の中や安らぎの雰囲気に包まれていた。
顔を出し始めた太陽に照らされながら、不意に木の枝から一滴の水がポタリと落ちる。
優人は担架に乗せられ、ガルーダが作ってくれたベッドの入っている幌馬車へと運ばれていた。
そんな優人の横をパタパタさせながらミルフィーユが飛んでいる。
ミルフィーユは戦争が終わった時から優人の顔を見ては照れて綾菜の所へ行き、落ち着いてはまた優人の顔を見るという、意味不明の行動を繰り返していた。
優人自体はミルフィーユがツボで、ミルフィーユの仕草や行動パターンが可愛くて仕方ない。
今はシリアと綾菜に常にベッドで横にさせられているが、座れるようになったら膝に座らせたいと言う願望すらある。
ミルフィーユが優人の横をずっと飛んでいるという事は、綾菜、シリア、絵里が寝ている優人の横でしゃべっている。
風水魔術師の絵里は綾菜がルーンマスターと言う称号を持っていると知ると目の色を変えて綾菜に色々聞いてきていた。
地上界の話もでき、魔法の話も合い、性格や行動パターンも似ている所の多い綾菜に絵里が懐くのにそう時間は掛からなかった。
馬車の周りはシノと言う小さい女の子が守るように付いてきている。
とても寡黙で物静かな彼女だが、実はノームと言う大地の妖精の亜人で、成人した大人らしい。
天上界の亜人には大きく分けて、3種類に分類されている。
コウモリの亜人で優人と2度も戦闘をしたカルマは、動物の亜人で動物種。
ミルフィーユのような竜の亜人を幻獣種。
シノのような妖精からの人化を妖精種と呼んでいる。
どの種族も人間では無い何かから人間になった種族で、人間には出来ない特殊能力を持っていることが多いらしい。
それにも関わらず、各々の種がさほど多くは無い為、世界法令の人権の枠組みに入れられておらず、不幸な立場に常に置かれている。
その象徴的なモノが奴隷制度である。
これには地上界生れ、日本育ちの優人、綾菜、絵里はどうしても納得できない現状でもあった。
綾菜はそんな亜人たちを、目に付く範囲で助けているようである。
「はぁ・・・。」
優人はベッドの上で一度目を瞑り、頭の整理を行う。
戦争については、この砦での戦闘でスールム兵を負かしたことで陸戦はほぼ終わったと考えて間違いがない。
砦は壊されたが、大人でも流される急流に橋を架けて大軍で押し寄せるのは難しい。
その理由は、橋を架けようにも、今回の土砂崩れで見やすくなった広大な土地は、ガルーダ山賊のアジトから丸見えですぐに見つかる。
そして急流を挟み、木々に阻まれている森と、隠れる場所のない荒野に分かれた戦場は圧倒的にスールム国に不利な地理と化している。
そこに野戦に特化したガルーダ山賊の存在である。
この状況はもし優人がスールム側の人間でも手に負える状況ではない。
そして、戦場で手に入れた別動隊、今、スールム国の王城に直接乗り込んでいるであろう、元スールム国の傭兵部隊。
シラルムがどう動くか分からないが、ダレオスに進言し、上手くいけば戦争がすぐに終わる。
海上戦においては世界最強と謳われていたフォーランド海軍の援軍で戦況は一気に変わっているはずである。
この状況で優人がすべき事はもう無い。
そして、政治について。
これについてが難しい。
この国は過去に起きたミスティルティンと言う魔剣のせいで分裂している。
誰も悪いとは言えないのが厄介な話だが、だからこそ、この分裂には意味がない。
エアルを殺すしかなかった五英雄。
エアルを殺されてその怒りを抑えられないガルーダ山賊。
それにエアルの娘のエナの気持ちも救える手立てを優人は考えている。
それには、ジールド・ルーンの王、ダレオスを言い負かす必要がある。
説得ではなく、言い負かし。
優人の苦手な分野だ。
口喧嘩をするなら、綾菜の力も借りたいところだと正直思う。
「ゆう君大丈夫?」
考え込む優人を心配して綾菜が優人の顔を覗き込む。
10年間、恋しくてしかたなかった綾菜の顔。
散々話をして、もう慣れたと思っていたが不意打ちはまだ無理だ。
優人は思わず顔を赤らめ、目を逸らす。
綾菜はそういう優人の仕草を見て、ニヤニヤしている。
照れる優人を見て、勝ったつもりでいるのだ。
お腹の上にさっきまでパタパタと飛んでいたミルフィーユが座って羽を休めている。
優人と目が合うと何故かミルフィーユは頭を掻いて「えへ。」とか言う。
ダメだ!こっちも可愛い!!
