第十話~竜喉炎症~
綾菜が宮廷魔術師になって3週間がたった。
まだ1か月もたっていないのにも関わらず、綾菜は城下町内でけっこう有名な人になっていた。
皇帝陛下直属の宮廷魔術師にも関わらず、城を勝手に抜け出しては洋服を買い、美味しい食べ物を探して歩きまくる。
中には戦争中にこんな呑気な事をしていると批判の声も出ていたが、大半は奴隷救出の英雄的な話が多い。
もっとも、基本的に綾菜自体が奔放な性格なので、あまり人の噂話は気にしていない。
それよりも、最近はお店が割引をしてくれるのが嬉しくてたまらないといった感じである。
そして、今日は運命の闇の日である。
定例会議を控え、綾菜は前回同様、眠りの魔法でトラップを仕掛けて待機していた。
しかし、ヨシュアも魔法に対する知識が無くてもバカではない。
同じ手に何度もひっかかるとは思えない。
この眠りの魔法は今回も脱出すると言う、宣戦布告の意味が強い。
少し時間を待ってから綾菜の部屋の外に出ると1人、聖騎士が通路で倒れている。
眠りの魔法に引っかかったのだ。
こいつはバカなのか?
綾菜は通路で罠にハマった聖騎士を指でつんつんする。
それを見たミルフィーユも真似をしてつんつんを始めた。
「綾菜。ミル。遊んでないで。外でヨシュア達が隠れてるわよ。」
シリアが2人に注意を呼びかける。
「さて・・・今回はどうくるかしらね?」
綾菜は指を鳴らすそぶりをしながら言う。
「楽しそうね。」
シリアがほほ笑む。
綾菜は警戒をしながら塔を降りていく。
しかし塔の中には聖騎士の姿は見えなかった。
「シリア?さっきヨシュアが隠れてるって言ったわよね?」
静けさを不審に思い、綾菜がシリアに確認をする。
「ええ・・・。つまりどこかで待ち伏せをしているのかと思います。」
シリアも周りを警戒しながら答える。
「人数に分がある聖騎士だから、総力戦に持ち込むと思うデス。
多分確実に私達が通る正門で待機をしてると見て間違いないデス。」
シノが言う。
「飛んで城壁から脱出する?」と綾菜。
「目立つデス。」
「待ち伏せって事は罠もあるかも知れませんね・・・。」
シリアが言う。
「正門か・・・。
いきなり地面を崩してやっても良いけど、城内を破壊すると後でめちゃくちゃ怒られそうだよね?」
「ガチキレされるデス。」とシノが答える。
「やるっきゃないか!」
綾菜が自分の頬をパシッと叩いて気合を入れる。
正門が戦闘の場だと思った綾菜達は急いで塔から外へ出ることにした。
それまで警戒していても疲れるだけだと判断したのである。
しかし、戦闘は塔を出た途端に始まる。
綾菜が塔の扉を開けたと同時にヨシュアが綾菜にシールドアタックをしてきたのだ。
ドンッ!
油断していた綾菜はヨシュアの盾に吹き飛ばされる。
「いったぁ~・・・」
尻餅をついて綾菜が呟く。
「綾菜!今日こそは定例会議に出席してもらうぞ!!」
ヨシュアがどや顔で綾菜に言う。
そのヨシュアの態度が綾菜の闘争心ならぬ、逃走心に火をつけてしまった。
「シノ!!少し時間を稼いで!!」
「デス!!」
綾菜が指示を出すとシノは大きな斧をヨシュアに向けて振り回す。
シノの攻撃は大振りで回避しやすいが当たると一発が致命傷になる。
当然ヨシュアは後ろにステップし、シノの一撃をかわす。
そして、攻撃終わりのシノのスキをついてショートソードを当てようとする。
ガシッ!!
ヨシュアのショートソードを持つ右腕が動かない。
ミルフィーユがヨシュアの右腕がっちり捕まえている。
子どもとは言え竜人の力は人間の大人並みにある。
「くっ!」
ヨシュアは左腕の盾を使い、ミルフィーユを叩こうとする。
しかし、そのタイミングで体制を整えたシノがヨシュアのわき腹から大斧を切り上げた。
「ぐほっ!!」
シノの一撃を直で食らったヨシュアは吹っ飛ぶ。
「くそ!」
ヨシュアは即座に立ち上がろうとするが、そこでミルフィーユが羽を広げ飛び上がり、少し高いところから炎を吐いた。
「ええええええ!?」
ヨシュアだけでなく、そこに居合わせた全員が一斉に驚きの悲鳴を上げる。
誰もミルフィーユが炎を吐けるなんて知らなかったのである。
子どもとはいえ、ドラゴンブレスは強力である。
ヨシュアは間一髪で避けたが、炎は一瞬で生えていた芝生を灰にしていた。
「殺す気か!?」
ヨシュアはミルフィーユに怒鳴る。
ミルフィーユはしくしく泣き始める。
「どうしたの?ミルちゃん。ヨシュアがいじめたの?」
綾菜が泣くミルフィーユの頭を撫でながら宥める。
「唇・・・火傷した・・・。」
ミルフィーユは分厚く焼けただれた唇を綾菜に見せる。
自分の炎で火傷とか・・・可愛すぎる!!
