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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第三章~失望と幻滅の先にあるもの~
14/59

第十三話~バカの種類~

・・・-ン

ゴーン

ゴーン・・・


時と場所を戻してフォーランド国大森林地帯、遠き心の大鐘の前にて。


優人は最後の力を振り絞り、遠き心の大鐘に自分の槍を投げつける。

槍は鐘を守ろうと身を挺した麒麟を巻き込み大鐘を力いっぱい鳴らし始める。

優人は鐘の音を聞きながら、砕けた階段より落ちる感覚を感じていた。

幾度と続いた麒麟の雷の攻撃に体はもはや動かない。

それでも優人は満足していた。

目的であった大鐘を鳴らす事が出来たのだから。


優人はそっと目を瞑り綾菜を思う。

例え会うことが難しくても、実際は会うことが出来なくても、この鐘の音が綾菜に届いたと思うだけで優人は幸せであった。

優人の問い掛けに対する綾菜の反応は地上界の墓石同様何も無い。

それでも天上界に魔法が存在する。神もいる。

鐘の音が届く位の奇跡位はあっても不思議ではない。

地上界で墓石に話しかけるよりは伝わる気がするのだ。


綾菜・・・俺はここにいる。

今でもお前を思っている。


優人の意識はそのまま闇に吸い込まれるように消えていった・・・。



ドサッ


地面に叩き付けられる優人にエナが駆け寄り、回復魔法を掛け、すぐに優人を抱えて立ち上がる。

ふと上を見上げると優人が吹っ飛ばしたはずの大鐘が元の鐘楼の中に納まっていた。

その横で麒麟がエナを見ている。


まずい!!


エナは意識を失っている優人を抱えたまま、ショートソードを抜き身構える。


何を望む?女よ。


麒麟がテレパシーを使い話しかけてきた。


「彼を助けます。」

エナははっきりとした口調で麒麟に答える。


浅はかなり

それほどの大けがをした人間を抱え

一週間もかかる関所へと戻り

そこから治療院まで向かうというのか?


「そうするしかないでしょ?そもそもあなたがさせてくれるか不明ですけど。」


やりたければやるが良い。

私がエルザより賜った使命はこの鐘を守る事。

鳴らされた事は止むを得ん。

そして、鐘に用のないものを襲う道理はない。

しかし、これより数日間もの間、汝の回復魔法のみでその男の命の灯を守れるとは思わんが・・・。


麒麟の言う事は的を得ている。

優人を抱えこの森の中を歩き続けることすら不可能に近い。

冷静に考えれば考えるほど今、エナたちは詰みの状態なのである。

いや、優人を見捨てればエナだけでも助かることは出来る。

しかし、それが出来るようなエナではない。

エナは泣き出しそうになるのを必死に堪え、麒麟を睨みつける。


一つ、取引をしないか?


睨みつけるエナに麒麟が予想もしない言葉を投げかけて来た。


「な・・・何を?」

麒麟はこの場でエナを殺す事も出来る。

エナには麒麟に太刀打ちするすべが無い。

麒麟がエナに求めるものが想像できないのだ。

もし命だと言うなら自分の命なら麒麟に与えても構わない。

エナは麒麟の話を聞こうと思った。


これより、私はお前とその男を連れ、フォーランド王宮へと行く。

その代わり、王妃と話をさせよ。


「話?」

エナはいぶかし気が顔を麒麟に向けた。


安心しろ。

王妃との会話はお前も聞いても構わん。

王妃の命を取るような事もない。


麒麟の言葉にエナは少し考えるが、この状況で自分に選択権が無い事に気付く。

意志を持った雷の塊がスティアナの命を取ると言ってきても自分に止める術などない。

命を奪うつもりならば人間が麒麟に抗う術などそもそもないのだ。

エナは麒麟の申し出を受ける事にする。

エナの返事を聞くと、麒麟は一度体を光らせると、エナを巻き込む。


ゴロゴロ

ピシャッ!!

ドーン!!


