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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
第二章~大国の宮廷魔術師~
10/59

第九話~亜人問題~

綾菜の就任式から1週間経った。

今日は闇の日である。


闇の日は綾菜の大嫌いな定例会議がある日だ。

眠くなるような話ばかりするくせに、寝ると怒られる悪夢の会議。

あの拷問が再びやって来た。

会議は午後から行われ、時間になると迎えの兵士が綾菜の部屋に来ると言う手はずになっている。


綾菜は昼頃になると、城内祭壇まで、シリアを迎えに行っていた。


「あら?どうしたの綾菜。珍しいじゃない?」

綾菜に気づくと、シリアは綾菜に声をかける。


「定例会議までお茶しようかと思って。」

綾菜はシリアを自室のお茶会に誘いに来たのだ。

シリアは二つ返事で参加してくれた。

クッキーを今朝焼いたとの事で、シリアは1度自室に戻りクッキーを持ってくる。

綾菜も城下町で買った紅茶の準備をする。



そして部屋で綾菜、シリア、シノの3人のお茶会は始まった。


「お昼過ぎから定例会議があると、闇の日はどこに行くにも気を遣いますね。」

シリアが軽く愚痴を言う。


「まぁ、仕方ないよ。公務だし。」

珍しく綾菜が定例会議を否定しなかった。


「あれ?綾菜、どうしたの?

いつからそんなまじめな子になったのかしら?」

また我が儘を言い、定例会議を抜け出そうとすると思っていた綾菜がまともな事を言ったのに安心したシリアが茶化す。


それに対し、綾菜はニヤリと悪い顔を返す。

その悪い顔をしている綾菜を見て、シリアに一抹の不安がよぎった。


「それにしても定例会議のお迎えが来ませんね。

確かお昼過ぎに兵士様がお迎えにあがるお話になっていたと思ったのですが・・・。」

シリアが綾菜に言う。


「そうね。今日は無いのかも知れないね?」

答える綾菜。


綾菜の返答にシリアは嫌な予感を感じ、確認をする。

「綾菜・・・何したの?」


「ん?」

綾菜の悪い顔が止まらない。

シリアは不安になり、部屋の外に顔を出す。


綾菜の部屋の周辺には魔力痕跡が残っている。

そして、3人ほど兵士が倒れていた。


「綾菜!!」

シリアは悲鳴を上げて兵士のところへ駆け寄る。

兵士は3人とも深い眠りについていた。


「あら?過労かしら?ブラック国って怖いわ~・・・。」

しれっとしらを切る綾菜。


「眠りの風を通路に待機させましたね?」

シリアが言う。


「あ~・・・そんな魔法の練習をしてたかも。

風の風水の魔力維持。

簡単だけどやっておかないと忘れちゃうもんね。私も精進しなきゃだし。」

綾菜はガッツポーズをしながらシリアに答える。


「本当に悪い子なんですから。」

呆れながら言うシリア。


「じゃあ定例会議に出席できなくなったし、ボシュール・ド・カフェ行きましょ?」

綾菜は椅子から飛びあがり、シリアに言う。


「デス!!」

綾菜の提案にシノが即座に反応した。


「ちょっと!何を言っているんですか!?こんな事をしたら後で怒られますよ!!」

シリアが2人を止める。


「えっ?どうして?」

綾菜が人差し指を口に当てながら、シリアに聞く。


「今日は定例会議ですから・・・。」


「でもでもぉ~、会議の場所は毎回変わるらしいから兵士様が教えてくれないと分からないしぃ~・・・。

その兵士様は時間になっても迎えに来てくれないしぃ~・・・。」

綾菜はとぼけ続ける。


「来れないのはあなたが眠りの風を仕掛けたからでしょ!?」と、シリア。


「え~・・・。それは、宮廷司祭のあなたが神殿でお祈りをするのと同じで、宮廷魔術師の私も魔法の練習をしてただけよ?

私は私で公務です。時間通りに迎えに来なきゃいけない兵士様が時間になっても来ないんだもん。

これは会議が中止になったと考えるのが妥当じゃない?」

綾菜は白々しい主張をシリアにする。


「・・・その主張でダレオス陛下が納得すると思いますか?」

シリアが聞く。


「怒られたら謝れば良いじゃん。もう魔法の練習はしませんって。」

綾菜が答える。


「はぁ・・・。」

シリアは深いため息を付くと、諦めて綾菜とボシュール・ド・カフェに行く事にしてくれた。



綾菜の部屋は城の右塔の3階になる。

階段を降り、塔を出、正門へ向かうのだが、正門が城を抜け出すには1番の難所だ。


門兵である。

正門には2人の聖騎士が立っていた。

綾菜は緊張しながら正門を通ろうとする。


「あれ?綾菜ちゃん?定例会議は?」

門兵が綾菜を呼び止める。


「時間になってもお迎えが来なかったし、やらないんじゃないかな?」

綾菜は冷静を装いながら聖騎士に答えた。


「え?決定事項は必ずやりたがるダレオス陛下が、中止にしたんですか?

何かあったんですかね・・・。」

門兵が呟く。


「うん。理由は分からないけど・・・。そ、そろそろ行くね。」

言うと綾菜はそそくさと正門を抜けようと歩き出した。


「綾菜!!!!!!」

歩き始めた綾菜達の後ろから大声が聞こえる。


「げっ!ヨシュアだ!!」

綾菜は振り向き、1番の天敵を目視する。


ヨシュア・マールグレイ。

若くして聖騎士団主任という任を任されている聖騎士だ。

真面目で仕事に対する責任感が強い。

先日のワーラビットの件で、彼の人道的な采配を見て、少しは仲良くなれるかもと一瞬思ったが、どうしても堅過ぎる性格が綾菜と気が合わない。

あの件以降、事ある毎に綾菜を虐める悪人である。


「シノちゃん!」

綾菜が名を呼ぶと「デス!!」とシノは返事をし、大きな斧を振り回す。


ガガンッ!!


