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狂獣士  作者: 猫耳アキラ
地上編
16/16

登山

「ただいまー」


疲れ切った様子で麗たちが外から戻ってくる。手にはたくさんの枝があった。


「食べ物になりそうなものはなかったよ。でもほら、竜巻で折れた枝がいっぱい!」

「そうか、竜巻も案外役に立つんだな。で、亮は何か見つけたか?」

「いや。ただおかしなものを見かけたぜ」


眉をひそめた亮介がそばに座る。


「狂獣か?」

「ああ。大きな生き物の群れが血を流して転がってたんだ」


亮介の話にオリビアが参加する。


「近寄れなかった。でもあれは只事ではないと思うの」

「寿命ではなさそうだね」

「うん。狂獣は近くにいる。ここが安全だなんて限らないのよ」


普段は静かなオリビアも今日という日は興奮するようだ。

さらに詳しい話を聞くために身を乗り出す。


「群れの数は? 大きさは?」

「遠すぎて分かんねーな。でも感覚からして三メートルはゆうに越していそうだったぜ」

「厄介だな。西に移動でもしようかと思っていたのに」

「危険すぎるよ」


声を上げたのは麗だった。唇を固く閉じ、立ち上がる。


「罠を作ろ。地面に落とし穴を作って重い生き物が来たら落ちるようにするの」


――そうか。

俺たちと狂獣とでは体重や体型が全く違った。

直接倒すことは難しくても、間接的に殺すことができるかもしれない。でも――


「土木工事なんてできるのか」

「それなんだよね」


麗がしぼむかのように肩を落とした。

しかし、かわりにだいぶ黙っていた健太が不意に顔を上げた。


「あるよ」


確信がこもっている。

健太はやけに尖った目をしていた。


「倒すことより狂獣と遭遇しないことを優先とするならね。まず僕らにできて相手にできないもの。それは仲間を守るチームワークだ」

「チームワーク……」

「そう。狂獣を見張るチームが岩のてっぺんから監視。他はなるべく目の届く範囲で活動をする」

「なるほど。合図を送って危険を知らせるのか」

「合図となるものはできるだけ大きなものにしよう」


健太が木の枝をもって立ち上がる。

それから汚れたボロ(俺の服)を枝に通して言った。


「使えない布を青く染めて旗にする」

「青……狂獣の血か」


疲れ気味の顔にハッとした緊張感が走る。

皆、当初の目的を思い出したようだ。


「勝つよ、狂獣に」


これ以上、言葉は必要ない。俺たちは立ち上がって頷いた。

絶対生き延びて、空白の地に行き着く。これが俺たちの最優先されるべきものだ。


――――――二日後


「あとは青く染めるだけ」


小さく呟いた健太の肩をたたく。

旗は四メートル弱ののぼり旗で、健太の外衣を裂いて作った。


「いいじゃねえか! 器用だなー、お前らって」


はにかむ健太とオリビアをおだて上げる。もちろん俺は雑用係だ。

右手が使えねんだから当り前よ!


