表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第三章~失望と幻滅の先にあるもの~
15/59

第十四話~優しき嘘~

翌朝、優人達は特別に用意された大きな船に乗り、ジールド・ルーンへ出港した。

潮風が心地よく優人のほほを撫でる。

風を全身で受け止めながら優人は籠城攻めの攻略について頭を悩ませていた。


その横でエナも別の事に思いをはせていた。

『あんなに優しいシン団長は・・・ジールド・ルーンはなぜ父を殺したのだろう?』と・・・。




時は今から18年ほど前に遡る。

ジールド・ルーンはドラグシャーダと言う国と戦争をしていた。

ドラグシャーダと言う国は古来よりドラゴンと交流をしており、『竜騎士』と言われる世界一の機動力を誇る騎士団を持っていた。

戦争の理由はドラグシャーダがやってはいけないと言われていた邪竜召喚を成功させてしまった事に始まった。

ドラグシャーダは邪竜を召喚し、世界皇帝のいるグリンクス襲撃を企てたのである。

当時から『世界の剣』と称されていたジールド・ルーンはドラグシャーダに制裁を行い、戦争が勃発した。

戦況はジールド・ルーンが劣悪。

接近戦に持ち込めば他の追随を許さぬ強さの聖騎士団であったが、空からの攻撃には手も足も出ず敗戦が続いていた。


「ダレオス殿下。また、一か所ミレイの丘と商業都市ミレイユがドラグシャーダに潰されました。

聖騎士が援軍に駆けつけるも手遅れで、竜騎士たちはその場にいませんでした。」

厳しい状況の報告を淡々としたのは宮廷司祭のラッカス。

大柄でスキンヘッドの頭はこの時から健在であった。


「シン達がまた間に合わなかったか・・・。」

ダレオスはぽつりと呟く。


「ドラグシャーダの竜騎士達もシンを避けていますね。シンの手によりかなりの数の竜騎士が打ち取られていますから・・・。」

とラッカスは答える。


「あのバカ!いつも目立ち過ぎなんだよな・・・戦闘能力が高くても避けられたら意味がない。上級騎士団の動向はどうだ?」


「団長のエアルを筆頭に国内を動き回っていますが、竜騎士の移動の速さに付いていけず、振り回されていると言った感じです。」

ダレオスは戦況が日々悪化していく事に気を重くする。


「失礼します。」

話をする2人の元に1人の若い騎士が入って来た。

人一倍長い槍を右手に持ち、左手にはジールド・ルーン国内の地図を持っていた。

若い男はその地図を2人の前で広げ、話をする。


「ドラグシャーダの竜騎士の動向予測がつきました。

やつらは国内最東の都市、エルメスを襲撃した後、最西のヤスを攻めてます。

そしてその次に東のミレイユ・・・。

機動力の高さを生かし、東と西を交互に攻め聖騎士のかく乱と体力消耗を狙っています。

次は恐らく、西のフランガードル辺りを狙って来ると思われます。

聖騎士を先回りさせませんか?」


「ふむ・・・。」

若い騎士の提案にダレオスは苦い表情を浮かべ話を続ける。

「ガルーダ・・・攻められたミレイユの民はどうする?それに予測でそんな無責任な命令は出せんよ。」

ダレオスはガルーダと呼んだ若い騎士の目をしっかりと見つめ答える。


「しかし、竜騎士は国内を2日で移動するのに対し、我が聖騎士団や上流騎士団は1週間以上掛かります。

報告があってからの対応が間に合うはずかありません!!」

ガルーダはダレオスに食って掛かる。


「お前は上流騎士の副団長だったよな?上官の判断は絶対だ。口を挟むな。」

ダレオスはガルーダを部屋から追い出す。


こと戦争において大切なのは統率である。

部下の発言にいちいち気を紛らわせていては上官は務まらない。

そしてその統率力こそがジールド・ルーンの一番の強みであるとダレオスは考えていた。



「くそ・・・このままじゃ、ジールド・ルーンは滅ぼされてしまう!」

城を追い出されたガルーダは不機嫌に城下町を歩いていた。


「国が心配か?お前は騎士の鏡だな。」

振り向くとそこには綺麗な金髪の柔らかい髪をした色男が立っていた。


「エアル団長・・・竜騎士の機動力にジールド・ルーンはなす術がありません!

このままでは国が亡ぶかもしれないんですよ!

ダレオス殿下もシン団長も話を聞いてくれませんし・・・。

なぜこんな状況でそんな呑気な事を言ってるんですか?」

ガルーダの怒りの矛先はエアルに向けられる。

エアルは怒るガルーダに笑顔を返す。


「お前の予測は間違ってないよ。次は多分フランガードルが狙われる。」

エアルは答える。


「それが分かっているならなぜ、対応を取ろうとしないんですか!?

あなただって軍を動かす権利があるでしょう?」

ガルーダがエアルに詰め寄る。


「ガルーダ。この国は法治国家。神の教えによる統制で国が成り立っている。

それをひっくり返すのは不可能なんだよ。王が黒といえば例えそれが白でも黒になる。

戦略を練ることをしない殿下だ。これからたくさんの国民が死ぬ。

しかし、国は亡びないよ。竜騎士達が王都に攻め入って来た時がドラグシャーダの最後だ。

敵が警戒しているのはシンだけだ。

まさか殿下がシンと同等の戦闘力があるなんて知らない。」

エアルはなだめるようにガルーダに話す。


「答えになっていません!俺は国民の被害を・・・。」

「竜騎士は国内を2日で移動する。」

エアルに文句を言おうとするガルーダを遮り、エアルが口を開く。


「え・・・。」

エアルの言葉にガルーダが口を止める。


「2日間・・・ドラゴンは飛び続けることが出来るかもしれない。

しかしそれに乗る騎士は人間だ。腹は減るし、休憩も必要だな?

竜騎士はどこで休憩するんだ?」

エアルの質問にガルーダは答えを出せないでいる。

しばらくの沈黙の後、エアルは話を続ける。

「恐らくは国の中心部。人があまり立ち寄らない場所にやつらの休憩場所はある。

俺は聖山フラゼンガード辺りだと思っているが、お前はどう考える?」


聖山フラゼンガード。

広大な領地を持つジールド・ルーンの中心に堂々とそびえたつ山である。

標高も高く、遠い昔は聖職者の修行の場とされていたが、高山病に掛かり命を落とすものが多く、立ち入りを禁止された。

地上界であれば高山病だと原因ははっきりしているのでただの高い山なのだが、医療の概念がない天上界において高山病による死者は天罰だと思われ畏怖の念で見られていた。

神の心を大切に考えるジールド・ルーン王家や聖騎士はこのフラゼンガードに竜騎士が停泊しているなんて予想すらしない。

しかし、エアルは神を信じぬ騎士であり、この世界で数少ない現実主義なのである。

全てを理屈で理解しようとする人間なのだ。

ガルーダはエアルのその考え深さに憧れを持っている。


「確かに。フラゼンガードなら聖騎士はわざわざ避けて通るので安心して休むことが出来ますね。

しかし、あそこは原因不明の死者が出る山ですよ?ドラグシャーダの人間は大丈夫なのでしょうか?」

ガルーダの質問は当然である。

高山病の原因が判明していないので誰が病気になるかは分からないのだ。


「その質問に関しても答えはある。

実はな、標高の高いところに行くと気持ち悪くなったり、目眩がすることがあるんだ。

原因不明の死者の大半はこの症状の悪化が原因なんじゃないのかと俺は踏んでいる。

つまり、フラゼンガード登山時、体調不良に気を付けながら行けば何とかなるかも知れないんだ。」

エアルの考えを聞き、ガルーダは憤りを覚える。

そこまで知っておきながらなぜ王家に言わないのかと。

しかし、その答えは一番最初にエアルの口から聞いていた事に気が付く。

『王が黒と言えば例え白でも黒になる。』

理論上、エアルの考えは正しいが神に恐れを持つ王家はエアルの意見を聞きはしないであろう。

それどころか立ち入りを禁止されているフラゼンガードへの調査探索などと意見すれば異端者として罰せられる可能性すらある。


「エアル団長・・・国民を犠牲にしてまで、王家に使える意味はあるのですか?」

ガルーダは失意のどん底に突き落とされた気分でエアルに聞く。


「国とは民だと王は言う。しかし、それは建前で国は王族なのだろうな。

民を主張するならば意見をとりいれるべきだがそれをしないのだから・・・。

ならば俺たちは考えるべきなんだよ。俺たちは何のために騎士になったかを。

ガルーダは何を守りたい?守るべき国とはなんの事だ?