さすが前衛最強を名乗る聖騎士の門兵。

シノの巨大な戦斧の不意打ちを2人とも盾でうまく受け止める。

しかし、シノの1番の武器は腕力である。

威力の強さで2人とも尻餅をついた。


「今よ!!走って!!」

綾菜が言うとシリアとシノは一斉に走り出した。


後ろからヨシュアが追ってくる。

手足が短く、走るのが遅いシノがすぐに追いつかれそうになる。


「アイス・ボルト!!」

綾菜は古代魔法で氷を出現させ、ヨシュアの足元に氷のつぶてをぶつける。

ヨシュアは氷のつぶてを踏み、よろけた。


「フリーズ!!」

ヨシュアに踏まれて割れた氷のつぶてを今度は風水魔法でエネルギー変換させる。

氷の塊の性格属性は『触れた物を凍らせる冷気』。

砕けて、道路に散らばった氷は路面を一瞬で凍りつかせた。


その氷ついた路面に今度は風水魔法の魔力維持をかける。

こうすることにより、一定時間氷は解けなくなる。


「クリエイトウォーター!!」

そして凍った路面上に、古代語魔法で水を作り、路面にばらまいた。

氷の上に水をばらまくと摩擦がなくなりつるつると滑る。

聖騎士は足の裏まで金属製の鎧である。

綾菜達の靴以上に滑りやすくなる。

案の定、ヨシュアも滑って転んでいる。

綾菜はニヤリと不敵に微笑む。

「よしっ!!ボシュール・ド・カフェまで走るわよ!!」


かくして、綾菜の定例会議逃走作戦は成功に終わった。



「んっまぁ~い!!」

ボシュール・ド・カフェでいつものイチゴサンデーと紅茶を食べる綾菜は満面の笑みを浮かべている。


「しかし・・・ただのサボりにあそこまでの魔術融合をやるなんて・・・。

あれだけの風水魔法と古代語魔法を連続で使う技術はすごいのに、もう少し使い道は無いものかしら・・・。

技術を教えたエドガーさんも悲しみますよ。」

シリアは綾菜の魔法の使い方に苦言を呈す。


魔術融合は魔法使いとしてはかなり高度な技術である。

即座に各魔法のメリットとデメリットを判断し、それぞれの弱点を補う魔法の使い分け。

それには豊富な知識と経験が必要だからだ。

ジールド・ルーンの聖騎士も対応しきれない程に、その技術の高さは計り知れない。


「エドガー先生は私よりタチが悪いよ。」

綾菜はイチゴサンデーを食べながら、エドガーを悪く言う。


綾菜の魔法の師エドガーとは、魔法大国エルンでも三賢者と呼ばれる魔法使いの1人である。

エルンには最高の魔法使い、全知全能と呼ばれるエルオと言う魔法使いがいる。

その直属の弟子が3人いて、その1人がエドガーである。

エドガーはその3人の中でも実力がトップで実質エルン国内で2番手の魔法使いと言われている。

この世に存在する魔法は全て扱えるとまで言われており、その魔法の応用力も尋常では無い。

しかし、性格は軟派で女好き。

女好きと言ってもフェミニストと言うイメージで紳士的だが、誰でも口説こうとするタイプ。

その軽いイメージが災いして、特定の女性が中々出来ないらしい。

優人が好きで、その気持ちに他の男の割り込む隙の無い綾菜からしてみれば、『ちょっとウザいけど頼れるお兄さん』と言う感じの人物だった。



「綾菜ぁああああああああ・・・。」

ゼエゼエと息を切らせながらヨシュアが店の前まで追ってきた。


「あら?聖騎士様?

そんなに息を切らせていかがしましたか?」

綾菜はイチゴサンデーを頬張りながら、ヨシュアに返事をする。


「お前な・・・。」

息を整えながらお説教をしようとするヨシュア。


「コール・インプ。」

綾菜はヨシュアの言葉を遮るように召喚魔法を使った。


すると、5匹のインプと言う低級の妖魔が姿を現した。

召喚された獣は、倒されると魔界に戻る。


「あの聖騎士の注意を奪って。」

綾菜はインプに指示を出す。


「キャッキャッ!」

綾菜に命令されたインプはヨシュアに体当たりをする。

ヨシュアはインプの攻撃を盾でいなす。

あくまで注意を奪うだけなので、攻撃しては逃げ、攻撃しては逃げを繰り返し、ヨシュアを苦戦させている。


「今のうちに食べちゃいましょ?」

綾菜は2人に言う。


「デス。」

シノはパンケーキとジュースを食べる。

シリアはサラダにドレッシングを掛け、紅茶と一緒に食べ始めた。



「お前ら・・・。

良くこの状況でゆっくり食事出来るな?」

綾菜達が食事を終えた少し後に、インプ5体を倒したヨシュアが店内に入ってきた。

かなり息が上がっている。


「ここの料理おいしいんだよ。」

綾菜はヨシュアに教えてあげる。


「そういうことを聞いてない!!」

ヨシュアが綾菜に怒鳴る。


「もう・・・店内で大声を出すなんてマナー違反だよ。

聖騎士なんだから、一般の人に迷惑かけないで。」

と、綾菜は落ち着いた面持ちで言う。

言ってることは分かるが納得できない。

ヨシュアはぐっと黙り込む。


ドドーン!!!


そのタイミングで外から大きな音がなる。


「綾菜!?今度は何をした!?」

ヨシュアがいきなり綾菜を叱り始めた。


「外よ!!」

言いながら綾菜は外に出て、音のした方を確認する。

家が一つ吹っ飛んでいる。


「魔力暴走ですか!?」

シリアが第一原因を口にする。


「魔力暴走!?

街のど真ん中で魔法を打つ非常識な奴なんているのか!?」

ヨシュアの何気ない言葉に女3人は俯く。

『街のど真ん中で魔法を打つ非常識な奴』はここにもいる。

悪意の無い言葉にちょっと良心が傷ついた綾菜であった。


「ちょっと行ってくる!

宮廷魔術師の公務よ!!食費は経費でヨシュア君お願い!!」

言うと綾菜は走って行く。

それにシリア、シノも続く。


「払えるか!!って料金?」と、ヨシュア。


「聖騎士様・・・お会計6200ダームになります。」

話を聞いていた店主がヨシュアに言う。


「いや、これ、経費にならなくて・・・つか何食ったらそんな金額になる!?」


「オムライスが1200ダーム。

イチゴサンデーが600ダーム。

ローストビーフとパンのセットが1500ダーム。

パンケーキが800ダーム。

サンドイッチが900ダーム。

ドレッシングサラダが600ダームと飲み物が3つで600ダームです。」

店主は淡々とヨシュアに明細を話す。


「あいつらそんなに食ってやがったのか!?」


「はい。お会計を・・・。」

ヨシュアはしぶしぶ料金を支払って綾菜達を追いかける。



爆発のあった場所に着くと、小さな子供が空を飛びながら魔力衝撃派を全身から飛ばしていた。

背中には赤い翼が生え、頭には二本の角がある。

歯には牙が生えていてそれが八重歯みたいで可愛らしい。


「いやぁ~!!こないで~!!」

女の子は泣きながら無属性の魔力衝撃派を全面に放ち続けている。


「何?この力・・・。」

衝撃波に耐えながら綾菜が近くにいた町人に聞く。


「竜人の子供です。」

近くにいた町人が綾菜に答えた。


「竜人!?・・・赤い翼の竜って事は赤竜の亜人!?」

綾菜の顔が青ざめた。


赤竜と言えば伝説の赤竜アムステルの末裔である。

そのアムステルの血を引く竜の亜人。


「特別変異で産まれた子・・・。至高神ジハドの同族です!!

