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01 接近遭遇×2

三○矢サイダーとか

01 接近遭遇×2



 まるでジャイアントスイングで放り出されたような感覚。それなのに慣性を無視して地面に立っているような不連続性による不快感。あえて言葉で表現するならそんなところだろうか。

 俺は軽く酔った様な気持ち悪さを抱えながら、さっきまで居た白い世界でも、その前の地球でもない世界で気が付いた。

 目の前には大きな水溜り、に見えた小さな池、に見えた沼だ。濁り過ぎて沼というよりヘドロ……よりひどいタールの池に見える。

 周りの木々が青々と生い茂り、空気が澄んでいるので余計に沼の濁りがその黒汚さを際立たせている。

 


「そんなことより、ここはどこだ。」

 先ほどの不思議な体験を覚えているので、信じてもらえるかどうか分からないが、リアル神隠しにあったのだと友人知人親兄弟に連絡を取ろうとしてポケットのスマートフォンを取り出し、圏外の表示に落胆する。

 まだだ、まだここはそう(異世界)だと確定していない事に淡い期待を抱く。

「少なくとも人の踏み入れる森か山じゃないってことかぁ。」

 素人が普段着で山林に踏み入る。それが危険な行為だとは認識している。

 遭難の危険もあるし、蛇や蜂等毒を持つ動物昆虫に襲われたり触れたりする可能性。そして日本でも野生の熊は居る。空手の有段者等武道の心得があればまだしも、モブちっくな一般人が遭遇すれば命の危機である。

 などと考える。

「しまった。これはフラグだ……。それならそれで対処を考えれば無問題。そして対処は無駄になる。」

 と、フラグをへし折る方向に思考を移す。


 思考が移れば視点も移る。

 周りを見渡し、もう一度目の前の沼を見てみると、一部分だけ奇妙な場所がある。

 汚泥と言っても差し支えないほど濁った沼なのだが、両手ですくう程度に澄んだ部分がある。

「源泉か?」

 この沼の水の沸き出口。ならば濁っていないのも頷けるが、しかし現実は違った。

「…………………………」

 その澄んだ部分は、実際澄んでいるだけではなく、イキモノ?がいた。

 一言で言えば手の平サイズの人魚、ただし水色透明。

 ファンタジックに言えば水の精霊とか妖精っぽいナニカ。ウンディーネ的なナニカ。

 それがヘドロの進入を止めているかのように両手を突き出している。

 が、見ていて弱弱しい。

 いつからそうしているのか分からないが、あと十分……いや五分もも持ちそうになさげである。実際はもっと持つのかもしれないが、俺にはそう見えた。

 先ほどの老人との邂逅がある以上、これが幻覚である可能性を捨てきれない。

『キャッチアンドリリース……別のところにじゃがのwww』

 あの言葉が頭を過ぎる。

 一抹の期待(ここが地球のどこか)を抱いていたが、それが打ち砕かれた。

 “日本”とは“別のところ”ならまだ戻れる手段もあったが、“地球”とは別のところにリリースされたようだ。

 この何処とも知れない森の中での第一遭遇体が明確に理解できる敵意ある獣でもない事に感謝。且つ話が通じるかどうか分からない、そもそも人でもない事にガッデム。

 これを現実ではなく妄想か幻覚の一言で済ましてしまうのも手だが、差し伸べられる手が手遅れになる前にアクション。

 つまり目の前の水精?がどうも困ってそうなので行動は二秒。

 ポケットからはみ出ている500mlペットボトルの温くなった中身を一気に飲み干して空にする。

 甘ぁい。

「ゲェップ。」

 炭酸だもの。サイダーだもの。

 そのゲップの音に水精が気付きこちらを見上げる。

 俺は仄かに甘い香りのするペットボトルを水精に近づけ。

「こっちに逃げる?」

 言葉は通じなくても一応問いかけてみる。

「!!」

 水精?は身体を液体に変えて澄んだ水の残りと共にちゅるんとペットボトル(空)の中に逃げ込んだ。




 俺はすぐさまキャップを閉めた。

 右手の水精?入りペットボトルを掲げた。

「ふふふ、水精(ウンディーネ?)ゲットだぜ!」

 某黄色いナニカを連れて旅する少年の様に言ってみた。思い返せば高校生にもなって恥ずかしいかも知れないが、誰も聞いていないだろうから後悔はしていない。あ、水精?が聞いてたか。言葉が通じてたら誤解しかされないな。

