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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第一章~地上界の剣士~
2/59

第一話~神隠し~

優人が目を覚ますと、そこは堅く冷たい床の上であった。


今まで意識を失っていたのであろう・・・。


優人はうつ伏せで倒れていて、頬に伝わる冷たさに起こされた。

だるそうにゆっくりと体を起こし、自分が何をしていたかを必死に思い出そうとする。


俺は確か、道場で居合の稽古をしながら自問自答をしていた・・・。


自分の衣服を確認すると確かに居合袴を着用している。

腰には居合刀も確かに差さっているのでその記憶は間違いない。



「ここはどこだ?」

「なぜここにいる?」


周りから不安の声が聞こえる。



自分のいる場所が分からない?



優人は周りの不安の声を聞き、不審に思い、周囲の確認をする。


ここはコンクリートのようなもので出来た小さな部屋であった。

小さく綺麗に四角に開けられた穴があるがおそらくそれは元々窓や扉があったのだろう。

風化してなくなったのか?

それ以外、何もなく、なんの面白味もない質素な部屋である。



それほどまでに古い建物・・・遺跡か?



数人の男女が不安げに周囲を気にしている。

どうやら優人と同じように気付いたらここにいたという感じだ。



・・・。



優人は、自分自身も何故自分がここにいるか分からない。

どれほどの時間、気を失っていたのだろうか?



「ここは・・・どこだ?」

言って優人はフッと小さく笑ってしまった。

自分が目が覚めた時、周りの人間が口々に言っていたのと同じ言葉をつい言ってしまった自分が自分で滑稽に思えたのだ。


そんな優人に気付き、一人の中太りの中年らしき男が声を掛けてきた。


「私は田中正義と申します。あなたはなんてお呼びすれば宜しいですか?

あと、ここはどこだか分かりますか?」


田中と名乗った男に気付き、優人はゆっくりと立ち上がり、答える。

「俺は水口優人。ここがどこだかは自分も分かりません。前後の記憶も・・・。」


「そうですか・・・。

参ったな、まだ仕事が残っているのに・・・。」

優人の返事を聞くと、田中は機嫌悪そうにブツブツと文句を言いながら離れて行った。


紺色のスーツをピシッと着こなしている中年の男性。

その恰好を見れば仕事中だったのは分かる。


ならばここに来る直前、彼は意識があったのでは無いだろうか?

では、『何故ここにいるのか分からない』と言う事はどういう事なのだろうか?



サボって寝ていたと言った所か?

そういう奴に限って都合が悪くなると仕事がどうのと文句を言う。

優人はそういう人種を多く見て来ている。



「あの・・・とりあえず自己紹介でもしませんか?」

細身の男性が提案をしてきた。


「そんな事をして何になる!

どうせ誰も状況も分からないのに!!」

先ほど話しかけてきた小太りの田中が細身の男に食って掛かる。



自己紹介位しても損はないだろうに・・・。

あれはただの八つ当たりだな・・・。



「私は伊藤紗季。東京のレストランでバイトしてるわ。

いいじゃない。別に自己紹介位。

逆に名前も知らない連中と一緒にいる方がストレスだし?」

言ってきたのは化粧の濃い女性だ。

歳は20代半ばといった所だろうか。


大きなあくびをしながら、話す態度に品の無さを感じる。


「をを!紗季ちゃんっていうんだね?

私は田中正義と言います。

東京の飯田橋にある商社で部長をしています。

当然ながら年収は1000万を越えているよ。

困った事があったら相談してね。」

伊藤と言う女性に反応し、急に田中の機嫌が良くなったのが分かる。



典型的なセクハラとパワハラ上司の思考回路である。

初っ端から年収自慢とか心の底から好きになれないタイプのようだ。



「あ・・・。私は高橋純一です。

ウオセンで板前をしています。

宜しくお願いします。」

細身の男が急いで自分の自己紹介をする。


ウオセンと聞いて伊藤と名乗った女性が目を輝かせる。

「ええ!ウオセンってあの銀座一等地の!?」


「あ、はい。」


「ねぇ、今度おごってよーーー。」


ウオセンとは美味しいと有名な寿司屋の名前である。

この高橋という男は気は弱そうだが腕の良い料理人なのだろう。


「ちっ、わざわざ店の名前まで言わなくても良いだろうに・・・。

いけすかねぇ男だな。」

田中が高橋に聞こえる声で呟く。


「わ・・・私は星崎絵里です。

14歳です。」

制服姿の女の子がどきまぎしながら自己紹介をする。


「水口優人です。

総合卸売問屋の本部勤務です。」

みんなが自己紹介をしたので優人もとりあえず自分の紹介を済ませる。


「ねぇ、その腰に着けてる刀って本物?

コスプレにしては歳考えろって感じなんですけど?」

伊藤という女が半笑いをしながら優人に聞いてくる。


「試してみます?」

優人は無表情で伊藤に答える。


「え・・・こっわ・・・。」

伊藤はあからさまに引いたような仕草をしてみせた。


「本物なら通報案件ですね。」

田中がニタニタしながら伊藤に言う。



全日本剣道連盟に有段者として登録されていて、刀の所持資格もしっかり取っているので通報しても意味ないがな・・・。



優人は心の中で思ったが、田中と伊藤はどうも好きになれないらしい。

黙って窓から見える外に視線を送った。


うっそうをした木々と長く伸びた雑草・・・。

どこかの森の奥深くなのだろうか?


本当に自分はどうやってここまで来たのだろうか。

誰かに運び込まれたとしたらそうとうな労力だったはずであるが・・・。

衣服の乱れも無いし、腰に差した刀は邪魔だったはずだ。


何が起こったのか全く想像出来ない。

優人は必死に自分に何が起こっているのかを考え始めた。




それから数分後、一瞬風が吹いたと思ったら、部屋の中心がボウッと光り一人の女性が現れた。



あなた方は、

突然、このような場所に呼ばれ、

状況が把握しきれない事でしょう・・・。

これはあなた方の世界で言う『神隠し』と言うものです。



言葉とも取れない言葉が頭に浮かぶ・・・。

周りがまたザワザワし始める。


「まず・・・あなたは誰ですか?」

田中と名乗った男が女性に聞く。




私はシエラ。

あなた方の世界で言う女神の様な存在です。




やはり頭に直接言葉が浮かぶ。


「ぷっ。」

突拍子も無い説明を真顔で言う女性を見て、優人はつい吹いてしまった。

「それでは女神・・・様?

さっきから『あなた方の世界』っていう言い回しを良くしていますが、ここはどの世界なんですか?」


優人が自称女神を小ばかにするように笑いを堪えながら聞くと、シエラと名乗った女性は顔を真っ赤にした。





だ・・・だって他に言いようが無いじゃないですか!?

今、あなたは私の事を中二病のイタイ子って思ったでしょ!?

単にあなた方が分かりやすいように気を使って話してあげてるだけなんですからね!!!




相変わらず、頭に直接声が聞こえる。


「・・・。」

優人は怒るシエラの顔を見定めるように眺める。


どうやらこの自称女神はさほど頭の良い人間ではないらしい。

この程度の事で動揺し、勝手に怒っているのがその証拠である。


優人は敢えてシエラの喧嘩に乗る。

「質問の答えになってませんよ。

つかそんな事で動揺しないでもらえます?

せっかくの幻想的な演出が台無しでしょ?」


「幻想的な演出とか言わないで下さい!

これは『テレパシー』って言う古代の魔法です!!」

シエラが怒って優人に言い返す。

今回は直接頭に聞こえる声では無く、普通に話している。


「さっきまでの頭に直接語りかけるのはどうした!?」

優人はシエラに言い返す。


「あなたが幻想的な演出とか、変な事言うから止めました!!

神隠しにあった地上界の人達が、なす術なく亡くなるのを防ぐために、わざわざこうやって次元の歪みのあった場所を周って説明してたのに!

貴方のせいで、私のみなさんを導く美しい女神のイメージがブチ壊れたじゃないですか!!

これでここの人たちは私の言う事を信じられなくて、死んじゃいますからね!!」

訳の分からない文句を優人に言ってくるシエラ。


「知るかよ・・・何、イメージって?

この状況でそういうの必要だと思ってるの?バカなの?」

あまりにも幼稚な主張をしてくる女神に、優人も本気でからかい始める。


「ムキィーーーーー!!

バカじゃありません!

バカは魔法なんて使えませんからね!

そういうあなたは魔法使えるんですか?」

もはやシエラの発言に女神の面影も見当たらない・・・。


「使えるか!!んなもん必要ない世界で生きて来たんだよ!

