いつもの朝 by紫苑
「おはよう、しおちゃん」
「おはよう、母さん」
朝リビングに行くと、大体母さんしかいません。
父さんと兄は、早朝に家を出てしまうのです。
「今日は稔さんに会えたけど、あおちゃんには会えなかったのよね~」
僕が席につくと、母さんはご飯をよそってくれました。
未だに互いを名前呼びするラブラブ夫婦の朝に、出くわしたくなかったのではないのでしょうか。
多分兄は、早めに図書委員の仕事か道場に行ったのだと思います。
「いただきます」
嵯峨野家は、純和風の朝食でスタートです。
「調合を調整するのは得意だ」
と言って作るのは兄です。
母さんの料理やその辺のレストランより美味しいので、とてもありがたいのですけど。
どうも兄の言動は、厨二臭くていけません。
外では寡黙なので、ばれていないと思いますが。
「今日はしおちゃん、部活いつ終わるの?」
「もうすぐトーナメントがあるから、ちょっと遅くなるかも」
「そう~?
あおちゃんも今日はちょっと遅くなるみたいだし、ご飯は遅めでって稔さんとあおちゃんにメールしておくわね」
「……うん」
うん、僕のお腹、持つでしょうか。
「はよ~」
「お、はようございます」
6月半ばが過ぎ蒸し暑さが緩んだ朝の通学に、僕が試合までに残り日数を考えていると、後ろから衝撃が来た。
「あちーな、今日も~」
「そうですね」
僕は持っていたカバンを左手に持ち替えました。
入学してからの友人が僕に体当たりをした後、だらりと隣に並んだからです。
「も~俺、無理。蒸し暑いの無理。日本無理!!」
「うるさいですよ、ユウ」
イギリスからの帰国子女、ユウこと古賀悠理がうんざりとした表情で、手に持っていたペットボトルの水を飲み干していました。
初めから流暢な日本語を話していたので気づきませんでしたが、いつも見たことがない水のボトルを持っていたので聞いたところ、高校から帰国したのだと教えてくれました。
日本では「悠理」は女の子のように聞こえるからイヤだというので、僕は「ユウ」と呼んでいます。
「あ~だる。
つーか、そういや、今日中間の順位発表だよな。
やばい、また怒られる……俺」
がっくりと肩を落としたユウに、僕は肩をすくめました。
「ユウ、勉強してなかったでしょう。
オレハニホンゴ、ワ~カリマセン、とか言ってましたよね」
「あはは、物まねうめぇなー、シオ!」
バンバンと肩を叩かれ、若干前つんのめりになった僕は、ジト目になりました。
あ、僕の名前も女の子らしいので、「シオ」と呼んでもらってます。
「あ~も~、ゆーつだな~。
シオの兄貴、今回も良さそうなんだろ?」
「う~ん?
多分。
でも今回の中間前でも、普通によくわからない本を読んでいたような?
てか兄さん、今年受験なのにいつ勉強しているのかな……?」
いくら思い出しても、リビングで怪しげな本を読んでいたイメージしかないんです。
あと、試験期間中も部屋から変な笑い声が聞こえていましたから、アレ、多分勉強じゃなく怪しい本関連のはずです。
「いーよなー、シオの兄貴。
学年トップから落ちたことないだろ~。
つーか、俺まだ会ったことねぇんだけど」
校門を通り過ぎて靴を履き替えた時、ポンと手を打ったユウに、僕は首を傾げました。
「そうでしたっけ?」
「おうよ。
もうすぐ夏休みだし、一回シオの家に遊びに行っていいか?
俺んちにも来いよ」
一人で暮らしているユウのマンションに何度かお邪魔しましたが……、そういえば呼んだことありませんでしたね。
前に家に友達を呼んで、やっかまれて虐められたことがあったので、ちょっと敏感になっていたのかも知れません。
兄のキレ具合もすさまじかったですし。
「わかりました。
兄さんと母さんの都合、聞いてみますね」
「うい~、よろ~。
ハヨ~」
「おはようございます」
教室にたどり着いた僕たちは、今日も一日をけだるくスタートさせるのでした。