なんでこんな所に・・・。」

シリアが口を開く。


「首を見て。ギアスカラーをしてる・・・。

バカな事を・・・。」

綾菜が女の子の首を見ながらシリアに言う。


魔力衝撃波とは一般には元素魔法とされているが、綾菜達は失敗魔法としている。

自分の魔力を自分の魔力でエネルギー変換して攻撃に転じさせる魔法である。

つまり、10の魔法を使うとき、10の魔力を10の魔力でエネルギー変換するので10の効果を出すために20の魔力を使う。

消費魔力が倍掛かるので、普通は魔力以外のものを魔力変換させる。

この魔法の使い方は実は危険でもある。

知らぬ間に魔力が尽き、己の命を削ることがあるのだ。


綾菜は魔力衝撃波を受け止めながら少女の首をもう一度確認する。

首には奴隷につける『ギアスカラー』が取り付けられている。

ギアスカラーとは主人に悪意を持つと、締め付けるという品物である。

しかし、今、少女は全体に魔力衝撃波を打ち続けている。

主人に悪意があるならば締め付けられて呼吸ができなくなり気を失う。

それが無いという事はそういう意思はない。

無我夢中で自分でも何をしているか分かっていないと言う事である。


綾菜は近くにいる町人に話を聞く。

「あの子、どうしたの!?」


「あ・・・奴隷商人から買って・・・。」

町人がバツが悪そうに綾菜に説明をする。


「買って!?何したの!?」

綾菜の瞳に嫌悪の色が浮かぶ。


「殴ってみました。

竜人の皮膚って硬いって聞いていたので、ハンマーで・・・。

そもそも竜人って生まれながらにして化け物だって言うから、いろいろ試してみたかったんです。」

町人が綾菜に言い訳をする。


「なんて残酷なことを!!

どう見てもまだ子ども・・・と言うより幼児じゃない!!

亜人の特殊能力も扱える歳じゃないでしょ!?」


亜人と言ってもいきなり特殊能力が備わっているとは限らない。

夜目が効く猫も産まれて目が開くまでは何も見えない。

2足歩行が出来る人間も生まれてすぐに2足歩行が出来る訳がない。

それと同じように亜人も成長過程で少しずつ特殊能力が身に付いて行くのだ。

竜の亜人特有の皮膚硬化やドラゴンファイアもいきなりは出来ない。

幼児の間は普通の子どもなのだ。


それでなくとも、いきなり理由もなくハンマーで殴られるなんて誰だって怖い。

そんなことをされて、あの子は動揺し、暴走したのだ。

ある意味、自行自得である。


「この後、あの子をどうするつもり?」

綾菜が町人に聞く。


「こ・・・殺してくれ!あんな化け物いらない!!」

町人が怯えながら綾菜に答えた。


綾菜はイラッとする。

勝手にさらって来て、手に負えないと殺す?

どれだけ命に無責任なんだとこの場でこいつをひっぱたいてやろうかとすら思った。


「竜の子は生まれてすぐに子を手放すドラゴンの習性に乗っ取り、捨てられます。

普通のドラゴンであれば、それでも勝手に成長していくのですが、人の血が入ってるからドラゴンよりも弱くて、1人で生きていけません。

だから死ぬ前に捕獲されてくるってこと自体珍しいのだけど・・・。」

シリアが綾菜に事情を説明する。


「何それ?可哀想じゃん!?」

綾菜がシリアに言う。


「そうね、まだ甘えたい年頃なのに・・・。

何も知らずにこんなところに連れてこられて、理由も無く殴られて・・・。」

シリアが俯きながら言う。


綾菜は魔力衝撃波を受けながら少し考える。


「あの子、私に頂戴。シリア、ギアスカラーのカギもらって。」

と、綾菜。


「分かりました。」


綾菜は町人の返事を聞かずに話を進めた。

もし、カギを渡すのを拒んだら力づくでも奪ってやるつもりである。


「みんな下がってて。」

言うと綾菜は一歩前に出、両手を竜の亜人の子どもに向ける。


「え?綾菜?」

綾菜の構えを見てシリアが綾菜を止めようとするが、その前に綾菜の手から魔力衝撃波が放たれる。


こうして、魔力衝撃波対魔力衝撃波の激突が始まった。

竜人の子は全体に放つのに対し、綾菜は前方からのみになる分、有利ではあるが・・・。


「綾菜!!眠りの魔法を使って!!」

魔力衝撃波対決をしようとする綾菜にシリアが指示をする。


シリアも魔法について知っている。

綾菜のしようとしている事はとても危険なことである。


「嫌だ!!」

綾菜は竜人の子どもを正面から迎え撃つ事にしたのだ。


あの竜の子どもを奴隷として受け取るつもりなど綾菜は元より無い。

あの忌まわしいギアスカラーを外して、母親代わりになるつもりなのだ。


親の愛を知らないなら自分がその愛を教えてあげる。

悪い事をしたら、しっかり叱ってあげて、勉強もさせてあげて・・・。

あの子が嫌がる事でもやらせないと成長しない事もある。

だだをこねても言う事を聞かせなければいけない時がある。

そうするには力比べで勝って親の偉大さを教えておくべきだと思ったのだ。


ドドドドドドドド!!


2人の魔力衝撃波の衝突は10分に及んだ。

10分間魔力の垂れ流しを続けている。


「く・・・。」

魔力衝撃波を腕から前方に放ち続けている綾菜の顔が引きつる。


綾菜の魔力は魔法大国エルンでもかなり高い分類である。

並大抵の魔術師であれば1分持たずに綾菜に吹っ飛ばされるであろう。

その綾菜と魔力衝撃波で張り合うという事はあの竜人の魔力はかなり高い。

しかも、前方のみの魔力照射をしている綾菜に対し、竜人の子どもは全方向に飛ばし続けているのである。

火事場の糞力という言葉もあるが、それにしても凄いものである。


「いやだぁあーーーー!!」

竜人の幼女の魔力衝撃波が一瞬綾菜を押す。

が、それが最後の力であったのであろう。

徐々に綾菜に押し返され始める。


「綾菜!後、少しです!!」

シリアが綾菜に声援を送る。


徐々に綾菜の魔力衝撃波が竜人の少女に近づく。

そして、当たるか否かの所で綾菜は急きょ衝撃波を消した。

当てずとも魔力の尽きた竜人の少女は力尽き、空中から地面に落ちる。


「シノちゃん!」

綾菜はすかさず、シノの名を呼ぶ。


「デス!!」

シノは返事をするとダッシュし、落ちてくる竜人の少女を受け止めた。

竜人の少女はシノに後ろからお腹を抱えられる形になっていた。

綾菜は「ふう。」と一息入れると、竜人の少女に歩いて近づく。


「や~!!」

竜人の子どもは、綾菜が近づくと右手で力いっぱい綾菜を振り払おうとする。


「おっと。」


キィン


綾菜は左の腰に差していたミスリル銀製のレイピアで少女の攻撃を受け止める。

この反射神経の良さは優人の道場で育まれた。

綾菜は良く優人の道場に付き合い、稽古する優人を眺めながら館長とお茶を飲んでいた。

道場には優人よりも剣速の速い人もいた。

そんな人たちの剣を眺めながら、館長に夢想神伝流の技について説明を受け続けて来ている。

居合は剣速の速い武術である。

その動きに見慣れているのだ。

体の動かし方の知らない素人の攻撃なんて簡単に見切れる。


ズサッ!!


