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ナツイロ  作者: 砂代ぼたん
本編
6/11

ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 そんな声が、聞こえた気がした。


 *


 放心して座り込む私を、雅弥が後ろから抱き締める。二人で震えているだけ。梁から降ろされた淑子ちゃんを見つめて、ただ震えているしか出来なかった。


「……吐瀉物も、汚物もないから、首を吊ってすぐに見つけたんだね。首の骨も折れてない……大丈夫だ」


 悠一さんが、淑子ちゃんを降ろしてくれたのだけど、すごく冷静に応急処置をしている。

 どうして、そんなに冷静でいられるんだろう。どうして、こんなに早く応急処置ができるんだろう。

 私たちの方が、しっかりしないといけないのに、どうして悠一さんにばかり、任せているんだろう。


「悠一、さん。なにか、必要なものとか、ある?」

「ん、いや……稀世ちゃんと雅弥は、とにかく落ち着くまで座ってて」


 ごめんなさい。

 悠一さん、ごめんなさい。

 私も雅弥も、立ち直れそうにないよ。

 だって、淑子ちゃんはお姉ちゃんだから。

 大好きなお姉ちゃんが、自殺未遂なんて、立ち直れそうにないよ。

 淑子ちゃんは、駆けつけた救急隊に連れて行かれてしまった。私と雅弥が付いて行くべきなのはわかっていたけど、身体が動かなかった。


「後で、車で送ってあげるから。淑子さんの車あるよね」


 悠一さんが、そう言ってくれた。

 私と雅弥の両親への連絡も、悠一さんがしてくれた。本当に、私たちは何もできなかった。ただ、泣くことしかできなかった。

 涙が枯れて、泣くこともできなくなった頃に、悠一さんが淑子ちゃんの車で病院に送ってくれた。


「……免許、あるんですね」

「うん。雅弥も持ってるよ」

「そうなの?」

「ああ、あるけど……」


 二人とも、バスで来たと言っていたから、てっきり運転できないんだと思っていた。


「車を持ってないんだけどね。大学生で車はなかなか持てないよ」


 悠一さんは、余計なお喋りをしない。

 それでも、私や雅弥が何か言うと、安心させるように笑って答えてくれた。


「……淑子ちゃん、大丈夫かな」

「病院で手当て受けて、今は眠ってるって。命に別条はないらしいよ」

「そっか……」


 よかった、という言葉が出かけて、私は口を噤んだ。何がいいものか。どうして、もっと早く、淑子ちゃんの異変に気がつかなかったのだろう。

 自殺を考えていたなんて、どうして。


「……突発的な行動だと思うよ」

「え?」

「梁に掛けていたのは浴衣の帯だった。長さが調節できてなかったから、床に足もついていたし。準備しての行動じゃない」


 それは、どういう意味なんだろう。


「昨日今日考えていたわけじゃない。ただ、瞬間的に……その……」

「いいよ、続けろよ」

「うん。自殺を思いついたからやったって感じだと思う」


 車内に、沈黙が降りる。

 淑子ちゃんは、首を吊る直前に、首を吊るということを考えついたということなんだろうか。どうして。何があって。


「仕事のトラブル……とかはなさそうだもんな。何があったんだろう」


 悠一さんも、そのまま黙り込んでしまった。


 *


 病院についた時、そこには私の両親と、雅弥のお母さんがいた。

 みんな、疲れた顔をしている。


「稀世、ごめんね、大丈夫だったかい?」

「お父さん……淑子ちゃんは」

「眠ってるよ。しかし、どうして……」


 お父さんと、雅弥のお母さんが、泣きだしそうに顔を歪める。二人は、淑子ちゃんの兄弟だ。私以上に辛いはずだ。


「悠一くん、ありがとうね」


 雅弥のお母さんが、悠一さんに頭を下げた。


「病院の人から聞いたんだけど、悠一くんが応急処置してくれたって……本当にありがとう」


 そうだ。もし、私と雅弥だけなら、今頃淑子ちゃんは目的を遂げてしまっているはずだ。何もできずに、座り込んでいただけなのだから。


「いえ……無事でよかったです」

「うん、うん。そうね。よかった」


 叔母さんは涙ぐむ。


「……何か変わったことはなかったの?」


 そう言ったのは、私のお母さん。

 変わったことなんて、何も……


「手紙……?」

「え?」

「手紙が来て、それを見たときは淑子ちゃん変だったよ」


 そうだ。あの手紙。

 古びた封筒に、古びた便箋。

 祖母の旧姓に宛てた手紙。

 そして、封筒に貼ってあったのは、かなり古いもののように見える切手。


「それ、もしかして……」


 お父さんが、腕を組む。


「変な手紙が来たって、淑子から電話があったんだ。お母さんが浮気してたんじゃないかって……」

「え、浮気?」

「うん。そんなはずはないし、そうだとしても、親父が死んだのはかなり前なんだからって言ったんだけど」


 あの手紙を見て、淑子ちゃんが傷ついたのは確かなんだろう。

 淑子ちゃんを傷つけて、追い詰めた手紙。

 そこには、何が書かれていたんだろう。

 私は、ひっそりと拳を握った。

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