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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第三章~失望と幻滅の先にあるもの~
17/59

第十六話~崖の涙~

馬は順調に進み、当初の予定通り3日ほどで砦付近の村に着いた。

優人たちは村で馬を返し、村の市場を探索していた。

そこでふと、老婆に目をやる。


プラムの販売をしている老婆だ。

「おばちゃん、こんにちは。」

優人は老婆に声を掛ける。

老婆も人懐っこそうな笑顔を優人に返してくれる。


「そのプラム。1個いくらかな?」と優人。


「ああ、1個百ダームですよ。」と老婆。


「じゃあそいつを800個貰える?」と優人。


「ええ?そんなに?ありますけど、何に使うんですか?」と老婆。


「使う理由は一般の方には言えません。ごめんなさい。」

優人は丁寧に謝る。


「私は一般の方じゃないよ。息子のクルーガーはあの砦にいるんだから・・・。」

老婆は寂しそうにうつむく。


「息子があの砦に?そいつは心配ですね?」優人は老婆の話に合わせる。


「こないだ、私を助けてくれた娘さんもあの砦に行ったんだよ・・・無事だと良いんだが・・・。」


「娘?」

優人は老婆に聞き返す。

プラム売りの老婆に絡む娘と言えば嫌でも綾菜が思い当たる。

良く駅前の行商の老婆に声を掛け、プラムを買って電車で食べていたのだ。

普通の女の子はお菓子等を食べるのは良く見るが、電車内で果物を食べる女の子は綾菜意外知らない。

電車の中で果物を食べるのはおばちゃんのする事だと優人は良く綾菜をからかった記憶がある位である。


「ああ。綾菜ちゃんって言う可愛らしい女の子だよ。気の荒い冒険者達をぶっ飛ばしてくれてね・・・。」

老婆は優人の表情に気付かず話をする。


「そうか・・・その息子も、綾菜も俺が助けてやるから。安心してな。」

優人は老婆の目を見て力強く言う。


「え?もしかして・・・砦に行く・・・んですか?」

老婆は優人の目をじっと見つめ返してくる。

その老婆に優人は深くうなづいて見せた。


「ありがとうございます!!じゃあプラムは全てお渡ししますから・・・どうか・・・息子を・・・。」

老婆は優人に土下座を始める。


「いやいや!そういうのはやめてくれ!!」

優人は急に土下座をされ、少し困ったように老婆の体を起こそうと手をやる。

そして起き上がった老婆の耳に口を近づける。


「それに、どうせ国の金だから気にしないで下さい。後・・・ミルクティーとかあると嬉しいので用意して待っててください。」

ボソッと優人は老婆にささやくと老婆も黙って笑って見せる。


「よしっ!」

優人は老婆の笑顔を確認すると立ち上がった。


「優人さん。プラムなんて籠城に役立つの?」

絵里が優人に不審そうに尋ねて来た。


「プラムは疲労回復、便秘、貧血に解熱作用があるんだよ。美容にも効果的だけどな。

籠城で疲弊している人間にはありがたい食材だよ。」

優人は絵里に自慢げに答える。

もっともこの知識は綾菜の受け売りだが・・・。


優人たちは老婆からプラムを買い、それを運ぶ台車を借りてガルーダ山賊団のアジトのある山へと登り始めた。

ガルーダのアジトまでの道のりは比較的穏やかであった。

道順としてはほとんど砦までの道と同じだが、途中にある大きな橋を渡らず、まっすぐ山道を進むと到着する。

橋を渡り、少し森道を歩くと大きく開かれた草原に出るらしい。

もっとも今現在その草原は籠城攻めのスールム兵のテントで埋め尽くされているようであるが・・・。

優人たちは橋を渡らず、森道をひたすら進む。

時々、砦方面に流れの強い川が見える。

この流れの速さは確かに大人でも流される程の急流だった。


橋の分岐点から歩いて2時間ほどした所で、優人達は山賊団の襲撃にあった。

どこからともなく弓矢が飛んできたのだ。


「きゃあ!」

絵里が悲鳴を上げて伏せる。


優人とエナは剣を抜き、身構える。

クレインは絵里の傍まで走り、風水魔法で弓矢を等の投擲武器を弾く魔法を唱えた。


「優人さん!ガルーダ山賊団です!!」

クレインが大声で優人に言う。


「分かってる!」

優人は焦っていた。山賊の姿が目視できないのだ。

上手く木の陰に身をひそめながら死角から弓をいって来ているのだ。

優人はそれをかわし、または剣で弾きながら山賊の姿を探す。

しかし、攻撃をしたらすぐに隠れてしまうので目視に至らない。


