東部の洞穴
俺は東部の洞穴に、約束の時間の約十分前に到着した。しかしもう既にそこには、麗、健太、亮介、オリビアの四人の姿があった。
「「おはよ(~)」」
「お、おう」
「ユウったら、遅いよ~。普通は、20分も前に来るもんだよー?」
「ゴメン。いろいろ……あってさ」
俺はなるべく笑顔で答えた。誰かに勘付かれたりしたら困る。
「……フーン」
「ま、武器を取りに行ってくれたんだからしょうがないよ。それよりも行く前に荷物点検でもしようか」
「……そうだな」
俺はそう応じると、さっそく数々の武器を肩から落とした。柄がお互いにぶつかり合ってガチャガチャと音を立てる。すると、誰よりも先に亮介が剣に興味を示した。
「おお!これ本物だよな! 俺、剣なんて初めて触った」
そう言うと亮介は、鞘から剣を抜いて、まじまじと剣身を眺めた。それから素振りを始めだす。まるでおもちゃを貰った子供のようだ。しかし俺はそんな様子を気に留めず、皆に狩猟用ナイフを手渡した。
「けど、実際に使うのは多分、このナイフ。俺たちみたいな素人が長い剣を振り回すのは危険だ」
「そうだね。狂獣とは出来る限り出会いたくない」
健太が無鉄砲な素振りに顔をしかめながら同意する。
「武器はこれで終わりだよね?」
「ああ」
「分かった、ありがと。麗、食糧の方は今配ったほうがいい?」
「ううん。いろいろ手間がかかるから今は良い」
麗が面倒臭そうに手を振って答えた。その分、荷物が多くなる訳だが構わないようだ。
「じゃ、これで荷物の分配はいいよね」
「おう」
亮介が返事をする。
「それなら、あとは例の人を見つけるだけだね。……そろそろ時間なんだけど、見当たらないね」
健太が荷物を肩にまわしながら左右を見回した。本日の案内人、黒さそりを探しているようだ。俺も続いて目を凝らした。洞窟は奥に向かってさらに空間が伸びているようだが、奥で待っていたりするのだろうか。オリビアがそれを察する。
「少し先に行ってみよ。ここにいても目立つだけ」
「そうだね。ここは少し明かりもあるから、暗い場所にいるのかもしれない」
俺たちは、淡い光を放つ光石を頼りに奥へ歩き出した。洞窟は冷えていて、奥に進むほど気温が下がっていくような気がする。しかしそれは、気分のせい? 鳥肌が立ち、ブルッと震える。
「黒さそりさんって、どんな人なんだろ?」
突然、隣にいる麗がそんなことを小声で聞いてきた。歩調を合わせてくる。
「優しい人だといいよね」
「えっ……いや、それはないんじゃない? むしろその逆」
「逆?」
「ああ。だって、黒さそりというネーミングからして、イカツクない?――」
「――誰が、イカツイと言った? 違ってはないが……随分と偉そうなガキだ」
「……ヒッ」
俺の思考は瞬時に真っ白になった。誰かが後ろで、俺の肩を強く掴んでくる。
「これだから最近の若いのはどうしようもない。いや、違うな。どの時代もガキはガキだった」
ハスキーなボイスが洞窟に響いて、肩にかかる力が倍増した。肩がギクシャク鳴る。俺は恐れながらも後ろを振り向いた。見ると、スキンヘッドの頭をした筋肉質の男が、こちらをぎろぎろと睨んできている状態だった。もしかしての、もしかして? 俺は恐怖で胃が縮むのを感じた。
「あなたが……黒さそりさん……ですか?」
「……ああ、そうだ。わざわざ世話してやろうってのに、ふざけた真似を」
「す、スミマセン」
予想は的中してしまったようだ。慌てて謝る。しかし黒さそりはそれに応じることなく、呆れたように鼻を鳴らして、ここにいる全員を見回した。腕になされた黒いさそりの入れ墨がちらほら見える。
