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狂獣士  作者: 猫耳アキラ
地下編
6/16

その手は――ハンドマグネット――

 


 半狐はワザとらしく左右に目をやり、嘆かわしいような声を上げた。


「こんなにやっちゃうなんてねぇ」


そして無様に転がった仲間たちを見下ろしながら、俺たちに一歩立ち寄った。また、一歩。その仮面のような顔からは何の表情も見いだせない。おまけに火の明かりに照らされて、半分は紅く、半分は闇に沈み、眼だけが異様にぎらついている。俺は恐ろしさで背筋が凍るかのように震えた。


「まさか君が倒せるとは、的が外れた。けど、どうやら君はスピード型らしい。――ムフッ」


どういうことか狐は口を軽く隠しながら濁った嗤いをした。


「な、何が言いたい?なぜ嗤う」

「そうだな、速さに速さの戦いはしんどく、苦しい」

「は?」


俺は、その意味不明な答えに当惑しつつも、相手の動きを見計らった。すると間も無く狐がカッと目を見開き、遂に行動に出た。


「つまり、狩りは迅速に終わらせるべきだということ!俺の速さに舌を巻けば良い。一匹ずつ皮を引ん剝いてやる!」


狐が稲妻のように一直線に跳び襲いかかった。突如の敏捷な動きに身体が反応しない。


「――ウグッ」


初めに餌食になったのは健太だった。腹を殴られ後ろに吹っ飛ぶ。俺はというと、あの濁った光る目が大きくなったかと思いきや、次の瞬間には健太が吹っ飛んでいるといった有様で、襲われなかったのが幸運だったとしか言いようがない。慌てて振り返るともうそこには木刀を持ち襲いかかる狐がいた。


――はやい。俺はとっさに刃先を避けるが、危機一髪。目端にしなやかな曲線が走った。次いで狐は刃先を回し、後方つまり俺の方へ、ストレートに木刀を突き出してきた。体を大きく崩しながらも避ける。俺は地面に手をつき、体を捻り横に跳んだ。この際、脚が狐に当たることはなかった。


 これは危険だ。俺は全力疾走で、広い廊下を駆け抜けた。刀が振るえない狭い廊下へ。俺は、ほぼ真っ白な空間に化している思考から、必死にいろんな残片を掻き集めていた。


「おい、逃げるのか?卑怯者はテメェじゃねえか!」


後ろから狐が罵倒を浴びせてきた。違うんだって、俺はお前を嵌めるつもりで走ってんだ! そしてそこで思いつく。適した場所があった。地下8階で、地下水が多く、いつもジメジメしている廊下。天井が低く行き止まりだが、条件は良いはず。


「そうだ、狐! いわゆる実力重視、逃げ切れたらもう関係ないね」

「な、何ォ」

「裏切られたと思うのなら、追い着けば良い!あんたはそういう人間だろ」

「お、お前。今に見てろよ!」


狐が一気にスピードアップする。よし、来た。こいつは瞬発力においてはピカイチだが、体力はない。もしあのままの速さで追いかけていたのなら、俺をとうに捕まえられたはずだ。ここで体力消費をしてもらおう。俺は階段に到着し、4段飛ばしで下へ駆け下りた。もうこの時点から廃道のひんやりとした空気に包まれる。道幅も2メートルほどに狭まれていっている。目先にT字路が現れた。


「さらば! 狐」

「ナニュヲ!」


俺はスピードを落として角を曲がった。それに反し、狐は腕を伸ばし跳びかかるが、その手が虚しく宙を掴むのと同時に、


「クツ!」


足を滑らせた。踵で見事にスライディングし、派手に肘、尻を泥で濡らす。そして俺がそれを良い機会に蹴り飛ばしたもので、狐は横に吹っ飛んだ。泥の地面に長い跡が残る。


「ケッ。よく下を見るんだな!」


俺は偉そうに上から狐を見下した。狐は左右を見回し、立ち上がった。


「…此処は」

「フ。ここらは地下水が多く、地盤が緩いということで有名な局所だぜ。そんぐらいも知らねえのかぁ?」

「!」

「引っ掛かったな。この道は水気の多さから危険とされ、廃道にされた所なんだよ。そして、ここを猛スピードで行く奴はバカのバカしか言いようがないなっ」


すると狐は黄金の髪から泥を拭い、氷のような眼つきでキッと睨みつけてきた。緑の泥がその手から滴り落ちる。狐は悪態をつきながらも、その細い喉仏を上下させた。


「素早い動きを封じ込めるのと同時に」


木刀を投げ捨てる。


「これも使えないようにしたのか」

「…まぁね」

「たがそれは、お前の動きも封じ込められたということ。残念だな?」

「何が?」


俺がそう尋ねると、半狐はブーツを脱ぎ捨て、シャツを腕まくりした。服からは狐色の柔らかい細い毛と共に、黒い爪が露わにされる。短く切られているが、固い凶器、または滑り止めになりそうだ。


「身を覆う盾などない。切られても泣き叫ぶんじゃねぇよ」


口の端が薄く上がっている。まさに悪名高い狐そのものだ。しかし今度の俺は恐れで震えたりはしない。


「俺が此処に来たのは、もう一つ理由がある」

「?」


俺は左手を高く上げ、上を指した。


「何と言っても此処は、天井が低いからなっ!」


それを聞くと前の狐が眉を顰めた。


「それはお前のお得意のジャンプを制限されるだけ。強がっても意味はないぞ」

「フ。口を動かす前によく上を見てみろよ」


 天井は今、血管のように張り巡らされた細いパイプたちが、カタカタと音を立てて震えている。そしてそれは次第に強くなっていくだろう。俺は驚く狐を想像して、笑いが込み上げてきた。同時に辺りが青い光で包まれる。


