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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第三章~失望と幻滅の先にあるもの~
18/59

第十七話~開戦の狼煙~

夜も更け、雨音と風に揺られる木々の音が激しさをます。

優人の立てた作戦の最終手段を成功させるにはおあつらえ向きな天候ではあるが、それとは別に強い風と雨は普通に不快である。

木々に囲まれ、暗い山道を優人は一人、傘も差さずに歩み進む。

時間にして午前3時と行ったところだろうか?

奇襲を仕掛けるには程よい時間である。


優人は大橋を渡り、100メートルほど続く森道を歩いた。

その森を抜けると、だだっ広い草原の上に数えきれない位のテントが建てられている。

ビニール製のテントなのか強く降る雨音がボトボトと大きな音を立てている。

籠城攻め中のスールム兵のものだ。

通常であれば、少人数の見張りがいるのが当然だが一人も見当たらない。


優人は静かにほくそ笑んだ。

軽い気持ちで籠城攻めに参加しているのは民間人なのだろうと予測できる。

戦時中に見張りを付けるなんて当たり前の事だが、雨が不快とかという簡単な理由で見張りをサボっているのか、そんなの関係なく気を抜いているのか・・・。

つい先日ジールド・ルーンの援軍が来たばかりだと言う油断も有るのかも知れない。

いずれにせよ、これから奇襲をかける優人にとって、有利な状況なのは確かであった。


優人は木の陰に隠れ、そっと目を閉じ、両手を胸の前で合わせる。

胸の前で合わせた手と手を押し合い、力を入れる。

優人が本気の時に行う儀式である。

こうやって両手の力がある事、胸の筋肉が張るのを確認して安心させるのが優人の緊張のほぐし方なのであった。


天上界に来て初めて斬ったのは狼だった。

その後、山賊を斬り、人を食う巨大な熊を倒した。

関所を取り返す時に受けたデュークの部下の弓の一撃は痛かった。

その後、ゾンビやバンパイアのカルマと戦い、ついには神獣との戦闘もした。

麒麟の雷撃は強く、勝ち目なんて無かった。

一方的に殺されるとすら思った。

優人は8000人の兵士を前に少し気が引いている。

正直に怖いと思っている。

しかし、死ぬのが怖いのではない。

何もできずに死ぬのを優人は恐れていた。


優人は綾菜が病死する3か月前から仕事で埼玉の山奥にこもっていた。

仕事が終わり、千葉に戻ると綾菜の姿がこの世から無くなっていた。

絶望の淵の中、優人は一つ、綾菜に言わなければいけない文句がある事に気付いた。

仕事の手を抜き、綾菜の見舞いに良く来る優人に埼玉遠征に行けと言って来たのが綾菜だったのだ。

優人は綾菜のプロポーズの後、2人の今後の生活の為、仕事に没頭していた。

これから結婚し、子どもが出来た時、アパートでは赤ちゃんの夜泣きが近所迷惑だと綾菜がストレスを感じたら可哀想だ。

仕事は定時にあがり、綾菜の家事の手伝いをしたい。

そんな思いを叶える為、優人は早く偉くなりたかった。

しかし、そんな優人を見て、綾菜は優人は仕事が大好きな仕事人間だと勘違いしてしまっていたのである。

その結果、先の短い自分の為に優人が仕事の手を抜くのが嫌で優人を埼玉へ追いやった。

優人は綾菜にしっかり伝えたい。

『俺はこの世界の何よりも綾菜が大切だ』と。


いいか、良く聞け俺を形成している全ての細胞たち。

この8000人の敵の先に恋い焦がれた綾菜がいる。

俺はここで死ぬかもしれない。

殺されるかもしれない。

しかし、この俺の細胞である限り絶対に止まるな!

例え腕がもがれようが、心臓をぶち抜かれようが、俺は負けていけない。

死んでも綾菜を救い出せ!!


優人は自分の体に言い聞かせる。

優人はぱちりと閉じていた目を開く。

今まで恐怖に震えていた体の震えがぴたりと止まる。


「行くぞ!!」


優人は雨の中テントの方へ出来る限り気配を殺しながら歩いて行く。

ふいに、スールム兵が1人歩いている姿が目に入る。

優人は歩みを少しづつ早め、加速する。


ドスッ!


優人は即座に抜刀し、そのスールム兵の喉を突き刺す。


ヒュー。ヒュー。


一人の喉から空気の抜ける音がする。

優人は喉に刺した刀を横に払い、穴を空けた器官から喉を走る大動脈を斬る。

喉を斬られた兵士は横に倒れ絶命する。


単独行動か・・・。


優人は地面に倒れた兵士を見下ろし考える。

ここは戦場である。

単独行動なんてご法度中のご法度だ。

1人で動いていたら奇襲にあった時に仲間に知らせるすべが無い。

もしこれが2人以上であれば、1人がやられているうちに大声を出し、他の味方に知らせることができる。


素人・・・それもここが戦場だと言う意識の低い集団か・・・。


優人は必死に敵の素性を仮定する。

8000人もいる敵が戦闘慣れしている戦士であれば勝ち目など全くない。

どれだけこういう素人がいて、戦場を混乱させてくれるかが鍵だと思ってるからである。



優人は近くのテントに入る。

テントの中は暗く、何も見えないが、寝息が聞こえる。

優人は静かに眠っている敵兵に近づき、1人、2人と数えながら音を出さず、喉を突いていく。

1人、起き上がろうとしたやつがいたので、そいつは突いた刀を横に振り払い、大動脈を斬って殺した。

動脈を斬ると血が激しく飛びテントにボトボトと音を立ててしまうが、雨のおかげでさほど目立たない。

このテントには10人の兵士が眠っていた。


1つのテントに10人単位でいるのか?