「ちなみに今のは俺の国でそこそこ有名な台詞を真似た言い回しをしただけで、俺には君を束縛する意思は無い。勘違いをされてもらっては困るので先に謝ってお……く?」

 視線を同じ高さに持ってきてペットボトルの中の水精?に話しかけるが、彼女は俺の言葉を聞いていなさげな様子。その彼女の視線を辿ると池が……。

「なんだ、これ……」

 正確に言えばタール状の液体がぬめりぬめりと盛り上がってこちらに向かってくる。俺の膝くらいまでの高さだが、まるで液体が意志を持っているかのよう。

 唖然とした俺は手にした水精?入りペットボトルを落としてしまう。

 ペットボトルは俺のスニーカーに当たって地面に転がり、中の水精は悲痛な顔を浮かべて、そしてペットボトルは待ってましたとばかりに動いてきた黒いタールに飲まれた。

「……ッ!」

 俺はすぐさま右手をタールに突っ込む。

 見た目は黒く光るタールだが粘性はそれほど高くない。ホウ酸で作ったスライム程度の軟らかさだ。

 ペットボトルを掴む手ごたえはあった。

「三秒……ルールッ!」

 引き抜く。

 三歩下がって様子を見る。

 黒いタールはこちら、俺の手にあるペットボトルの中の水精?を狙うように、こちらにゆっくりと動いている。

 ペットボトルは見たところ損壊なし。

 水精?は頭を抱えて周りを見回し、タールが無いことに安堵したのか幾分表情が和らいで、視界にタールを見つけてしまった瞬間固まった。

 OK。確証を得よう。俺は左手にペットボトルを持ち替える。

「確認したいんだけど。」

 俺は一応断った。

 そして一歩タールに近づいて水精?の様子を観察する。

 水精?は震える身体を抱きかかえ、顔を振って俺を見る。

 一歩下がる。

 水精?は激しく頷く。

「OK。どっちが良いもんか悪いもんかわからないが、可愛いは正義に則って君を助ける方向で動く。」

 たとえば、この水精?が悪事を働いてあのタールに食わせる事が相応の罰だとしたら、俺のする事は悪だ。

 だが、この手乗りサイズの人魚型水精(仮)がぷるぷる震えて脅える姿を見て助けないで居られるほど、俺は自分を騙せない。騙してたまるか。

 俺はとりあえずタールから離れる方向に歩き出す。

 恐らく通じていないだろうけれど、左手で持ったペットボトルの中の水精?にこちらの意志を話しておく。

「どこに向かえば君が安全なのか教えて貰いたいんだけど……まぁ通じて無いよなぁ。」

 あー、そういえばキャップを閉めてたな。

 少し開ければ双方の声が届くかもしれない。

 俺はそう思ってジクジク痛む右手でキャップを弛める。

 ドプリ。

 俺の後ろでそういう音が聞こえた。

 後ろを振り返りつつ、弛めたキャップを閉める。

 予想通り、タールがこちらに向かって流れてきている。タールに飲まれた草はシュウシュウと音を立てて煙を出している。俺の知識で表すなら酸的な要素で溶かしているのだろう、類似例として赤く腫れた右手は焼け付くように痛いままだ。

 タールが高く、俺の腰くらいまでの高さに盛り上がって来る。攻撃態勢にも見える。

 そしてタールが一条、水鉄砲の射撃の様に延びてくる。

「うおっ!」

 飛び退けた自分を褒めちぎりたい。

 タールが着弾した地面がシュウシュウと煙を上げて溶けている。

「ちょっと揺れるが、我慢してくれ!」

 俺は水精?に断って走り出した。

 アレはヤバイ。あのタールはヤバイ。なんでペットボトルが溶けて無いのか不思議なくらいヤバイ。


 俺には逃げる手段以外に彼女を守る方法を思いつかない。

主人公は水精を助けた!

主人公はタールに襲われた!

主人公は逃げだした!


三行で済んじゃった!

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