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リアルファンタジア  作者: なぎゃなぎ
序説~天に捧げる花束~
1/59

プロローグ

日本、東京。


夏。



ジリジリ照り付ける太陽の日差しの中、男は長く続く坂道を、汗を拭きながら昇っていた。


歳は三十代後半。

ミンミンと絶え間無く鳴きつづける蝉の声に、最近はそこはかとなく風情を感じるようになってきたが、それでもやっぱり苛立ちの方が強い。


「暑いなぁ~・・・。」


男は右手に持っているハンカチで汗を拭きながら、暑さの原因を作っている太陽を睨みつけた。

睨みつけられた太陽光は、そんな男の視線なんて気にも止めぬ様子で燦々と地上を照らしつづけていた。



男は左手に花束を持っている。

服装はこの暑いときに真っ黒なスーツである。



普通ならば異常な出で立ちであるが、男がいるこの場所に関しては少し事情が違う。




男は今、東京の霊園に来ていた。






男の名は水口優人という。


今から13年程前に婚約者を病気で失っている。



当時の彼は重要な仕事を任されていたという事もあり、彼女の死を知ったのは、長期に渡る出張の後であった。


いつも明るく元気だった彼女の死は最初は信じる事が出来ず、手の込んだイタヅラだとすら思っていたが、携帯電話の解約や彼女の家に置かれていた位牌を目の当たりにし、段々と信じざるを得なくなってしまった。




信じることが出来ても受け入れる事は出来ない。


彼女の死を信じてからの日々は地獄のような毎日だった。


目に付くもの全てが心の生傷を刺激し、過呼吸になる。


得に恋人と言われるカップルを目にした時は殺意さえ持った。



いっそ、この世の全てのモノを壊してしまいたい。

好きなだけ暴れまくって、全てを壊し、自分自身もどこかでぐちゃぐちゃになって無残に殺されたい。


そんな感情に支配されつづける日々が続いた。




最愛の恋人を失うという事は、経験したことの無い人間には計り知れない程の苦しみを伴う。


優人の周りの人間は一様に慰めてくれていたが、痛みを知らぬ人間の優しさ程、『偽善』という言葉が当てはまるモノはない。


優人は自分を心配してくれる人間達から少しづつ距離を取るようになり、昔ながらの友人は一人もいなくなっていた。





「はぁはぁ・・・。」

彼女の眠る場所は日本でも有数の大きな霊園の中腹部辺りにある。

途中で車を降り、数分歩かなければならないのだが、本来の優人ならばさほど苦ではない。

最近の日本の異常気象が彼の息を切らすほどの状況を作り出していた。


優人は霊園の中心通りから階段を登り、彼女の眠る墓石へ真っ直ぐ進む。




「久しぶりだな。綾・・・。」

優人は真城家と掘られた墓石の前に立つと、モノ言わぬ彼女に向かって声を掛ける。


この墓に眠っている綾と呼ばれた人物は真城綾菜という。



深く眠り続ける彼女は、優人の言葉に何も答えず、優人の姿を前にしても何事も無かったかのようにその場に佇んでいる。


優人は綾菜の眠る墓石に優しく微笑むと、そっと花束を供え、手を合わせて目を閉じる。


「綾は生花は枯れるから嫌いだって言ってたよな・・・。

良いのか?生花を持ってきた俺を叱らないで?」

優人は瞳を開き、悲しい眼差しで墓石に呟く。


しかし、愛おしい彼女の眠る墓石は優人に何も答えてはくれない。


「綾はまだ22歳なのかな?