しかし、竜人の少女の一撃は重い。

綾菜は吹っ飛ばされそうになり、右足に力を入れ、体を支える。

魔力も尽き、物理攻撃も受け止められた。

綾菜に抗う術を無くした竜人の少女は今度は泣き始めた。


「こないで~・・・。ぶたないで~・・・。」

綾菜に勝ち目が無いと悟ったのか、その声はかなりか細い。


「どうして私があなたをぶつの?」

綾菜は優しく少女に問いかける。


「私が、化け物だから・・・。」

少女は泣きながら答える。


「じゃあ、ぶつ必要がないじゃない?

あなたより私のほうが強いのは証明できたし・・・。

あなたが化け物なら、私は魔王かしら?一緒に世界征服してみる?」

綾菜はクスクス笑いながら、少女を抱き上げる。

綾菜に抱かれ、少女は泣き止み、自分を抱く綾菜の顔を見る。


可愛い!!


綾菜は少女の顔を改めて見て気付いた。

髪は初めて会った時のシノの様に長くボサボサなのだが、顔は整った美人系である。

まだ子どもで、あどけなさが満載だが、美人に育つ想像が容易に出来る顔をしている。

頭には左右均等に小さめの角が生えているが、それもまだ尖ってなく、先が丸い。

さっきまで泣いていたせいで、涙で少し赤くなっている目が尚更綾菜の母性本能をくすぐった。


「私は綾菜。

あ・・・あなたは?」

実は綾菜は可愛いものがめちゃくちゃ好きな人である。

少女の可愛らしさに緊張しているのだ。


「ミルフィーユ。」

竜人の幼女は綾菜の顔を見ながら答えた。


「そう。ミルちゃんね?

今日から私がママだからね。

その首輪外してあげるね。」

綾菜はミルフィーユを地面に降ろすと、そそくさとシリアからカギを受け取り、ミルフィーユのギアスカラーを外そうとする。


「魔王の・・・ママ?」

ミルフィーユは首をかしげて綾菜に確認する。

そのしぐさがまた可愛らしい。

綾菜は早く首輪を外して抱きしめたいと思い、焦って首輪をガチャガチャしている。

シノがツンならミルフィーユはデレだ。

この2人との生活を想像し、綾菜は興奮している。


「犠牲者がまた1人・・・デス・・・。」

シノがハァハァ言いながらミルフィーユの首輪を外そうとしている綾菜を見てぼそりと呟く。


「ミルちゃぁああああああああん!!」

首輪を外すと即座にミルフィーユを奪い抱きしめる綾菜。


「ママぁああああああ!!」

綾菜に答えて抱きしめ返すノリの良いミルフィーユ。

2人は力いっぱい抱きしめ合う。



「おい!!綾菜!?またそんなもん城に置く気か?」

ここで水を刺す空気を読まない聖騎士はヨシュア。


こいつ、いつかマジでぶっ飛ばす。


心の中の不快感を綾菜は顔に出す。


「なんだその顔は?

大体、昼飯代は経費で落とせないぞ?

つかお前らなんであんなに食ってんだよ?

俺の昼食はいつも料亭の日替わり定食で500ダームなんだからな!!

俺の何食分食ってんだよ!!」

ヨシュアが綾菜に不満をぶつける。


「食費に関してはヨシュアさんのおごりでいかがでしょうか?

奴隷売買の禁止令違反者をここで捕獲すればあなたの評価も上がるんじゃないですか?」

ヨシュアに話しかけてきたのはシリア。


「それとこれとは話は別ですよ。」

ヨシュアはシリアに答える。


「別ではありませんわ。

あそこで街のパトロールも兼ねていたんですから。

お陰で被害も小さく済んでますし・・・。」

シリアが交渉を続ける。


「それは偶然じゃないですか?

つか、定例会議も結局欠席してるじゃないですか!?

おい!綾菜!?」

ヨシュアは綾菜に向き替えるがそこには綾菜の姿が既に無い。


「あ・・・あれ?綾菜は?」

ヨシュアが町人に聞く。


「あ・・・あの魔術師様はツンデレコンビにはおソロじゃぁぁぁとか言いながら2人を連れて商店街へと・・・。」

ミルフィーユを強引に奪われた町人が恐る恐るヨシュアに教える。


「綾菜ァァァァアアアアアアアアア!!」

ヨシュアは綾菜を追いかけて走って行ってしまった。



「あの・・・私はどうすれば?」

放置された町人が残ったシリアに尋ねる。


「さぁ?聖騎士の屯所に自首しに行ったらどうですか?