お前こそ頭悪そうだけど大学出てるんだろうな!?」

優人は優人で40近い大人の発言では無い。


「なんですか?大学?そんなもんここには存在しませ~ん。

そんな事も知らないんですね?あ~・・・恥ずかしい!!」



優人とシエラのお互いのデメリットしかないやり取りは続くかと思われたが、ここで田中が2人の間に割って入った。



「あの・・・女神さま・・・。

話が進まないので、教えてください。私たちはどうすれば良いのかを・・・。」

懇願するように聞いてきた田中に少し気を良くしたシエラはコホンと一度咳をし、精神を落ち着かせた。





ここは天上界といいます。

天上界では、貴方方が今までいた世界を地上界と呼んでおります。




いまさらまたテレパシーを使うのかよ!!


優人は心の中でシエラにツッコミを入れる。




地上界の人の言葉に変えると、ここ、天上界は生と死の狭間とも言える世界です。

地上界で死に、天上界に魂が上った後、ここで亡くなると魂は離散し、消滅します。




「んっ?ちょっと待って下さい!つまり私たちは死んだという事ですか?」

と田中が焦りながら聞く。




いいえ。

あなた方は『神隠し子』。

生きたままにして天上界へ来てしまった存在です。

もともと天上界と地上界は一つの世界であったのですが、紛争が起こり、天地は分かれてしまったのです。

元来ある形では無く、無理に引き裂かれてしまった世界なので無理が生じ、時々あなた方の様な被害者が現れるとされています。




「元の世界に戻る方法はあるのですか?」

と田中。




はい。存在します。

しかし、次元異常は不定期であり、いつ、どこで生じるかは不明です。




「つまり、ほぼ可能性は無いと言う事ですね?」

田中は力なく聞くが、シエラは黙って田中を見つめる。



ここだけ見てれば確かに女神っぽいんだが・・・。

シエラと言う名の自称女神は目鼻の整った綺麗な顔をしている。

結構良い生活をしているのか、気品も感じるので下手な発言さえなければ、確かに女神っぽいのであった。


まぁ・・・。

もう手遅れだが・・・。


「かと言って、こんな所で途方に暮れてたら、それこそシエラがさっき言ってた『神隠し子の無駄死に』ってやつなんでしょ?

それを防ぐために来たと言ってたけど、どうすれば良いんですか?」と優人。




この部屋を出ると、山の中腹に出ます。

その山を下りると小さな村があるので、そこで情報を集めて下さい。

その後、ここで暮らすか、地上界に戻るかはあなた方の自由です。


道中、山賊や獣の類が現れると思いますのでくれぐれもご注意くださいませ。




「あれ?一緒に来てくれないんですか?」と優人が聞く。




絶対嫌です!!

ばーかばーか!!




言うとシエラの体がボゥっと淡い光を放ち、そして姿を消した。



あの糞女・・・。

次会ったらぶっ飛ばしてやる・・・。

優人は幼稚なシエラの態度に少し苛立ちを覚えた。




シエラがいなくなると、部屋の中は再び静まり返った。


冷静に考えると、シエラの話した内容はにわかに信じがたい。

しかし、シエラは今まで信じる事の出来なかった『魔法』と言うものを実際に見せつけていったのも事実。


今、自分たちは夢を見ているのだろうか?

それとも、こんな非現実的な事が本当に起こるのだろうか?

優人は冷静に今の状況を理解しようと、頭の整理を行いながら、周りを注意深く観察する。



優人同様に、ここに来た皆もソワソワとしている。

恐らく、優人と同じように状況の理解に手いっぱいになっているのだろう・・・。





優人はシエラの言葉を思い出す。


道中、山賊や獣の類が現れると思いますのでくれぐれもご注意くださいませ。


優人は腰の刀に手を添える。


居合刀、『九紋』


優人が居合の初段審査を合格した日に30万円で買った刀だ。

刀としては無銘なのだが、この世を去った優人の師匠が一緒に選んでくれた刀である。


優人は地上界で居合術と言う武術を学んでいた。


居合とは、その場からあまり動かずに相手を斬る暗殺術。

無音で相手を倒す剣術の総称で、優人は室町時代に派生した天狗より受け継がれたと言われている夢想神伝流の技を身に着けた。


優人はおもむろに帯に差した刀をぐりぐり動かす。


居合術の一番の強みは何より抜刀時の『剣速』。

剣を振るう速さである。


その為、帯に鞘を馴染ませ、鞘離れ時に引っかからないようにする目的で、前もって刀を差した後にこうやってぐりぐりするのである。



山を下ると村があると言ってたな・・・。

裾の広い袴は邪魔になりそうだから、何か紐で縛っておきたいけど・・・。



そう思い、優人は周りを見回すが、紐らしき物は当然見当たらない。


「はぁ・・・。」

優人は深くため息を付くと、このまま部屋を出ることにした。




「ちょっと君!!」


部屋を出ようとする優人を呼び止めたのはやっぱり田中。

優人は田中がどうしても好きになれない。


仕事をサボっていたかどうかは分からないが、優人の中での田中の評価は最悪だ。

能力は低く、無能の癖にリーダー顔をするが、その実自分の事しか考えないタイプの人間。

ここまでのやり取りで、優人は田中をそう評している。


「何か?」

優人は冷たく田中に答える。


「君は1人で山を下りる気か?

救護が来るまで待機した方が良いのではないのか?」

と、田中は優人に提案してきた。


優人はわざとらしくため息を付き、田中に向き返り、答える。

「今の話を聞いてましたか?

あの貫録も何もない女神は情報だけ教えて助けずに消えました。

これで分かる事は2つ。

俺たちへの救援はここまでと言う事。

安全に下山させてくれるつもりならば、シエラはまだここに残っています。

そして、もう1つ。

そのシエラが唯一してくれた忠告は、この山を下りる事だ。

救助なんて考えても無駄なんじゃないですか?

ここには食料もなさそうですし・・・。」


優人は矢継ぎ早に田中の言葉に反論し、出て行こうとする。


「だから待てって!!」

田中の声が少し荒ぶる。


「なんだよ!?」

優人もじれったくなり、田中に怒鳴り返す。


優人の剣幕に押され、田中が小さな声で優人に言い返す。

「刀を・・・置いて行ってくれないか?」


田中の予想をはるかに上回るバカげた申し出に、優人も一瞬返す言葉を失う。


「そ・・・そうよ!この中で、武器と言えるものなんて、貴方が腰に付けてる刀しか無いじゃない!!」

あっけに取られていた優人に伊藤も食って掛かる。


「この刀は譲れない。

これは俺の師匠が選んでくれた相棒だ。

それに、刀の扱いも知らない連中が持ったところで、宝のもち腐れになるでしょうし。」

優人は伊藤に答える。


「それじゃあ、私たちはどうすれば良いのよ!?」

伊藤が優人にヒステリックに聞いてくる。


この伊藤と名乗った派手な女性も優人の嫌いなタイプの人間である。


どうするかなんて他人に聞くものではない。

自分でどうしたいか、どうしてもらいたいかを言うべきだと優人は思っている。

こういう時にまで他人に行動を決めさせ、何かあった時の責任を逃れようとする姿勢は本当に見苦しい。



とは言え、見殺しにもできないか・・・。



優人は諦めに近い心境で今この場にいる人間の前で提案をすることにした。


「俺は居合術はやっていたが、人はおろか、獣だって殺した事はない。

俺と一緒に山を下りると言うなら、出来る限り守ってやるが、守り切れない可能性の方が高い。

もし、無事に村に着いたら、救援を頼める機関があれば助けに行くよう頼んでやる。

ただし、これも俺が生きて山を下りれる事と、救援機関があればと言う話になる。

俺と山を下りるか、それともここで救援を待つか、以上の条件で、それぞれで考えろ。

自分の命だ。自己責任で決めろ。」


優人の投げかけに対し、またみんな一様に黙る・・・。


結局誰かにつき従い、何かあれば他人のせいにし、自分は被害者であると言って責任逃れをする。

無責任で身勝手な優人の嫌いな日本人に良くある反応だ。

本当に反吐が出る。



「ちっ!」

優人は舌打ちをし、部屋を出ようとする。



「私、行きます!!!」

ここにいる人間に見切りを付けようとした優人の耳に、嬉しい一言が入った。

優人は足を止め、声の主に視線を送る。


そこに立っていたのはセーラー服を来た女の子だった。

星崎絵里といったか。

背格好からして恐らく中学生位だろうか?


気の強そうな目付きからは覚悟の色が伺える。


「お・・・おう。

じゃあ、準備をしてくれ。」

優人は中学生の気迫に少し圧倒されながら答え、2人は部屋から出て行った。






部屋を出ると、外は草木が生い茂り、数十年人の通った形跡すら感じられない。

優人はおもむろに建物から離れ、振り向いて建物の全貌を確認する。


数十年人が一切来ない建物にしては中は綺麗だったのである。

外がどういう風貌なのか興味を持ったのであった。



・・・。



建物の外は草木に覆われ、あからさまに古びている。


内装だけ・・・綺麗???