雷が一瞬光ったと思うと麒麟は王宮の屋根に落ちる。

落ちた先には麒麟とエナと優人がいた。

雷の速さでの移動で麒麟はエナたちを王宮まで送ってくれたのである。

ドタドタとフォーランドの騎士たちがエナたちを囲む。


「ちょっと待って!!スティルと治療班を呼んできて!!」

エナは警戒する騎士たちに向かって叫ぶ。

フォーランドの騎士たちは麒麟の横で叫ぶエナに気付きざわめく。



そして少しして、スティアナ王妃がやって来た。


「おお?エナよ。無事に戻って来たの。優人はぁ~・・・ボロボロじゃの?」

言いながらスティアナは無防備にエナと優人の元へ歩いてきた。

スティアナは何故か横にいる一番いてはおかしい麒麟には触れない。


「ス、スティル?横に麒麟がいるんだけど。」

エナがスティアナに麒麟に気付くように促す。


「ふむ。こやつが麒麟か?と言う事は伝説の遠き心の大鐘も存在したんじゃの?」

スティアナは初めて見るであろう神の獣を見てもあまり驚かない。

こういう肝の大きさは本当に国の主に向いていると思うが、これではいつまでたっても本題に入れない。

エナは麒麟がスティアナに話がある事を伝え、麒麟に話を振る。

麒麟はテレパシーを使い話を始める。


今回の件で、神器遠き心の大鐘の存在が世間に知れ渡る事になる。

しかし、女神エルザにこの鐘を守るよう言われている私としては、人の立ち入りを禁じたいのだ。

我々は命を重んじる。

無駄に生き物を傷つけたくないのだ。

その為にあの地域に無差別落雷をし、生き物が近づかないようにしている。


エナは麒麟の行動に納得をする。


「ふむ。別に構わんぞ。そもそも思った人物に鐘の音を届けるだけの鐘なぞ役に立たんしの。

愛の女神エルザの神器が我がフォーランドにあるという事が大事じゃ。

それを守りたいのも我が願いぞ。法で禁じ、関所に騎士を付けようぞ。」

二つ返事でスティアナが答える。

スティアナの返事を聞き、麒麟は安堵の表情を見せる。


「スティル・・・神話の時代からずっと鐘を守り続けてきた神獣を前に役に立たないは酷いって・・・。」

エナがスティアナに力なく苦言を言う。


王妃が賢明で助かった。

では2つほど私の方から教えよう。

1つは、鐘の音は綾菜と言う女にしっかりと届いた。

もう1つは私を巻き込んで鐘を叩いたことにより、その男の槍には我が雷の力が宿ってしまっている。

元素魔法を込めると自動で雷も起こる。

その槍は今後『雷槍・ラインボルト』と名乗るが良い。


言うと麒麟は一度光を放ち、大森林地帯へと戻って行った。


「ふむ。優人は気を失っておるの?部屋で休ませ、神官を付けさせよう。

エナももう休むが良い。

明日、ジールド・ルーンのお主の上司と神官殿が来国するようじゃ。

接待をお主に任せたい。」

スティアナの言葉にエナは畏まって引き受ける。



そして翌日、ジールド・ルーンより聖騎士団長シンと宮廷司祭長ラッカスがフォーランドへ来た。

優人の意識はまだ戻っていない。

エナは一人で港へ行き、シンとラッカスを迎えに行った。


「おう!エナ。久しぶりだな。少し良い女になったんじゃねぇか?」

シンがエナに挨拶をする。


「シン。セクハラですよ。」

ラッカスがシンの発言を窘める。


2人とも身長にして2メートルを超す巨体である。


「かまいませんわ。ラッカス司祭長。お気遣い心痛みます。

シン団長も変わらずお元気そうで何よりです。左手の包帯は、怪我でもなされたんですか?」

エナはシンの左手の包帯に目をやる。


シンはその包帯を嬉しそうに撫で、声を出して笑う。

「こいつはな、うちの宮廷魔術師にやられたんだ。とんでもないお転婆でな、手を焼いてる。」


「本当は私の魔法で癒そうとしたのですが、この怪我の話をしたいからと断るんですよ。あなたの上司は・・・」とラッカス。

エナはシンの子どもじみた所にクスッと笑う。


「そうそう!!エナよ。ディバインヒートって魔法を知ってるか?」

シンがエナに話を振る。


「ディバインヒート?知りませんが何ですか?」

エナはシンの質問に質問で返す。


「ディバインヒートって魔法は金属加工用の付与魔法らしい。瞬間的に金属を熱くするんだ。」

シンは楽しそうにエナに話をする。


「金属加工?団長は武器作成を始めたんですか?」

エナはシンの話の意図が掴めず狼狽する。


「この魔法を金属のラージシールドに使いやがったんだよ。うちの宮廷魔術師は!