綾菜のデレは止まらない。
綾菜はダメだと感じたシリアはミルフィーユの所まで歩いていき治癒の魔法をかけてあげる。
その隙に体制を整えるヨシュア。
しかし、そこに綾菜が、ヨシュアを囲むように土の壁を作り、閉じ込めた。
「なっ?」
「あなたなんかと遊んでる暇ないの。じゃあね。」
綾菜はヨシュアに捨てセリフを吐き、城門へと歩き始めた。
「こ・・・こら!!待て!!」
土の牢獄から抜け出せないヨシュアは必死に綾菜を呼び止めるが、その声を無視していった。
城門付近まで歩いて来た。
「しまった!!」
綾菜は急に声を出し、周りを確認する。
シノとミルフィーユは地面に倒れこみ、寝入ってしまっていた。
眠りの魔法である。
しかし、綾菜とシリアは魔力探知ができる。
魔法の罠であれば、すぐに気が付くのである。
それを気づかれないようにする為にあえて魔力を下げるという魔力降下という技術である。
これをやると、魔法抵抗の高い魔術師には魔法が効きづらいが、シノやミルフィーユのような魔法体制が低い相手には効果がある。
この戦術をするやつは、魔法に自信があるやつだ。
「自分の良く使うトラップにひっかるとは、少しまぬけですかな?」
城壁から魔術師の男が姿をあらわす。
ジールド・ルーン宮廷魔術師のクレインである。
「あらあら・・・宮廷魔術師様は定例会議にご出席ではないのですか?」
綾菜がクレインに言う。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。」
クレインの言葉に綾菜とシリアは身構える。
「前衛はあの2人だけじゃないのですよ!」
言うとシリアが昆を構え、クレインに突進する。
司祭は基本的に回復がメインの役割である。
つまり、戦闘において前衛や後衛が優秀だと戦闘中にやる仕事が無くなる。
神殿勤めの司祭であればそれでも問題ないが、シリアのように綾菜と旅をするような司祭はある程度の戦闘技術を持つことが多いのである。
クレインはシリアの方に手をかざす。
するとシリアの四方を土の壁が囲む。
「え!」
シリアは土の壁に閉じ込められた形なった。
「これも先ほど綾菜さんがヨシュア君にやった魔法ですね。
この土の壁は物理防御用の魔法だと思ってましたが・・・
いやはや、こんな敵の無力化の方法があるとは思いませんでした。」
次の瞬間、綾菜はレイピアを抜き、クレインに突進した。
「え?」
魔法ではなく、剣での突然の攻撃にクレインは一瞬驚く。
しかし、こういう不意討ちは優人の脚力であれば功をなすが、綾菜の脚力では回避される。
クレインは少し大きめに綾菜から離れる。
綾菜はすかさず、クレインめがけて古代語魔法の爆発を放つ。
クレインは元素魔法の魔力結界を張り、それを防ぐ。
そして、綾菜の爆発の残りの炎のエネルギーを使い、炎の球を数個作り、綾菜に放つ。
綾菜は両腕に元素魔法の魔力結界を張り、全ての炎をはじく。
「ほぅ?確かにそうすれば魔力の消耗を抑えられますね?では少し大きめの魔法ではいかがですか?」
言うとクレインは風のエネルギーを使い、竜巻を起こし、綾菜に放つ。
綾菜は古代語魔法の爆発を竜巻に当て、かき消した。
ヒュン!