テント内の兵士を全員殺すと、優人はランタンを拾い、火をともす。

ずっと暗い中にいたので、久しぶりの光に心が落ち着く。

優人はテントの中を見渡し、漆黒のマントに目を止める。

マントの背にはスールムの国章らしきものが描かれている。

優人は漆黒のマントに近づき、手を伸ばす。

そしてそのマントを羽織った。


これで、スールム兵だと思われるかな?


優人はマントを羽織ると静かにテントを出る。

外はやはり雨が降っている。

優人は騒ぎになるまで1人でも多くの敵兵を暗殺しようと思い、次のテントへと入って行った。



時間にして4時を回った頃だろうか?

優人は10個のテントを襲撃した。

つまり殺した敵兵は100人を越えている。

時折、目を覚ます者もいたが、それも寝起き直後である。

難なく、優人の一刀に倒れる。

地上界で100人切りと言えば強さの証のように思われるが、今回の自分の100人切りはどうなのだろう?

恐らく10人に8人は『卑怯者!』と優人を罵るだろうなと思い、優人はクスッと笑う。

自分にはシンのような本当の強さなどない。

シンであればもしかしたら8000人相手に正面から突っ込み、壊滅させるような気もする。

1度戦った優人だからこそ思う。

シンの強さは人間の域を超えている。

そんなシンならば本当の意味の100人切りを達成させることが出来るだろうと。

シンの強さを正義とするならば自分の強さは悪なのかもしれない。

しかし、結果は同じである。

優人はそう開き直る。


優人は淡々とテントに侵入、暗殺を繰り返す。

暗殺人数が50を超えたあたりから優人にも疲れの色が見え始めていた。

よく切れる居合刀で無抵抗な人間を斬るにしても神経を使う。

始めは周りを警戒しながら行動していたが、疲れと慣れもあり、少しづつ周りに対する警戒を怠り始めていた。



優人が15個目のテントに侵入する時だった。


「何をしている?」

急な呼び止めに優人の心臓はドキッとした。


「そこはお前のテントじゃないよな?」

テントの外から歩いてきた男は優人に近寄る。


「あ・・・。」

優人は不意の事で言葉を失っていた。


「まだ朝早いしな。大方、トイレの帰りに間違えたんだろ?この雨だしな。」

男は雨の勢いの止まらぬ空を見上げる。


「ああ。なんか同じ作りのテントだらけで迷ってたんだ。」

優人は男の油断に気付き、冷静さを取り戻す。


「今日はこんな雨だし、いつもの朝礼は無いかな?雨の中、外に出るなんてトイレ位のものだろう。

他のテントの連中も1人も表に出て来てねぇし。」


雨で朝礼が中止?

テントから人が出ない事すら異常と思わないのか?


優人は男の呑気さにびっくりする。

仮にもここは戦場である。

籠城攻めなので直接の戦闘は滅多に起こらない。

しかしあまりにも呑気過ぎる事に違和感を覚える。


「ここは戦場だけど。こんなんで大丈夫かな?」

優人は男の戦争に対する意識確認をしてみたくなったのでこういう質問をあえてぶつけてみる。

男は「ははは」と笑って優人の質問に答える。


「籠城攻めは俺たちは何もしなくて良いみたいじゃないか?

説明でも、キャンプするだけで月10万ダームの給料とか言ってたしな。」


男の発言で優人は理解する。

要するに完全に大人数で脅し、聖騎士を餓死させるのが目的なのだ。

その為、安い経費で大人数を集めるためにこういう人集めの仕方をしたのであろう。

普通、10倍の数の敵兵に囲まれれば誰でも不利だと思う。

その兵種を確認する事もわざわざしないだろう。

そしてこの砦にジールド・ルーンの戦力を留め、海上戦で追い詰める作戦だ。

スールム国に賢い軍師がいる。

優人はそう確信した。

もっとも、今回の優人の作戦に対し相性の悪すぎる作戦をスールムは行っている事になる。

優人は少しホッとする。


「ちなみに今回、民兵って何人いるんだっけ?」

優人は調子に乗って敵の戦力の内訳を聞き出そうと試みた。


「え?確か・・・5000人じゃなかったっけ?後、傭兵が500のスールム兵が2500って言ってたような・・・。」

男はペラペラと軍事機密を漏らしてくれる。


傭兵が500人か・・・傭兵がどう動くか気になるな・・・。


優人は男の話を聞きながら自分の動きを考える。


「それより、こんな雨の中迷うのもきついだろ?このテントで少し休むか?」

男は優人の体の心配までしてくれた。


「いや、大丈夫だ。ありがとう。」


「おい!!人が死んでるぞ!!」

優人が男の勧めを断り、その場を立ち去ろうとしたその時、遠くから大声が聞こえた。

優人はビクッとし、今まで話していた男と声のした方へ走って行く。



最初に優人が外で殺した男の周りに人だかりができている。

優人と男はそこにたどり着く。

兵士らしき者が遺体に近づき死因鑑定を行っていた。


「鋭利な武器。切れ味の鋭い刃物で首を一突き。横に斬り払ったな・・・。

暗殺慣れしているかも知れない。この中で不審人物を見たと言うやつはいるか?」

スールム兵は周りにいる民兵に聞く。


「不審人物かぁ~・・・お前見たか?」

男は優人に聞いてくる。


「いや。見てないな・・・。」

優人は男に答える。


お前の横にいる俺が一番怪しいだろ・・・。


優人は心の中でツッコミを入れる。

少しざわつき、返事が来ないのを確認すると、兵士が指示を出し始めた。

「これより、単独行動を完全に禁止する!命令違反はその場で抹殺するので気を付けるように!