突然の事でつい盾を投げ捨てちまったよ。俺の無傷伝説が破られた魔法だ。

お前も気を付けろよ。魔術師は何をしてくるか分からねぇからな!!」

言うとシンはもう一度声を上げて笑う。


「かなりお気に入りのようですね?その宮廷魔術師の事を?」

エナは嬉しそうなシンに答える。


「ああ・・・久しぶりに面白いやつに会ったと思ってるよ。」とシンは答える。


「そして・・・私たちが来たのは面白くない魔術師の件です。」

雑談ばかりするシンにラッカスが割って入って来た。


「面白くない魔術師?ですか?」とエナ。


「カルマってやつを先日倒したな?」

シンが真面目な表情でエナを見る。


「え?は・・・はい。」

エナは答える。


「その倒した和装の男ってのは何者だ?」

シンは優人の事を聞いてきた。


「彼は地上界の剣士です。地上界には剣術の道場が存在し、そこで剣裁きを覚えたようです。」

エナはじっとシンを見据えて答える。


「シン?あなたはいつも本題から離れすぎです。今回の来国はカルマの足跡を追っての事です。

エナさん。カルマと戦った場所への案内と状況を詳しく教えていただけますか?」

ラッカスが本題をエナに打ち明ける。


「カルマなら優人さん・・・その地上界の剣士が討ち取りましたよ?

灰になって消えましたが・・・」

エナが答える。


「それが問題なのです。カルマは不死者の王。吸血鬼です。灰になっても復活をします。

彼を完全に消滅するには私のような神官が浄化の魔法を掛ける必要があるのです。」

ラッカスがエナに説明をするとエナは黙って2人の言うとおりに戦後掃除をしてしまった宮廷へと案内をした。

宮廷につくと二人はまず、スティアナ王妃に挨拶をし、カルマの事を説明する。

そして、許可を得てからエナを同伴させ、宮廷内の探索を行い、次にあの夜爆発の起きた場所を一日かけて回った。



夜はスティアナの好意に甘え、宮廷に泊まる。

シンは優人に会いたいと意思を伝えるが、優人の意識は未だ戻らず、会わせることが出来ないと丁重にエナに断わられた。

その代わり、優人とともに天上界に来た絵里を紹介し、4人で談笑しながら食事を済ませた。

ラッカスが優人の状態を心配し、寝る前に絵里と優人の部屋に行き、死亡判定をした後、回復魔法を掛けてくれた。

明日になれば優人の意識が戻ると伝え、そのまま寝室へと向かった。

絵里は深くラッカスに頭を下げ、お礼を言い、優人の寝ているベッドの足を軽く蹴った。



翌朝、優人はフォーランド王宮のベッドの上で目を覚ました。

優人の記憶では麒麟ごと遠き心の大鐘を鳴らしたところで途絶えている。

その後、自分がどうやってここまで戻ったか、麒麟はどうなったかが気になった。


虎太郎の死別以降、会っていなかった絵里は優人のベッドの横の椅子に座り、スースーと寝息を立てていた。

虎太郎の死からまだ1週間位しかたっていない。

絵里の心の傷は当然癒えていないであろう。

優人は絵里と今後どのように付き合っていくか、絵里の寝顔を見ながら思い更ける。


パチリ


突然絵里の目が開いた。


「あーーーーーー!!起きたな!この薄情者!!!」

絵里は優人と目が合うなりガバと立ち上がり優人を指さして大声をだす。


えっ?


優人は絵里の行動にキョトンとする。


「虎の死で心に傷を負ってる私を置いて、危険な事をしたでしょ!!

死んだらどうするつもりだったの!?

誰が私の心のケアをするのよ?デュークさんにそういう面倒くさい事を押し付けて・・・。

それを薄情と言わず、何とする!!!」


ええええええ?

滅茶苦茶理不尽な理由でブチ切れていらっしゃる!