優人は建物に違和感を感じ、少し眺める。



「あの・・・ここからどうやって村まで行くんでしょうか・・・?」

絵里が優人に聞いてきた。


「んっ?」

言われて優人も道を探し始める。


良く草木を見ると、一か所、微妙に人が通れそうな場所があった。

優人はそこに近づき、遠くを見る。


植物が生い茂り、この微妙な通り道が正解かどうかは断定できない。

しかし、このまま動かず、ここにいるならば建物の中の田中達と同じである。


「この先が正解か分からないけど、このけもの道を進んでみよう。」

優人が絵里に言うと、顔を引きつらせながら頭を縦に振った。





優人と絵里は植物をかき分けながら、けもの道を進む。

流石にセーラー服でこの道を進むのは酷である。


優人は生い茂る草を少し余分にかき分け、絵里の負担を減らすように歩いた。



「ところで、君の名前はなんだっけ?」

このまま黙って歩くのも気まずいと思った優人が絵里に話しかける。


「絵里です。」

女子中学生は必死に草を分けながら答える。


「見た目からして、中学生位かな?」と優人が聞く。


「はい。2年です。」絵里はすぐに答える。


「私立?公立?」


「公立です。」


「彼氏はいるの?」


「いません。」


「でも恋愛の盛りだね?好きな人は学校の先輩?」


「いえ・・・。

と言うか獣や山賊が出るんですよね?

大丈夫なんですか?」

絵里が突然優人に話を変えてきた。


あれ?ちょっとセクハラっぽかったかな?

無言も嫌だろうから気を使ったんだけど・・・。


絵里の突然の話題変更に、優人は少し反省し、真面目に答える。


「少なくともここには出ないよ。

何故なら草を踏む生き物がいないからけもの道がこんな状態になってるんだから・・・。

せいぜい小動物や・・・。蛇くらいは出るかな?

でも蛇も基本的には逃げると思うし、出たらぶった切る。

噛まれたら痛いかもね。毒には気を付けよう。

山賊とかは今のところは安心。」

優人が答えると、絵里はホッと安心したような表情を見せた。


「なるほど・・・。クラスメートです。」と絵里。


「ん?」

突拍子も無い絵里の言葉に優人が聞き返す。


「いえ。好きな人です。」

聞く優人に絵里が恥ずかしそうに答える。


ああ・・・。


おじさんとする恋バナが嫌なんじゃなくて、純粋に命を脅かす存在の心配してたのかと優人はほっとする。

優人は絵里と植物をかき分けながらここに来るまでにあった事を聞く。


絵里は好きなクラスメートがいて、翌日勇気を出してラブレターを渡すつもりだったらしい。

そのラブレターは暗記張で書かれたものであったと言う。

【I LOVE YOU】と言う英文の裏に【私は貴方が好きです】

と言ったように。


単純で使い古された手口で、本気の気持ちが伝わりにくいが、これ位の女の子が出来る恋心の告白としては頑張った方だと思える。

絵里は告白を前に緊張し、中々寝付けなかったのだが、いつの間にか意識が遠のいて、気が付いたらここに来ていたとの事である。



やはり、ここに来るときは意識が無かったと言う事がこれで分かった。

しかも、優人同様に夜の出来事である。


そうすると田中も優人たちと同じ時間にここに来た事になる。

しかし、田中は仕事中っぽい事を言っていた。

何の仕事をしていたのだろうか・・・?



けもの道を抜けると山道らしき場所に出た。

特に獣に遭遇する事は無かったのだが、体中に絡みつくようについた雑草の汁がかゆい。

絡み着く不快な植物地獄を抜け、絵里は一安心した表情を浮かべていたが、優人の表情は暗い。



「ここからは危険区域かも知れないな・・・。」と優人が不安を口にする。


「え?」優人の一言に絵里の表情も曇る。


「ほら?あそこに糞らしきものがある。」

優人は糞らしきものを指差す。



大きさからして犬位か?

狼あたりが出るとポンコツ女神が言っていたのを思い出す。

それだけでなく、山賊も・・・。

いずれにせよ、犯罪者も肉食獣も活動は夜が中心なのが多い。

日が暮れる前に山を下りれることを祈りながら優人達は歩みを早めた。



山道を下る事2時間。

優人の期待はあっけなく裏切られた。

目の前に1匹の狼が現れたのだ。



グルルルルル・・・。



向こうはやる気満々でこちらを睨みつけている。

絵里は優人の後ろで顔を真っ青にし、ガクガク震えている。


肉食獣は動く獲物に反応する。



「絵里、ここから一歩も動かないでいて。」

優人は絵里に注意を促す。


「はい・・・。」

絵里は怯えているのか、小さな声で優人に答える。


優人は絵里を安心させる為、頭をポンッと軽く叩くと、狼を、大回りに囲むように走り出した。

狼は優人に反応し、追いかけてくる。


ダダッダダッ!!


優人は走りながら狼の足音に耳を集中させる。。。


ダダッ!!


一瞬、間が空き、少し強い足音が1回だけした。

肉食獣は獲物を狩る時に本能的に狙ってくる場所が2か所ある。

1か所は足首で、もう1か所は首である。


一撃で仕留める首か、逃げる術を奪うかと言う判断なのだが、足首狙いであれば、噛まれた後に狼が止めを刺しに来た時に刀でぶった斬れば良い。


やられると危ないのは首なのだが、首への攻撃は狼のリスクも高い。

狼の目線より高い所にある首を狙うには狼はジャンプをし、飛び掛からなければならない。

しかし、それが狼の一番の隙でもある。


四足獣が飛び掛かる姿勢は人間に例えると体が開いた状態になる。

その状態で宙に浮くので、攻撃を当てやすくなるのだ。

しかもどうしても踏み込むので足音が大きくなる。


ダンッ!!


今だ!!


優人は居合刀の柄を握り、振り向きながら真横に抜刀する。


バシュッ!!


刀を持つ優人の手に『何か』を斬った感触がする。


確認すると、優人が斬ったのは狼の上顎と下顎の間であった。

狼は痛みのあまり、地面でジタバタしながらもがいている。

動くたびに下顎がブラブラしながら大量の血を流し、もう長くは持たないであろう事を想像させる。


優人は刀を抜いたまま狼にゆっくり近づく。


狼は動くのを止め、優人を睨む。



もう少し上手くやれればこんなに苦しめる事も無かっただろうか?

このまま放っておいても無駄に苦しめるだけだろう・・・。



優人は刀を強く握り、狼の心臓をズブリと一刺しする。


狼は一瞬体を伸ばしたような体制をとり、そのまま絶命した。




初めて・・・居合刀で生き物を殺した・・・。


殺してしまった・・・。


死ぬ間際、優人を睨んだ狼の目に自分はどう映っていたのであろうか?


考えると優人はいたたまれない気持ちになる。




「もう・・・大丈夫ですか?」

絵里の言葉に優人はふと我に返った。


今は絵里が側にいる。

優人が動揺していたら、この子まで不安にさせてしまう。


「ああ・・・。もう大丈夫だ。

できれば山賊には会いたくないな。人は斬りたくない。」

優人は冷静を装い、血ぶりをして納刀する。


「早く山を下りよう。」

初めての殺生。

自分の顔がこわばっているのではないかと思い、優人は必要以上に優しい表情を作りながら絵里に言う。


「はい。」

絵里が頷くと、2人は再び歩み始めた・・・。





狼との戦闘から1時間ほど歩くと、遠くに木の家や煙が見えてきた。


「あっ!村が見えてきました!!」

絵里が嬉しそうに小走りをする。



部屋を出てから3時間以上経つ。


疲れが出始めていたので、この変化にほっと一息できた。



「救助の機関があると良いな・・・。」

優人はやっと生きた心地に戻り、安堵の顔を浮かべる。


「ですね!!」

絵里も元気な声で返事をする。




「は~い。ちょっと待ってねぇ~・・・。」

2人が歩き出そうとした時、急に声がした。


優人の顔が硬直する。

この状況に呼び止める相手に良い想像はできない。



優人はゆっくりと声のした方を確認する。

汚く汚れた服装に、手入れをしていない武器・・・。


山賊だ。




「ここは俺たちの縄張りなんですよぉ~・・・。

ここを通りたければ、身ぐるみ全部と女をおいてってもらえますかぁ~?」

山賊はありきたりな台詞を優人にぶつける。



優人は山賊の発言には答えず、山賊の得物を確認していた。


山賊の数は3人。


1人はショートソード。

2人はナイフを持っている。

全員得物を手に持ち、鞘等は持っていないようだった。

それぞれの武器はところどころ錆付いている。


それにしても扱いが雑だな・・・。素人か?