綾菜の右脇腹のあたりをかまいたちが走った。
「くっ」
綾菜は間一髪でこれをよけたが、服が少し切られ、白い肌が露出した。
「ほぅ?さすがにカンが鋭い。」
クレインは露出した綾菜の右脇腹を眺めながら言う。
「このエロ!お気に入りの服だったのに!!」
綾菜がクレインに文句を言う。
今、クレインは竜巻を起こし、そちらに集中させて、かまいたちを放っていたのである。
魔法使い同志の戦い方を知っている。
綾菜には奥の手が3つある。
1つは超巨大な攻撃魔法。
これは古代語魔法と風水魔法をかけ合わせた大技で、城ごと吹き飛ばす力がある。
これをここで使うのは反則であろう。
もう1つは召喚魔法。
これは付与魔法で作り出したパペットゴーレムという綾菜のオリジナルのゴーレムを出して戦わせる方法。
今は使いたくない。
最後の1つは・・・
「コールインプ!!」
綾菜はインプを5体出現させた。
「ん?インプなんて私に勝てると思っているんですか?」
クレインは鼻で笑い、インプにかまいたちを放つ。
インプは必死に逃げ惑うが、ほとんど瞬殺されてしまった。
「さて、何が・・・」
途中でクレインの言葉が止まった。
綾菜がいないのである。
逃げようにも、シリアとミルフィーユ、シノをほっといては無い。
魔法で姿を消して接近戦?
そんな不意打ちどうとでもかわせる。
何を狙っているのか、クレインは考える。
「コールオプティム!!」
クレインの目の前に魔法陣が浮かび、大きな花が召喚された。
これは!?
クレインの魔力結界がかき消されたのである。
オプティムとは、魔界に咲く花で通称『魔術師殺し』と言われている。
その由縁はすべての魔力を食べてしまう特性である。
つまり、今、この城内では一切の魔法が使えないのである。
周りを見渡すが綾菜の姿が見えない。
綾菜の姿消しの魔法も食われているはずだ。
「どこだ!?」
クレインが焦って声をだす。
「ここよ!!」
声のした方を見ると、綾菜はクレインの頭上真上から落下してきていた。
真上から重力に従いそのまま落下してくる綾菜をクレインはかわす事が出来ない。
そのまま顔面に綾菜の蹴りが入る。
「ぐぼぉ!!」
ドシャッ!!
クレインは綾菜の垂直落下蹴りをまともにくらい、そのまま仰向けに倒れこむ。
綾菜はインプでクレインの気を引いてるうちに、念のため、古代語魔法で姿を消し、古代語魔法で空を飛んだのである。
そしてクレインがインプを倒したのを確認してから、オプティムを召喚し、すべての魔法をかき消した。
その時に、クレインの魔力結界と自分の姿消し、浮遊の魔力もかき消される。
浮遊のかき消された綾菜はそのまま重力に従えば良いだけという戦法であった。
気を失ったクレインを確認し、綾菜は魔力の切れた土壁を壊し、シリアを助け出す。
そして、そのままミルフィーユとシノを連れて城を立ち去っていった。
その綾菜達の一部始終をバルコニーで見ていたのは、ジールド・ルーン皇帝のダレオスと、聖騎士団長シン。
後、宮廷司祭長のラッカスであった。
「痛快だ!」
ダレオスは綾菜の戦いに拍手をしていた。
「魔法対決でまさか魔法使用不可を使うとは面白いですな。
エルンのエドガー殿の弟子らしい、魔法にこだわらないがゆえに魔法を使いこなす発想です。」
ラッカスは髪の毛の無い自分の頭を撫でながら、解説をする。
「あの型破りな戦い方はかなり実践で使える。あの娘ならなんとかするんじゃねぇか?」
と言ったのはシンであった。
綾菜達はいつものボシュール・ド・カフェで食事を始める。
しかし、シノは目覚めたのだがミルフィーユはまだ目を覚まさない。
「ミルちゃん?ごはん食べよ。どうしたの?」
綾菜は抱っこしているミルフィーユの顔を確認する。
ミルフィーユの顔がいつもより赤くなっている。
「ミルちゃん?」
綾菜はミルフィーユのおでこに手を当てる。
熱い。
ミルフィーユは熱を出していたのでった。
「ご飯・・・?食べたくない・・・。」
ミルフィーユはうつろな目を綾菜に向け、答えた。
「具合悪い?シリア、ちょっとミルちゃんを見て。」
綾菜はシリアにミルフィーユを見せる。
この世界では、司祭が医者の代わりも務めているのだ。
「ミルちゃん、風邪ですか?」
シリアが尋ねる。
「分からないけど、熱が高いみたい。」
綾菜が答える。
シリアは綾菜の抱きかかえるミルフィーユにそっと手を伸ばし、魔法を唱える。
神聖魔法の致死判定という魔法である。
