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狂獣士  作者: 猫耳アキラ
地下編
12/16

川面の死闘

 穴から転がり出た俺たちの目に飛び込んできたのは、黒い大河だった。川は、どうどうとうねりをあげていて、まるで生き物のようだ。


「ここは……」


俺は立ち上がって周囲を見回した。見ると、どうやら俺らは川沿いの道に出てきたようだ。平らな地面に久しぶりに立つ。


「ここは地下水路だ。先には行くなよ」


そう言って黒さそりがトンネルから顔を出してきた。土で顔が黒い。


「この水路は閉鎖地区の下を通っていて、水路の壁から閉鎖地区に入ることができる。もちろん、大河を辿ればいずれ地上に出るが、途中から歩くスペースもなくなるし、川は深くて荒い。閉鎖地区を渡り、また洞窟に潜るのが一番安全だ」

「また洞窟すか?」


亮介がうな垂れる。


「ああ。だがさっきのような道はもうないはずだ。途中からは大岩の地に入って、人工的な道も出てくるだろう」

「人工的な道?」

「ああ、そうだ。大岩の地は昔から避難場所とされていたようで、整備されているからな。住み心地は野営よりずっと良いはずだ」

「そうなんですか……健太、しばらくは大岩の地を中心に行動しないか?」

「そうだね。情報、有難うございます」

「フン、こんぐらい基礎の基礎だ。先を急ぐぞ」

「はい」


黒さそりがたいまつに火をつけた。今まで闇に沈んでいた水路がオレンジの光に露わにされる。


「ワオッ。ここ、思った以上にオシャレな水路なんじゃん」


麗の言う通り、水路は綺麗に整備されているものだった。向こう岸は大理石の壁で、天井には何重ものアーチがある。そしてご丁寧に、整飾された太い柱まであった。ただ少し残念なのは、洞窟と融合しているここだけ、異世界に繋がっているように妙だということだ。


「こんなんで驚くなんて、まだまだガキ。貴族の犬小屋の方がもっとゴージャスだ」

「えっ?」

「つまり、一般人の暮らしとは天と地ほどの大きな差があるってことだ」


そう言って、黒さそりが歩き出す。


「だが、ここから先は本当に警戒しろよ。ガキという言い訳でなんとかなるような場所じゃない」


黒さそりは相変わらず俺たちをガキ呼ばわりをしてくるが、真面目な話なので俺たちは無言で頷いた。


「なら、いい」


黒さそりが俺たちを一瞥してから歩き出す。一様、心配はしているようだ。


――――――――


「ここだ」


 道なりに進んで五分足らず。黒さそりが立ち止まり、壁に手をかけた。


「閉鎖地区への入り口だ」


そう言うと黒さそりは、壁のタイルを外すかのように横へスライドさせた。タイルが重い音をたてながら移動する。


「スゲー。階段だ!」


亮介が目を丸くして言った。なんと、その白い巨大なタイルの先には、閉鎖地区への階段が隠されていたのだ。興奮で胸が高鳴る。


「ここを行くんすか!」

「そうだ。慎重についてこい。この道が知られでもしたらたいへんだ」


俺たちは無言で頷いた。とうとう閉鎖地区も目前。ここからが頑張り時なのだ。


 階段は四角い石を積んだもので、原始的なものだった。滑り落ちる心配はないが慎重に慎重に上る。途中で上を見上げると、トタンで上が覆われているのが見えた。黒さそりがその板を手で押してはずす。すると、その隙間から吹き抜ける風の音が漏れてきた。一瞬、頬に冷たい息がかかる。


「上は空気孔だ。閉鎖地区に空気を送っている」


黒さそりがそう言って階段から上がった。白いシャツが風に強くなぶかれ、幾つものしわを作っている。


「少し遅れ気味だ。急いで来い」


「……おお。広っ」


上へ上がってみると、そこは普通に人が立って走れるほどの巨大なパイプだった。驚きの声をあげるが、ビョービョー唸る風にかき消される。


「足音が響く。靴を脱いでついてこい」


黒さそりがそう言って、ブーツを脱いで忍び足で進んだ。俺たちも真似して歩く。パイプは数メートルずつ、下のほうに穴が開いていた。地区の部屋に空気を送っているのだろう。チラッと穴から部屋の様子を覗き見るが、中は暗くて何も見えなかった。