「これで全員か……どいつもこいつもガキじゃねえか? 全員、死ぬぞ?」
黒さそりが試すかのように一人、一人を覗いて言った。亮介がつばを飲み込んで、目を泳がしている。
「いいか、俺はお前らガキなんてどうでもいいんだ。のたれ死のうが関係ない。だが、俺はお前らを地上に出るまで守らなきゃいけない。それは、お前らがあの人のことを知っているからだ!」
黒さそりがそう言って、指を突き出してきた。そして、ジロジロと周囲に目を動かす。
「いいか、情報を吐かれたら困るんだよ。あぁ、分かるか? 若造。裏闇はな、一度関われば死ぬまで関わなくちゃいけねえものなんだ。そんぐらい、自覚しているんだろうなぁ?」
黒さそりの目が亮介のところで止まった。返事を求めているのだろうが、向けられた本人は口をパクパクさせることで精一杯だ。
「ヘッ。思った以上に使えない奴らだな」
黒さそりはそう言って亮介を睨み、たいまつに火をつけた。亮介が四角に固まる。
「せいぜいへばりついてくるんだな。糞ガキどもがっ」
黒さそりはそう言うと、背を向けて歩き出してしまった。ついていけば良いのだろうか。俺たちは互いに顔を見回したが、無言でついていくことにした。何が何であれ、それが最善そうだ。
洞窟は所々狭く、中には体を捻じるようにしなければ抜け出せないというような箇所が幾つかあった。また広すぎるとしても、たいまつなんかじゃ洞窟全体の様子までは分からない。俺たちは常に、灰色の壁を横にして進むしかなかった。
「おい、ユウト。これ見ろよ!」
突然、亮介が興奮気味に俺に話しかけてきた。
「ん?」
顔を上げると、亮介がある巨大な白いつららを指さしているところだった。
「このつらら、大根みてえだぞ」
「……そう……だな」
俺は洞窟を見回した。見ると、天井からは幾重ものつららのカーテンがのびていて、太い石柱もまるで空間を支えるかのようにドシンと構えているように見えた。しかし、それは火の光が届く範囲内の話だ。もっと奥にも、空間は続いている。
「マニアがいてもおかしくないぐらいだな」
「ええっ!! トロロの中にいるみてえで気持ち悪いだろぉ。それにコウモリも汚いし、だろ?」
「……」
「な! なに、冷たい目線をちゃっかりと俺に!」
「いや……気にすんな。うん」
「いや、逆にホローされるとマジ痛いわ!」
「わりぃ、わりぃ。けどそれより俺ら、立ち止まり過ぎじゃね。怒られ――」
「――おい!」
俺が亮介に注意をした瞬間、まるでタイミングを合わせたかのように黒さそりが怒鳴った。
「ガキ! いくらガキだったとしても、遊んで置いていかれたい訳じゃねんだろ? ここには迷子センターなんてものねぇんだぞ? 突っ立ってねえで来いや!」
「……ほらな……」
「そ、そうっすね! 反省してるっす!」
亮介がそう言って慌てて走って追いかけた。黒さそりにはまったく頭が上がらないようだ。
「ユウト! お前も来いよっ」
亮介に急かされる。いや、どちらかというと亮介が悪いんだろ。俺は亮介を睨みたくなったがぐっと堪えた。また黒さそりに馬鹿にされてたまるか。俺はうんざりしながらも後を追いかけた。これから一時間、この調子を繰り返すのだろうか。ギルバートを殴りたい。もっと別の人間を案内にまわして欲しかった……しかし、こればかりはしょうがない。俺はまた怒鳴られる前に走って追いついた。
合流すると、黒さそりが注意を促しているところだった。