逃げると罪は重くなりますから。」

シリアが町人に答える。


「そんなぁ~・・・。」

町人は地面にうな垂れた。



翌日 ジールド・ルーン宮廷内 王座の間。

王座に座る陛下の前にヨシュアが膝をついていた。


「陛下。宮廷魔術師綾菜と宮廷司祭シリアの定例会議無断欠席の件、申し訳ございませんでした。」


「ふむ・・・。ヨシュアよ。我が国は至高神ジハドの教えの元、厳粛に厳しい国としてやってきておる。」


ジールド・ルーンの皇帝陛下は名をダレオス・フォーグリンズと言う。

皇帝即位の前は聖騎士としてこの国を守ってきた。

その顔にある深いしわの一つ一つには歴戦の戦士の力強さを感じる。

眼光は鋭く、整えられた髭や髪はきれいな白である。


「はっ!!申し訳ございません。」

ヨシュアは深く頭を下げる。


「しかし、厳粛なるが故多くの騎士の首を飛ばし、中には不幸な最後を遂げた国民もおる。」


「はっ。しかし、それは至高神ジハドの御心の元。素晴らしき国営の為にやむを得ぬ事と存じます。」

ヨシュアの言葉にダレオスの顔が緩む。


「お主は、真の聖騎士よの。私は誇りに思うぞ。」


「もったいなきお言葉。」


ダレオスは真面目なヨシュアを少し見つめ、話を続ける。

「私はな、此度の綾菜、シリアの件。あの二人は法を犯したとは思っていない。

常識の話をすれば2人は処罰をすべきなのかも知れん。

しかし、あやつらが定例会議をサボったからこそ奴隷商人の存在を浮き彫りにさせたのも事実。

それに、綾菜の奴隷に対する人道的対処はその場に居合わせた国民の間でかなり話題になったそうだ。」


「はい。」


「ヨシュアよ。我が国は今、変わる時が来たのやもしれぬな。法は守るがその上で人の心も知ろうと私は思う。」


「はっ。」


「陛下、今度は私からよろしいでしょうか?」

話のタイミングを待ち、陛下の横に立つ聖騎士の鎧を身にまとった初老の男が口を開いた。


「よい。」

ダレオスは発言を許可する。


「ヨシュアよ。次はこの国の聖騎士団長として、一つ申す。」


「はっ。」

ヨシュアは初老の聖騎士に向きなおす。


「魔術師に対する聖騎士のもろさを私は今回痛感した。」


「シン聖騎士団長。申し訳ございません。」


「そこでだ。おそらく、綾菜は来週の定例会議も脱走を試みるであろう。

うまく綾菜達を止めてみよ。門兵以外の兵士の指揮をお主に任せる。」


「はっ。」


「魔術に関しては私に聞いてください。

陛下。シン殿。次回は私も参戦させていただきたいのですがどうでしょうか?」

言ってきたのは宮廷魔術師のクレインという男だ。

彼は、風水魔術のみを使う魔術師である。


「ほう?珍しいな。クレイン。」


「はい。綾菜殿の魔術融合の手際の良さに感服いたしました。

ヨシュア殿の聖騎士団の包囲網を切り抜けたら、城門にて私めが綾菜と対峙させていただきます。」


「面白そうだの。私は綾菜の脱走劇をバルコニーに出て拝見させていただくとするか。」

ダレオスが言った。


「お戯れを。」

シンが言う。



一方、綾菜達はジールド・ルーンの城下町にある酒場に来ていた。

目的は情報収集。奴隷商人を見つけ出し、捕縛することである。


ミルフィーユとシノのおソロの服を買った後、城でヨシュアに話を聞いたところ、奴隷商人の一斉検挙に乗り出すのは次の定例会議で提案した後だと聞いた。

それに対し綾菜は、「これだからお役所仕事は嫌いだ」とヨシュアに怒り、翌日から奴隷商人の足跡を探して情報収集を始めたのである。

これ以上、前回のワーラビットやミルフィーユのような子を作りたくないというのが動機である。

綾菜はこの件が解決したら亜人の保護組織も作りたいと考えている。

まだ甘えたい盛りのミルフィーユが可哀想でしかたなかったのだ。


実際にミルフィーユは綾菜から離れようとしない。

常に綾菜の傍にいる。

綾菜が暇そうにしていると抱っこをせがんでくるのだ。

綾菜はたまらない。

ミルフィーユのデレ攻撃に萌え殺されそうなのである。

それはそれで幸せなのだが・・・。

ではなく、とにかく守りたいのである。


今日は朝から動いているのでシリアはいない。

今は城で公務中である。

さすがに司祭に司祭の仕事をサボれというほど綾菜は傍若無人ではない。

酒場には綾菜とシノとミルフィーユが来ていた。


「奴隷商人?最近見ないな。フォーランド政府が強く取り締まってるしな。」

「亜人狩りは今、かなり戦況が悪いらしい。」


ジールド・ルーンで亜人狩りの話を聞くと何故かフォーランドの情勢をみな答える。

厳しく取り締まるジールド・ルーンで亜人狩りを行うと確実に捕まるので、亜人狩りはフォーランドに渡航していると言うのが世間の認識のようだ。

なかなかめぼしい情報は入ってこない。


「む~・・・。なかなか尻尾が掴めないなぁ~・・・。」

綾菜達は酒場の一席に座り、昼飯を取っていた。


「私の尻尾じゃダメです?」

綾菜の太ももの上に座っているミルフィーユが綾菜を見上げながら聞いてくる。

テーブルの上に両手でもったコップを置いてる仕草がこれまた可愛い。


「この尻尾でも私としてはありなんだけどね。」

綾菜は鼻の下を伸ばしながらミルフィーユの太い尻尾を手でさする。

ミルフィーユはくすぐったそうに身をよじりきゃっきゃ喜んでいる。


「そういえばミルちゃんは奴隷商人に捕まる前はどこにいたの?フォーランド?」

喜ぶミルフィーユを抱っこしなおして綾菜はミルフィーユに聞く。


「うん?私は崖にいたよ?」

ミルフィーユが答える。


うん。可愛い。


質問の答えになっていないが綾菜は満足している。

本気で可愛いものが絡むとポンコツになる綾菜であった・・・。


「お嬢さん。奴隷商人をお探しですかい?」

ふと綾菜の後ろから小声で話しかけてきた男がいた。


「あ、いや、振り向かねぇで下さい。」

振り向こうとする綾菜をその男は止める。

綾菜は言われた通り振り向かず、そのまま話すことにした。

その前に頭の整理である。


この男はなぜ話しかけてきたか?

この国では奴隷売買は厳罰に取り締まられている。

でも金になるのでこうやってこっそり綾菜に声をかけて商売をする。

ではなぜ綾菜に声をかけても通報されないと思った?

今連れているシノとミルフィーユは亜人である。

つまり、この男は綾菜が奴隷商人の顧客か、亜人を受け渡す人間かのどちらかだと勘違いしているのか?

ならば話に乗るべきか?