 黒さそりが合図を送って、下の穴の格子をはずした。どうやらそこから中へ侵入するようだ。黒さそりがそこから下へ降りるのが見える。


「リョックを落とせ。俺が受け取る」


俺たちは言われたとおりにし、順に下へ降りた。靴を履いていない分、気をつけながら着地する。この部屋には幾つかの棚が立ち並んでいて、何かを保管しているようだった。中には分厚いファイルがぎっしりと詰まっている。


「この部屋は資料館だ。今は誰もいないが、あと数分で見廻りが来る。急げ!」


黒さそりの忠告に、俺たちは急いで反応した。靴を履き、暗い部屋を後にする。



「ウッ!」


廊下に出ると、俺は不意に右手に強い痛みを感じた。右手が痺れたように震えだす。


「どうしたの?」


麗が俺の異常に気づいて話しかけてきた。他は気づかずに、灰色の廊下をぐんぐん進んでいく。


「いや……」

「顔が青いよ。平気? みんなに言って――」

「いや。大丈夫だ。ちょっと痺れただけ」


全然、平気ではないが俺は首を振った。大事にされたら困る。


「そう。……!」


すると突然、麗が弾かれたかのように顔をあげた。息が詰まったかのように口をパクパクさせている。


「み……み……」

「ん?」

「み、見回り!! 早く! 逃げなきゃ!」


麗が俺の腕を掴んで走り出した。


「見回り?」


後ろを振り返ると数メートル先に、火を手にこちらへ向かって来ている二人組の姿が見えた。どちらも黒い制服を着ていて、この国の警察であることがすぐに分かる。


「――! 誰だ! 捕まえろ! 侵入者だ!」

「……ヤバい」


足音でばれてしまったようだ。しかし見つかった以上、全力疾走で逃げるしかない。俺たちはこれまでにないほどに、この細くて長い廊下を走り抜けた。後ろでもバタバタと追う音が響いている。


「なんだ、なんだ?」


音を聞きつけたのか、廊下を立ち並ぶ幾つかのドアから声がした。無色の廊下が騒々しくなる。


「ハッ!」


戸が開き、前方に人が現れた。そいつは、白い白衣を着ていて眼鏡越しに俺らを睨んでいる。


「侵入者発見! 今すぐ捕まえる」

「クッ! 今更、捕まるわけにはいかねんだよぉぉぉ!!」


俺は、リョックで人を投げ飛ばした。後ろで鈍い音がする。


「ユウ! 黒さそりさんが向こうに!」


麗が声をあげ、廊下の先を指さした。黒さそりが錆びれた戸を開け、怒鳴っている。


「お前ら! 急げ!」

「「はい!」」


俺たちは滑り込んで、扉の向こうに入った。黒さそりが戸を閉め、鍵を閉める。


「ざけんな!! あれほど注意したのに!」

「スミマセン!」

「スミマセン!不注意でした」

「何が不注意だ! こんやろぉ!」


黒さそりが俺の頭に拳骨を見舞いする。頭の中で花火が飛び散った。


「ウッ……スミマセンでした」

「いいか! 二度目はなしだ! ここは閉鎖地区。忘れるな」

「「はい!」」


俺と麗はこれほどにないまでに頭を下げた。無関係な麗には申し訳ないが、黒さそりに見捨てられたりしたらそれこそ破滅だ。すがるように頭を下げる。


「もういい。それより――」


黒さそりが扉に目をやった。錆びた戸は散々に叩かれ、今にも穴が開きそうな勢いだ。


「追手が来るのも時間の問題。避難階段を降りるぞ」


黒さそりがそう言い、部屋の奥に行った。螺旋階段があるようだ。明かりはないが、そこを勢いだけで駆け降りる。


「途中に細い抜け穴がある。そこから出るぞ」

「……抜け穴?」

「質問は後だ。ガキは、まず命令に従え!」


黒さそりはそう怒鳴ると、階段の手すりに飛び乗った。そして岩壁にできた細い裂け目にズルズル入る。俺は穴を覗き見たが、中は暗すぎてよく分からなかった。しかし、外についてはごつごつした壁に幾つかのひび割れがあることを確認できた。中には何らかの空洞がありそうだ。黒さそりが裂け目に完全に入る。