王族か?領土か?民か?ガルーダが騎士として守るべきだと思うものを守れば良いんだ。」

エアルは遠い目をしながらガルーダに答える。


エアルの言葉はガルーダに深く突き刺さる。


自分の守るものとは・・・。


少しの沈黙の後、エアルはもう一度口を開く。

「ガルーダ。俺はこの後、武器屋に行くがお前も来るか?新しい剣が欲しくてな。」

エアルは出来る限り明るく振る舞い、今までの暗い雰囲気を払拭しようと気遣う。

ガルーダはエアルに従い、武器屋へと一緒に行く事にした。



武器屋に付くと見覚えのある鎧と人一倍でかい盾を持つ大男が先に立っていた。

「エアル。遅いじゃねぇか?糞か?」

大男はエアルに気付くと大きな声で話しかけて来た。


「シン。お前は相変わらずデリカシーが無いな。お前がそんなんだと息子のアレスも下品に育つぞ?」

エアルはその大男に親しそうに答える。

シンはエアルの返答に満足そうに大声で笑ってみせた。


「武器屋の主人が珍しい剣を手に入れたって言うらしいが、どんなんだろうな?」

シンがエアルに質問をする。


「さぁ?魔剣とか言ってたけど、どんな魔力が込められているんだろうな?」

エアルが答える。


ジールド・ルーン第一継承王子のダレオス。

ジールド・ルーン聖騎士団長のシン。

ジハド教司教にしてジールド・ルーン宮廷司祭のラッカス。

風水魔術師のクレイン。

そして、ジールド・ルーン上級騎士団長のエアル。

この5人は幼少の頃からの友達らしく、お互いかなり深い所まで気心が知れているらしい。

もっとも最近は身分や立場の違いから昔のように仲良しと言う程ではないらしいが・・・。

それでもシンは誰に対しても変わらない対応をする。

例え相手がダレオスであっても未だにげんこつを食らわせる事すらあると聞く。


「おお?来たか悪ガキども。」

武器屋の奥からぬっと出て来た老人がシンとエアルに声を掛ける。


「悪ガキはねぇだろ?俺はこう見えても由緒正しき聖騎士団の団長だぜ?」

シンは武器屋の老人に文句を言う。


「いくつになっても、どんなに偉くなっても変わらんよ。

ガキ大将のシンにその仲間のダレオス、エアル。

そしてお前らを叱るラッカスにそれを後から追いかけてくるクレイン。

体と立場ばっかり大きくなりやがって・・・。」

老人はシンの胸を鎧の上からグーで殴る。

シンはがはははと下品な笑いを老人に返す。


「じぃさんも変わらず元気そうで何よりです。」

エアルが老人に言う。


「なんだ?エアル?お前もいっちょまえに挨拶なんか出来るようになりやがって・・・嬉しいじゃねぇか!!」

老人がエアルに答える。

エアルは老人に照れる顔を見せる。


「それより、魔剣ってどんなんですか?」

エアルが老人に呼び出された目的を聞く。


「おう。こいつだ。」

老人は小さな一粒の種を3人に見せる。


「種?これが魔剣か?惚けたか?」

シンが老人に言う。


「バカ言うな。れっきとした剣だ。いや、剣と言うか武器だな。」


「武器?剣ではなく武器?意味が分からねぇよ。」

老人の言葉にシンが鼻で笑う。


「こいつはミスティルティンって言う魔界にある植物らしいんだ。人に寄生をし、育つらしい。」

老人が説明をするとシンは「なんじゃそりゃ。」と小ばかにする。

老人はそんなシンを無視し、話を進める。


「このミスティルティンはな、宿主を守る為に宿主の敵意に反応して攻撃をするらしいんだ。

しかもこいつが育つのに必要な血液は敵から吸ってくれる。

まぁ・・・体の中に植物がいるなんて考えただけでも気持ち悪いがな。」

老人はかなり珍しいものだから2人に見せたかっただけだと笑いながら種をしまおうとする。


「ちょっと待って下さい!」

それを静止したのはエアルであった。


「どうした?」

老人はエアルの突然の静止に戸惑う。


「その種・・・体にどうやって植え込むんですか?」

エアルの発言を聞いてガルーダはエアルが何を考えているか察しが付く。

もし、フランガードルで竜騎士が休憩をするとして、攻め込むなら少人数で行くしかない。

本来であればシンやダレオスが行くのが手っ取り早いが、シンもダレオスもジハドを信仰している。

聖山フランガードルに立ち入るなんて絶対に反対であろう。

かと言って、エアルの力では恐らく返り討ちに合うのは必然。

恐らく、エアルはいままで諦めていたのだ。

しかし、このミスティルティンは敵意に反応する。

もしかしたら竜騎士を全滅してくれるかもしれないのである。


「エアル・・・お前、こいつを使ってどうするんだ?」

シンはエアルに質問をする。


「俺はお前やダレオスみたいに強くはない。力が欲しいんだ。」

エアルはシンに答える。


「お前は力が無くても知力があんじゃねぇか?」

シンはエアルに反論する。


「力が必要な事があるんだ・・・。

例え、良い策があってもお前らには理解できないことがあるんだよ!!」

エアルの言葉にシンが黙る。

少しの沈黙が続き、シンがまた口を開く。


「お前、奥さんの腹に子がいるんだろ?こんな危ないもん使ってまで力が欲しいのか?」

シンの言葉にエアルが一瞬躊躇う仕草を見せる。


「守りたいから・・・力が欲しい・・・。」

エアルが絞り出すようにシンに答える。

シンはこれ以上言葉は必要ないと思ったのか、黙って老人の方に向き直る。


「こいつは・・・使うなら手のひらを少し切り、種を植えるだけで良いらしい。

こいつの力は信用してよいがどういう欠点があるか分からんぞ?」

老人はエアルにもう一度覚悟の確認をする。

エアルは黙ってうなづく。

シンは渋々ナイフでエアルの左手の平を少し切り、老人が種を置く。

種は意志を持っているかのようにエアルの傷口に入っていった。

一瞬エアルの顔がひきずったがすぐに表情は元に戻る。


「どうだ?」

シンが恐る恐るエアルに聞く。


「うん・・・今のところ何とも・・・手のひらを斬っただけの事のようにすら思える。」

エアルは体の確認をしながらシンに答える。


「無理はするなよ・・・。」

老人もエアルの身を案じているのだろう・・・。

こうして上級騎士エアルは魔剣ミスティルティンを身に着ける事となった。



翌朝、エアルは宮廷魔術師のクレインのもとを訪ねた。

ジールド・ルーンで小さいころからともに過ごした友は4人いる。

しかし、そのうち3人は至高神ジハドの教えを受けている。

シン、ダレオス、ラッカスがそうだ。

その中で、エアルとクレインだけ信仰をしていない。

2人とも現実主義だからである。

ジハドの存在を信じていないわけではないが、祈りを捧げるのがどうしても好きになれないのであった。

その為、立ち入り禁止の聖山フラゼンガードの話ができるのはクレインしかいないのだ。


「エアル。珍しいですね?こんなに朝早く・・・?」

クレインは突然訪れたエアルに紅茶を振る舞い、用件を聞く。


「実はな、クレイン。ここだけの話にして欲しいのだが・・・。」

エアルは口どもる。

クレインは信用できる友だ。しかし、禁止されている事をすると話すのはやはり勇気がいる。

エアルは遠巻きに話す事にする。


「ドラグシャーダの竜騎士どもはジールド・ルーンを2日がかりで移動する。

ドラゴンの生態は分からないが、2日飛びっぱなしでそのまま戦闘ってどう思う?」


「ふむ・・・。」

クレインは紅茶を一口飲みエアルの質問の答えを自分の中で探す。


「シンのような体力の塊みたいな男ならいざ知れず、一般の人間には厳しい話ですね。

2日掛けて移動し、戦闘した後、2日掛けてジールド・ルーン国外に逃げるなんて・・・。

ドラグシャーダ国領まで戻るとなれば2日じゃあ納まりませんし・・・。」

クレインは答えが出ぬまま、考えを口にする。


「エルメス、ヤス、ミレイユ・・・やつらは国内の東にある街と西にある街を交互に攻めてる。

うちの国の騎士の体力消耗とかく乱が狙いならそれもありだと思うがそれではドラグシャーダの騎士も体力が持たない。

そこで思ったのだが・・・。

もしジールド・ルーン国内のどこかにやつらの休憩場所があったらどうだろう?」


「国内に?」

エアルの仮定にクレインは意表をつかれたように驚く。


「しかし、そんな場所ないでしょ?国内で休憩してれば国民の目につきます。

国民に見つからないように体を休ませる場所なんてありませんよ。」

クレインは一息つき、自分を落ち着かせてからエアルの仮定を否定する。


「普通にやればな。しかし、聖山フラゼンガードを休憩場所にしてたらどうだ?