致死と言うと大げさに聞こえるが、この魔法は怪我等をしたときにその怪我がどれくらいの大きさで命に関わるかを測定できるののである。
生命に対する危険度と、どこがいけないかが判明できる。
「危険度3。細菌侵入に対する抵抗が落ちているわね。ただの風邪ね。抵抗力上昇の魔法と、痛みを和らげる魔法を施すわ。」
シリアが魔法をかけると、ミルフィーユの顔色はみるみると良くなる。
「でも、今日、明日は安静にしとかなきゃね。今日はボシュール・ド・カフェは止めてお城に帰りましょう。」
「うん。ありがと。シリア。」
綾菜は素直にお礼を言うと一行は料金を支払い城へと戻り、解散した。
ガチャ
部屋に戻り、ミルフィーユをベッドに寝かしつけたタイミングで、シリアとヨシュアとラッカスが部屋にやってきた。
ラッカスはジールド・ルーンの宮廷司祭長という役職についている。
シリアの上司である。
体は人一倍体が大きく、髪の毛が一本もないのがいかつさを一層際立たせている。
しかし、目が優しく、その落差が少しほっとさせてくれる。
「お邪魔致します。綾菜魔術師。」
ラッカスは綾菜に丁寧にあいさつをする。
「いらっしゃいませ。ミルのお見舞いですか?」
綾菜はラッカスとヨシュアを椅子まで案内し、紅茶を入れに良く。
「少し、ミルちゃんを診させていただいてもよろしいですか?」
紅茶を入れている綾菜にラッカスが尋ねる。
「ミルを?」
「はい。彼女は竜人で炎を吐きますよね?体内の作りが人とは違うと思うのです。」
「なるほど。お願いいたします。」
綾菜の許可をもらうと、ラッカスはミルフィーユに近づく。
「おじさん。誰?」
ミルフィーユは不安そうにラッカスに尋ねる。
「私はラッカスと言います。少し喉を触らせてね。」
ラッカスは優しくミルフィーユに言うと致死判定の魔法をミルフィーユに唱え、手を触れる。
そして、ふむふむと言いながら測定をしている。
端から見ると地上階のお医者さんの診断に見える。
「ふむ・・・やはり、さっき炎を吐いたのが原因ですね。」
「炎で?」
綾菜が予想もしなかった原因にびっくりする。
「はい。これは竜喉炎症という症状でドラゴンの子どもも良くこの症状を出す事があります。
基本的に炎を吐く生物は体自体が炎に対する抵抗が高いのですが、まだ子どもで体が出来上がっていないとこうなるんです。
症状は風邪と同じで高熱と咳が2週間前後続きます。」
「2週間もですか!?」
「はい。危険度は10段評価の3なので高くはありません。
でもちょっと辛いかな?ごめんね。ミルちゃん、よく頑張ったね。」
綾菜に説明をした後、ラッカスはミルフィーユに向き直り優しく頭をなでる。
2週間・・・
そんなに長い事この状態は可哀想だと綾菜は思う。
具合が悪いというのは色々不安になるのを綾菜は知っている。
自分の地上界での死亡理由は病気だ。
入院後わずか3か月でこの世をさったが、体はみるみる痩せ細くなり、力が出なくなっていく。
死が近づく恐怖との闘いであった。
ミルフィーユは死の恐れはないとしても体が不自由になるのは辛いはずだ。
「この街を出て半日歩いたところに月下竜水という薬草があります。」
綾菜の不安そうな顔を見て、ラッカスが言葉を発する。
「月下竜水?」
「はい。この薬草はドラゴンやこの辺に生息する獣ではグリフォンが良く食す草です。
シリア司祭はご存知ですよね?」
「はい。」
シリアは答える。
「そこで、場所を知っているヨシュア君にシリアさんの護衛と道案内をおませしてはいかがかと思います。」
「はい。お引き受けいたします。」
ヨシュアはすぐに返事をする。
「私は・・・。」
綾菜も行きたいが、ミルフィーユを置いては行けないし、連れてもいけない。
「今回、綾菜さんはここでミルちゃんと待っていて下さい。シノとヨシュアさんの3人で行ってまいります。」
シリアが綾菜に言う。
「うん・・・ごめんね。シリア。シノ。」
「です。」
シノが答える。
「俺には詫びはねぇのかよ?」
ヨシュアが少しすねる。
「はいはい。ゴメンネー。」
綾菜は棒読みでお礼を伝える。
「この・・・」
「はいはい。じゃあ行ってきますね!ラッカス様。ミルをお願いいたします。」
シリアは綾菜に文句を言おうとするヨシュアと部屋から押し出して行く。
その後、神殿で遠出の挨拶を行い、街から半日ほど進んだ所にある山にある月下竜水を取りに出かけた。
ヨシュア、シリア、シノの3人で出かけるのは初めての事でみんな緊張した面持ちである。
「この面子って事は、俺は前衛防御。シノは前衛攻撃で、シリアは後衛回復か?