良いなぁいつまでも若くて・・・。

俺は、お前がいつまでたっても迎えに来てくれないから、もう40になっちまうよ・・・。

会えたら話したいことが沢山あるんだけどな・・・。」


優人は綾菜の眠る墓石に取り留めの無い話を続ける。



ずっと側にいたくて、ずっと側にいるはずだった彼女はもういない。

話すことも、触れることも出来ない。


綾菜の代わりになる女性なんているはずも無い。


優人は一生独身であることを勝手に覚悟している。



「綾菜・・・。大好きだよ・・・。」



心の傷は5年間、痛みに耐えつづけることでやっと癒えた。

いや、癒えるという事を諦め、痛みに慣れる努力をしたと言った方が表現としては正しい。

亡くなった彼女に対する恋心は冷める事を知らない。


それでも優人は最近になりやっと本来の自分に戻りつつあるのを自覚し始めた。

コツは考え方である。



『俺は、俺が愛した女が人生最後に愛していた男である!』



そう自分に言い聞かす事である。

大好きな綾菜の惚れた自分がみっともない姿を見せては綾菜が可哀相だと自分を叱咤し続けることで自分を奮い立たせている。


そして、いつか、もし自分が死んで、綾菜に会うことが出来るとしたら、その時に土産話をしてやるために、少しでも人生を楽しむ努力を怠らない。


この二つの決め事が今の優人を支えている。




「お義兄さん?」

不意に後ろから優人を呼ぶ懐かしい声がした。


突然の事に優人は素早く立ち上がり、声のした方を向く。


「琴・・・ちゃん?」

優人は自分を呼んだ女性の名前を呼ぶ。


優人の顔を見ると、琴ちゃんと呼ばれた女性はパァっと明るい表情を見せた。


彼女の名前は真城琴葉。

綾菜の2歳年下の妹である。

仲の良い姉妹で、時々、優人と綾菜のデートにも何故か参加していたので、この子の事は良く知っていた。


綾菜がオシャレ好きな性格なのに対し、琴葉は目立つ格好をあまりしたがらない。

綺麗で光沢のある長い黒髪は、髪の毛をいじって痛める人の多い昨今では逆に珍しく、優人も魅力的だと思っている。


この姉妹は一見すると似ても似つかないのだが、笑った時の仕種や、目付きが少し似ていて、油断するとドキッとさせられる。



「やっぱり!時々お姉ちゃんのお墓が綺麗になってたからもしかしたらと思ってたけど、いらっしゃってたんですね?

本当に不義理な姉で申し訳ありません。」

琴葉は優人に深く頭を下げてきた。


「い・・・いや!

俺の方こそ、もう10年も経つのに・・・、しつこいよね・・・。」

優人は琴葉から目を逸らしながら答える。

何となく、ここに来るのは、少し綾菜の家族に申し訳ないと思っている。


真城家には『綾菜の事は忘れて、幸せになってくれ。』と過去に言われているからだ。


「いいえ・・・。母はお義兄さんにああは言ってましたが、私はお義兄さんがそんな器用な生き方が出来る人だとは思っていませんでしたから。

本当に・・・、私の姉が無責任にお義兄さんを置いて逝った事の方が申し訳無いです。」

琴葉は本当に申し訳なさそうに優人に詫びる。



「まだ、お義兄さんって呼んでくれるんだね?」

いつまでも挨拶代わりのお詫びの言い合いをしていても気まずい。

優人はそれとなく話を変えることにした。



優人と綾菜は婚約関係にはあったが結婚はしていない。

本当は『お義兄さん』と呼ばれる関係では無いのだが、綾菜の生前から優人に懐いていた琴葉は親しみを込めてそう呼んでいた。


優人に言われた琴葉は耳まで真っ赤にして照れる。

「や・・・やっぱり、もう・・・やめた方が良いですか?」


「いいや。嬉しいよ。」

優人は姉よりも年上になっている妹の姿を微笑ましく思い、優しい表情で眺めていた。


ほんの13年前は綾菜の横には琴葉が立っていた。

その時の癖で、琴葉の横の誰もいない空間に視線を移す。




「そうだ!!お義兄さん。私、結婚するんです!!」

琴葉が目をキラキラさせながら優人に結婚の報告をする。


「えっ・・・。」

突然の報告に一瞬戸惑うが、それを聞いて、今日、琴葉がここに来た理由を察した。


物言わぬ綾菜に、結婚の報告をしに来たのだ。



「そうなんだ。おめでとう。」

優人は平静を装いながら、琴葉を祝福した。





その晩、優人は家に帰ると、居合袴に着替え、久しぶりに刀の素振りを行い、そして、一人、瞑想に耽った。


姉の死から13年・・・。

妹の琴葉は男を作り、自分の幸せを手に入れようとしている。


例え大切な人を失っても、生きている人間は成長を続け、時代は動き続ける。


生きる人は皆、苦しみを乗り越えてでも先へ進まねばならないのが世の常。


あんなに弱々しかった琴葉でさえも、未来に向かって生きている。




それに対し、お義兄さんである自分はどうなのだろう?


いつまでも綾菜の事を考え続け、この世にいない綾菜の為に生きようとしている。


本当の意味で弱いのは他でもない、優人自身なのでは無いだろうか?


優人は自問自答を繰り返し、そして、薄く目を開いた。

「だって・・・、好きなんだもん・・・。」


優人は自分に言い訳をする自分に気付き、再び目を閉じる。


今日は綾菜の命日であった。

綾菜の死から13年・・・。

13回忌である。


人の死から通夜、葬式に始まり3回忌、5回忌と回数をこなしていくうちに最初は黒かったスーツもだんだんと薄い色に変えていく。

それは悲しみが薄れ、前に進む意志表示でもあると優人は聞いた事がある。


未だに黒いスーツを着ていたのは綾菜に対する気持ちの整理が出来ていない自分への戒めのつもりだった。

それでも13年と言う月日は節目でもあり、整理をしようと優人は本日は有給をとってまで綾菜の墓参りに来たのである。



心の底からみっともない。



暑い夏の日差しは太陽が落ちてもその猛威は収まらない。

優人の道場は熱を吸収し、中は蒸し風呂状態である。


その中、優人はひたすら瞑想を続ける。



自分はこのままで良いのだろうか?


どうすればこの苦しみから逃れられるのか?



長い時間瞑想を続けるうちに、優人の意識は徐々に薄くなっていった・・・。

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