あそこは立ち入り禁止区域だ。法に忠実なジールド・ルーンの民が行くとは思えないが?」

エアルの言葉にクレインの動きが止まる。


「あなた。まさか・・・。」

クレインの質問にエアルは黙ってうなづく。


「無茶です!それをすることにあなたのメリットは何一つありません!!

もし、ドラグシャーダの竜騎士がいたとして、勝てるわけがありません!

下手をすればあなたはただの罪人になりますよ!!」

クレインは声を荒立てる。


「可能性がある以上、確認はしとく必要があるだろ?国民を守るのが俺たち騎士の役目だ。」

エアルは力強くクレインに答える。


「ダメです。あなたの奥方は今お腹に子どもがいるのですよ?そんな時にこんな・・・。

あなたの命がいくつあっても足りません!エアル。思いとどまって下さい。」

クレインが必死にエアルを止めようとしてくれているのがエアルに伝わる。

友とは本当にありがたいものだと実感する。

しかし、エアルはクレインに止めてもらう為に話をしたわけではない。

エアルはクレインの静止を無視して本題に入る。


「そこでだ。俺の留守をごまかしてくれないか?

長い間王城を離れることになる。シンやダレオスに感ずかれると面倒だ。

俺だって騎士の端くれだ。簡単には殺されはしないさ。」

言うとエアルは席を立つ。


魔剣ミステルティン・・・。

こいつがどこまで役に立つか?

エアルは種を植えた自分の左手を軽く握りしめていた。



聖山フラゼンガードまでエアルは馬に乗って向かう。

ガルーダも付いてくると聞かなかったが、国の法を破るのだ。

エアルはガルーダを説得し、王都に待機させた。


ずっと走らせるため馬は4時間おきに乗り換えた。

夜はその時その時で街にある宿で休み、それでも3日も掛かった。


街の新聞でジールド・ルーンは聖騎士団と上級騎士団を中心に部隊を組み、国の守りを無視し、ドラグシャーダに総攻撃を仕掛けることにしたという記事があった。

守りに入っても竜騎士の機動力に着いていけない以上、あまり効果が得られないので思い切った戦略に移ったらしい。

おそらくこういう戦い方を選ぶのはシンであろう。

やっても無駄なら無駄な抵抗をせず、強引に自分の得意分野に相手を巻き込む。

これができるなら効率的であるのでエアルも賛成である。

しかし、この判断は諸刃の剣だ。

下手をすれば国の死者の数が飛躍的に上がる。

もっとも、敵国からも敬遠されるシンである。

効果てきめんであろう。


エアルは少し安心しながら山を登っていく。

山頂へ向かう道中、何回か狼や熊に襲われるが、エアルは難なく倒す。

その時にミステルティンの効果も確認できた。

ミステルティンは敵に向けてその根っこを伸ばし、尖った先端で攻撃する。

例え根っこの横から噛み切られても、その切られた場所が尖り、噛み切った敵を攻撃し、食す。

敵の血を吸うと、その宿主のエアルの疲れも回復するという副作用がある事に気付いた。


これなら何百人相手取っても行ける!


一対多数の戦闘において、一番懸念されるのは体力である。

敵の動きを把握し、見えないところからの攻撃も危険だが、それ以上に体力の消耗が激しい。

体力がなくなると行動が鈍くなり、やっかいな直撃を食らいやすくなる。

その点、このミステルティンは人を倒せば倒す程体力が回復する。

それこそ、体力の塊であるシンすらも凌駕できる可能性がある。

エアルは勝利を意識しながら山頂を目指す。



山頂付近に着くと、2,30人の人影が目に入る。


狙い通りだ!!


エアルは木陰に身をひそめ、敵の様子を確認する。

改めて数を数えると竜は30体いる。

人影はあまり見えないがテントが複数見える。

恐らく、竜騎士も30人はいるのであろう。


「ギャーーーース!」


カンの鋭い竜がエアルに気付いたのか大声を上げる。

その声でテントの中の竜騎士たちが外に出てくる。


まずい!!


エアルは木陰から飛び出し、竜騎士達に襲い掛かる。

エアルより先にミステルティンの根っこが騎士に向かって伸び、竜騎士を1人、串刺しにする。

刺した竜騎士の血が入り込む。

エアルはまた少し体力が戻る。


次の瞬間、竜が1体、エアルに襲い掛かって来た。

おそらく、今、串刺しにされた竜騎士の竜であろう。


殺された主人の敵を討ちに来たのか?


エアルは右手に持ったショートソードで竜を迎え撃つ。


カァン!!


竜の皮膚は固く、エアルの剣が弾かれる。

そして、竜のかぎ爪がエアルに襲い掛かる。

エアルは横に飛び込みそれを回避する。


「ミスティルティン!!」

エアルはミスティルティンの種を植えた左手を竜に向ける。

ミステルティンの根っこは竜に向けてビュンっと伸びる。


カァン!!


ミスティルティンの根っこの一撃も竜の固い皮膚に弾かれる。


固い!!


竜はエアルの方を向く。

口の周りに火がこぼれ出している。


炎か!?


『ゴゥ!!』と言う音と共に竜の口から炎が吐き出される。

エアルは間一髪で炎を避けるが、その熱で目がくらむ。

上空を見るとかなりの数の竜が空を飛んでいる。

竜騎士が竜に乗り、戦闘準備を整えてしまったのだ。

状況は最悪だ。

竜が固いのは知っていたが、ここまで固いとは予想外であった。

炎の熱が冷め、視界がはっきりするとエアルは竜の目の前まで突っ込む。

竜はエアルを噛み殺そうと大きな口をあける。

エアルは噛み切られるか否かの場所まで竜の口付近まで左手を伸ばし、竜の口目がけて左手をかざす。

ミステルティンの根っこがそこから伸び、竜の口の中へ入り込む。


バッシュ!


鈍い音がし、ミステルティンが竜の口の中に入り込み体内で暴れまくる。

竜は激しくもがき、ドスンとでかい音を立てて倒れる。

これで、竜騎士1人と竜1体が討伐された。


後、29人と29体か・・・。


エアルは気が重くなる。

不意打ちでもやっと1組なのだ。

戦闘準備ができた竜騎士に勝てる気がしない。

上空を飛んでいる竜騎士が1組、エアルに向かって襲い掛かってくる。

エアルは横に飛んで避ける。


グサッ!


エアルの右足に激痛が走る。

竜の突進をかわしたが、騎士の槍が刺さったのだ。


「くっ・・・」

エアルは身を立て直して、上空へと逃げた竜騎士を見る。


こんなのどうすれば良いんだよ・・・。


エアルの心は失意にへし折れられそうになる。

その次の瞬間。無残にも別の竜騎士がエアルに襲い掛かる。


ガァン!!

ドサッ


もうダメだと思い目を瞑ったエアル。

しかし、攻撃を受けた痛みはない。

そっと目を開けると大きな盾を持った人影が見える。

その少し離れた場所で竜がぴくぴくしている。


「シン?」

エアルはここにいるはずもない人間の名前を呼ぶ。


「おう?なんか楽しそうな事してんじゃねぇか?」

大盾を持った懐かしいその顔は、エアルを振り向いて口を開ける。


「シン・・・なぜここに?総攻撃に出たんじゃ・・・。」

エアルはシンがここにいる事が信じられず、疑問の言葉を放つ。


「別に軍は俺だけじゃねぇだろ?俺達以外の部隊で攻撃に出たんだよ。

ここにいる竜騎士さえ押さえれば行けるだろ?」

シンはがはははと笑いながらエアルに答える。


「達?」

エアルが後ろを向くと他に3人の見覚えのある顔がある。


「ダレオス、ラッカス・・・クレイン!?」

エアルが声を出し1人1人の仲間の名前を呼ぶ。


「持ち場、立場、思想が違えど私たちはかけがえのない友人ですよ。

あなたが死地へ行くのを無視できる訳がありません。」

とクレイン。

シン達にクレインが話したのである。


「お前・・・。」

エアルは言葉にならないお礼をクレインに言う。


「神の教えを破るあなたにお説教をしなければジハドの教えに背くかと思いましてね。

後で説教するのでお覚悟を。」

ラッカスはエアルに優しく話しかける。


「ラッカス。変わらないな・・・。」とエアル。


「てめぇ一人で何してくれてんだよ。」次に口を開いたのはダレオス。


「国民を守るためだ。」

エアルはダレオスに答える。


「俺の国に土足で入り込んで来やがって・・・はらわた煮えくり返っているのはてめぇだけじゃねぇんだよ!

