忍び寄る陰――初日からの発熱
二章の始まりです!
宜しくお願いします!
「さぁ、どうする?」
再び大岩の地に潜った俺はさっそくそう尋ねた。日光を無事拝んで、やっと疲れが表に出てきた頃合いだ。亮介なんかはもう死んだように眠っている。
「うーん」
横で俺に包帯を巻いている健太が唸った。作業の手が少し遅くなる。
「……まずは下見と、夜のために薪を集めることかな」
「なるほど。初日はそんぐらいだよな」
「うん。作業は午後?」
「おう。みんな疲れただろ? ひと眠りしないと」
「だね。……巻いたよ。きつ過ぎたりしない?」
俺は聞かれて立ち上がった。包帯が右腕から肩、それから左脇下へと順に順に巻かれている。
「かなり固定されているんですけど」
「固定するのは当たり前。そんな動けたらする意味ないじゃん。特にユウトは無茶しやすいからね」
健太が手をパンパンして答える。
「服は?」
「洗濯。寒いんなら僕の外衣をあげるよ。簡単に着れる」
そう言って健太が薄手の外衣を投げてきた。その外衣は袖なしで、ある程度の不自由でも楽に着れそうだ。
「センキュ」
「怪我には十分気を付けてよね。世話する側も大変なんだから」
「世話って、俺は老人か!」
健太に軽く突っ込む。あ、もちろん突っ込む手は左だけど。
「元気で何より。さっ、午後に備えてひと眠りでもしようかな」
健太が近くの地面で横になる。
「……さて、どうしようか」
俺は一人になり、暇を持て余すことになった。眠気は妙に冷めてしまったし、かと言ってやることがない。
「暇だ」
俺はそう呟いて、周囲を見渡してみた。巨石の上では亮介が熊のように寝ていて、その下で健太が寝っ転がっている。女子はというと、この巨石のトンネルの向こうで陣地を張っているようだ。覗き見たらビンタを覚悟、と麗に言われている。ビンタ如きに何ということもないが、今後の生活に支障をきたすので奥にはいけない。
「外に行くしかないか」
俺はズボンのポッケから黒い布を取り出して、目を覆った。それから出口に向かう。
「眩っ……!」
俺はとっさに目を抑えた。強い日差しに立ち眩みがする。やはり、いくら覆っても光には慣れないようだ。カラッとした空気に目が乾き、ジワッと涙が出てくる。俺は目を細め、手を額につけて影を作った。日光から目を保護する。すると次第に目が慣れてきたようだ。目の前に広がる景色にピントが合い始めた。
「ああ。のどかだ」
青い草原が波を作ってなぶかれていた。その向こうには緑の生い茂った木々が遥遠くまで続いている。
「左が西か。確か、西に空白の地があるはずなんだけど、なるべく森は避けたいな……」
俺は少し前に出て、西の方角を向いた。草原が巨石と崖の続く限り広がっている。しばらくは巨石を隣に西へ向かうのが妥当そうだ。それでもいずれは森に入らなければいけない。その時に狂獣とどうやりあうか。俺は頭を悩ませた。狂獣は基本群れを成しているから、見つかったら逃げ出すのが難しくなる。かと言って戦うわけには……。そこで思考が停止した。草原の中で何かが飛び跳ね、長い草に見え隠れしている。
「ん……狂獣か……いや、あれはあまりにも小さすぎる。たしか狂獣のリーダーは三メートル越えの巨体がほとんどだったはずだ」
なるほど、あれはもしかして動物か。頭の中で納得する。遠すぎて良く見えないが、あれは鹿かなんかだろう。草の上から、枝分かれして反り返った角がチラホラ見える。まぁ、鹿の角を持った狂獣である可能性も否定できないけど。
俺は再び大岩の地に潜った。麗が持ってきた食料は悪ければ四日で尽きる。魚がいる川を見つけたり、狩り用に罠を作る必要もありそうだ。それが駄目なら国の牧草地から何か盗むしか選択がなくなるかもしれない。俺はため息をついた。自給自足、そんな言葉が重く押しかかってくる。
「ま、今考えても仕方がないことか」
俺はそう呟いてから、地面に座り巨石に背中を預けた。その姿勢のままで目を伏せる。満点の青空の中、俺はそっと眠りについた。
――――――――――
「……い……おい……起きろよ」
俺は体を揺す振られて、重い瞼を開けた。ぼやけた視界に亮介が映る。
「昼めし食おうぜ! もう三時なんだからな」
「……三……時?」
姿勢を起こすと、右肩の包帯に目がいった。そこで右手は固定されてて使えないも同然の状態であることを思い出す。
「はい!」
気づけば、麗が隣でパンを差し出していた。
「ありがと」
左手で受け取る。すると麗が突然、思い出したかのように俺の手からパンをもぎ取った。
「うへ?」
驚きで声が裏返る。
「右手使えないんでしょ? ジャムを塗ってあげるよ。イチゴとブルーベリーがあるんだけどぉ、どっちがいい?」
あー、なんだそんなことか。麗が良いことしているでしょ、みたいな顔で俺を見ているが、それなら渡す前に言って欲しかった。
「いや、いいよ。今日の分は食糧不足になった時の為にとっておく」
「……」
「ん?」
麗が頬を膨らませて、そのまま持っていたパンを口に放り込んだ。呆気にとられているなか、麗が大きな口でモグモグと噛み始める。
「ちょっ、おい! それ俺のじゃなかったの?」
「ゲヂなユウには……ゴクン……パンを食べる必要なし」
麗がそう言って背を向ける。アチャー、いじけちゃった訳? 急いで機嫌を取ろうと必死になる。