そして、犯人が見つかるまで朝食は食べずに探せ!」


「おい!!テント内が全滅しているぞ!!」

別のスールムの兵士が近くのテントを覗き、遺体を見つけ、声を出す。

外の遺体の死因鑑定をしていた兵士はそのテントの方へと走って行く。


「くそっ!!雨音でばれない日に早朝を狙って来やがったか!!」

スールム兵が怒りを露わにする。


「セオリー通りと言うか、戦闘の基本を知っているな。

バレずに10人殺ってる所を見ると手練れの可能性もある。

被害状況を調べる必要もあるな。それから上に報告しよう。」

テント前で2人の兵士が相談をする。


報告が先だろ!被害調べは民兵に任せてまずお前らが報告に行け!!


優人は兵士に心の中でツッコミを入れる。


「まず、2人1組で各テントを回れ!!」

兵士が言うと、民兵がすぐに散る。

優人は最初あった男とテントを回る事にした。

優人はあえて、自分がまだ入っていないテントに向かう。

そのテントの中には騒ぎに起きた民兵が3人ほどまだいた。


「おい。殺人があった。警戒をしろ。」

優人と一緒に回っている男が優人の前に出て3人に忠告をする。


悪いやつじゃないが、ここは戦場で俺とお前は敵同士。悪いとは思わないぞ。


優人は心の中で自己正当化し、その男を後ろから一気に心臓を突き刺す。


ブス・・・


「か・・・かは・・・。」

優人に後ろを突かれ、血を吐く。


「ここは戦場だ。」

優人は言うと心臓を突いた刀を右に払う。

すると、血を吹き出し、横に倒れる。


「な・・・何をしてるんだ!?」

テントの中にいた3人が優人に怒鳴る。

優人は黙って3人に走り込み、1人の喉を突き、横に斬り払った勢いで右の1人を切り捨てる。

そして、すぐに構え直し、最後の1人を突き刺す。


バタバタバタ


同時に3人が倒れる。

優人はテント内の4人の死を確認すると、身近にあった荷物を拾う。


「敵襲だ!!」

優人は拾った荷物をテントの入口の反対側に投げつけながら大声を上げた。

スールム兵が優人の声に反応し、走ってくる。


「敵か!?」


「ああ。テントの壁側から出て行った。でかい盾と剣を持った大男だ。」

兵士が優人の指さした方を見ると、さっき優人が投げた荷物のせいでテントの下部分がめくれていた。


「あそこから出て行ったな・・・でかい盾と剣・・・おそらくシンだな。」

兵士の予測を聞き、優人はニヤリと笑う。

優人とシンはどう見ても似つかない特徴である。

この報告を上にあげてくれれば、より優人に気付くのは遅れる。


「シンなら早く、戦闘態勢を整えなければいけない。お前たちは集まって奇襲に備えろ!!」

言うと兵士は本陣に向けて走り出す。

優人は走る兵士を見送り、本陣の方角を確認する。

兵士がこの場をされば、また優人の独壇場である。


優人は兵士の命令を無視し、またテントを襲いだす。

今までとは違い、民兵も起きていて、難易度は高い。

これからの暗殺は優人も本気でやる必要がある。

ここで優人は気合を入れ直した。



スールム国本陣

朝食を取っていたスールムの幹部達の元へ兵士2人が駆け込んできた。


「緊急報告です!!シンが・・・シンが攻めて来ました!!

被害状況は現在確認中。民兵には警戒を呼び掛けて参りました!!」

兵士が本陣で食事をしていた5人の幹部に状況を報告する。


「ん・・・シンだと?どういうことだカルマ?」

本陣の中心に座る1番偉そうな人間が口を開ける。


「おそらくは謀られたのかと。シンは今現在フォーランドでありもしない私の灰を探しているはずです。

確認したのは3日前。物理的にここに来るのは不可能です。」

カルマは1番偉そうな男に答え、今度は兵士の方を向いて話を続ける。

「シンの姿は確認しましたか?」


「あ・・・いえ、民兵の報告です。」

兵士は頭を深く下げ、カルマに答える。


「民兵か・・・その民兵の所属部隊とその部隊長は?」

カルマはさらに突っ込んだ質問を兵士に投げかける。


「あ・・・。」

兵士の言葉が止まる。

幹部の表情が険しくなるのを肌で感じる。

「も、申し訳ございません!しかし、スールム兵のマントを着けていました。」


「マントなど、いくらでも盗めるでしょう。そいつが怪しい。つれて来て下さい。」

カルマは冷たい視線を兵士に送り、命じる。

兵士2人は急いで立ち上がり、民兵の待機しているテントへ向かっていった。


「ふん・・・民兵なぞ使うからこうなるんだ。どう責任を取るつもりだ。カルマ。」

1番偉そうな幹部の横に座っている無精ひげをはやした男がカルマに詰め寄る。


「ガーランド将軍。お言葉ですが、あの聖騎士どもを数か月に及び閉じ込めたのは私の籠城攻めの成果だと存じますが?」

カルマは無精ひげをはやした男の目を見返し、答える。


「スールム兵でやれば良かったのだ!」

ガーランドは立ち上がり声を荒げる。


「スールムの戦闘が出来る人間をこんな事に使うのはもったいないでしょう?