「ええ。可愛い亜人を購入したいの。」

綾菜は振り向かず答える。


「やっぱりそうでしたか。良い子が入りました。

それでは今夜、この街の東地区にある『ラードの公園』に来てください。」

言うと男はすっと姿を消した。


気配の消え方からして、空気移動だ。

自分の体を空気と同一化させ、風に乗って移動する魔法。

一見風水魔法のように感じるが、この魔法は古代語魔法である。

しかし魔法詠唱はしていない。

腕の良い魔術師が行う瞬時発動魔術だ。

魔法大国エルンの学園でもこの魔術についての学科はあったが、綾菜は融合魔術を専攻している。

魔法の早打ち合戦もかっこいいとは思ったのだが、瞬時発動魔術は強力な魔法が使えない。

そんな小手先の魔法にはあまり魅力を感じなかったのである。

しかし、空気移動は使えるらしい事は分かった。


相手もそこそこのプロ魔術師か・・・。

戦闘になったら面倒だな。


綾菜は甘いミルクティーを飲みながら瞬時発動魔術対策を練る。



城の自分の部屋に戻ると、シリアが暇そうに綾菜の帰りを待っていた。


「あ。シリア。古代語魔術師で瞬時発動を使うやつ相手だったらどう戦う?」


「人の顔を見るなりいきなり変な質問ですね?」

シリアはフフとほほ笑んで綾菜に答える。


「今夜、奴隷商人と会う約束をしてきたの。」

綾菜はシリアの向かいの椅子に腰かけながら説明をする。


「なるほど、その奴隷商人が古代語の瞬時発動持ちなんですね?」

さすが、綾菜と一番付き合いの長いシリアである。

綾菜の事をすぐに理解してくれる。


「まぁ・・・。プラス複数の魔術もちなら予想よりはるかにやばいけどね。」


「確かにそうですね。でも古代言語なら風水魔法の音止めで充分じゃないですか?」


古代語魔法は古代の言霊をエネルギー変換する魔法である。

それはつまり無音状態にし、言葉が出なくなるだけで封じることができる。

しかし、やっかいなのはそこではなく瞬時魔術である。

敵意を感じたらすぐに空気移動で逃げられるのだ。


つまり戦闘が始まる前に音消しをする必要がある。

不意打ちを狙うにしても複数人相手であった場合、逃げられる恐れが高い。

綾菜はその不安を口にする。

その綾菜の疑問にはシリアも言葉を失う。


そして、答えの出ぬまま夜を迎えた。

綾菜は泣きじゃくるミルフィーユを説得して部屋に残し、シリア、シノの3人でラード公園へ向かった。


「本当に。甘えたい盛りのミルには困ったもんだわ。

いくらほぉずりしてもしたりやしない。」

綾菜はデレデレしながらミルフィーユの惚気だか文句だかを言う。

シリアはリアクションに困る。

シノは相変わらず不愛想である。


「そんな不愛想なお前も好きなんじゃぁあああああ!!」

綾菜は後ろからシノを抱きかかえ、ほぉずりをする。


「綾菜!落ち着くです!!緊張感を持つです!!」

シノはじたばたしながら綾菜をなだめる。



ラード公園に着くと奴隷商人らしき男が数人いる。

しかし、奴隷らしき者は1人もいなかった。


「どうしますか?」

シリアが綾菜に聞く。


「ここはおとり捜査としゃれこみますか。

シリアとシノは遠くから気づかれないように着いてきて。」


2人は言われた通りに少し離れる。

綾菜は1人で男のところへ向かう。


ショートソードを持ったごろつきが3人。

杖を持った男が1人の計4人がいた。


「奴隷売買はここかしら?」

綾菜はしれっと声をかける。


「おお。来たかい?魔術師か?生体実験は違法だぞ?」

ショートソードを持った男の1人が綾菜に答える。


「あら?法律気にする人が奴隷売買するのかしら?」

綾菜の返しにフッと笑う男。


かっこいいと思っているのか?


綾菜は心の中でツッコミを入れる。


「ついてこい。」

男が言うと、一行はラード公園を後にする。


少し歩くと、急に綾菜達を光る円が囲む。


え?テレポートの範囲魔法!?



気付くと綾菜達は見知らぬ建物のの中にいた。

沢山の牢屋があり、中に亜人が沢山入っている。

みんな元気が無く、ぐったりしていた。


酷いなぁ~・・・。


綾菜は1人1人の亜人を見ながら同情する。


「檻ごとに値段が違います。可愛い系でその他の仕事ができない物でしたら格安でいますよ?」

男は綾菜に営業をする。


「そう・・・。」

綾菜は檻の亜人の首を確認する。

ギアスカラーはしていない。

ギアスカラーは高額だ。売れもしない奴隷に着ける余裕はないのだろう。


「少し商談をしたいのだけど、幹部の方とお話しできないかしら?」

綾菜は大元を倒そうと思った。


「幹部は現在留守でございます。」

杖を持った男が答える。


それで綾菜はピンと来る。

この魔術師が大元である。

今まで綾菜の接客は男の剣士にやらせていたのに、幹部の話をした途端にこいつが口を開いたからである。

即時発動魔術も使えるので、組織が壊滅しても自分さえ残ればいくらでもやり直せる。

他はともかくこいつだけは確実に捕まえる必要があると思った。


綾菜は突然立ち止まり、周囲の風の振動を止める。

音止めである。


顧客だと思い相手も油断していたのであろう。

いきなりの魔法に対処が出来ず、魔法使いも音止めの範囲内に入っている。

そもそも風水魔法は不意打ちに向いている。

言葉を発せずとも念じるだけで魔術を発動できる。

音止めは風の風水魔術なので下準備もなく、早めに発動する。


「・・・。」

魔術にハマった魔術師は後ろに飛び、綾菜を睨む。

剣士3人が綾菜に身構えるが3人を無視して魔術師のところまで走る。


音止めには弱点がある。

この魔法は範囲内でしか意味をなさない。

範囲から逃げられれば魔法が使えるのだ。

相手もそれを知らないわけがない。

魔術師は範囲から抜けようとする。


「コールインプ!!」

綾菜は自分の口の周りの空気振動だけ戻し、召喚魔法を使う。

インプを5体出現させ、剣士3人の相手をさせる。


ズサッ!


綾菜はいち早く魔術師の右足のアキレス腱を突く。

足を狙うと回避が遅れる。

これは優人から教わった。


魔術師は苦痛を浮かべ、前のめりに倒れる。


ここで死にたい?それともお縄に着く?


声が出ない相手に合わし、綾菜はテレパシーで話しかける。


図ったな?貴様。冒険者か?


