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狂獣士  作者: 猫耳アキラ
地下編
5/16

二人いれば怖くない

 麗に慈悲の愛とやらを貰った、爬虫類のフリークは麗と肩を並べ、トボトボと帰り道を歩いていた。自然に溜息が出る。


「あー、どうしよう」


――正直、なんと先輩に言い訳をすればいいのか全く分からないのだ。横目でチラチラと少女を覗き見てみる。少女はただ真っ直ぐ前を向いて、こちらは眼中にない。ということは、少女の不意を突いて逆転勝ちをすることも可能。


 しかし――その、ふと浮かんだ誘惑に首を振った。それでは、半狐のような卑怯者となんら変わらないじゃないか! 実際、俺はあいつらと好きでつるんでいるわけではない。あいつらが先輩だから。ただ、それだけだ。ただ、怖いだけ。なのに、俺は不良のレッテルを貼られてしまっている。本当に悔しい話だ。けど……俺にはそれといった先輩と縁を切る勇気がない。


 つくづくそんな自分に嫌気が差した。思い返せば、あの半狐との関係は幼稚園に遡るほどのものだった。そうだ、いつだって俺の前には人がいたのだ。親父。おふくろ。姉ちゃん――どんな時だって、自分から先立って行動する必要はなかった。


 けど――もう14だ。世間では、16で成人とみなされる。普通なら社会人として働き、GRFRなら軍事学校に所属できる。軍に入れば、自分で自分を守らなくちゃいけなくなる。そこでは誰も守ってくれやしないし、俺自身、指図されるだけのロボットは望まない。


 父は言っていた。GRFRは偉大なる戦士であるべきだと。確か、こんなことも言っていた気がする。フリークの頭に、過去の破片が弾けた――


 剣の稽古が終わった後には、いつも父が、悟るかのように静かに、自らの戦う志を語り聞かせてくれた。


 内容はこうだ。


「いいか。我等はただ単の、力あるフリークと呼ばれて満足してはならない。Great Freak(偉大なフリーク)つまり、略してGRFRと心から呼ばれるよう、日々努めるのだ。そして、そのために、そう呼ばれるなりの志しが必要だ。死ぬ日は、生まれる日に勝る。人のために死ぬことは、われら、軍人の誇りであり――」


父はにこやかに、なおかつ静かに語った


「――青き血の使命だ」


――結局、そう語った父は一年前、その通りに地上で散った。狂獣の巨大な爪に引き裂かれ、青き血を流しながら、死んだそうだ。それも、顔に笑顔を浮かばせながら…。


 ああ、そんな父を思うと無償に自分が情けなく感じる。そして、見苦しい。ああ、何の為に俺は生まれてきたんだろう。誰かの為? いや、それとも……自分の為か。


「なぁ?俺ぇ変われるかな?」


何を思ったのか、突然何も知らない少女に、ポロリと弱音を吐き出してしまった。かなり疲れがたまっているらしい。もう、発言を撤収する力も出ない。そしてきっと、この瞬間に自分を変人とみなしてしまうだろう。しかし、それでいい。もともと何も知らない少女なのだ。他人は他人。


 しかし、少女の口から出た言葉は、予想とは全く違うものだった。


「うん、変われるよ。きっと。あんたはいい奴の匂いがする」

「えぇっ」

「うん、そう。変わるべき」


少女はなおも続けて満足そうな顔をした。


「そして私は、あの狐たちと絶交することを勧めるね! あと、先ほど虐めていた子供に百回以上の謝罪も推薦する。あとー…そうだ 私には200回以上の土下座を求む」

「…」


 どうやらこの少女は、自分のいいように物事を見て取れる天才らしい…変人だと思われるかとひやひやした自分が馬鹿だった。逆にこちらが彼女の特質にひいてしまった。少女はまだ、付けたし条件をずらずら並べている様子で、こちらの心情に気づきそうにない。全く呆れたものだ。そんな少女を無視して先に進む。