「旗だけじゃ心もとないから、爆竹も使おうと思うの。亮介君が持ってる」

「爆竹は対狂獣用じゃなかったっけ?」

「化け物に効くとは限らないでしょ。逃げたほうがいい」


オリビアがそう言ったところで、亮介と麗が外から戻ってきた。

二人ともやけに不貞腐れているように見える。


「だめだ」


溜息をついて座り込む亮介。

目は日光にやられ、赤く充血していた。


「何も取れねーよ。魚がいりゃ、岩を使って漁ができるってのに」


亮介の言う漁とは、岩と岩をぶつけその衝撃波で魚を気絶させるガチンコ漁という。

そんなことをしなくとも浅瀬なら素手で捕まえることも可能だと聞いたが、もともと地下に住んでいた人間がすんなりとサバイバルをできるわけがない。

俺たちは食糧の面で苦労をしていた。


「しょうがねえよ、亮。もうすぐで旗もできるし、良い狩りの場所が見つかんねえだけだ」

「でもよ、食糧がもたなねーぜ」

「気にすんな。これから岩に上ってこの辺を一望するんだ。川でも海でも見つかるだろ」


笑って誤魔化す。

実際に上を登らされるのはメンバー的に亮介になりそうだ、ということは触れないでおこう。


「んじゃ、行くか」


重い腰を上げ、外へ出る。今日は晴天のようで、雲ひとつ見当たらなかった。

そして青い草原を見渡して、生き物がいないことを確認する。


日光の光にはだいぶ慣れていた。


「あー、高いな」


亮介が呆れるように言う。

それもその通り。後ろで積み重ねられた大岩たちは高さにして30メートル。

岩の頂上から先はアゼル山脈に繋がっていて、俺たち地下住民が住む所の上に立つことになる。


これは裏闇情報なんだが……。

山の頂上には大きな穴が開いていて、そこから空気が吸い取られていると聞いたことがあった。


しかしこの位置からでは「登ってみろ」と言わんばかりに立ち塞がった大岩くらいしか見えない。

だいぶ離れた場所からでなきゃ、山脈全体をみることはできないだろう。


っと、俺たちはこの岩を登る必要があるんだったな。

しばらく上を見上げていた麗が当たり前のことを質問する。


「誰が登るの?」


この質問には皆の視線が亮介に集まった。背が高くって運動神経もいい。

ガタイ的に選ばれて当然だろ。


「まさか、俺?」

「ああ。むしろ良かったじゃん? 高身長、怪我なし君。君は自分で道を切り開くことができるんだ」

「レイ、応援してるから。ガンバッ」

「おお――」

「何動揺してるんだよ。僕なんかじゃ心もとないし、亮介ならやってくれると思うんだよね」

「私も。下で応援してるから」

「お前ら――全員棒読みで推薦するのやめいや!!」


顔に影を落として突っ込む亮介。


しかし亮は皆の期待に肯定も否定もしないで、さっそく、登りやすそうな位置を見定め始めていた。

真剣になっているせいか、太い眉と二重の目が近くなって濃い顔立ちがいっそう強調されている。


「落石が怖えな」

「下に草でも敷こうか?」

「いや、積んだって頭を打ったら終わりだろ。せめて布を下で張っておいてくれいてたほうが安心できるぜ」


亮介の提案に麗が動いた。ポニーテイルの黒髪をはねらせて、洞穴へ戻る。

そして数分してから帰ってきた麗の手には、五人の毛布と大きめの白いシートが握られていた。

旗を渡すためのロープも毛布の上にのせられている。


「張ったシートの下に、毛布を積んでおく。そうすればいいんじゃない? 原始的だけど」


麗がそう言って笑ってみせた。なかなかの提案だ。

皆は麗から物を受け取って、岩下にそれを敷いていった。


「あとはナイフだね」

「ああ、上に何あんのか不安だし。俺らは狂獣だけじゃなくて、国も敵なんだろ。軍人でもいたら殺されるぜ、だよなユウト」

「ああ。変な物を見つけたら無言で降りて来いよ」


亮介がうなずいて岩に手をかける。案外、抵抗もなくロッククライミングを始めた。


「慣れてんの?」

「……まぁな。ガキん時にあったんだよ。ロッククライミング教室が」


一般的に習い事というものはあまり知られていない。

地下住民で時間的にも経済的にも余裕のある家庭というのはごく一部だけなのだ。

無論、亮介がそのような家庭にあったわけではない。


それでも、彼は登り方を教えてもらったことがあった――。


「――……教室?」

「そうだ、リョウ。じいちゃんが先生になるんだ」

「へぇ!」


役所の人だったじいちゃん。

そのじいちゃんがクライミングの先生になると言い出したのは、仕事を辞めてからだった。

突然の話だったけどな、俺的には悪いどころかいい話だったぜ。


じいちゃんもばあちゃんも生き甲斐を見つけたようだし、何といっても遊び場が増えるんだ。

七歳の俺が、そうと聞いて嬉しくないはずがなかった。


「あんまり無理しないでね、お父さん」


母親が笑ってじいちゃんを茶化す。

じいちゃんは昔から力があって、スポーツには優れていたと聞いていたな。

教室となる岩壁も退職金を使って、買ったようだし、問題は何一つもなかった。


「リョウも来てくれるよな? じいちゃんの教室」

「ラジャー!!」

「そうかい、そうかい」


じいちゃんの孫だもん、教室で一番になってやるぜ。

俺はそう思いながら、時間の許す限りじいちゃんの所へ通っていたと思う。


友達もできたな。

じいちゃんが月謝を安くしたから、教室は盛んだった。

なにせ地下に住んでいるんだ。岩を使ったスポーツは面白いに決まってるじゃん。


「じいちゃん」

「どうした?」

「俺、楽しいよ。一番にはなれないけど、いつか抜かしてやるんだ。そんで一番高い所に行く」


じいちゃんが購入した岩壁を、最後まで登れた子供はまだ一人しかいなかった。

俺はまだその半分も登れてない。


「そうだねー、でも急いじゃだめだ。落ちて怪我をするくらいなら、じいちゃん、やらせないからな」

「ええー!?」


じいちゃんは、真面目な人間だった。俺は――違いますか、ほう?


とにかく、じいちゃんに責められるべきところは、一つもなかっただろうと思う。

そして、そう断言したい。


でも――問題は起きちまった。


「落盤?」


事件が起こったのは、教室を開いて、半年過ぎた頃だ。

近頃休みがちだった俺のもとに、壁の崩壊と祖父を含めた、教室の子どもたちの死亡が伝えられた。


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