攻魔がないのはグリフォン相手にきつくないか?」
ヨシュアはパーティー構成について語りだす。
「そうですね。ヨシュアさんにはグリフォンの攻撃を受けてもらう必要があるとは思います。
シノちゃんの一撃でなんとかなれば良いのですけど・・・。」
「デス。」
確かに今まで3人で旅をしてきた時は綾菜の魔法はどの戦闘でも役に立っていた。
敵との相性に合わせることができ、シノの攻撃補助もできる万能型の後衛。
というか、綾菜はレイピアを持ち、前衛に出ることもあったので、本当にこのパーティーの要である。
それが今回はヨシュアに入れ変わる形になる。
前衛が強くなるが、ヨシュアの使える魔法は元素魔法と神聖魔法をちょっとというレベル。
シリアがいる以上、ヨシュアの神聖魔法は無用という次元である。
3人は保存食を準備し、街を出た。
山へ続く山道はある程度舗装されているが、街の道に慣れたヨシュアにはいささか大変そうに見える。
ある程度歩くと狼が3匹現れる。
「ここはあまり人が近づかない。敵の出現は頻繁だから、体力と魔力の温存を気を付けよう。」
ヨシュアは2人に言うと狼に突進する。
左手に持つ盾を狼に向けている。
過去に綾菜にやったシールドアタックだ。
しかし、狼はひょいとそれをかわし、左横からヨシュアに襲い掛かる。
バシン!
ヨシュアは左手に持つ盾で飛びかかる狼の攻撃をはじく。
それと同時に右手に持つショートソードで狼の頭を貫いた。
そのヨシュアにもう1匹の狼が襲い掛かるが、その狼にはシノの大斧が火を噴く。
力いっぱい振り回された斧に殴られ、狼は吹っ飛び、向かいにあった木に激突する。
そして、体制を整えたヨシュアは最後の1匹を見る。
狼はガルっと一瞬吠えると走って逃げていった。
「ふう。」
ヨシュアは1度大きく息を吸う。
「2人とも初めてにしては息が合ってますね?」
シリアが2人に声をかける。
「狼だったからな。俺1人でも問題ないくらいだ。でも連携の練習になる。
もう少し戦闘をしてからグリフォンと遭遇したいものだな。」
「デス。」
「次は私も昆で戦闘に参加しますね?このパーティーは火力補填も考えたいので。」
「分かった。ただ、無茶をしないでくれよ?できる限り俺がシリア様をお守りしますが・・・。」
「分かりました。」
シリアは素直にヨシュアに従う。
そして、一行は山の麓に到着した。
空は夕暮れの赤色で満たされていた。
夜の登山になる。
山に入ると辺りは一層暗くなっていた。
どこかで一端休憩をしたいところだがめぼしい場所は見当たらない。
3人は山道の端により、少し休むことにする。
ヨシュアがたき火に火をつけ、周りに座り保存食にかぶりつく。
保存用に塩と胡椒が多めに振られていて味が濃く、そして旨いとは言えない。
中にはこれを使い料理をする冒険者もいるらしいが、そんな事に時間を使いたいとは思わなかった。
腹を満たして、寝る。
それが野宿の目的であるとヨシュアは考える。
もっとも、綾菜がパーティーにいたら、これでは許されないのだが。
綾菜は楽しむことに貪欲である。
例え、冒険中の保存食であっても何かしら手を加え、旨いものを作ろうとする。
シリア、シノも綾菜のそういう所に惹かれているのでヨシュアのやり方はあまり好きにはなれていない。
「ヨシュア。怖いデス。」
シノが保存食を食べながらヨシュアに話しかける。
「ん?何が?」
ヨシュアは意外な言葉にきょとんとする。
「殺傷力の無い盾で敵の懐につっこむです。」
「え?シールドアタックの事か?」
「デス。」
「シールドアタックは盾持ちの常套手段だろ?防御しながら攻撃が出来る理想の攻撃だと思うが?」
「でも絶対に倒せないです。」
「そりゃそうだ。バランスを崩した敵をショートソードで殺すのが戦法だもん。」
シノの主張はこうだ。
盾を敵に当てても敵は倒れず反撃をしてくる。