相手の体格や体の扱い方。

発言等で何となく強さが見当つくが、優人はこの山賊なら5人いても負ける気がしなかった。



「止めておいた方が良さそうだよ。

多分君達じゃ、俺に勝てないと思う。」

優人は忠告のつもりで山賊に問いかけた。


「ふっざけんな!!」

優人の忠告を挑発と捉えたのか、ショートソードの山賊が優人に襲い掛かってきた。

ショートソードを振り上げ、真正面から優人に向かって走ってくる。


「きゃあ!!」

絵里が悲鳴を上げる。


「絵里は安全な所まで下がってろ!!」

優人が言うと、絵里は遠くまで走って逃げる。



優人はまだ人を斬る覚悟をしていない。

いかに安全に絵里を連れて逃げるかの算段を考えていた。


・・・が無情にも山賊と優人の距離は考える間も無く縮まり、山賊は錆びた刃を振り下ろしてきた。


ん?


優人は難なく山賊の一撃をかわした。


「くそ!!」

山賊は怒鳴りながら、振り下ろしたショートソードを振り上げる。

優人はそれもひょいとかわす。


え?

人間ってこんなに動きが遅かったっけ???


優人には山賊の切っ先の動きが見えるのだ。

それだけではない。

山賊の手の内まで見え、次はどう切り込むのか、かなり正確な予測まで立てられる。

優人はぴょんぴょんっと軽い足取りで跳ねながら山賊から距離を取った。


「あのさ・・・。剣の使い方知ってます?」

優人は山賊の剣の扱いのお粗末さに逆に違和感すら感じる。


実戦経験は無いが、道場で優人は毎日のように同門と稽古をしていた。


刀は切っ先から飛ぶように振るのが優人の道場・・・と言うか、地上界の近代剣術の基本だ。

しかし、この山賊の攻撃は手首から動いている。

これは素人の剣の振り方である。

手首の動きを見るだけで剣の軌道が容易に読める。


「知るか!ひょいひょい逃げ回りやがって!!」

攻撃が当たらない優人に山賊が焦れて怒鳴ってくる。


「なら、避けられる攻撃してくんなよ。手の内位隠せバカ。」

優人は自分の戦闘技術の無さにすら気づいていない愚かな山賊に言い返す。


「は?何訳分からねぇ事言ってやがんだ!!」

山賊が剣を握りなおす。


「突き。」

優人が次の山賊の攻撃を予測して言うと、山賊はぴくっと一瞬動いて固まる。

そして、剣を握り返す。


「左下からの切り上げ。」

また優人は次の山賊の動きを先読みして言う。

山賊の動きが止まる。


「て・・・。てめぇらも力貸せ!こいつ、人の心が読めるぞ!!」

ショートソードの山賊が焦りながらナイフの山賊2人に命令をする。


ナイフ・・・。

斬りに殺傷力はほとんど無く、突きと言う程の攻撃も出来ない。

やれてせいぜい、『刺す』のが関の山だ。

無抵抗で武器を持たない人間であれば危険もあるが、優人は抵抗する刀持ちだ。

戦闘に参加しても斬られるだけなのだが・・・。


だから・・・手の内を見せるなと言ってるのに・・・。

山賊って手の内の事も知らないのか・・・。


手の内とは刀の握り方の事である。

武器は攻撃の瞬間、どこに力を入れるかでその威力が変わる。

如何を握れば効率的な力の入れ方ができるか。

どう握ればすばやく攻撃しやすいか。

それは物理的なモノなので自然と同じような形になる。

もっとも、素人の持ち方は経験者とは多少違うが・・・。


つまり、武器の握り方を見られると、次の攻撃が相手にバレバレになるのである。

それを『手の内を見られる』と言う。


そんな事も知らずに武器を使い、強くなったと勘違いしている山賊に、優人がちょっと悲しい気持ちになっていると、ナイフの山賊が一人、後ろから駆け寄ってきた。


3人掛かりはきついか・・・。やるしかない!!


優人は覚悟を決め、居合刀の柄を握ると、刀を抜かずにショートソードの山賊に接近し、柄頭を山賊の顎目掛けて打ち上げた。

柄頭が顎に当たり、山賊が後ろに仰け反るを確認すると、すかさず右手で柄をそのまま残し、左手で鞘を下げながら振り返り、後ろから走ってくるナイフの山賊の喉元目掛けて突き刺す。


ひゅうひゅう・・・。


喉元を突かれた山賊が必死に空気を吸おうとしている。

刀の刃が喉の器官まで届き、呼吸が出来なくなったのだ。


優人はそのまま切っ先を右に捻じり真横にまっすぐ切り払うと、首の動脈が斬られ血が飛び散る。

その勢いのまま振り返り、仰け反っている山賊の右肩から左腕下までバッサリ袈裟に切り下げる。

勢いの乗った切っ先は骨ごと山賊を真っ二つに切り裂く。


優人は血の勢いが激しいうちに山賊から離れ返り血を避ける。

そのタイミングで山賊2人は地面に倒れる。



優人は血ぶりをし、ゆっくりと刀を鞘に納める。

残りの山賊に視線を送ると、山賊は青ざめていた。


1対3での戦闘で山賊は負けるとは思っても見なかったのであろう。

まさかの事態のはずだ。


「戦意がないなら逃げても良いよ?

仲間に和装の剣士に近づくなって伝えてもらえるとありがたいんだけど?」

優人は何事も無かったように冷静に言う。


「ふざけるな・・・。」

山賊はこの状況でも虚勢を張り続けている。

山賊業だし、舐められても困るというのもあるかも知れないのかも知れないが、この根性は見上げたものなのかも知れない。


「そか・・・。」

優人がつぶやくと山賊が優人に向かってくる。

それを軽くかわし、もう一度左下から右上に向けて抜刀する。


優人の剣を山賊はかわせる訳もなく、バッサリと斬られる。

山賊は後ろに倒れ、絶命した。



居合術・・・。


実際優人は何年かやってたし、段も持っている。

しかし実戦経験は無く、基本的に稽古とは型を何度も繰り返すだけの単純作業であった。

こんな事しても強くなる訳がないと優人は批判的に近代剣術を小ばかにしている節があった。

しかし、狼の時に優人がやった後ろを振り向きながらの技は夢想神伝流初伝二之型。

山賊2人を一瞬で斬り捨てたのは初伝八之型。

最後の山賊を斬ったのは初伝四之型。

それぞれの技の多少変形した形であった。

何度も何度も練習した型であったので考えずに発動させることができ、刃の角度も狂う事なく正確に入ったのでスパスパ斬れたのである。


優人は倒れている山賊を眺めながら色んな事に思いふけっていた。


あの道場での練習って意味があったんだな・・・。


初めて人を斬ってしまった。この人たちはどういう経歴で生きてきてここで息絶えたのだろう・・・。


殺される人にとって俺はどう見えているのだろう。鬼か悪魔なのかな。本当は殺したくないのに・・・。


「もう終わりましたか?」

絵里の声に物思いに耽っていた優人は再び我に返る。


こんな惨状を目の当たりにしてけっこう平然としている絵里も考えて見れば不思議だが、それなりの経験を積んできているのであろうか?


「ああ・・・。もう村まで目前だ。歩ける?」

優人は絵里の心配をする。


「はい。」

絵里は返事をする。


2人は再び、村まで歩み出した・・・。




2人が村に着くころには日が落ちかけていた。

夕焼けのせいか村は多少寂れて見えるが、キュキュキュキュと蜩の鳴く声に、何となく懐かしい気持ちになる。

村を行きかう人たちは夕食の準備で忙しいのか、足早に歩いている。


優人はこれからどうすれば良いか分からず、途方に暮れていた。


「あの・・・。あの山の中腹位に遭難者がいるのですが・・・。」

優人は近くを歩いていたおばさんに声をかけてみた。

おばさんは優人と絵里をじろじろ見ながら、身を引きながら答える。


「あんな山で遭難する人いるの?助けが欲しいなら酒場に行きなさいよ。」

おばさんは興味無さそうで、むしろ呼び止められたことに不服そうに答える。


「酒場?」

優人は思いもよらない返答に呆気に取られる。

酒場と言えは、居酒屋やバーを想像する。

そんな所に行った所で、トラブルはあっても、助けなんているとは思えない。


「酒場よ。分かるでしょ?そこのマスターにお金を払って冒険者を斡旋してもらのよ。」

理解していない優人をおばさんは小ばかにするように言う。


冒険者?

斡旋??

人材派遣のような仕事を酒場に依頼するのか?

そう捉えて間違いないのかな?


優人はもう少しおばさんに話を聞きたかったが、おばさんがあからさまに嫌そうな顔をしていたので諦め、酒場の場所を聞くに留めた。




酒場に入ると数人の武装した人たちが飯を食べていた。

あれが冒険者と言われる人間たちだろうか?

武装していた人間たちを見ると、先ほど倒した山賊たちと大差は感じられない。

仕事の依頼をしても、しっかりやってもらえるのだろうか?

優人の中に素朴な疑問が生まれる。


グゥ・・・。


不意に優人の腹が鳴る。

そういえばご飯を食べてない。

絵里も腹を空かせているのだろうか?

