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狂獣士  作者: 猫耳アキラ
地下編
7/16

ギルバートという男

 俺が顔を上げるとそこには、全身黒という黒に包まれた男が立っていた。その男は正しく言うと「少年」なのだが、「男」と言う方が彼をうまく言い表せると思う。


「何しに来たんだ、裏闇組長? まさか冷やかしに来た訳じゃないだろう?」


すると男は答えるかのように影から出、明かりのもとへ出てきた。光沢のある黒いパーカーを深く被り、鼻から首下まで黒いネックウォーマーで覆っている。おまけに漆黒の長い前髪を左にながしている為、その顔から覗けるのは右目の闇色の瞳だけだ。


「悪いが、力が欲しいのは本音だ。しかし、組長とは随分見下げていないか。これでも闇の王者、『裏闇』を率いるギルバート様。組織の一員であるお前はもっと俺に敬意を払え」


俺は顔を顰め、立ち上がった。


「好きで組織に入ったんじゃない」

「それでも、俺は情報提供をしている。十分、こちらを利用しているだろうが」


ギルバートが呆れたように壁に凭れ掛かった。確かにそれは確かだ。俺はこいつの組織繋がりを利用して、地上に出る為のありとあらゆる情報を手にしてきた。ちなみに俺はまだその代価を支払っていない。ギルバートが言うには、後払いを一括でしてもらう、だそうだ。


「で、何か用でも?」

「ああ、それだそれ。実は……溜息が出るほど暇でな」

「暇? あんたが?」

「ああ。まぁ暇というより、嵐の前の静けさ、が妥当な表現なんだが――」


ギルバートは何かを考え込むかのように顔を伏せた。


「お前。知っているか、エドモンド王子のこと」


エドモンド王子とは、アゼル帝国の第一王子のことだ。確か、俺とさして年が変わらなかったはずだが、この様子からして何かがあったのだろう。無言で首を振る。


「実はな。昨晩、エドモンド王子が軍事学校に所属させられたんだ」

「軍?それって、平気な訳?」

「ああ、貴族や王族が軍事学校に入るのはまして珍しいことではないぞ。しかし相手は狂獣だからな、次男や三男、あるいは腕によほどの自信がある奴がほとんどだ」

「へぇ。じゃ、王子は強いんだ」

「いいや」


ギルバートが即答する。


「それどころか、王子は弱虫であることで有名な坊ちゃんだ」

「弱虫!?」

「ああ、彼は昔から病弱であったしな。しかしこれは王直々の命令で、王は息子が前戦で戦うことを願っているんだ」

「なぜ?」


ギルバートが目を細め、それから俺に目線を移した。


「さぁな。王にとってエドモンド王子はただ一人の息子。この調子じゃ王子は卒業試験で死んでしまいかねないのに。まさに彼の死を願っているかのようだ」

「……」

「しかしな。それはどうでも良いことだ。大切なのはここから。お前、狂獣と戦う時に、基本5人一組で行動することは知っているか?」


またしても首を振る。


「そういうシステムでな。それは学校内から始まるもんで、組み合わせは生涯のパートナーを決まるのも同然のことなんだ」

「ほう」

「だから、軍事学校に入った王子はまず共に戦う仲間を選ばなければならない。王子はか弱いから、きっと仲間を当てにするだろう。そしてそれは今後のアゼル帝国に大きく関わる。誰が今後、王と密接に関わり、国を動かすかという未来が決まるようなもんだ」

「なるほど。じゃ、王子が決めるのを野次馬たちが集って見ているということか。そしてあんたもその一人」

「まぁな」


ギルバートが腕を組みながら答えた。彼が政治に関心を寄せるのは当然のことだ。裏闇は情報屋としてのビジネス的な顔を広く持っているが、それは主な仕事ではない。政府を監視し、よからぬ道に進めば武力行使をし、時には金、人を使って世界を裏で動かす。これこそ裏闇の役割だ。裏闇の初めは、税に苦しむ市民が立ち上がり組織を作り上げ、暴動を起こしたことがきっかけだったとされている。その小さな社会組織は、時代が移るに連れ、裏取引や賭け事、共謀を企てるようになり、しだいに反社会組織の先頭を切り開く巨大な裏組織となったのである。


 ギルバートがこの組織の組長になったのはわずか2年前だ。彼は元組長に早くに才能を見いだされ、スラム街から出、裏で生き抜く術を学んだと聞いている。彼が組長になる際は、仲間同士の大きな対立が起きたそうだが、無事、元組長の助けを得てトップに攻め出ることができたそうだ。ちなみに俺が裏闇に入ったきっかけは、一言でいえば――脅しだ。


 ギルバートが再び、目を悪戯に輝かせ、口を開いた。


「けど俺の狙いは……ここから先は10秒ごとに100万円の課金だ」

「いい、いい! 聞かない!」


威勢よく拒否すると、ギルバートは満足を見せるかのように目を細めた。


「うむ、それが一番だ」

「ふう」

「そうだ、お前のほうはどうなんだ。計画は進んでいるのか?」


ギルバートが思い立ったかのように姿勢を改める。計画とは当然、空白の地への旅の計画を指している。俺はこいつの助けを得、今まで活動してきたのだ。そして旅立ちの当日までも、ちゃっかりこいつのお世話を貰うつもりだ。