その隙にやられたら終わりだと言う事である。
シノの攻撃は遅いが敵に近づけば必ず止めを刺す。
逆に当たらない時のリスクが高いが・・・
「じゃあ逆に綾菜がいたらお前らどうやって戦ってたんだよ?」
ヨシュアがふてくされたように2人に聞く。
「綾菜さんは初っ端に爆発や炎の攻撃を放ち、威嚇します。そこで敵が倒れれば戦闘は終わり。
倒れなければ、シノや私がその隙に敵に近づいて殴ります。攻撃が失敗した時のリスクが低いんです。」
シリアが言う。
「そりゃそうですよ。遠距離攻撃が出来るんだから。」
「ヨシュアさんは盾で攻撃を弾いてから攻撃に転じるパターンが多いじゃないですか?」
山道で狼3匹との戦闘の後、複数回にわたり戦闘を行い、その時のヨシュアの動きの話をシリアはしている。
実際にヨシュアはまずは攻撃を受ける事で、優人でいう間合いを作る。
シノや優人は攻撃される前に敵を倒すのに対し、ヨシュアは攻撃を一端受けてから敵を倒す。
どうみても無駄で危険に見えてしまうのである。
「あのな?盾で攻撃を受けるのは、相手の力量を図るっていう役目もあるんだよ。」
「もし、敵が盾ごと破壊して来たらどうするです?」
シノが聞く。
「盾を破壊するなんて不可能だ!」
ヨシュアのいらいらが爆発する。
立ち上がり、1人で急に歩き始めた。
「ヨシュアさん!」シリアが止める。
「俺が1人で戦うからお前らは後ろで見てろ!」
ヨシュアは2人の静止を無視し、ずかずかと山道を進んでいく。
即席パーティにはこう言ったトラブルは良く起こる。
戦い方が違う。
間違っている戦い方をしている人間に自分の命を預けるのはとても危険だからである。
ただでさえもヨシュアは綾菜の手によるものがほとんどだが、シリアやシノたちに勝った事が1度もない。
一方のヨシュアは小さいころから世界の剣と称されるジールド・ルーンの戦法や戦い方を学び、誇りと自信を持っている。
それをけなされたように感じたのでなおさら苛立っているのだ。
自信を持つだけのことはある。
奴隷商人の剣士3人を倒したし、綾菜のインプも5匹しっかり倒している実績も実はある。
狼程度なら何匹出てもヨシュアは上手く倒して行ける。
ヨシュアは狼を倒しながらドンドン山を登っていく。
しかし、その進撃は山頂付近で止まることになった。
恐れていたグリフォンが現れたのだ。
グリフォンは顔は鳥、体はライオンのような体に翼が生えている。
戦闘のパターンは炎と前後の足に付いているかぎ爪、それと大きくねじ曲がった嘴である。
厄介なのは空を飛ぶこと。
空中からのヒットアンドアウェイはヨシュアの防御からの攻撃では相性が悪すぎる。
ヨシュアは盾を上に構え、グリフォンの攻撃を受け止め、ショートソードで突こうとする。
しかしグリフォンはすでに上空に退避している。
「くそっ!!」
グエェエェエエエエエ!!
突然グリフォンが悲鳴を上げる。
「なんだ!?」
「遠くから増援が来てます!!」
シリアが飛んでくる数匹のグリフォンを発見し、声をあげる。
「ふざけんなよ!!1匹でも大変なのに!!」
ヨシュアが文句を言う。
シリアがヨシュアに神聖魔法をかけた。
「これは・・・」
ヨシュアの体が白く輝く。
「神聖魔法。ジハドの加護です。ヨシュアさんの身体能力が一時的に上がります。
白い膜は貴方を守ってくれますので、多少の攻撃なら耐えられます。」
「わかった。恩にきる。」
ヨシュアはグリフォン数匹に対して身構える。
グリフォンは全部で4匹になった。
ヨシュアはグリフォンの攻撃を盾で弾き、攻撃を繰り返す。
しかし、グリフォンはすぐさま上空に避難し、ヨシュアの攻撃をかわす。
1匹のグリフォンが炎を吐いてきた。
「やばい!!」
ヨシュアはとっさに身を翻してそれを回避する。
「くそ・・・攻撃が当たらない。」
ヨシュアは空中でのヒットアンドアウェイを繰り返され苛立ってきている。
ズバッ!