飯を食う金がないがどうしたものか・・・。


優人は色々悩みながら、酒場のカウンターにいたおじさんの元へ向かい話しかける。

「すみません。山の中腹辺りに遭難者がいるのですが・・・。」


「あん?仕事の依頼かい?」

カウンターにいたおじさんは優人に反応する。


「はい。ただ、お金は持ってないのですが・・・。」

仕事の依頼と言う言い方をする以上、金銭の請求はされる。

後でトラブルが起きても面倒くさいので前もって優人はカウンターのおじさんに金のない旨を伝えた。


優人の言葉を聞くと、カウンターのおじさんは優人と絵里の姿をジーっと見つめる。

「お前さんら・・・。神隠し子か?」


「はい。そう自称女神に言われました。

私たちが住んでいた世界を地上界と呼び、ここは天上界だと言う事も。」


とりあえず、情報が欲しい。

優人はカウンターのおじさんに自分たちの今の境遇を伝え、話を聞きたいと考えた。


「女神?あれは女神じゃねぇよ。案内係って言う、エルン国雇われの魔法使いだよ。」

カウンターのおじさんが笑いながら教えてくれる。


やっぱりか・・・。

あの糞女・・・。

今度会ったら本当にぶっ飛ばす!!


おじさんに笑われた優人は俯き顔を赤らめた。


「その反応を見ると何も説明は受けてないみたいだな?

これだから魔法使いは役にたたねぇ・・・。」

カウンターのおじさんはため息を着き、少し考え事をしてから優人たちにこの世界の話をし始めた。


「まず・・・。

ここは天上界のフォーランドって言う国だ。

もともと未開の地で海賊がアジトに使っていたんだが、ジールド・ルーンって言う大国と戦争をして敗戦し、今はジールド・ルーンの植民地のような立場だ。

まぁ、植民地って言っても、ジールド・ルーンって国はこの国から何かを奪う気はねぇみてぇで、この国の海賊上がりの連中が悪さをしねぇように見張ってるだけだがな。

フォーランドって国の名前の由来は、この国は4つの区画から出来ているからだ。

1つはここ、山岳地帯。山が多く、果実や動物が豊富にいる。

2つ目は海隣地帯。王都もある。国になってから貿易等を盛んに行うようになったので、山岳地帯とは比べ物にならないくらい発展している。

3つ目は大森林地帯。人は多分誰も住んでない。住める環境ではないからだ。

その理由は『遠き心の大鐘』って言うのを守っている神獣『麒麟』ってのがいて、そいつが年中無差別に雷を落としまくってるからだという話だ。

もっとも、麒麟の姿を見た人間は当然いないし、遠き心の大鐘ってのもただの噂だ。

そして4つ目は亜人地帯。人間では無く亜人種が住んでいる。

亜人ってのはエルフみたいな妖精やワーウルフみたいな動物との混合種を差す。

人間でも出入りはしているが、密猟者が多いみたいで亜人種には嫌がられているな。

亜人は身体能力が高いし、人として認められていないから、奴隷として高く売れるらしいからな。

ここまでで質問はあるか?」


「いや・・・。」

そもそもこの国に興味が無い優人は軽く聞き流す感じで返事をした。


「次は通貨についてだ。

この世界の通貨は統一されていて、『ダーム』と言う宝石を世界一の平和経済大国、グリンクスで製造されている。

100ダームで飲み物一つ買えるのが相場だな。

仕事の報酬として受け取るのが一般的だが、あんたらみたいな身寄りのない神隠し子や冒険者は基本的にこういう酒場で単発の仕事をしながら金を稼いでいる。

例えば・・・あんたの服の胸に付いている緑色の球をよこしてみな。」

おじさんは優人の右胸を指さして言う。


言われて優人は右胸を見ると、緑色の小さな球が光っていた。

絵里の胸にもついているが光っていない。


気づかなかった。

つか、こういう説明位しとけよ!!あのポンコツ女神!!


優人は胸で光る緑の玉を外すと、おじさんに渡す。


「こいつは『シルフの瞳』って言う道具で風水魔術で風の精霊が閉じ込められている。

持ってる人間が依頼の内容をこなすと緑色に光るんだ。

そして、これをこういう酒場の俺みたいな人間に渡すと、何をしたのか確認ができる。

ちなみに仕事は酒場のコルクボードにも貼ってあるから暇な時に確認してくれれば良い。

さて・・・。今回、お前さんは何をしたかと言うと・・・。」


そういうとマスターはシルフの瞳を変な機械に入れ、モニターらしきものを見る。


「をを!やるじゃねぇか!ここに来たての神隠し子でこれは初だ!!」

モニターを見ながら、おじさんが興奮気味に優人の方を見た。


「えっ?」

何のことかわからず、優人は次のおじさんの言葉を待つ。


「狼1匹で3000ダーム。

山賊3人で9万ダーム。

合わせて9万3000ダームがあんたの報酬だ。

この村の平均月収が15万ダーム位だから、お前さんはもう一般人の半分も稼いだぞ!!」

おじさんがカウンターのレジから金を出し、優人に渡す。


「をを~!優人さん凄い凄い!!」

今まで黙っていた絵里が手を叩いて話に参加してきた。

優人は、何故かはしゃいでいる絵里の顔を見る。

無駄に目がキラキラしている。

その顔を見て、絵里の次の発言も大方想像できる。


「私、服が欲しい!セーラー服だと動きづらいから・・・。安くても良いので・・・。」

今まで静かで特に自己主張をしていなかった絵里が珍しく優人におねだりをしてきた。

優人も絵里の恰好はこの世界に似つかわしくないと思っていたので、二つ返事で了解する。


優人は金を受け取ると、その金の内、2000ダームを使い、2人分の食事を取る。


食事をしながらおじさんに寝床はどうするか聞いた所、この世界の酒場は寝床も提供してくれるとの事だ。

料金は1部屋1万ダーム。

優人は2部屋頼もうとしたが、絵里が嫌がったので、1部屋だけ借り、2人で部屋に入った。


部屋にはベッドが1つと、テーブルとそれを挟むように椅子が2脚。

扉を挟んで小さなシャワールームとトイレまでついていた。

木造で質素な造りの部屋である。


日本のビジネスホテルだったら4000円位だな・・・。


優人が部屋を値踏みしていると奥から絵里の声が聞こえる。

「お風呂入りたいから優人さん早く入って!」


「んっ?入りたいなら絵里が先に入れよ。疲れてるんだから。」

絵里の良く分からない発言に優人が答える。


「嫌です!先に入って下さい!!」

ちょっと怒り気味の声で絵里が答えてきた。


良くある思春期の女の子の反応だ・・・。


意味が分からないがここでごねると、もっとめんどくさくなる事を知っていた優人はそそくさとシャワーを浴び、絵里をシャワーに入れる。

絵里がシャワーを浴びている間、優人は部屋の窓から外を眺めて少し考え事をしていた。


ここは生と死の狭間のような世界である。

地上界で死んだ人間は必ずここに来る・・・。


優人は十年前に真城綾菜と言う婚約者を病気で亡くしていた。

大好きな彼女であったが、優人は彼女の死に際に傍にいる事すらできなかった。


仕事のせいである。


優人のしていた仕事もタイミング悪く修羅場を迎えており、急きょ優人は遠く離れた場所で寝る間も惜しんで働いていた。

仕事が終われば職場のソファーで眠り、近所の風呂場で体を洗い、自分がどんなに辛くても、疲れていても必死に働き、修羅場を乗り切った。


この修羅場が終われば彼女の病気も治ると自分に言い聞かせてがむしゃらに頑張り続けた。

これが終わったら、両親に挨拶をして順調に結婚をするつもりだったのだ。


子どもが出来た時に一軒家を買い、夜泣き等で近所に迷惑がかかるとかと言う理由で、綾菜のストレスにならないようにしたい。

夕方には家に帰り、子育ての手助けができるようにしたい。

その為には今を犠牲にするしか無いと優人は考えていた。


しかし、修羅場を乗り切り、綾菜と同棲していたアパートに戻ると、優人に二人での未来は残されていなかった。

綾菜を失う事で、今までの苦労も、努力も、全てが自分を苦しめるだけの徒労になり果てた。


会社には優人以外にも社員は大勢いた。

婚約者の一大事にも関わらず、優人の仕事が熾烈を極めると知った他の社員達は

「家族を置いてそんな仕事は出来ないから、未婚の君がやるべきだ。」

などと良い、業務の交代も休日の入れ替えも不参加を徹底した。

少しでも優人の仕事に絡むと抜け出せなくなる未来が誰にでも見えていたのだろう。


問題をなんとか鎮圧し、綾菜の訃報を知った優人の会社の社員達は、

「まさかこんなことになるとは思わなかった。」

「知っていれば変わってあげたのに・・・。」

等と同情している風な事を優人に言ってきた。


本気でそう思っているなら、綾菜が入院しているという事情を知っていたのだから、代われたはずなのに・・・。


神なんてこの世にいないし、人は他人の事なんて心配しないし、気にもしない。

人はいかに自分が善良であり、優秀であり、心優しいと見せるか。

いかに自分だけ楽をし、自分だけ得するか。

という事しか考えない生き物であるとこの時に悟ってしまった。


優人が田中や伊藤を好きになれないと感じたのは、その時の同僚に雰囲気が似ていたからなのかも知れない。

その一件以降優人は、人の蔑みも同情も、心配も全て上辺だけのものだと思うようになっていた。


人の心が世界を残酷にしている・・・。


そんな優人は綾菜にもう一度会って伝えたい事がある。


『自分にとって、今も、昔も、未来も、ずっと、綾菜が一番大切』だと。

綾菜は優人が仕事人間だと勘違いしている節があったからである。

その勘違いのせいで綾菜は仕事をしている優人に気を使い、自分の我儘を我慢する節があったのだ。


綾菜・・・。この世界にいるのか?


