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怪異にまつわる物語  作者: 337
~三番目の少女~
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プロローグ

 プロローグ 消えた少女


 静寂が辺りを包む夜の学校。

 灯りの落とされた長い廊下は、昼間に見せる喧騒の面影を滲ませることもなく、ただ、茫っと奥へと続く闇を孕んでいるだけだった。

 そんな暗い廊下を逢坂あいさか悠莉ゆうりは一人、歩いていた。

 小さな足音でも反響し、先の見えない廊下の奥へと吸い込まれる静かな廊下。

 自分のたてる足音にですら驚きを見せながら、恐る恐る歩み続ける。

 向かう先は四階にある自身の机。

 その中に明日提出しなくてはならないプリントを忘れていたことに帰宅してから気がつき、一人取りに戻っていた。

 昇降口で靴を履き替え、大きな鏡が見守る踊り場を通り抜け、今は四階の廊下を歩いている。

 夜の学校独特の雰囲気にのまれ、おずおずと足を進め、一つの扉の前で足を止めた。

 鍵がかかっていたらどうしよう、と最悪の場合を想定しながら扉に手を掛け、横に引いた。


 ――ガラッ、


 夜の学校という緊張からか、腕に力を込めすぎたせいで、立て付けの悪い扉は鈍い音をたてながら開かれた。

 そして、一歩踏み入れる。

 そこにあるのは、整然と机が並べられた人の気配がない教室だった。

 この学校の中で一番よく知る場所。

 この学校の中で一番よく居る場所。

 その、悠莉の学校の中心とも言えるこの場所が、どこか知らない別の場所に見えていた。

 馬鹿みたいに騒ぎ回っている男子生徒の姿がどこにもない。

 教室の一角に集い話している女子生徒の姿がどこにもない。

 見慣れたいつものが何一つとして存在していないだけで、これほどまでに現実感を欠いたものに見えるのかという、驚きと恐怖に満ちていた。

 一瞬、普段とは違う教室の空気に物怖じしたが、歩み始める。

 後ろの扉から入りそのまま真っ直ぐ進んだ先、窓側の一番後ろの机が悠莉の座席だった。

 昼間は太陽の日差しを注ぎ込む窓にはうっすらと自身の姿が映るだけでだが、光落ちた室内から見る窓の向こうは、景色は闇に塗りつぶされたかのように暗い。

 そして、その闇の中には一つだけ儚い輝きを放つものがあった。それは、遥か上方に望む、雲で陰っている月明かりだった。

 光があるからこそ、暗がりを闇として認識することができた。僅かにでも何かの姿形をとらえることができなければ、暗がりは闇ではなく“無”として悠莉の目には映っていただろう。

 見ることができないものは存在していないことと同義だから。

 月の灯りによって窓の向こうのグラウンドは存在を許された。

 〝無〟と〝有〟の狭間を移ろいながら、存在を放っていた。

 その曖昧なモノから視線を外し、机の中を漁り始める。

 天板によって教室内に僅かに満ちる光が遮られ、机の中には何があるのか見通すことができないほど暗くなっていた。

 危険なモノなど何も入っていない、そうわかっていても見えないモノに触れると言う恐怖心が悠莉の心を苛み続ける。

 もし、この奥から手が伸びて来たらどうしよう。

 そんなことはあり得ないと知っていながら、それでも、それが実際に起こってしまうのではないかと思わせる暗黒が机の中には満ちている。

 意を決して机の中に手を入れる。

 触れる感触は全て紙だけで、異質なものなど何もなかった。

 だがその時、なにかヒヤッとしたモノが手に触れた。

「きゃっ!!」

 短い悲鳴と共に勢いよく身を引いた。

 その勢いに引かれるようにして、机の中身が幾らか床上に散らばった。

 そして、その中には探しに来ていたプリントの姿があり、すぐさま鞄の中にしまう。

 散らばった幾つかの教科書類も拾い、元に戻そうと机の中に広がる暗がりを見つめた。

 どこまでも深く続いているかのような、先の見えない暗がり。

 手に残る冷たさを擦って消し去ろうとしても、触れた部分の感覚だけはありありと残り続けていた。

 見えないなにかがそこにあるような気がして、悠莉は足がすくんだ。

 かき集めた教科書を胸に抱えながら、ゆっくりと近寄る。

 何もない、ただ夜の学校だから怖いと思い込んでいるんだ。そう必死に言い聞かせて、逃げ出したい気持ちを押さえ込む。

 抱えていた教科書を下ろし、机の中へと滑り込ませていく。

 上からの視点では天板が邪魔をして内部がどうなっているかはわからないが、教科書の先端が暗がりの中に消え、次いで中ほど、そして全てが飲み込まれた。

 そして、再び覗き込むことをせず、机を背にし、歩き始める。

 もし、覗き込んだ時に何もなかったら嫌だから、振り返ることもせず教室から出た。

 やるべきことを終え、心の中に安心の澱が降りた。

 安堵のため息を溢し、来た道を戻り始める。


 ――かつ、かつ、


 静謐な廊下のなかに悠莉の足音だけが響き、消える。

 長く暗い廊下、縁取られた暗闇が連綿と続くだけで、どこまでも静かだった。


 ――かつ、かつ、


 静謐の中で打たれる足音は、闇に飲まれてすぐに消え去る。

 広い学校の中でただ一人。

 聞こえるものは自らがたてる音だけだった。

 そして、長く続いた廊下を渡り終え、階段を降ろうと脚を下ろした瞬間、どこからか音が鳴った。


 ――りん、


 夜の学校に似つかわしくないその鈴の音は、悠莉の後方から鳴り響いた。

 聞き間違いかと思うほどに微かな音、それなのに透明に響き渡った鈴の音の残滓が脳内に刻印されたかのようにしっかりと張り付き、離れなかった。


 ――りん、


 再び鈴の音。

 音を消し去ってしまう廊下に吸われることなく、涼やかに鳴り響く。

 階段に向いていた身体は自然と振り返り、音源の方を向いていた。

 悠莉の視線が向かう先、そこにあったのは、女子トイレだった。

 その中から、りん、と響き渡る鈴の音がなっているのだった。

 導かれるようにして動き出す身体、ただ一心に歩み続ける。

 足音以外の音が聞こえない、不自然な静寂が悠莉を包む。

 緊張からか、一筋の汗の玉が額から流れ、頬を撫でる。

 流れる一滴は顎まで伝い、離れ、自重に任せ落ちる。

 暗い廊下の中を落下する、とても小さな丸い世界。

 それが着床すると同時、小さな音と供に爆ぜる。

 冷たい廊下の上の誰の目にも付かない、一滴。

 それだけを残し、悠莉は女子トイレに入る。

 踏み入れた瞬間、ぴしゃ、と水が跳ねた。

 そこには、水が一面張り引かれていた。

 足首が埋まる程の大量の水があった。

 悠莉によって止水が崩れ、波打つ。

 奥へと広がる波紋は闇と混ざる。

 さらに、水面が揺らぎ続ける。

 濡れることを構わず、進む。

 取り憑かれたように歩く。

 奥にある一点を目指し。

 水で濡れた足を引く。

 一番奥の個室へと。

 ひたすら向かう。

 暗い個室へと。

 扉に触れた。

 引き開け。

 そして。

 鳴る。

 凛。

 。

 …………

 ……………………


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