「くそ・・・。」

弓を弾きながら優人はいらつく。


山賊ガルーダ・・・。

元ジールド・ルーン上級騎士で戦略の長けたエアルの1番の部下だった男・・・。

さすがに戦術の組み立てが上手い。


「優人さん。話すら出来ませんね・・・。」

エナが優人にぼそっと呟く。


「こいつらを一人でも殺したら予定が狂うしな・・・。」

優人はエナに答えるとクレインの所まで走って行く。


「クレイン導師。山賊たちの視界を奪う魔法はありますか?」


「濃い靄を出す事は出来ますが。」優人の問いにクレインはすぐに答える。


「それでお願いします。戦闘はしません。アジトまで駆けて行きましょう。」

優人は作戦をクレインに告げる。


「プラムはどうするの?」絵里が優人にプラムの心配をする。


「今はここに置いて行けば良い。話が済んでから取りに来る!」


「では靄を出します。」

クレインが言うと、クレインの体中から湯気のようなものがもやもやと出始める。

その湯気は優人たちを覆い、わずか1メートル先すら見えない状況になった。


「行くぞ!絵里、手をつなげ!!」


「分かった。」

絵里が優人の手をつなぐと、みんなで一斉に走り出す。


「エナ、クレイン導師!いるか?」

優人は時折声を出し、手を握れない2人の確認をする。


「ここに。」

「はい。」

2人は優人の声にすぐに反応する。



少し走ると、弓兵から逃げきれた。

そして急な勾配の丘を登ると、大きな洞窟が見えて来た。


「ここがガルーダ山賊のアジトか?」

優人が口を開く。


「ええ。恐らく。」

クレインが優人に答えた。その瞬間だ。


カキィン!!


優人は後ろからの不意打ちに気付き、とっさに刀を抜き振り向いて攻撃を弾く。

不意打ちをしてきたのは物凄く長い槍を持った男であった。

無精ひげを生やし、長く縮れた黒髪は後ろで汚く縛っている。

目は険しく優人を睨みつけている。

本来であればそのまま槍の付け根まで刀を滑らせて切りかかりたいが、長い槍なのでそれが出来ない。


「お前は何者だ?」

優人は相手をじっと睨み返しながら聞く。


「優人さん!そいつが、ガルーダです!!」

クレインが優人に言う。


そのガルーダと呼ばれた男はクレインに目をやる。

「ん・・・。」

クレインを認識したと同時にガルーダの槍の力が落ちた。

優人は槍を弾くと距離を置く。

ガルーダは追撃の姿勢を見せることなく、その視線をクレインに送り続けている。


「クレイン導師・・・何用ですか?この状況にも関わらず、山賊狩りですか?これだからジールド・ルーンは・・・。」

ガルーダは低い声をクレインに向けて放つ。


「いいえ。力を貸していただきたく・・・。」

クレインがガルーダに答える。


「俺が国に力を貸す?あり得るとお思いですか?」

ガルーダがクレインに鼻で笑って見せる。


「ここからは砦が良く見えますね?なるほど、後ろに高くそびえたつ崖からの攻撃は不可能。

正面に集中すれば守り切れる砦ですね。不落の砦とでも言えそうだ。

しかし、ここからの砲撃は一方的かつ、いきなり砦内に打ちこめる。最大の弱点ですね?」

優人がガルーダに話しかける。

ガルーダの視線は優人に移る。


「何者だ貴様?何が言いたい?」


「なぜここに陣取っている?」

優人はじっとガルーダを睨み返す。

少しお互い黙り、にらみ合う。


「ここで国の首をいつでも狩れるようにしているだけだ。」

ガルーダは少しの沈黙の後、答える。


「なら何故しない?今、自分で言ったよな?『この状況にも関わらず』って。

ジールド・ルーンが今どんな状況か分かっているなら、今がチャンスじゃないのか?」

優人の言葉にガルーダがまた黙る。


「・・・分かったよ。ここを守っている。」

ガルーダが根負けして優人に本当の事を言う。

その発言にクレインの顔がこわばる。


「あなたは・・・騎士の座を降りてまで・・・これまでずっとこの国の為に・・・?」


「導師。俺はエアル団長の処刑後、あなた方に言ったはずです。俺は国民を守る騎士であり続けると。

騎士も国民である以上、団長の命を奪ったあなた方を許さないと。」

ガルーダはクレインに言う。

ガルーダの言葉にクレインの言葉が詰まる。

そのクレインを見て、ガルーダは話を進める。


「何故団長を処刑した!?」ガルーダがクレインに食って掛かる。


「エアルは聖山フラゼンガードを上ったからだと触れを出したはずです!」クレインがいつになく興奮気味に答える。


「俺を相手に嘘が通じるとおもっているのか!!

