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ナツイロ  作者: 砂代ぼたん
本編
7/11

たずねびと

 とし君が尋ねて来たのは、淑子ちゃんが入院した翌日の夕方だった。


「きよちゃん、久しぶり」


 初めは、誰だろうと思った。

 淑子ちゃんの荷物を病院に持って行こうと用意をしていると、玄関から風鈴の音が聞こえた。誰か来たのかと玄関に向かうと、そこには背の高い男の人が立っていた。


「ええと……」

「あれ、わからない?」


 そう言って、首を傾げた姿に、ぴんとくる。


「あ、とし君?」

「ああ、よかった。忘れられたのかと思ったよ」


 とし君はそう言って笑った。

 昔から、よく遊んでくれた近所のお兄ちゃんだ。それに、私の初恋の人でもある。そんな人を忘れるはずがない。

 ただ、ちょっと会わないうちに、大人の男の人になっていて驚いただけ。


「……忙しい?」

「うん、ちょっと……淑子ちゃんが」


 そこまで言って、私は言葉を切った。

 淑子ちゃんのことを、とし君に言っても仕方がないような気がしたのだ。


「淑子ちゃん……?」

「ううん、なんでもないの。とし君、上がってく?」

「いや、いいよ。また改めて遊びに来るよ」


 とし君は私の頭を一つ撫でると、微笑んで帰っていった。


「誰か来てたのか?」


 淑子ちゃんの部屋に戻ると、雅弥が尋ねてきた。淑子ちゃんの荷物には、仕事用のパソコンもあるので、それを雅弥がまとめてくれている。


「うん、とし君が」

「……誰?」

「雅弥は知らない? 近所のお兄さん」

「知らないなぁ」


 そういえば、とし君が遊んでくれる時って、いつも雅弥はいなかった気がする。きっと、雅弥において行かれた時に遊んでもらってたんだろう。うん、そんな気がする。


「荷物まとめ終わった?」


 悠一さんが、廊下から部屋の中を覗いて、溜息をついた。荷物を鞄に詰められずにいる私と雅弥を見て、呆れたような顔をする。


「明日になっても、持ってけないんじゃないの。これじゃあ」

「ごめんなさい。なんか、進まなくて」


 祖母の荷物を片付けている時と同じ感じがして、私も雅弥も淑子ちゃんの荷物を纏められずにいる。

 まるで、淑子ちゃんが死んでしまったように錯覚してしまうのだ。


「……手伝うよ。淑子さんが目を覚ました時に、着替えもないんじゃ困るだろ」

「悠一ぃ……」

「うわ、雅弥キモい声出すなよ」

「お前……」


 私たちを元気付けようと笑ってくれる悠一さん。私たちは、本当に参っていたから、悠一さんの一言一言に救われる。

 やっと淑子ちゃんの荷物を纏め終わったころに、悠一さんが声を上げた。


「あれ、これ……」


 それは、ここに来た初日に届いた手紙だった。

 古めかしい封筒。


「これが来てから、淑子ちゃん、変になったんだよな」


 そう言って、雅弥が手紙を開いた。

 私と悠一さんも、覗き込んで手紙を読む。


『庵野喜代美様


 今年は雨も少なく、過ごし難い暑さが続いておりますが、お加減は如何ですか。以前頂いたお手紙では、寒さから体調を崩されたとありました。

 私の筆不精から、お返事が大変遅くなってしまって、本当に申し訳ない。


 喜代美さんは、子供の自分から暑いのが苦手で、どうにか涼しくならないものかと、試行錯誤されていたけれど、今年はどうでしょう。何か面白い案は浮かびましたか。

 私としては、かき氷を道に撒くのはどうかと思いますので、それは避けてください。もったいない。食べた方が、幾分涼しくなるはずです。


 此方も大変暑い時期に入ってはいますが、時折嵐のような雨が降ったりと、忙しい空模様です。雨の後は一気に涼しく、というよりは寒いくらいの気温になるので、体調を崩さないようにと気にかけています。

 仲間うちでは、雨の降り始めを当てる博打が流行っているのですが、私ときたら、とんと勘が良くないもので、何時も負けてばかりです。喜代美さんの勘の良さを分けて頂きたいくらいですよ。


 今日、筆を取ったのは、嬉しい知らせがあったからです。

 後少しの辛抱で、其方に帰れるのだと、上長から聞きました。

 帰ったら、喜代美さんと稲荷祭りに行きたいですね。私の分まで、浴衣を縫って待っていてくれたら嬉しいです。

 それでは、また。


 後藤田慶彦』


 手紙の内容に、私は言い様のない哀しみに襲われる。涙が零れないようにするのに必死になりながら、手紙を読み切る。


「なんだ、これ」


 そう言ったのは、雅弥だった。


「……なんで、こんなものが今更……」


 どういう事だろう。雅弥が、怯えたような顔をしている。悠一さんも、奇妙な顔をしていた。


「ねえ、どういうこと? おばあちゃんの恋人からの手紙なんでしょ?」

「そうだと思う。けど、この内容は……まるで……」

「ありえねぇだろ?! まさか、こんな、戦時中に書いたみたいな手紙が、今届くなんて」


 二人の言葉に、私は衝撃を受ける。

 雅弥から手紙を奪って、もう一度よく読む。

 確かにそれは、戦場からの手紙だった。


「この、後藤だって人は、スコールのある地域で兵士になってるってことじゃないか?」

「それならベトナム戦争とか……ばあちゃん、その頃いくつだよ」

「おばあさん、いくつで亡くなったわけ?」

「ええと、確か八十になる前くらい?」


 悠一さんの顔が曇る。


「おかしいな。それなら、まだ小さな子供だったんじゃないか?」

「え?」


 それなら、この手紙はなんなんだろう。

 祖母宛に届いた、祖母宛ではない手紙。

 それが意味することは、一体。

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