「わ、悪かったよ。ケチでしたケチでした! ジャムも食います。食べ物がなくなってもあげるから。ねえ?」
「ムフッ」
「……プフッ」
オリビアに小さく笑われて、亮介にも吹き出される。なに、なに? これ仕組まれているわけ? もう訳分かんなくなってきた。顔がだんだん火照っていくのが分かる。
「な! こっちを見んな! 健太、その目はやめろ! てか、俺はこんなキャラじゃねえー!!」
「え? 違うの?」
麗がとぼけた顔でそうぬかしてくる。
「テメエのせいじゃい! なに、とぼけてやがるぅ!」
麗の頭に軽くチョップをいれる。すると麗が弾けたように笑い出し、他の三人も一緒になって笑い出した。どうやらこれは始まりから遊ばれていたようだ。
「たくっ。俺はフリスビーに振り回される犬か!」
ドカッと地面に座り込む。
「まぁまぁ、初日ぐらいイタズラしたくなるでしょ?」
いや、そんなことないから。心の中で叫ぶ。
「ごめん、ごめん。ちょっといじけてみたかっただけだからさー。はい、これ」
麗にパンを差し出される。見ると、ちゃっかりイチゴジャムが塗られていた。まさか背を向けていた時に塗っていたのだろうか? 手にとって食べだす。
「まぁ、いじられたのは抜きにしてありがとな。傷は早く治さないと」
「その為の安静でしょ。数日は腕を動かさない……」
そこで健太が口を閉ざした。神妙そうに辺りを見回す。
「ん、地震か……」
俺は立ち上がった。巨石たちが小刻みに震えだしている。
「石が落ちてくるかもしれないな。外に行こう」
「だね」
俺たちは荷物を抱えて出口へ向かった。しかし次第に地面の揺れが激しくなっていく。俺たちは不安になって走り出した。なんだか周りが妙に暗くなっているように感じるのだが……。
「おい、見ろよ!」
走っている亮介がそう言って外を指さした。指さす腕がブルブル震えている。
「見ろって……ん?」
俺は自分の目を疑った。遠くだが、奥の森が浮いているように見える。これは幻覚だろうか。目を何度も擦る。
「……竜巻じゃね?」
「ハァ? 聞いたことねえよ、こんなところで竜巻が起きるとか!」
俺は声を張り上げた。既に轟音はすごく、声が掻き消されるレベルに達している。このままじゃ鼓膜が変になりそうだ。
「!」
突然、宙を打つ雷のような音が鳴り響いた。竜巻が空気を切り裂いて、木々を引き裂いてゆく。俺たちは全員、あまりの大音量に耳を塞いだ。空が白くなり、毒々しい血の匂いで一杯になる。
「うう」
俺は吐き気を催し、地面に蹲った。同時に右手が痺れだす。
「あああああああ!!」
あまりの轟音に絶叫した。それは人の悲鳴のようで動物の低い唸りのようだった。――力を! 闇を! ――幻聴だ。風の中から小さく女の声がする。あるはずのない声。微かな響きで鼓膜に付着してくる。なぜ、なぜ、なぜこんなにもはっきり聞こえるんだ? 頭蓋骨を直接響かせているかのようで。これは――
「大丈夫ッ!?」
麗が目を丸くして俺の顔を覗き込んだ。しかし返事ができない。
「毛布を!」
俺はしゃがんだままの格好で毛布に包まれた。そのまま奥へ引きずられる。
「今、水を持っていくから!」
そう言って麗が走り去った。駄目だ、駄目だ! 行かないでくれ! そう叫ぼうとするが、声が出ない。そして、なぜだろう。見えるものが皆、二重三重に掠れて見えてきた。ぐらっと目が回る。
「もう……無理」
そこで俺は闇に堕ちた――
「……ん」
俺はゆっくり目を覚ました。吐き気と頭痛で口を押える。
「お、ユウトが起きたぜ!」
亮介がそう言って水を差し出してきた。無言でそれを見つめる。
「大丈夫か? 心配したんだぜ。麗なんか、死んじゃうんじゃないかって慌てふためいちまってよ」
「……! そ、そんなことない! し、死んじゃうなんて思わなかったし」
「……く……薬を……」
俺は健太に手を差し出した。苦痛に顔が歪む。
「ちょっと待って」
そう言って健太が俺のおでこを触った。健太の顔が明らかに曇る。
「……熱い。かなりの高熱だ」
みんなの顔がハッとした表情になった。空気が妙に張り詰める。
「このまま地上にいられるか……」
「な! 薬で治らないのかよ?」
亮介が声を裏返して聞いた。その声がこもって聞こえる。
「それは医者じゃないから分からないよ。けど、とりあえず薬をあげるから後は安静ってことで」
健太がそう言って、カバンの中から薬を取り出した。
「水は大目に飲んで。汗で幾らか水分不足になっているはずだ」
俺は素直にうなずいて錠剤を受け取った。薬はとても貴重で手に入り辛いものだけど、これなしでは死んでしまいそうだ。ガンガン鳴り響く頭痛に眩暈がする。それにしても――
「ハッ」
俺は出口に目を走らせた。先程の光景が鮮明に思い浮かんでくる。しかし、そこにはその代わりに夜空だけが広がっていた。白い月がぽつんと一つ浮かんでいる。
「訳が分からない……」
「ん?」
「いや、なんでもない。有難う。俺、疲れたから寝るよ」
俺はそう言って布団に潜った。今日は何も考えたくない。初日から体調を崩してしまうなんて最悪だ。俺は右手を見つめた。閉鎖地区での痺れといい、最近調子が悪いように感じる。ああ、一体俺はどうなってしまったのだろう――