こいつら・・・皆殺しにしてやる!!」

ダレオスは国の法を逆手に取り、攻撃の要にしていたドラグシャーダに怒りを表す。


「ったく、水臭いマネしやがってよ・・・俺らが誰だが知ってるのか?エアル?」

最後にシンが口を開く。


「な・・・なんだよ?」エアルはシンに質問する。


「俺たちは・・・悪ガキ5人組だ!悪さをしてじじぃどもに怒られて逆ギレしてやんのが仕事だ!!」


「く・・・。」

シンの言葉にエアルの涙腺が緩む。

つい先日、武器屋の老人に言われた事だった。

エアルは昔の自分たちを思い出す。

必要あらば簡単に法を犯してはダレオスの父親にがっつり叱られた。


「こないだ、武器屋のじぃさんに否定してたじゃんかよ・・・。」

エアルは精いっぱいの口答えをする。


「忘れた!!」

シンは大笑いでエアルに答える。


「さて・・・かなりやっかいな相手だな。いつものフォーメーションンで行こうぜ!」

ダレオスが言う。


「そうだな。下がれエアル。」

シンが答える。

エアルは少し後ろへ下がる。


悪ガキ5人組のフォーメーション。

最強の盾シンと最強の槍ダレオスが前衛。

中衛にはエアルが立ち、後衛2人を守りながら戦況を見極める。

後衛にはクレインの風水魔法による攻撃とラッカスの神聖魔法の回復や補助が来る。


竜騎士29人対悪ガキ5人組の戦闘が始まる。

ジールド・ルーン悪ガキ5人組とドラグシャーダ竜騎士団29組はにらみ合う。

先ほどシンの一撃で脳震盪を起こしている竜はもはや戦闘復帰は不可能であると考えると厳密には28組だろうか?


悪ガキ5人組の戦闘陣形を組む5人。

この場でのエアルの仕事は戦況を見極める事である。

エアルはじっと上空の竜騎士を見る。


上空の竜騎士たちは交互に飛び合い何やら話をしているようであった。

恐らくはシンを見て撤退か戦闘かの話し合いをしているのだろう。

シンはドラグシャーダの竜騎士をすでに十数体倒しており、有名になっている。

今も、目を瞑っていたため何をしたか分からないが大盾で竜の頭を叩き落としたのであろう。

相変わらず豪快でカッコいい戦い方をする。

エアルはショートソードと魔剣を駆使して、危険を承知で竜の口の中に手を突っ込んでやっと倒したのだ。

それをシンは大盾の一撃で仕留める。

シンの強さは底知らずの体力だけではない。

この30キロを越す大盾をまるでスモールシールドの様に軽々と扱うバカ力もある。

ダレオスはダレオスで攻撃の速度と精密さが桁外れである。

過去に飛ぶハエを槍で一刺ししたという話もある。


エアルは決して弱くはない。

通常レベルの聖騎士であれば10人掛かりでも対等以上に戦う事が出来るほどに戦闘能力はある。

しかし、いつもこの化け物じみた2人に囲まれ、その強さは弱さにすら見える。


「逃げる気か?」

シンはいつまでもかかってこない竜騎士にしびれを切らし始める。


「お前にびびってるんだよ。地獄の盾。」とダレオスがシンに言う。


「へっ・・・俺はジハドの教えを受けてる神の盾だぜ?地獄とは失礼な。」シンはダレオスに答える。


「敵からすればそれは地獄だろうよ。」ダレオスの悪態は尽きない。

ダレオスはシンが目立ち過ぎて敬遠されてる為、思う戦果が上がらない事を少し根に持っていた。


「せっかくのチャンスに逃がす手はないですね?」

クレインは2人の会話に割って入ると魔法の詠唱を始める。

そして、空に向けて竜騎士28組に同時にかまいたちを放つ。

そのかまいたちを上空でうまくかわす竜騎士たち。

動揺した竜騎士の1組が地上にいるシン目がけて襲い掛かってくる。

シンはロングソードで迎え撃つがシンの間合い直前で竜は止まり、それをかわす。


ビュン!


シンは左手に持つラージシールドを剣を振った勢いを利用して投げつける。

横一線にブーメランのように飛んだラージシールドはそのまま空を切って竜の首の骨をへし折る。


ドサッ


竜は地面に落ち、もがく。

盾を投げたシンにもう1組の竜騎士が襲い掛かる。


グサッ!


その竜騎士を竜ごと槍で一突きしたのはダレオス。

ダレオスの槍は正確だ。

竜の固い鱗と鱗の隙間にうまく槍の切っ先を合わせ貫いたのだ。

ダレオスは動体視力もずば抜けて高いのである。

『すべてはスローモションに見える。』

ダレオスにとって竜騎士の動きは鈍く、ただの的に見えるのだ。

一瞬で竜騎士の1組は絶命した。


「クレイン。逃げようとする竜騎士を任せるぞ!!」

シンはクレインに一声掛けると、次に来る竜騎士を相手取る。

竜騎士と悪ガキ5人組の戦闘は1時間に及んだが、悪ガキ5人組は無傷で敵を全滅させた。


「ふぅ・・・」

シンは倒れた竜たちを見渡しながら一息つく。


「噂の原因不明の病気も無いな・・・。」

ダレオスは病気の不安を口にする。


「あの病気は体調の悪い時にかかりやすいようだぞ。とりあえず、ここには化け物しかいないから心配は無いな。」

とエアル。


「化け物か・・・。」

シンは軽く笑う。


「おーい!!面白い紙がありますよ!!」

テントの中に入ったクレインが何やら資料を手に持ちみんなを呼ぶ。


「どうした?」

4人はクレインの元へ走り寄る。


「む?」

資料を見て、シンが首をかしげる。


「なんだこれ?知らねぇ文字だ・・・。」

ダレオスが紙をのぞき込む。


「これは竜言語ですね。当然私も読めませんが、ラッカスさんはどうですか?

神の言語に近いものがある気がするのですが・・・。」

クレインがラッカスに資料を渡す。


ラッカスは黙ってその資料を見る。


「フランガードル・・・襲撃・・・次・・・」

ラッカスは書いてある文章で読める単語を読み上げる。


「フランガードル?」

ラッカスの言葉を聞いてダレオスは繰り返す。

この街はジールド・ルーンの西に位置する都市である。

先日、ガルーダと言う上級騎士が予測として挙げた街だ。


「エアル・・・お前の部下の・・・ガルーダだっけ?あいつ・・・お前に似てるな。

軍略について教えてるのか?」

ダレオスはエアルに聞く。


「ああ・・・優秀な部下だよ。次の上級騎士団の団長候補だ。

俺の引退後はあいつをよろしく頼むよ。」

エアルはダレオスに言う。


「ふん・・・お前らが引退するときは俺も王座を明け渡す時だな。

みんなで冒険者とかやるのも悪くねぇと思わねぇか?

平和なジールド・ルーンを身分を隠して歩くんだ。」

ダレオスは自分の夢を口にする。


「そいつは面白れぇな!聖騎士団長は息子のアレス。皇帝はお前の息子のトロッコ。

そして上流騎士団長は今度産まれるエアルの子どもとかになってな!!」

シンはダレオスの言葉に笑いながら答える。


「俺の子はまだ男かどうかも不明だよ!!」

エアルの言葉に一同は大笑いする。

聖山フラゼンガードの山頂で大笑いがこだまする。



「それよりも、ドラグシャーダの資料・・・竜言語なんだろ?」

エアルが笑い転げるみんなに話を戻す。


一同が「ん?」と言う顔でエアルを見る。


「他国が扱えない竜を乗りこなし、その強さを誇ってた。

何が他の国と違うか・・・それがこいつなんじゃないか?」

エアルの言葉をみんなが食い入るように聞く。


「その言語を覚えれば誰でも竜騎士になれるのか?」

ダレオスがエアルに聞く。


「分からない。しかし、可能性が無いわけじゃない。」

エアルは答える。


もし、聖騎士に竜の機動力が加わればそれは他国に対しても脅威になる。

ダレオスは平和の為に兵力強化を考えている。

エアルの考えはジールド・ルーン強化に大切な考えの一つであったのだ。

戦争を起こさないように戦争の準備をする。

一見矛盾しているようだが、力の信望者はより大きな力でねじ伏せる。

実は効率的な手段であるとエアルは考える。


「本当に平和な世界が来ると良いな・・・。」

エアルは小さな声で呟く。



ともあれ、ドラグシャーダの竜騎士を使ったジールド・ルーン騎士かく乱作戦はエアルの機転と勇気により失敗に終わった。

王宮に戻るとエアルは英雄とされ、国中で称賛される事となった。


しかし、それから数日後、ジールド・ルーンの城下町に掃除をさせられている5人の姿があった。

理由は立ち入り禁止の聖山フラゼンガードに侵入した事による罰則である。

本来ならばもっと重罪が課せられる所なのだが、ドラグシャーダ竜騎士の殲滅の功績を考慮され、城下町の大掃除の刑で済まされたのだ。

それでもシンはムスッとした顔で掃除をしていた。


「いつまでぶっちょう面してるんですか?国民が見てますよ?」

ラッカスがシンの横に座りゴミを拾いながら声を掛ける。


「おかしいだろ?フラゼンガードに行ったからドラグシャーダの竜騎士を潰せたんだぞ?」

シンはラッカスに愚痴を溢す。


「本来立ち入り禁止の山に入ったんです。見せしめでも罰を与えなければ、法の威力が弱まるでしょう?」

ラッカスはシンをなだめるように優しく言う。


「それでもだよ。俺たちは騎士だぞ?ドラグシャーダ総攻撃がまだ終わってないんだからそっちに行かすべきじゃねぇの?」

シンの不満は止まらない・・・。


「これ以上俺たちが戦果を挙げたら、ジールド・ルーンの騎士は俺たち以外いないみたいになるだろ?