聖山フラゼンガードにはダレオス陛下、ラッカス司祭、シン団長・・・それにあなたも登ったはずだ!

なぜあなた方は不問で団長だけ処刑される必要があった!!

納得のいく答えを言ってみろ!あなた方は何を隠している!!」


クレインは少しガルーダを睨み続けたが、その後、深いため息を付いた。

「エナさん・・・、少し席を外していただけますか・・・?」


「お断りします。父の話ならば、私も聞きます。

小さい頃から何度も母に聞き、国を守るために禁忌である聖山フラゼンガードを登った為に処刑されたと言われて気になっていたんです。

ダレオス陛下もシン団長も・・・父の友達はみんな自己防衛で嘘を付くような人にも見えませんから、あなた方が何故こんな嘘を付き続けているのか・・・。

教えてください!!」

エナも一切引きそうもない。目に覚悟の色がうかがえる。


「潮時だな・・・。クレイン魔術師。

初対面の俺にすら違和感を感じさせるような嘘を今まで通り付き通せるわけがありませんよ。」

優人に言われたクレインは手を握りしめ、目を閉じて思い悩むが、少しして諦め、話始めた。


「エアルは・・・魔剣ミステルティンに手を出してしまったんです。」


ミスティルティン・・・。

確かシンとあった時にシンが口にしていた名前だ・・・。


優人はそのミスティルティンがなんなのか分からず、シンの話を聞き流したが名前だけは憶えていた。

「ミスティルティンとはなんですか?どんな魔剣なのですか?」


「ミスティルティンは宿り木といいまして・・・。

人に寄生する植物です。

人の血を吸い、成長し人の体で生きていきます。」


人の血を吸う・・・。

戦争であれば敵兵から血を吸えば良いが、戦争が終わったらどうなるんだろう・・・?


優人はその説明だけで事の顛末を想像した。


「エアル団長が例え国民の命を奪ったとしても、団長が救った命の数と比べれば大した問題ではないはずだ!」

最初の説明で優人と同じように事の顛末を想像したガルーダがクレインに怒鳴る。


「ガルーダ!そういう問題ではないのです。確かにエアルは沢山の命を救った英雄です。

私達もエアルのおかげで死なずにいるのも事実です。

しかし、だからと言って騎士が国民の命を奪って良いものではありません!!」

クレインはガルーダに言い返す。


「何故だ?エアル団長は国の為にミスティルティンをその身に宿し、そのおかげで国は救われたのだろ!?

その恩恵を無視し、用が無くなれば抹殺したのはお前らだって事だろ!?

それ以外、何が問題だと言うのだ!?お前ら国は少しでも国に都合が悪くなれば抹殺するんだろ?」


「少し待って下さい。父が・・・国民殺し?えっ?どういう事ですか?」

怒鳴り合う2人の間に割って入ったのはエナである。

そのエナの存在に気付き、ガルーダとクレインは対局的な顔をした。

クレインは観念した顔。ガルーダはエナに残るエアルの面影に驚いた顔であった。


「ま・・・まさか・・・エアル団長の娘か?」

ガルーダが震える声でエナに話しかける。


「はい。私の父は五英雄の1人。ジールド・ルーン上級騎士団長だったエアル・レンスターです。

父はドラグシャーダの竜騎士討伐の為に聖山フラゼンガードに入った事を罰せられたのではないのですか?

本当は何があったのですか!?」

今度はエナが声を荒げる。


クレインは下を向き、俯く。

今までエナを、国を騙して来ていたのだろう。


ガルーダはエナのまっすぐな瞳を見つめ、そして語り始めた。

「あなたの父親は、国を救う為、血を吸う魔剣、ミスティルティンを身に宿しました。

戦争が終われば、己の血を吸われ、死に至るだろうことも覚悟の上で。

しかし、戦争が終わり、平和になった後、エナ・・・あなたが生まれ、生きたいと望んでしまったんだと思います。

その為、国民を手に掛け、己の命を繋ぎました。

それに気づいたシン達が、団長を・・・。」

そこまで言うと、ガルーダもうつむく。

少し、沈黙が続く・・・。


「ガルーダさん・・・それが本当ならシンさん達は悪くありません。」

その沈黙を破ったのはエナであった。

その場の人間が一斉にエナに目をやる。


「父は、守るべき国民の命を奪った悪人です。英雄と呼ばれることすらもおこがましい・・・。

そう思ったからこそ、シンさん達は別の罪状を理由にして父を英雄として処刑したのですね?」

エナの口調はいつになく冷たく、父を毛嫌いしたのが伝わる。


「騎士が、国民を殺すなんて・・・。

私は正しい事をしたシンさん達を、国を恨んで生きてきてしまいました。

なんで本当の事を言ってくれなかったんですか!?