優人は急いで横に視線を逃がし、気を落ち着かせようとする。
綾菜が「そっち逃げたか。」と小さい声で言うのが聞こえた。
「綾菜・・・お願いがあるんだけど・・・。」
優人はミルフィーユと綾菜と目を逸らしながら話を振る。
「ん?何?」
照れる優人に勝ち誇った綾菜が油断しながら答える。
「手を・・・つないでくれないか?」
「はぁ!?」
今度は綾菜が顔を赤らめる。
馬車にいる絵里とシリアが「ぷっ。」と声を出して噴き出した。
「ほ・・・ほら、俺は動けないし・・・。」
優人は照れる綾菜に追撃する。
「じゃじゃ馬で言う事聞かない魔術師様は彼氏のお願いもやっぱり聞かないのでしょうか?」
シリアが優人の援護射撃を送る。
「は・・・はぁっ!?」
照れて動揺する綾菜は上手く言い返す言葉が見つからないらしい。
「私も手をつなぎます。」
照れる綾菜を助けようとしてか、追い詰める為か、優人のお腹の上に座っているミルフィーユが優人の手を繋ぐ。
「ミルは可愛いね。素直で。ママは素直じゃないのかな?」
優人は綾菜の聞こえる声でミルフィーユを褒める。
「わ・・・分かったわよ!繋げば良いんでしょ!!」
逃げ場の失った綾菜は照れ、怒りながら優人の手を繋ぐ。
その瞬間、周りは声を出して笑いだす。
シリアや絵里も腹を抱え、大笑いをする。
苦しい戦いだった。
守るべき砦を自らの手で破壊したアレスやクルーガーの心は穏やかではないはずだ。
戦死した仲間も数人いる。
殺した敵兵も数多くいる。
辛い事を言えばキリが無いが、それでも優人たちは戦争に勝った。
これから王城の門をくぐるのは、敗戦で逃げかえるのでは無く、凱旋なのだ。
この大きな笑い声に森の木々も呼応し、進む山道は昨日より一層明るいものに感じる。
眠くなったミルフィーユがもぞもぞとベッドの優人が寝ている布団に潜り込み、優人のお腹の上で優人の顔を一度見た後、そのままうつぶせで寝始める。
そのベッドの横の荷台に綾菜、シリアは治療を続け、絵里が外に降りた。
ガタガタと動く馬車の中、優人はスースーと寝るミルフィーユの寝息を聞きながら、シリアの回復を受けていた。
「魔法とは便利なものだよな・・・。」
優人はシリアの回復を受けながらポツリと口を開く。
「地上界の科学や医療は魔法の名残って言う話もあるんだよ。」
綾菜が優人に魔法と科学の発展のいきさつ、歴史を語り出した。
綾菜の話によると天上界と地上界は元々一つの世界だったらしいと言う。
もともと一つの世界で天上界と地上界の人間は生活をしていた。
しかし、ある時を境に猿の亜人が急に増殖を始め、人間とその数を二分するようにまでなった。
そこで人間と猿の亜人の戦争をさせないようにする為に、神が人間の住む世界と猿の亜人が住む世界を分けた。
その時、人間と猿の亜人の違いは魔腔が開いているか開いていないか位の差しかなかったらしい。
地上界に残された猿の亜人は賢く、人間の使う魔法を我が物にしようと努力をした。
空を飛ぶ人間の真似をし、早く走る人間の真似をし、意思を伝え、組織的に動く真似をしようとした。
しかし、魔腔が開いておらず、魔法が使えない猿の亜人は道具を使う事を知り、その道具で魔法に対抗する術を身に着けた。
それが、地上界に存在する科学の力の始まりである。
地上界の人間は科学を利用し、空を飛び、早く移動し、国と言う組織を作り、言葉を使うようになった。
世界が一つだった時の天上界の人間の記憶が地上界の人間の記憶として残り、そこに向けて進化し続けているのである。
結果、地上界は天上界の文化レベルを抜いていて、天上界の人間の知らない分野にまで手を伸ばし始めている。
それが、攻撃魔法で言う、核兵器であり、回復魔法で言う、医療技術である。
教育と言う面での発展が地上界の進化速度の目まぐるしさの要因ではないかと綾菜は推測しているらしい。