絵里の主張に優人はなおさら困惑する。

と言うか、自分で面倒くさいとか言うなと心の中でツッコミを入れながらもとりあえず謝る優人。


トントン・・・


誰かが扉を叩く。


「はーい。」

絵里が返事をしながら扉を開ける。


「おう。相変わらず元気そうだな?入って良いか?」

何やら体の大きい男2人が絵里に気付き、話かける。


「うん。良いよ。」

絵里は勝手に入室を許可し、大男2人を部屋へ招き入れた。


大男のうち1人は一目で司祭だと分かるローブを身にまとっていた。

体つきはごっつく、ローブの上からも筋力の高さが伺える。

頭はスキンヘッドである事が特徴的である。


そして、もう1人の大男の方を向き、優人の視線が止まる。

その大男はノースリーブで肩の見えるシャツと長ズボンを履いていた。

その肩の筋肉の作りで前衛だと分かる。

体幹もしっかりしており、その佇まいだけでかなりの強者という事が分かる。

しかし気になるのは右腕より左腕の方が太い事だ。


武器は利き手とは関係なく右で持つ。

これには2つの理由がある。

1つは攻撃に使う腕は動きが激しくなる。

心臓が近いと疲労の蓄積が多いとされているのだ。

もう1つは攻撃するという事は一番攻撃を受けやすい部分であるという事である。

相手がどんな攻撃をしてくるか分からないが、やはり心臓を守るためには右に武器を持った方が安全なのである。


しかし、その大男は左腕が発達している。

優人はその大男の左腕をじっと見る。


「カルマを討ち取ったのは君かな?」

ノースリーブを来た男が優人に話しかける。


「はい・・・。」

優人は警戒を怠らず答える。


大男はそんな優人の視線を全く気にせず、優人に近づき、ベッドに腰かけた。


「どうやってカルマを討った?」

大男は話を続ける。


「シン。まずは挨拶をしましょう。私はジールド・ルーンの宮廷司祭長のラッカスと申します。

こちらはジールド・ルーン聖騎士団長のシンです。

そう警戒をしないで下さい。私たちはカルマ討伐に来ているのですから。」

ノースリーブの男を嗜み、優人に司祭風の男が挨拶をしてきた。


「ラッカス司祭・・・ですか。私は優人。カルマは私が討ち取りました。

確か、まずは首を切り落とし、それでも話をしてきたので頭を突き刺したと思います。」

優人はラッカスに答える。


「ふむ。その後カルマは灰になりましたか?」

ラッカスは優人の返答に突っ込んで話を聞く。


「灰になりました。それが何か問題ありますか?」

優人の返答に2人の顔が曇る。


「逃げたな・・・」

シンがポツリと呟く。


「まぁ、カルマを止めてくれただけでもありがたいと思うべきですね。

居場所は魔力痕跡を元に追いましょう。」

ラッカスがシンをなだめる。


「何か良く分かりませんが、仕留めきれずすいません。」

優人は素直に詫びを入れる。


「いいや、カルマをほっておいたら今頃フォーランドがどうなっていたか。

俺たちとしても本当に助けられたよ。

それより、良くカルマを倒したな?あいつ、瞬間転移魔法を使って回避するだろ?」

今度はシンが優人に話しかける。

シンは妙に優人の戦い方を気にしていると思い、不審に感じる。


「エナが神聖魔法を使って隙を作ってくれたのでその隙をついて接近して首を斬りました。」

優人は答える。


「そうか・・・」

シンは優人の返事に相槌を打ち、布団の上から優人の足の上に手を置き、優人の足を調べるように揉んだ。


「うん。分かった!!少し手合わせを願おう!!」

シンは立ち上がり、意外な事を言う。


「ええ?」

優人は予想だにしないシンの発言にきょとんとする。


「色々、知りたいことがあるんだ。お前も気になることがあるんだろ?