ずっと父を信じ、シンさん達を恨んで来てしまったじゃないですか!?」

エナはクレインに文句を言い出す。

クレインは悲しそうな目をエナに送っている。


「シン達の気持ちも、エアル団長の気持ちも分からないガキだからじゃないのか?」

話に割って入ったのは優人。

エナの憎しみにも近いまなざしが優人に送られる。


「守るべき国民殺しをした父の気持ちなんて分かりたくもありません!!」

エナは優人に怒鳴る。


「分かりたくても分からねぇだろうよ!所詮人殺しの娘だからな!!」

優人の言葉にエナの血の気が引く。

ショックを受けているエナに優人は刀を抜いて、言葉を続ける。

「人殺しの娘が・・・俺が引導を下してやるよ。剣を抜け。」


「ちょっ!優人さん!!」

絵里がさすがに優人を止めようとするが、それをなぜかガルーダが止めた。



優人に促され、エナは剣を抜き、青眼に構える。

優人も青眼に構える。

少し、沈黙の後、優人が攻撃を仕掛ける。


キン


優人の右横からの攻撃をエナは受け流し、上段に構え直してまっすぐに斬りおとす。

優人はそれを後ろに飛んで回避をする。


やっぱりか・・・


優人はエナの攻撃をかわし、少しがっかりする。

その後、優人は攻撃を止め、エナの攻撃をかわし続けていた。


「あの優人さんが、防戦一方なんて・・・。」

絵里が攻撃をしない優人を見て声をあげる。


「エナさんは幼少の頃より騎士になる為に剣の稽古をしてきています。剣の腕はかなりのものですよ。

魔術師のこの私でもあの綺麗な剣裁きは分かります。」とクレインが絵里の言葉に反応する。

そのやり取りをガルーダは黙って聞いている。


シュッ!

バシュッ!!

シュッ!


エナはひたすら剣を振るう。

優人は全ての攻撃を上手くかわし続けている。

10分ほどエナの一方的な攻撃が続いた。


「この勝負はいつ終わるつもりなのだろうな・・・。」

ガルーダが呟く。


「どうしてですか?」

絵里がガルーダに聞く。


「エナお嬢様の攻撃はあいつに当たらない。恐らく一生な。

そして、あいつも攻撃をする気がないからだ。」

ガルーダが絵里に説明をする。


「エナさんの攻撃が凄くて優人さんは反撃が出来ないわけじゃないんですか?」

クレインはガルーダに質問をする。


「お嬢様の攻撃は基本に忠実過ぎるんです。下手したらミリ単位のズレもなく的確に攻撃をしている。

逆に多少打ちづらい角度からの攻撃は一切していない。出来ないのだろう。

基本が出来る以上、稽古場で型通りの動きをする人間には強いだろう。しかしそこまでなんですよ。

基礎ならあの男の方が圧倒的に上。しかもあの男は読みが得意な剣士だな。

お嬢様にとって最も相性が悪いタイプの剣士です。」


「え?」

ガルーダの意外な解説に絵里が聞きなおす。


「例えば、上段に構えると攻撃のパターンは斬り降ろししかない。

そこから攻撃の角度を変えれば横からの優人払いや袈裟もあるが、お嬢様はその切り替えが出来ないんだ。

あの男は最初の初太刀でそれに気づいている。

お嬢様の攻撃は攻撃する前から読まれているんだ。攻撃の速度は関係なく、あいつには当たらない。」


「なら何故優人さんは攻撃をしないんですかね?」

クレインがガルーダに聞く。


「それが分からないからいつ終わるか分からない。」

ガルーダがクレインに答える。


優人はただ、ただ、エナの攻撃をかわし続けていた。

エナが肩で息をし始める。

かなり疲弊しているのであろう。

優人はまだ余裕でエナを見ている。

攻撃はかわされると疲れが増すのだ。


「くそ!!」

エナが投げやりに近い一撃を振るう。


バシュ!