優人は綾菜の説明を受け、納得をする。
通貨のルールや言語、国の分かれ方が地上界に似ている。
扱う道具も似ているし、建築物や概念も元が同じだと言う理由付けになる。
ジールド・ルーンの王城は一目見て分かる。
中世ヨーロッパの石で作った街並みそのものだ。
神話に出てくるミノタウロスと言う、顔は牛で体は人間と言う化け物は牛の亜人。
神話に出てくる翼の生えた神々の姿はミルフィーユのような亜人だったのかも知れない。
神の法を国の法律にするという組織形態も地上界に数多く存在する。
今は無き古の大国、ムー帝国は王を太陽神ラ・ムーとし、国をまとめていたという話もある。
そこで優人は対デューク戦の時の絵里の言葉を思い出す。
天上界の魔法と地上界の医術で救える命がある。
絵里の理想は実現する可能性があるのだ。
もともと一つの世界だったのならばだが・・・。
馬車はガタガタと揺れながらゆっくりと進む。
夕方になるとミルフィーユに優人が脱走しないように見張っておくように伝えてから綾菜が夕食の準備で馬車を降りた。
言われたミルフィーユ獄卒の監視は厳しく、優人をベッドから一歩たりとも下してくれない。
トイレ位行かせて貰いたいのだが・・・。
優人は可愛いらしい獄卒の厳しすぎる監視に苦笑いをせざるを得なかった。
「絵里は、良く綾菜に懐いてるな・・・。」
優人は幌の中で綾菜に付きまとっている絵里を見ながら呟く。
「絵里ちゃんみたいにエルン以外の国で魔法を身に着けた人にとって、ルーンマスターは憧れですからね。」
優人の回復を休み休み続けてくれているシリアが優人の呟きに答える。
魔法大国エルンとは、世界中の魔法使いが集まり、国営の魔法学校がある国で、研究等についても世界で一番進んでいる国だ。
綾菜はその国にいたからこそ、ルーンマスターの称号を得るに至ったとシリアが説明を続けてくれた。
そもそも、ルーンマスターとは元素魔法を除く3種類以上の魔法を扱える人間に与えられる称号で、エルン以外の国でこれを可能にする場所はない。
魔法の種類とは、風水魔法、古代語魔法、神聖魔法等を始めとし、色々あるが、その判別は扱う力の源によって違う。
魔法は自分の体内にある魔力を魔腔を開くことで扱えるようになる。
そのまま自分の魔力を魔法として扱うのを元素魔法と定義付けられていて、魔法初心者が最初に覚えなければならない魔法である。
そして、元素魔法を媒体にして他のモノの力を借りるのが魔法の基本である。
絵里が扱う風水魔法は自然エネルギーを借りて発動させる。
古代語魔法は今は使われていない大昔の言葉の言霊をエネルギーに変えて使う。
神聖魔法は神の力を借り、暗黒魔法は悪魔の力を借りている。
召喚魔法は幻獣と言う魔力を持つ獣の力を借りて、その特性を使う魔法である。
そして、綾菜が扱う魔法の一つでもあるのだが、例外として付与魔法と言うモノも存在する。
付与魔法は他の魔法とは違い、自分の魔力を与えることで、本来動いたり、意思を持たない物に力を与える魔法らしい。
シリアは神聖魔法を扱い、綾菜は風水魔法、古代語魔法、召喚魔法、付与魔法の4つを扱える。
そういう話を聞くと、風水魔法駆け出しの絵里が綾菜に憧れるのは当然だと納得する。
優人は改めて、この世界の成り立ちや魔法等について聞きながら、ジールド・ルーンの王都までの旅をゆっくりと進めた。
優人たちが王都に着いたのは砦を出てから1週間たった後であった。
行きは早馬を使い、わずか3日で着いたので帰りは倍以上の時間を使った事になる。
これだけの時間シリアの回復魔法を施してもらっていた優人も体調はかなり良くなっており、今では致死レベルが3まで下がった。
もっとも、致死レベル3というのは体感的に言うと、最も中途半端な状態で優人個人としては逆に辛い状況でもある。