一戦すれば全て分かる。中庭で待ってるぞ。

ラッカス。優人が動けるように回復してやってくれ。

俺は王妃に頼んで中庭を借りてくる。」

シンはラッカスの静止を無視し、スタスタと部屋を出て行った。


「シン!!本題はカルマだって言ってるでしょ!!」

ラッカスがシンに怒鳴るがシンから返事がない。

ラッカスはしぶしぶ優人の怪我の治療を始めた。


ラッカスは司祭長と言われるだけありかなりの腕の治癒師である。

当分動けないと思っていた優人はすぐに回復し、中庭に向かった。


中庭でシンが鎧を身にまといラージシールドを自分に立てかけた状態で腕を組んで立っていた。

腰にはロングソードを鞘にしまっている。

周りにはギャラリーが集まっている。

スティアナに中庭利用の許可をもらった時に、城内の人間に優人とシンが手合わせをするという情報が広まったのだ。


「シン。ミステルティンの確認をするだけなのにここまでする必要はあるんですか?」

ラッカスは仁王立ちで優人を待つシンに気付き、声を掛ける。


「ミステルティン?そんな必要はねぇな。あいつはミステルティンとは全く関係がない。

普通に戦闘に長けてやがる。突進系の技は一級品だろうよ。」

シンは優人をじっと見つめながらラッカスに答える。


「はぁ?じゃあ何のための手合わせですか?」

ラッカスはシンに詰め寄る。


「あいつの人間性を見るための戦闘だ。」とシン。


「意味が分かりません。」とラッカス。


「あいつは生粋の剣士なんだよ。さっきの話の最中、俺の体のつくりを観察してたんだ。

俺が何者なのか?あいつが何者なのか?をお互い良く知るための手合わせだ。」とシン。


その2人の会話をエナは黙って聞いていた。

「バカみたい・・・。」と呟く。


優人は袴を着て中庭にやって来た。

優人は具足を履き、腰に居合刀を付けた状態で来た。

槍はまず通用しないだろうし、逆に邪魔になると判断した。


大盾か。それで左腕があんなに発達していたのか。


優人はシンの横に立てかけられているラージシールドを見て合点がいく。

一定の距離で優人は立ち止まる。

優人と一緒に来た絵里はそそくさと優人から離れ、エナの元へ行く。


「あの盾。優人さんどう攻めるんですかね?」

絵里はエナに駆け寄りながら話しかける。


「攻め切れますかね?団長の盾の防御能力は世界的に見てもトップレベルです。

攻撃特化の優人さんとは相性が悪い気がします。」

エナは絵里に自分なりの解説をする。


「戦闘開始の合図はどうする?」

優人はシンの目をじっと見つめ尋ねる。


「王妃!頼む。」

シンも優人から目を離さず、そっと右手でロングソードを抜き、盾を左手で持ち、優人に向けた。

盾の上からシンの顔が出ているが体はすっぽり館後ろに隠れている。

これは確かに攻めづらいと優人は一度ため息を吐いた。


「ふむ。では、わらわが合図をする。」

スティアナが言うと周りが静まり返る。



「はじめ!!」


スティアナが合図をすると同時に動き出したのは優人であった。

一気に間合いを詰め、抜刀をする。


カンッ!


甲高い音がなり、シンは優人の一撃を盾で受け止める。


「確かに突進力やよし!しかし、こんな直線的な攻撃が当たるか!!」

シンは優人の刀を盾で押し返し、ロングソードで切り付ける。


ブオンと鈍い風切り音が鳴る。

優人はとうの昔にシンから距離を置いていた。


ここだ!!


優人はシンがロングソードを振り終わった隙をついてもう一度間合いを詰め、切りかかる。


ゴッ!


突然鈍い音がし、地面に叩き付けられたのは優人であった。


なに!?


地面を見ながら優人は何が起こったのか分からないでいる。


「取った!」

シンが優人の頭上でロングソードを振りかぶる。

優人は居合刀を地面すれすれの所で振り、シンの足を狙う。


「おおっと。」

シンは優人の攻撃にいち早く反応し、後ろへ避ける。


また少しお互い距離が取れた所で優人は立ち上がる。

頭から血が流れ落ちてくる。

急接近した優人はラージシールドで殴り飛ばされたのだ。

頭がくらくらしているのを優人は実感する。

優人はそっと納刀し、シンを睨みつける。


「あそこで回避しないで足を狙って来るなんてな。剣速にかなり自信があると見える。」

シンは冷静に優人の心理を伺おうとする。


「あんたこそ。盾で殴るなんて知らなかったよ。そいつは身を守るものだと思ってた。

そもそもそんなにでかい盾で死角だらけなのになんでそんなに的確に攻撃ができるんだ?」

優人もシンに言う。


「ふん。聖騎士の盾が守るのは己じゃない。国なんでな。そのためには武器にもなるさ。

盾で見えない所にお前がいるっていうのは分かるから攻撃もできるんだよ。」とシン。


平気な顔で手の内を明かしてきただと?

余裕があるのか?


「なるほど。じゃあ、盾で国を守ってみろよ。」

優人は言うと刀を抜き、左手で刀を持ち、右手を切っ先に添える。

刃を真横に向け、切っ先はシンにまっすぐに向ける。


「バカか?突きを打つって丸分かりじゃねぇか?」

言うとシンは盾を構える。

シンは次の優人の攻撃を予測している。


突きはおとりで何かをしかけてくる。


ダッ!


優人は突きの姿勢でシンに向かい突進する。


カンッ!


盾でその突きを受け止める。

そこでシンは気付いた。突きに全く力が入っていない事に。


ん?

おとりにしても弱すぎる!?

何をする気だ?


優人はシンの盾に刀の切っ先を滑らせ攻撃体制に入ったシンの胴体の真横に切っ先をぐいっと突っ込む。

優人の刀はシンの胴体とロングソードを持つ右手の間に滑り込んだ。

そして、シンのガンドレットの裏側に刃を当て、力いっぱい後ろへ下がる。


何!?