「ん?」


 しかし数メートルもいかないところで、廊下の先に何かがうごめいている姿を見つけ、立ち止まった。


「ちょ、ちょっと~」


――ガサッ。追いかけて走ってきた少女が背中に体当たりしてくる。


「あっ、痛っ~」

「……」

「ん?どうし…」


少女が尋ねてきたが、空気を読んだのか途中で黙る。


「あれは……」


よく見ると、小さな人影が3つ、壁に凭れるかたちで地面に疼いているようだった。それは、少年フリークたちかもしれないし、少女の仲間かもしれない。


「あそこにいるのは……ってぇ、おい!」


気づけば隣にいた少女がもうすでに駆けだしていた。心配なのは分かるが、確かめもせずに向かうのは危険だ。


「危ないぞぉ!」


呼び求めるが、彼女は振り返りもしない。もはや、どうにもならなそうだ。諦めて無言で追いかけた。



 少女が立ち止まった先には、顔を抑え疼き苦しむフリークたちがいた。


「ううっ」


声にならないうめき声を発するフリークは哀れなものだったが、ひとまず少女の仲間ではなさそうだ。しかし、そんな安堵も束の間で、周りを見ていなかった。


「…! ユウと健太がいないの!」


少女が顔を青くして助けを求めてきた。蹲る人影に気を取られ肝心の二人のことを忘れていた。


「半狐やろうもいなくて! どうしよう?」

「えっ……」

「私、あっちに行くから! ここにいて!」


少女が走っていこうとする。


「いや、ちょっと! 戻ってくるかもしれないぞぉ。五分だけ待とう!」


少女が立ち止まる。


「……それもそうか……。でも、このあたりをちょっと行かせて? 足取りが掴めるかも」

「それなら……良いけど」

「んじゃ、言ってくるから――信じてるんだからね? あんたのこと。裏切ったら承知しないんだから」

「分かった、分かった」


 少女が走り去ると、フリークは廊下に一人残った。


「信じているっか……」


フリークは少女の言葉に軽く泣きそうになった。今まで言われなかった言葉。


「俺、やっぱ先輩と縁を切ろ……」


――この瞬間、悪戯好きな運命が微笑んだ。彼の歯車が今までとは全く違う道に進みだす――



――10分前のこと――


 フリーク3人がユウト、つまり俺をコテンパンにしてやろうと、勢いよく襲いかかってきた。一人は木刀を手にし、一人は拳を固め、もう一人は素手で捕らえようとしてくる。


 が――


「フ。甘いね、ゴタゴタすぎるぜっ」


そう言うと俺は一速く、フリークたちの間の広い隙間を見つけ、そこに転がり滑り込んだ。木刀が振り落ちた頃には、もう敵の背後に回り込む。そして、間髪を入れずにすぐ、回し蹴りを繰り出した。


「ナニ!!」


意表を突かれ、フリークたちがすぐさま後ろを振り向いた。しかし、それが逆に痛々しい結果を招く。こちらを向いたフリークが見事に俺の蹴りを鼻で受け止めることになった。鼻から青い鼻血が飛び散る――そして、それを横で茫然と見ていた少年フリークも同様の結果になり、地面に転がり落ちた。


 俺はそれを冷たい目で見放すと、一点に集中を向けた。目の前にはがっしりとした長身のフリークが、見下ろす形で覗いて見てきている。素手で俺を捕らえようとした奴だ。


 ――ごくり。思わず、その体のでかさに息を呑んだ。俺との身長差は見積もって40センチ以上。また、肉厚は明らかに、俺の2倍以上はある。蹴っても相手にはならないだろう。警戒して相手の様子を伺う。


 すると、フリークが脇を開け、少し腰を下ろし安定した姿勢に身を置いてきた。俺もそれに合わせ、足に渾身の力を入れる。――目が合った。


「オラァ!」


俺は気合の声を上げ、フリークに向かって全力で走った。フリークが眉をピクリとさせたが、すぐ次の攻撃に備えてくる。フリークが腕を開く。


「へっ。俺がまともにぶつかりに来るとでも?」


俺はそう言うと、足に全ての力を掛け、飛び上がった。体が高く上がり、フワリと宙で回転する。そして明らかに相手の上を飛び越した。絶対、普通の子供では行けない高さだ。正直、フリークもビビッて目を丸くするに違いない。俺は笑みを浮かべずにはいられなかった――しかし、低い声が鼓膜に響く。


「勘違いするな。たとえお前が、空高く上がろうと同じことだ」


フリークはそう言うと、前をまっすぐに見つめたまま、風で位置を悟ったかのように、俺の足首を掴んできた。


「ナニュ!」


俺は足首を握られ、強く下に引き戻された。予想外の展開に、フリークの力になされるままになる。すると、天井がぐんぐん遠ざかっていった――そして――グッ――地面に叩き付けられる。衝撃がもろ、臓器に響いた。一瞬、息が、心臓が、止まる。そして痛みでカッと目を大きく見開いた。乾いた咳が押しあがってきて、起き上がれずに地面に蹲まる。