お前はいつも目立ち過ぎなんだよ。」

ゴミをポンポン両手で投げ、遊んでいたダレオスが話に割って入る。


「てめっ!サボってるんじゃねぇよ!!元はと言えばお前の親父が出した罰則だぞ!!」

シンの八つ当たりがダレオスに行く。


「ああん?関係ねぇよ!俺はさっきまでやってたんだよ!!」ダレオスがシンに絡み返す。


「掃除は終わるまでが掃除なんだよ!!」シンも負けない。


「子どもか。」

エアルがボソッと2人に言う。

2人はエアルを睨む。


「そもそもお前が事のほったんだろうが!!」シンの怒りの穂先はエアルに行く。


「バカ言うなよ。さっきお前が言ったじゃんか?

ドラグシャーダの竜騎士を潰すためにやった事だって。お前の理論通すと俺は悪くないだろ?

悪いのはダレオスの頭の固い親父さんだよ!!」

エアルもシンに言い返す。

シンとエアルはダレオスを睨む。


「キリがないですよ。はやく掃除を終わらせましょう。」

ラッカスが言う。


「ところでクレインのやつはどこだ?」

シンが今度はクレインを探し出す。

本当にシンはこういう作業が嫌いなようである。

もっともダレオスもサボっていたが・・・。

少し周りを見渡したシンはクレインは遠くで本を読んでいるのを見つける。


「あ!!ラッカス!!あいつサボってやがるぞ!!」

シンは何故かラッカスに告げ口をする。

そんなシンにラッカスはため息を付き、答える。


「クレインは風の物理操作を使ってゴミを一か所に集めながら本を読んでるんですよ。」

ラッカスの言葉にシンだけでなく、エアル、ダレオスも不満の顔を浮かべる。


「そ・・・それでも、これは見せしめだろ?絵的にダメだろ?」

シンはラッカスに何故か共感を得ようと頑張る。

ちょうどその時であった。

巨大な影がジールド・ルーンの城下町に降り立ち、ズドーンと大きな音をならした。

音と共に地面が大きく揺れる。


「な・・・なんだ!?」

シンが突然の出来事に動揺をあらわにする。


「何かでかい影が城下町のあっちの方に降りたぞ!!」

エアルが音のした方を指さす。


「とりあえず行くぞ!!」

ダレオスが言うと全員一斉に走り出した。



音のした方へ着くと、ジールド・ルーンの街が燃えていた。


「なんだこりゃ!?」

シンが周りを見渡す。


「ドラグシャーダは・・・邪竜の召喚に成功したとか言ってなかったか・・・?」

エアルは一点を見つめながらみんなに聞く。

全員は一斉にエアルの視点に合わせ、動きが止まる。


そこには、巨大な黒い竜が立っていた。

ジールド・ルーンの城下町に突如現れた黒い竜。

大きさは平屋の家以上の大きさであった。

前足の爪は1つ1つが人間の大人並みに大きく、鋭い。

大きな口は人ひとりを丸のみ出来るであろう大きさだ。

鱗もシンの大盾並みの大きさである。

大きく鋭い眼光は駆けつけて来たシン達をじっと見つめる。


「おいおい・・・こいつはやばいんじゃねぇか?」

シンが邪竜を睨み返しながら言う。


「そもそもドラグシャーダとの戦争の原因はこの邪竜の召喚でしたね・・・。」

とクレイン。

邪竜は大きな咆哮をあげるとシンに向かって左腕を振り上げる。


ガキィィィィィン!!


シンは邪竜の一撃に吹っ飛ばされて奥にある家にぶつかる。

家の壁は壊れそのがれきの上にシンが仰向けに倒れている。

盾で攻撃は止めたはずだが、攻撃の力が大きすぎて耐えきれなかったのだ。


「・・・つぅ。」

シンの全身に激痛が走る。


ゴゥ


邪竜はシンの方向に顔を向け、少し口を開くと炎が口の中に渦巻いて現れた。


まずい!ドラゴンブレスだ!!


クレインはシンの前に立ち風水魔法で突風を巻き起こし炎に対する準備をする。


ゴォオオオオオオ!!


邪竜の口からドラゴンブレスが噴出される。

クレインの風で対抗するがドラゴンブレスの勢いは強く、2人に襲い掛かって来た。


「くぅ・・・」

炎は勢いは多少殺しはしたが、クレインは全身やけどを負い、そのまま前に倒れこむ。

シンも炎の一撃で気を失う。

そこにラッカスが駆け寄り、急ぎで回復魔法を施す。


「回復にどれくらい掛かる!?」

ダレオスが邪竜に立ち向かいながらラッカスに聞く。


「3分で命を取り留めます。体が動くまでなら10分待ってください!」

ラッカスは2人の回復に取り掛かりながらダレオスに答える。


「持つか・・・。」

ダレオスは邪竜の前足に槍を突き刺す。


ズサッ!


邪竜の鱗は前足には無いがその皮膚は固く、普通の攻撃ではおそらく弾かれるであろう。

しかし、ダレオスの槍はきれいにまっすぐ邪竜の前足を刺す。


ギャァアアア


邪竜は前足を払う。

ダレオスは吹っ飛ばされ、民家に激突する。

ダレオスの槍の一撃は綺麗に決まったが、体の大きな邪竜には蜂に刺された程度のダメージしかいっていない。


「くぅ・・・」


そして、邪竜はダレオスに向かって炎を吐き出すモーションに入る。


ダレオスが邪竜の気を引いている間にエアルは邪竜の尻尾から背中へ。

背中から頭の上へ駆け上る。

固い鱗が仇になり、エアルの動きに邪竜は気付かない。


そして、邪竜が炎を吐き出す、その瞬間。

エアルは邪竜の頭から飛び降りる。


「ミステルティン!!」


エアルは炎を吐き出さんと邪竜が口を開けたタイミングで口の中に左腕を突っ込み、ミステルティンを出す。

ミステルティンは邪竜の口の中で暴れる。


ザシュッ!!


邪竜は驚いて開けた口を閉める。


「ぐぁ・・・」


ドスッ


地面に落ちたエアルは左腕を押さえてもがく。

邪竜が口を閉じた時にエアルの左腕の肘から先が噛み切られたのだ。

うずくまるエアルに邪竜は口を開ける。

炎を噴くモーションだ。


ゴゥ・・・


口の中に炎がたまると邪竜の口から血が噴き出る。


ギャアァアアアアアア!!


痛みで邪竜は口を閉めると溜まった炎が消える。

エアルの命がけの一撃は邪竜の口の中を傷つけ、ドラゴンブレスを封じたのだ。


「エアル!大丈夫ですか!?」

シンとクレインの回復をしているラッカスがエアルの心配をする。


「大丈夫だ!」

顔を引きずらせながらエアルは起き上がり、ラッカスに答える。

噛み切られた左腕からの出血はすぐに止まっていた。

ミステルティンの根っこがエアルの傷口を埋め尽くし、血を止めてくれていた。

痛みもすぐに消える。

ミステルティンにはこういう効果もあるらしい。

炎が封印されても邪竜の前足の一撃も充分に重い。

まだまだシン達の全滅の恐れの方が高い。


「でかした、エアル!!」

ダレオスは体を起こし、槍を構え直す。


ズサァ!


エアルを見ていた邪竜の後ろ脚に槍を突き立て、刺した後に槍をねじる。


グアァァァ!!


さほどダメージは行かなくとも、少しでも深く槍を刺せば棘位の傷は与えられる。

攻撃直後、ダレオスは邪竜から一気に距離を開ける。

邪竜の顔がダレオスに一瞬向いたかと思うとくるっと体を回転させる。


バシィ


邪竜の尻尾が距離を取ったダレオスに襲い掛かる。

これには回避が追い付かず、吹っ飛ばされる。

再び民家に叩き付けられるダレオス。

そこに邪竜が左腕で踏み付ける。


ガン


それを回復したシンが大盾で受け流す。

まともに攻撃を受け止めるとシンが力負けするので、受け流す事にしたのである。

受け流された邪竜の前足はダレオスとシンの横の地面に落ちる。


「はぁはぁ・・・受け流しても腕の骨を持っていかれたか・・・。」

シンは大盾を地面に落とし、左腕をだらりと垂らす。


「邪竜か・・・こいつを使って世界征服とか馬鹿なことをうたうだけの事はあるな・・・強い!」

ダレオスがシンに言う。


我を使うか?