パキッ


優人はにやりと笑い、シンを見る。

シンは右腕のガンドレットを見る。

ガンドレットの留め具が壊され、ガンドレットの安定感が失われている。


シンは黙って不安定なガンドレットを左手で確認している。

ガバガバになり、このままではうまくロングソードを振れない。


「くっ・・・がははははははっ!!」

シンは突然大笑いを始めると右腕のガンドレットを外し、投げ捨てた。


「面白れぇ!面白れぇよ!お前!!」

言いながらシンはラージシールドも投げ捨てる。


「お・・・お前!盾で国を守るんじゃないのか!?」

優人はシンの突然の行動にツッコミを入れる。


「ああん?国?そいつはうめぇのか?」

シンはロングソードを両手で持つ。


「おい!大丈夫か?この団長、なんかやべぇぞ!!」

優人はラッカスに聞く。


「シンが、ロングソードを両手もちしました。これはやばいですね・・・。」

ラッカスは小さい声でエナに話しかける。


「やばい?何をする気ですか?団長は?」

エナがラッカスに聞く。


「ドラゴンクラッシュ。元素魔法をシンの腕と剣に込めて使う大技です。

過去に邪竜を倒すときに使ってその名が付きました。」

ラッカスはエナに説明をするとエナの顔が青ざめる。


「シン!正気ですか!?」

ラッカスがシンに大声で問いかける。


「俺は正気だ!全力で回復魔法の用意をしとけ!!」シンはラッカスに答える。


「大技を出す気か?こいよ。」

優人はまた納刀をし、抜刀の構えをする。


「優人さん!ダメです!!避けて下さい!!ドラゴンを殺す技です!!!」

エナが優人に指示を飛ばす。


「野暮な事言ってんじゃねぇ!!行くぞ、優人!!」

シンはロングソードを振り上げ、優人に突進してくる。

シンの圧力が優人を一瞬ひるませる。

しかし、シンがドラゴンクラッシュの間合いに入った瞬間、優人はもう一歩踏み込む。


ドォン!!!!!!!!


激しい地響きと共に地面が揺れる。

その攻撃力の高さが伺える。

優人はシンの懐に潜り込んで一撃をかわし、じっとシンの振りあがった顎を見ていた。

優人はシンの攻撃をかわす為、ゼロ距離まで間合いを詰め、柄でシンの顎を打ったのである。

しかし、いつもならこのまま抜刀をするのだが、シンは抜刀が出来る距離まで顎が跳ね上がらず、幅がなくて抜刀ができない。


お互い、少し静止したのち、シンがよろよろと後ろへ下がる。


今だ!!


シンが下がったタイミングで優人は抜刀しながら追撃の横降りの一撃を繰り出す。

が、それに気づいたシンはもう一度優人の右腕をけり上げ、抜刀を阻止し、また距離を取る。


グキグキ


優人に顎を弾かれたショックで首をひねったようであるが、シンは首を鳴らし、無事を確認する。


「ふむ・・・お前、本当に強いな?」

シンが冷静に優人に言う。


「地上界の武道の基本概念は柔よく剛を制す。力だけで俺を倒せるとは思わない事だな。」

優人は刀を元の位置に戻しながらシンに言う。


「ふん。それでも、1度振り上げた剣は取り下げれねぇな。」

言うと、シンはロングソードをしまい。上半身の鎧を脱ぎだした。

そして、筋肉質な胸の前で両手の拳をガンガンをぶつける。


「お前・・・なんでそう・・・。」

優人はどう突っ込んで良いのか分からず、ため息交じりに言葉を発すると、絵里の方まで歩いて行く。


「え?何?」

聞く絵里に優人は居合刀を預け、シンの方を振り向く。


「対格差があるんだ。攻撃回避は卑怯じゃねぇからな!!」

言うと優人はシンに向かって走り出す。


「真面目か!!」

シンは突進する優人に右手の拳を振りぬく。

優人はシンの拳をかわし、懐に入ると、体重を入れてわき腹を殴りつける。


ドスッ!


「っつう・・・」

シンの腹部は鍛えこまれていて土壁のように固く、優人の拳を痛めつける。


「なんだ?そんなひょろっちぃ攻撃、痛くねぇぞ?」

シンは半歩下がり優人に左手で殴りかかる。

それを優人はうまくかわし、同じところに拳を打ち込む。


2人の殴り合いは20分にも及んだ。

優人も何発かもらい、顔が腫れ上がっている。


「ボディー効いてるよ!ボディー!!」

なぜか絵里が興奮気味に優人に野次を飛ばしている。

優人は20分間ひたすらシンの腹部を叩き続けていた。

至近距離は危険なので殴っては離れ、殴っては離れを繰り返し、地道に同じことを繰り返す。

「はぁはぁ」とシンの息切れが激しくなってきた。

唇は紫がかっている。

シンは未だかつて感じたことのない疲労感に襲われている。

それを見て絵里がポツリと言う。

「チアノーゼ・・・」


「え?何?」

エナが絵里のつぶやきに反応する。


「チアノーゼ。酸欠状態です。優人さん、必用にシンさんのお腹殴ってたじゃないですか?