そしてとうとうヨシュアの左肩を後ろから攻撃してきたグリフォンのかぎ爪が当たる。
「く・・・」
シリアのジハドの加護があってもダメージは吸収しきれない。
傷を負った左手で持つ盾は重く感じる。
ヨシュアの気が緩んだすきにもう一匹のグリフォンがヨシュアに襲い掛かる。
ヨシュアは盾を持つ手に力を入れ、防御をしようとするが盾が弾かれた。
その瞬間である。
シノが大斧をヨシュアに攻撃したグリフォンに投げつけたのだ。
斧はぐるぐる回転し、グリフォンに当たる。
グリフォンは吹っ飛び、地面に落ちて、ぴくぴくしている。
「今です!!」
シノが言うとヨシュアは地面に落ちたグリフォン目がけてショートソードを突きさす。
ヨシュアに刺されたグリフォンは悲鳴を上げ、息絶えた。
「あと3匹か・・・」
ヨシュアは上を向いて呟く。
「グリフォンの攻撃のタイミングは分かったです。後、3匹分攻撃を食らうです。」
シノは投げた大斧を拾いながらヨシュアに言う。
「バカ言うな!!盾を持つ手に力が入らないんだよ!!」
言うヨシュアの左肩の痛みが即座に消える。
シリアの回復魔法だ。
「これでお願いします。」とシリア。
「くそ・・・防御前衛って不幸だ・・・」
ヨシュアはしぶしぶ盾を持つ。
しかしグリフォンも今のでシノの攻撃で警戒し始めた。
次は2匹同時攻撃をしてきたのだ。
ヨシュアは盾と剣を使い上手くかわす。
その隙にシノが大斧を拾い、1匹の頭めがけて飛び上がり一撃を入れた。
グシャッ
鈍い音がし、グリフォンの頭が潰れた。
しかし、もう1匹のグリフォンがシノの目の前に移動し炎を吐いた!
攻撃直後で体が安定していないシノは炎の直撃を受けてしまった。
「シノ!!」
急いでシリアがシノの炎を消し、回復をする。
しかし、直撃した炎のダメージは大きく、回復が間に合わない。
「体が・・・熱い・・・デス。」
シノが回復を続けるシリアに言う。
「シノ・・・大丈夫か?」
ヨシュアがシノの方を心配そうに見つめる。
「ヨシュア!シノは命に別状ないわ!!グリフォンを見てて!!」
シリアは焦っていた。
シノの一命は取り留めたが、ダメージはでかい。
今後戦闘に参加するには最低でも1日は体を休ませる必要がある。
前衛はヨシュア1人である。
残ったグリフォン2体を相手にするには火力が足りない。
ヨシュアは必死にグリフォン2体の攻撃を受け続けている。
不意に食らうがその都度シリアの回復が飛び何とか持ち越す。
しかし、炎が来たらやばい。
グリフォンがシリアに攻撃を仕掛けたらやばい。
絶望的な状況が3人の精神を削る。
案の定、グリフォンが1匹シリアに向かってきた。
「シリア!!」
ヨシュアが叫ぶ。
シリアはシノを抱え目を瞑る。
ズンッ!!
痛みが来ない事に気づき、シリアはゆっくり目を開く。
シノが近くにあった木の枝でグリフォンの目を突きさしていた。
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!
目を突き刺されたグリフォンが悲鳴を上げながら、暴れ、近くに生えていた木に頭をぶつけ、ふらついた。
「トドメデス!!」
シノが言うとヨシュアは「うわぁあああ!!」と声を出し、目を刺されたグリフォンの心臓を突きさす。
「はぁはぁ・・・後1匹か・・・」
ヨシュアが最後の1匹を睨む。
グリフォンはまた上空に避難していた。
「シノ!ありがとう。でも怪我が・・・」
シリアはシノの心配をする。
「大丈夫です。ちょっと治りきってない火傷の傷が開いただけです。」
シノは男前なことを言う。
「シリア様。シノを連れてもう少し安全な所に行ってくれ。1匹なら何とかする。」
ヨシュアがシリアに言う。
「あなたの回復はどうするんですか!?」
シリアがヨシュアに怒鳴る。
「シノをこれ以上危険な目に合わせたくありません。
大丈夫です。自分もシン団長にしごかれた聖騎士ですから。」
ヨシュアがあからさまな作り笑いをシリアに向ける。
「でも・・・」
シリアが泣き出しそうな顔になる。
「大丈夫です。逆に動くと危険です。」とシノ。
シノの言うとおりである。
獣は動くものに反応する。
今はヨシュアが1番目立っているが、ここでシリアがシノを抱いて逃げ出したらグリフォンの攻撃の的はシリアに移る可能性が高い。
「ちっ。倒すしかないのか・・・」
ヨシュアはグリフォンをじっと睨みつける。
「ヨシュア!グリフォンは攻撃するときと逃げるときはまっすぐ直線に動くデス!」
シノがグリフォンの行動パターンをヨシュアに伝える。
動きの遅いシノの戦い方は敵の動きの観察から始まる。
そして動くなら動けなくさせる。
そのために、じっくり何度も見るのだ。
そして、シノの観察結果はほぼ確実である。
ヨシュアは遠くに落ちているシノの大斧に目をつけ、左手の盾を地面に投げ捨て、走り出す。
立ち止まっていたヨシュアが急に走り出したのでグリフォンは反応してヨシュアに襲い掛かってきた。
ヨシュアの背後からグリフォンのかぎ爪が襲い掛かる。
しかし、ヨシュアは斧を拾うためにしゃがんだのでこれを回避。
グリフォンは距離を置こうと飛び立とうとまっすぐ上昇する。
確かに、攻撃した角度から一直線に上昇している!!