ドラグシャーダの馬鹿どもの考えそうなことだ。


どこからともなく声が聞こえる。

シン達は声の主を探す事もなく邪竜をじっと見る。


「テレパシーか?話せるならなぜ話さなかった?」

ダレオスが邪竜に聞く。


人間風情との会話になんの意味があると言うのだ?


ダレオスの言葉に邪竜は言い返す。

ダレオスはふっと笑う。


何がおかしい?


「お前はドラグシャーダの命令でここに来たわけではないんだなと思ってな。」

とダレオスが返す。


我はドラグシャーダの人間がどうなろうと知った事ではない。

例え貴様らジールド・ルーンとやらの騎士にやつらが負けようとどうでも良い。


「ん?なら何故ここに来た?」

邪竜の発言からするとジールド・ルーン騎士団のドラグシャーダ総攻撃は成功し、滅亡したともとらえられる。

邪竜の行動の意味が分からなくなる。


お前らであろう?

我が同胞を滅ぼしたのは。

人間風情が我らを滅すなどおこがましい・・・。

だから消しに来ただけだ。


邪竜は聖山フラゼンガードの飛竜の敵を討ちに来たのだ。

ダレオスは「くくく。」と肩で笑う。


人間風情がいちいち笑うな!!


邪竜の左足がダレオス目がけてふり上げられる。


ガンッ!


シンはロングソードで邪竜の右前脚に切り付ける。

しかし、シンの攻撃は弾かれた。


「なんだよこいつ!かてぇんだよ!!」


ドン


大きな音とともに砂誇りが立ち上る。

ダレオスは邪竜の攻撃をかわしていた。


人間風情が我を傷つけるなど・・・。

なめるな!!


邪竜がシンに攻撃を移す。


ガン


シンは邪竜の攻撃を腕で受け流す。

もう、邪竜の攻撃の力の入り方は把握している。

さっきよりもうまくシンは受け流し、今度はダメージはない。


「エアル!ダレオス!!元素魔法で全力で攻撃してみたい!少し時間を稼いでくれ!!」

「応!!」

シンは2人に時間稼ぎの依頼をすると2人は邪竜に飛びかかる。


「ミステルティン!!」

エアルの攻撃もミステルティンの攻撃も邪竜の固い皮膚は破れない。

エアルの狙いはダレオスが槍で刺した傷跡だ。

ミステルティンならばもっと奥までその根を刺せる。


グアァアアアア!


邪竜が痛みに声を上げる。

エアルを邪竜が睨みつけると、その隙をついて逆方向にいるダレオスが槍で刺す。

2人の連携に邪竜が翻弄される。


シンはその隙にロングソードを両手で構え、元素魔法を唱える。

武器強化。

筋力強化。

武器硬化。

よし・・・。


「行くぞぉおおおおおお!!」

シンは力いっぱいの一撃を邪竜にぶつける。

シンの攻撃は邪竜の首に当たり、鈍い音を立て切断した。


ギャアァアアアアアア!