ボディーブローは後になって来るんです。酸欠状態という爆弾と共に。

もっとも、こんなに長い時間殴り合うとかありえないんですけどね・・・」

今度は絵里がエナに解説をする。


20分と言うとボクシングでいう7ラウンドである。

しかも3分ごとに1分の休憩を普通は取るのに対し、今回2人はぶっ通しで殴り合っていた。

体力を回復させる間もなく、殴り合い、シンはボディーブローをずっと食らい続けていたのである。

チアノーゼが出るのが異常なくらい遅かったとすら言える。

そしてシンの怪力の一撃を優人はかわし続けた。

これもまた異常な事である。


「くそったれ!!」

シンは残った力を振り絞り優人に拳を振り上げる。

優人はシンの拳を両手の手のひらで受け止め、その反動を使いバク転の要領でシンの顎に蹴りを入れる。


「決まった!酸欠状態での顎打撃!!これは熊でも立てない!!」

絵里が相変わらず興奮気味に実況をする。


「顎打撃って何か意味があるんですか?」

エナは絵里に尋ねる。


「大ありです。チアノーゼで体が重くなってる状態で顎を揺らすと、三半規管が刺激されて立てなくなります。」

優人のサマーソルトを直撃され、シンはそのまま後ろに倒れこむ。

優人は着地がうまくいかず、片膝を付く。

「はぁはぁ」と息を切らし、シンが立ち上がるかをじっと見る。

シンは意識があるようで、立ち上がろうとぴくぴく手足を動かす。


「がははははははははっ!!」

シンは立ち上がらず、大の字で地面に倒れたまま大声で笑う。

そのシンの反応を見て、優人もほっと一息を付き、シンの横まで移動し、座り込む。


「お前。面白れぇな?なんだこれ?体が動かねぇよ!」とシン。


「動くか!!つか化けもんかお前は!?」と優人がシンし問い詰める。


「じゃあお前はもっと化けもんだな?」シンは答えまた声を出して笑う。


「まともにやったら勝てねぇよ。」優人は真顔でシンに言う。


「どうしてそう思う?」シンも真顔に戻る。


「右手のガンドレットが取れたくらいで盾まで投げ捨てたじゃんか?

あのまま普通にやってたら俺は攻撃のすべが無くなってた。」と優人。


「右手のガンドレットを外したら次は右腕を切り落とせば良い。

それで俺の攻撃はシールドアタックしかなくなるじゃねぇか?」とシン。


「そこまで俺の手口を予想してるやつの腕を、どうやって斬りおとす?

それに、ドラゴンクラッシュだっけ?

俺にとってはあれほど避けやすくて反撃しやすい技、ないぞ?

それくらい分かってただろ?」と優人が詰める。


シンはまた少しガハハハと笑い答える。

「お前がどう対処するか見て見たくなったんだよ。」


「そして極めつけは剣と鎧を外したことだ。

俺がしめたと思ってお前に切りかかってたらお前が死んでたんじゃないのか?」と優人。


「けど俺は生きてる。お前は俺の意思を組んだじゃねぇか?」とシン。


「それは・・・。」優人はここで言葉が詰まる。


「お前さん、頭は賢いが心は馬鹿なんだな。しかも馬鹿な心を優先させるタイプだ。

いろいろ損してるんじゃねぇか?」

シンの言葉に優人は黙り込む。


心当たりがある。

今回のシンとの戦闘でもそうだが、初めて天上界に来た時も、損すると分かっていながら田中たちを助けにいった。

あれに関しては本当に自分でも思う。

シンの言う『バカな心』とはああいう事を言っているのだろう。


思い更ける優人の横顔を見て、今度はシンが優人に質問をする。

「お前、もし英雄と呼ばれる親友が大量殺人犯に成り下がるとしたらどうする?」


「え?」

優人はシンの突然の質問に少し困惑するが、目をそっと閉じ、答える。

「俺なら、その親友を殺してでも止める。親友の名誉を守る為に・・・。」


優人の返答にシンは「がはははは」と大笑いをする。


「え?」

そのやり取りを聞いていたエナが反応した。

「ラッカス司祭。シン団長が言ってるのって、父の事ですか?ミステルティンの・・・」


「どうですかね。シンは国の法に乗っ取り英雄エアルを処罰しただけですよ。」

ラッカスはエナの質問に答える。

ラッカスの返答にエナは俯き、黙る。



シンは一笑いをするとむくっと起き上がる。

「おい、ラッカス!」


「どうしましたか?」

ラッカスはシンに大声で返事をする。


「優人ならカルマ退治を任せても大丈夫だと思うんだが・・・。」とシン。


「優人と私にカルマを任せてあなたは砦ですか?」ラッカスがシンに詰める。


「ああ・・・こいつなら立派に前衛をこなしてくれると思うんだ。」


シンの提案にラッカスは深くため息を付く。

「ダメに決まってるでしょ?カルマ討伐は聖騎士団長のあなたの仕事です。」


ラッカスの返答にシンは黙って拳を握りしめる。

優人はそんなシンの横顔を黙って見つめていた。


何か思い詰めている。

何か事情があるのだろうか?