優人が思い耽っていると絵里がシャワーから出て来てベッドに飛び込む。


「絵里、疲れただろ?もうおやすみ。」

優人は椅子に移動し、座りながら絵里に言う。


「優人さんベッド使いますか?私、テーブルで寝ても良いですよ?

学校ではいつもテーブルの上に腕を置いて枕代わりにして寝てましたから。」

村に入り、シャワーにも入って安心したのか、絵里の表情はとても穏やかで、子どもらしい反応も見せるようになってきた。


「学校は寝る所ではない。」

優人は絵里の冗談に付き合い、ツッコミを入れる。


「えっ?先生がいつも子守唄聞かせてくれてましたよ?」と、絵里。


「あれは子守唄じゃなくて授業だ。」

優人が言うと、2人は声を出して笑う。



「山に残った人たち・・・。どうします?」

一笑いした後、絵里が話題を変える。


「マスターに依頼して救助とも思ったが、金が無いしな・・・。」

優人は背伸びをしながら絵里の質問に答える。


「まぁ・・・、優人さんの言う通り、全て自分の判断でこうなったから仕方ないですよ・・・。

そもそもみんな一緒について来れば良かったんですから・・・。」

言いながら絵里は寝てしまった。


あれ?

机で寝るとか言ってなかったか?


絵里は普通にベッドを独占したまま寝入ってしまった。

スースーといびきをかきながら、子どもっぽい顔で寝ている絵里。

そんな安心しきっている絵里の顔を見て、優人もホッとする。


少しボーっとすると、優人はそっと椅子から立ち上がり、絵里の枕元に7万ダームを置く。


「・・・それでも、ほっては置けないのが俺なんだ。ごめんな。」

優人はつぶやき、絵里の寝ている部屋を後にする。



酒場の一階に降りると、誰もいない店内でさっきのおじさんが片づけをしていた。


「マスター」

優人が声を掛ける。


「どうした?」

おじさんは優人に気付くと、片付けの手を止める。


「もう一度山に行って他の神隠し子を、ここまで案内しようと思います。

おそらく腹を空かせていると思うので何か携帯できる食べ物をお願いできますか?」

言う優人におじさんは顔をいぶかしげる。


「お前さん。そんな事する意味あるのかい?」

両腕を組み、険しい表情で優人に聞くおじさん。


「え?」

突然、意味を聞かれ、返答に困る優人。


「お前さんが山を下りてきたように、山にいるやつらも山を下りれば良いだけだろ?

山賊や狼に出くわす危険はあるが・・・。

大方、お前さんらに危険を押しつけて山に隠れてるんだろ?

この世界でそういうやつらは生きていけねぇよ。」


もっともだ。

優人もそういう人種は反吐が出るほど嫌いだし、本音を言うと、もうほっておきたい。

しかし、優人の中にいるもう一人の優人がそれをさせてくれないのだ。


「このまま見殺しにしたら寝覚めが悪いので・・・。」

優人が答えると、おじさんは腹をかかえて笑い出した。


「甘っちょろいな!でも気に入った!!」

言うとマスターは調理場に戻り、干し肉を持って、すぐ戻ってきた。


「こいつは牛肉に湖沼をぶっけて干した食い物で、保存食って言うんだ。

かてぇが、冒険者はみんなこいつを携帯食に使ってる。いくつ欲しい?」


「1万1000ダーム分くれ。」

おじさんの問いかけに優人がすぐに答えた。


「分かった。11枚だな。後、これは俺からのプレゼントだ。」

言うと、おじさんは小さな玉を優人に差し出す。


「こいつは『夜光石』っつてな。使えば1部屋位の範囲が昼間みてぇに明るくなる。

しかし、直視すんなよ?目がくらむからな?

使い方は1度強く握って上に投げると使用者の頭上に半日間浮かび続けてくれる。」

石を受け取り、眺めていた優人におじさんが説明をしてくれた。


1部屋分ってどれくらいだ?

目が眩む明るさと言う事は用途は色々ありそうだが・・・。


優人は夜光石を、お礼を言いながら受け取ると、居合袴のポケットに入れた。

おじさんが「使わないのか?」と尋ねてきたが、ここはさほど暗くないし、使い道は別にありそうなので取っておきたいと優人は答えた。


「後・・・。」

優人は酒場を出る前におじさんにお願いしておきたい事があった。


「なんだよ?」とおじさん。


「今、上で寝ている絵里の事なんだけど、根性がそこそこ座っているが地上界では子どもなんだ。

まだ一人では生きていけない。

俺にもしもの事があったらお願いしたいのだが・・・。」

優人は申し訳なさそうにおじさんに切り出す。


「お前さんは色々めんどくせぇ性分だな?

俺に子守をしろってか?

そこまでお人よしじゃねぇよ。

生きて帰ってこい。」

おじさんが優人に答える。


「恩にきる。」と優人。


「はぁ?」

不服気におじさんが優人に聞き返す。


「人を見る目はあるつもりだ。」と優人。


「ふっ・・・。」

優人の一言で優人の意図する事を理解し、おじさんが鼻で笑う。


「では行ってきます。」

優人は一度深く頭を下げると、酒場を後にした。


口では断っていたマスターもかなりのお人よしである事は話の節々で分かっていた。

今の優人の申し出を断ったマスターの顔を見れば分かる。

要は優人に生きて戻るよう促してくれただけだ。



優人は安心して店を出た。


店を出ると、辺りは暗くなっていた。

あの部屋を出たのが昼頃で、下山に4時間位かかった。

その後、食事して風呂に入り、絵里を寝かしつけて酒場のおじさんと少し話をしたので2時間位。

おそらく時間にすると6時を回ったところだろうか?


夕焼けが夜空へとかわりつつある時間。

まだ昼の名残を惜しみつつ、それでも空の星たちは夜の準備で白くかがき始めている。

天上界の空は地上界の空よりも高く見える。



「よしっ!!」

優人は自分の顔を軽くはたき、気合を入れ、山へと歩き出した。


1度見た光景を1日に2度も見ると言うのはどうも気が萎えるものだが、優人は自然観察も結構好きだ。

さっきは絵里もいたと言う事で、精神的にも余裕が無く、改めて見る光景に少しわくわくしていた。



優人が森に入るころには空はもう暗くなっていた。

時間は7時位だろうか?

街灯も何も無く、暗いが、星明りで道はしっかり見えている。


もう少し安全に戦闘が出来るなら絵里も連れて来たかったんだけどな・・・。

1人で夜の山道歩くのはちょっと怖いな・・・。

お化けとか出ないよな・・・。

って言うか、お化けと言うか死体が転がってる可能性はあるんだった・・・。

それはそれで怖い・・・。


優人は昼間に斬った山賊3人と狼の事を思い出す。


少なくともあいつらは俺に恨みを持ってるんだろうな・・・。



優人は足早に山道に入る。

そしてしばらく歩くと、優人は歩みをぴたりと止める。


山賊だ・・・。


前に4人。

後ろに3人。

全員、ショートソードや斧を持っている。


昼間の物取りとは違い、戦闘するために出て来たか?

昼間倒した山賊の遺体はもうなくなっていた。

とすると、こいつらが仲間の遺体を回収し、仕返しに来たという所が妥当か?