この作戦のおかげで海戦でジールド・ルーンを苦しめることが出来ているのでは?

それよりも、兵士の教育不足が問題だと思いますが・・・。」

カルマは座ったままガーランドを睨み返す。


「責任のなすりつけ合いは良い。何か策は無いのか?」

1番偉そうな人間がカルマとガーランドの喧嘩の間に入って来た。


「はい。ソイル殿下。おそらくは敵はわが軍の混乱を狙い、我が国の兵になりすまし、情報操作を行っているのでしょう。」


「ふむ・・・」

ソイル殿下と呼ばれた1番偉そうな男はカルマの言葉にうなづく。


「まずはそいつを炙り出す為、被害にあった民兵の周辺のテントの焼き討ちをいたしましょう。

500人程度の被害を出す予定ですが、それで終わります。

その500人の焼き討ちをしているうちに合言葉の統一を広めましょう。

『ソイル殿下に』と言えば『栄光を』と答える挨拶の統一です。それができない者が敵です。」


「ふむ・・・敵の目を欺きながら火の中を抜けるのには時間がかかる。

その隙に新しいルールを徹底させ、守れないやつをためらわず殺す。

逃げきれずに焼け死ぬか、挨拶が知らずにバレるかという訳か。

その作戦で行こう。民兵には悪いが大義の為に犠牲になってもらおう。」

ソイルはカルマの意見に賛同する。


「伝令を出せ。早急だ。」

ソイルが言うと数人の伝令兵が本陣から出て行った。

その本陣の中、1人黙って手を握りしめている幹部が1人いた。


国の民の命を何だと思っているんだ!!


スールム国の籠城攻めの責任者の一人を務めているアッシュと言う騎士である。



まだ、日も上がらぬ早朝。

優人は淡々とテントに忍び込み、暗殺を繰り返す。


テントの中は錆びた鉄のような血の臭いと異様な湿気に吐き気がする。

外では雨がテントを叩き、ボトボトとうるさい。

汗か雨か分からないが衣服はぐっしょりと濡れ、不快感しか感じられない。

少し休憩を入れたいところだがここは戦場で、優人は早朝奇襲中である。

少しでも敵の勢力を削り落としたいと考えるとそういう訳にもいかない。

優人は自分の刀にこびりついた血を倒れいている人間の衣服でぬぐい、納刀する。

刀の手入れ用の油が落ち、滑りが悪くなるが、それでも血の付いた刀を鞘に納めるよりはマシである。

居合の作法に血ぶりと言い、刀に付いた血を払うものがあるが、これだけの大量の血はさすがに払えないのである。


優人は大きくため息を付きテントを出る。

外ではいもしないシンを探し、スールムの民兵が走り回っている。

自分で仕掛けた罠だが、ここまで簡単に信じられると少し罪悪感がある。


外の雨に打たれながら、少し体温が下がる事に一瞬心が落ち着く。

優人は大きく息を吸う。

その時であった。

ツンと刺激臭が優人の鼻に入って来た。

何かを焼く臭い。焦げる臭いがする。

優人は朝食の用意が始まったのかと思ったのだが、いくら呑気なスールムの民兵でもそこまで馬鹿じゃない事にすぐ気付き、思い改める。

警戒し、周囲を確認する。

遠くで大きな炎が上がっている。

民兵たちの声に耳を向けると、騒いでいたのはシンの件ではない事に気付いた。


「火事だ!!騎士どもがテントに油をまいて火をつけやがった!!」


「急いで消化しろ!!」


火事?

スールム兵が?


民兵の声を聞き、優人は声を上げる。

「慌てるな!消化も必要ない!!火から離れろ!!」


この大雨の中である。

油をかければテントはすぐ燃えるが、飛び火はしない。

火から離れていれば火事はすぐに収まるのは明白である。


しかし、優人はシンを殺すために大人数の民兵を犠牲にする作戦を立てたスールム軍の幹部に苛立ちを覚えた。

ここで火をつけなくてもスールムの民兵は優人の手により殺されるかもしれない。

死ぬと言う結果は変わりないのかもしれないが、同じ死ぬでも死に方というものがる。

敵の優人の手により殺されるならまだ敵の手による戦死だ。

しかし、この炎により死んだものは自分が守り、守られるべき自分の上司の手によって殺さるのも同義である。

優人の国、日本でも第二次世界大戦中に戻りの燃料を入れずに敵船に突っ込む特攻隊なる軍が編成されたが、それはまだある程度の覚悟ができた。

これは何も聞かされず、だまし討ちにするようなものである。


こんな国、亡べば良い!


優人はスールムに対する怒りがこみ上げると同時にここにいる民兵が不憫で仕方なくなったのだ。

その結果、ここの民兵を助けるような言葉を発した。

突然の炎に怯えきっているスールム兵は優人の声に素直にしたがい、燃え盛るテントから離れ、火が消えるのを待ち始めた。



火事は優人の予測通り30分もしないで消えた。

燃え切ったテントの奥に武器を構えたスールムの兵たちが立っていた。


「あいつら・・・裏切りやがって・・・。」

スールムの民兵が怒りを口にすると武器を構えている兵に歩いて行く。


「おい!貴様らどういうつもりだ!?」


ヒュン!

