第7話 アイゼンリット
学校の設定を一部変更しました。
フィーネが学校に行くことを決めた日の夜。俺とクリスさんは椅子に座って話をしていた。フィーネは先に寝ている。
「……それで、本当にいいの?初等学校に行かなくても。あなたはもううちの子なんだからなにも遠慮しなくていいのよ?」
クリスさんが尋ねてくる。俺が遠慮しているとおもっているようだ。
「いいんです。魔法の練習なんてどこででもできますし。変に他の貴族の子供に見つかりたくないですから」
「……そう。あなたがそう言うなら無理強いはしないわ。でも、考えが変わったら言ってね?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って笑顔をみせる。
「じゃあ、そろそろ寝ますね」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
そう言って部屋に戻る。
「他の貴族に…か」
リオンを拾って、うちに招いてからだいぶたつ。そのうちにリオンもだいぶ自分たちになれてきているとは思うのだが
「やっぱりまだどこか遠慮があるのよねぇ」
以前にこの話をしたときにも言われた。他の貴族に知られたくない。それはつまり自分のせいで私たちとヴァルフィルトとの間に問題が発生するのではないか、という恐れがあるのだろう。
(フィーネと同い年には見えないわねぇ)
6歳にしては異常なまでに落ち着いて、大人びている。話しているとときどきものすごい違和感を感じる。まるで大人を相手にしているかのようだ。
(貴族の、それもヴァルフィルトの子どもだったことを考えても、ちょっとねえ…)
子どもが大人びていることは貴族の子どもにはよくあることなのだが、それでも行き過ぎな気がする。
(まあ、これから少しずつ治していこうかしら。子どもは子供らしくが1番だし)
見捨てはしない、必ずその歪みを正してやろう。そう決意した。
それから少しして。
俺達3人はフィーネの入学手続きと審査のためアイゼンリットに来ている。審査といっても精霊と契約していることを証明するだけだ。すなわち、精霊を具現化すること。具現化するだけなら契約していればよほどのことがない限り全員できるため、証明に使われる。
その審査も終え、入学手続きも終えた俺達は宿に帰ってきている。明日は1日街を探索するつもりらしい。フィーネが来年からすごす街を見ておきたいと言ったからだ。
……たぶん本音は観光したいってだけなんだろうけど
もともとクリスさんもそのつもりだったらしく探索が決定した。
「二人ともカードはなくさないようにね」
クリスさんがいう。
カードとは身分証明書と銀行の通帳が1つになったようなものだ。普段は無地のカードだが持ち主本人の魔力に対応しており、持ち主が魔力を少し流し込むと情報があらわれる。また、各国の銀行で金銭を引き出せる。
この街に来た日に作ったものだ。
………正直はじめてこれを見たときはその便利さよりもこの世界に全国共通の銀行があることのほうに驚いたけど。
「わかってるって」
「大丈夫です」
「ん、よろしい」じゃあ明日に備えてもう寝ましょ?」
「はーい」
「おやすみなさい」
次の日。
「おにいちゃん、どこにいく?」
「とりあえず、ふらふらしてみるか?」
「ん。わかった」
クリスさんが知り合いを訪ねるらしくフィーネと二人でまわっている。おれがあげたペンダントをつけてくれていてうれしい。
6歳の子供二人で街にいかせるとはいかがなものなのか……と思ったがクリスさんいわくこの街の治安はかなりいいらしく、大きな犯罪はほとんど起きないらしい。
あっちをふらふらこっちをふらふらしながら人の多い大通りを歩く。見たところおれたちと同じくらいの子供の姿もちらほら見られる。治安がいいというのは本当らしい。
「あっ、いい匂い、」
「ん?ほんとだ。なんの匂いだろ」
匂いのする方にむかう。屋台から出ているようだ。
ギュッ
服のすそを握って後ろに隠れる。人見知りが発揮されたのか。
「おじさん、これなに?」
「ん〜?これか?これは羊の肉だよ。」
「羊?」
「おう。この街ではあまり食べないみたいだけど、他の街では結構人気なんだぜ」
「そうなんだ…じゃあ2つちょうだい」
「あいよっ。少し辛いから気いつけて食べろよ」
串に刺さった肉をもらい、お金を払う。
ちなみにこの世界のお金はすべて硬貨だ。しかも全国共通。硬貨は白金、大金、小金、銀、銅、青銅、鉄、石の8種類だ。各種10枚で次の硬貨になる。大金貨と白金貨はほとんど使われないが。
「はい」
串をわたしてやる。
「ありがと、おにいちゃん」
「どういたしまして」
食べながら再び歩き出す。意外と羊の肉は美味しかった。フィーネも横でおいしそうに食べている。
食べ終わった串を近くのゴミ箱に捨ててまたふらふら歩き出す。
それから目についた屋台で食べ物を買ったり、店に入って冷やかしたりしているうちにクリスさんとの合流の時間がきた。
「そろそろ戻ろうか」
「えー。もうちょっとみていこうよー」
フィーネはまだ見足りないらしい。
「んー…じゃあ少し遠回りして帰ろうか?」
「うんっ!」
俺の言葉にうなずいて、急かすように手を引っ張って進んでいく。はぐれないように俺もその後をついていく。
「……おにいちゃん」
「ん?」
「また一緒に見て回ろうね、この街」
「……ああ、そうだな。来年からフィーネはここで過ごすんだから、今度は案内してもらおうかな?」
「ふふ。任せて!」
「おかえりなさい。楽しめた?」
「うんっ!楽しかったよ。ね、おにいちゃん?」
「うん」
「そう。よかったわ。明日の昼にはここを出るから、寝る前に荷物の整理してしまいなさいね」
「はーい」
フィーネはそう返事して荷物の片付けを始めた。
「じゃあ、俺も荷物まとめますか」
その後は3人で今日のことについて話しながら、帰る準備をした。
「………、…………」
なんだ?