 苦しいながらも薄く開いた瞼の裏から、フリークの濃い影が自分を覆うのが見えた。殴られるか、蹴られるか――どちらにせよ、最悪だ。俺は恐れで目をきつく閉じた。覚悟に身を固くする。


――しかし、いつまで経っても拳が放たれることはなかった。その代わりに小さな物体が落ちてきて、耳を掠った。目を開いてみる。するとそれは、極普通に見られる小石だった。なぜ、小石が? 俺が不思議に顔を上げるてみると、驚き入って拳を上げたまま固まっているフリークがいた。顔は廊下の先に向けられている。


 俺は首をゆっくりとそちらに回した。するとそこには赤面した健太がいた。目は殺気に満ち、拳を固く握りしめている。すると、なぜかフリークが大きく口を開け、ガハガハと笑い出した。


「ガハハッ!お前もこの喧嘩に参戦したいのか。俺にこの小石を投げても、何にもならないことをわかっていたのだろうな?なら、度胸が全くない訳じゃなさそうだ。いいだろう。リベンジさせてやる」


フリークはそう言うと、軽々と俺を持ち上げてきた。


「へ?」


状況が読み込めず、間抜けな声を発する。しかし、フリークはそんな俺を考慮することもなく、躊躇せずに体ごと投げやがった。


――ザザッザー


無様に廊下を転がり跳ねた俺の体は、健太に抑えられる。


「大丈夫⁉」


慌てて健太が、俺の顔を覗き見た。


「ああ。平気。クッションのおかげで、あんま、痛くない」

「クッションって…まぁ冗談言うくらいなら平気か」


健太はそう言うと、俺が立ち上がれるよう手を貸してきた。素直に健太に掴まり、立ち上がる。


「クッ。やってくれるなぁ。もう、心臓が痛くて息もできねえ」

「なら、立てないだろ。横道に逸れるな」


フリークがさかさずそう答えた。割と真面目で、無口な奴だ。俺は刺激させないよう、無理に痛む体を立たせ、闘う意思を示し見せた。健太も同様で、帯をはずし、着物のような軽い上着を脱ぎ捨てた。フリークはその様子に、満足した顔を見せた。


「おお。やる気を見せたか。来い!」

「いいや。意気込みで脱いだわけじゃないよ」

「?」

「これさ。これを使うんだ」


健太は、先程ほどいた帯を両手でキュッと伸ばした。紺の帯が引き締まる。


「クハァ!そんな細い紐で俺を縛れると⁉ 辞めとけ。俺が引きちぎるだけだ!」

「なら、そう思っていればいい」


健太が俺に目配せし、帯のもう片方の端を投げてきた。それを受け取る。何をしようとしているのか、言われなくても分かる。これで相手の動きを封じ込めるつもりなのだ。


「二人で、てことだな。よし。いいぜ!」

「初めてだけどね。じゃ、行こう!」


俺は目をフリークへ向け、足にまた力を踏み込んだ。そう体制を整えると、健太が珍しく、吠えるかのように声を張り上げた。


「ハリケーン巻きぃ! 出撃!」

「よっしゃー」


俺と健太は同スピードで走り抜ける。ピーンと張った帯の長さは約2メートル。あっと言う間にフリークを包み込む。そして勢いに乗り時計回りに紐を体に絡ませた。


「フ。こんなん、一引きちぎりだわぁ!!」


フリークが動じずに力一杯、帯を引きちぎる。


ビリッ!


勢いよく帯が引き裂かれた――が、


「何ぃ!!!」


引き裂かれた布の合間から、細くて銀に淡く光るものが現れた。健太がフリークを見据え、確信に満ちた声を上げる。


「この帯は、ワイヤー入り!よって、貴方は何もできないはず!」


ワイヤーがフリークの体を巻き巻き、腕、脚を縛り付けた。


「な、なんてことを!」


ガッシン。


遂にフリークがバランスを崩し、物音を大きく立てながら倒れた。


「よっしゃっ! そして俺ら、ナイスコンビネーション! 絶好調だぜっ」

「そうだね! こんなうまくいくなんて」

「ああ! ……けど、まだいたなぁ」


テンションが急激に下がる。俺たちは残る敵を見るため、振り返った。口の端を釣り上げて笑う半狐がすぐ後ろに現れる。


「健太。気をつけろ。こいつは異常だ」

「それぐらい分かってる」


いよいよ、ラスボスってことか。これで2度目になるが、俺たちは半狐を睨みつけた。









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