ドスッ


歩いてスールム兵の所へ向かう男の胸に1本の矢が刺さる。


「ぐあぁぁぁ・・・。」

矢が刺さった男は小さく悲鳴をあげると仰向けに倒れ、そのまま絶命した。

その瞬間、優人の周りにいる民兵達が愕然としたのが空気で分かる。

驚きと怒りの感情が入り混じっている、切ない感情だ。

優人はスールムが敵で良かったと心の底から思う。


「その中に敵国のスパイがいる可能性がある以上、こちらに来る人間は皆殺しにせよと言う命令だ!!」

スールム兵がこちら側に言う。


「ふざけるな!!」

「やられる前にやってやんよ!!」


いきり立った民兵がスールムの兵目がけて武器を取り、走り出す。


「ちょっ!待て!!」

弓兵も後ろに待機している。

正面から立ち向かっては絶好の的になる。

しかし、民兵たちは優人の静止を無視し、走る。

案の定、矢が雨のようにこちらに飛んでくる。

矢に当たり、バタバタとスールムの民兵が倒れていく。


こいつら・・・許さねぇ・・・。


優人は仲間に弓を放つ兵士に本気で頭に来ていた。

倒れていくスールムの兵をかわし、優人も突進する。

優人は前にエナからもらった飛び道具の攻撃を弾く、『風の首飾り』を着けている。

簡単には矢が当たらない。

前線で構えているスールムの兵を斬り捨て、蹴り飛ばして勢いをつけて奥の弓兵に斬りかかる。


「あいつに続け!!!!」

優人の突撃成功にスールムの民兵も勢いづき、一斉にスールムの兵士になだれ込む。


こうして、民兵約200人の反乱が起こった。

この場で火を起こし、焼き討ちしてきたのも大半が民兵のようで戦闘の技術は低い。

おそらくは500人程度の民兵でこの200人を迎え討ちに来た。

戦場はスールムの民兵対民兵で混乱している。

優人はこの混乱に乗じ、ここの戦場を駆けて抜けることにした。



混乱する乱闘の場を離れると、黒い鎧を身にまとった兵士たちが待機している。

優人の姿を見つけると、彼らは優人に声を掛けてくる。


「ソイル殿下に!!」


「はぁ?誰だそいつは?」

優人は黒い鎧の兵士に答えると兵士たちの顔色が急に青ざめる。


「敵襲だ!!」

このやり取りで優人は気付く。

シンの名を使ったかく乱作戦がすでに見破られている事。

そして、奇襲対策で合言葉のルールを設けていた事に。


優人は立ち止まり、スールムの国章のついたマントを脱ぎ捨てる。


「フォーランド国、ナイトオブフォーランド、優人!参る!!」

優人は名を名乗る。

自分の名前はほぼ無名だ。

しかし、フォーランドと言う名は知っているだろう。

時世に詳しければフォーランド国がジールド・ルーンに組し、参戦したと受けて取ってくれれば別の所に警戒をする。

それが狙いで大声でフォーランドの名を口にする。

そして、刀を納め、背中の槍を抜く。


エナから話は聞いている。

この槍には麒麟の力が宿っており、無名の槍から『雷槍・ラインボルト』と言う名前の槍に進化していると・・・。

「おい!馬面麒麟!!お前の力を借りるぞ!開戦の合図だ。ど派手にかましてくれよ!!」

優人は槍に元素魔法を込め、身構えるスールムの兵目がけて投げつける。


ピシャ!!

ドーーーーン!!!!!