「……………、………」
「…………………………」
「……、………。…………」
暗くてなにも見えない。
遠くで話し声が聞こえる。なんだ、なにを言っている?
「……………、……!」
「……!…………」
「…………、……」
話し声を聞こうとしていると、視界が明るくなってきた。そのまま視界が光に染まる……!
バッ!!!
ベッドから飛び起きた俺は周りを見渡す。
「ここは…」
クリスさんの家の、おれに与えられた一部屋。そのベッドの上。
「夢……か…。ははっ…世界が変わっても見る夢は変わらないんだな」
今の夢。遠くでする話し声。どこか聞き覚えがあるような、けれど思い当たる節のない声たち。そんな夢をいつからか見るようになった。
「なにがあったんだろ……」
中学生の頃、友達と乗っていたバスが事故をおこしたことがあった。そのときに意識不明になったおれは2ヶ月ほど目を覚まさなかったらしい。そのとき一緒にまきこまれた友人たちの中にはいまだ目を覚ましていなかったやつもいた。
目をさましたときおれは病院にいた。目覚めた俺を見て家族が泣いたことを思い出す。その時にはその後疎遠になった幼馴染もいたことを覚えている。
この夢は目を覚ました後によく見ていたものだった。時がたつにつれて頻度は減っていったものの確か2週間に一度は見ていた。
「こっちに来てからは初めてかな」
地球で、未だ眠っている友人たちに思いをはせる。いつか目をさましてほしいと、願いをこめながら……
「……いちゃん!………!」
(ん……?)
「……いちゃん、……て!」
声が聞こえる。けど眠くて起きられない。
(あと少し……)
「おにいちゃんおきて!!」
バサッ!
ヒュー!!
「……寒い……」
なんてやつだ。布団をはぎ取るだけでなく、風をぶつけてきやがった。
「……そんなところで魔法使うなよ…」
「起きないおにいちゃんが悪いの」
そう言ってフィーネが頬をふくらます。
「はは、悪い悪い。じゃあおりるか」
「うん」
「あら、おきたのね」
「…おこされたんです、フィーネに」
「ふふふ。じゃあご飯にしましょうか。もうすぐできるから、二人とも座ってて?」
「はーい」「はい」
アイゼンリットから帰ってきて2日。相変わらずの日々が続いている。フィーネと魔法の練習をしたり、遊んだりしている。
「今日も二人で魔法の練習してくるの?」
「うん」
「そう。気をつけてね。森の中ってわけじゃないけど、だから安全ってわけでもないんだから」
「わかってるって。いざってときはまたおにいちゃんが助けてくれるし」
「ははは…まあがんばるよ」
「もうすっかりおにいちゃんね。はい、できたわよ。たべましょ」
「はーい」
その日、フィーネの練習を終えた俺は自分の練習にうつる。やるのは炎。威力を高めるためにうまく酸素を送り込むことを考える。
(酸素を送り込むイメージか…とりあえずは……)
最初は炎の周りに空気を集めるイメージでやってみる。炎を作り、そこに集まるよう周りの空気を流す。
(んー……やっぱり純粋な酸素じゃないからかなぁ…普通の炎だ)
目指すはガスバーナーの青い炎。赤い炎より高温のそれを使えるようになりたい。
(バーナー…バーナーか。あれのイメージでやってみるか?)
次に炎を作りそこにむけて一方向から空気を流す。
(やはりだめか……なら……)
先に空気を集め、そこから酸素以外を取り除くことをイメージする。
(………いや、そもそもそんなイメージできねえよ!できたら苦労しないっての)
その後もいくつか試すがうまくいかない。
(いっそO2って分子に直接発火するイメージでやってやろうか……)
なかばやけになりながら空気中の酸素分子に直接火をつけるイメージをする。と
ボッ!
青い炎がともった。
(…おいおい………そりゃこの世界じゃだれも作れないよなこれ…………)
なかば呆然とするおれに
「え、え、おにいちゃん、なにそれ?!青い炎なんて初めてみるよ!!」
フィーネが興奮したように言う。
「私にもできる、これ?!」
「ちょ、おちつけって」
炎を消してフィーネを落ち着かせる。
「俺も適当にやってみたらできただけだから、うまく説明できるようになったら教えるよ」
「えー…」
不満そうに頬をふくらませる。
「じゃあ帰ろ?」
そう言ってフィーネに手を差し出す。
少しその手と俺の顔とを見続けたあと
「うん!」
不機嫌さをなくし手をとって歩き出す。どうやらうまくごまかせたようだ。
「けど、ぜったい教えてもらうからね?」
………ごまかせてなかった