魔術師もテレパシーで答える。


私は宮廷魔術師よ。奴隷商人摘発をしにきたの。



くそ・・・。竜人の首輪がついてないのをもっと気にするべきであった・・・。



綾菜は周りを見渡し、ギアスカラーを見つける。

それを風の風水魔術の物理操作で手元まで持ってきて、魔術師の首につける。

これでこの魔術師は勝手に逃げ出すことは出来なくなった。

それを確認すると、綾菜は音止めを解除した。


後ろを見るとインプが剣士3人を倒し、剣士の顔にらくがきをして遊んでいた。

体中ひっかかれ、ぐったりしている剣士は無抵抗にインプにいたづらをされている。


「ん~・・・。この剣士のらくがきが一番センスあるかな?これを書いた子?」

綾菜が言うと1匹のインプが自慢げに手を挙げる。

綾菜はその1匹の頭をなでてあげると、インプ達を魔界に戻した。


インプは下級妖魔である。

見た目は羽のついた餓鬼とカラスを混ぜたような醜悪ではあるが、性格はみんないたづらっ子である。

人を殺すこともあるが、指示が有るか、事故のようなものでやりすぎなければまずそこまでしない。


綾菜は3人の剣士の首にもギアスカラーを着け、ここに待機するよう命令してギアスカラーの鍵を持ってそのアジトを後にする。

今まで亜人奴隷にギアスカラーを着けていたのに最後は自分たちが着けられるなんて皮肉な話である。



「ママ~!!」

外に出るとミルフィーユが空から降りてきた。

鼻が利くのか、綾菜の居場所を突き止めて来たのだ。


「あら?今日はお留守番って言ったのに。悪ミルだなぁ~・・・。」

綾菜はミルフィーユを抱っこし、頭を撫でてあげる。


「綾菜!!」

シリア達も後から走ってきた。


「あれ?どうしてここが分かったの?」


「ミルちゃんが飛んでいくのが見えたの。」

シリアが答える。


「なるほど。ミルちゃんありがとね。私、迷子になるとこだったよ。」

綾菜に撫でられるとミルは嬉しそうに目をつむる。



綾菜はシノとシリアを奴隷商人のアジトに残し、ジールド・ルーンのお王城に戻ると、ヨシュアに報告し、ギアスカラーの鍵を渡した。

ヨシュアは少し呆れた顔をするが、すぐに部下の聖騎士2人を呼び出し、綾菜の案内の元亜人狩りのアジトへ潜入した。



アジトに入ると牢屋に入れられている亜人たちがぐったりしている。


「亜人たちに対する扱いが酷過ぎるな・・・。」

ヨシュアが嫌悪感を露にする。


「あなただってシノちゃんやミルに対して酷いじゃない?」

綾菜がヨシュアに言う。


「俺は・・・。亜人を差別している訳では無い。

シノもミルも本来城にいるべき人間では無いのにいるのが気に入らないだけだ。」


「いるべき人間よ。私の家族だもん。」


「その節操の無さも直して貰いたい所だがな。

とりあえず、ここの亜人たちを城で保護するのは無理だからな。」

ヨシュアが冷たく綾菜に注意をする。


「そこについてダレオス陛下に保護施設の立ち上げを進言出来ないかしら?」


「お前・・・。これ以上陛下を困らせるなよ・・・。」

ヨシュアが肩を落としながら綾菜に言う。


綾菜はそんなヨシュアを見て、深くため息を付く。

「じゃあ、その件は私から陛下に言う!

貴方方はここの亜人狩り達を捕縛して、情報収集をして!

まだ国内にこいつらの仲間がいるなら、全員とっ捕まえてやるんだから!!」

言うと綾菜は牢屋から亜人たちを出し、そのまま全員を連れて王城へ乗り込んでいった。



城門に行くと、門兵が身構え、綾菜を止めに入る。

「綾菜ちゃん!これは流石に無理だ!!

この数の亜人たちを城内に入れる訳にはいかない!!」


「そんな事言ったって仕方ないでしょ!?