優人の元素魔法を込めた槍は敵に勢いよく飛び、雷を発生させる。


「うを!!!!!」

優人の槍の直撃を受けた敵兵の周りは真っ黒になり、敵兵自身も一瞬で炭になっていた。

ここまでの威力は正直優人自身も想像をしていなかったのである。

あまりの攻撃力の高さに優人も少しひく。


あの馬面・・・俺に対してかなり手を抜いていたな・・・。


麒麟が本気を出していたら優人も目の前にいた兵士たちのように消し炭にされていたのだ。

そのことに今さら気付き、麒麟の恐ろしさと優しさを思い知らされる。


前方を見ると優人に向かってくるはずのスールムの兵も青ざめている。

これからは小細工なしの総力戦である。

この華々しい優人の放った開戦の狼煙は敵の士気を落とすと共に、砦にいる綾菜、ダムにいる絵里とクレイン。

そして今頃援軍に来ようと川を渡っているガルーダ達に見えたであろう。

麒麟の槍は良い仕事をしてくれた。

そう思いながら優人は抜刀をした。




早朝午前4時。

不意に綾菜は目が覚めた。

久しぶりの熟睡で頭がすっきりとしている。

スールムの策略により、籠城を余儀なくさせられてからもう2週間近く経つ。

クルーガーの食料制限があり、綾菜は常に空腹の状態で夜もまともに眠る事が出来なかったのであった。

そんな中、昨晩突如降って来たプラムにより、久しぶりに綾菜は食事を腹いっぱい食べることができた。


綾菜は上体を起こし、部屋を見渡す。

綾菜の横にはミルフィーユが寝息を立てている。

歳にして4、5歳といった年齢の彼女は生まれてすぐにドラゴンの習性により母親に捨てられ、1人で生きて来た。

そして、何だか分からないまま、亜人狩りに捕まり、奴隷として売られ、ジールド・ルーンにたどり着いたのである。

世界法令では『人間を奴隷とする事』は禁じられている。

しかし、そこに亜人は人間として定められていない。

つまり、亜人を奴隷として売買する事を禁止する法律は存在していないのが現状である。

綾菜はそれが凄く気に入らなかった。

結局、偉い立場の人間に都合の良いように世界が成り立っている。

どんな綺麗事を並べても、最終的に偉い立場の人間は守られ、弱い人間は泣き寝入りをしなくてならないのは、地上界も天上界も変わらない。

そんな人の世の常に綾菜は憂鬱な気持ちになる。

今現在、綾菜はジールド・ルーンにて王に物申せる立場の宮廷魔術師と言う地位を手に入れた。

世間的に見れば綾菜自身も偉い立場である。

しかし、綾菜は自分がどんなに偉くなっても権力の行使だけは絶対にしようとは思っていない。

目に付く弱いものを1人1人助けて行く事しかできないのでそれをしようと考えていた。

そういう理由もあり、甘えたい盛りのミルフィーユの母親代わりを務めている。

もっとも、綾菜の可愛いもの好きというのもあり、ミルフィーユの母親をするのは綾菜自体かなり楽しんでいるのであるが・・・。


綾菜はそっと寝ているミルフィーユの耳に口を近づけ、甘噛みをする。

優人にも昔良くした記憶がある。

理由は特にないのだが、愛おしすぎると無性に噛みつきたくなる衝動が時々綾菜を襲うのだ。

ミルフィーユは綾菜の甘噛みに気付かず、気持ちよさそうに寝ている。

そんな表情も可愛くて仕方ない。

綾菜は「フフッ」と小さく声を出して笑い、ミルフィーユの前髪を優しく掻き上げる。

露わになったおでこも丸くて可愛らしい。

今度はミルフィーユのおでこにキスをした。

横のベッドではシノとシリアが一緒に寝ている。

綾菜は少し歩きたいと思ったが、起きた時に綾菜がいないとミルフィーユは泣き出す。

綾菜はミルフィーユをそっと抱きかかえ、外に出ることにした。

「ふぅん・・・。」

不意にミルフィーユが寝言と言う。

綾菜はミルフィーユを起こしたかと思い、びっくりしてミルフィーユの顔を見る。

幸せそうに寝ているミルフィーユの寝顔。

綾菜はほっと一息し、頬づりをしながらベッドから出、静かに部屋のドアを開けて行った。


砦の廊下は長く、薄暗い。

所々にある蝋燭の火で照らされているので、あえて明かりを必要とはしないが、この蝋燭が逆に薄気味悪さを醸し出す。

小さな子どもでは無いが、綾菜自身もここを1人で歩くのは少し気が引ける。

早朝で人通りも少ない。

綾菜は起きている人がいる物見台へ行く事にした。



物見台に着くと、数人の見張り役と、クルーガーの姿があった。


「おはよう。」

綾菜はクルーガーに声を掛ける。

すると、クルーガーも綾菜に気付き、返事をする。


「お目覚めか?宮廷魔術師殿。」

クルーガーは腕を組み、見張り役と一方向をずっと見ている。


「ずっと起きてたの?」

綾菜もクルーガーの見ている方向を見ながら話を進める。


「いや、俺も今さっき起きてきたところだ。」

クルーガーは綾菜に答える。


「何かあったの?」と綾菜。


「ああ・・・つい先ほどまでジールド・ルーン山道付近のテントに人だかりが出来ていた。」


「人だかり?こんな早朝に?雨も降ってるのに?」

綾菜はつい声を少し大きくしてしまった。

その声にミルフィーユが起きてしまう。


「ううん・・・。」


「ああ、ごめんね、ミル。起こしちゃった。」

綾菜は抱っこしているミルフィーユに謝る。


「ううん。おはようございます。まま。」

ミルフィーユは綾菜に抱っこされたまま綾菜に挨拶をすると、綾菜の腕から降り、近くの椅子まで行き、座る。


「可愛い・・・。」

綾菜はミルフィーユの動きを見ながら呟く。

クルーガーも呑気な綾菜に顔が少し緩むが、すぐに表情を戻した。


「やはり今日、討って出るかもな・・・。」とクルーガー。


「砦内の騎士全員で総力戦をするの?」と綾菜が聞く。


「ああ。恐らく今が一番体調も良いだろう。空腹で寝不足な状態でやっても成果は出ない。

昨日の食事で腹も満たされているし、昨晩は良く寝れた。戦闘日和だ。」


「そう・・・。」

綾菜がクルーガーの発言に少しうつむく。

そんな綾菜の顔をクルーガーは黙って見つめる。


「お前らは俺たちが討って出てる隙に逃げろ。ちびもいるし、ここで死なすわけにいかん。」

クルーガーが視線を戻し綾菜に言う。


「ありがたい申し出だけど、戦うわ。私もジールド・ルーンの税金で食べてるの。

国を守る為に戦う義務があるわ。」

綾菜はそうクルーガーに答える。


「お前は戦う為の人間じゃないだろ!?」

クルーガーが綾菜に怒鳴りつけたその時であった。

ジールド・ルーン近くの山道付近のテントが突然燃え始めた。


「え・・・。」

綾菜とクルーガー、そして見張り役の騎士たちが一斉に燃え盛るテントの方に注目した。

こんな大雨の日にあり得ないほどの大火事である。


「これは、わざとやったな・・・。」とクルーガー。


「援軍?」綾菜はクルーガーに聞く。


「いや、援軍ならば、ジールド・ルーンの山道へ続く大橋を渡る人影が見えるはずだがなかった。」

クルーガーは答える。


「スールム兵が自ら火をつけていました。」

2人の会話を聞いていた物見役が答える。


「内部で仲間割れか?」

クルーガーが物見役に聞く。


「そこまでは分かりません。しかし、今日は何やら敵の動きが変です。」


「何が起こってるんだ・・・。」


その大火事は30分ほどで自然に消える。

すると今度は山道付近にいたスールム兵と、砦方面にいたスールム兵で戦闘が始まる。


「完全に反乱だな。」

その戦闘の風景を見ながらクルーガーが呟く。


「昨日の今日で・・・誰かが裏で動いてるね。」綾菜が言う。


「そうだな。誰かが、俺たちを救おうとしているのかも知れない。」クルーガーが綾菜に答える。


ドーン!!