優人はその攻撃をかわさず、左手で受け止めた。

剣の攻撃である。

優人の左腕から血が出る。


「あ・・・ごめ・・・!」

優人の血を見て、我に返ったエナは剣を捨て、優人の手を癒そうと左手を握ろうと懐に潜り込む。

優人は刀を地面に挿し、少し体を移動させ、左手を握るエナの頭に右手を添える。


「優しいじゃんか。」

優人の左手に神聖魔法を使うエナに優人はそっと呟く。

エナは黙って優人の手の回復を始める。


「国民を守る父親も優しかったんだろうな。」

優人は話を続ける。


「少し黙って下さい!気が紛れます!」

エナは自分で優人を傷つけた事に動揺し、焦っているのか、上手く神聖魔法が発動できずにいた。


「父親もこうやって手を差し伸ばしたかったんじゃないか?

その気持ちを押さえ、守りたい国民にとどめを刺したんだろう・・・。

辛かっただろうに・・・エナに出来るか?

愛娘の成長を見たいという親の愛情がそこまでさせたんだな。」

エナは黙って優人の手の回復を続ける。


「なぜ、父親の処刑に対して本当の事を隠蔽したか・・・。

シン達はエアルが好きだったんだろうな。エアルを英雄のままにしたかったんだろう。

そして、遺族の住む国内でお前たち家族が引け目を持たずに生活できるように考えたんじゃないのか?

自分たちが理不尽に恨まれる事を覚悟して・・・エアルの家族もエアル同様にシン達に愛されていたんだな・・・。」

優人の傷は血が止まり始めていた。

エナは耐えきれず、優人の胸に顔をうずめ、肩を震わせ始める。


「人殺しも、嘘も全部悪い事かも知れない。けど、愛を受けたものがその愛を恨むのはもっと残酷だと思う。

エナはみんなに愛されている事を寧ろ感謝し、幸せになってやる必要があると思うぞ。」

優人はエナの頭を優しく撫でる。

エナは必死に声を殺しながら泣き続けていた。


法治国家ジールド・ルーン。

法で厳しく国民を縛り、息苦しいイメージがあった国である。

しかし、実際は一人一人が優しく、お互いを守りあった結果起こった、すれ違いにより不幸を起こした悲しい国であった。

空はエナの心を映し出すかのように曇っていた。

ポツリ、ポツリと空から涙のしずくがこぼれ始める。

そして、そのしずくはどんどん勢いを増していく。

雨がこの悲しみを洗い流してくれる事を祈りながら優人は空を見上げた。



一度降り出した雨は留まる事を知らず、段々と強く降る。

その雨を憂鬱そうに見る一行の中、その雨に感謝する優人の姿があった。

エナは落ち着きを取り戻し、ガルーダのアジトの洞窟内で温かいお茶を飲んでいた。

周りにはガルーダの部下たちもいる。

ガルーダ山賊団は総勢で100名はいるようである。

しかもその大半は英雄エアルの処刑に怒りを持った元上級騎士たちである言う。

これはかなり頼もしい援軍だとクレイン、エナは胸を撫で下ろしていた。

今回のエナの暴走とそれに対する優人の対処を見たガルーダは『エアル団長の気落ちを組んでくれた優人に感謝する』と言い、今回の作戦に協力をしてくれることにしてくれたのである。

この洞窟からも砦の中は丸見えだ。

ここから大砲をぶっぱなす事も可能であると優人は判断した。


「なぁ、ガルーダ。ここから砦内に大砲を打ち込めるかな?」

優人はガルーダの肯定の言葉を直接聞きたく、分かり切った質問をガルーダに投げかけた。


「ああ・・・できるが・・・砦に大砲を打ちこむと言うのはどういう事だ?」

ガルーダはいぶかしげに優人に答える。


「大砲の中身を鉄玉や炸裂弾にしないで、このプラムにしてもらいたいんだよ。」

優人は答えた。


「プラム?」

ガルーダは優人の指さした果物を見る。

そして理解したように答える。

「ああ・・・なるほど。食物支援か。面白い事を考えるな。」

ガルーダは優人の考えを一発で理解し、賛同してくれた。


「しかし、大砲の音でこの場所がスールムにばれませんか?」

クレインが優人の策に異を唱える。


「その心配は少ない。雨音が強い。大砲の音がしても気にはしないだろう。

それにこの雨だ。ほとんどがテントの中に避難してるよ。」

優人はクレインに説明をする。


「なるほど・・・それで優人さんは雨を見て嬉しそうだったんですね?」


「ああ・・・それだけではないけど・・・。」

優人は意味深な返答をクレインに返すとプラムを布で一まとめにし、硬めの木枠に入れて釘を打ち込み始める。

それにガルーダや山賊たちも続く。

プラムの準備はすぐに整うとすぐ砦に向けて対応を撃ち始める。


ドーン!