病気に例えると、体温が38度程度の風邪で、頭痛、めまい、鼻水、咳に苦しむレベルである。
立ち上がったり、歩いたりするのはきついが出来てしまう状態。
この状態の優人は出来ることをしようとしてしまうのだ。
今までは諦めが着いたので良かったが、動ける以上動いてしまう。
それがむしろ辛い。
王都に着くと大通りの脇に、民衆が集まり、口々に騎士団の生還を祝福してくれていた。
「砦を守る騎士が砦を壊しての帰還を誉れとするべきなのかな・・・。」
アレスが民衆の歓声を聞き、俯きながらクルーガーとガルーダに話しかける。
「騎士の中には家庭や恋人をここに残して出陣してきている者もいるんだろ?生還をダメだと言えるやつはいねぇよ。」
クルーガーがアレスに答える。
王都の中央通りを民衆の割れる喝采の中、聖騎士達は王城へと歩き続けた。
「五英雄の反応が見たい。ガルーダは一端後ろへ下がってくれ。」
王城が見え始めると優人は最前列まで来て、ガルーダを後ろへ下げた。
王城の正門前にはダレオス、シン、ラッカスがアレスたちを出迎えてくれていた。
3人の前に来ると、アレス、クルーガーが片膝を地に付け、頭を下げる。
それに従い、他の聖騎士達も同じように敬礼を始めた。
具合が悪いのにこんな事をしたら吐いちまう。
優人はそう思いながら、騎士たちを無視して、ダレオスやシンに視線を合わせ続けていた。
「ダレオス陛下。我ら、ジールド・ルーン騎士団戻りました。
戦果のご報告をいたします。
我が国の被害。砦の崩壊と勇敢なる騎士の命、18。
敵軍被害。8000人の全滅。その中にスールム国王子、ソイルと取り巻きのガーランド、シュラ、カルマ、シュダムを打ち取りました。」
「はやりカルマはそっちにいたか!?」
アレスの報告にシンが答える。
「はっ!敵軍の軍師として暗躍していた模様です。」とアレス。
「カルマは打ち取った後、スールム国の司祭の手で灰の清めもしたと思う。」
優人がアレスの報告に補足を入れる。
「その報告は来ている。優人よ。シラルムと言う男は知っているか?」
ダレオスが優人に質問をする。
「はい。知っています。敵国の傭兵だった男です。スールム王城攻めを提案しましたが。何かありましたか?」
優人はしれっと答えるとダレオスが苦笑いを返す。
「シラルムは砦撤退報告と言う口実でスールム王と謁見し、その場で王の首をはねたらしい。
形としては謀反だが戦争で国が荒れていれば起こる事だろう。
そして、その後、俺宛てに敗戦宣言と、フォーランド同様に属国依頼をしてきやがったよ。
手際の良さと言い、すぐにお前の顔が浮かんだ。やはりお前の入れ知恵か・・・。」
ダレオスが肩を落とす。
「御意。」
肩を落とすダレオスと反面に優人は堂々と答える。
「戦争が終われば騎士の負担は軽くなるが、ここまでスールムの政治が荒れてると、俺が忙しくなるじゃねぇか・・・。
俺の隠居も遠のいた・・・。」
ダレオスが頭を抱えだす。
そんなダレオスに優人がはっきりと答える。
「御意!」
「ふっざけんな!お前、根に持つからな!!」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
「ああ、ちなみに俺はもう引退するからな。アレスは立派に団長をやってくれそうだ。」
落ち込むダレオスにシンが追い打ちをかける。
「あ、では私も。シリアさんは私よりも立派なジハドの司祭ですから。」
ラッカスもシンについで言う。
「はぁ?お前ら、抜け駆けか!?ずるいぞ!!」
ダレオスの怒りがシンとラッカスに向く。
「はぁ・・・。」
その中でため息を付く魔術師が一人。
「お前の所のじゃじゃ馬は彼氏に付いて行きそうだからな。お前はまだ隠居は無理だな。」
ダレオスが不敵な笑みをクレインに送る。
クレインは優人の顔を一度見て、また肩を落とす。
なんか・・・俺は五英雄の天敵なのだろうか?