「荷物は捨てろ。太くて入らない」

「そんな! 食糧が!」


麗が声を張り上げた。不安なのか頬を高揚させている。


「ならそれだけよこせ。持っていてやる」


黒さそりが穴から手を出して言った。麗が食糧を渡し、穴に潜る。すると、上の方から怒鳴り声がした。


「奴らは下だ! 絶対に捕まえろ!」


無数の足音が錆びた階段を通して伝わってくる。追手が来るまで、ほんの数秒しかないだろう。焦りで体中、汗が湧き出た。


「麗、まだ?」

「まって……フン!」


麗が向こうに消える。


「来い!」


俺は慎重になりながらも穴に足を入れた。顔を向こうに出して、ズルズル這うようにして出ようとする。


「クッ」


しかし、長剣が邪魔して思うように進まない。今更になって、渡しとけば良かったと後悔する。


「見ろ、あそこだ!」


ふと、近くで声がした。追手がすぐ目前に迫ってきているのだ。


「ヤバッ!!」

「落ち着け! まだ間に合う!」


黒さそりが俺の体を引っ張ってきた。膝が擦り剝ける。


「グアア!」


俺は、意味も分からない声をあげて黒さそりの方へ滑り落ちた。服を持ち上げられ、顔面から落ちるところを救われる。


「急げ、追手が来る」


黒さそりはそう言うと、奥へ走り出した。どうやらここも洞窟だったようだ。俺も、泥水を跳ね飛ばしながらついていく。



「ユウト!」


途中、道が開けたところで健太たちと合流した。黒さそりが注意を促す。


「追手が来ている! 黙ってついてこい!」


すると、ある程度察していたのか皆、何も言わずに黒さそりについて行った。自然に一列になって走り出す。


 洞窟は、進めば進むほどに広くなっているようだった。初めは、狭くてくねくねした道がほとんどだったのに、今ではほぼ真っ直ぐな道のりで道幅も三メートルほどに拡張している。


「おっ」


俺は驚きの声をあげた。突然道が開けたかと思うと、周辺がすっかりと霧に包まれていたのだ。乳白色の空間に、川の音が響く。すると。黒さそりが俺たちを振り返って言った。


「もう少しで吊り橋に着く。橋の向こうは洞窟だ。道なりに進めば地上に出るだろう」

「! 俺たちと来ないんですか?」

「橋を切断するのに時間がかかるから、その間にできるだけ進めってことだ! それに、もしものことがある」

「もしものこと……?」

「――ほら! 橋だ! 一人ずつ渡れ!」


黒さそりが言うように、霧の鬱蒼とした中に一つ、細長い吊り橋が現れた。それは細い綱を巻き上げて作ったような、脆い橋。今にも引きちぎれてしまいそうだ。


「焦って走るなよ。下は絶壁。運よく川に落ちても、荒い波にもまれるだろう。体中が折れる」


黒さそりが大真面目な顔でそう忠告した。それだけに恐怖が積もる。


「ヒッ」


麗が肩を縮こませながら橋に足を踏み込んだ。きしんだ嫌な音が縄から漏れる。


「急げ、追手は確実に追いかけてきている。命がなくなるぞ!」

「はいぃぃ!」


麗がピョンピョン跳ねて橋を渡りだした。少々腐った木の板を確実に踏んでいく。吊り橋は深く踏み込むたびに大きく揺れ、俺たちの心をかき乱した。手汗が滲んできて、ズボンに擦り付ける。いよいよ俺の番になった。


「最後だ、行け」

「はい」


足を踏み込む。すると下の木板の合間から死の絶景が露わにされた。剥き出しにされた険しい断崖に、遠く小さく映った蛇行する荒波。落ちたら命はない。理性ではなく、直感的にそう感じた。しかし、それでも進まなくてはいけないのだ。ここで怖気づけばゲームオーバー。先はない。