邪竜は断末魔の叫びを上げ、少し暴れたのち、地面にその巨大な体を落とす。

一同はその静かになった邪竜を黙って見つめる。


「た・・・倒した・・・のか?」

エアルは動かない邪竜を確認するように見る。


「ち・・・また留めはシンかよ・・・。」

ダレオスは文句を言いながら地面に仰向けに倒れる。


「へっへっへ。普段の行いが良いからな。」

シンも地べたに座り込み、ダレオスに答える。


「ほざけ。てめぇの普段の行いでどんだけ苦労してると思ってるんだよ。」

ダレオスがシンに力なく食って掛かる。


「俺たちは悪ガキなんだろ?普段の行いが良いわけないじゃんか。」

エアルがフラゼンガードでのシンの言葉にいまさら返す。


「そんな事より、私たち5人・・・ドラゴンスレーヤーの称号を取りましたね。」

クレインがみんなに言う。


「ますます、俺たちが敵に敬遠されるじゃねぇか。誰だ称号なんてシステム作ったのは・・・。」

ダレオスは戦場において敵が自分たちから距離を置くのを懸念している。

強さで有名になるのは戦果をあげるのには邪魔なのである。


「逆にドラゴンスレーヤーのいる国に牙をむく国は無くなるんじゃないですか?」

ラッカスがみんなに言う。

その後、5人はそのままその場で寝入ってしまった。

周りにいた町民も彼らを起こすのは可哀想だと思い、1人1人に布を掛けそっとしてくれた。


こうして、ドラグシャーダとの戦争はジールド・ルーンの完全勝利で幕を下ろした。


ジールド・ルーン第一継承王子 ダレオス。

ジールド・ルーン聖騎士団長 シン。

ジールド・ルーン上級騎士団団長 エアル。

ジールド・ルーン宮廷司祭 ラッカス。

ジールド・ルーン宮廷魔術師 クレイン。


ジールド・ルーン悪ガキ5人組のその強さと信頼性は国中に広まり、『五英雄』と呼ばれる事になる。



その翌朝、1人の司祭の女性が寝ているシン達の元に走ってきた。


「大変です!エアル様!!」

その声に驚き、一同は疲れた体を無理やり起こす。


「どうしました?」

エアルは司祭に聞く。


「奥様が・・・お子様がお生れになりました!!」


「何!?」

エアルは立ち上がる。

エアルだけはない。他の5人も一斉に起き上がって司祭を取り囲む。


「男か?女か?」とダレオス。


「名前は!?」とシン。


「名前はこれから付けるんだよ!!」エアルがシンに言う。


「おめでとうございます!」とラッカス。


「その人が生んだんじゃねぇよ!」とダレオスがラッカスに言う。

突然の吉報に一同は動揺し、喜びをあらわにする。

きりがないので司祭はみんなを半ば強引に教会へ案内した。



教会の寝室の個室でエアルの奥さんがベッドで起き上がり、赤子を抱いている。


「おおおお・・・。」

一同は歓喜の声を赤子が起きないよう気を付けながら上げる。


「名前は?俺が付けたい。」言い出したのはシンである。


「アホか。こういうのは王族の俺が付けるのが一番だろうが。」とダレオス。


「神の声を聞ける私が努めますよ?」とラッカス。


「つか、お前ら、親は俺だぞ。」

エアルが前に出る3人をかき分けて奥さんの所へ歩み寄る。

話によるとちょうど邪竜との戦闘が始まったときに陣痛が始まったようであった。


「俺たちと一緒に戦ってたんだな・・・。」

エアルは奥さんが抱いている赤子に手を伸ばす。


「止めてください。あなた。」

エアルの奥さんは赤子をかばう。


「ん?」

どうしたのか分からず、エアルはきょとんとする。


「その泥だらけのかっこうで触らないでと言っています。」

奥さんの言葉に自分たちの格好を改めて見直す。

邪竜との戦闘でみんな血と泥にまみれていた。


「あ・・・。」


シンががはははと大笑いする。

その声に赤ちゃんが目を覚まし、泣き始める。


「お前!バカ!!」エアルがシンを叱る。


「あなた。この子の名前を決めて下さい。女の子ですよ。」

泣きじゃくる赤ちゃんを宥めながら奥さんがエアルに言う。

エアルはじっとその赤ちゃんの顔を見ながら少し考える。


「エナ・・・エナにしよう。」

エアルが少し時間がたった後に名を言う。


「はぁ?エナってなんだ?」とシン。


「エナとは、風水魔法で風を表してるらしいんだ。

風は平和な場所にも、戦場にも。幸せな人にも、不幸な人にも。

等しく流れ、優しく生命を育んでいる。

そして、何よりも自由だ。

このジールド・ルーンに足りない物。

それが風。エナだと思うんだ。エナには自由で優しく生きて欲しい。

そういう願いを込めてみた。どうだ?」


「素敵な名前です。」

とエアルの提案に奥さんは満足げに答える。


「ち・・・この国の王子の目の前で自由とか・・・。」

ダレオスが少し拗ねる。


「良いじゃねぇか。エナ・レンスター!自由な娘に育てばまたこの国もうるさくなるな!」

シンが笑う。


「エアルも巷じゃあ有名な美男ですし、美男美女の間に生まれた女の子じゃあ・・・。

今後噂の美人になるかもですね?」

とラッカス。


「ああ・・・。」

エアルは正直、子どもが女の子で安心していた。

自分がシンやダレオスに感じている劣等感。ひ弱さを憎まないで済むのである。

シンの息子もダレオスの息子も2人の血筋か、すでにその頭角を現し始めている。

彼らと比較される事の無い人生。

それが一番のエアルの望みであったからだ。


元気な赤子の鳴き声が教会の中に響き渡る。

それはジールド・ルーンの平和の始まりの合図のように感じた。



エナが生まれて1か月が経った。

ドラグシャーダとの戦争は終着し、遠征に出ていた騎士たちも無事に戻って来た。

人々は喜び、平和の笑い声は国内に響き渡っていた。

ジールド・ルーンは今、活気に満ち溢れている。

その中、ジールド・ルーン王城でいぶかしげな表情を浮かべる5人の姿があった。

シン、ダレオス、エアル、ラッカス、クレインである。

5人は最近頻繁に起こっている辻斬り事件についての対策会議をしていた。


事件の発生は3週間ほど前。

エナの誕生に沸いてから1週間過ぎたころからであった。

被害者はジールド・ルーンの国民だけではなく、戦闘において他の追随を許さないはずの聖騎士もいた。

国民も聖騎士もほぼ無抵抗で槍のようなもので一刺しで死んでいた。


「不思議なんですよね・・・急所では無くても一刺しで死んでいるんです。」

とクレイン。


「ショック死とかじゃないのか?」ダレオスがクレインに言う。


「戦闘経験の多い聖騎士がショック死なんてしますか?槍に刺されるくらいの経験や覚悟はできてませんか?」

クレインはダレオスに答える。


「気になるのは聖騎士がやられたって事だ。聖騎士を倒す実力があるやつが犯人なんだよ。

俺たちも単体での遭遇は危険だ。」

シンの言葉に一同は再び黙り込む。


「他に遺体を見て気になる事とかはあるのか?」

今回の件に関して、あまり参加出来ていないダレオスが4人に聞く。


ダレオスはドラグシャーダの戦争にて一国の王子であるにも関わらず、最前線で竜騎士や邪竜討伐に参加した事を現陛下である父親にきつく叱られたのである。

これ以上危険な場所に行くようであれば城下に出さないとまで言われ、渋々と従っていた。


「特に気になるところはないな・・・エアル。こういう時お前の読みが頼りになるんだがないのか?」

シンはずっと静かに話を聞いているエアルに意見を求める。


「ふむ・・・夜の被害が多いな・・・。」

エアルは何かを考えるように答える。


「夜か・・・。」

ダレオスが顎に手を当て、繰り返す。


「とりあえず、パトロールしかねぇな・・・4人2組で行動しよう。」

シンが言う。


「組み分けは、シンとクレイン、エアルとラッカスで良いか?」

ダレオスが全員に確認を取る。

全員は黙って頷く。



そして、その晩、ラッカスは城門でエアルを待っていた。

会議の後、エアルは城下にある自分の家に戻っていた。

愛おしい愛娘のエナを見るのが嬉しくて仕方ないのである。


「悪い!ラッカス。少し待たせたか?」

小走りしながらラッカスの元へ来るエアルをラッカスは笑顔で迎える。


「愛しきあなたの姫は元気でしたか?」


「ああ・・・最近何やら話かけてくるんだ。あーとかうーとかなんだが、その声がとても可愛らしくてな・・・。」

ラッカスの質問に惚気で答えるエアル。


線の細い美男で、その笑顔一つで巷の女性を虜にしてきたエアルが今はたった1人の娘にメロメロにされている。

彼の妻もまた、教会で有名な美人司祭であった。

2人の娘のエナはおそらく美人に育つであろう。

将来、エアルはエナの彼氏にどう接するのだろうか?

想像しただけでラッカスは笑いそうになる。


「とりあえず、城下の巡回に行きましょう。」

ラッカスはエアルを促し、歩き始める。



ジールド・ルーンの城下では遠征より戻った騎士で夜もごったがえしている。

みんな、平和と言う事で毎晩のように酒を飲み、ともに歌い、楽しい日々を過ごしている。


「少し、羽目を外し過ぎな気もしますよね・・・騎士は常に国民の見本にならねばいけませんのに・・・。」

ラッカスは酔っ払い、楽しそうに肩を組みながら千鳥足で歩く騎士の2人組を見て呟く。


「良いんじゃないか?戦争でみな良くやってくれた。楽しめるときくらいはしゃがせてやっても。」

エアルはラッカスに答える。


「1番の功労者はあなたですがね。左腕を失って、不便ではないですか?」

ラッカスはエアルの腕を気にする。


「いや・・・エナを両手で抱けないのが辛いところだが、国民の命を守る為に失った腕だ。

これは騎士の誇りだと思っているよ。将来、エナにこの左腕は自慢してやるんだ。」

エアルの親馬鹿っぷりは止まる事を知らない。

何を話してもエナの話になる。

それほどまでに我が子が可愛いのであろう。


エナは邪竜討伐直後に生まれた赤子である。

ジールド・ルーン最大の危機の終了後に生まれた子ども。

ラッカス達にとって、エナは平和の象徴のようにも思えていた。


この夜は辻斬りと遭遇することなく明けた。

しかし、被害はあった。

犯行が行われた場所はその夜、シングループもエアルグループも回っていなかった場所であった。

広い城下街である。

そういう偶然はよくある事だ。

しかし、何日も、毎晩回っても五英雄が辻斬りに遭遇することはなかった。

犯行は毎回巡回の無い場所で起こっていたのである。



「全く手がかりが掴めんな・・・ドラグシャーダの竜騎士の時同様、俺たちはこういうゲリラ的なものは苦手だな・・・。」

ダレオスががっかりした面持ちで話を切り出す。


「一つ、気になる事があるんですが・・・。」

口を開いたのはクレインである。


「何だよ?」とシン。


「実は、被害者は全員血が無くなっているんです。まるで吸われたように・・・。」クレインは遺体の様子を思い出すように説明をする。


「血を吸う?吸血鬼みたいだな。夜活動するってのも当てはまっている。」

ダレオスがクレインの意見に答える。


「今から100年以上前にジールド・ルーンでカルマと言う吸血鬼が暴れてたと言う記録があります。」

クレインがダレオスに続けて説明をした。


「カルマか・・・しかし、被害は1日に2、3人。

悪意ある犯行ならもう少し派手にやりそうだが・・・カルマは悪意を持って国の乗っ取りをしたやつだよな?」

ダレオスがクレインの報告に突っ込む。


「そこが問題なんですよね・・・。」とクレイン。


「逆に大々的に動くと俺たちが騎士を使って本格的に調査するのを懸念しての事とは思わないか?」

とシンが仮説を言う。


「その可能性はありませんね。もしカルマなら遺体はさらって自分の手ごまにするでしょう。」

ラッカスがシンの仮説を否定する。


「吸血系の能力を持ち、最低限の食事をだけ済ます善人の仕業・・・か。」

ダレオスがボソッと犯人像を割り出す。


「食物連鎖と言う言葉がある。最低限の食事だけなら見逃してやっても良いんじゃないか?