その直後、今度は大きな音と共に落雷がスールム兵を襲った。

音が地面に響き渡るほどの大きな音。


そして、少し間を置いて、アレスとヨシュアが物見台に走って来た。

「何があった!?」

アレスはすぐに目に入ったクルーガーに近づき、聞く。

クルーガーはあった事を話す。


クルーガーの説明が終わるころにシリアとシノも物見台に到着した。

「絶対に何かがある。スールム兵と戦闘をしているスールム以外の人間を探せ!!」

アレスは物見役に指示をだす。


「シン団長か?もし団長ならば、8000人の敵でも向かって行かないか?」

険しい顔のアレスにクルーガーが言う。


「分からん。しかし、父上がプラムを送ったり、奇襲をかけるとは思えない。父上なら白昼堂々と来そうだが・・・。」

アレスの返事にクルーガーが大笑いをする。


「確かにそうだ!お前の親父さんならそうする。同じ理由でダレオス陛下やラッカス司祭、クレイン導師の可能性もないな・・・。」

クルーガーがアレスに返す。


「もし五英雄の誰かなら、こういう戦い方をするのは、エアル団長だろうな・・・。」

少しの沈黙の後、アレスが言葉を出す。

クルーガーもアレスの言葉に黙ってうなづく。


「いました!!全く我々たちとは違う衣服をまとった・・・和装の剣士です!!」

物見役が双眼鏡で一点を見つめ、報告を入れる。


和装・・・。


その言葉に綾菜がドキッとする。


「和装だと?フォーランドでカルマを倒したやつか?」

ヨシュアが物見役に聞く。


「分かりません。しかし、変わった戦い方です。自分から攻めに行かず、来た敵を全員一太刀でしとめています。」


居合・・・。


物見役の言葉に綾菜が頭の中で呟く。


「もしかして、綾菜の・・・。」

シリアが綾菜の心の中の言葉を口にする。


綾菜の中であり得ない事である。

優人はまだ30代。まだまだ生きる歳なのだ。

死んで天上界に来るには早すぎる。

今頃優人は地上界で誰かと結婚して、幸せになっているはずなのだ。


「綾菜の彼氏はおとぎ話の白馬の王子様ってか?女は呑気で良いな。」

シリアの言葉をヨシュアが馬鹿にする。

それにはさすがの綾菜も腹を立てる。


綾菜は物見役の所に行き、双眼鏡を貸してもらい、和装の剣士のいる所を見る。

少し見渡して、すぐに綾菜の視点は一か所に止まる。


居合袴の左肩についている可愛らしい竜のアップリケ・・・。

昔、抜刀をミスし自分の袴を斬った優人に、綾菜が縫い直し、遊びで付けたモノである。


「夢想神伝流、初伝、一の型。そこから初伝、八の技の突きにつなげてる。」

「次は・・・あれは奥伝じゃん。宇野さんの得意技を見よう見まねでやってる。」

「あれは中伝の二の技だ・・・。」

綾菜は優人の技は全て知っている。

毎週日曜は優人の稽古に付き合っていた。

館長と一緒にお茶を飲みながら優人の技の癖や得意技や苦手な技について聞いていた。

突き技は優人はもともと苦手だった。

切っ先を上手く合わせることが出来ず、その癖下半身が強すぎる優人。

「それだと、刀が折れると何度言えば分かるんだ!!」と館長に良く怒鳴られていた。


「突き・・・上手くなったんだね・・・。」


『俺にとっては空気を吸うくらい当たり前で、むしろ止めろと言う方が難しい事だけど、こういう時、誰もが言うから一応誓う。

俺は一生綾菜を一番に愛し続ける。』

不意に優人のプロポーズの一部を思い出す。

まさあこの言葉を実践するなんて思ってもいなかった。

無茶をする所も変わって無い。


「ゆう君・・・比喩って言葉を知らないのかな・・・。

本当に・・・馬鹿だね。」



「綾菜?どうした?お前の白馬の王子様なのか?」

さっきからぶつぶつと誰も分からないような事を言い続ける綾菜にヨシュアが聞く。

ヨシュアの言葉に綾菜は我に返る。


「ヨシュア君。おとぎ話の白馬に乗った王子様ならどんなに良い事だっただろうね。」

双眼鏡を下し、下を向きながら綾菜はヨシュアに答える。


「違うのか?」

綾菜の反応にヨシュアが少しにやける。


「白馬に乗った王子様なら、8000人の大軍に8万人の兵を連れて、あっと言う間に敵を殲滅してくれるのかな・・・。

砦の門を開けて、出合頭に花束でも送ってくれたら素敵なんだけどね・・・。」

綾菜はゆっくりと話を始める。


「でも私はおとぎ話の王子様なら丁重にお断りしてたかも。」

そういってヨシュアの方に顔を向ける。


「私が大好きなのは、弱くても無理して背伸びする人。

馬に乗れず、必死に走って、泥まみれになって汗だくで、それでも頑張っている人。

馬鹿で、夢見て、無茶ばっかして、そしてスケベで・・・でも一番に私を思ってくれる人だから。」

そこまで言うと綾菜は和装の男のいる方向にまっすぐ指を向ける。


「あそこにいるのは、王子様じゃない。私の彼氏です。」



「まま・・・泣いているんですか?」

綾菜を遠くで見ていたミルフィーユがシリアに駆け寄り質問する。


「うん。泣いてるね。でも、あれは嬉しい時に流す涙だから心配しないで大丈夫だよ。」

シリアがミルフィーユに優しく答える。


「嬉しいのに泣くんです?」