「シン。砦ってなんの事だ?」

優人は率直にシンに聞くことにした。


「今、うちの国はスールムっていう国と戦争をしているんだ。

その防衛拠点に俺の息子が責任者でやっているんだが、籠城攻めにあってな・・・。

もう一か月以上経っている。援軍の派遣もしたんだが・・・。」

シンはゆっくりと優人に説明をする。


「分かった!!じゃあ俺が砦に行くよ。」

優人が立ち上がりシンに言う。

シンは目を丸くし、口を半開きにしたまま固まる。


「バカな・・・危険だぞ?」とシン。


「俺たちはもう仲間だろ?力になれるか分からないが、お前が行けないなら俺が行ってやる。」

優人はシンに答える。


「ついでに我がフォーランド海軍も派遣してやろう。」

スティアナが2人の会話に入ってくる。


「スティル!!フォーランドはまだそんな余裕ありませんよ!!」

エナはスティアナの急な提案に異を唱える。


「ナイトオブフォーランドが命を懸けると言っておるのじゃ。国が動いてもよかろう?」

スティアナはエナに悪びれる様子も無く答える。


「この国は亜人狩りの反乱でただでさえも人手が足りてないのですよ!」とエナの反論は止まらない。


「ではエナは国に残るが良い。」

スティアナが答えるとエナはグッと黙る。


「スティアナ王妃。気持ちはありがたいが、あなたは国を守ることを考えるべきだ。」

シンがスティアナに言う。


「それはジールド・ルーンの考え方じゃろ?

我がフォーランドは目につく友の手助けを最優先させる国じゃ。

海賊のようなはみ出し者はせめて仲間だけは大切にするんじゃよ。

我が国最上位の騎士がお主を友と認め、助けると言うなら我が国はそれを全力で援護する。

他国のお主がどうこう言う義理はなかろうて。

それに、ジールド・ルーンは聖騎士の国。陸での接近戦で無類の強さを誇るが海上戦では苦しいのでないか?」

スティアナの言葉にシンは黙り込む。

ジールド・ルーンはフォーランドが国になる以前にスティアナの父親が率いる海賊艦隊に大苦戦を強いられていた。

海上戦では分が悪いと判断したダレオスが、アジトを突き止め、そこを打つという作戦を決行し、海賊艦隊を一掃し、国にした。

ジールド・ルーンは現状ではスールム国との海上戦で優位に立っているが、それは大人数の勢力をそそぎこんでの事である。

海上戦に余裕が出来れば騎士たちを砦に行かせることも出来る。

つまり、海上戦において、フォーランド艦隊の援護程助かる援軍は他にない。


「恩にきる。」

シンは深くスティアナに頭を下げた。


「さて・・・ではわらわはこれから出陣の用意をする。

優人と・・・絵里は先にジールド・ルーンへ向かいダレオス陛下にフォーランドの意思を伝えてくれ。」

スティアナはエナを無視し、指示を飛ばし始める。


「ジールド・ルーンの王城に優人と絵里だけでは入れてもらえませんよ。

フォーランドの使者と言っても証拠がありませんし。」

ラッカスがスティアナに言う。


「そいつは困ったの?ではこの中で王城で顔の知れているものは・・・」

スティアナがわざとらしくエナの方に目をやる。

それにつられ周りが一斉に沈黙し、エナに視線が集中する・・・。


「分かりましたよ!!行けば良いんでしょ!!

その代わり、籠城救出戦が終わったら、スティル!!寝かせませんからね!!」

エナが怒りながらスティアナに言う。


「それが理想の殿方の発言であれば嬉しいのじゃがのぉ。」

スティアナは怒るエナを冗談で受け流す。


「せめてもの礼だ。亜人狩りどもも見かけたら片づけておいてやる。」とシン。


こうして優人、絵里、エナの3人は砦救出作戦に行く事になった。

天上界に来て初めて行く新しい国。

ジールド・ルーンは世界的に見てもフォーランドよりも大きな国である。

綾菜の情報も入る可能性が少しは高くなる。


優人は期待に胸を膨らませ、船出の時を待っていた。

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