ごめんなさい。
ごめんなさい。
そんな声が、聞こえた気がした。
*
放心して座り込む私を、雅弥が後ろから抱き締める。二人で震えているだけ。梁から降ろされた淑子ちゃんを見つめて、ただ震えているしか出来なかった。
「……吐瀉物も、汚物もないから、首を吊ってすぐに見つけたんだね。首の骨も折れてない……大丈夫だ」
悠一さんが、淑子ちゃんを降ろしてくれたのだけど、すごく冷静に応急処置をしている。
どうして、そんなに冷静でいられるんだろう。どうして、こんなに早く応急処置ができるんだろう。
私たちの方が、しっかりしないといけないのに、どうして悠一さんにばかり、任せているんだろう。
「悠一、さん。なにか、必要なものとか、ある?」
「ん、いや……稀世ちゃんと雅弥は、とにかく落ち着くまで座ってて」
ごめんなさい。
悠一さん、ごめんなさい。
私も雅弥も、立ち直れそうにないよ。
だって、淑子ちゃんはお姉ちゃんだから。
大好きなお姉ちゃんが、自殺未遂なんて、立ち直れそうにないよ。
淑子ちゃんは、駆けつけた救急隊に連れて行かれてしまった。私と雅弥が付いて行くべきなのはわかっていたけど、身体が動かなかった。
「後で、車で送ってあげるから。淑子さんの車あるよね」
悠一さんが、そう言ってくれた。
私と雅弥の両親への連絡も、悠一さんがしてくれた。本当に、私たちは何もできなかった。ただ、泣くことしかできなかった。
涙が枯れて、泣くこともできなくなった頃に、悠一さんが淑子ちゃんの車で病院に送ってくれた。
「……免許、あるんですね」
「うん。雅弥も持ってるよ」
「そうなの?」
「ああ、あるけど……」
二人とも、バスで来たと言っていたから、てっきり運転できないんだと思っていた。
「車を持ってないんだけどね。大学生で車はなかなか持てないよ」
悠一さんは、余計なお喋りをしない。
それでも、私や雅弥が何か言うと、安心させるように笑って答えてくれた。
「……淑子ちゃん、大丈夫かな」
「病院で手当て受けて、今は眠ってるって。命に別条はないらしいよ」
「そっか……」
よかった、という言葉が出かけて、私は口を噤んだ。何がいいものか。どうして、もっと早く、淑子ちゃんの異変に気がつかなかったのだろう。
自殺を考えていたなんて、どうして。
「……突発的な行動だと思うよ」
「え?」
「梁に掛けていたのは浴衣の帯だった。長さが調節できてなかったから、床に足もついていたし。準備しての行動じゃない」
それは、どういう意味なんだろう。
「昨日今日考えていたわけじゃない。ただ、瞬間的に……その……」
「いいよ、続けろよ」
「うん。自殺を思いついたからやったって感じだと思う」
車内に、沈黙が降りる。
淑子ちゃんは、首を吊る直前に、首を吊るということを考えついたということなんだろうか。どうして。何があって。
「仕事のトラブル……とかはなさそうだもんな。何があったんだろう」
悠一さんも、そのまま黙り込んでしまった。
*
病院についた時、そこには私の両親と、雅弥のお母さんがいた。
みんな、疲れた顔をしている。
「稀世、ごめんね、大丈夫だったかい?」
「お父さん……淑子ちゃんは」
「眠ってるよ。しかし、どうして……」
お父さんと、雅弥のお母さんが、泣きだしそうに顔を歪める。二人は、淑子ちゃんの兄弟だ。私以上に辛いはずだ。
「悠一くん、ありがとうね」
雅弥のお母さんが、悠一さんに頭を下げた。
「病院の人から聞いたんだけど、悠一くんが応急処置してくれたって……本当にありがとう」
そうだ。もし、私と雅弥だけなら、今頃淑子ちゃんは目的を遂げてしまっているはずだ。何もできずに、座り込んでいただけなのだから。
「いえ……無事でよかったです」
「うん、うん。そうね。よかった」
叔母さんは涙ぐむ。
「……何か変わったことはなかったの?」
そう言ったのは、私のお母さん。
変わったことなんて、何も……
「手紙……?」
「え?」
「手紙が来て、それを見たときは淑子ちゃん変だったよ」
そうだ。あの手紙。
古びた封筒に、古びた便箋。
祖母の旧姓に宛てた手紙。
そして、封筒に貼ってあったのは、かなり古いもののように見える切手。
「それ、もしかして……」
お父さんが、腕を組む。
「変な手紙が来たって、淑子から電話があったんだ。お母さんが浮気してたんじゃないかって……」
「え、浮気?」
「うん。そんなはずはないし、そうだとしても、親父が死んだのはかなり前なんだからって言ったんだけど」
あの手紙を見て、淑子ちゃんが傷ついたのは確かなんだろう。
淑子ちゃんを傷つけて、追い詰めた手紙。
そこには、何が書かれていたんだろう。
私は、ひっそりと拳を握った。