ヨシュアはそのグリフォンの背中めがけて大斧を投げ飛ばした!
ドカッ!
斧はグリフォンに当たり、グリフォンは地に落ちる。
「終わりだぁああああああ!!」
地面に落ちたグリフォンが立ち上がる前にヨシュアのショートソードがグリフォンの心臓を貫いた。
「はぁはぁ・・・」
ヨシュアはグリフォンを刺した場所でしゃがみこむ。
シリアとシノもヨシュアが止めを刺すのを確認し、ほっとする。
「なんとかなりましたね?」
シリアがヨシュアに声をかける。
「まったくです。また襲われたらやばいですね。」
息を切らしながらヨシュアがシリアに答える。
「見つからないように静かに進みましょう。」
「ああ。シノは俺がおぶる。」
「じゃあ斧は私が。」
言うと一行はゆっくりと山を登る。
月下流水は山頂に生えていた。
月明かりに反応し、青く光り輝く。
無数の月下竜水に照らされた山頂はそれは幻想的な輝きを魅せていた。
シリアがその美しさに見とれる。
ヨシュアはシノを降ろし、何本か月下竜水を採る。
取られた月下竜水はその輝きを失い、普通の草となる。
それがまたはかなげで美しい。
月下竜水を手に入れた一行はそのまま下山をした。
早朝の日の光に照らされ、ヨシュアの鎧がボロボロになっているのが分かり、グリフォンの攻撃の激しさを改めて実感した。
「シノちゃん!!どうしたのその怪我は!!」
城に帰り、怪我をしているシノを見ると綾菜が小走りしてシノの怪我を確認してきた。
「だ・・・大丈夫です!恥ずかしいデス!!」
シノは怪我を確認しようとする綾菜の手を払いのける。
「大丈夫です。グリフォンが思ったより厄介でしたが命に別状はありませんから・・・。」
回復魔法を酷使していたシリアも少し疲れた顔で綾菜に答える。
「命って・・・。でも痛いでしょ?
シリアも本当にありがとう。」
綾菜が2人に感謝の言葉を掛ける。
「おい。俺は無視かよ・・・。」
ヨシュアが言うと綾菜はヨシュアを見る。
「え・・・。何その鎧・・・。ボロボロじゃん!
ヨシュア君も大丈夫だったの!?」
綾菜がヨシュアの方へ駆け寄り、鎧の破損具合と体の傷を確認する。
「いや・・・。大丈夫だけど・・・。」
ヨシュアが照れて目を反らす。
「大丈夫じゃないよ!ごめんね、ヨシュア君も無理させちゃった・・・。」
綾菜が申し訳なさそうにヨシュアの傷口の治療を始めようとするが、ヨシュアが綾菜から離れた。
「い・・・いや、俺は本当に大した事ないから!
これ、月下流水!早くちびに使ってやれよ!!」
ヨシュアは月下流水を綾菜に手渡し走ってその場を去った。
「ヨシュア・・・弱いけど頑張ってたデス。」
ヨシュアを見送る綾菜にシノが伝える。
「そう・・・。感謝しないとね。」
3人はヨシュアが見えなくなるまで見送り、塔の中へ戻る。
綾菜がミルフィーユのおでこに冷水を絞ったタオルを置きなおし、シリアが月下流水を煎じてミルフィーユに飲ますとミルフィーユの顔色と呼吸が見てわかる位良くなった。
「ママ?」
少し症状が軽くなったミルフィーユは綾菜の顔を見てニコッとした。
その表情をみて綾菜も安心したのかミルフィーユに笑顔を返した。
その後、ミルフィーユは3日後位に元気になった。