優人はダレオスとクレインが少し可哀想に見えた。
「ところで、今後の砦はどうするつもりだ?戦争は終わったがまだシラルムと言う男を全面的に信用はできん。
国境警備は必要事項だ。」
ダレオスが一息ついて、優人とクルーガー、アレスに質問する。
アレスとクルーガーの肩がピクンと上がる。
返答を考えていなかったのだろう。
そこで優人が2人の前に一歩出る。
「土砂崩れで一面が平面となったスールム国領側とジールド・ルーン側の間には大人でも渡れない勢いの急流の川がございます。
そして、平面になっているスールム側に対し、こちら側は森と高い丘があり、身を隠し、敵を見るには適していると存じます。」
優人の言葉を真剣に聞く五英雄。アレスとクルーガーも優人の話を聞く。
「シラルムにはこれ以上戦争を続ける意思は無いと言う見解も込めて、砦の再建築は必要ないと言うのが私の意見です。」
「それでは、国境警備はどうする?」
ダレオスが優人に詰めてくる。
「俺は今回の戦で、10数年森の中で戦い続けた、元この国騎士たちと知り合いました。
森での戦闘ならば彼らはもはやプロでしょう。彼らに引き続き森に待機して国境警備をお任せすると言うのはどうでしょう?
ジールド・ルーンレンジャー部隊の創設を提案いたします。」
「森で野戦闘経験が豊富な元騎士団?そんな都合の良い連中いるか???」
シンが優人の提案に首をかしげる。
優人は一瞬目を瞑る。
これからが正念場である。
ダレオスと口喧嘩をして、負かし、詫びを入れさせる。
「ガルーダ。出て来てくれ。」
優人が言うとガルーダはびっくりしながら優人の顔を見る。
「ガルーダ・・・だと・・・。」
ダレオスが、五英雄の表情が固まる。
これがこの国1番の闇。
エアルの死因について、国を信用できなくなっているガルーダ。
友を殺さざるを得ない状況に苦しみ続けた五英雄。
どちらも国を思い、命を尊んだ結果起こった分裂。
この闇を打ち消すには、ガルーダを追い出したダレオスを打ちのめし、ガルーダに詫びを入れさせる所から始まる。
ここで説得という優しいやり方ではガルーダは納得出来ないはずだ。
五英雄には悪いが、ここは長であるダレオスを責める所だ。
ダレオスはガルーダを見つけるとゆっくりとガルーダに近づいて行き、ガルーダの手を握る。
「すまなかった!!」
へ?
思いがけないダレオスの行動に優人がびっくりする。
「エアルの件は・・・俺たちが自分の手で旧友を殺した。これは止むを得なかったのは事実だ。
しかし、俺は国の長であるにも関わらず、反抗するお前らを弾圧した。一番辛いのは俺たちだと思っていたのだ。」
ダレオスの言葉に優人は鳥肌が立つのを実感する。
これが王。
これが人の上に立つ器。
そう心の底から思いながら優人はダレオスを見る。
「しかし、お前たちも自分たちの団長の死で心を痛め、悲痛の叫びを上げていたのであろう。
その気持ちを汲み、我らは感謝し、詫びるべきだったのだ。
友を愛してくれてありがとう。と。
お前たちを山賊とし、反国勢力扱いしたことを許してくれ。そして、許されるならば、今度は騎士として、私に仕えてはくれぬか?」
優人は何もする必要が無かった。
これを言わせるためにこれからダレオスと口喧嘩をしようとしていたのだから・・・。
優人はダレオスを読み違えた事を少し、恥じ、そして申し訳ないとすら思いながら、2人を見る。
「よろこんで。」
答えるガルーダの目には光る物が落ちた。
ジールド・ルーン。
世界の剣。
この国にあった闇はこの瞬間、消えた。
人の心は誤解が誤解を生み、残酷にすら見えるときもある。
しかし、悪意に満ちた人間はそうはいないのだろう。
人間も悪くは無い。
ダレオスを見ながら優人はほっとする。
これで全てが終わったかに思えた。
全てのジールド・ルーンでのやる事は終わったかと優人は思った。
その時である。
鎧を脱いだ、私服の女性聖騎士がダレオス達の前に現れたのは・・・。
エナ・レンスター。
エアルの娘で優秀な女性聖騎士である。
しかし、今回はいつもと様子が違う。
いつも身にまとっていた聖騎士の鎧を脱ぎ、身動きの取りやすい海賊のような恰好をしている。
長く、美しい髪は短く切られており、腰にはショートソードを着けている。
ダレオスの暗殺か?