山賊の砲撃担当がプラム砲を砦に打ち込む。

プラム砲は簡単に砦の中に打ち込まれる。

その後、山賊が双眼鏡で砦の中を監視し始める。


「けが人は無い模様。プラムに人だかりが出来てます。」


「おう。」ガルーダは報告に返事をする。


「おお?女と・・・子どももいるぞ!!」と監視係が言う。


「何?」その報告にいち早く反応したのは優人。

「双眼鏡を貸してくれ。」


優人は山賊から双眼鏡を借りると、砦内を慌てながらのぞき込んだ。


「綾菜だ・・・。」

プラムの周りに出来た人だかりの中に場違いな女性が2人、子どもが2人いた。

1人は司祭の格好をしている。

もう1人は・・・見間違う訳が無い、懐かしい顔である。

天上界に来てまだ2か月と少しだろうか?

色々起こり過ぎてかなり長い事いたような気がするが・・・。

こんなに早く綾菜に会えるとは思いもしなかった。

綾菜はプラムを手に取り、警戒している他の騎士たちを横目にさっさとかぶりついてほほ笑んで見せていた。

その後、もう一つを取り、子どもにプラムを渡す。

次に騎士に投げていた。


「馬鹿野郎・・・。」

優人は双眼鏡ごしに見る綾菜に優しい声で話しかける。

空腹で辛いはずなのに綾菜は笑っておちゃらけているのだ。

地上界にいるときの綾菜もそうであった。

自分がどんなに辛くても、元気そうに振舞い、周りに心配をかけまいとする。

「湿っぽいのは苦手だ」と明るい雰囲気を作る事にばかり専念する。


10年前に死別した婚約した彼氏を待っている。


優人はふいにメイドの言葉を思い出す。

「待ってるなら、安全な場所でいい子にしてろよ・・・馬鹿あや・・・。」

優人は双眼鏡から目を離し、俯いて呟いた。


「今助けてやるから・・・あと少し、待ってろよ。」

優人の手に力が入るのを優人は自分で認識していた。

そして、ガルーダ達に振り向き、言葉を放つ。


「これから戦闘準備に掛かる。もう一度、改めて俺の口からお願いしたい。

みんな・・・力を貸してくれ!!!」


優人の言葉にその場にいた全員が一斉に歓声をあげる。

ガルーダ山賊は元をただせばジールド・ルーンの国を、国民を愛する騎士たちである。

エアルの処刑で国に反抗心を抱きつつも、国を思う気持ちに偽りは無い。

みな、戦うきっかけを待っていたのだ。

みな、国を守りたかったのである。

ガルーダも、山賊も、エナすらももはや迷いは無い。

後は砦を救出するだけなのである。


「ところで優人よ。どう攻める?

敵は8000。こちらは砦に800人。ここに100人で900人しかいない。」

ガルーダは優人に一番の課題をぶつけて来た。


「それに対しての作戦を話す。聞いてくれ。

まず、絵里、クレイン、エナを含む全員でこの丘の上にある湖にダムを作ってくれ。」


「ダム?この雨の中に??それは大変だし、危険じゃないの?」

絵里が優人にクレームを言う。


「風水魔法の物理操作で水の流れを止めて、その隙に木を組めば出来ないか?」

と優人。


「無理言わないでよ。湖の河口にある水をせき止めるなんてかなりの力だよ?