 俺は横の綱を握り締めながら、確実に進んで行った。いよいよ橋の中盤に達する。


「……追手だ」


突然、黒さそりが小声で呟いた。


「えっ……」

「走れ! 追手だ!」 

「「「追手!?」」」


黒さそりの一声で全員が、火が付いたかのように走り出した。橋が大きく揺れる。


「子供でも殺せ! 弓矢隊、弓を引け!」


突然、霧の中から号令がでた。霧の向こうで赤い明かりと共に、大多数の何かが動く。


「弓矢隊? なんで隊が!」

「いいから伏せろ!」


黒さそりに力ずくで抑えられる。


「!」


次の瞬間、空気が切られた。ヒュンと赤い線を残して。俺は目をきつく閉じた。頭上や耳元、左右に鋭い風を感じる。そして――俺は視界がメラメラと燃え上がっていることに気がついた。


「火矢か!」


見ると、もうすでに橋は点々と細い火がついている状態だった。細い火が炎上し、白い霧が赤いもやに変わってしまっている。


「走れ! 前は突きって洞穴に転がり入れ!」


黒さそりが怒鳴る。動きは早かった。麗、オリビア、健太が死に物狂いに走り、穴に潜る。亮介や俺も、ゴールを目指して走った。振り返りなんてしない。今の俺を突き動かしているのは、ただ一つ、恐怖だけ。


――ヒュイン


再び、矢の雨が降り注いだ。しかし、ゴールまでほんの数メートル。俺は伏せもせずに走り続けた。光の線が、追うように左右を抜けていく。


「――ウグッ!」


不意に、肩を火傷のような真っ赤な痛みが襲った。肩を抑えてしゃがみ込む。


「ユウ! 火が!」


洞穴にもぐっている麗がそう悲鳴をあげた。慌てて振り返り、肩に突き刺さっている矢を見る。


「動ぐ……な」


突然、黒さそりがそう言って肩の矢を抜いた。


「うっ」


肩がえぐれ、血が噴き出す。俺は痛みに顔を歪ませながらも、感謝を言う為に後ろを振り返った。火が燃え移るより、引き抜かれて痛みに耐える方がいい。


「ありが――」


しかし、言いたかけた言葉が途中で詰まってしまった。異様な光景に目を奪われる。


「く、黒さそり……さん」


俺は震える手で黒さそりの後ろを指差した。恐怖で胃が縮む。


「背が……背が……!」


――背が、燃えている――俺はそう言いたかった。しかし、最後の言葉が出てこない。俺は、ただ唖然とした。今、彼の後ろは黄色い火で燃え上がっている。まるで、暖炉の燃え盛る炎のように!


「ガキは……グフ……ガキらしく……自分のことだけ心配しろってんだよ……」


黒さそりがそう言って、口端から一筋の血を流した。苦しそうに顔を顰める。俺は突然の出来事に、夢を見ているかのようだった。黒さそりが、俺を庇って矢を受けたのだ。


「な、なぜ……」


俺はひび割れた唇を動かしてそう問いかけた。黒さそりが俺を庇う必要なんてなかったし、第一に動機が分からない。なぜ? すると、黒さそりが掠れた声で答えた。


「小僧……いいか……ガキの内に、馬鹿した人間ほど……味がでんだよ」

「一体……何を」

「俺は……たくさんの血と涙の上にいる……そして……」


黒さそりが、俺を抱えあげる。どこから来たのか分からない馬鹿力だが、俺は一瞬、彼が狂気の沙汰かと思った。いくらなんでも俺を持ち上げるなんて異常だ。黒さそりが野獣のように歯を食いしばり、腹の底から唸る。


「ウォォォォお前も!」


体が宙に浮き、洞窟に放り投げられた。橋を数メートル浮上してから、洞窟の固い地面を転がり跳ねる。


「ユウト!」

「!」


俺は岩に背中をぶつけ、転がり止まった。しかし、すぐに橋がある入り口へと走る。痛みなんてもう感じなかった。それよりも今は、黒さそりの命の方が大切だ。まだまだ聞きたい話がある。それに俺の問いにちゃんと答えてくれていないじゃないか。