優人は一瞬緊張をする。
「ダレオス陛下。私、エナ・レンスターは本日を持って、属国フォーランドへ帰属を申し出ようと存じます。」
「はぁっ!?」
思いがけないエナの言葉に声を上げたのは優人だけでなく、五英雄もであった。
「父、エアル・レンスターの事を今回の事で良く知りました。
父の付けてくれた私の名前。エナとは風水言語で風を意味しております。
風のように自由であってくれと言うのが亡き父の希望だという事も分かりました。
ならば、私は、自由の国フォーランドにて海軍に属そうと考えております。」
きょとんとする男たちに臆することなく、しっかりとした口調で話を続けるエナ。
静まり返る王城前。
その静まりの中で大声で笑う女性陣の姿があった。
絵里が一言問題発言をする。
「厳格に育てられた娘が不良の先輩に恋をしてグレるなんて良くあるよね!!」
五英雄が絵里を見を見てからエナの顔を見る。
五英雄に見られたエナは一瞬視線を優人に送る。
「恋・・・だと?」
五英雄はエナの視線の先にいた優人の方に視線を変える。
「え・・・?」
青ざめる優人。
ダレオスがゆっくりと槍を構える。
シンが剣を抜き、ラッカスが昆を、クレインが杖を持ち替えた。
「優人・・・少し話があるんだが・・・。」
「い・・・いや、話し合いって感じじゃないよね?」
ダレオスに優人がツッコミを入れる。
「うるせぇ!そこになおれ!!」とダレオス。
「もうそれ、話す人の発言じゃねぇから!!五英雄と戦闘なんてできるか!!!!」
言うと優人は城下町の中央通りを走り出す。
「逃げんじゃねぇ!!正々堂々と戦え!!」
「シン一人でも勝てないのに、お前らとなんてやり合えるか!!」
文句を言いながら懸命に逃げる優人に罵声を浴びせながら追いかける五英雄。
「こりゃ!ダレオス!シン!!街中であばれるでないわ!!!」
「おい、おやじ!ダレオス陛下になんてことをいうんだ!?」
「お?ああ・・・陛下じゃったな・・・。」
不意に優人の耳にそんな街民の声が入ってきた。
今の五英雄の姿は、中央通りにいる国民に数10年前の悪ガキ五人組を思い出させているのだろう。
もう二度と見ることはないと思われた、その風景が蘇る。
優人を追う4人の顔は皆、昔のそれと変わらず、あの頃の表情に戻っていたのだ。
世界の剣。ジールド・ルーン。
聖騎士による圧倒的戦力で世界中を震撼させ、神の法に従い、厳粛なる国。
この国が、心優しき聖騎士の国と呼ばれるのは今より少し未来の話である。
また、戦争があれば風のように現れ、敵を殲滅し、けが人がいればその怪我を治し、風のように去る、
一風変わった女海賊が近隣の海で有名になるのも近い未来の話である。
その女海賊は、その美貌だけでなく、いざと言う時に大国の五英雄が直接助けに来る事もあり、一国の姫ではないかと言う噂も流れる事となる。
誰もが見とれる美しい容姿の彼女はいつも明るく笑顔で世界中を船で渡り歩く。
そんな彼女を人はこう呼ぶ。
つむじ風のエナ・・・と。