私の力で出来ないわよ。」

と絵里。


「私が協力します。湖の河口の水くらいなら出来ますよ。」

とクレインが割って入った。

絵里がびっくりした顔でクレインを見る。

その表情にクレインが少し寂しそうな顔をする。

「私・・・一応五英雄の一人で、風水魔法だけで大国の宮廷魔術師やってるんですけど・・・。」


そんなクレインのつぶやきにガルーダは鼻で笑い、優人に話を振る。

「ダムを作ってどうする?」


「ダムを作れば、その下を流れる川の流れは緩くなる。そこを渡り、ガルーダ山賊団は奇襲を仕掛けて欲しい。

スールムは川の流れを知っているかどうか分からないが、砦後ろの大橋以外からの襲撃は予想すらしてないだろ?」と優人。


「なるほど。砦に行くにはスールムの国境側の大橋を渡るか、山道からの大橋を渡るかしか普通は考えない。

しかし、それで8000人を斬り殺せるか?」とガルーダ。


「いや。今回の作戦は救出だ。斬り殺しはしない。

俺が早朝に大橋から渡り、暗殺と情報操作で混乱をさせる。

その混乱に乗じてガルーダ山賊団は川を渡り、騎士たちを川から撤退させてくれ。

そして、騎士たちが川を渡り切ったらダムを破壊。

途中まで川を渡っているスールム兵を一気に川の流れに巻き込んで殲滅させる。」


「なるほど・・・なるほど・・・。

しかし、この雨だ。湖の水は溢れてこの丘全体が水びだしに・・・。

殲滅?斬り殺さない?そして救出?

お前・・・何を考えてる!?」

ガルーダが優人の作戦の真相に気付いたのか、動揺を露わにする。


「あ。気付いたかな?騎士を撤退させた後、スールムは大橋を渡って村を襲撃したりする可能性もあるしな。

殲滅はさせる。その為のダムなんだ。」

優人はガルーダの表情を確認しながら説明をする。


「聖騎士が賛成をする訳がないだろ!お前がやろうとしている事は騎士たちの信念そのものを否定する作戦だ!!」

とガルーダが息を荒立てる。


「ちょっとちょっと!」

ガルーダの異常な反応を見て絵里が話に割って入る。

「ダム作るのがなんでそんな大事になるのよ?」


絵里の質問にガルーダが少し黙る。


「スールム兵を全滅させる最終段階の作戦があるんだよ。その方法はまだ言えない。

しかし、俺はその後のフォローも考えている。

最終的にはジールド・ルーンは今以上に国力が上がる算段だよ。

お前たち山賊団も悪いようにはしない。

今は・・・俺を信じてくれとだけしか言えないんだ。」

優人はガルーダから目を逸らさず、絵里に説明をする。


「この作戦は・・・結論を言えば、騎士たちの救出が成功すれば成功する。

失敗しても最終手段として使えば、俺たちもろともスールム兵を全滅させる事はできる。

スールム兵の全滅は確定だ。」

ガルーダは体を震わせながら絵里に説明の補足をする。


「ふぅん・・・。」

絵里は優人の人柄はある程度理解している。

多分成功すれば関係者は全員本当に幸せになる事も想像している。

何をする気かは分からなくても、納得はすることにした。


「分かった。お前の作戦に乗ってやる。交渉はお前が砦の責任者のアレスにしろ。」

ガルーダは優人の目をじっと見つめながら言った。


ドーン!

ドーン!!


