嫉妬
後藤田慶彦の孫というのは、私たちよりも幼い男の子だった。と言っても、中学三年生だと自己紹介されたので、そこまでの子供と言うわけではなかった。
「後藤田直之です」
見た目は、今時の中学生。斜に構えた態度と目つきは怖いけど、丁寧に頭を下げる姿は印象が良かった。
直之君の最寄りの駅で、私たちは待ち合わせをしていた。外は暑いからと、近くのファーストフード店に入って、冷たい飲み物を飲みながら、自己紹介を済ませた。
「じいちゃんの部屋で、この手紙を見つけたんだ」
直之君が見つめているのは、私たちが持ってきた、庵野清美宛の手紙。
「じいちゃんが死んで、家族で荷物を整理していたら出て来て。宛先の住所も書いてないから届くわけないと思ったけど、なんとなく、ポストに入れた」
「どうして?」
「じいちゃんが、好きな人と結婚できなかったの、親族じゃ有名な話でさ。俺にも、大人になったら本当に好きな子と家族になりなさいって言ってたから。せめて、出せなかったこの手紙を、最後に出してやりたいなって」
直之君は、ただおじいちゃん思いな男の子だった。それが、淑子ちゃんの自殺未遂につながるなんて、想像もしていない。
いや、誰も想像なんてできなかったはず。
だから、私たちは直之君を責められない。
「なんか、トラブルにでもなった?」
直之君が、不安そうな顔をする。
すかさず悠一さんが微笑んだ。
「いや、大丈夫だよ。ただ、妙な手紙が来たって気味が悪くて調べてたんだ」
「そっか。ごめん、メモとか入れとけばよかったんだな」
直之君がほっと胸を撫で下ろす。
「おじいさんは、清美さんを恨んでいたのかな?」
「いや、そんな風じゃなかったな。ただ、心配だって。どこでどうしているのか、幸せにしているのか、心配だって。じいちゃんはじいちゃんで、なんやかんやばあちゃんと幸せに暮らせたからって」
「そう。それならよかった」
直之君との会合は、これだけで終わった。
他にも当たり障りのない話はしたけれど、後藤田慶彦の話はそれだけだった。
*
その日の夜、私の夢に後藤田慶彦が現れた。
きよちゃん、きよちゃんと私を呼んでいる。
遠くから、私を呼ぶ。手招きをする。
その姿が愛しくて、駆け出しそうになる。
「稀世!」
身体を揺さぶられて、私は目を覚ました。
目の前には、心配そうにこちらを見つめる雅哉の姿があった。
「……わ、たし」
「うなされてたから……」
ごめんね、と言いかけて、私は言葉を切った。
縁側に面した襖の向こう。
開け放たれた襖の向こう。
そこに、とし君……後藤田慶彦の姿があったのだ。
憎々しげに雅哉を睨みつける後藤田慶彦の顔は、般若のように歪んでいる。
「ま、雅哉……」
「え、何?」
雅哉が振り向いた瞬間、雅哉の身体が引かれるように畳の上を滑った。
私は絶叫した。
後藤田慶彦が、雅哉を連れ去ってしまってからも、その場で悲鳴を上げ続けることしかできなかった。
私の悲鳴を聞いて、悠一さんが駆けつけてくれた時も、なかなか上手く説明ができなかった。それでも、悠一さんには伝わったらしく、すぐに二人で後藤田慶彦を追いかけた。
私は裏山に入っていった姿しか見ていなかったが、何故だか悠一さんには足跡が解るらしく、迷う事なく進んで行く。
「なんで、なんで雅哉を連れて行ったの……」
「稀世ちゃんを、清美さんだと思っているなら、嫉妬じゃないかな」
「嫉妬って、そんな。私と雅哉は従兄弟だよ?」
「……二人とも、鈍感なんだね」
悠一さんが、くすりと笑う。
「そりゃ、悠一さんみたいに霊感とかないですけど」
「そうじゃなくて。ま、いっか。こっちだよ」
こんな状況でも、この人は余裕がある。私は随分と勇気づけられた。
後藤田慶彦と対峙した時には、身体の震えも止まっていた。