「これは……? お、お前!」


狐がブルブル震えながらも、俺の手を指差した。指先が激しく揺れている。


「手が、蒼く光っているぞ!」

「ハッハッ。やっと、お気づきか」


俺はそう言うとニヤリと口端をつり上げた。立場は今、逆転した! あれほど俺たちを馬鹿にしたのだ。今日という日ぐらい、人をもてあそぶ気分に浸かってもいいだろう。左手の甲に細い線が走り、それが骨を伝い指先へ広がる。そしてそのひび割れのような光る筋が、ところどころに青い光を放った。


「!」


光が一つ、天井に届いた時、パイプの金具が一つ二つ宙に浮きだした。そしてまるで糸で引き付けられたかのように俺の手に貼り付きだす。狐が明らかに驚きで固まった。目が俺の手に釘付けだ。


「見ろよ」


俺は見せ物をするかのように手を激しく揺さぶった。しかし金具は落ちることなく、逆に食らい付くようにきつく張り付いてくる。狐が目を細めた。きっと、何か手品をしているのではないかと疑っているのだろう。


――プシュー!


力に耐えれず、パイプが水しぶきを端から上げだした。大きくひん曲がり、残った金具たちも一緒に引き剥がす。そしてそれは濁った水をあげながらも、回転して俺の手のうちに落ちた。ガッチリと指に収まる。俺は愉快になって、パイプをグルグル回して見せた。


「これで防御と攻撃ができる。鉄は肉体より強し! これで殴られるのが怖ければ、今謝れ。逃がしてやる」

「誰が逃げると? どんな原理でパイプを引き剥がしたのかは知らんが――それだけの話。俺はお前を超える」

「そうか。じゃ、承諾したからには手加減しないからな」

「こちらも同じだ」


狐が警戒しながら、じりじりと詰め寄りだした。俺は短剣ほど短く、弓なりに曲がった鉄パイプを慎重に構えた。まだ上からは臭い液体が流れ落ちている。どう来るか、俺は静かに後退した。


 狐は俺の約一メートル以内に来ると、早速俺の手に向かって引っ掻いてきた。それを鉄パイプで阻止する。爪と金属がぶつかり合うたびに、不愉快な高音が閉所に響く。狐は、猫パンチのように次々と攻撃を繰り出してきた。白い火花が散り、汗が、泥が跳ぶ。一瞬も隙を見せることができない熾烈な戦いになりそうだ。


 俺は、一方的な攻撃に舌を巻いていた。――ヤバい。体力だけが奪われる。もうすでに息は荒い。サッサと終わらせないと息が持たない。それは相手も同じ。狐もたまに、目の焦点が小刻みに揺れ、動きも遅くなりだしている。一瞬だ。一瞬で決めなくては。


 俺は狐が深く踏み込んで来るのを待ち、来たのと同時に棒を左手に持ち換えた。攻撃を避け、狐色の腕を鷲掴む。すると一瞬、静電気のような黄色い光が手と手の間に走ったが――狐がその瞬間白目を剥いた――俺は微動させずに、奴の腕を捻り、くの字に曲がった体に蹴りを食らわせた。半狐が前方に、二、三メートルほど転がる。俺は荒い息と心臓の音を聞きながら、警戒してそれを見守った。しかし、それが立ち上がることはなかった。十秒、二十秒、一分。やはり、動かない。


「や、やりすぎた?俺、まさかやっちゃた、のか?」


俺は慌てて体を起こしにかかった。上半身を起こすと、その手がダラリと下に垂れ下がる。俺は震えながらその顔に耳を近づけた。すると微かだが一定した呼吸のリズムがあった。すこしホッとする。


「気を失っただけか…」


俺は奇妙そうに自分の手を見つめた。実は、この左手は少し特殊なのだ。俺がこの手に違和感を感じ始めたのは、物心がついてからのことだ。


――俺の手は、鉄が引っ付く。いや、鉄は手にくっつくもの。それが俺の常識だった。しかし、他人との区別がつく年頃になると、それが普通でないということに気付き始めた。どうやらそれは俺だけらしい。また、そのことが分かってから数か月も経たないうちに、自分の手の本当の性質を知った。


「左手は磁石」


ボソッと呟く。誰もがしたことのある、磁石遊び。俺は六つの時に初めてそれを経験した。まず初めに父親が、磁石と磁石をくっつけさせ、反発させと、不思議な力を見せてくれた。俺は面白いその力に魅せられて、すぐそれに手を伸ばした。しかしそれは、俺をまるで拒否するかのように、俺の手から真っ直ぐ逃げてしまった!


 そしてそれは花瓶、食器を道ずれにして、机から消えた。喧ましい騒音が机の下で弾ける。母が台所から飛び出した。しかし一方で父は固まり、恐怖で顔を歪ませた。俺もまた、恐ろしさに体を震わせる。


「大丈夫だ、大丈夫」


俺はあの時、父が連呼したこの言葉を脳裏に焼き尽けた。それはまるで、自分の心を静まらせる為かのようだった。


「大丈夫、大丈夫」


俺もまた気づかない内に、自分にそう言い聞かせていた。右手にも、また何かの力が発動しているのかもしれない。震える手を抑えつける。途端に俺はこの道には自分一人しかいないような錯覚に陥った。暗い闇に蹲る俺。するとそれを待っていたかのように、黒い影がニュッと現れた。


「怖いのか? ユウト。俺にはただ羨ましい限りだが……」


俺はそこで初めて顔を上げた。

ユウトの能力は、左手が磁石で、右手は…秘密です!

右手の力、明かされる日をお待ち下さい!お楽しみにー

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