「まぁまぁ。後は食糧と武器の調達。それに心の準備ってとこかな」

「心の準備? お前は器が大きいのか小さいのかはっきりしない奴だなぁ」

「ほら、俺一人の問題でもないだろ?実際に出るのは、俺も含め5人なんだ」

「言い訳はいらん。まっ、それよりも……これを」


ギルバートが白い紙を、俺のズボンのポッケに忍ばせてきた。彼は眼球を素早く泳がし、次いで小声で囁いた。


「気をつけろよ。これでもれっきとした密告、犯罪。へますんじゃねぇ」


俺が無言で頷くと、彼はもう背を向け歩き出していた。


「また会おう、ユウト。影は裏に」

「闇に居る。ああ、近いうちにお邪魔するぜ」


ギルバートが歩き出すと、闇の中でこそっと人影が動き、彼を追った。ギルバートの従者なのだろう。ギルバートの周りには、必ず従者がいる。ギルバートは無防備のようで固く守られているのだ。従者は彼に追いつくと、立ち止まって俺に目を向けてきた。探るような目つき。俺は不愉快を感じながらもその場を後にした。もちろん、去る前にちょっと睨みつけてやったけど――



 俺が元の廊下に戻ると、麗と健太、それになぜか先程の爬虫類フリークがいた。麗が真っ先に俺に気付く。


「ユウッ?!」


麗が威勢よく俺に駆け寄った。


「遅くて悪かった、ちょっと手こずってさ。健太、腹は無事かぁ?」

「うん。だいぶ痛みも和んだよ」


健太がお腹を擦りながらこちらに来る。俺はすぐ近寄った健太を捕まえ、それから小声で尋ねた。


「つかっ、なんでこいつがいる訳?」


爬虫類フリークが頭を掻きながらこちらに向かってきている。まったく意図が分からない。


「それはー」


健太が渋々答えようとした時、爬虫類フリークのほうから話し掛けてきた。


「いやー、すまなかったよぉ。実は先輩が怖かっただけなんだ。だから、謝るし、反省もする。もう喧嘩も売らないしぃ、年下も虐めない。お願い、俺を許してぇ!」

「……」

「ん? ダメぇ?」

「いや、許すも何もその話し方が……。これでも反省してる言い方か?」

「…はぁ、はい。いやぁー別にぃ、俺こういう口癖でぇ、はんせ」

「だからそれがダメと言ってんじゃねえかぁぁぁ!!」


十秒後、爬虫類フリークが頬を抑えながら立ち上がった。俺が勢いに任せてぐーパンを喰らわせたからだ。


「痛いじゃないかぁー!」

「あー、すまん、すまん悪気はない。ああ、すっきりした」

「スッキリ?」

「ん? 今のは幻聴だ。それよりもまぁ、根は悪そうじゃないし、今回は許す。名前は?」

「えーと、マティス ミシェル。マティスが名前。年は14歳だよ」

「あー、割と普通なんだな、名前」

「普通って、俺に何を望んでるん?」

「いや、気にすんなっ。俺は海 ユウト。同い年だな」


俺に続いて健太が自己紹介をした。


「えっと、マティス君だよね。僕は中村 健太。年齢はみんな一緒だね。よろしく」

「よろしく! マーティ。麗って呼んでね」

「マ、マーティ?」


自己紹介が済んだ所で、俺はなぜマティスが先輩とやらに絡まれたのかを聞いた。話によるとマティスは学校に入ってすぐにあの狐に脅され、恐れから言いなりになるようになったのだそうだ。


「GRFRはいつまで学校があるの?」

「15までだよぉ」

「へぇ。俺達は12までだったんだ。いいよな、気軽で」

「なんかぁ、大人と口訊いてるみたいぃ。そんな仕事ってキツイのぉ?」


マティスは案外ノリのいい奴だった。俺達は他愛のない会話をいくつかかわすと、また会える日を願い別れることにした。


「学校サボんなよ! また、会おうぜ」

「うん。元に戻れるよう努力するからぁ! ユウトも頑張れよぉ。じゃあなぁ、健太に麗」

「バイバーイ」


マティスは心からの笑顔を灯し駆けて行った。


「んじゃ、健太の家に行こうか」



 ――――――――

  

「あの、ギルバート様」

「なんだ、誠?」


誠と呼ばれた従者は躊躇しながらも、言葉を選び、ギルバートに尋ねた。


「なぜ、あのような者にあそこまで親しくされるのですか?」

「ユウトのことか?」


ギルバートが立ち止まった。


「あ、あの、お気に召さなかったのでしたら、申し訳」

「いや、実際のところは自分でもよく分からないのだよ」

「?」

「実はな、あいつにとって、俺は命の恩人なんだ。正しくは、俺の婆やなんだけど」

「あの者の命を救った…?」


誠は、ギルバートの婆やと聞き、とても驚いた。この婆やは、棄てられた赤子、つまりギルバートを80という年で立派に育て上げた人だ。もうすでに亡くなってしまっているが。


「ああ。俺がまだスラム街のガキだった時だ。今でも鮮明に覚えている。あいつを……初めて見た時をな」

「そんな昔からの仲であったのですか!私としたことがっ」

「いや。あいつとは一回しか会ったことがない仲だ。それにあいつはあの時を覚えていない」

「……どういう……こと……なんですか?」


従者が聞くと、ギルバートは何かを考え込むように目を伏せ、ポツリポツリと答えた。


「俺と婆やはな。あの時……人目に付かない暗い廊下で見つけたんだ。あいつの……血塗れを」


ギルバートが目を大きく見開き、それから誠をしっかりと見据えた。


「あいつは……バラバラに切断された死体の山で、蹲っていたんだ。怯えていてとても震えていて……しかし目だけは異様にぎらつかせていた」

「…」

「同情、だろうか?それとも好奇心だろうか。分からないが――俺はあいつの過去を知りたいんだ」






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