この人たちは居場所が無いの。」

綾菜が門兵に食って掛かる。


「それは分かったから、陛下の許可が下りるまで、せめて亜人たちはここで待機させてくれ!」

門兵達も必死に綾菜を説得する。


「綾菜。意地になりすぎですよ。

ここは門兵さん達を立ててあげて下さい。」

シリアが綾菜を窘める。


綾菜は一度深くため息を付くと、亜人たちを城門に残し、シリア、シノ、ミルフィーユを連れて王の間まで進んでいった。


王の間には、玉座に座るダレオス陛下。

その右手にはクレインと言う宮廷魔術師とラッカス司祭長。

左手にはシン聖騎士団長が立っていた。

この4人は五英雄と呼ばれ、国外でも有名で冒険者の間では憧れの的にされている。

後1人は過去の戦争にて戦死したとされているが真相は分からない。


「凄い騒ぎだな。一応夜だぞ。」

笑ながら綾菜に話しかけてきたのはシン団長。

ヨシュア達聖騎士を束ねる大元の老人だが、体は大きく、元気なので歳を感じさせない。

一騎当千の戦闘力は天上界でもかなり有名である。


「捕まっていた亜人たちを連れて来ていますので・・・。」

綾菜は申し訳なさそうにシンに答えた。


「その亜人の件なんだが、とりあえず、今日は急ぎ宿の手配を手すきの聖騎士達にやらせている。

全部で何人程いるんだ?」

と、シン。


シンの言葉に綾菜の表情はあからさまに明るくなった。

「はい。全部で53人です!」


嬉しそうに答える綾菜にシンは黙って笑顔を見せ、近くにいた聖騎士に指示を出した。

指示を受けた聖騎士が王の間を出るのを確認し、今度はダレオスが口を開く。


「宮廷魔術師綾菜。

とりあえずは、今回の働き、感謝する。」

ダレオスは厳しい表情をしたまま綾菜をずっと見つめ、まずは感謝を述べた。


「しかし、お主は宮廷魔術師である。

たとえそうでなくとも、大切な我が国の民だ。

綾菜と言う命の心配をせざるを得ない私の気持ちも考えて欲しい。

今後は1人での勝手な行動を控えては頂けないだろうか?」

ダレオスはもっともな、王としてとてもありがい事を言ってくれる。

しかし、綾菜はここぞとばかりにダレオスに食って掛かった。


「陛下、お言葉ですが、亜人狩りに捕縛された亜人達は1日1日が命の危機に晒せれています。

そんな亜人達を横目に1週間も待つことなんて出来ますでしょうか?」


綾菜の言葉にシンが「ぷっ!」と吹き出した。


「ダレオス!綾菜宮廷魔術師は体裁じゃなく命を大切に考えているって事だ。

組織や国の為じゃねぇ、目につく命を救いたいって考えなんだろうよ。

それこそ、俺たちが今目指したい事なんじゃねぇか?」

シンがダレオスに意見をする。

ダレオスは嫌そうにシンを睨む。


「シン・・・国の者がいる所でその話し方は止めろと言ってるだろ・・・。」

言うダレオスにシンは「がははは!」と笑って返していた。


2人のやり取りをぼ~っと見ている綾菜に今度は宮廷司祭長のラッカス司祭が話しかけてきた。

「綾菜宮廷魔術師の意見には私も賛成です。

しかし、ダレオス陛下の言い分も確かです。

2人の意見の折り合いを付けたいのですが、綾菜宮廷魔術師は何か提案がございますか?」

ラッカスの話に綾菜は少し、黙り、考える。


「亜人部隊の設立なんてどうデス?」

意見を出してきたのはシノ。

ダレオスの厳しい眼差しがシノに向く。

「亜人部隊なんて作ってどうするつもりだ?」


「亜人に綾菜を守らせるデス。

ヨシュアに任せるより頼れるし、綾菜はうろうろしすぎるから私の目だけだと追いきれないデス。

それに行き場のない亜人達の居場所にもなるデス。」


シノの意見を聞き、シンが笑いながら口を開く。

「良い案じゃねぇか?亜人部隊。

故郷に帰りたい亜人は返してやって、行き場所のない亜人はうちの国で預かる。

スールムとの戦争やフォーランド情勢の悪化で人手は足りてねぇ。

その結果が小さいとはいえ、犯罪組織の樹立を許すまでに至っている。

じゃじゃ馬の面倒と王都の平和維持を専門に任せる部隊として採用するってのはどうだ?」


「亜人は特殊能力もありますしね。

準騎士と言う立場で志願してくれる亜人のみですが、試しに採用してみてはいかがでしょう?」

提案してきたのは宮廷魔術師のクレイン。


「ふむ・・・。」

ダレオスは両腕を組み少し目を瞑って考え、シノの提案を飲み込んでくれた。

明日、ダレオス、シン、クライン、ラッカスの4人が本日保護した亜人達と面接し、志願したものを採用する事となった。

その条件として、綾菜の単独行動の禁止を付き連れられたのだが・・・。



自室に戻ると、綾菜はベッドに飛び込み、シノをジト目で睨んだ。


「なんデス?綾菜?」

シノが綾菜を睨み返しながら聞いて来た。


「なぁ~んで私の単独行動を禁止するかなぁ~・・・。」

綾菜がシノに言う。


「危険すぎるデス。

綾菜は確かに強いデスがそれ以上に無茶しすぎデス。

心配する私たちの事も少しは考えて欲しいデス。」

シノが無表情で綾菜に答える。


「そ・・・それは何かごめん。」

綾菜は素直に謝り、今日はすぐに寝る事にした。



翌朝、面接の結果、6名ほどの亜人がここ、ジールド・ルーンに残り、公務に着いてくれる事となった。

残ってくれた亜人は・・・。


熊の亜人の『ドグルフ』。

腕が太く、怪力が自慢。寒いとすぐに寝てしまうらしい。


鳥の亜人の『サー』『シー』『スー』

3姉妹で全員弓の名手との事。空を飛べるが夜目が効かず、雨も苦手らしい。


魚の亜人の『リィン』

一言で言うと人魚なのだが、下半身は乾くと二本足、濡れるとヒレに変わるらしい。

遊泳速度はサメ並で水の風水魔法に特化している。

少女漫画に出て来そうな美人である。


そして土竜の亜人の『チャック』

土のを掘り、土の中に潜るのが得意な亜人。

太陽が嫌いで大好物はミミズとか言っているので綾菜は一緒に食事は取らないと誓った。


他の亜人たちは故郷に帰りたいと言う事なので、少しづつ聖騎士たちが送っていくと言う事だ。


残った6人には綾菜を改めて紹介し、綾菜が無謀な事をしないよう見張る事と、王都の巡回を毎日するよう触れが出た。

思ったより人数は少なかったが、サー、シー、スーの飛行能力は巡回と言う仕事にはかなり効率的で、聖騎士10人に匹敵する。

リィンやチャックの特殊能力は組織単位で潜んでいる暗黒魔法使い等の居場所を突き止めるのに有効。

ドグルフの大きな体格はシンを連想させ、犯罪者の抑制に役立つと言う事でダレオスは大いに喜んでいた。

準騎士の取りまとめ役をするのはヨシュアが抜擢されたが、ヨシュアの亜人嫌いが懸念され、代わりにフランと言う女聖騎士が受け持つ事となった。


わずか3日で造られた準騎士の屯所はその役目も考慮し、王都のメインストリート沿いに建てられた。

フランを入れ、7人しかいない部隊の屯所としてはかなり大きめに作られていて、泊まり込みの騎士も全部で50人収容できるらしい。



綾菜達は屯所が出来上がった日に、お祝いをしに屯所に花とケーキを持って訪れた。

屯所の中は作られたてと言う事もあり、綺麗な造りで、中庭まで用意されていた。

中庭にはリィンの為に、海に繋がる幅6畳程の池とチャックが好き放題穴を掘れる土が露出している。


「こんにちわ~。」

綾菜達が屯所に入ると、事務所でシンが腕相撲でドグルフを負かした所だった。


ドォン!


と凄い音を立て、豪快に机に手の甲を押し当てられ、ドグルフは負けていた。

屯所の仲には腕相撲をしていたシンとドグルフと聖騎士の鎧を着た女性の3人がいた。


「俺が人間に力比べで負けるなんて・・・。」

ドグルフは腕相撲で負けた悔しさよりシンのバカ力に感動している。


「がはははは!それでもそこらの聖騎士なんかより全然お前の方が強いぞ!!

これは将来楽しみだ!!」

シンはシンでドグルフの腕力にご機嫌だ。


・・・つか・・・熊に腕力で勝つ人間って、本当に人間だろうか?


綾菜はシンに少し呆れる。


「おっ?綾菜じゃねぇか?」

呆れた顔でシンを見る綾菜にシンが気さくに話しかけてきた。


「こんにちは。今日からここの屯所が稼働すると言う事でお祝いを持ってきました。」

綾菜が花を、ミルフィーユがケーキを差し出すと、聖騎士の鎧を着た女性が椅子から立ち上がり、受け取る。


女性がケーキを手にするとドグルフがフランに近づき、鼻をクンクンさせる。

「甘い匂いがするな・・・。はちみつか?」


あ・・・やっぱ熊ははちみつが好きなんだ・・・。


綾菜はドグルフの反応を見てそう思った。


「初めまして。私は聖騎士のフラン・マーガレットと申します。

綾菜様の護衛職も兼ねていますので、何かありましたらお気軽にお申しつけ下さいませ。」

聖騎士の鎧をきた女性は丁寧に綾菜にお辞儀をする。


「あ、こちらこそ・・・。」

釣られて綾菜もフランにお辞儀をする。


「私、聖騎士ですが、召喚魔法の分野で亜人生態学も学んできておりますので、ミルちゃんやシノちゃんの事でお悩み等ございましたらそちらのご相談にも乗ります。」


「あ・・・それは心強いです。是非!!」

綾菜はフランに答えた。


「それより、他の5人はいまどこにいるデス?」

話に割って入って来たのはシノ。


「リィンさんとチャックさんは中庭にいます。

リィンさんはもしかしたら海に出て泳いでるかもしれません。

サーシースーは今、空からの巡回中です。

何かあったらシルフの瞳を使って連絡が入る手はずなので、特に何も無ければ私たちは待機です。」

フランが答えた。


「なんか、みんな好きな事をしてるっぽいのに、立派に仕事になってるのねぇ~・・・。

なんか羨ましい・・・。」

綾菜が呟く。


「綾菜さんの好きな事はお茶会とミルシノいじりといたづらですからね。

どれもあまり役にたちませんから。」

シリアが辛辣な事を言う。


「でも、綾菜様にはみんな感謝してますぜ。

亜人狩りに捕まった時はもう人生が終わったとすら思っていましたからな。」

ドグルフがフランからケーキを取り上げ食べながらフォローを入れる。


「一つ、気になるんだが・・・。」

少し沈黙した後、シンが口を開いた。

みんながシンの方を見る。

「他の亜人たちは兎も角、ドグルフを捕獲するってのはかなり難易度が高いと思うが、どうやって捕まったんだ?

俺と腕相撲をした限り、簡単に捕まえられないだろ?」

シンがドグルフに聞く。


「眠らさせられました。

その後、ギアスカラーを付けられ、しかも寒い部屋に閉じ込められてましたな。」

ドグルフがシンに答える。


「なるほど・・・。

つまり、ドグルフも単独行動をするより、魔法耐性のある仲間と行動を共にした方が良さそうだな。」

そう言い、シンは納得した。


ともあれ、これでジールド・ルーン亜人部隊という新たな舞台が編成され、少しづつだがジールド・ルーンの人材不足が解消され始めたのであった。

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