ミルフィーユはいまいち腑に落ちない顔をする。


「犬で言う、ウレションみたいなものです。」とシノ。


「それは酷すぎる例えだね。」シリアがシノをたしなめる。



「アレス君。あそこにいる、ダメな彼氏を助けに行きたいんだけど・・・。」

綾菜はアレスに話を振る。


「分かっている。状況は理解した。しかし、いくつか質問に答えてくれ。」


「うん?」

アレスの言葉に綾菜が耳を傾ける。


「綾菜の彼氏・・・名前は?」


「水口優人。」


「さきほど、馬鹿と呟いていたが、優人はどういう人間だ?」


「どうして、そんな事を?」

アレスの質問に綾菜は少しイラつく。

早く優人の元に行きたいのだ。


「俺は今日、全軍を出すつもりでいる。もし、優人が何かしら狙いを持って行動しているなら、協力をしたいんだ。」

アレスの考えに綾菜は少し冷静になった。


「なぁくんは、性格は馬鹿ですけど、軍略とかには精通しています。

地上界の戦国武将が行った戦略とか良く読んでいましたから・・・。」

綾菜はアレスの質問に答える。


「だろうな。雨の早朝の奇襲はセオリーだが、プラムの送り込みは発想なかった。

恐らく、俺たちの空腹を癒し、戦闘に参加させようと言う企みはあるだろう。

そして、敵の混乱を促し、仲間割れを誘発させたのも優人の仕業だと考える。

物見役の報告だと、優人個人の戦闘能力も高いと見る。

しかし、単身突撃をするか?仲間はいないと思うか?」

優人は綾菜を質問攻めにする。


「そんなの分からないよ。」

綾菜はアレスに答える。


「その質問の答えは西の森にあるな。スールム兵がばたばた倒れ始めている。

姿が見えないから、森から弓でも使っているのかもな・・・規模からして数人の援軍だ。」

クルーガーがアレスと綾菜の間に割って入る。


「西?どうやって西の森に軍が渡った?西の森の奥には急流の川がある。

大人でも危険すぎて渡れないぞ?しかもこんな大雨の日に・・・。」

アレスがクルーガーについ詰める。


「分からない事だらけなんだよ。

その優人と言うやつが何をして俺たちにプラムを送り付けたか。

どうやってスールムを混乱させて内乱まで発展させたか。

どうやって西の森に数人の軍が集まったか。

もっと言えばその援軍は何者なのか。

ここで話し合ってても何もわからない。

ただ、優人と綾菜を会せることで奇跡が起きる予感がしている。

優人が討ち取られる前に進軍させるべきだ。

和装の袴って事は防御力は低く、敵の攻撃を回避しながら戦っているのだろう?急ぐべきだ。」

クルーガーがアレスをたしなめる。


アレスは少し黙るが、すぐに決断をした。

「全軍出撃する!!戦闘は2手に分かれる。

本体750人で敵陣の本陣を攻める。残り50人は隠密に行動し、西の森の援軍と合流の後、優人を目指す。

隠密舞台には綾菜、シリア、シノ、ミルフィーユ、クルーガーとヨシュアが絶対条件で入れ。

俺が本体を指揮する。出陣は5時。全員取り急ぎ戦闘の準備に掛かれ。

そう砦内の騎士全員に伝令回ってくれ。」

言うとアレスは戦闘の準備をしようと自分の部屋へ歩き出した。


昨日降り出した雨はしきりに降り続けている。

山の天気は変わりやすいと聞くがこの雨は未だ止む気配を感じさせない。

全面戦争まで残り40分を切っていた・・・。




一方スールム国本陣


「伝令です!ジールド・ルーン側兵士の反乱は収まりました。

被害は、反乱軍300名以上抹殺。そして、暗殺による死者100余名。

反乱阻止でわが軍の被害も300人程度。合計800名ほどの戦死者が出ました。」


「800名か・・・でかいな・・・。」

報告を受け、ソイルは頭を抱える。


「で?カルマの報告と異なるシンの噂はどうなった?」

ガーランドがカルマを挑発するように伝令兵に聞く。


「はっ!未だシンの姿は発見されていません。

しかし、先ほど一人、和装の剣士が突如現れ、今現在、民兵と交戦中であります。」


「和装?」

伝令兵の報告にカルマが食いつく。


「はい。水口優人と名乗っていたとの事です。」


「優人・・・。」

カルマはその名を知っていた。

フォーランドの王宮で自分を打ち取った和装の男がそう呼ばれていたのである。


「陛下。その優人と言う男の一件、私めにお預けいただけませんか?」

カルマは立ち上がり、ソイルに言う。


「どうした?カルマ?」

ソイルはカルマをいぶかしげに見返す。


「先日お約束しました、フォーランドのゾンビ部隊2000人のお約束。それを阻止したのがその優人でございます。」


「ふむ・・・なるほど。分かった。任せよう。兵は何人必要だ?」


「民兵を100人ほど・・・。」

カルマはソイルに答える。


「民兵100人?それで優人を仕留められるのか?」


「はい。優人は素早さのある敵でございます。それを止めればなんでもありません。」


「100人で優人の動きを封じるのか?分かった。任せる。」


「感謝いたします。」

言うとカルマは本陣を後にした。




優人と綾菜の距離・・・4キロ

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