優人は山賊の得物を見ながら山賊の動向に注意をする。


「こんな時間に散歩か?」

山賊の1人が優人に声を掛ける。


「ああ・・・夜空があまりにも綺麗なもんでね。」

優人は答えながらポケットに手を入れ、夜光石を確認するように握る。


「昼間に仲間が3人やられたが、お前、何か知っているか?」

と、山賊。


「ああ・・・。あれは俺が斬った。」

優人が言うと山賊たちが一斉に殺気立つ。


「覚悟は出来ているんだろうな?」

武器を構え、山賊たちが優人を威圧してくる。


全員揃って上段に構えている。

自分を大きく見せさせ、相手を威圧するのに適した構えだ。


しかし、それは相手が素人の時にのみ効力が発揮される。

上段の構えは攻撃に特化しすぎていて、敵の攻撃への反応は遅れると言う欠点がある。


「殺す覚悟はしてるが、殺される覚悟はしてないかな。

あいつら、俺に身ぐるみ全部よこせって言って来たから・・・。

身ぐるみ全部持ってかれたら、これからどう生活すれば良いのやら・・・。

あんたらはどうするつもりかな?

お仲間にも1度忠告したけど、お前ら程度じゃ俺には勝てないよ。」


今回のは忠告では無く、脅しである。

と優人は心の中で付け足す。


今回の戦闘の目的は山賊たちの戦意喪失である。


今は1人なので良いが、帰りは足手まといが数人いる。

出来るなら、山賊たちには少し大人しくしていてもらいたいのだ。


「殺すに決まってんだろうが!!野郎ども!!かかれ!!」

山賊の1人が言うと、他の連中も「おー!!」と雄叫びをあげて向かってきた。


来たっ!


優人は夜光石を強く握り、自分の背中から上に向けて投げた。

石は優人の頭上に昇り、カッと強い光を出す。

山賊はいきなりの光に目をくらませ、立ち止まる。


その隙に優人は前面の4人の山賊の真ん中左手の山賊の心臓を貫く。

骨を抜け、心臓を貫く感触を確認すると、刺した山賊を鞘代わりにし、全身を使って抜刀の要領で刀を引き抜き、真ん中右手の山賊を右肩から左腕下に向けて袈裟に斬り落とす。

肉と骨の切れる感触が、柄から手に伝わるのが気持ち悪い。


優人が刀を振るたびに人が・・・命が奪われていく。


地上界にいた時に、こんなに命を奪うなんて考えた事も無かった。

罪悪感や申し訳なさも感じるが、それ以上に何故か高揚している自分がいる。

もしかしたら自分は殺人快楽者なのかと言う不安が生まれるが、動き出した優人の体は止まらない。


その後、優人は右足で踏ん張り、体を安定させ、今斬った山賊を肩でどかし、その勢いで奥にいた山賊の下腹部を突き刺し、横に払う。

最後に刀の峰に左手を添え、地面すれすれを刃が走るように大きく体ごと回転させ、1番左の山賊を右脚太ももから左の腰上へと上袈裟に切り上げた。


一連の動作が終わると、優人の体は山賊から離れる。

そのタイミングで、山賊たちは斬られた部位から大量の血を吹き出し、地面に倒れこんだ。


夢想神伝流の初伝と・・・最後は中伝出たな。


優人は相手に斬り込むとき、何も考えていない。

敵の数と居場所だけ把握しておけば、勝手に体が動く。

斬った後に自分が何の技を使ったか、自分で気づくといった感じである。

地上界の道場で散々同じ動きの練習をしてきたが、こういう事なのだろう。


そんな事を考えながら、優人は刀を抜いたまま腹を斬った山賊の所まで歩いて行き、一呼吸入れて心臓を一突きする。


ん・・・。


優人は顔に生暖かい感触を感じ、手で拭き取る。


血だ・・・。


優人は今までの戦闘で一度も返り血を浴びていなかった。

それを今回初めて浴びてしまったのだ。

初めて浴びた返り血の感触の気持ち悪さに一瞬気が遠のくが、気合を入れ持ちこたえる。


「うあぁあ!!」

優人から少し離れた所で山賊の1人が腰を抜かした。

恐らくやっと目が慣れ、仲間の惨状に気付いたのだろう。

続いて他の2人も目が見えるようになったらしく、同じ反応をする。


優人は血ぶりをして納刀し、一度深く深呼吸をする。


「お前らを1人殺すと3万ダーム貰えるらしい。安い命だな?」

優人は出来る限りトーンを変えず、冷酷に見えるよう意識しながら3人に話しかける。


「し、知るか!!」

山賊の1人が頑張って虚勢をまだ張り続けている。


「まぁ・・・おかげでこいつらの分も含めて、21万ダームも稼げそうだけどね。

本当にありがとう。お前ら全部で何人いるの?」

優人は山賊たちを睨み付けながら聞く。


「お、教える訳ないだろ・・・。」

優人の発言に流石に引いたのか、山賊の声のトーンが落ち始める。


「そりゃそうか。じゃあこうしよう!アジト教えてくれ!!乗り込むから。」

優人は手をポンっと叩き、山賊に提案する。


「だから・・・教える訳ないだろ・・・。」

山賊たちは最早、戦意すら感じられない。


「なんで?仲間の仇打ちたいんじゃないの?

7人中もう4人やられてるけど、お前ら3人で俺を倒せる?

アジトに俺を誘い込んで、全員で来た方が可能性あるんじゃない?

その方が俺も一気に稼げるし。」

優人は不敵に笑って見せる。


「ふざけんなよ・・・。」

観念したのか、山賊たちはうなだれる。


「ふざけてねぇよ。3万ダームども!!

どんな人生を生きてきたらこんなに安い命になるか知らねぇが、お前らみたいな特売品にかまってる暇はねぇんだよ!!」

優人が怒鳴ると3人がビクッと体を震わせる。


もうこの3人に戦意は全く感じられない。


そこで優人は声のトーンを少し下げる。

「逃げたきゃ逃げろよ。

ただし、今度来たら躊躇わず全員殺す。

仲間にそう伝えろ。

俺はお前ら退治以外の用事でこの山を少しうろつく。

俺の邪魔をしなければお前らを構うほど正義感が強い人間でもない。

例えボロい商売でも生き物をむやみに斬りたくないからな。分かったら消えろ。」


言うと山賊は一目散に逃げて行く。


「ふぅ・・・。」

優人は逃げる山賊の背中を見つめながら、ため息を着く。

一応脅したつもりだが効いただろうか?

この後、足手まといになるでろう数人を連れて下山するので、あまり襲われたくない。

優人はもう会わない事を祈りながら部屋へと向かう。




優人が部屋に到着したのは夜22時を周った頃であった。

やはり、ここまでで片道4時間はかかるようである。


部屋の中をそっと見ると田中達はみんなで横たわっていた。


「優人さん・・・?」

優人の気配に気付いた田中がすぐに体を起こした。


優人の背中には先ほど使った夜光石がまだ光っている。

優人が建物の中に入ると部屋の中が光で照らされ、横たわっていた人間がむくりと起きあがる。


「お?みんな生きてるね。

まだ飯食ってないでしょ?食べなよ。」

言いながら優人は酒場のおじさんから買った保存食を全員に配る。


優人に言われるとみんな保存食にかぶりつく。

それを確認すると、優人も保存食を一緒に食べ始める。


「それで・・・救助は?」

保存食を食べ終わると田中が優人に聞いてきた。


「有料だから無理。」

優人は田中を見ずに答える。


「じゃあ私たちは?」

聞いてきたのは、派手な服装をしている女性。

伊藤だったか?


「とりあえず村はあったから、そこまでなら俺が護衛してやるよ。

そっからはもう勝手にしてくれ。」

優人は伊藤に答える。


「え?」

伊藤が小さい声を出し、力なく床にうなだれた。


それから、田中達の質問ラッシュが優人を襲う。

優人は酒場のおじさんから聞いた情報を伝える。


話をしながら優人はここに来ている神隠し子達の情報も念の為聞いていた。


今回の神隠しでここに来たのは優人達も含めて5人。

全員日本人である。


田中は商社で働く営業部長。

社内営業で部長職になったはいいが、定時で帰ると残業手当が貰えないので、夜になり、トイレでサボっていたら、意識を失い、ここに来たらしい。

予想通り努力も何もしない優人の嫌いなタイプだった。


高橋と言う男性は日本料亭で働く板前。

歳は20代中ごろだろうか?

