爬虫類は割と悪くない
また、読んでくださるなんて、激感動です!
俺は、半狐のフリークをキッと睨みつけたが、彼はすぐに行動へ移さず、代わりに仲間を前に出させた。前に出されたフリークたちがお互いに顔を見合わせる。すると誰よりも先に、小柄で細い腕をしたフリークが一人、前に歩み出た。
「俺は、女子を懲らしめるだけなんでしょ、こんなん2,3分もかかりませんよぉ」
そう言って彼が腕まくりをする。
「なんだありゃ!」
俺たちは彼の腕に目を剥いた。なんとそこには、緑の鱗があったのだ。
「ふふ、ふふふふふ。爬虫類は苦手かなぁ?」
小柄なフリークはそう言って目を細めた。麗が顔をしかめ、気持ち悪そうにする。すると、そいつは楽しそうに喉を鳴らした。
「ククッ。なら、いっそういい。あとで、この最高な水かきで、なでなでしてあげるぅ。ククッ 」
「そ、そんなことない」
麗が引きつり笑いをしながら話を続ける。
「とてもユニークな手よ。握手したいくらい。けど、残念。勝つのは私。ということで、その水かき付きでどれほど私に追いつけるのか、見せてちょうだいよ 」
麗がそう言って、パッと走り出した。フリークたちの真逆の方向だ。
それにフリークが追って走りだす。が――
「おっと、すまねぇ 」
俺の出した足に引っかかった。転びはしなかったが、前へつんのめる。
「テ、テメェ 」
「男だろ。ハンデなんて当たり前 」
俺は、涼しい顔をしてそう答えてやった。するとフリークは舌打ちをしたが、ハンデに納得をしたのだろうか、何も言わずに駆けて行った。軽く感心する。
「フウン。まぁ、いいか。どう?あいつらみたいに一対一でやんない?」
「フ。俺たちは3人もいる。全員でやるに決まってるだろ 」
俺は内心で舌打ちをした。狐を含まない3人のフリークが、獣のごとく襲いかかってきた――
――爬虫類のフリークは、麗が想像以上に足が速かったために、いまだ追いつけずにいた。もちろん、ハンデのせいでもあるのだが。フリークは首をかしげた。 あの女子は、この近所に住んでいるのだろか? 複雑に絡み合った地下道を、スイスイと進んでいく。もう、自分がどこを行っているのかさえ分からない。前を行く女子が何のそぶりも見せずに、キュッと左へ曲がった。
「チッ 」
さっきからこの調子で、いきなり曲がったり、登ったりしてくるのだ。これではまるで鬼ごっこ。俺はそんなことのために追いかけているのではない。早く女子を捕まえて、仲間……いや、先輩のところへ引きずり出さなくては。2、3分で済むと言ったのは自分だ。焦りから俺は、走るスピードを上げた。そして、先ほど女子が曲がった角を行く。
「…!」
俺は驚きで、立ち止まった。女子の姿が見当たらない。
「えっ、えっ?」
ついさっき女子が通ったはずなのに、この長細い廊下には誰もいない。まさか、見失ってしまったのか? 軽い混乱に陥る。するとそこへ、光沢がある丸い何かが上から落ちてきた。回転しながらそれが目前を通り過ぎ、地面に転がる。
チリン、チリリン――
それは、金色に光る鈴だった。そしていびつに曲がった自分が映り、同時に後ろで何かが動くさまが目に入る。
「ハッ」
上に誰かがいるんだ! しかし、気づくのが遅い。
「くらえ!ハイ バー アタック!」
俺はものの見事に背中を蹴られ、バランスを崩した。しかしそこで上を向き、現状を理解する。
「マジィ?」
なんと先ほどの女子が、天井にあるパイプの束を鉄棒のように掴み、上からキックをしてきたのだ。しかし、俺もまたこんなことで呆気なく終わるような者ではない。
「クッ。こんなんで負けられるのかぁ!」
執念深くも道連れにしようと女子の足をガシッと掴んだ。そして、足が抜けなくなるようわきに挟む。すると俺は少女を掴んだおかげで倒れずに済んだ。上から息を呑む音がする。
「甘いね、甘いねぇ。ハハッ! これで地獄を見るのはお前だ!」
「ヒッ…!」
俺は態勢を直し、女子の足を持ったまま前進しようとした。上から力ずくで落としてやるんだ。
「背中から、まっさかさかに落ちる! なぁんて可哀想な結末!」
俺は勝利を確信した。そして、女子が悲鳴を上げながら必死に逃れようと足をバタつかせる姿を想像する。――しかし、この女子は違った。
「ん?」
俺は違和感に首を傾げた。持っている両足の甲が開いて、逆に固定されている気がするが……。
「今さら違和感感じた訳。遅い! 地獄はあんたの前にある!」
「なんだと?」
俺は急いで女子を見よう首を捻った。
「!」
「逆回転!」
女子がそう怒鳴ってから、パイプにからだを引き寄せて思いっきり手を放すのが見える。
「!!」
俺は思いも寄らない出来事に目を見開いた。なんと皮肉なことにも、女子が掴まれた足を軸にして、振り子や時計の針のようにこちらにぐるりと回ってくるではないか! ――少女が勢いよく体当たった。
「グワッ!」
俺は膝の裏に石頭がもろ当たり、あまりの衝撃、痛みに耐えられずに顔から地面に行った。顔面に鈍い音が響く。しかし同時に痛みが麻痺し、頭の中が真っ白になった。しばらく静寂が辺りを包む。
「足、足! 離せ、足!」
気づけば甲高い声が頭の中で木霊していた。何のことかを理解する前に、元気にバタつく足を抜く。
「き、気持ち悪ぅ~。何とも言えない弾力に、地味なひんやり…蛇ってこんな訳ぇ!?」
女子が必死に自分の脚をこすっている。そこでやっと俺は現状を理解した。負けたのだ。それなのになぜか、彼女の場違いな発言に顔をほころばせてしまう。
「つぅか、それ、今言う?」
「えっ?」
少女が、俺の急な人変わりに目を丸くした。細い眉が八の字に曲がっている。
「フ。負けた、負けたぁ。あーんな度胸を見せた奴、お前が初めて。頭を打つ可能性が大いにあったのにぃ。俺はあんなこと絶対しない 」
すると、それを聞いた女子は何か納得したかのように、ポンと手を打った。
「あ、そっか。だから、みんな逆回転はしないのかぁ!」
「て、えっ!?」
俺は唖然とした。もしかしてこの女子は度胸があった訳ではなく、ただのバカ、もしくは天然なだけだったのか? 少女、いや自分に呆れて腰を抜かしてしまう。すると少女は少し恥ずかしそうにしながら、口を開いた。
「えーと、あんたたちがやったことは許せないけど。慈悲の愛、と言うか…まぁ、はい、これ 」
少女に黄色いハンカチを差し出される――