雨音のする中プラム砲の食品援助が続いていた。

ガルーダ達は砲撃班。ダム班に分かれ、戦争の準備に取り掛かる。

優人もみんなと別れ、山道を下る。

優人は大橋の付近で川の流れに着目し、戦の開戦を待っていた。




一方砦の中。

空腹と緊張で砦内の騎士たちは疲弊ていた。

今まで晴れていたのが嘘のように急に大雨が砦内を濡らす。

空腹と雨濡れによる気温低下で綾菜の機嫌は悪くなっていた。

こんな状況でぐったりている騎士達にも苛立ちを覚える。


「まま?最近あまりお話ししてくれないね。」

ミルフィーユが綾菜にまとわりつて甘えてくる。

雨で少し冷えているのでミルフィーユの温もりが温かく、綾菜は少しホッとする。

綾菜はミルフィーユには満足のいく食事を取らせようと、自分の分の食事を毎回少しずつ分け与えていた。

体の小さいミルフィーユは大人半人前と綾菜の食事で空腹感はさほど無い。

綾菜は不快感しか与えない砦から出て、裏の崖を見上げる。


ここから、ミルだけなら脱出出来る。だけど、この崖の上は何があるか分からない。


雨に打たれながら、綾菜は必死に生き残る算段を付けようとするが、どうも良い案が浮かばないのである。


ゆう君ならどうするかな・・・。


綾菜は優人の事を思い出す。

辛くなると、優人に無性に会いたくなる。

地上界にいた時から綾菜は優人を信用していた。

基本的に最後までカッコイイのが続かない優人だが、これぞと言う時程優人は強い。

どうしょうも無い時は一番頼りになる自慢の彼氏だった。

綾菜は隣にいるミルフィーユをぎゅっと抱きしめ、不安を押し殺す。


ちょうどその時であった。

ドーンと遠くで大きな音がした。

そしてその直後に砦内に大きな音がした。

綾菜はびっくりしたが、ミルフィーユを連れ音のしたところに駆けて行くと、そこには人だかりが出来ていた。

その人だかりをかき分けて中心地に向かうとそこには粉々になった木箱らしきものと、大きな袋が転がっていた。

綾菜も騎士たち同様、その袋が何なのか分からず、驚異の眼差しを送っていた。


「綾菜!」

振り向くとシリアとシノも来ている。


「シリア。何があったの?」

綾菜はシリアに聞く。


「分かりません。しかし、あの袋が打ち込まれたみたいです。」

シリアは袋に視線を送る。


「なんだろ・・・あれ?」

綾菜はシリアに聞く。

シリアは黙って袋を見ていた。


「おばあちゃんの匂いがします。」


「え?」

ミルフィーユの言葉に綾菜が聞き返す。


「砦近くの村でママが助けたおばあちゃんです。」

ミルフィーユは綾菜の手からパタパタと飛びながら袋の所へ行く。


「ミル!危ないから!!」

綾菜の静止を聞かずにミルフィーユは袋を開け、中からプラムを取り出した。


「え?」

綾菜はミルフィーユに駆け寄り、ミルフィーユからプラムを受け取る。

確かにプラムだ。

ミルフィーユはあのプラム売りの老婆の匂いと勘違いしておばあちゃんの匂いと言ったのだと理解する。


「おい!綾菜!!なんだそれは?」

少し離れた所でクルーガーとアレスが綾菜に謎の物体の正体を聞いてくる。

綾菜は恐れる騎士たちがおかしくなり、クスッと笑うとプラムを一口かぶりをかぶりついた。


「おい!!」

クルーガーが謎の物体を食べる綾菜にツッコミを入れる。

プラムにかぶりついた綾菜の口の中にはフルーティーな酸っぱさと爽やかな甘みが広がる。

砦付近で食べたプラムと同じ味だ。

綾菜はもう一つプラムを取り上げると今度はミルフィーユに手渡す。

「酸っぱいよ。」

綾菜がプラムを渡すとミルフィーユもプラムにかぶりつく。

プラムの酸っぱさにミルフィーユの顔がしわくちゃになるのを見て、綾菜は笑う。


そしてもう一つ取り上げ、今度はクルーガーに向かって投げる。

「バーン!!」

綾菜のプラムをクルーガーが受け取る直前に綾菜が爆発音を声にする。

クルーガーはびっくりして一度掴んだプラムを落としそうになり、急いでそれをキャッチしていた。


「お前なぁ~・・・。」

クルーガーが綾菜を恨めしそうに睨む。


「食べてごらんなさいよ。お母さんの味がするかもよ?」

綾菜の言葉に促され、クルーガーもシャクリとプラムを一噛みする。


「これは・・・お袋の・・・プラムだ・・・。」

言うとクルーガーは急いで残りのプラムを食べつくし、袋の中のプラムに手を出し始める。

それを見ていた騎士たちもこぞってプラムに手を伸ばす。


ドーン!

ドーン!!


その後も、遠くから音がするたびにプラムが打ち込まれる。

それを見ていたアレスが、綾菜の所に歩いて近づいてきた。

「これは、どういう事だと思う?」


「んー・・・誰かが遠くから食料を送ってくれてるね。」

綾菜がアレスの問いかけにそのままの事を説明する。


「援軍が来るのか?もしそうであるなら俺たちは戦に備えて多めに食事を取るべきだと思うんだが・・・。」


「うん・・・分からないけど、今日明日中に動きがあるかも知れないから、準備はするにこしたことはないと思うけど・・・。」

綾菜はアレスの判断に賛成して見せる。


「そうだよな・・・おい!!倉庫の食料を全員腹いっぱいになるまで食え!」

アレスは砦の騎士たちに戦闘の準備をするよう呼びかける。

騎士たちは久しぶりに腹いっぱい食える食事に沸く。

久しぶりの騎士たちの活気に綾菜も少し嬉しくなっていた。



食事を済ませると、綾菜はミルフィーユと裏の崖を見ていた。

深い理由はない。最近良くここに来ていたので何となく落ち着くのである。

ふいにミルフィーユが崖の岩肌を指さした。


「崖が、泣いてます。」


「ん?」


綾菜はミルフィーユの指さした所を見る。

雨のせいか、崖の岩肌から水が染み出ていた。

その崖の水を見て、綾菜は一抹の不安を覚える。

決戦の時は近いと肌で感じていた。



優人と綾菜の距離・・・後、10キロ。

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