生きるための食事だし、俺たちも食べてる肉はもとは生き物だ。」

エアルが珍しい事を意見する。


「ほっとけねぇよ。例え食事の為の殺人でも、命ある以上、抗うのが生き物の常だ。

もしエナが餌食になったらそんな事言えねぇだろ?」

シンの言葉にエアルは黙り込む。

下を向くエアルをシンは黙って見つめる。

そのシンの表情にダレオスが気付た。


「エアルの意見も一理ある。一日、巡回を止めよう。」

意外にもダレオスがエアルの意見に賛成した。

一同はみな驚いたが、ダレオスが言う以上これ以上は何も言わない。

そのまま全員を解散させた。

エアルとシンは城を出て、それぞれの家に帰る。

それを見送るとダレオスは城に寝泊まりしてるクレインとラッカスを呼び出し、3人でシンの家へと向かった。



シンの家に行くと新米聖騎士になったシンの息子、アレスが3人を出迎えた。

アレスは3人に気付くと地面に片膝を付き頭を下げる。


「陛下。クレイン様。ラッカス様。ようこそわが家へお越し下さいました。

父は先ほど帰宅されましたので、ご案内いたします。」

シンの息子とは言え、新米聖騎士であるアレスから見れば彼らは雲の上の存在の人間である。

委縮し、緊張しているのが手に取るように分かる。

それでも最善の敬意を払おうとするアレスの姿が3人には頼もしく見えた。


「礼儀作法は良い。ここは王城じゃなくて、お前の家だ。そして俺たちはお前の父親の悪友だよ。」

ダレオスはうやうやしく頭を下げるアレスを笑いながらたしなめる。


「それより大きくなりましたね。アレス。噂は聞いていますよ。

ドラグシャーダ総攻撃が初陣で、いきなり敵国の将軍クラスを打ち取ったらしいじゃないですか?」

とクレイン。


「おほめに授かり、光栄の至りでございます。

しかし、まだ若輩者。父上ならばもっと簡単に敵将を打ち取るだろうと反省をしております。」

アレスは最敬礼の姿勢を崩す事無く、クレインに答える。


「反省個所はねぇよ。戦争に行き、生きて戻る事が1番国の為だ。

無理に戦果を挙げようとするな。無理は死を招く。生きて国に仕えよ。

俺の引退後はシンの代わりにお前が俺の息子の友達として守ってやってくれ。」

とダレオス。


「御意にございます。」

アレスは深々と頭を下げる。

アレスは真面目で頭が固い。

シンと言ういい加減な父親の息子で良くもこんなに育ってくれたものだと一同は感心していた。


「うちの息子をいじめてんじゃねぇぞ。」

家の奥から反面教師のシンの声がする。


「お前の息子に感心してたんだよ。親子逆転してんじゃねぇか?」

ダレオスが笑いながらシンに話しかける。


「バカ言え!アレスはまだまだ子どもだよ。」

シンは3人を家の応接間に案内する。

シンの奥さんが3人に冷たい飲み物を出してくれた。

シンの奥さんは3人と少し雑談をし、部屋を出る。



「それより、どうした?珍しいな?」

シンの奥さんが部屋を出ると、シンはお茶を一口飲み、3人に要件を聞く。


「お前、辻斬りについて何か心辺りがないか?」

ダレオスはいきなり話を持ちかける。

シンは黙り、お茶をまた一口飲む。


「可能性だ。いや、あり得ないと思うんだが・・・。」

シンが珍しく口どもる。


「なんだ?」とダレオス。


「実は、エアルは左腕に魔剣ミステルティンってのを宿してるんだ。」

シンはここに来て初めてミステルティンの事を3人に告げた。


「ミステルティン・・・人の血を吸う魔界の植物ですね・・・。

外部から血を吸って宿主の中で成長しますが、外部の血を吸うのを止めると、宿主の血を奪います。」

クレインが魔界の植物のミステルティンの説明をする。


クレインの説明の後、4人はまた黙り込む。


ここにいる全員が辻斬りの犯人はエアルであると感じている。

しかし、他でもないエアルなのである。

国を、国民を誰よりも愛し、そのために己の命を投げ打つ。

エアルは勇敢で誰よりも理想的な騎士なのだ。


1時間以上彼らは一言も声を上げない。

時々誰かがお茶を飲む音が大きく聞こえるほどに辺りは静まり返っていた。

みんな何をすべきか分かっている。


エアルを監視すれば良い。

しかし、エアルの犯行を目の当たりにしてしまうのを恐れているのだ。

一同は誰一人として口を開こうとしない。

それを言葉にするのをためらっている。


「やるしか・・・ないのか・・・。」

ダレオスが久しぶりに口を開く。


「ああ・・・。」

シンは目を瞑り、ダレオスに答える。



4人は立ち上がり、エアルの家の見える所へ移動した。

今夜一晩、エアルを張り込み、異変がなければこの疑いは晴らそうとみなで約束し、祈る気持ちで張り込む。


しかし、世界は残酷である。

夜更けに差し掛かる頃、エアルがこっそりと家の外へ出てきてしまった。

エアルは辺りを警戒し、歩みを進め、人気の少ない通りを歩く・・・。


シン達は何事もない事を祈りながらエアルの追跡をする。


ふと、1人の通行人がエアルとすれ違い、そして急に倒れた。

その倒れた通行人にはエアルの切断された左腕から伸びる根っこが刺さっている。


エアルは辛そうな面持ちでその通行人からミステルティンが血を吸い取るのを待っている。

守るべき国民を自分の手で殺める。

エアルからすればこれは拷問に近い苦痛であろう。


「エアル!!」

たまらずシンがエアルを呼ぶ。

エアルはビクッと体を震わせ、シンを見る。


「シン・・・。」



4人はエアルを連れて街から離れた森へと向かった。

5人は全員無言である。

これから何が起こるか全員分かっている。

クレインはずっとガタガタと震えている。


ある程度の所で、シンは立ち止まり、エアルに向き替える。

「この辺で良いだろう・・・。」

言うシンの表情は硬く、こわばっている。


「エアル・・・お前・・・なのか?」

ダレオスがエアルに聞く。

凛とした態度だが声が震えている。


「娘の顔を見てしまったんだ・・・。

ミスティルティンの宿命には気付いていた。

国民を殺めるくらいなら死のうと思っていた・・・。」

エアルが呟くようにか細い声で言う。


シャーーーー・・・。


シンはロングソードをゆっくりと抜く。

「一言相談して・・・死んでくれればまだ気が楽だった・・・。」


「ま・・・まってくれ!!

死ぬのは構わない!!

しかし、せめてもう少し待ってくれ!!

エナの声が聞きたいんだ!

あの子がどんな声でしゃべって何を考えるのか知りたい!!

どういう風に成長して、どんな男に恋をするのか見たい!

娘の・・・成長を・・・見たいんだ・・・。」

エアルが必死にシンに命乞いをする。


「それまでに何人の国民を殺めるんだ?」

シンの目には涙が溢れている。


「ダレオス!お前も子がいるなら分かるだろ!?

今は・・・見逃してくれ・・・国なら出ていくから・・・。」


「エナがその為に父親が大量殺人を繰り返してきたと知ったらどう思う?

父親として、そんな姿を見せられるのか?」

ダレオスがエアルに言う。

声は震え、必死に感情を押し殺そうとしている。


「クレイン!ラッカス!!何か方法は無いのか!?お前らなら・・・。」

エアルの言葉に2人は目を逸らし、じっと地面を見る。


エアルは一瞬目を閉じ、目を見開くと共に抜刀し、シンに切りかかる。


カァン!


エアルの攻撃はシンの大きな盾に阻まれ、受け止められる。

しかし、エアルにはミステルティンがある。

すかさず、左腕にあるミステルティンがシンに襲い掛かる。

しかし、その根をシンはかわし、ロングソードで切り捨て、エアルに急接近する。

エアルの動きが止まった。

シンのロングソードは急接近のタイミングでエアルの心臓を貫いていた。


「か・・・かはっ!」

エアルは口から血を吐き、シンの体に倒れこむ。

浅目に刺さったロングソードは深くエアルの心臓をえぐる。


「やっぱずるいな・・・魔剣を使っても勝てやしないのか・・・。」

目から涙をこぼすエアルの顔は何故か穏やかであった。


「・・・。」

シンは目をつむり、震える体を必死に抑えようとする。


「エナを・・・頼む・・・。」

言うとエアルはシンの体を押す。

踏ん張りの聞かないエアルの体はシンのロングソードから抜け、地面に仰向けに倒れる。

倒れたエアルの体はもう動かない。


シンはエアルの遺体に答える。

「当たり前だ。」


4人はみなだまりエアルの遺体を見つめる。

エアルの中にいるミステルティンがもぞもぞと動いている。


「クレイン!!何をしている!魔剣が生きてる!燃やすんだ!!」

シンが震える声でクレインに怒鳴るとクレインははっとして動き出す。


「ごめん・・・エアル、本当にごめんよ・・・。」

涙を大量にこぼしながらクレインは風水魔法を使いエアルを焼く。

肉を焼くにおいがツンと鼻を刺す。

彼らは一様に黙り込みエアルの体が焼き終わるのを見つめていた。



「英雄エアルは・・・聖山フラゼンガード登山の首謀者だ。

その責めを負い、俺が処罰した・・・。

辻斬りはクレインが焼き払い、解決した。

これで良いな?ダレオス。」

シンはダレオスに口裏を合わせるように言う。


「処罰をするようお前に命じたのはこの俺だ。これ以上お前一人で傷つくことは許さん。」

ダレオスはエアルから目を離さず、シンに答える。



この嘘により、ジールド・ルーンは厳格で国の為であっても法を犯すと厳重な罰則を受ける国だと国民に知れ渡る事になる。

法律の為に友を切り捨てたシンは心なき殺人鬼と呼ばれ、ダレオスは絶対法律の王と呼ばれる事となる。

しかし、こうする事により、エアルの辻斬りの一件は世間には知られず、遺族の責め苦を受けることなく、エナは成長する事が出来る。

そして、英雄エアルは英雄のままその名を歴史に刻む事になった。


英雄エアルは国の危機を救うため侵入禁止の山に登り、処罰を受けた非業の英雄である。

しかし、悪ガキ5人組を知る者はこの話には裏があると陰で噂をしていた。

その裏付けとして、ジールド・ルーン上級騎士団団長の席は18年過ぎた今でも空席なのがあげられる。


シンは静かに空を見上げる。

いつもは優しくみなを照らす月が、今宵は寂しく輝いて見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