「いいか、少し奥へ進むと地下水路の脇に出る。そこは船が通ることもあり危険だ。この水路は一般市民には使えないものだから、見つかり次第捕まると思え。スタート時点に戻りたくないのなら、俺の指示に従うことだ。いいな?」
「「はい」」
「じゃあ、行くぞ。まずはこのロープで上へ伝う。一人ずつ来い」
黒さそりはそう言うとロープに手をかけ、登りだした。洞窟は細く上へ続いているようで、何個かの大きな横穴を下から見ることができる。黒さそりは一人でそこを登りきると、手を差し伸べてきた。高さは二メートルほどで大したことはなさそうだが、荷物の関係上、手助けをしてくれるのは助かる。
「誰でもいい。早く来い」
「じゃ、私が」
一番最初に麗が名乗り出た。麗がでかいリュックを背負ったまま登りだし、手助けをさして必要とせずに登り切る。すると麗が驚いて声を上げた。
「……狭っ!」
「ああ。ここは狭くて全員が入るのは無理だ。暗いが、手当たりで進んでくれ。突き当りに出たら待っていろ」
「あ、はい」
返事の後に、何かズルズル這うような音が聞こえてきた。一体どれほど狭いのか――
「マジかよ……」
俺は登りきると目の前の光景に顔を顰めた。一見、行き止まりのようだが、よく見ると下の割れ目から足が出ている。それは亮介の足で、匍匐前進をしているようだ。足がトンネルの中に消える。
「穴の中を行くんですか?」
「ああ。それしか道はない」
俺はしゃがんで、目の前の三角の穴を覗かせた。しかし中は亮介の体で何も見えない。
「暗いし何も見えないですよ。窒息死とか平気ですか?」
「平気だ。見ろ、たいまつの炎が揺れている。この穴が向こうに繋がっている証拠だ」
確かに炎は揺れ、赤々と膨らんでいる。酸素は十分あるのだろう。
「行かないのか」
「いえ。行きます」
俺は泣きそうになりながらも穴へ、這って入った。見ると、穴は大腸の襞のようで、岩肌が波立っていた。襞に頭をぶつけたりしたら、痛いだろうな。しかし、明かりを持って這うことができるはずがない。俺は恐怖を感じながらも進みだした。
しばらくすると、服が擦れ、肌にも擦り傷ができてきた。時折、亮介の足に激突しそうにもなる。俺は次第に文句を言うようになった。
「クソッ、どこまで続いてるんだよ……」
「な。もう、ホント肘が破けるぜ」
亮介が愚痴に加わる。これで少し辛さを紛らわすことができそうだ。俺は亮介に同意した。
「俺も、俺も」
「だよな。俺、人生で初めて、自分の高身長を呪ったわ」
「な!俺に自慢話か!!」
俺は亮介の足にくいついた。今更になって高身長アピールなどは断じて許さない。
「重っ!」
「以前の発言を取り消せー。一生呪ってやる!」
「わ!足にまとまりつくなぁ!無駄な体力消費をしちまう」
亮介が足をバタつかせる。すると、随分前にいるはずの麗が茶化してきた。
「ダメだよーユウト~。亮介を襲うなんて、裏趣味~」
「「そんな趣味、絶対ない!」」
ちょっと辛口な麗の冗談に口をそろえて断固拒否する。
「ムフッ。冗談だよ、冗談~」
「いや、冗談にもほどがある。危うくサンドイッチの溶岩が流れ出るところだった」
「って、それはやめろ! 俺の足に被害が出る」
「ゴメン、ゴメン……でも……いつものユウで良かった」
「……? それって――」
「あ、気にしないで。それよりも、出口キタぁ!」
「出口!?」
俺たちは顔を見合わせた。麗が出口を見つけたのだ。そしてこのまま行けば、もうすぐでこのトンネルから自由にされる!
「一気にやる気でたわ」
「おう。俺も。一気に行こうぜ!」
俺たちは、精神力だけでがむしゃらに這った。そして――ダンゴムシの如く、俺らはボロッと穴から出た。