「黒さそりさん! 早く!」


俺は手を差し伸べた。届かないことがわかっていても、精一杯腕を伸ばす。


「俺はもう……駄目だ……グハッ……ゴポ」


黒さそりが血を吐いた。彼の体が大きく傾く。


「ハッ!」


長い橋が火柱をあげながら崩れだした。火の粉が暴れ、俺たちをオレンジ一色に染める。


「!」


壊れかけた橋の上で、黒さそりが一人、口端をあげて薄く笑った。目が合うが、何も言わずに彼が目線から消える。炎に唸る橋と共に谷底へ墜落したのだ。


「黒さそりさぁぁぁん!」


俺の悲痛な叫びが虚しくこだました。川が赤く染まり、人影が一つ。吸い込まれてゆくように、荒波へ落ちるのが見える。


「そんな……」


高い水飛沫があがった。彼が、破壊した木の断片と共に力なく流される。


「なぜ、俺を庇った……」


俺はあの人の為に何もしていない。ただ、足を引っ張り、最終的に命まで奪ってしまった。本来死んでいたのは紛れもない、俺だ! 彼は被害者。俺が命を奪ったのも同然。なのに、なんで俺が生きているんだ?


「クッ」


俺は下唇を強く噛んだ。口いっぱいに鉄の味が広がる。――走ってこちらに来て欲しかった。生きようと手を伸ばして欲しかった。そしてまた、俺たちを小馬鹿にして、笑い飛ばして欲しかった。あんなに嫌だった黒さそりの口癖が、今では良いものに思えてくる。


「……。ユウ、行こう」


健太に、矢傷のない左肩を掴まれた。


「けど!」


健太が首を振って、淵から引き剥そうとしてくる。


「進まなきゃいけないんだよ……僕たちは! 一つの命の為に。そうなんでしょ?」

「……」

「黒さそりさんだって、このことで僕たちが思い悩むことを望んではいないはず。いつまでもここにいる訳にはいかない。ほら、元気出して」


健太が最後に強く肩を押してきた。仲間の呼び掛けに無言で頷く。


「……分かった。行こう」


俺は、胸奥に苦いものを渦巻かせながらも立ち上がった。一瞬ふら付き、亮介に抑えられる。


「案外、良い人だったんだな……」

「……ああ」


俺は答えて崖下を覗いた。炎を吹かせたあの川は、今では何もなかったかのように黒い大波をあげている。――俺は一人、この川面を目に焼き付けた。黒さそりが語った言葉が頭の中で重く響く。


「たくさんの血と涙の上にいる……か。ああ、そうだよ……俺もあんたと同じだ。いつも迷惑を他人に掛けて……ホント、泣けるぜ。けど――それを糧に生きるしかないんだ。その人たちを裏切らない為に」


 俺は最後の最後に分かった気がする。なぜ、俺たちをガキと馬鹿にしてきたのか。なぜ、裏闇を目の敵にするかのような発言をしたのか。だからこそ――俺は自分を殴りたくなった。覚悟ができていなかったのだろうか。夢を見すぎたのだろうか。ああ、いっそどうでもよくなってきた。事実は事実。変えられない。だから、今はただ地上まで歩けばいい。それから……さあ、その先は分からない。けど――


「いつまでも湿気てちゃいけないよな……俺のせいで、悪いモードになっちまった。謝るよ」

「大丈夫さ。ショックなのはみんな一緒」

「うん。ユウが悪いんじゃないよ。私、動けなかったもん。あの時、助けようと動いたのはユウだけなんだよ?」

「おお、麗の癖にまともなこと言った」

「にゃッ! なんで、“麗の癖に”? ヒドイ! ヒドイ!」


麗が亮介に数発パンチを喰らわせた。オリビアが微笑む。


「麗ったら……」


それから彼女は俺のほうに振り返って言った。


「悩まないでね。みんな分かっているんだから。一人で無理しようとするところ」

「えっ?」

「もう、誰も死んで欲しくない。だから、信頼しなきゃ。仲間なんだから、ね?」

「……。ばれてたのか。俺のこと」


俺が諦めたかのように言うと、オリビアが少し悲しそうな顔をした。


「ん?」

「……ううん。あ、私たちここに長居しすぎたね。もう、行かない?」

「あ、ああ。そうだね。て、ほら、ジャレない」


俺は、まだ亮介にくい付いている麗をそこから引き剥がした。自然に、笑みが浮かぶ。俺は、こいつらといて幸せだ。どんな状態でも、俺たちなら切り抜けられる気もしてくる。だから、俺は這ってでも生きたい。今まで、助けてくれた人たちの魂に掛けて。


「生き抜いてみせよう。ガキは成長するんだって」


それから俺たちはその場から去り、歩き出した。それぞれに芽生えた感情を噛みしめながら――





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