ここに来る直前は朝が早いと言う事もあり、もう寝ていたらしい。

もじもじした態度が時々イラつく。


先ほどから時々優人に話しかけてくる派手な女性はレストランでバイトをしている伊藤。

年齢は20代前半位で、一々色目を使って来るのが優人としては少し苦手なタイプである。

この子は仕事が終わり、一人で晩酌をしている途中で意識を失い、ここに来たとの事。

優人の話を真剣に聞きながら頷いたりしている所から、この中では一番話せる人間だった。


全員、神隠しにあった瞬間は意識が無かった。

これは、偶然ではなく、何かしらの力が掛かっていると判断して間違いがないと優人は思った。


田中達は話し合い色々考えた結果、村まで下り、どこかで職について食いつなぐと言う事で話がまとまった。

優人は給料貰うまでどうするつもりか疑問に思ったが、あまり深く関わりを持つ気は無かったので、敢えて触れないで置くことにした。


「じゃあ全員下山だね?」

優人は少し機嫌が悪そうに全員の総論をまとめる。


優人の機嫌が悪いのはやはりこいつらに原因がある。

山を下りて、職をさがす。

そんな当たり前の結論を出すために、こんな所で数時間も話し合っていたのだ。

明日の朝まで待ってから下山をするとか言い出して来た時は置いて帰ろうかとも思った。


優人はここに残っている面子より、絵里の方が気になっている。

ここの人間たちより、絵里の方が優人に近い考え方をしているので可愛らしい。

こいつらの為に絵里に余計な心配を掛けたくないのである。


優人達が部屋を出たのは午前0時を過ぎていた。


無言のままけもの道を抜け、山道を下りる。


「あの・・・少し休みませんか?」

けもの道を抜け、山道に出てすぐ位の所で伊藤が優人に提案してきた。


「山道に出ると、山賊や狼との遭遇率が高まる。早めに下りた方が良いと思いますよ。」

機嫌の悪い優人は伊藤の方を見る事なく、まっすぐ進行方向を見ながら答える。


「だから、朝まで待ってから下りれば良かったのでは?」

高橋が優人に聞いてくる。


「俺はずっと言ってると思いますが、自己判断、自己責任でやって貰えますか?

夕方でも狼や山賊には遭遇しました。

どうせ遭遇するなら、腹の減り具合も含め、少しでもベストな状態でいたいと先ほど説明したはずです。

納得出来ていないのなら、戻れば良いと思います。

ただし、俺があなた方の為に動くのはこれが最後になるので、戻るなら後は好きにしてください。」

優人は高橋に答える。


「ま・・・まぁ、山を下りるのは確定事項ですしね・・・。」

表情一つ変えない優人に高橋がすぐに引く。


「優人さん、いい加減にしていただけませんか?

この中で戦闘技術があるのは貴方だけなんですよ。

貴方の力が必要なんですから、もう少し助けてくれても良いのではないですか?」

田中がとうとう本音を優人にぶつける。


「助けてどうします?

ここに来て一日、貴方方は誰一人として自発的に何かをしようとしていない。

ずっと出来ない言い訳や、やらない言い訳ばかり言っていて、何かあれば提案した俺のせいにしようとする。

そんな奴らを助け出したらキリが無いじゃないですか。」


「・・・。」

優人に言い返され、すぐに返す言葉を無くす。


優人より年上で50歳を越えたであろう老年・・・。

そんなに長い時間人間をやっていて、今まで何を学んで来たのだろう?


人は日々成長が出来る。

忘れる事もあるが、覚えようとすればいくらでも知識なんて得ることが出来る。

つまり、歳を食えば食うほど知識では目上の人間には敵わないのが普通だ。

もっとも、専門職をやって来ている人間にはひけを取るが・・・。


しかし、田中はどうだろう?


戦闘技術は無く、優人との交渉技術も全くない。

言ってくる発言もいちいち浅はかに聞こえる。

よっぽど楽して生きて来たのだろう。

そんな奴を助ける為、労力を使う事に優人は意義を感じない。


優人はこれ以上こいつらと会話をしたくないと思い、少し歩く速度を上げ、距離を置く。


「ねぇ・・・あの人無愛想過ぎない?」

「人も殺してるみたいですが、大丈夫ですかね?」

「このご時世に日本刀とか持ってる時点でおかしいでしょ。」


後ろでこそこそ優人の悪口らしきものを言う声が聞こえる。

優人はイライラを抑えながらひたすら無視をする。


それ以上に腹が立つのは、結局1時間位の間隔で休憩を取る事だ。


ただでさえも慣れていない山の夜道なので、体を休ませたい。

女性もいるので体力が持たない。

と言った主張を通してくる。


夜が嫌なら、最初の下山の時に来れば良かったはずだ。

女性でも絵里は休まず村まで付いてきた。

そもそも疲労の話をするなら、山を2往復もしている優人が1番大きいはずだ。

自分の主張ばかりし、他人を思いやれない所も正直ムカつく。


こいつら自分の立場を分かっているのか!?


結局、村に着く頃には朝日が昇り始めていた。

時間にして6時間くらいだろうか?

戦闘が一度もなかったにも関わらず、3回歩いた中で1番時間がかかった。

優人は「まぁ、それもここまでで、もう二度と絡まないので良いか。」と何度も自分を慰めた。



「優人さん!!」

酒場の前に立っていた絵里が優人に気づき、駆け寄ってきた。


「絵里・・・。こんな所で何してたの?」

優人は酒場の外にいた絵里に聞く。


「結局、この人たちを助けに行ってたんですね?」

絵里は田中達を冷ややかに見ながら、優人が枕元に置いていった7万ダームをそっくそのまま返す。


7万ダーム・・・。

1ダームも使っていない。

あれから結構時間が経っているのに食事も取っていないのか?


「あれ?まだ飯も食ってないの?」

優人は絵里の心配をする。


「優人さんが心配で喉通る訳ないじゃないですか!1人になりたくなかったのに!!」

絵里が優人に文句を言う。


1人になりたくなかった・・・。


そう言えば絵里の目の前で狼や山賊を斬り殺している。


絵里はあまり顔には出していないが、かなりショックがあったはずだ。

怖くて1人になりたく無かったのかも知れない。


「ああ・・・。ごめん。」

優人は他人の『心配』と言う言葉を信用しない。

『心配していた。』と言う発言は誰でも出来る。

実は心の底で『ざま見ろ。』と思っていようが、気にせず遊んでいようが、一言『心配していた。』と言うだけで良い人っぽく見える。

なので優人は『心配していた。』と言う言葉は偽善者の常套句位にすら思っている。

しかし、食事も取らず、部屋でダラダラする訳でもなく、酒場の前でずっと待っていた人間の口から出る『心配』は疑う余地が無い。


「お腹空きました!朝ごはん食べさせて下さい!」

反省している優人に、絵里は元気に言って酒場に入ろうとする。


「絵里、ありがとう。」

優人は小さい声でお礼を言う。

おそらく絵里は優人のお礼の意味に気付いてはいないであろう。

にこっと笑顔を返して酒場に入って行った。

優人もそれを追う。


「あ・・・あの、私たちは・・・?」

伊藤が優人に聞いてきたが、優人は無視して酒場に入っていった。



「おお!?帰ったか?シルフの瞳が光ってるな?また戦ったのか?」

酒場に入る優人に気付き、マスターが優人に話掛けてきた。


「ああ・・・確認お願いします。」

優人と絵里は食事と合わせて依頼の確認をする。


「おおおお!?」

おじさんがまた大きなリアクションをモニターを見ながら取っていた。


今回の討伐は山賊4人だったよな?

そんな凄い事した覚えはないのだが・・・。


おじさんは22万ダームを優人に渡す。


「え?」

予想より高い額で優人の表情がこわばる。


「どうした?」

金を受け取らず、硬直している優人におじさんが聞いてきた。


「計算が合わない。

今回、俺は山賊4人しか斬っていないから、12万じゃないんですか?」

聞く優人におじさんはニヤリと笑う。


「説明してやるよ。

まず、今回お前さんが斬ったのは山賊3人と、カブルって言う賞金首1人だ。

山賊3人討伐で9万ダーム。

カブルって言う賞金首に掛かっていた金額が13万ダーム。

合わせて22万ダームが報酬だ。

1人強い奴がいなかったか?」

おじさんが目を輝かせながら優人に言う。


賞金首なんて制度もあったのか・・・。


「一瞬で片づけたから分からなかったよ。

あの4人の誰がカブルってやつだったんだろ・・・。」

優人は言いながら受け取る。


「え?つまり優人さん1日で総額31万5000ダームも稼いだんだ!!

冒険者に向いてるんじゃないですか?」

絵里が興奮気味に答える。


「俺も1日でこんだけ稼ぐ奴は初めてだよ。」

とおじさんも絵里に賛同する。


褒められるのが苦手な優人は苦笑いしてごまかし、絵里に2万ダームを差し出す。


「え?なんですか?これ?」

絵里が優人に驚いて聞く。


「絵里に小遣いだよ。

服や装備は後で買いに行くとして、少しは自分の金も持ってた方が安心だろ?」

優人が絵里に答える。


「あー・・・。」

絵里はお金を貰うのに少し躊躇っていたが、優人の言う事も一理あると思ったらしく、丁寧にお礼を言いながら受け取った。


俺の甥は当たり前のように金をせがんで来てたが、絵里はこういう感覚もしっかりしているのだな・・・。


優人の絵里に対する評価はまた上がる。


「服なんだけど・・・。

買い物行く前に一眠りさせてもらっても良いかな?

昨日から徹夜なんだよ。」

食事を済ませ、疲れていることを思い出した優人は絵里に聞く。


「はい。」

絵里は気持ちよく返事をしてくれた。

優人はマスターにもう1日分の家賃を支払い。

部屋へと向かった。

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